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江戸時代お百姓さんが副業を起こそうと考えたとき養蚕をするか綿を植えるか迷った場合どちらにするかの決定要因は何でしょうか?

A 回答 (4件)

資本力がない場合は、初期投資を援助してくれる制度がある商品作物を選ばざる得ないのではないでしょうか?


つまり、藩の奨励する商品作物なら低利で苗や蚕を貸し付けてくれるかもしれないですよね。
あるいは、問屋が仕入先として農家に貸し付けるかも知れなです。

また、その地域で養蚕に関する技術、知識が高ければ、未知の商品作物を栽培するリスクは犯さないと思います。
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この回答へのお礼

藩や問屋の奨励する方になびくという事ですね、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/10/08 12:12

養蚕の場合、2階全部を蚕部屋にするなど、


設備が大掛かりになり、すぐに出来ないでしょう。
生き物ですから、世話が大変です。
更に技術や経験も必要です。

これに対して、綿花の場合、試しに植えてみる。
など出来ますので、こちらを選ぶと思います。

綿花も、最初は国内では栽培が不可能で、研究によってようやく国内で栽培可能になった物ですから、

どちらにしようか?
では無く、どちらも人生を掛けた博打に近い物です。

殆どが、農繁期が終わって年貢を納めると手元には、
売っても一家が1年食えるだけの米は残らないので、地方都市や、仕事の有る江戸へ出稼ぎに出ました。

地ならしで土を固める時、大きな丸太に紐を付けて数人で行うのですが、掛け声の代わりに、エンヤコラの歌を歌いました。

この時、春に自分の農地に帰らない人は、無宿人と言う犯罪者になります。
飯もちょうろくに食えない国へ戻ろうとしない百姓が次第に増え、
死罪にすると、相当な人数になるので、
(当時は治安も良く、凶悪犯の死罪など極めて珍しい事だった)

人足寄せ場で仕事を教えて厚生させ、定職に就かせたり、強制的に帰らせたり、色々苦悩もあったようです。
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この回答へのお礼

養蚕のほうが手間だと言う事ですね、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/10/08 12:09

養蚕と綿では必要な条件が違いますから、立地によってどっちにしようかという選択の余地はそんなになかったように思われます。


また、副業は養蚕と綿には限らずいろいろありましたし、吉宗の時代以降は何が何でも米作というのではなく、立地に応じた作物の栽培も認められるようになってきていますから立地に応じて最適な作物や副業を選びました。
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この回答へのお礼

条件が厳しいですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/10/08 12:07

やっぱり、その土地の気候、育てやすさ、リスク、リターンを考えて


選ぶんじゃないいんスかね?

昔の百姓が上記全部を考えたとは思えないけど。
ひとえに江戸時代と言っても、前期 中期 後期で綿と絹の値段の違いもあるから、なんとも言えないかも。得に綿は後期に安い外国産が大量に出回って、かなり値が下がっちゃったみたいですよ。
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この回答へのお礼

綿も外国産が入ってるのですか、どうもありがとうございます。

お礼日時:2005/10/08 12:05

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