現NOAH勢の全日脱退についてのことを誰か知っておられましたら教えてください。
プロレスは今年に入って見始めたのでわかりません。是非お願いします。

A 回答 (5件)

hk20001さんの意見で、


>川田は三沢が嫌いらしいのでnoahに誘われなかったみたいです。
ってありますが、これは違います。
田上が電話で川田に話をしようとしたんだけど、当時契約を保留していた川田が「全日本と選手契約を結んだ」と言ったので、移籍の話を切り出せなかったんだそうです。
けっして三沢が嫌いだからという理由だけではありませんよ。

ちなみに契約を保留していたのは、川田だけではなく、全日本所属のレスラー全員です。
契約を保留していた理由は、他の方が書いているとおり、選手側とオーナー側の話合いが難航していて、最後の抵抗として選手側が契約を保留し、選手側の意見が受けいれられなければ退団も辞さないという考えだったようです。
結局、選手側の意見は通らず、三沢が退団し、他の選手がその後を追ったっていう感じです。
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この回答へのお礼

御礼遅くなってすみません。詳しく回答有難うございました。

お礼日時:2002/01/07 13:29

あまり良い話ではないのでですが、お金の関係もあったみたいですよ。

グッズの売上は元子さんの管轄だったそうで、その利益のほとんどが会社や選手に入らなかったそうです。そして、そのお金を三沢が少し会社や選手にまわしてほしいといったのにききいれてくれなかったらしいです。以前からの路線対立(三沢はもう少し今風のプロレス、つまり格闘技色を強くしようとしたのに元子さんはそれを嫌がった)もあり、それなら出て行ってやるとなったようです。ちなみに、川田は三沢が嫌いらしいのでnoahに誘われなかったみたいです。
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このときの選手離脱については、同時にフロントの人間も多数離脱していたと思います。

和田京平以外のレフェリーや営業スタッフなども、選手と一緒にノアに移籍しています。それ以前によく起こっていた「選手とフロントの確執」といったものとNOAHの一件が違うものを物語っています。
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この回答へのお礼

ありがとうございました

お礼日時:2001/12/12 14:42

話としては実質的オーナー(馬場元子)と雇われ社長(三沢光晴)の路線対立ですね。

元々三沢にはG馬場さん(ハイ、馬場さんは呼び捨てにしてはいけません)が亡くなってから1年は改革を控えていたようですね。それがオーナーには嫌われたようです。結局はG馬場をいつまでも看板にしたい未亡人と、今の自分たちを出しながら戦いたい三沢との対立ですから必然でしょう。

個人的には川田と田上のタッグが見れないのは残念でした。それから今小橋が元気ではないのも寂しい。それから衆議院選挙を戦った後の馳浩はしばしの沈黙の後全日に残りました。

参考URL:http://www.nikkansports.com/news/entert/entert-e …
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事の発端は「会社優先の全日首脳陣」と「選手優先の三沢選手(当時は社長)」の対立だったと記憶しています。



しかし、話合いは変更線で全日首脳陣が『三沢社長解雇』をしました。
その時に三沢選手に賛同する他の選手が共に全日を去り、NOAHを立ち上げたのです。
分裂当時の全日は実質「川田・淵」の二人だけとなり「全日も終わり」と言われていましたが、
外人選手の活躍や、インディ団体からの応援で何とか持ち直しまして現在に至っています。

でも、個人的にはNOAHの方が「全日」を受け継いでいると思います。。

以下で当時の記事を紹介しますのでご参考までにどうぞ。。m(__)m

参考URL:http://www.sponichi.co.jp/others/kiji/2000/06/13 …
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