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五千石とか三千石クラスの大身旗本が、役高千石の遠国奉行など家格より遥かに役高の低い役職に就く事はよくあったのでしょうか?
例えば御小姓として初出仕した後はどの様な役職を経て番頭などの家格に相応しい役職に就いたのでしょうか?

A 回答 (2件)

三千石以上であれば寄合関ですが、このクラスだとなかなか石高に応じた職がありませんからほとんどが持高つとめとでした。


三千石クラスで遠国奉行などの職に就いている例はめずらしくありませんし、はなはだしいのは家禄五千石の旗本が5百石高の小納戸についている例さえもあります。
このクラスは初出仕は御側の役が多く、中奥小姓という例は多くあり、また御側衆という例もあります。
このあとは小姓頭取や小普請支配、寄合肝煎を経て大番頭や両番の番頭、あるいは先手頭などという番方の役が多かったようです。
役方のコースに乗れば遠国奉行から勘定奉行、町奉行などになることもありました。
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追加しますと、寄合からはすぐに小姓組番頭や書院番頭に出るという例もありました。


大番頭については小姓組番頭や書院番頭を経てというのが普通のコースのようです。
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この回答へのお礼

御回答ありがとうございます。
大身の旗本でも遠国奉行などにも就いたのですね。
場合によっては、守名乗りをする五千石の大旗本が家禄二、三百石で諸太夫に出世した小身の旗本の部下となるケースもあったのでしょうか…

お礼日時:2005/10/13 01:25

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