『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

どんな格闘技でも総合格闘技に生かすことは可能なんですか?
例えば、合気道なんかも?
剣道はさすがに無理でしょうが

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A 回答 (5件)

アメリカで使える伝統空手と護身術を教えている者です。



もちろんです。 しかし、その格闘技が格闘技、つまり、使えるものであるかどうか、そして、教える指導員が教えられるかによって、種類ではなく、その弟子が使う事ができるのは当然です。

型・形と言われるものを動きとその順序を覚えるもの、としている空手・合気道・柔術ではまず無理でしょう。

型は使える技を教えるもので使えるようにならなくては使えない、と教えなくて動きだけでは使えるわけはありません。

ボクシング、キック、ムエタイ、サンボ、レスリング、柔道、、、、、すべて同じ事です。 

「何でもあり」に近づける指導をしなくては総合格闘技に生かすことは出来ないでしょう。

空手のパンチやキックはほんの一部であるのです、柔道の投げはほんの一部でなければなりません。

何を言いたいかと言うと、格闘技とは格闘する技ですね。 そして勝つ技です。 空手で寝技・関節技を教えない、柔術で突き・意味のある当身、ムエタイで関節技を教えない、と言う事自体がおかしいのです。 しかし、ムエタイは戦うためのものではありません。 柔道も、レスリングもボクシングもです。 スポーツなんです。 スポーツだからはじめから格闘技と呼べるものではないのです。

格闘技である、武道である、と自分のやっていることを呼びたいのであれば、なんでもありを前提にしなくては「あんたなにやってんの」と言われても仕方ない事です。

そして、総合に出場するから、今までやっていなかった事をやり始める、なんておかしなことなんです。 もともと教えられていなくてはおかしい事なんです。

しかし、一つの格闘技・武道でその格闘技・武道の真髄をびっしりやっていれば、一応の事は出来ると思います。 また、素質と言うもの(運動神経など)も大きな要素となります。

どの格闘技・武道でも頂点は同じなのです。 空手はパンチ・キックを元に頂点へ自分を持っていくと言うやり方であって、パンチやキックの仕方を教えるものではありません。 だからこそ、頂点への道には、今の日本の格闘技・武道で教える事を忘れた事柄を「格闘技・武道の基本」に戻る必要があるのです。

その基本とは、なんでもありの複数の相手に対して戦う物理的技術と精神的・心理的能力を持つ、と言う事なのです。 いってみれば、戦場での戦い、と言う事です。 伝統的な武道をやっている人の多くは(柔道・剣道を含めて)礼儀をしっかりすると言う事が「精神的訓練」と思ったり、ほかのことを昔なりにやることを「精神的訓練」と呼んでいますね。 しかし、他のスポーツを真剣にやっている人たちだってそれをやっているのです。 ただ、昔なりの武道らしき服装をしていないと言うだけの事です。

今の空手の黒帯を見れば、総合に使えるものを持っているとはとても思えませんね。 型のチャンピオンがいて、組み手のチャンピオンがいる、なんておかしいと誰も批判しません。 批判する・できるだけの実力を持った人が非常に日本では少なくなってきた、と言う事に過ぎません。

勝つ要素・負けない要素だけを考えてそれを今の格闘技に当てはめれば、いくつかの要素として総合には使えるけど総合で勝つ、総合で負けないすべの要素を教えていないわけですから、「生かすことは出来る」しかし、それで充分だと言う事からは程遠い、と言うことが私の個人主張でもあり、また、このご質問の回答とさせてもらいます。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 
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元UFCウェルター旧王者カーロス・ニュートンは、合気道も学んでいるそうです。



合気道自体、元々は合気柔術とも言うので、総合格闘技において最も重要な柔術と根は同じなのですから、やはり、何か通じるものはあるのではないでしょうか。
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元々フルコン系の格闘技をやってる者が剣道や合気道を学んで、それを生かすことは充分に可能だと思いますよ。


複数の格闘技を学ぶと思わぬところで思わぬ技や身法が役に立ったりする場合があります。
そういう意味では「可能」です
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確かに剣道の有段者に、


いきなり殴る!蹴る!の試合をさせたら参っちゃいますね。^^

しかし、隙、呼吸、防御、先読みなどの基礎訓練は他の武道以上で、
相手の動けない時を読んでいます。
隙を見つける能力は、他武道以上かもしれません。

真剣なら1撃で死ですから、1本の重み=1撃の重みを一番肝に銘じているかもしれません。

普通の素人より成長は早いと思います。

経験=素質と言う言葉は嫌いですが、
物になる資質は高いのは認めなければなりません。

どんな武道でも、共通した教えが多々あり、得はあれど損にはならないと思います。

問題は、殴る!蹴る!!の険しい道に喜んで行くかどうかです。^^;
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生かすことは可能です。


あらゆる分野の格闘技が挑戦しています。
立ち技でKOをとるシーンも結構あると思いますので、グランドの独壇場というわけではないようです。
しかし、一つ難点を挙げるのなら、型にはまった格闘技は辛いかと思います。
伝統空手のように間合いを計りタイミングで決する競技では、乱戦に非常にもろいです。
合気道は実戦で使えるほど極めている人間は少なく、そもそも試合というものが存在しません。目的が違いますから。
剣道は間合いと心の勝負です。総合格闘技発揮できる力はないように思います。
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Q趣味で格闘技をやっていますが、試合にでなければ強くなれないのでしょうか?

趣味で格闘技やっています。
組み技系なので、打撃はありませんが、
関節、絞めなどはあります。

やりはじめて1年ですが、
これまで2度試合にでたことがあります。
本当は嫌だったのですが、周りがでるので、
仲間意識で出場しました。

ワンマッチだったのですが、1回目の試合は
3回やって2回勝ち1回判定負け。

2回目の試合は、2回やって1回勝ち、2回負け。
といった戦績で、まあ弱くはないけど、普通以上はあるといった
強さです。

でも悩んでいることがあります。
私は元々そうなのですが、人を叩きのめしたりすることに
とてもストレスを感じてしまいます。

昔打撃もやっていたのですが、
殴ったりすることが嫌だしストレスになってやめてしまいました。
一言でいうと、いろんな意味でつらかったんです。

でも格闘技が好きで、男たるもの強くありたいと思っているので、
また格闘技に戻りました。
今度は殴ったり蹴ったりしない組技系の格闘技です。

基本組技なので、精神的ストレスも少なく、
楽しんで続けられています。
このままずっと練習を続けて強くなりたいなと思っています。

しかし、もう試合にはでたくありません。
2回試合にでてみて、勝ったりもしたのですが、
こんな試合相手に勝たしても別にいいや。
なんて思ってしまいます。

練習は好きです。相手が強いほど好きです。
ですが試合は嫌いなのです。
あの勝手やったぞ!という攻撃的な感じがあまり好きではないのです。

”試合にでなければ強くなれない”という意見もありますが、
果たしてそうなのでしょうか?

幸い私の道場の先生は、元々試合にでろでろ言っていたらしいのですが、試合はだれしもでたいものではないことに気づき、
あまり無理強いしたり薦めたりしないようになったそうです。

私の意見ですが、
試合に出た方がモチベーションも上がり短期間で強くなりやすい、
しかし試合にでていなくても強い人はいくらでもいる。というのが私の見解です。

みなさんのご意見をぜひお聞きしたいですm(_ _)m

趣味で格闘技やっています。
組み技系なので、打撃はありませんが、
関節、絞めなどはあります。

やりはじめて1年ですが、
これまで2度試合にでたことがあります。
本当は嫌だったのですが、周りがでるので、
仲間意識で出場しました。

ワンマッチだったのですが、1回目の試合は
3回やって2回勝ち1回判定負け。

2回目の試合は、2回やって1回勝ち、2回負け。
といった戦績で、まあ弱くはないけど、普通以上はあるといった
強さです。

でも悩んでいることがあります。
私は元々そう...続きを読む

Aベストアンサー

僕はあなたに一つ思うところがあります。

試合とは、呼んで字のごとく、「己を試す」神聖な場所だと自分は思っています。
みんな、相手をぶちのめすことが大好きで試合してると思いますか?
自分が知らない相手にぶちのめされるかも知れない、下手をしたら大怪我させられるかもしれない、という恐怖心と戦いながら己の向上のために、試合の場に臨むんです。
なのに、「こんな試合相手に勝たしても別にいいや。なんて思ってしまいます。」
こんな態度で試合に出るのでしたら、もう出ないほうがいいでしょう。試合の相手に失礼です。

なぜそんな思いをしてまで試合に出ると思いますか?

試合なら相手も全力で勝ちに来る。だから、普通の練習では得られない稽古(試合もあくまで稽古の一環です)になるからです。

自分を試す場に立たなくても普段の練習で「自分は強くなったなあ」と思えるならそれでいいと思います。
しかし、普段の練習では強い先輩でも仲間でも、そんなに最初から最後まで本気ではやっていませんよ。


ただ、あなたのおっしゃる「あの勝手やったぞ!という攻撃的な感じがあまり好きではないのです。」
ということも判ります。
この間、空手の極真館の全日本の試合を見に行きまして、KO勝ちをしたウクライナ人がガッツポーズをしたことで反則負けを宣告されていました。(結局は厳重注意で収まりましたが)
柔術の試合も、元は礼儀を重んじる武道から生まれたのなら、そういうことも指導していくべきだとおもいますね。

僕はあなたに一つ思うところがあります。

試合とは、呼んで字のごとく、「己を試す」神聖な場所だと自分は思っています。
みんな、相手をぶちのめすことが大好きで試合してると思いますか?
自分が知らない相手にぶちのめされるかも知れない、下手をしたら大怪我させられるかもしれない、という恐怖心と戦いながら己の向上のために、試合の場に臨むんです。
なのに、「こんな試合相手に勝たしても別にいいや。なんて思ってしまいます。」
こんな態度で試合に出るのでしたら、もう出ないほうがいいでしょう...続きを読む


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