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教科書では日ソ基本条約、普選法改定による増える共産主義者を取り締まるため、とありますが、なぜ共産主義者が増え、共産主義者が悪者扱いされたのですか?

そういう文面を読むと共産主義者がオ〇ムのように見えてきます。共産主義が宗教のようになるものがあるのでしょうか?

その辺を詳しく、わかりやすく教えて頂けるとありがたいです。よろしくお願いします。

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A 回答 (6件)

最も重要な点から入ります。

戦前の日本人を悲劇に陥れたのは、共産主義者ではありません。共産主義者を取り締まり、虐殺までした、特攻警察や、軍部などの軍国主義者です。統計による差はあるものの、アジア全土で2000万人が死亡した、第二次大戦の一方の当事者は、日本軍国主義者です。この際責任問題にはあえて触れません。
 
この、軍国主義者の跋扈に挑戦し、侵略戦争反対を唱えたのは日本共産党だけでした。社会主義社会を目指す、社会主義政党は、ほかにもありました。衆議院の普通選挙にもでて、議席も持っていました。しかし、彼らは、一言も、侵略戦争反対を言いませんでした。それどころか、終には政党を解体して、戦争推進の体制翼賛会に合流したのです。
 
 日本を支配していた軍国主義者にとって、戦争体制こそが権力を維持する最大の保障ですから、侵略戦争反対という思想を持つ日本共産党は、何よりも危険な存在でした。戦争体制というのは、経済的にも人命の点からも非常に無理をしていますから、侵略戦争反対という思想は、国民に急速に浸透する可能性もあったのです。そこで、日本共産党創立の情報をつかんだ軍国主義者は、はじめから日本共産党を非合法にし、国民から遮断するために、あらゆる手段を使いました。他の回答者が、述べられているような破廉恥事件や、銀行強盗も共産党内に侵入した工作員の手引きにより数多く実行され、日本共産党の印象は、最悪のものとなりました。最終的に、宮本顕治中央委員が、逮捕されて中央組織は、壊滅してしまいました。この間に、虐殺や獄中死、生死不明者は、2000名くらいに上るといわれています。勿論全員が日本共産党員というわけではなく、疑われて特高警察の拷問の結果という人も多数含まれています。共産党員ではなくとも、疑われただけでも命の危険があったのです。

 何故このようなことが可能であったかというと軍隊と戦争は、戦前の日本ではなんびとも犯すことのできない天皇の大権だったのです。侵略戦争反対は、この天皇の大権に直接触れることなので、国賊であり、法を犯して虐殺しても、かまわないと考えたのです。又そのためには、デッチ上げをやろうが、工作員を侵入させようが何をしてもかまわないと考えていました。

終戦で一時的に軍国主義者は、責任ある地位から追放されましたが、残念なことに追放は、まもなく解除され、政界やマスコミ界、経済界で強力な復活をしています。最近の自民党の憲法草案は、彼らの努力の賜物です。
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 質問者さんが「共産主義者が悪者扱いされた」というように感じるのは、彼らが革命に成功しなかったからです。


 戦前といったって、大正デモクラシー期と昭和恐慌時、戦中では世論・世相も異なりますから、それをひとくくりに「戦前」というのもどうでしょうかね(大正期は軍人というだけで乗車拒否される、そんな時期もあったのですから。同じ戦後といっても、昭和20年代、40年代、現代では違うでしょう)。
 共産党にとって打倒すべき存在である大日本帝国が権力を発動したり、国力が増強すれば、共産主義革命という「目的」を達成するのが困難になりますから、反戦という「手段」を使うでしょうね。当時の彼らにとって「反戦」も「テロ活動」も、革命という崇高な理想を実現するための手段ですから、それが同時並列に行われても別段矛盾はないでしょう(それはオウム真理教のサリン事件も、彼らにとっての崇高な目的を達成するための手段であったことと同様です。もしもオウム真理教がその目的を達成していたならば、サリン事件も「栄光の瞬間」となり、それまでの社会は「暗黒時代」となっていたでしょう)。
 それと現在、軍国主義者とレッテルを貼られる軍部急進派は親大陸、大アジア主義・反英米、反資本主義で、共産党とは思想的に比較的近い関係です。その思想の根底には国家社会主義(国家の力により統制経済を目指す) があります。日本の共産主義者と国家社会主義者の相違は天皇を認めるか認めないかですから、けっこう共産主義者から国家社会主義者に転向した大陸派右翼や軍人も多くいましたからね。軍部だから保守かというとそうでもない面があったのです。天皇家や保守的な政治家ほど親英米派でしたし、保守的な軍人ほど、「世論に惑はす政治に拘らす只々一途に己か本分の忠節を守り」つまり“軍人は政治に関わるな”という考えでしたから。
 いずれにせよ、歴史や政治・外交・軍事などを見るうえで道徳的・倫理的な善悪を基準に見てはいけません。あくまでも「なにが利益につながるのか」で動く世界だからです。正直、冷酷なようですが“政治の世界で「正義」というのは、あくまでも目的のための装飾に過ぎない”とぐらいに考えておきましょう。

「第一章 大正デモクラシーとワシントン条約」
http://www.geocities.jp/kamisato_02/nihonshi/dai …
「第二章 昭和恐慌と軍部の暴走の始まり」
http://www.geocities.jp/kamisato_02/nihonshi/dai …
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この回答へのお礼

みなさまへ
まとめてお礼させて頂きます。
ありがとうございました。

私の中で点だったのが線でむすばれた感じです。
それと共産主義に悪いイメージがあったのが
偏見に過ぎなかったと知りました。
とても意義のある回答でした。

お礼日時:2005/11/14 04:18

『軍事板常見問題』より


http://mltr.e-city.tv/index02.html
「テロリズムFQA」から<極左テロ“日本共産党関連”>より
http://mltr.e-city.tv/faq10.html
【質問:なぜ日本共産党は戦前、弾圧されたか?】
http://mltr.e-city.tv/faq10c.html#00875
【回答 基本的には、「暴力革命」という国家転覆を試みる存在だったため。
 初期には彼らは治安警察法の、治安維持法ができてから後は、この法律の適用対象となっていた。まして戦前共産党は終始コミンテルンの従属組織であった。コミンテルンから、資金からテーゼから武器まで提供されている。外国陰謀組織の手先となって国家転覆を企んでいるのような組織は、左右に関係なく、危険視され易い。
 それでも、国民の強い支持でもあれば、特高による拷問などは問題視されていたかもしれない。ところがこれが、共産党にはさっぱりなかった。極右に人気を掻っ攫われたからである。
 例えば、5。15事件では、この被告への減刑嘆願は、殆ど一つの国民運動のごときものになり、実に百万通を超える嘆願書が裁判所に送り届けられている。この大衆的支援の事実が、その後の右翼革新運動に大きなインパクトを与えた。
 一方、共産党はどうだったか?と言えば、支持は殆ど皆無だった。党員は微微たる数で、しかも労働者がおらず、インテリ同士の観念論争にあけくれていた。党方針はコミンテルンの指示に忠実な余り、当時の日本の実態に全く合っていなかった。遊女屋で逮捕されたり、つつもたせ事件や銀行強盗を起こしたりと、スキャンダルも続発した。その結果、党幹部自ら転向したり、解党を言い出したりする者が続出した。
 こんな党が支持されるはずもない。そのため例えば、刑事に追われた党員が、
「俺は労働者の見方の共産党員だ」と土工に助けを求めたところ、
「共産党がなんだ」と叩きのめされた、といったエピソードも残っている。
 戦前の共産党がいかにダメだったかは、立花隆著『日本共産党の研究』(講談社)に詳しい】

※コミンテルン…モスクワに本部を置いた国際的共産主義組織。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%9F% …

それと
「第二次大戦(およびその前後)アジア・太平洋方面FAQ」の項目
http://mltr.e-city.tv/faq08c.html
特に「総記・組織FQA」から【質問:戦前日本も充分民主主義だったという説を聞きましたが、実際はどうなんでしょう?】【質問:1930年代の言論統制の時代、なぜ新聞・雑誌は抵抗できなかったのか?】なども参照されてはそうですか?
http://mltr.e-city.tv/faq08j.html#01795
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戦前の治安維持法に関して、共産党について言えば、当時綱領というものはありませんでしたが、天皇制の廃止を政治目標の一つに掲げていました。


一方明治以降終戦までの大日本帝国は、法の上に天皇制がありました。つまり、国家機関の目的そのものが天皇制の護持、国体護持、というものだったわけで、そのために当初から社会主義・自由主義などに対して(もちろん共産主義にたいしても)かなり暴力的な政策でつぶしてきました。
が、それでもそういう勢力が増加したため、これを潰すことを目的とした弾圧立法です。この点で、治安維持法はそもそも共産主義者だけを対象にしていたわけではありません。少なくとも制定理由にオ○厶のような犯罪行為があったというのとは異なります。

なお、現在の共産党綱領には暴力革命は明記されていません。(もし明記されていれば、調査対象ではなく取り締まりの対象です)
http://www.jcp.or.jp/jcp/Koryo/
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共産主義は暴力革命を肯定しているからです。


現在も破壊活動防止法などの類似の法律があり、
日本共産党は破壊活動防止法の調査指定団体になっています。
これは、日本共産党が党の綱領に「暴力革命」の方針が明記されているためです。
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当時の日本は天皇制下の法治国家でした。


共産主義は天皇制を認めず破壊するものというイメージがあったのです。

天皇そのものに対するテロを実行したり準備する共産主義者が出てきた事もあり、日本の国体を破壊する危険思想という概念が出来上がったのと、ソビエトロシアに対する脅威感とがないまぜになって、共産主義者を悪者視するようになり、その取り締まりを目的に法律がつくられたのですが、国策に反対する者まで弾圧する法律に変貌してしまったのです。

共産主義そのものは平等、思想の自由、人権の保障など決して悪と思えるものではないと思うのですが、実行にテロや破壊行動が伴った所が問題といえましょう。
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Q治安維持法って何ですか?調べてもわかりませんでした・・・。

治安維持法って
天皇制をダメっていってるんですよね?
大統領制みたいにしろということでしょうか?
財産を持つことを否認ってことは
貯金とかあるお金もちは
みんな、貯金とか無くして
貧乏も、お金持ちも無い社会に
しましょうとかそういう法律
なんでしょうか?

>結社の目的遂行の為にする行為」一切を禁止する「目的遂行罪」

結社って何ですか?
たぶん宗教団体とかのことですか?

頭が悪いので、WIKIとか見てもわかりませんでした
5歳児にも分かるように、かみくだいて説明していただけないでしょうか?

Aベストアンサー

うーむ。これは悲惨だなぁ。
ざっと言えば,あなたの考えていることの全く反対,正反対です。

>天皇制をダメっていってるんですよね?
違います。天皇制を維持する(直接的には社会主義,共産主義をダメと言っている)目的で作られた法律です。

>結社って何ですか?
>たぶん宗教団体とかのことですか?
ここで想定されている結社とは,社会主義政党・共産主義政党(もしくはそうした主義を唱える団体)のことです。歴史的には,治安維持法で弾圧された宗教団体もあったことは事実ですが,直接的には,宗教団体を想定しているわけではありません。

治安維持法という法律は,普通選挙の実施とセットでできた法律です。
「25歳以上の男子全員に選挙権を与える・・・」(普通選挙実施)
「おい,そりゃまずいよ。そうなったら,貧乏人が投票して,社会党や共産党の代議士が生まれるじゃないか」
「そうだな。下手すると,日本が共産主義国家になるかもしれない」
「そうならないための法律を作ろうぜ」
「どうやって?」
「だから,最初から,社会主義や共産主義を主張する政党は,作れないようにしておけばいいのさ」

というわけで作られた法律です。後には,どんどん拡大解釈されて,「目的遂行の為にする行為」つまり,政党を作ったということでなくても

・政党を作る準備をした
・政党を作るための勉強をした→共産主義の本を持っていた
・政党を作る準備のための準備(こうなると何でも当てはまる)

なども弾圧の対象となったのです。

うーむ。これは悲惨だなぁ。
ざっと言えば,あなたの考えていることの全く反対,正反対です。

>天皇制をダメっていってるんですよね?
違います。天皇制を維持する(直接的には社会主義,共産主義をダメと言っている)目的で作られた法律です。

>結社って何ですか?
>たぶん宗教団体とかのことですか?
ここで想定されている結社とは,社会主義政党・共産主義政党(もしくはそうした主義を唱える団体)のことです。歴史的には,治安維持法で弾圧された宗教団体もあったことは事実ですが,直接的には,宗...続きを読む

Q原敬の内閣が日本初の本格的な政党内閣と言われるのはなぜ?

米騒動を経て内閣を組閣した原敬ですが、その内閣は本格的な政党内閣と言われています。これはなぜですか?原敬は党首から首相に選ばれたわけですが、この内閣以前はどうやって首相を選んでいたのでしょうか?天皇が勝手に首相を選んで良かったのでしょうか?大日本帝国憲法下における組閣の仕組みが良くわかりません。選挙によって選ばれた与党の党首が首相になるということはなかったのでしょうか?

Aベストアンサー

ごきげんよう。



【回 答】
大日本帝国憲法(明治憲法)下では、現在の日本国憲法で定められているように内閣総理大臣が選ばれていたわけではありません。明治憲法が出来た最初の頃は、明治政府を作った「元勲」と呼ばれる人々が交代で内閣総理大臣に就任していました。その後「元勲」のうちの何名かが「元老」として、「次の内閣総理大臣はこの人に」と天皇に推薦し、天皇が任命するのが慣例でした。別に、議会で与党の党首が選ばれていたわけではありません。

さて、そうやって選ばれる内閣総理大臣ですが、予算案や法律案を通して政治を円滑に進めるため、衆議院の多数を占める政党と仲良くする人が出てきます。そういう意味で「政党内閣」の原形は原敬以前に成立していました。

原敬内閣が『初の本格的政党内閣』と呼ばれるのは、原敬が「爵位をもたない」「選挙によって選ばれる衆議院に議席をもつ」「政党『政友会』の党首」であり、原内閣が「陸軍大臣・海軍大臣・外務大臣以外の閣僚はすべて政友会員が就任した」内閣であったことが、「選挙によって選ばれた多数党の党首が内閣総理大臣に選ばれ、閣僚の多数が政党の党員(政党所属の議員)である」という『政党内閣』の定義にほぼ近かったことによるものです。

(上記の「政党内閣」の定義は完全に正確ではない可能性がありますが、だいたいこのような内容だったかと思います)


以下、詳細な説明です。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

■ 大日本帝国憲法(明治憲法)下での首相の選定方法

大日本帝国憲法(明治憲法)には、内閣総理大臣の決定方法は記載されていません。

大日本帝国憲法第10条に、「(統治権を有する)天皇が行政を行なう官僚を任免する」ということが書かれています。かといって、天皇が内閣総理大臣を勝手に選んでいたわけでもありません。「宮中・府中の別」という慣例がありまして、天皇は政治の世界には関与せず、行政機関である内閣の決めた方針にもとづいて「YES」と言うだけでした。内閣総理大臣を決める時にも、天皇は、誰かが選んだ内閣総理大臣をそのまま任命するのです。

大日本帝国憲法(明治憲法)
http://www.edogawa-u.ac.jp/~kiuchih/home/statutes/teikokukenpou.html


では、内閣総理大臣の決定方法ですが、

歴代内閣総理大臣一覧
http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/ichiran.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E9%96%A3%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3%E3%81%AE%E4%B8%80%E8%A6%A7
http://www.promised-factory.com/100years_after/pm/pm-list.html


上の一覧をご覧になればわかりますように、最初は明治維新の功労者であった人々が協議の上、内閣総理大臣や各国務大臣を務めていました。「明治政府を作ったのは俺たちなんだ!」ということでもあり、内閣総理大臣や各国務大臣として明治初期~中期の政治を引っ張っていけるのは、この人々しかいなかったのだと推測されます。

明治維新の功労者達は、明治初期から後期にいたるまで第一線で政治を動かし続け、その後も「元老」という立場で、天皇の諮問に答える形で、国家の政策決定に関与しました。
伊藤博文、黒田清隆、山縣有朋、松方正義、井上馨、西郷従道、大山巌、桂太郎、西園寺公望の九人です。

その主な仕事のひとつが、内閣総理大臣が辞めた場合、次の内閣総理大臣を選ぶことです(ちなみに、法的な根拠はまったくありません)。彼らが選んだ内閣総理大臣を、天皇が任命していました。

元老 - wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E8%80%81

ちなみに、昭和に入って、最後の元老の西園寺公望が死んでからは、天皇の側近で天皇の仕事を助ける役職であった「内大臣」が中心となって「重臣会議」を開いて、内閣総理大臣を選んでいました。

内大臣 - wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%85%E5%A4%A7%E8%87%A3


■ 内角総理大臣と、議会や政党との関係

内閣総理大臣は、別に議会での選挙で選ばれているわけではないので、議会を無視して勝手に政策を決めて政治を行なっていくことができる、・・・というわけではありませんでした。

選挙で選ばれた政党系議員が多数を占める衆議院は、予算案を貴族院より先に審議するので、内閣が政党と対立してしまうと、予算案が議会を通らず、政治が一気に止まってしまうのです(政党を無視して独自に政治を行なおうとす『超然主義』の方針をとる内閣と、衆議院で多数を占める政党が対立して混乱したのが、1890年代の『初期議会』と呼ばれる時期です)。

そういうシステムの中で、内閣総理大臣のなかには、政党に理解を示して協力してもらい政治を行なおうとする人が出てきました。代表的なのは、伊藤博文、西園寺公望、大隈重信などの人物達です。彼らは政党の党首も兼ねていたので、一応、「政党内閣」と言えなくもありません。


では、原敬とその内閣の場合は、彼らと何が違うのでしょうか?

「原敬」個人に対する注目点は3つ
  ○爵位をもたない
  ○選挙によって選ばれる衆議院に議席をもつ
  ○政党「政友会」の党首

「原内閣」のポイント
 ○陸軍大臣・海軍大臣・外務大臣以外の閣僚はすべて政友会員が就任

つまり、「選挙によって選ばれた多数党の党首(衆議院議員)が内閣総理大臣に選ばれ、内閣閣僚の多数が政党の党員(政党所属の議員)である」というところが、『本格的な政党内閣』と呼ばれる意味です。


ですが上で述べた通り、原敬は議会で選ばれたわけではなく、やはり「元老」による推挙によって天皇から任命されています。

原敬が内閣総理大臣に選ばれた理由としては、その前の寺内正毅内閣が米騒動の対応に失敗して総辞職して、政府に対する国民の不満が高まっており、「元老」としても国民の意見を反映した内閣を作らないといけなかったこと、原敬がもともと官僚出身で、内務大臣も務めたこともあって、内閣総理大臣に任命しても行政を行なうのに問題がないこと、そして、原敬は元老や貴族院の勢力とも対立しないで上手くやれる政治家であったこと、などがあげられます。

原敬 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%95%AC

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8E%9F%E6%95%AC

ごきげんよう。



【回 答】
大日本帝国憲法(明治憲法)下では、現在の日本国憲法で定められているように内閣総理大臣が選ばれていたわけではありません。明治憲法が出来た最初の頃は、明治政府を作った「元勲」と呼ばれる人々が交代で内閣総理大臣に就任していました。その後「元勲」のうちの何名かが「元老」として、「次の内閣総理大臣はこの人に」と天皇に推薦し、天皇が任命するのが慣例でした。別に、議会で与党の党首が選ばれていたわけではありません。

さて、そうやって選ばれる内閣総理大臣...続きを読む

Q小泉さんは何故郵政民営化したがっているの?

郵政民営化するかしないかで毎日騒がれていますが、
私は郵政民営化のメリットがよく分かりません。
デメリットについてはよくニュース番組などで取り上げられていたのを見たので分かるのですが・・。
小泉首相は民営化賛成のようですが、メリットが分からないため何故賛成なのかが分かりません。
よろしければ郵政民営化でのメリットを教えてください。

Aベストアンサー

これには色々な側面・意見があるので、何とも説明しがたいですが、私なりの解釈を述べます(長いです)。
少し偏っている面もあるので、鵜呑みにはされないで下さい(だから反論は多々あると思います)。

ぶっちゃけ、郵便行政の面では何の国民的メリットはないと思われます。
本当にサービスが良くなるかは分からないし、田舎に住んでいる人にとっては、生活利用基盤が失われる恐れがあります。
また特定郵便局長の方々の生活収入も損なわれます(仮に私が特定郵便局長なら、民営化絶対反対します)。
米国(民営化を要請している)の言いなりになるのも、少しおかしな気もします。
本当にデメリットや不合理な点は、多々あるのです。
しかしそれ以上に、日本の国全体を見た時に、郵政を民営化するメリットがある、ということなのです。

ではそのメリット・目的は、一体何なのでしょう?
それは、郵便貯金が財政投融資などを通じて、無駄遣いばかりする特殊法人に流れるのをくい止めるためなのです。
ご存知のように、特殊法人は民間では考えられないような、多くの無駄遣いをしています。
自分たちの交際費、出版費、採算の取れないリゾート施設建設、不必要な備品の購入などなど、数えれば枚挙にいとまがありません。
そんな不必要かつ予算消化の儀式を行うために、特殊法人は、「郵便貯金の運用先」という建前で巨額の財投資金を受け入れ、それをいいように使います(ちなみに特殊法人は税金分の交付も同様に無駄遣いをします)。

通常、「無駄遣いしたら、焦げ付いて、拠出した郵便局側が文句をいうんじゃないの?」と思いますが、それが言わないのです。
なぜなら郵便局の赤字分(実際は他の運用で補填している)は、国の保証があるからいくら無駄遣いしても補填元があるので、安心なのです。

それならば「無駄遣いする特殊法人に、資金をあげなければいいんじゃないの?」と思いますが、それも駄目なのです。
政治家や官僚が、なぜか特殊法人に資金を渡し続けるのです。
なぜ渡し続けるのでしょう?
確かに、赤字でもそれを度外視して特殊法人がなすべき公的役割はあります(必要な道路整備など)。
だからそれを根拠に、彼らは資金が必要だと主張するでしょう。
しかしそれが、実は無駄な道路の建設のためだったりするわけです。
しかも政治家と官僚は、予算配分時に力を発揮する事によって、存在意義が評価される生き物です。
彼らは資金が無駄に使われると分かっていても、自分たちが次の選挙で当選するため、もしくは将来の天下り先を確保するために、予算をもぎとってくるのです。
そこには、「この国をよくしよう」とか「国民の生活を楽にしよう」などという信念はありません。
ただただ個人の利益の追求なのです。
これが特殊法人に資金が渡り続ける所以です。

しかし絶望するには早いのです。
郵政を民営化することによって、これらの弊害を薄めることができます(恐らく根絶は急には無理です)。
郵便局が民営化されてしまえば、政治家や官僚は、一民間企業の資金運用先に口出しができません。
そうすると、予算が獲得できないので、当然、特殊法人にも資金が流れません。
一般には、お金が水、郵便貯金が給水蛇口、財政投融資が排水溝に例えられます。
つまり郵貯という給水蛇口を閉めて(=郵政民営化)しまえば、排水溝に無駄に流れているお金も流れなくなるんじゃないかという発想です。

では、排水、つまりお金の無駄遣いが減ると、どうなるのでしょうか?
まず特殊法人の無駄遣いが減る可能性が高いですから、相乗効果で政府の特殊法人への税金投入も減らせるでしょう。
そうすると、税金は効率的に使われ、国家の赤字は減り、税金も安くなるかもしれません。
(先日、政府税調から増税プランが打ち出されましたが、こうしたサラリーマンへのしわ寄せは、政治の改革不足もあるのです。)

その結果、国家財政は潤い、日本の国民も幸せになる、という、まあ一応夢のようなシナリオなわけです。
では、なぜいわゆる抵抗勢力、政治家は民営化に反対するのでしょうか?
勿論、冒頭で述べたような弊害を、まともに心配して反対している議員さんもいらっしゃいますが、予算配分の利権を確保するために、民営化に反対している議員の方も多数いらっしゃるのです(これに多くのメ○ィアも首相交代を狙って、便乗している節がありますね)。
なぜなら財投の予算配分であげる餌がなくなると、犬も自分に投票してくれなくなるからです(まあ政治家にとっては失業するのですから当然といえば当然ですが・・)。
同じように、多くの政治家は、予算配分を要求しますが、財源(=財政再建のプラン)を何も持たずに、これを主張するのは、本末転倒でしょう。

ではこれらの事を政府はなぜ主張しなのでしょう?
これの方が理解が得られそうな話です。
でもそれは無理なのです。なぜなら「それならそういう心無い政治家を排除して、予算配分正常化を果たすべきだ」と反論されるからです。さすがの小泉さんも、同業者の政治家の癒着・不正を暴いて排除するのはできないのです。だから方便で「郵政民営化で、より効率的な郵便システムを実現する」と言っているのだと思います。

しかし一方で、No.1の方がおっしゃられているような事も事実ですので、実際の所はすべて憶測になってしまいます。問題はメリットとデメリットの、どちらが大きいかという事なのです。今のところどちらがいいのか、個人的には全く分かりません。

ただ「所詮、利権と賄○ずけの政○家・官○には、良い日本など作れない」と言い放った漫画を見たことがありますが、ひょっとしたらそのことだけが事実なのかもしれません。

これには色々な側面・意見があるので、何とも説明しがたいですが、私なりの解釈を述べます(長いです)。
少し偏っている面もあるので、鵜呑みにはされないで下さい(だから反論は多々あると思います)。

ぶっちゃけ、郵便行政の面では何の国民的メリットはないと思われます。
本当にサービスが良くなるかは分からないし、田舎に住んでいる人にとっては、生活利用基盤が失われる恐れがあります。
また特定郵便局長の方々の生活収入も損なわれます(仮に私が特定郵便局長なら、民営化絶対反対します)。
米...続きを読む

Q★「封建制度」を簡単に説明してください!

★「封建制度」を簡単に説明してください!

世界史の時間によく「封建制度」なる言葉が出てきます。

いろいろと調べてみたのですが、いまいちよくわかりません。

理解力を深めたいので、封建制度を簡単に説明できる方よろしくお願いします!

Aベストアンサー

封建制度とは「封」(封土=土地)を与えて家来を「建てる」と言って、つまりは
「土地をなかだちとしてむすばれた主従関係(しゅじゅうかんけい)にもとづく社会のしくみ。」
のことを言います。
御恩と奉公ですね。
もちろん日本・中国(周)・中世欧で指す封建制度とはそれぞれ少し意味が異なったりしますが、基本的には上記の意味です。

ちなみに対義する言葉は絶対王政や絶対君主制です。

Q1890年代の15円とは、今で言ったらどのくらい?

 こんにちは。

 訳あって、田中正造さんについて調べています。
 調べていくと、「衆議院議員になるためには当時の15円の税金をはらっていなければならない」と聞きました。
 今では15円というと、すごい安いイメージですが、当時では、どのくらいの価値(現在でいくらくらい)だったのでしょうか?
 あと、知ってればでいいんですが、税金は、年単位で支払っていたのか、月単位で支払っていたのかも教えてくれたらうれしいです!

Aベストアンサー

単純に物価で比較した場合は、20万円程度です。
これだけだと大したことはないように見えます。
しかし、1890年頃の政府予算は約1億円でした。
今の予算規模90兆円の90万分の1ですので、
現代の感覚にすれば、年間15円以上の納税者とは、
年間1300万円以上の税を納めている人に該当すると思います。

田中正造自身はそれほど裕福な家庭の出身ではありませんが、
土地投機によって現在の価値で数億円もの利益を得て、
それを元手に政治活動したと聞きます。


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