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こんにちは。私は高校生です。
中国文学が好きで、その関係の進路に進もうと思っています。

水滸伝の宋江についてなんですが・・・
宋江の人物像は簡単に言うとどういう感じだと思いますか?
私も漠然的には人物像は分かってるつもりなのですが、どうもうまくまとめられないのです(>_<)
場面との裏付けも上手くいかず・・・

すみませんが、よろしくお願い致します。

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A 回答 (3件)

将来、漢文学の方面に進みたいという方なので、手加減抜きでいきましょう(笑。



当然、水滸伝そのものはお読みになってますね?
百回本(岩波文庫のものがそう)で読みましたか?
水滸伝について考えるときは百回本に基づいて考えないとダメです。
七十回本は論外ですが、百二十回本も具合が悪い。
ご存知のことと思いますが、百二十回本は終盤に田虎討伐・王慶討伐合わせ二十回分が挿増されてます。
このせいで水滸伝全体の構成が破壊されて、本来のテーマが分からなくなっています。
もし手元に百二十回本しかないのでしたら、一度田虎討伐・王慶討伐をすっ飛ばして全体を読みなおしてみてください。

その上で、田虎討伐・王慶討伐の有無が全体の構成にどのような影響を及ぼすのか?
さらには、その前後にある遼国征討・方臘討伐の故事は構成上どのような意味をもつのか?
以上、ご自分で考察してみましょう。将来のための良い訓練になります。

参考書としては高島俊男先生の「水滸伝の世界」が役立つと思います。無茶苦茶面白い本ですし未読でしたら是非一度お読みください。

そして水滸伝全体の構成が見えてくると、宋江の人物像もまた違った側面が見えてくると思います。



さて、以下は御下問の私なりの回答。

宋江は「中国風ドンキホーテの典型」ですね。
もちろん、この「ドンキホーテ」は「小説の主人公はハムレット型とドンキホーテ型に大別される」と言った場合の「ドンキホーテ」です。
はて、ドンキホーテには忠臣サンチョパンサが付き従っているはず…。
はい、あの人ですね。宋江に最後の最後まで従った彼です。
水滸伝は宋江と彼との物語でもあります。

え? 何が言いたいか分からない?
なら、水滸伝を引っ張り出して頭から読みなおしましょう。もちろん百回本で。
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この回答へのお礼

こんばんは。
お返事が遅くなってしまい申し訳ありません;

はい、大学は中文へ進学します。
手加減なしのご解説を有難う御座います(^-^)
私が読んだのは時間がなかったので、岩波少年文庫のものを読んだのです。
だから百回本だったと思います、ハイ。
高島俊男先生のものは読んでおりません。是非読んでみたいと思います。
そして現在私の頭の中にある水滸伝は最後の部分しか残っておりません・・・記憶が不鮮明なんです;
なのでもう一度読み返して田虎討伐・王慶討伐のところを考えてみたいと思います。未熟で恥ずかしいです;

宋江に最後まで従った彼・・・李逵ですか?
もし違ったら恥ずかしいのですけど・・・

ご回答本当に有難う御座いました。

お礼日時:2005/12/02 17:43

こんばんは。

懐かしいですね~、水滸伝。私も放課後の教室で最終回を読んで涙したものです。個人的には林冲が好きでした、何かストイックで(笑)。
当時は宋江は大いに気に入りませんでした。英雄豪傑の行動にイチイチ説教して盛り下げるというか、キレイ事ばかり言って世間にウトいというか、なんでこんなやつが梁山泊の頭なのかと不平に思ったものです。が、よく考えると、大体英雄豪傑の上に立つものは、案外こんなタイプが多いようですね―西遊記の三蔵法師しかり、三国志の劉備玄徳しかり。少なくとも、腕力においては手下より数段劣っている人物ばかりです。
では、何において彼らは手下より優れているのかというと、言ってみれば、何にあってもくじけぬ善意、正義への絶対的信念、そして自己犠牲を厭わぬ純粋さ、みたいな所でしょうか。ヘタに他人より力の強い人間は、だまされまいとして、却って他人を疑ったり、正直な生き方をバカにしたり、自分の得にならないことはすまいとしたりします。―が、よほどアタマが悪い人間でない限り、これらが本当はよいことでないのはわかっているのですね。しかし、そこを繕って世間を渡っている、そしてそれをどこかで面白くなく感じている。そういう、心の底では率直な乱暴者には、どんなに世間から冷たくあしらわれても、へこたれず善を信じ続け行ない続ける宋江のような人物の姿は、一種まぶしく映るのではないでしょうか。―もっと率直で、しょっちゅう世間とぶつかってばかりいる黒旋風や孫悟空のような人物には、こういう人間は、実にオメデたいとも見えるでしょうが、と同時に、逆立ちしても自分はかなわない、と思わせるところもあり、それが強烈な魅力になっている、とも思われます。
言ってみれば、水滸伝の宋江は、個人を超越した正義―現在の正義ではないでしょうが―を体現したものであり、絶対悪に対する絶対善の象徴ではないでしょうか。万人の憧れ・理想・拠り所であるが、その人自身は、決して誰に対しても、個人的に与することはない。個人を超えた善であれば、国のため―当時は皇帝のため―に、自分に忠実な黒旋風に毒を盛るという、非人間的行為も辞さなかったわけかと。
以上、まったくの私見でした。
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この回答へのお礼

こんばんは。
お返事が遅くなってしまい申し訳ありません;

最終回は確かに泣けますよね。淋しかったです・・・
私は李逵が好きでした。憎めないんですよね(笑)
劉備も宋江に少しにてる所が確かにありますよね。なるほど!
walk-hawkさんが仰ってるように宋江は純粋っていう所は感じました。
そこはリーダーとしてすばらしい素質だなあと感じました。人間としてでも素敵ですよね。
ご回答を拝見してもう一度違った視点で読んでみようと思ってます。


ご回答本当に有難う御座いました。

お礼日時:2005/12/02 17:31

中国の英雄の人物像は日本人にはいまひとつ理解しがたい面があります。

宋江の人物像は神話的なスケールで読み解かれるべきなような気がします。
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この回答へのお礼

こんばんは。
お返事が遅くなってしまい申し訳ありません;

神話的・・・!
なるほど、確かに中国英雄というのは普通の人っていう感じはしませんよね。
だから英雄なのかもしれませんが・・・
ご回答本当に有難う御座いました。

お礼日時:2005/12/02 17:32

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