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大人になってから大分経つのですが、なぜ
1日が24時間になったのかわかりません。
おそらく昔の人が天体の動きから
考えたと思うのでこちらに投稿させてもらいます。

学校で習ったのかすら覚えていません。
そもそも大昔からそうであったのか、
世界共通であったのか・・・

とりあえず掲題について質問です。

想像するに、
年→季節の一巡の単位(地球の公転)
月→月の満ち欠けの単位
日→太陽の一回転(実際は地球だけど) だと思います。

しかし1時間(hour)という単位は何を基準に
しているのかさっぱり分かりません。

物理学では地球の自転を基にしている、とかセシウムのスペクトル線の振動周期
とか書いてありましたが、ではなぜ1日が24分割なのですか?
その下の"分"と"秒"はそれぞれ60分割ですよね。
24も60も月の単位である12の倍数ですがなにか関係があるのでしょうか?

子供科学相談室、みたいな質問ですがご存知の方、
教えていただけると助かります。

教えて!goo グレード

A 回答 (7件)

 


 
>> 「一日は24時間」の起こり <<

 メソポタミア; ギリシア語で「河の間の土地」。河の名は言うまでもないですね。 この地で先史シュメール文明を受け継いだ アモリ人(旧約聖書にも名が出る民族です) が、BC2000年頃に 星座 をつくったとするのが最近の主流です。
(従来、日本国内の星占いの本で書かれてた「カルディア」はこの民族が建てた王国の名前です。バベルの塔で有名ですね。最近の専門書は「カルディア人」を使いません。征服などで国が無くなったり変わったりするので 国名≠民族名だからですね。  従来日本ではよく、英語のカレンダーの語源はローマ帝国の暦の「月の最初の日」でさらにその語源は『カルディア人が暦を作った』からだ、とか言われてましたが現在では脚下です。カルディア王国(新バビロニア王国)はBC625~BC538。)

 この地の民族は、星占いを天文学に発展させ、数学にも秀れ、最近の発掘では ギリシア生まれと思われていた数学のいくつかもこの地からギリシアに伝わったらしいことが言われてます。角度の60等分や360等分、1日=昼12宮+夜12宮、1年12ヶ月、1週間7日、ピタゴラスの定理、平方根、…などですね。
 星座の12宮は遊牧民的星占い時代は「天球の赤道(南北ど真ん中)」に沿って決められてたけど、天文学に発展して惑星の観測をするようになると、惑星や月の通り道は「天の黄道(おうどう=太陽の通り道、太陽系は一枚の円盤状ですよね)」だから、こっちに沿った星座も決められて…、これが1日昼夜=太陽の運行と12分割のつながりのルーツです。( これがご質問への答です。)

 これらがギリシアに引き継がれて BC140頃、学者ヒッパルコス が 天文観測に便利なように 24時間ぶっ通しの「定時法(時間が等間隔)」を使い始めた、と言われてます。

 あと、
曜日の名前と順番のルーツは、古代メソポタミアの地では、星の近さは
  月,水星,金星,太陽,火星,木星,土星
の順だと信じられてました。
   肉眼では惑星は5つしか見えない。
この現実が1週=7日のルーツだとも言われてます。これを遠い方から順に昼12宮夜12宮=24数えます。例えば最遠の土星から始めると、
(午前)土木火日金水月土木火日金(午後)水月土木火日金水月土木火
となって1日が終わり、
翌日の始まりは 火星の次の太陽からになります。連日の始めの星は
  土,日,月,火,水,木,金
の順番で繰り返しますね。
これが曜日の順番のルーツだと言われてます。 土曜日が最初に来るのがユダヤ教の安息日を思わせますねw

 一日の始まりは 古代では明け方でした。切り替わりが現在の「真夜中」になったのは18世紀のイギリスからです。
 
 

この回答への補足

すみません、質問が広がってしまいますが
1週=7日の説明をもう少し詳しく教えて
いただけないでしょうか?


”土,日,月,火,水,木,金の順番”というところが
ちょっと理解できないのと、
1週間というのは何を基準としているのか、
ということを特に教えていただきたいです。

よろしくお願いします。

補足日時:2005/11/08 21:36
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>> 曜日の名前と順番 <<

 惑星,太陽,月の動きは、一日で星座全部を一巡するほど高速ではありません。 一昼夜を12神が交代で当番制 というルールは、現実ではない何か宗教上の神話だったのです。例えば「七夕の夜は織女と牽牛が近付く」のように(恒星同志なので距離は不変です。) 何か全く別な事を星の動きに例えたのかも知れませんし、このルールに何か理論的な説明を見いだすのは無理と思います。

 次に、月や惑星の近さが
  月,水星,金星,太陽,火星,木星,土星
の順だと言うのも、対応する何か神話でもあったのでしょう。
( 月が一番近いのは実感だったかも知れませんが。水星と金星が太陽より近い順番なのは「太陽の表面を通過する現象を観測してた」のかは分りません。)

 この7星が 「 12神の交代ごとに 順に支配力が強くなる 」 という話。これも現実の現象にそんなものありませんから、占術や吉凶占いの類だったのでしょう。「今日は大安だ、明日は仏滅だ」のような。

 で、一周7日を生み出すルールは
『 7星が、遠い方から順に 一日24交代で「俺様の支配時間」を持つ 』というルールです。これに従って『月,水星,金星,太陽,火星,木星,土星』を逆順に24個並べたのが一日分。次の日は最初に戻るのではなく 次から続けるのです。実際を書いてみると
一日目
 (朝)土木火日金水月土木火日金
 (夜)水月土木火日金水月土木火
二日目
 (朝)日金水月土木火日金水月土
 (夜)木火日金水月土木火日金水
三日目
 (朝)月土木火日金水月土木火日
 (夜)金水月土木火日金水月土木
四日目
 (朝)火日金水月土木火日金水月
 (夜)土木火日金水月土木火日金
五日目
 (朝)水月土木火日金水月土木火
 (夜)日金水月土木火日金水月土
六日目
 (朝)木火日金水月土木火日金水
 (夜)月土木火日金水月土木火日
七日目
 (朝)金水月土木火日金水月土木
 (夜)火日金水月土木火日金水月
八日目
 (朝)土木‥‥

と、八日目で最初に戻るので 七日が一周期。
この周期を、
 第一日は 土から始まる日 と呼ぶ
 第二日は 日から始まる日
 第三日は 月から始まる日
 第四日は 火から始まる日
 第五日は 水から始まる日
 第六日は 木から始まる日
 第七日は 金から始まる日

結果; 土 日 月 火 水 木 金 土


 『…となる』と、古代ギリシア時代に書かれた解説(古代ギリシアから見たさらに古代=メソポタミア文明のことを書いてある)が伝わってるので、現在そう信じられてます。


 しかし週7日制が西欧に広まったのはずっと後世のキリスト教一色の時代です。例えばローマ帝国時代はそれなりの宗教に従って週8日でした。 週7日はユダヤ教の週7日のまんまですが、これは教祖が死んで甦った日が聖書(直弟子の世代が書き残した書簡)にユダヤ教の「曜日」で明記されてるので変えようがなくてずっと使い続けてた結果のようです。
 そのユダヤ教の教典(キリスト教の言う旧約聖書)の冒頭の方には 「 エデンから一つの川が流れて分かれて、第三の川の名はチグリス、第四の川はユーフラテス‥」と、楽園エデンとはどこだったか一目瞭然ですし、 その後の方に 「 私らの先祖はカルディアのウル出身です 」 と明記されてます。 カルディア王国は最初に書いた「アモリ人」で 星を神と崇めた王国です。 だからユダヤ教は星座を作った民族の系譜で、週7日ルールを ず~っと伝承してたようです。もっとも神話の方は「私らの神が7日で世界を作ったんですよ」と全面改訂されて星のかけらも見えなくなってますが。

 以上、「肉眼で惑星は 5 つしか見えない、それプラス太陽と月」の 7 つが一週 7 日周期のルーツだというのが定説ですが、 宗教的に 7 という数字が神聖視されたのは、それとは関わりなく さらに古代のシュメール文明の宗教感に遡るようです。 どこまで行っても先がある、という話です。
( 宗教がらみなゆえか多種多様な話があります。 )
 
 
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

当初の質問からさらに拡大してしまいました。
丁寧に答えていただき、助かりました。

お礼日時:2005/11/11 10:56

 


 
>> 人間が定義した時間は何を根拠に1秒という時間をきめたのか <<

 「分と秒」は もともと古代からあった「角度の単位の名称」です。それが「時間の分と秒にも」使われるようになったのは、1300年代末にフランスなどで機械式時計が発明された時です。
古代メソポタミアの地で生まれて後世に継がれた幾何学では、円を1/60した角度(6度)を「第一のminuta」それをさらに1/60した角度(0.1度)を「第二のminuta」と呼んでました。 minuta は英語でミニチュアという意味、小さな角度、これが minute=分の語源です。そして 第二のminuta=second minute が省略されたのが 現在の second=秒 の語源です。

 1300年代末、天文観測で「星の動き(角度)を正確に測る手段」として作られたのが時計です。角度を表すように歯車を作ったので、時間の分と秒が 角度の分と秒と同じに決まったのです。 中世の真っ暗な夜、大きな分度器で星空を見ながら、星が横切った瞬間、now! の合図で、記録係は 時計のカチカチ音を数えた回数 すなわち秒数=角度の秒 を記録しました。( それ以前は脈拍で数えたりしてました。)

 昔は天文と宗教(教会)は密着してました。教会が鳴らす鐘は人々が一斉に祈る合図でした。鐘が鳴ると農作業の手を休めて祈る、そんな絵画で見られるとおりの光景です。 この「合図、その鐘、その鐘の音」を clock と言ってたので、新発明の機械は やがてその名前で呼ばれ、現在に至ってます。

 この機械以前は おもに日時計、曇りや夜間は水時計や砂時計に頼ってました。 新発明の機械を見た貴族や市民が 神秘趣味やステータスシンボルとして職人に作らせたりして技術が蓄積向上し、やがて公共の時計塔が作られ、時計=時間の社会通念が普及しました。


( 発明当初の時計は振り子ではなくT形の棒がクルクル往復回転する方式、日本の時代劇に登場するあの時計です。 ガリレイの振り子の等時性の発見は、この時計の発明から200年も後です。 そして振り子式時計を製作したのはガリレイでなく さらに後世のホイヘンスです。分針や秒針が登場したのは さらにさらに後の17世紀末です。)



(以前の回答の一部を流用しました。http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=1240959
 
 
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昔あるとき(長い間かけて)そのように、決めたからです



そして、それを使用するといろいろ便利だから、周りで皆が使用しているから、使用されるようになりました(今で言うデファクトスタンダードです)

セシウムのスペクトル線の振動周期とかは、正確な時間の基準を決めることが必要になったため、よさそうなものを選択し、「定義」を変えたからです

このようなことは、長さ・重さについても同様です
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60進法は公平に分割するとき便利なので子供たくさん作る時代には役立ったようです。

日本は上のが独り占めだから公平という観念は育たなかった。
http://www.mainichi-msn.co.jp/science/kagaku/new …
http://sasapanda.net/archives/200510/21_1029.cgi

日本の時制は独特ですよ。時代劇で六つなんて出てきますが、これは日の出と日の入りの間を分割したものです。
いまでも使っていたら夏の授業や仕事時間は冬より長いってことになります。
天文学者や坊主(坊様)は知っていてそれで鐘鳴らしたわけです。知らない人は神業とひれ伏したでしょうけど
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直接の回答はないかもしれないですが、参考URLに時に関するQ&Aがいろいろありますよ。



http://www.kodomo-seiko.com/question/qa_data/jik …

参考URL:http://www.kodomo-seiko.com/question/qa_data/jik …
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