私は今、学校で中国文学を学んでいます。
大漢和辞典に『通典』の邊防の巻に「西じ河、一名昆彌川、漢武象其形、池以習水戦、非てん池、古有昆彌国、亦以此名」という記述があるとあったので実際、あたってみようと思ったのですが、本としての『通典』が学校になく、あたることができませんでした。インターネットでも調べてみたのですが、どうしても該当する箇所がみつかりません。
『通典』には本当に「西じ河、一名昆彌川、漢武象其形、池以習水戦、非てん池、古有昆彌国、亦以此名」という記述があるのでしょうか?
もし知っている方がいらっしゃったら、教えていただけると嬉しいです。
どうぞ、宜しくお願いします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

 私なら、大漢和辞典にそういう記載があれば、信じます。

あなたの近くの大学の図書館に所蔵がないですか。あなたの大学の図書館で紹介状を発行してもらって、見に行かれたらどうでしょうか。所在を確かめるには、
http://webcat.nii.ac.jp/
で、図書名に通典を入力して、調べてください。東京ならたくさんありました。

参考URL:http://webcat.nii.ac.jp/
    • good
    • 0
この回答へのお礼

返答、ありがとうございました!
shoyosiさんのアドバイスを参考にさせていただいて、今日さっそく、紹介状を持って他の学校の図書館に行ってきました。やはり『通典』には探していた箇所はみつかりませんでした。でも実際に自分で『通典』の本にあたることができて良かったです。アドバイス、とても助かりました!ありがとうございました。

お礼日時:2001/12/01 23:26

私なら信じません(笑)。



前に昆明池の質問で回答したものですが、やっぱり「通典」邊防には無さそうです。
確かに「大漢和辞典」には「中国地名大辞典」と同じ記述があるのですが。

なお、「読史方輿紀要」に「西じ海、杜佑謂之昆彌川。漢武象其形、池以習水戦、非てん池也、古有昆彌国、亦以此名」という記述があります。そして「杜佑」は「通典」の撰者です。これをどう解釈しましょう。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

お返事、ありがとうございました!以前、「昆明池」の質問でもお世話になったのに今回も回答していただいてありがとうございます。「読史方興紀要」の記述については「大漢和辞典」でもそのことを触れているでよね。それを考えると、どうしても『通典』の記述が気になってしまうんですが・・・。
今日、本としての『通典』を自分で確認してきました。やはり、sukemasaさんのおっしゃる通り、探している箇所は見つかりませんでした。これですっきりしました。もうないということで進めてみます。どうしてもわからないので(笑)ご回答、助かりました!本当にありがとうございました。

お礼日時:2001/12/01 23:42

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q此郎の読みは?

古文で出てきたのですが「此郎」と書いてなんと読むのでしょう。男2人の会話で、一方が他方に向かって言う台詞です。

Aベストアンサー

大学図書館に勤めています。
「このらう」とかきます。読みは「このろう」です。
郎は、男子のことを意味します。
ですから、この男とかの意味になります。
古語辞典を調べる時に「郎」だけで調べることですね。

Q京町鑑「此辻子ぬけ所なし」とはどういう意味?

『京町鑑』で、常盤井辻子の説明に、「此辻子ぬけ所なし」と書かれていますが、どういう意味でしょうか。
はじめ「途中に脇道がない一本道」という意味なのかと思ったのですが、他の通の説明を見ていると、「東は○○より西は○○まで」といった具合に、道がどこからどこまで続いているのか書かれています。
もしかして、道が途中で途切れて、どこにもつながっていないということでしょうか? 実際に現地に見に行ったことがあるのですが、後から塀や建物を崩して無理やり表通りにつなげたと言われても不思議でない感じでした。でも、どこにもつながっていない道なんて、江戸時代とはいえありえるのか?とも思ってしまって…。
どなたかご存じないでしょうか。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

現地を知ってゐる訳でもなひですが、文面から丈だと、所謂「袋小路」に思へますが、違ふのでせうか。
江戸時代だからこそ、「袋小路」が多かツたンぢゃあ無ひでせうか。
京洛は記者は解りませぬが、江戸では無闇に袋小路があツて明治になツてからそれ等を抜ける様にしたと聞た記憶があります。
外から攻めて来た時に攻め難い、他所者は道に迷ひ易ひ、攻め難く守り易ひ訳です。

Q和本の巻数のつけ方と武教全書について

http://www.geocities.jp/r7321n/124/249.jpg

http://www.geocities.jp/r7321n/124/251.jpg

上記の和本の題箋に、「武教全書 享」とありますが、これは何巻目をさすのでしょうか?また、これは全何巻でしょうか?

武教全書は著者が多数いるようですが、この写真の本の著者は誰でしょうか?
どうかよろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

私が知っている『武教全書』の著者は、山鹿 素行(やまが そこう)です。
その他にも著者がいるのですか?
それは初めて聞きました(←単なる勉強不足ですみません)

因みに題箋に書かれている「享」の字は、
実際に題箋を見ていないのでなんとも言えませんが、
もしかしたら、書写された本であれば、書写年が書かれていたのではないでしょうか?
もし、山鹿素行が著者であるとして、彼の没年が貞享2(1685)年ですから、
享保(1716-1736)とか、享和(1801-1804)に書写されていたとしてもおかしくないと思います。

巻数ですが、『武教全書』について諸本を簡単に調べてみたところ、
全1巻となっているものから、全7巻まで幅広くありました。

国文学研究資料館のHPに『電子資料館』内「古典籍総合目録」がありますので、そちらの方で検索されてみるのもアリかと思います。

参考URL:http://www.nijl.ac.jp/

Qオツベルと象 最後の言葉の意味は

宮沢賢治のオツベルと象は凄く好きです。
でも最後に「おや(一文字不明)川へはいっちゃいけないったら」で終わりますが、この言葉がよくわかりません。どんな意味が隠されているのでしょうか?
それと「川へ入っちゃいけない」のか「川へは行っちゃいけない」のかどちらでしょうか?

Aベストアンサー

「オツベルと象」はいいですね。
宮沢賢治については「永訣の朝」という詩もとても良いのでもし良かったらどうぞ。

で、ご質問についてですが、このお話しの一番最初に、「ある牛飼いが物語る・・・」とありますよね?
ここから推測するに、その「ある牛飼い」は子どもか、はたまた自分の牛か、とにかく誰かに話しをして聞かせていたと思うのです。それで、その話を聴いていた子ども(牛)が退屈して川へ入ったためにそれを咎めた、という解釈はどうでしょうか。実際、学校の授業等でもこのように教える場合が多いようです。
つまり、読者を物語の世界から再び現実の世界へ戻したわけです。

私はこう解釈していますが、とにかく文学作品の答えというのは1つではありません。あくまで一人の考え方として参考にして下さい。

Q私は今宮城賢治の文章[オツベルと象]を読んでいる。分からないところを教えてください                

質問1:「第一日曜」とは何の意味ですか。
第一日目の意味ですか。それともはじめての日曜日の意味ですか。
私は外国人です。日本の文学が好きです。特に宮城賢治の文章が好きですけど。たいへん難しくて、知っている方ぜひ教えてください。よろしくおねがいします。

次は オツベルの初めの文章の内容です。

 オツベルときたらたいしたもんだ。稲扱(いねこき)器械の六台も据(す)えつけて、のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。......。

Aベストアンサー

「オツベルと象」は読んでいない気がしますが、宮沢賢治は好きでした。宮沢賢治は独特の言い回しがあるので、分かりにくいところがあるかもしれませんね。

"第一日曜"は普通、その月の1週目の日曜日です。
例えば今月なら、7月の最初の日曜日→4日です。

オツベルときたら、大したもんだ。
→「オツベルと言うと(=オツベルは)、すごい人だ。」

稲扱器械の六台も据えつけて、
→稲扱は、稲や麦から もみ(殻)をはずすための道具です。http://www.city.kurayoshi.tottori.jp/hakubutsu/mingu/min03.htm

のんのんのんのんのんのんと、大そろしない音をたててやっている。......。
→「のんのん…」は機械の動く音ですね。
「大そろしない」は、賢治の作った言葉か、出身の花巻の言葉ではないかと思います。調べたら、「恐ろしいほど大きな音」と説明してありました。

こんな説明でお役に立てたでしょうか?読書、楽しんでください。


人気Q&Aランキング

おすすめ情報