ラカンを読んでるのですがアガルマの意味が分かりません。ギリシャ語の本来の意味から現代における解釈まで教えて下さい!

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A 回答 (2件)

MiJunです。


>もしよろしければ簡単に自己理解の範囲で構いませんので教えてくだされば幸いです。
専門外ですので・・・。

国会図書館と大学図書館のいくつかには所蔵があるようです!

ご参考まで。
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的はずれかもしれませんが、以下の成書は参考になりますでしょうか(内容未確認!)?


=====================================
アガルマ/沢柳先生古稀記念論文…/同朋舎出版/1982.3
=====================================

ご参考まで。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。読んでみます。
見つかるといいのですが。
もしよろしければ簡単に自己理解の範囲で構いませんので教えてくだされば幸いです。
いえ、そこまでは。すいません。
とりあえず探してみます。

お礼日時:2001/12/06 18:57

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Q現代作曲家は曲の意味を決める主体になり得るか?

毎週、日曜に放送されているNHK-FMの「現代の音楽」を聞いているのですが、現代作曲家と呼ばれる人の多くは曲のタイトルにやたらこだわりを持っていたり、背景説明に言葉を費やしたりします。本来曲で表現すべきことを、シニフィアンで説明してしまうという愚を犯していると思います。

以前、ポーランドの作曲家ヘンリク・グレツキの「交響曲第三番」を聞くときに、アウシュビッツがどうとか、収容所がなんたらという雑音で刷り込まれてしまい、最早曲そのものを鑑賞できなくなってしまいました。
日本でも佐村河内氏の曲とされる交響曲が、曲そのものよりも背景にあるストーリー(耳が聞こえないとか)に支配されてしまい、曲はそのこと(ストーリー)を想い出す単なる「トリガー」になって、YouTubeで観てもオバサンが涙を流していました、まさか、曲の良さで泣いていたわけではないでしょう。

ここで本題に入るのですが、21世紀という時代に生きていて、尚且つクラシック音楽の最先端に生きていながら、いまだに曲の意味を作曲家自身が決めるのだというのは、表現者として自信の無さの顕われでしょうか?言葉で説明しないとわかってもらえないとでも思っているのか?

文芸の世界では、「作者は表現したいことの意味を主張することが出来ない」「作者の意図は作者自身でさえ決定不可能であって、文学テキストに唯一の目的、唯一の意味、または唯一の存在があるという考えは拒絶される」
(Wikipedia  「ポスト構造主義>文芸評論」より)

ということで、グレツキ以外にも、ペンデレツキの「広島なんたら」もそれが無ければトーンクラスターという技法を使った素晴らしい曲なのに、原爆を想い起こすための「きっかけ」に成り下がってしまいました。
作曲家が意味を決めることは、表現者として正当な行為だと思いますか?

毎週、日曜に放送されているNHK-FMの「現代の音楽」を聞いているのですが、現代作曲家と呼ばれる人の多くは曲のタイトルにやたらこだわりを持っていたり、背景説明に言葉を費やしたりします。本来曲で表現すべきことを、シニフィアンで説明してしまうという愚を犯していると思います。

以前、ポーランドの作曲家ヘンリク・グレツキの「交響曲第三番」を聞くときに、アウシュビッツがどうとか、収容所がなんたらという雑音で刷り込まれてしまい、最早曲そのものを鑑賞できなくなってしまいました。
日本でも佐...続きを読む

Aベストアンサー

お国柄もあると思いますよ。音楽に限らず、日本人は、芸術に「背景」「意義」「社会的評価」が無いと不安なようです。何かの作品を、自分で評価・判断するクセが付いていないです。それでも大衆的な表現や娯楽作品等であればある程度は「好きか嫌いか、どう思うか」を自分で判断するようですが、特に「聴き手(受け手)を選ぶ」ものであればその傾向は強いです。
簡単に言うととどのつまり、「わかっていない」んです。作品だけじゃ自分で判断出来ないから、「作品」以外のもの・・・聴くと胎教にいいだとか、超絶技巧だとか、ハンデを負った人が頑張ってやったとか、完成直後に作者が気が狂ったとか、お偉いナントカさんが評価したとか、作者が作品の意味はこうだと語ったとか、を求めるんです。
で、そういう人に限って、「芸術は全て作者の意思の配下にある」と思い込んでいて、宮沢賢治の全く難解な詩がまさか「本人もよくわかっていないけど、ただなんとなくそうなった」だなんて思いもしていないようです。

そんな大衆の中にいれば、それゃ「語りたがり・断定したがり」の作家ばかりがテレビや雑誌で有難がられて露出が増えるのも必然かもしれませんよ。そうでない(作家らしい)作家は単にそういう場に取り上げられにくいだけかもしれません。

あともう1つ。「受け手が判断する余地を作る」ことが当たり前に重んじられるようになったのは割と近代以降の芸術の潮流だと思います。クラシック音楽というもの自体がそもそも古典・ロマンの時代のファン中心に進んでいるので、古い時代の芸術の嗜み方(「意図」「背景」といった理屈を求める)を現代にも引きずっているというのもあるかもしれません。で、そういうファンの受けがいい現代音楽の作家も結局そういうタイプなのだと思います。

お国柄もあると思いますよ。音楽に限らず、日本人は、芸術に「背景」「意義」「社会的評価」が無いと不安なようです。何かの作品を、自分で評価・判断するクセが付いていないです。それでも大衆的な表現や娯楽作品等であればある程度は「好きか嫌いか、どう思うか」を自分で判断するようですが、特に「聴き手(受け手)を選ぶ」ものであればその傾向は強いです。
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Qダリの絵に多い、鍵と時計。解釈するならばどのような意味があるのでしょうか?

前からとても気になっています。絵にもよるのでしょうが、彼自身好きな物体だったのでしょうか?
ナルシストだったそうですが、天才だと思います。

Aベストアンサー

『柔らかい時計は生物学的に言えばダリ的なDNAの巨大な分子』そうですよ。
http://www.salvastyle.com/menu_20th/dali_memoire.html

あの時計はカマンベールチーズからインスピレーションを得たらしいです。
それと、「記憶の固執」というタイトルのとおり、記憶に思い入れがあったんじゃないでしょうか。
背景は馴染みのある地元の海岸の風景だそうですし(テレビで見たことあります)。

ダリファンの方が作っているサイトに生い立ちや作品について書かれています。
http://www3.ocn.ne.jp/~salvador/

彼の生まれる前に幼くしてお兄さんが亡くなって、兄と同じ「サルバドール」という名前をつけられました。
自分の名がついた墓を見ながら育ったのも、彼のアイデンティティに影響を与えているんだとか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%AA

「美の巨人たち」にも・・・
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/picture/000429_2.htm

引用ばかりですが、ご参考までに。

『柔らかい時計は生物学的に言えばダリ的なDNAの巨大な分子』そうですよ。
http://www.salvastyle.com/menu_20th/dali_memoire.html

あの時計はカマンベールチーズからインスピレーションを得たらしいです。
それと、「記憶の固執」というタイトルのとおり、記憶に思い入れがあったんじゃないでしょうか。
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http://www3.ocn.ne.jp/~salvador/
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Q現代に現代音楽やってるヤツの頭はあれ。

現代に現代音楽やってるヤツの頭はあれ。
大学で、実験音楽や電子音楽、ミュージック・コンクレートやってます。いや、正確には、やっていました。というのも、飽きましたし、あほらしいです。

確かに、現代音楽は存在するべき一つのジャンルでしょう。
ただ、それでも、シュトックハウゼン。ピエール・シェフェール、などの創始者だけが製作していれば良いし、それだけで事足ります。

というのも、学校で実験音楽コンサートをしたのですが、ま、大体適当に製作しようと、時間かけて製作しようと、それなりに現代音楽っぽくなるし、コンテストにも入賞してしまう。ほぼ努力なし。審査方法はセンスがあるかどうか?みたいな非常に抽象的な基準だし。
こんなんじゃ、コンテストに入賞しようが、誰かから褒められようが、全く嬉しくないです。

しかし、それにも関らず、現代音楽やってる人は変な優越感持ってますよね?進歩的だとか何とか言って。しかも曲を非難されれば、「なんだ、こんな進歩的な音楽が理解できないのか?センスのないやつ」と、ますます優越感に浸るし、それか、「己の感性に、自由に、個性的に、音を表現した」みたいな理論(?)を並べるばかり、

セコイです。非常にセコイ。

しかも、曲の感想を聞きたいと思いアンケートをとろうとすると、教授から「そんなことして、曲を非難された文章書かれたらどうする?すごくみんな傷つくと思うな」とかなんとか言われて却下されるし。俺達は芸術家だろ?傷ついたっていいじゃん?そんなに現代音楽は大勢の人々からクソにしか思われていないという現実を見るのが怖いのか~!!

蛇足になるが、現代音楽やってる他校もふくめた教授たちは、なんかどいつも胡散臭いです。芸術を愛していません。単に日本でやってるやつ少ないから教授の地位にもつけただけ。しかもその地位を捨てたくないから心の中で「つまんねぇ~」とおもいつつも、自分に嘘ついて現代音楽やってんじゃないのだろうか?どうも、そんな気がする。


みなさんは、どう思われるでしょうか?

現代に現代音楽やってるヤツの頭はあれ。
大学で、実験音楽や電子音楽、ミュージック・コンクレートやってます。いや、正確には、やっていました。というのも、飽きましたし、あほらしいです。

確かに、現代音楽は存在するべき一つのジャンルでしょう。
ただ、それでも、シュトックハウゼン。ピエール・シェフェール、などの創始者だけが製作していれば良いし、それだけで事足ります。

というのも、学校で実験音楽コンサートをしたのですが、ま、大体適当に製作しようと、時間かけて製作しようと、それな...続きを読む

Aベストアンサー

最初質問のタイトルからやけに攻撃的な人だな~
と思い質問文を読んでみてニヤニヤと笑ってしまいました。
nitoro2さん本当に音楽が好きなんですね。
なんだか安心しました。日本にもこんなに音楽というか芸術に
愛をもって接している人がいるんだなと。
芸術を学問のように扱うのは私は本当は苦手です。
私は畑違いというか美術特に絵画を長い間勉強してきました。
だからほかの音楽の知識をたくさん持っている回答者さん
と比べると何にも分かってない人間かもしれないですが同じ
ことが美術の世界でも起こっている気がします。
明らかに何でもありが進みすぎて収集がつかなくなってるのか
その道の人が引っ込みがつかなくなってるのか分かりませんが
現代美術の世界ははっきりいって絵を描いたり彫刻したり
することが特別な行為ではなくなっているような気がします。
気軽な雰囲気はいいのですが学問として教えるのなら
もっとクリアーな事物であればいいのになと思うことに
結構出会いますね。
現代美術なんかだと学問として接する人よりごく一般の人
がある日突然なにか絵を描きたくてと始めたりすることが
結構あって、なかなか面白い展示や綺麗なモノを作ったり
することがあるのですが、誰かに絶賛されたいとかそういう世界
ではないですね、逆に誰からも相手にされなくてもいいかな?
と思って展示してあるものもあってなかなか興味深いです。
nitoro2さんも音楽を愛しているのなら別に教授が面白くなくて
もいいじゃない。ほっときなさいよ。そんなことより
好きに演奏したり作曲したり楽しんで音楽を追求してみたら
いいんじゃないかな?自分がいいと思う世界に近づくように。
そのうち胡散臭いおじさんたちは死んでいなくなるから
と質問文を読んで思いました。門外漢より

最初質問のタイトルからやけに攻撃的な人だな~
と思い質問文を読んでみてニヤニヤと笑ってしまいました。
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なんだか安心しました。日本にもこんなに音楽というか芸術に
愛をもって接している人がいるんだなと。
芸術を学問のように扱うのは私は本当は苦手です。
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と比べると何にも分かってない人間かもしれないですが同じ
ことが美術の世界でも...続きを読む

Q荒城の月の中の2番の歌詞の中に植うる剣とありますがこの意味と言うか解釈を知りたくて質問しました。

荒城の月の中の2番の歌詞の中に植うる剣とありますがこの意味と言うか解釈を知りたくて質問しました。

Aベストアンサー

No.2 です
先にも書いたように定説は無いようです。 
『お言葉ですが6 イチレツランパン破裂して』文春文庫版 第1刷 p268に載ってました。

No.3の方のお示しの上杉謙信の読んだ漢詩"九月十三夜陣中作"説も載っていました。
(dogday 氏は自分より遙かに物知りなのでしゃくに障ります。)
これは能登七尾城を攻めたときの情景を詠んだようです。

ただ城で分類するだけでも他に
仙台青葉城説
会津若松鶴ヶ城説
大分竹田の岡城説
の三つはあるようです。

他にあり、少なくとも11説はあるようで、とてもここにすべてを書ききれるものではありません。
A.東北地方の城で早朝に行われた行事に・・・剣を天に向かって・・・
B.昔の戦の必勝祈願の儀式に刀を地面に立てて・・・
C.刀が刃こぼれした際に次々使えるようあらかじめ抜き身を地面にさしておいた・・・
などなど

ご興味があれば提示した本をお求めになってください。

Q本来の画力に取り戻すには

30歳前半の男です。
私は専門学校で絵の勉強を2年間してきました。主に習ってきたものは
デッサン、イラスト、2DCG、3DCGです。。
それで最近、絵をやり始めたので、過去のブランクが8年あるのですが
前の専門学校の時に画力に戻したいのですが下手な分、上手になるのは
苦労しますが、昔やった経験もあるので半年くらいで専門学校の時の
画力にもと通りになりますでしょうか?

教えて下さい。お願いします。

Aベストアンサー

半年間のなかの密度によりますよ。週1なのか週3なのかでまったく違うでしょう。

私もおおよそ8年くらいのブランクを経てデッサンやった時がありました。
素人向けの社会人クラスだったので先生に「どこかでやってた?」と経験のあることはすぐにばれました。
学生時代並みの集中力はなかなか持続しないので完全に取り戻すところまでは難しかったですが、まあ昔とった杵柄というものでそこそこ描けるものですよ。
さらにその数年後に裸婦デッサンとクロッキーをやる機会がありました。
やはり「経験者だね?」とすぐにばれました。
筆がのればどんどん昔の感覚を思いだします。
その「昔」にどれくらいやってたか次第だと思います。
自分の中のマックスレベルはそう簡単には変えられませんけど。
「元通り」くらいにはなれますよ。


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