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教会にはキリストの磔像や絵がたくさんあります。
あれに祈っているようですが、どうしてキリスト教は、偶像崇拝をするようになったのでしょうか?
偶像崇拝をしてはいけないと聖書に書いてないのでしょうか?
イスラム教では厳格に禁止されているそうです。
キリスト経の歴史において偶像崇拝を推し進めたのはだれで、いつの時代でしょうか。

よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

質問者は、勘違いをされています。



キリスト教では、偶像崇拝は厳禁です。
現時点で、偶像崇拝をしているキリスト教の宗派はありません。

質問者の方は、キリスト教において、「神」の像を見た事が有りますか?
だれも見た事の無い神の形を、像にすることはできません。

でも、キリストの像を拝む事はありますし、十字架を拝む事もあります。
それが、像であったり、絵画であったりしますが。

もちろん、キリストの像や絵画を拝む事を禁止している宗派もあります。

キリストの像を拝むのは、キリスト教のカルケドンの公会議を認めるグループです。
これには、カトリック、正教会、プロテスタントなど、キリスト教会の80%以上が含まれます。

カルケドン派の教義では、「父なる神と子なるキリスト、そして聖霊は、一体である」とします。
この教義では、「神の像を崇拝する事は禁止されるが、子なるキリストを礼拝する事は、問題ない。」としています。

つまり、神自体の崇拝は禁止するが、子(人間)の形をとった、キリストへの礼拝は、問題ないといっています。

またカトリックでは、神へは崇拝、キリストには礼拝、聖人には崇敬、聖母マリアには、超崇敬を行う事になっています。

私は、キリスト教徒ではありませんので、実際に、崇拝と礼拝、崇敬の祈りの違いは、分かりませんが、キリスト教会の中で、区別されているようです。

当初キリスト教では、キリストの像を拝む事はなかったようです。
ローマ帝国内で国教とされたため、それまでのローマ帝国内の信仰(ギリシャ神話、ローマ神話、マトラ教など)と交わり、信仰の対象としての何かが必要になったため、それができるように解釈を変更する口実として、カルケドン派の三位一体が考え出されたと思います。

イスラム教は、キリスト教が、本来のユダヤ教が持っていた本質から離れた事を批判し、勢力を拡張します。
しかし、その過程で、あまりにキリスト教のキリスト像礼拝を批判しすぎたため、行過ぎた偶像崇拝論が形成されてしまいました。
しかし、信仰の対象としての何かが必要である事には変わりが無いため、必要以上の聖典コーランへの信仰と、メッカのカイバー神殿への崇拝となってしまっています。
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東方のロシアとかへの布教のときに布教の邪魔と言うことで正式に破棄されました。

十字架やマリア像を拝めるようになりました。
偶像崇拝の禁止は旧約聖書のもので、新約聖書では言及されていません。新約聖書はキリストが全ての罪を背負ったためにそれまでの神との契約は全て向こうになりキリストと新しい契約を結ぶという意味です。基本的にキリスト教は内面の宗教であり、偶像崇拝のような戒律は無効になっています。
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専門家ではありませんが、知っている限りで・・・。



聖書では「偶像崇拝を禁止」しています。そのために「ファンダメンタリスト(キリスト教原理主義者)」は他のクリスチャンを「背教的」と考えているようです。イスラームにおいて「厳格に」禁止されているかといえば、私はそう思えません。たとえばクルアーン、メッカ、カーバの神殿などはフェティシズム(拝物主義)的だと思います。

クリスチャンが拝物的になったのは、ローマ人に信仰されるようになってから、と聞いています。ローマの神々を形式的にさえも信仰せず、皇帝から迫害されたクリスチャンは心のよりどころを求め当事の監督者がやむなくイエス復活の象徴、十字架を拝むことを認めたそうです。

その後、ローマで国教化される過程で、それ以前の拝物的習慣に影響されて偶像崇拝を良しとするようになったと私は考えます。

ですから、イエスの死後すぐ「彼の教えは死に絶えた」ともいえ、それが今日の「キリスト教原理主義(ファンダメンタリズム)の台頭」につながっているのではないでしょうか。
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キリスト教はよくわからないのですが、イスラム教においてなぜ偶像崇拝が禁止されているかというと。

雲の上の存在である神を、人間が絵や偶像によって神を表現できるわけ無いという考えからきているものだと思いましたよ。
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Qキリスト教の唯一神の名は何ですか

ユダヤ三教はいずれも一神教です。

例えば、
1.ユダヤ教の唯一神の名は「エホバ(ヤハウエ)」、
2.イスラム教の唯一神の名は「アッラー」です。

それでは、
3.キリスト教の唯一神の名は何ですか。ご存じの方、教えて下さい。

Aベストアンサー

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源)という呼び名もあったが、
・現代のキリスト教では、単にGod(神)と大文字で表記し、普通名詞としてのgodと区別することが多い。
唯一神なのだから、単に、固有名詞の「神」だと考えればわかりやすい。
・日本の信者間での通称は、「主」(しゅ)が一般的である。
・私が子供の頃は、「天主」という呼び方もあったと記憶している。古い教会で「浦上天主堂」などと呼ばれているのはその名残。多分「天使」と混同するから使われなくなったのだろう。

・尚、カトリックでは、「三位一体」説というのがあり、神には、「父」と「子」と「聖霊」の3つのペルソナ(人間なら「人格」と訳すが、神なので「位格」と訳す。英語のパーソンに相当)があるが、本来は同じ一体の「神」の別の表れ方という解釈がなされている。
→ http://www1.tcat.ne.jp/eden/Hst/dic/trinitas.html
仏教の阿修羅のように、一体なのに、顔が四方についているイメージを思い浮かべば、イメージしやすいかもしれない。

この内、「父」は、「天の父」であり、
「子」は、「神の子」でありながら、人類の救いのため、人間の姿になって地上に降られた「イエス・キリスト」であり(その意味で、「イエス・キリスト」は「救い主」(メシア)と呼ばれる。)
「聖霊」(「精霊」ではない)は、イエスの誕生、洗礼及び復活のとき、イエスの中に満たされるとともに、今日ペンテコステ(聖霊降臨の日)と呼ばれる日に舌の形で弟子たちのもとに下り、一瞬の内に出身国・国語の異なる弟子たちの言葉が通じ合い、喜びに満たされた、という話があり、今後も「聖霊」が人類に与えられることによって救いが完成すると言われています。
→ http://www.pauline.or.jp/spirit/sps3.php

このように、三位一体説は、非常にわかりにくい教義で、3つのペルソナの中で、すぐにイメージしやすいのは「子」であるイエス・キリストのみであり、教会内にキリスト像ないし十字架上のキリスト像があるが、あとの2つは、像もなく、目に見えにくいイメージですね。

神=イエス・キリストという回答も間違いとは言えませんが、正確には、イエス・キリストは神の3つのペルソナの一つであり、「キリスト教の唯一神は固有名詞の「神」Godという呼称で呼ばれています。」という回答の方が、現代では一般的だと思われます。

高校生の時カトリックの洗礼を受けた60代の男性です。
これまでの回答も間違ってはいないのですが、少し混乱されそうだと思いましたので、もういちど整理して回答してみましょう。

・あなたの言われるとおり、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教の神(引いてはそれ以外の宗教も、という考えもある)は、同じ唯一神であり、呼び名は色々ある。(呼び名はどうでもよい、という側面もある。)
・キリスト教の場合は、古くからヤーウェ(エホバ)或いは、デウス(「神」のラテン語訳でギリシャ神話のゼウスも同じ語源...続きを読む

Qキリスト教の偶像崇拝について

キリスト教では偶像崇拝は禁止しているとのことですが、教会の祭壇にキリストが十字架にかけられた像がある写真をよく見ます。
また、絵画でもキリストを描いたものがたくさんあると思うのですが、キリストの像を拝むことやキリストを描くことは、偶像崇拝とは異なるのでしょうか?
キリスト教のことをよく知らないので、その区別があまりよくわかりません。
すみませんがお教えいただけましたら助かります。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>キリスト教では偶像崇拝は禁止しているとのことですが・・・
これについては、他の回答者の方が十戒で説明されいておられますが、なぜ十戒にそのように書かれたのかについては、若干説明が必要かと思います。

当時の様子は旧約聖書にも描かれていますが、モーゼに従って旅を続けていた人たちの周りには、色々な神を信じてその姿を像として作り崇めていた人たちが大勢いました。平たく言うと、このようなことをしてはいけない。という意味でした。
その後に、像を拝むのは、神様の教えに背くことになる(異教徒になってしまう)と考えるようになりました。

尚、神様は像を拝むことを禁止するのと同時に、自分の姿を描いても作ってもいけない。と言いました。
神様というのは唯一絶対ですから、他のものは神様でもなんでもないことになります。
ここで問題になるのが、キリストです。
キリストは神の子として、人間界に出現しています。
聖書の神学論では、神は唯一なのになぜキリストがいるのか?という点について延々と議論を続けています。(三位一体論)

キリスト教を勉強すると言うよりも、お伽噺を読むつもりで、旧約聖書を読んで見て下さい。なかなかよく出来たお話です。
新約聖書はあまり面白くありません。

聖書にしろ、お経にしろコーランにしろ、信じるか信じないかが問題とされていますので、現代風の理論的な整合性を求めると支離滅裂になってしまいますから注意して下さい。桃太郎や千と千尋の神隠しに理論的な整合性は必要ありません。
難しく言うと、科学は合理の世界を扱い宗教は非合理の世界を扱います。世の中には非合理な事柄が沢山あります。

>キリスト教では偶像崇拝は禁止しているとのことですが・・・
これについては、他の回答者の方が十戒で説明されいておられますが、なぜ十戒にそのように書かれたのかについては、若干説明が必要かと思います。

当時の様子は旧約聖書にも描かれていますが、モーゼに従って旅を続けていた人たちの周りには、色々な神を信じてその姿を像として作り崇めていた人たちが大勢いました。平たく言うと、このようなことをしてはいけない。という意味でした。
その後に、像を拝むのは、神様の教えに背くことになる(異教徒...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Qユダヤ教キリスト教イスラム教の共通点

どなたかユダヤ教キリスト教イスラム教共通点をいくつか教えていただけませんか?

Aベストアンサー

元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさんあります。

1・「聖典」の共通

ユダヤ教は『旧約聖書』(ただしこの呼称はキリスト・イスラム教からのもので、ユダヤ教徒自信は単に「聖典」と呼びます)を唯一の聖典としています。

キリスト教は『旧約聖書』にイエスやその弟子の言葉や手紙を収めた『新約聖書』が加わります。

イスラム教は『旧約聖書』と「『新約聖書』の中の4福音書」に加え、ムハンマドの言葉をそのまんま記した『コーラン』が加わります。

2・共通の預言者

預言者とは、予言者とは違い、「神の言葉を預かり伝える人」という意味です。
3宗教とも、この預言者の存在を重視しています。
そして、預言者は一人ではなくて何人もいます。
当然、共通の預言者もいれば、一方は認めるけど一方は否定される預言者もいます。
共通のモノとしては、

アブラハム・ノア・モーセが有名どころですね。
で、そこにイエスが加わるとキリスト教。
さらに、ムハンマドが加わるとイスラム教です。

ユダヤ教は、イエスもムハンマドも認めません。
キリスト教はムハンマドを認めません。
イスラム教はすべて認めますが、最大にして最後の預言者がムハンマドであると主張します。


3・聖地イェルサレム

共通の聖地もいくつかありますが、やはり最大のモノがイェルサレムですね。
まぁ、ユダヤ教の聖地であり、そこから分派・影響を受けて成立したのがキリスト・イスラムの両宗教なので、聖地が同じってのも仕方ないですね。
ただ、イスラム教はイェルサレムよりもメッカの方が重要視されますね。(といっても、イェルサレムの重要性も無視できませんが)

とまぁ、今思いつくのはこれくらいですかね。
最後に注意してもらいたいのは、これらはおおざっぱな解釈・説明で、当然宗派によっての違いもでてきますし、その解釈の違いから互いに争ったりしています。

元々、ユダヤ教が原点です。(ユダヤ教の原点は何か?は割愛)
で、そのユダヤ教を改革しようとして出てきたのがイエスです。
しかし、結局は改革ではなく分離独立という道を選び、その宗教がキリスト教となります。
成立は紀元前後ですね。

イスラム教は7世紀にアラビア半島で生まれた宗教です。
ユダヤ・キリスト両方の影響を受けて成立しました。

よって、ユダヤ・キリスト・イスラームは3つ併せて「アブラハムの宗教」と呼称されます。
お互いがお互いに密接に関係しているので、共通点もたくさん...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qイエスキリストはどうして処刑されたのですか?

イエスがなにか変なことをしたがために処刑されたのでしょうか?

Aベストアンサー

一応、主流となっている説です。

まず、イエスはユダヤ教徒であったことを理解してください。
また、ユダヤ人はローマの支配下にあった事も頭に入れておいてください。

当時のユダヤ教は主に2つの派に別れていました。
議会派(サドカイ派)と民衆派(ファリサイ派)です。
議会派の人々は、その権力の基盤がローマに服従することによっていたので、ローマ人の顔色ばかりうかがっていました。(この意味ではユダヤの王ヘロデも同じ)
そんな彼らを、批判していたのは民衆派ですが、彼らは彼らで「戒律主義」に走っていました。

そんな中に現れたのは、洗礼者ヨハネ(十二使徒のヨハネとは別人)とその教団でした。
彼らは、そんな議会派や民衆派の事を激しく批判していました。
そこに現れたのがイエスでした。
彼は、洗礼者ヨハネの主流2派の批判には納得していました。
しかし、完全には洗礼者ヨハネの言うことに納得は出来ませんでした。
そして、修行をするウチに「救世主(キリスト)」として目覚めていきました。(ただし、イエスは自分では「私は救世主だ」とは言ってません)
そして、ユダヤの各地を遊歴して弟子を得ていきました。

やがて、イエスの主導する勢力はだんだんと大きくなり、その影響力は洗礼者ヨハネをも超えていきました。
また、洗礼者ヨハネはヘロデ王も批判していたので彼に捕まり処刑されてしまいました。

ここに来て、主流2派にとってはイエス派の勢力を無視出来なくなってきました。
特に、議会派の人々はイエス派の人々が反乱を企てローマが怒るのを恐れました。
また、付き従っていた人々の中にもイエスが「救い=ローマからのユダヤの解放」をしてくれないので不満が募ってきました。
そこで、紆余曲折を経てイエスをとらえました。
しかし、イエスを裁判で罪にしても死刑にする権限はユダヤの議会にはありませんでした。
そこで、ピラトの元に行き
「イエスはユダヤの王を名乗り、ローマへの反乱を企てた。死刑にすべきだ」
と言いました。
ピラトはイエスの事を調べましたが、嫌疑不十分であるとして「ユダヤの事はユダヤで決めよ」と言い、ヘロデ王に任せました。(ヘロデ王は、イエスの故郷ガリラヤの支配者でした。)
ヘロデ王もイエスを取り調べましたが、やはり「罪」は無いと言い、ピラトに送り返しました。

ピラトは、「罪が無い」と言っているにもかかわらず、ユダヤの人々は「死刑にせよ」と要求します。
このままでは反乱になると恐れたピラトは、人々に取引をもちかけました。
当時とらえられていた「殺人犯」と「イエス」どちらかを「死刑」とし、どちらかを解放しようと。
「どちらを解放するか?」
とのピラトの問いに、人々は「イエスを十字架に」と叫びました。
この結果、「殺人犯」は解放され、イエスは十字架に架けられることになりました。

と、以上が大まかなイエス処刑の経緯です。
つまり、議会派の人々はローマを恐れる余り、民衆はイエスが「神の国」と言ってるわりには「ユダヤをローマから解放」してくれない事への不満のため、イエスは十字架に架けられることになったのです。
しかし、イエスは一言も「ユダヤをローマから解放する」とも「私は救世主です」とも言っていません。(救世主については、弟子には言わせてましたが、、、。)
そして、イエスのいう「神の国」はあの世の事だったのですが、民衆は理解しませんでした。
結論としては、議会派の人々による「冤罪(ローマに反乱を企て、ユダヤの王を僭称した罪)」に、民衆がイエスを「誤解」していたために議会派の人々の提案(扇動)にのった結果、イエスは十字架上で死んだのです。

余談2・イエスが言った一番良い言葉なのに、キリスト教ではあまり実戦されてない言葉に「皇帝のモノは皇帝に、神のモノは神に」があります。
このことからも、イエスはローマへの反乱の意志はなかったと推測できます。

一応、主流となっている説です。

まず、イエスはユダヤ教徒であったことを理解してください。
また、ユダヤ人はローマの支配下にあった事も頭に入れておいてください。

当時のユダヤ教は主に2つの派に別れていました。
議会派(サドカイ派)と民衆派(ファリサイ派)です。
議会派の人々は、その権力の基盤がローマに服従することによっていたので、ローマ人の顔色ばかりうかがっていました。(この意味ではユダヤの王ヘロデも同じ)
そんな彼らを、批判していたのは民衆派ですが、彼らは彼らで「戒律...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Qプロテスタントでのマリア崇拝は?

●キリスト教にはカトリックとプロテスタントがあり、カトリックはマリアも崇拝しているようですが、プロテスタントではマリアを崇拝してはいけないのですか。(マリアが描かれている絵画は結構多いと思いますが)

●またプロテスタントでは、十字架にキリストの像を入れないのですか。

わかる方がおられたら教えてください。

Aベストアンサー

>カトリックはマリアも崇拝しているようですが

これは誤りです。
カトリックでも聖母マリアを崇拝する事は禁止されています。
トリエントの公会議にて、
「神には崇拝を、三位一体(キリストの事)には礼拝を、聖人には崇敬を聖母マリアには超崇敬を行う」と規定しています。
つまり、聖母マリアは、特別な敬意の対象であって、崇拝の対象ではないのです。
カトリックでは、聖母マリアを敬意の対象として祈るのにたいし、プロテスタントの多くは、神への崇拝をカトリックよりも重視するために、質問者のような誤解を生じるのです。

聖母マリアを全く崇敬の対象としないのは、ネストリウス派(アッシリア教会)です。
ほとんど対象としてみない教派には、単性派教会(コプト教、アルメニア教会、エチオピア教会、ヤコブ派教会)があります。

>十字架にキリストの像を入れないのですか。

信仰の対象としてのキリスト像は、カトリック・プロテスタント共に禁止です。
キリスト教において、十字架は、信仰の対象ではなく、神のいる方向を示す目印にしかすぎません。
神は、世界に普遍的に存在していますが、キリストが十字架に掛けられて神の下に行かれたため、キリストの昇天した十字架を神の下へ通じる道であるとして、十字架の方向に向かって神に拝むのです。
十字架は、神のいる方向を単に示すだけのものですから、そこにキリストの像が有るほうが良いのか、必要ないのかは、各教会や司祭などの考え方によります。
礼拝・信仰の対象外のアクセサリーとしてならば、ほとんどの教会で問題にならないはずです。

ただし、十字架の方向に向かって拝む、ましてそこにキリストの像が有る場合、外からは、あたかも偶像崇拝に見えてしまう事は否定できません。

>カトリックはマリアも崇拝しているようですが

これは誤りです。
カトリックでも聖母マリアを崇拝する事は禁止されています。
トリエントの公会議にて、
「神には崇拝を、三位一体(キリストの事)には礼拝を、聖人には崇敬を聖母マリアには超崇敬を行う」と規定しています。
つまり、聖母マリアは、特別な敬意の対象であって、崇拝の対象ではないのです。
カトリックでは、聖母マリアを敬意の対象として祈るのにたいし、プロテスタントの多くは、神への崇拝をカトリックよりも重視するために、質問者のよ...続きを読む

Q紀元前と紀元後をなぜ分けるの?

タイトル通りの疑問なのです。当たり前すぎなことなのかもしれませんが、教えてくださいお願いします。どういういきさつで分ける必要になったのでしょうか?
またいつから分ける様になったのですか?

Aベストアンサー

つまりは、西暦に関するご質問ですね?

いま現在、我々が使っている西暦は、イエス・キリストが生まれた年を紀元(はじまり。すなわち西暦1年)としています。(ところが後日、実際には何年か違うらしいことがわかった。)
この西暦を考え出したのは、数学と天文学に通じていたローマの修道院長、ディオニシウスで、6世紀半ばのことです。
それまでは、日本の元号のように、何皇帝の何年というような呼び方をしていました。
しかし、それでは年数の計算が不便なので、ディオニシウスは、キリストが生まれた年を紀元とすることにしました。
これが、現在我々が使っている西暦の始まりです。
何故西暦0年が存在しないかと言うと、西暦が作られた6世紀半ばのヨーロッパは、まだ数学が発達していなかったためか、「0」の概念が無かったのです。
そのため、「西暦0年」ではなく、「西暦1年」から始まったのです。これは平成0年がないのと同じですね。
だから、紀元1年より前の年をあらわすには、0がないので当然ながらマイナスを使えず、「紀元前」とするしかないわけです。
この西暦は、まず教会で用いられ、それがヨーロッパの一般人に定着するのはそれから数世紀経ってからで、 実際に世界的に使われるようになったのは、18世紀になってからです。
日本に至っては、明治以降、つまり19世紀に入ってから、やっと使い始めました。

つまりは、西暦に関するご質問ですね?

いま現在、我々が使っている西暦は、イエス・キリストが生まれた年を紀元(はじまり。すなわち西暦1年)としています。(ところが後日、実際には何年か違うらしいことがわかった。)
この西暦を考え出したのは、数学と天文学に通じていたローマの修道院長、ディオニシウスで、6世紀半ばのことです。
それまでは、日本の元号のように、何皇帝の何年というような呼び方をしていました。
しかし、それでは年数の計算が不便なので、ディオニシウスは、キリストが生まれ...続きを読む

Qキリスト教で禁止されること

キリスト教の教えで禁止されていることを教えてください。
食事など、生活にかかわっていくことを知りたいと思っています。

Aベストアンサー

 こんにちは。プロテスタントは宗教の名前ではなく、カトリックに反発してできた宗教の総称ですので、様々な宗派があります。ですのでプロテスタント全てに当てはまるというのは難しいと思います。
 一応カトリックですが、生活にかかわって来る事で一番身近なのは「大斎(だいさい)小斎(しょうさい)」だと思います。対象となるのは14歳~60歳までで、病人や妊娠されている方は除きます。詳しくは↓に書いています。
http://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_danjiki.php
 現在これは全てのカトリック信者が守っているかと言われるとかなり微妙です。例えば金曜日に肉を食べないといっても、給食とかお弁当を取っている人は無理ですし、なるべく守り、その基準は個人の采配にまかすといった感じだと思います。私も一応は守るようにはしています。
ちなみに灰の水曜日とは↓に説明されていますが、カトリックではこの日から四旬節に入ります。カトリック国のカーニバルはこの四旬節に入る前に楽しんでおこう!というお祭りです。これから40日間復活祭まで心を静かに節度をもって生活をします。石井美樹子さんの西洋の食事の本では、四旬節中肉食を禁止して節制するので復活祭では四旬節中食べられていた鰊をなげて喜んだそうです。現在はそこまで厳しくはないですが、暴飲暴食を謹んで節制すると思います。カトリック信者同士で「四旬節なのに太ったよ~」とか会話する事があります(私太りました(^_^;))。
 ちなみに灰の水曜日、復活祭は移動祝日なので毎年変わります。関係ないですが、復活祭では卵が復活のシンボルとしてよく食べられますし、多産のシンボルの兎もモチーフになります。
http://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_hainosuiyou.php
http://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_sijyunsetu.php
 食事に関してはあとは特にないと思いますが、ミサの中で聖体拝領という儀式があります。これはキリストの体をいただくという行為で、実際は丸く小さなモナカの皮のようなものを司祭からいただきます。食事は少なくともこの聖体拝領の1時間前までに済ませる事が決められています。ただミサが始まって聖体拝領までが1時間ぐらいかかりますので(もちろんマチマチで違いますが)、ミサが始まる直前に慌てて食事しなかったら大抵対丈夫です。これも昔はミサが終わってから朝食をとるとか、ミサ自体が始まる1時間前とか色々あったようですが、現在はゆるやかになっています。
 食事以外では中絶、同性愛、離婚、避妊も禁止されています。前の教皇ヨハネ・パウロ・2世も今の教皇ベネディクト16世も超保守派ですので、これは変わる事はないでしょう。特に中絶は様々な議論がされています。カトリック国であるアイルランドの歌手シニード・オコナーが中絶反対に反対するとして、テレビで前教皇の写真を破った為ものすごいブーイングがあった事があります(その為か以前ライブでものすごくブーイングされて歌えなかった映像を見た事があります)。
http://www.cdjournal.com/main/artist/artist.php?ano=112884
 プロテスタントにはない事ですが、カトリックには様々なお祈りの道具や絵や像があります(これをプロテスタントの方は偶像崇拝といいますが、カトリックではあくまでもこれを道具として祈ると位置付けています)。ロザリオやスカプラリオ、十字架、像、メダイなどがありますが、多くの信者は購入すると司祭(神父)に祝別してもらいます。感じとしては上で十字を切ってもらうのが多いです。これを人にプレゼントしたりするのは構いませんが、販売や転売するのは罪になります(準秘跡ですので)。
http://goseitai-to-seibo-no-sito.web.infoseek.co.jp/send%20de%20hushiginomedai.html
 他には主日(日曜日)と祝日にミサに行く、年に一度はゆるしの秘跡(いわゆる懺悔です)、年に一度は聖体拝領を受けるなどの決まりはあります。あとは大罪とかありますので、詳しくは↓をご覧下さい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%83%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%A4%A7%E7%BD%AA
 あとは特にないと思いますが(飲酒も喫煙も特に禁止されていません。喫煙される司祭もいらっしゃいます)、もっと詳しい方がいらっしゃると思います。プロテスタント諸派の事は分かりません。
 ご参考までにm(__)m。
 

 

 こんにちは。プロテスタントは宗教の名前ではなく、カトリックに反発してできた宗教の総称ですので、様々な宗派があります。ですのでプロテスタント全てに当てはまるというのは難しいと思います。
 一応カトリックですが、生活にかかわって来る事で一番身近なのは「大斎(だいさい)小斎(しょうさい)」だと思います。対象となるのは14歳~60歳までで、病人や妊娠されている方は除きます。詳しくは↓に書いています。
http://www.pauline.or.jp/chripedia/mame_danjiki.php
 現在これは全てのカトリッ...続きを読む


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