日本で初めて相撲が行われた所らしいですが、なぜ、カタカナなんでしょうか。いろんなホームページを見てもみんなカタカナです。漢字で書いたらどう書くんでしょうか。また、カタヤケシとは、どんな意味なんでしょうか。

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A 回答 (3件)

 


  「カタヤケシ」を考えていたのが、何時の間にか「カタヤシキ」になっていました。間違いです。
 
  ところで、色々調べたのでが、どうも分かりません。野見宿禰と当麻蹶速が勝負し、これが相撲の起源だというのも、諸説あって、どうも違うという説もあります。日本書紀の該当個所は、テキストで確認したのではありませんが、引用されているテキストで見る限り、「どこで勝負した」という場所の記述はないようです(垂仁7年7月7日などという、不自然な日付はありますが)。
 
  だとすると、文書記録には、二人が戦った場所の名前は残っていないのではないかと思えます。カタヤケシというのは、奈良の山辺の道あたりにある台地の名前で、近くに、野見宿禰や当麻蹶速の記念碑や墓などがあるようです。そこから考えるに、この地名は、口頭伝承で、この場所で、二人が戦ったという伝承があり、発音だけが伝わっているので、すべて「カタカナ書き」で出てくるのではないかと思います。漢字で記録があれば、ページのどれか一つぐらいで、漢字での表記が出てくるはずですが、それがないのは、彼等が参照にした資料にも、カタカナしかなかったのではないかと思えます。
 
  すると意味は何かというと、よく分からないということになっている可能性が高いです。地名で、意味のよく分からないものが時々あります。古朝鮮語だとすれば理解できる、という説がよくありますが、信憑性がありません。通俗語源解釈と変わらないからです。しかし、考えてみると、「カタヤ」の部分は、おそらく、方屋を意味させていたのでしょう。本当は違うとしても、歴史のなかで関連付けて考えられていたはずです。すると「ケシ」は何かということになります。
 
  一つの思いつきとして、これは「気色(けしき)」の「き」が取れた形ではないかというものです。気色というのは中古語で、顔の表情などですが、自然の様子なども言います。「方屋・気色(景色)」つまり、「方屋のありさま」「方屋の様子」などで、「方屋らしいおもむきの土地」のような意味だったのではないかという想定です。

  また、「かたや」当たりを古語辞典で引いていますと、「肩焼き」という言葉が出てきます。「肩焼きし」とか「肩焼けし」というような言葉から出てきた地名かとの推測も思いつきます。「肩焼き」とは、鹿の肩の骨などを焼いて、その割れ具合から吉凶を占ったことだそうです。殷の甲骨文字と同じですが、何か古代に占いの儀式をする場であり、相撲は神事であったので、占いと何か関係があるように思え、そこで、この土地が野見宿禰が勝負した場所ということになり、そういう伝承が口頭で伝わったのではないかということです。
 
  余り、根拠のない話ですが。語源は分からない可能性があると思います。
 
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以下の参考URLサイトは参考になりますでしょうか?


「言葉の世界・伝言板」
ここで質問されては如何でしょうか?
因みに「大辞林」には「カタヤケシ」ではなく、starflora
さんの回答の「方屋」では記載があります。

ご参考まで。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~hi5k-stu/
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この回答へのお礼

 早速、参考URLに質問してみます。
 ありがとうございました。

お礼日時:2001/12/06 14:33

 


  「カタヤシキ」全体は分からないのですが、カタヤというのは、「方屋」と言う言葉が古語であります。「かたや」と読みます。意味は、「昔、相撲または競馬などの勝負を争う人が、左右・東西に別れて集まっていた所」とあり、「方屋開き」とか「人方屋」などの言葉があります。「方向に分かれて人々が集まっていた所」ですから、「方(方角)」の「屋(屋敷・建物)」で「方屋」なのでしょう。
 
  カタヤシキという地名が、この方屋に無関係とは思えません。とりあえず、「しき」が分かりませんが、これは「敷」のしきで、「方屋敷」だったという可能性があります。「屋敷」というのは、「屋」を「敷く」という意味ですから、「方屋を敷く」という言い方があったのかも知れません。つまり、方屋という場を設ける(敷く)というような意味です。いまの所、ここまでしか分かりません。
 

この回答への補足

 ありがとうございます。
 方屋だというのは説得力がありますよね。ケシは、シキと同義(訛り?)だと思ってよいのでしょうか。

補足日時:2001/12/06 10:28
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