第二次世界大戦において日本は当時の国際法を違反する行為をしましたか?
また、その場合どのような行為を日本は犯したのですか?

ご回答よろしくお願いします。

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A 回答 (20件中1~10件)

毒ガス等の事件に関しては、「悪魔の飽食」など、でっちあげ小説に代表されるように、今でも論議が続いている状態ですね。



捕虜に関して、
第二次大戦中、日本軍が捕虜に対し虐待をしたのは事実と受け止められるべきと考えられます。

ただ、捕虜虐待を止めようとした人もいたようですしし、徒歩での行進をはじめ、栄養をつけようとノリや納豆を食べさせたことが虐待ととられていることもあります。

映画「戦場にかける橋」なんかはよい描写ではないかと思います(実際は捕虜は建設ではなく資材運搬のみに携わりました)。

ただ、これらの捕虜に関しての扱いは、第二次世界大戦における、中国や東南アジア地域など極地での事であり、
もっと昔、日露戦争などのときは世界でも特によい環境におかれていたらしく、「自軍より収容所の方がいい」といって、投降した兵もいたとのことです。

アメリカの捕虜収容所は、特に栄養などの問題はなかったらしいですが、中国などの収容所に対して、終了所ないでの階級による規律保持を禁止した為に、ヤクザ者などが権限を握ったり、暴力が多発したり、乱れに乱れたところもあったようです。

ドイツ兵が入れられた、ソ連の捕虜収容所では、戦後の日本軍兵士の留置同様にに非常に厳しいものであったようです。
ソ連による留置というのは、戦後、投降した日本軍の捕虜を、何年にもわたって極寒の中で強制労働に就かせて、多くの人が亡くなられたことです。

中国では、戦後共産党と国民党の対立があったとき、大砲や飛行機、鉄道の部隊にいた人が「教官」として重宝されたようです。

太平洋戦争を知るために。
近代日本の戦争 色川大吉 岩波新書
戦後歴史の真実 前野 徹  扶桑社文庫
などを読んでみるといいと思います。

上記二冊を読んで、表記の矛盾や違いに困惑するかもしれませんが、それを調べてみるのがまた歴史を知ることではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ぜひ、読んでみます!

捕虜に関しては、被害者と加害者の感じ方の違いがあるようですね。
しかし、おっしゃる通り虐待については反省しなければなりませんね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/03 14:03

宣戦布告なしの開戦に付いてですが、これは異論があります。


実は日中戦争時に義勇兵とのいう形ではありますが、米軍の飛行隊が日本軍と戦闘を行っています。完全に宣戦布告なしです。

これは真珠湾攻撃の8ヶ月前のことです。
また、真珠湾攻撃前に日本の特殊潜航艇もアメリカの駆逐艦により沈められています。

ゆえに奇襲攻撃の悪名は日本の宣伝政策の失敗と言えるでしょう。ちゃんと情報を手に入れ公表していれば、報復攻撃という、大義名分(大東亜戦争自体立派な大義名分だと思いますが)を手に入れて戦争できたので、少し歴史が変わっていたかもしれませんね。


詳しくは下のURLを見てもらうのがいいかと思います。

もう一つ言ってしまえば、アメリカも国際法はかなり違反しています。(民間人を戦闘に巻き込まない、軍施設以外への攻撃等)

参考URL:http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_ …
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この回答へのお礼

参考になります。
アメリカの国際法違反についてもちゃんと調べてみたいですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/04 22:43

「No.1」ではなく「No.17」でした。



bictaka29様申し訳ございません。
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No.1です。



下の書籍の他に、戦争を客観的に見るなら。
面白いほどよくわかる 太平洋戦争
30分でわかる 太平洋戦争
共に日本文芸社。

などを読まれると良いでしょう。
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この回答へのお礼

ネットで調べていると矛盾した情報があるので頭がこんがらっがってきました。
頭を整理して公平に判断できるようになりたいですね。

ぜひ読んでみたいと思います。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/03 14:10

>毒ガスについて調べてみたのですが、



No.13 の提示した「毒ガス島歴史研究所」の記述を読まれましたか?
広島県の大久野島は毒ガス工場のあった島で、そこの資料によると…
日本軍は海軍と陸軍がそれぞれ毒ガスを作成していた。
海軍の作ったものは本土決戦用(自決用?)で結局未使用。
陸軍が作ったものは中国大陸で兵器として使用され、
現在も未処理のまま廃棄された毒ガスで被害が出ている。
国際法違反の兵器は秘密裏に作られるのが普通で、
工場のあった大久野島も戦中は「地図から消された島」でした。

余談ですが、アメリカがイラクを攻撃した理由は覚えていますね。
大量破壊兵器(毒ガス等)を隠し持っている可能性があるからで、
日本の総理もこれを支持しました。

参考URL:http://homepage3.nifty.com/dokugasu/qa.html
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この回答へのお礼

参考URL読んでみたのですが、

>>日本政府は赤筒の使用は認めていますが、致死性毒ガスの使用は公式に認めていません。しかし、たくさんの致死性毒ガスが中国に運ばれたのは事実ですし、使用したという証言もあります。

致死性の毒ガスの使用は日本政府は認めてないようですし、証言だけでは使ったという確証にはならないと思うのですが・・・
(赤筒の使用は国際法違反に入らないですよね?)

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/03 13:36

病院船の拿捕は国際法違反ではないと言う方がいらっしゃいますが、


何の違反行為もしていない病院船を拿捕するのは国際法違反です。
病院船を拿捕しても良い場合は、停船させ臨検の結果、病院船に国際法の違反行為があった時です。病院船の国際法違反行為とは、武器を輸送したり傷病者ではない戦闘員を輸送していた場合です。

オプテンノール号の乗員や医療関係者達は拿捕後、日本に搬送され不当に抑留されました。この国際法違反行為に対する賠償問題は戦後、オランダ政府と日本政府の間に横たわっていた事実です。
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この回答へのお礼

オプテンノール号の拿捕については間違いなく国際法違反のようですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/03 12:55

毒ガス兵器に関しては、日本は禁止されている1925年に一度ジュネーブ議定書を批准していますので


その意味では、国際法違反でしょう。

多数国間条約集 データベース「世界と日本」東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室
窒息性ガス、毒性ガス又はこれらに類するガス及び細菌学的手段の戦争における使用の禁止に関する議定書
http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worldjpn/documents …

また、宣戦布告に関しても、事前の通告をが遅れたと言うことで、国際法違反にはなります。

皆さんが触れられていないことで国際法違反であると考えるのは、戦時下に置いての捕虜・俘虜(ふりょ)の取扱です。
なぜかと言えば、捕虜・俘虜に対して強制労働を行ったり、非戦闘員に対して残虐行為を禁止しています。

しかし、実態は、この部分を無視して強制労働をさせて、非戦闘員に対しても残虐な行為をしています。
これは、完全に国際法違反です。

アメリカは、日系人を収容所に強制収容しており、それに対しての損害賠償を戦後だいぶ経ってから行っています。
このことも、国際法上違反行為として考えられる行為です。

田村のホームページ
捕 虜 ・ 俘 虜
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/horyo.htm
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この回答へのお礼

毒ガスについては下で述べた通りですが・・

捕虜については、日本、アメリカ共に違反を犯していたということですね。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/02 20:58

No9さんの回答では、毒ガスの使用が公認されたような勘違いが起こりかねないですね。

毒ガスの「使用」は禁止されていました。

↓もうひとつ参考
http://homepage3.nifty.com/dokugasu/qa.html

参考URL:http://homepage1.nifty.com/paganus/treaty06.html
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この回答へのお礼

毒ガスについて調べてみたのですが、

1.毒ガスを作り、所有しているだけなら違法ではない。
2.相手より先に毒ガスを使用するのは違法である。
3.日本軍は毒ガスを所有していたのは確かであるが、使用したかどうかは定かではない。

ということでよいですか?

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/02 20:38

No. 2 のものですが、t1t2 さんは歴史に詳しくないと書いておられますので補足しておきます。


日本が宣戦布告なしにアメリカを攻撃したのは事実で、これは国際法違反です。アメリカが事前に察知していようがいまいが、それは事実です。
ただ、国際法がどれほど効力のあるものかはいろいろな議論があります。
御質問は「日本が国際法に違反する」とありますから、他国が違反した内容は回答していません。しかし、t1t2 さんが誤解するといけませんので追加しておきます。
ソ連は1945年8月9日に日本を攻撃します。それが、日軍捕虜のシベリア抑留や四島占領につながります。しかし、1946年4月まで日ソ中立条約が有効であり、ソ連は明白に国際法違反です。それらを総合的に判断すべきでしょう。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E3%82%BD% …
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この回答へのお礼

日本がアメリカに宣戦布告無しに攻撃した。
アメリカも宣戦布告無しに日本の船を攻撃した。

両方とも事実であるということでよいですか?

ソ連が日ソ中立条約を破って、攻めてきたというのは聞いたことがあります。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/02 20:37

日本は国際法違反がないように戦闘したようですが、日本人の中に国際法違反があったはずといって活動している人がいるようです、わざわざ東南アジアまで出かけていきインドネシアで戦時慰安婦にさせられた人は名乗り出てくれれば何百万円を日本政府に払わすと言った活動家にインドネシア政府はもし日本が払ってくれても個人に渡さず政府で使うと、このような活動家を日本政府で取り締まって欲しいといったそうです。

日本は個人として違反行為はあったかもしれませんが組織としてはないでしょう。国際法違反の最大の被害国は日本で侵した国はソ連(露)、米です、ソ連の違反などは戦後犯罪行為です、北方四島は戦後の占領ですし、シベリヤ抑留も戦後です、アメリカの違反は都市爆撃
による民間人の殺傷や、病院船の撃沈です。他の人がオランダの病院船
の拿捕が違反と言はれていましたが、拿捕は違反でないはずです。
国際法などなんの役にも立たないのが現実ですし、国際的な問題解決に
国際司法裁判所がありますが竹島の解決に何の力もありません、国際関係は力の強いほうが取り得です。国際法など問題にしているのは日本だけかもしれません。
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この回答へのお礼

>>わざわざ東南アジアまで出かけていきインドネシアで戦時慰安婦にさせられた人は名乗り出てくれれば何百万円を日本政府に払わす

それじゃ、金目当てで名乗り出てきても不思議じゃありませんね。

>>国際法違反の最大の被害国は日本で侵した国はソ連(露)、米です、ソ連の違反などは戦後犯罪行為です

肝に銘じておきます。

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/12/02 20:24

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Q第二次大戦と日本

日本は敗戦後サンフランシスコ講和会議で
連合国側と和睦しましたが、ソ連、北朝鮮とは
締結していません、、つまりいまだにこの2国とは休戦状態ということなのでしょうか、。

韓国とは基本条約で和睦したということになったのでしょうね

Aベストアンサー

No.2です。
日本が台湾にある中華民国と国交を結んだのは1952年の「日華平和条約」です。サンフランシスコ講和会議で講和したわけではありません。
ちなみに太平洋戦争当時、日本は決して「台湾」と戦争していたわけではありませんが、「中華民国」とは戦争状態でした(宣戦布告してませんが、戦後に戦争状態であったことを日本が認めました)。
なので中華民国と講和し、戦争状態を終結させるために、「日華平和条約」を結んだわけです。その政府が、昔は南京にあったのが台北に移動していたというだけで、「台湾と講和した」という表現は(日本が台湾と戦争した事実はないので)厳密には間違っています。

ちなみにさっきの回答ですが、「ソ連はサンフランシスコ講和条約に参加してない」というより、「会議には参加したが調印はしなかった」と言い換えます。

Q第二次世界大戦初期の日本経済の状況

第一次世界大戦では、日本経済は特需により非常な発展をとげました。
第二次世界大戦勃発の1939年9月1日から太平洋戦争勃発の1941年12月8日まで
の日本経済は活況を呈したのでしょうか?
資源のある仏印進駐などもあり、好況だったのでしょうか。
それとも軍需産業にのみ資金がまわり、一般企業の業績は悪化したのでしょうか。
あるいは統制経済体制の影響で第二次世界大戦の影響はさほど受けなかったのでしょうか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

http://www.eurus.dti.ne.jp/~freedom3/ww2-gdp-sai-axx.htm

こういう感じらしい

Q第二次世界大戦で日本が戦った国は?

第二次世界大戦で日本が戦った国は
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フランスとは戦いましたか?
インド、フィリピン、ビルマ、インドネシアなどとはどういう関係になりますか。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

フランスとは戦いましたか?
>亡命政権の自由フランスと戦いました。

インド、
イギリス領インドから徴兵された兵士がイギリス軍として戦いました。

フィリピン、
アメリカ領フィリピンから徴兵された兵士がアメリカ軍として戦いました。

ビルマ、枢軸国側(味方)として戦闘参加しました
ビルマ独立義勇軍(1941-42のビルマ進攻作戦のみ) が枢軸国側として戦闘参加しました
ビルマ防衛軍 民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍 
ビルマ(1943-1945)連合国側に宣戦布告をしたが太平洋戦争には参加していない

インドネシア
オランダ領東インドとして占領 インドネシアとしては日本と戦っていません。
郷土防衛義勇軍(インドネシア)民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍
スマトラ義勇軍、民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍
ボルネオ義勇軍、民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍
ジャワ防衛義勇軍、民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍
1945年8月19日にスカルノとハッタ、ラジマンによって独立宣言(日本軍軍政当局「9月2日に降伏」や日本政府もこれを承認)
降伏後に日本軍が去ってオランダやイギリスの管理下に置かれた兵器庫から奪ったり、降伏を潔しとしない日本軍人の一部が横流しした武器・弾薬で武装し、様々の手段でオランダ軍を苦しめた。なお独立派には、日本軍政下で独立派への軍事教練を行っていた日本軍人が2000人加わり、訓練や教育、宣撫に活躍し、その半数は戦死したものの戦闘に参加した者もいた。
日本軍からは3万丁以上の三八式歩兵銃、数百の野砲・トラック、食料、弾薬、軍刀など多くの資材が独立派の手に渡った。日本に引き揚げずに独立派に身を投じた元日本兵は数千人に上った。


連合国側

戦闘参加国
アメリカ合衆国、
イギリス、
オーストラリア・ニュージーランド連合軍、
カナダ、
オランダ、
中華民国重慶政府、
ソビエト連邦(1945)、
蒙古人民共和国(1945)、八路軍、
自由フランス(1945)

参戦兵力の多かった統治領
イギリス領インド、
イギリス領マラヤ(現在のマレーシア)、
アメリカ領フィリピン

宣戦布告をしたが太平洋戦争には参加していない国
南アフリカ連邦、
レバノン(1943-45)、
エルサルバドル
コスタリカ、
ドミニカ(イギリス委任統治領)、
ニクラグア、
ハイチ、
グアテマラ、
ホンジュラス、
パナマ、
キューバ、
ノルウェー、
リベリア、
エジプト王国、
シリア(フランス統治委任領)、
サウジアラビア、
イラク、
イラン、
メキシコ(1942-45)、
ブラジル(1942-45)、
コロンビア(1943-45)、
ボリビア(1943-45)、
イタリア王国(※1943-45)、
フィンランド(※1944-45)、
ルーマニア王国(※1944-45)、
ブルガリア王国(※1944-45)、
ペルー(1945)、
ベネズエラ(1945)、
ウルグアイ(1945)、
パラグアイ(1945)、
エクアドル(1945)、
トルコ(1945)、
アルゼンチン(1945)、
チリ(1945)、
ベルギー(1945)


枢軸国側

戦闘参加国
大日本帝国、
タイ王国(1942-45)、
満州国、
中華民国南京政府、
蒙古自治邦政府、
自由インド仮政府、
ビルマ独立義勇軍(1941-42のビルマ進攻作戦のみ)

協力・支援国
仏印政府(ヴィシー政権下のフランス、
ドイツ(遣日潜水艦作戦や柳船など)、
イタリア王国(1941-1943、遣日潜水艦作戦など※)

民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍
インド国民軍、
ビルマ防衛軍、
郷土防衛義勇軍(インドネシア)、
スマトラ義勇軍、
ボルネオ義勇軍、
ジャワ防衛義勇軍、
マレー義勇軍、
マレー義勇隊、
越南青年先鋒隊(ベトナム)、
フィリピン人義勇軍〈マカピリ〉、
比島ラウエル大統領付親衛隊、
石家荘白系ロシア人義勇軍(中国)、
皇協維新軍(中国)、
中華民国臨時政府軍、
皇協新中華救国民軍、
満洲イスラム教徒騎兵団

連合国側に宣戦布告をしたが太平洋戦争には参加していない国
ビルマ(1943-1945)、
フィリピン第二共和国(1943-45)、
ベトナム帝国(1945-)、
ラオス王国(1945-)、
カンボジア王国(1945-)、
ギリシャ、
クロアチア独立国、
ブルガリア(1941-1944※)、
独立スロバキア(1941-1945)、
ハンガリー王国(1941-1944※)、
ルーマニア王国(1941-1944※)、
セルビア救国政府(1941-1944※)、
ピンドス公国・マケドニア公国(1941-1944)、
フィンランド共和国(1941-1944※)、
ロシア諸民族解放委員会(1944-1945)

フランスとは戦いましたか?
>亡命政権の自由フランスと戦いました。

インド、
イギリス領インドから徴兵された兵士がイギリス軍として戦いました。

フィリピン、
アメリカ領フィリピンから徴兵された兵士がアメリカ軍として戦いました。

ビルマ、枢軸国側(味方)として戦闘参加しました
ビルマ独立義勇軍(1941-42のビルマ進攻作戦のみ) が枢軸国側として戦闘参加しました
ビルマ防衛軍 民兵・ゲリラなど日本軍支援でつくられた郷土義勇軍 
ビルマ(1943-1945)連合国側に宣戦布告をしたが太平洋戦争には参...続きを読む

Q第二次世界大戦後、イタリア人から見た日本人は?

タイトルにも書いたように、第二次世界大戦後(1930年代あたり)イタリアから見た日本(または日本人)はどのように映ったのでしょうか。
それが知りたいです。

やや抽象的ではありますが、些細なことでも何でもいいので、教えてくれるとうれしいです。

Aベストアンサー

北部と南部で温度差があると思います。北部は共和国政権をたて、ドイツと心中するまで戦いました。

で、意外なことに欧州・亜細亜航空機連絡を果たしたのは、イタリア人でした。満州の包頭まで、イタリアから飛んできています。日本側が、当該機がソ連領空を侵犯してきたことをしり、その事実はひた隠しにされましたが、勇敢であることに変わりはありません。

人によってちがうと思います。あの国は、そんな簡単な国ではありません。

Qなぜ第二次世界大戦時にアメリカ軍は日本軍の暗号通信

なぜ第二次世界大戦時にアメリカ軍は日本軍の暗号通信を解読出来ていたのにハワイのパールハーバーの奇襲攻撃を許したのでしょう?

日本軍がハワイのパールハーバーを攻撃することは,アメリカ軍は知っていたはずですよね?

アメリカ軍は日本軍にパールハーバーを攻撃させて,自国で開発していた核爆弾を実戦で使ってみたかった。

だから日本軍にパールハーバーの攻撃を許して,自国の離島民を殺すのと引き換えに核兵器の実験ではなく実際に使う口実を作った。

違いますか?

なぜ日本軍の秘密暗号を解読していたアメリカ軍がパールハーバーだけ攻撃されるようなヘマをしたのか謎です。

Aベストアンサー

 1941年当時、米国は日本軍の暗号解読に成功していません。
 米国が暗号解読に成功していたのは日本の外務省の通信暗号です(ちなみに、日本も米国の外交通信暗号の解読には成功していました)。

 また、「米国はパールハーバーが攻撃をされることを知っていた」というのは語弊があります。
 米軍は通信信号の傍受(信号の内容を解読できてはいなかったが、どの地点からどれだけの通信電波が発信されているかは探知できていた)から、日本海軍が千島列島に集結しているらしいということを察知(日本軍はほかの軍港から通信電波を盛んに発してそこに艦隊がいるように偽装し、単冠湾に集結していた軍艦は完全に電波封止していたが、フィリピンや中国大陸にある通信傍受施設の測定誤差範囲に両方の地点が入っていたため、偶然にも日本の偽装電波の発信源が単冠湾であると誤って断定してしまった)し、「少なくとも空母1個戦隊(空母2隻以上)の艦隊が北太平洋に出撃したまま行方不明である」と分析していただけです。
 その分析結果から「パールハーバーが奇襲を受ける可能性がある」という危機感を抱き、12月6日までの一週間は警戒態勢をとるように太平洋艦隊に命令が出されていました(パールハーバー攻撃は偶然にもその翌日だった)。
 米軍がパールハーバー奇襲について「知って」いたのは、それだけです。具体的に「12月8日の早朝に大規模な空襲が行われ、停泊中の太平洋艦隊が壊滅する」とまで知っていたわけではないのです。

 そして、開戦直前に日本の暗号を解読して攻撃の1時間前には日本が開戦に踏み切ることを米政府は知りますが、それは日本の外交暗号(日本政府から駐米日本大使館へ送られた対米宣戦布告の文面)を解読したものであって、日本軍の暗号を解読して作戦内容を知っていたというあなたの理解とはだいぶ違います。


>アメリカ軍は日本軍にパールハーバーを攻撃させて,自国で開発していた核爆弾を実戦で使ってみたかった。
>だから日本軍にパールハーバーの攻撃を許して,自国の離島民を殺すのと引き換えに核兵器の実験ではなく実際に使う口実を作った。
>違いますか?

 全然違います。
 開戦当時、原爆はその製造の可能性を検討されていた段階です。核分裂兵器の開発が決定されたのは1941年12月18日のことであり、真珠湾攻撃よりも10日も後のことです。
 さらに、原爆開発のための組織であるマンハッタン工兵管区が立ち上げられたのは翌年のことです。
 原爆を使いたいがために真珠湾攻撃を許したというのは、時系列的につじつまが合いません。
 謎があるとすれば、なぜちょっと調べればわかるような矛盾に満ちた陰謀論を簡単に信じてしまうあなたの思考の仕組みのほうです。

 1941年当時、米国は日本軍の暗号解読に成功していません。
 米国が暗号解読に成功していたのは日本の外務省の通信暗号です(ちなみに、日本も米国の外交通信暗号の解読には成功していました)。

 また、「米国はパールハーバーが攻撃をされることを知っていた」というのは語弊があります。
 米軍は通信信号の傍受(信号の内容を解読できてはいなかったが、どの地点からどれだけの通信電波が発信されているかは探知できていた)から、日本海軍が千島列島に集結しているらしいということを察知(日本軍はほか...続きを読む


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