授業でディルタイについての本を読んでいるのですが、
世界観だとか生の哲学だとか、難しそうな言葉ばかりで
全くちんぷんかんぷんです。どなたか彼の思想について
わかりやすく教えてください。お願いします。

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A 回答 (1件)

未だにチンプンカンプンの状況から抜け出せませんのでしょうか?

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Q【日本人のキリスト教徒ってイエズス会のことだったんでしょうか?】 日本に隠れキリシタンがいた踏み絵の

【日本人のキリスト教徒ってイエズス会のことだったんでしょうか?】


日本に隠れキリシタンがいた踏み絵の時代です。

その当時のキリスト教=イエズス会のことを指していた?

今のキリスト教徒はイエズス会じゃないですよね?

キリスト教がイエズス会から日本に入ってきていつの間に違うキリスト教に乗っ取られたのでしょう?

今の日本のキリスト教ってユダヤ教でもなさそうですし何のキリスト教なんでしょう?

なんでイエズス会系から違うキリスト教系に信者がいつの間にか変わっていた。

不思議なことですよね。

Aベストアンサー

>その当時のキリスト教=イエズス会のことを指していた?
イエズス会ではなく「カソリック」を指していました。

キリスト教の簡単な歴史を書くと分かりやすかもしれません。
キリスト教は、もちろんイエス・キリストが1世紀の初頭に布教した内容が元になっているのですが、昔のことですからいろいろな地方でいろんなことを話したり、キリストが死んだあと弟子が話した内容が伝わっていたり、といろいろな教えがあったのです。ローマは最初、キリスト教を禁教にしていましたが、4世紀になるとキリスト教を信じる皇帝が即位したりして、キリスト教をローマの国教にしました。

この時、先ほどのようにいろいろな教え、いろいろな記録を集めて整理して聖書にしたのですが、2世紀にはローマの範囲外であったギリシャ周辺には「正教会」ができていて、正教会はローマの国教化には協力しませんでした。かれらはのちにプロテスタント、と呼ばれることになります。
また、のちにドイツになるあたりでも、キリスト教は布教されていたのですが、ローマの範囲ではない地域もあり、やはり国教化に協力はしませんでした。

このローマの国教化に参加してできたのが「カソリック」で、今のローマ法王につながっていきます。

で、このカソリック戦国時代にはいろいろな会派として世界中で布教するのですが、これは植民地化の手先だったわけで、それを知った秀吉や家康は弾圧して、踏み絵をさせているわけです。
だから、イエズス会だけでなく、カソリックが弾圧を受けたのです。

鎖国後もイギリスとオランダは日本にくることを許されたのは、彼らがキリスト教でもカソリックではなくプロテスタントだったからです。

>今の日本のキリスト教ってユダヤ教でもなさそうですし何のキリスト教なんでしょう?
今の日本のキリスト教はいろいろな宗派があります。

2世紀にカソリックと袂を分けた正教会も日本に教会をもっていますし、明治以降はカソリックもきています。

>その当時のキリスト教=イエズス会のことを指していた?
イエズス会ではなく「カソリック」を指していました。

キリスト教の簡単な歴史を書くと分かりやすかもしれません。
キリスト教は、もちろんイエス・キリストが1世紀の初頭に布教した内容が元になっているのですが、昔のことですからいろいろな地方でいろんなことを話したり、キリストが死んだあと弟子が話した内容が伝わっていたり、といろいろな教えがあったのです。ローマは最初、キリスト教を禁教にしていましたが、4世紀になるとキリスト教を信じる...続きを読む

Q大乗仏教の中観思想と唯識思想

 大乗仏教の学派である中観学派と瑜伽唯識学派、それぞれの思想について簡単に教えてください。
 短くまとめて、人に説明できるようにしたいのですが、量が多く、難解でまとめることができません。
 どちらか片方でもありがたいです。
 辞書的ではなく、わかりやすくお願いします。

Aベストアンサー

>仏教の思想を知ることにより、これからの人生をより豊かに生きていただくことが目的です。
と、そもそものご質問である、
>中観学派と瑜伽唯識学派、それぞれの思想について
から、「仏教の思想の中で、特に中観学派と瑜伽唯識学派の教えによって人生をより豊かに生きていただくこと」
と受け取ってよろしいでしょうか?
人生の豊かさについてなら、在家向けにはむしろ「少欲知足」について解説するのが一番いいのです。
即ち、「現在あるもの、現在与えられた物、現在の能力で手にすることができるもの」 で満足することです。

まづ、中観論は早い話が、「両極端を捨てよ」という教えですので、
「様々な負の情念で悩み苦しんでいる自分を客観的に見つめるように心掛け」
「何でもほどほどに」とか、「思いつめない」とか、言えばいいでしょう。

唯識を用いるなら、迷いの状態である九識は定義だけさらっと説明し、九識が「転成」したところの「五智」を「深秘」な説でなく「浅略」に、つまり現実的に即して説明してはどうでしょう。
妙観察智:物事を分析する智慧。文章を理解する能力、数学の能力など。進んで人の心を理解するとか。
平等性智:浅薄な好悪善悪の判断で物事を分別する「差別」(しゃべつ)の心(我執の四煩悩を交えて解説する)を克服した謂わゆる善平等の心。
大円鏡智:過ぎ去ってしまったことにとらわれない心。過ぎた事はとり戻せないのですので、反省はしても何時までもくよくよするのは止めましょう。
法界体性智:自分のポジションを的確に把握して、
成所作智:自分が為すべき事を為す智慧。

これらを骨にして、sabazusi21さんの知見と言葉で「少欲知足」に持っていくように説明してあげるといいでしょう。
60歳以上の方には社会現象や、仕事、家庭のことに即して、
中高生なら、悩み事は大抵学業・友人・性・恋愛、そして殊に最近は家庭の悩みでしょう。
sabazusi21さん自身が中高生の頃を思い出して中高生の立場になってみた上で応用を利かしてみてください。
少人数なら(大人でも)ダイアログによってそのグループがどういうことに興味を持ってるか聞き出し、
その辺から手がかりにすればよいです。大人数では一般的な社会事象で、中高生でも知ってそうなことで
説明してあげればよいでしょう。ここらあたりのポイントは「人を見て法を説け」ですね。

>仏教の思想を知ることにより、これからの人生をより豊かに生きていただくことが目的です。
と、そもそものご質問である、
>中観学派と瑜伽唯識学派、それぞれの思想について
から、「仏教の思想の中で、特に中観学派と瑜伽唯識学派の教えによって人生をより豊かに生きていただくこと」
と受け取ってよろしいでしょうか?
人生の豊かさについてなら、在家向けにはむしろ「少欲知足」について解説するのが一番いいのです。
即ち、「現在あるもの、現在与えられた物、現在の能力で手にすることができるもの...続きを読む

Q江戸時代はなぜキリスト教はNGだったの?

日本は仏教が中心ですが、キリスト教信者もいます。キリスト教に篤い学校・老人施設・病院などもあります。
しかし、江戸時代はキリスト教は禁止されていました。キリスト教を信仰すると罰を受け、踏み絵などキリスト教信者を見つけては処罰という制度もありました。天草四郎を中心とした島原の乱も起きるなどしながらもキリスト教は禁止されましたが、隠れキリシタンも多数存在していました。
で、いったいなぜ江戸時代はキリスト教が禁止されていたのでしょうか???

Aベストアンサー

江戸幕府のキリシタン禁制は慶長17年(1612)、幕府直轄領での禁制、翌18年に、全国さらに外国まで広げたものですが、キリスト教禁令にはさまざまな要素があります。
 キリスト教布教当初から信仰が拡大するにつれ、キリシタン大名領では神社仏閣の破棄が行われました。そのことから民衆側からもキリスト教を邪教視する風潮がありました。同時に寺社の破棄は、日本の伝統的倫理観の破壊と恐れられたのでしょう。

 次に創造主の元の平等、つまり創造主の絶対性ですが、それが日本の封建領主の倫理観とは相容れなかった。欧州では支配者と創造主は同一であるという「神権政治」、そこから発展した、王の地位は創造主より授けられたものという「王権神授」という伝統的倫理観が土壌にあります。そのような倫理観がない世界(日本)に創造主の絶対性を重んじる思想は、主君・領主への忠誠より、創造主への忠誠を優先させます。このことが天下統一のさわりになると、豊臣秀吉は天正15年(1587)に禁教令を発します。

 さらには外交政策の面。徳川家康は和平外交を進めるため、当初は信仰を黙認していましたが、慶長5年、オランダ船リーフデ号漂着により、プロテスタントであるオランダ・イギリスと交渉開始。日本市場の拡大を図るため、ポルトガル・スペインの締め出しを計画。そこでカトリックへの不利な情報と中傷を行いました。つまりカトリック国の侵略的意図。信徒を利用した反乱計画などをは、当時の幕府としては「天下統一のさわりになると」いう危惧をより拡大させました。禁制により教会の破壊・宣教師の国外追放。信徒の東北・蝦夷地への放逐などが行われました。
 徳川家光はさらに厳しく禁制を行いますが、寛永14年(1637)の島原の乱による衝撃から、鎖国政策の徹底とキリシタン弾圧はより強固となります。
 カトリックの海外布教は、プロテスタントに対する対抗措置という面がありました。その点、海外布教を重視していないプロテスタント国とは幕府は貿易を行えたのでしょう。

参考
『国史大事典』(吉川弘文館)

 ただし、禁制も太平の世が長く続くことで形骸化していき、当初はキリシタン監視の意味でもうけられた寺請制度も、寺院側からすれば「檀家としての勤めを果たしていれば、裏でキリスト教を信仰していても黙認する」という事実もありました。領主も「良き領民としての勤め」を果たす限りは信仰も黙認状態でもありました。キリシタンであると暴露しても、領主の監督不行届と罰せられる危険性があったからです。
 現在でも「カクレキリシタン」の家では、寺院の檀家であり、神社の氏子であり、家には仏壇・神棚が祀られて、同時にカクレキリシタンである。その信仰体系は仏教・神道・民間信仰とキリスト教が混在した、いわゆるカトリック・プロテスタントとは異なる信仰形態ですが、キリスト教公認以後も、カトリック・プロテスタントに改宗せず、先祖が守ってきた信仰として「カクレキリシタン」として守り続ける家があります。

資料
『オラショ―魂の通奏低音 カクレキリシタン』(宮崎賢太郎・長崎新聞社)
http://www.nagasaki-np.co.jp/jigyoubu/book/kakure_book.html

『カクレキリシタンの信仰世界』(宮崎賢太郎・東京大学出版会)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4130104020/250-7207972-6663457

江戸幕府のキリシタン禁制は慶長17年(1612)、幕府直轄領での禁制、翌18年に、全国さらに外国まで広げたものですが、キリスト教禁令にはさまざまな要素があります。
 キリスト教布教当初から信仰が拡大するにつれ、キリシタン大名領では神社仏閣の破棄が行われました。そのことから民衆側からもキリスト教を邪教視する風潮がありました。同時に寺社の破棄は、日本の伝統的倫理観の破壊と恐れられたのでしょう。

 次に創造主の元の平等、つまり創造主の絶対性ですが、それが日本の封建領主の倫理観...続きを読む

Q価値観倫理観と思想の違いは何ですか?

価値観倫理観と思想の違いは何ですか?

Aベストアンサー

 こんにちは。

 そんなに違いはありません。

 おおよその区分の仕方は 次のようであると理解しています。


 思想は 生活の態度である側面に基礎を持ち 哲学は 世界の認識である側面に片向きがちです。
 
 いづれも 世界観でありそれの実践です。

 世界観は 一般にものごとの見方考え方ですが その中に人間観・人生観・死生観・社会観・倫理観・価値観などが入ります。

Q日本でキリスト教が禁止されたら?

江戸時代のはじめごろ、日本ではキリスト教が禁止されました。その時代は踏み絵などでキリスト教を徹底的に排除しようとしましたし、キリスト教を信仰し続ければ死刑になっていました。しかし、隠れキリシタンも多数出現しました。

ここで2つ質問ですが、
1:キリスト教の禁止は徳川家光将軍時代だったように思いますが、なぜ当時の将軍は日本でのキリスト教の信仰を禁止したのでしょうか?
2:もし、現在日本でキリスト教の信仰が禁止されると、どうなると思いますか?

Aベストアンサー

> 1:キリスト教の禁止は徳川家光将軍時代だったように思いますが、なぜ当時の将軍は日本でのキリスト教の信仰を禁止したのでしょうか?
スペインによる植民地化を防ぐための政策だった。(下記url参照)

> 2:もし、現在日本でキリスト教の信仰が禁止されると、どうなると思いますか?
戦時中に英語が敵性語として禁止され、様々な言葉が日本語に置き換えられました(野球の「ストライク」→が「よし」、「カレーライス」→「辛味入汁掛飯(からみいりしるかけめし)」等々)。それと同じように、キリスト教の影響があるものを禁止されたり表現を変えられたりするのではないでしょうか。

参考URL:http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog154.html

Q国語の現代文の哲学?みたいなやつが苦手です。 小説とかはかなり得意でほとんどあってるんですが哲学は内

国語の現代文の哲学?みたいなやつが苦手です。
小説とかはかなり得意でほとんどあってるんですが哲学は内容が難しく頭に入ってこないので半分もあっていません。なにかコツとかあるんでしょうか?

Aベストアンサー

評論文ですね。内容が難しいのは読み慣れていないからですよ、普段から論理的な本を読む癖をつけることと、読み方の鉄則に従って機械的に処理すればいいと思います。

Qキリスト教の最終目標は何ですか?

キリスト教の最終目標は何ですか?

キリスト教の国が戦争をしているので、キリスト教がいる限り世界平和は訪れることはないと思うんですが、信者は馬鹿ですか?

キリスト教の国が戦争をしているのに、キリスト教は世界平和をうたっている。自分たちが戦争を仕掛けてるのに????

Aベストアンサー

全人類をキリスト教に改宗させることです。そのためには何でもやります。戦争も虐殺も侵略も弾圧も、何でもありです。この2014年間の世界史をつぶさに勉強すればそのことがよく分かります。2014年間に起きた戦争のほとんどはキリスト教徒によるものです。その中には分派のユダヤ教も入ります。仏教徒やイスラム教徒が起こした戦争は少ないです。

Qもし宇宙人が居たとしたなら彼らの宗教観・哲学観は

宇宙人が居たとしたなら彼らの宗教観・哲学観はどの様な物だと思われますか?(暇つぶしにお聞きしてますからお気軽にお答えください)

Aベストアンサー

地球人と殆んど変わらないか或は宗教・哲学という概念全くないか・・・。。でしょうか。

Q精神科医とキリスト教

私はキリスト教徒で、心療内科に通っていますが、以前「キリスト教はいいですよ」と担当医にはなしたら、困った顔をされました。やはり精神科医は、「キリスト教は死ぬと天国だから自殺の引き金になる」と思っているのでしょうか?
精神科医とキリスト教について詳しい方、ご意見願います。
また、私個人は、キリスト教によって精神の安定が保たれていますが、たまに疑いが起こることもあります。
心療内科に通う身として、キリスト教とどう付き合っていくべきかもご意見伺えたら嬉しいです。

Aベストアンサー

No.7です。
ちょっと補足を。
私はうつ病を患ってますので、逆に、
自殺=キリスト教的には絶対の禁忌。
であることが、自殺衝動への強烈なストッパーになっているのも事実であります。
自殺=自分をこの世に生み出した神の全否定=自分の信仰の全否定=アイデンティティの崩壊
とつながっていくからです。
自殺衝動が起きると、自殺してしまいたい誘惑と信仰の間で身もだえし、「神さま、助けてください。苦しい。つらい。これでもまだ『生きよ』とおっしゃるのですか? 私にはまだ耐えられる力がありますか? この試みを耐え忍ぶ力をどうか私にください」と祈ります。
信仰がなければ、躊躇なく死の誘惑に身をまかすだろうにと。信仰があるからこそつらいと思うことさえあります。

西洋の映画で、キリスト教徒が自殺する場合、自分の命とともに、自分の神も宗教も参加しているコミュニティ(お墓に入れてもらえません)も何もかもかなぐり捨ててしまう決意や絶望感であると思います。

天国と地獄については、真っ向から「そんなものありませんよ」というプロテスタント信者はいないでしょう。日本の風土に「地獄と極楽」のイメージは根強くあるので、地域の風習や習慣をむやみに否定はしないのです。
大航海時代にカソリックが全世界に布教したとき、その地域の風俗・習慣をむやみに否定して不必要な反感を買うことはせず、むしろキリスト教の教義に結びつけて利用しました。日本でも「聖母マリアは観音さまと同じような存在」とか「極楽は神さまの国に行くことですよ」と、既存イメージを上手く利用して布教しました。この柔軟性がキリスト教が広く知れ渡った遠因でもあります。
天国と地獄についての認識は、キリスト教を深く知れば正しい認識に自然となっていきますから、それでかまわないと思います。

それから「私はキリスト教徒です」とおっしゃると、キリスト教の信者は「この方は洗礼を受けてどこかの教会に所属しているクリスチャンなんだな」と誤解しますよ。

最後に、私はカソリックについては全然わかりませんので、悪しからず。

No.7です。
ちょっと補足を。
私はうつ病を患ってますので、逆に、
自殺=キリスト教的には絶対の禁忌。
であることが、自殺衝動への強烈なストッパーになっているのも事実であります。
自殺=自分をこの世に生み出した神の全否定=自分の信仰の全否定=アイデンティティの崩壊
とつながっていくからです。
自殺衝動が起きると、自殺してしまいたい誘惑と信仰の間で身もだえし、「神さま、助けてください。苦しい。つらい。これでもまだ『生きよ』とおっしゃるのですか? 私にはまだ耐えられる力がありますか? ...続きを読む

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む


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