「自然は跳躍せず」という言葉を使った人は,ライプニッツが最初ですか?
どういう意味で,どういう背景があって,このような言葉を使ったんでしょうか?

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A 回答 (3件)

同様の意味であると思われる言葉で、


「自然は飛躍せず」というものがあります。
自然は一挙に変化することはなく、徐々に変わっていくものである、
という考えを示す言葉です。
スウェーデンの植物学者リンネの言った言葉です。

ライプニッツが最初に言ったかどうか私は存じませんが、
リンネは1800年代の人ですので、ライプニッツよりも100年ほど後に
この言葉を言ったことになります。

参考までにということでお許しください。
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この回答へのお礼

回答をいただき,大変ありがとうございました.
勉強になります.

自然に対する漸進的な見方というのは,キリスト教における自然観とも
関係があるのでしょうか?

お礼日時:2001/12/08 15:24

この世には語りえるものと語りえないものがあります。


語りえないものを語った聖書は生まれた時から化石のようなもので、化石の恐竜が生きて動く事はないのです。しかし、化石からわかることというのは多分にあります。ここで、信仰の薄い聖職者は、化石が、恐竜のすべてだと勘違いするのです。ここに安っぽい独我論が形成されます。化石は化石、恐竜は恐竜なのです。恐竜を見たことがないからといって、想定の恐竜を化石としてはいけないのです。
>それら2つの「真実」が,一人の人間の中でどうやって共存することが出来るのか,
真実とは語りえないものです。表記した時点でそれは現象し、独立し、真実から切り離されます。科学者と、信仰の薄い聖職者の対立は、「ラーメンはスープだ、いや麺だ!」と言い合っているようなものです。お互い、蓮華を持つ者は箸を持たず、箸を持つ者は蓮華を持たないのです。実証科学と、ここでの宗教心との対立は、そのようなことです。
正しいことはどうあっても正しいというのは、ラーメンはラーメンなのです。材料が何と何、レシピが何だ、とかいってもそれはラーメンではないのです。レシピであり、材料達なのです。こういうことから、あるがままというのは正しいのです。そして、あるがままというのは、表記したり、語ったり出来ないのです。「ラーメンはラーメンだ。」これが証拠です。この文はラーメンについての何を語ったといえるのか?
 哲学的にいうと、言語ゲームです。これを西洋哲学史で開示した人はウィトゲンシュタインといいます。また、これは、触ってほこりを払うような事です。言語ゲームはもう少し奥が深いので、これはさわりです。彼らの闘争は、ほこりを掃うようにして、簡単に取り除かれます。
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この回答へのお礼

人間の自由な精神活動を否定はしません。
でも、あるがままが「正しい」と思います。

お礼日時:2001/12/10 09:06

なんかダーウィンがいいそうなことですね。


キリスト教は、「神は、人は人、サルはサルとしてつくった。」と、聖書に書いてあるので、サルが進化して人になる事はないと言うのです。それぞれの種を種として創ったと。だから、蛇が先祖帰りして、足の生えた蛇が発見されると、困惑するのです。蛇だし。あるテナガザルのDNAは97.5%が人と同じだそうです。進化論を聖書で駆逐しようとする。気持ちはわかりますが、、、。進化論で聖書を駆逐しようとする。これも、何でそんなことしようとしなくても、、って思います。
正しいということはどうあっても正しいのです。進化論と格闘する聖職者達。信仰の薄い人たちといわれても仕方ないです。なぜ、聖書に反せず進化を説明する事が彼らには出来ないのでしょうね。地動説を認めなかった教会のなんて弱弱しいことでしょうか。
しばしばキリスト教は科学と争ってきたらしいですが、それもこれも、聖書の文字に惑わされているからです。
「あなた方は確かに聞きはするが、決して悟らない。確かに見てはいるが、決してわからない。この民の心は鈍くなり、その耳は遠く、目はつぶっているからである。それは、彼らがその目で見、その耳で聞き、その心で悟って立ち返り、わたしにいやされることのないためである。」と、キリストが言っているのに、おかしいですね。キリスト教なのに。
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この回答へのお礼

どうもありがとうございました.

「聖書に反せず進化を説明すること」は本当に出来るんでしょうか.
宗教と科学は違う次元で,語るべきなんでしょうか?
例えば,ダーウィンやドブジャンスキーのように,クリスチャンであり
生物学者(科学者)である人はいます.
神が創られた世界を「説明」しようとして実際に明かされた‘事実’が
‘信じていること’と矛盾すると思われるときがあります.
それら2つの「真実」が,一人の人間の中でどうやって共存することが出来るのか,
勉強不足でよく分かりません.

お礼日時:2001/12/09 11:39

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ライプニッツの「モナドと予定調和」についての考え方がまったく分かりません。どのような意味なのか単純で良いので御説明していただければ幸いです。

Aベストアンサー

 
  まず、わたしは哲学の専門家ではないので、自分の理解する処を述べるだけです。またライプニッツの「モナドロジー」については、本を読んでいて、分からなくなり、中断した記憶がありますので、よく分かっていない可能性が高いです。
 
  モナド Monade というのは、ギリシア語の monas(単数属格 monados, 従って語幹は、monad-)から派生したもので、monas は monos の特別形で、「単一実体」のような意味でプラトンも使っている言葉です(日本語訳で、「単子」と言います)。
 
  しかし、ライプニッツのモナドは特殊な意味を持ち、それは、単独に自存する「精神的実体」で、かつ「単純実体」だとされます。とはいえ、モナドとして、「神のモナド」「天使のモナド」「人のモナド」「動物のモナド」「植物のモナド」「物質のモナド」などが、連続的順位としてあるとされますから、精神の位相が段々減って来ると、物質に近づくのだとも言えます。
 
  モナドと予定調和がどうして関係してくるかと言うと、モナドは、表象と意欲を持ち、また、宇宙のありようを、それぞれにおいて反射板のように映し出しているのですが、名前が「単独・孤独」という原義から分かるように、モナド同士の相互作用とか相互影響はありません。これを、モナドには「窓がない」と言います。モナドはそれ自身で充足し閉じているのです。
 
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  そこで、「窓」がモナドにありませんから、無数のモナドがこの宇宙に存在しても、一体どうやって相互の関係が成立しているのか、モナドとモナドの関係は、どこで決まって来ているのか、という疑問が出てきます。これに対する答えが、「予定調和」で、宇宙におけるモナドの相互関係や、モナドのありようなどは一切、完全にして最高の明晰度を持つモナドである神によって、予めに調和的に定められており、モナドが時間のなかにいると表象する時、生起するできごとなどは、予めに決まっているのだということになります。
 
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  モナドは、不生不滅だともされますから、このモナドの宇宙と予定調和の世界は、時間を超えた処にある、完了した、または完成した宇宙の話で、わたしたち人間の「時間における経験」とは、また別の次元での宇宙の真実の姿を語っているのだとも思えます。時間過程における経験の表象とは、モナドにおいては、すでに完了・完成しているのだということになります。

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  上で述べたように、現象の時間経過と明らかに無関係な次元でモナドロジーは唱えられており、しかし、これは現象世界の説明理論でもあるのであり(そのことは、「悪」についてのモナドロジーの解釈からも分かります)、そこが、どうなっているのか、実はわたしも分かりません(もっと勉強しなければならないのです。……なお、回答して、すぐにとはいいませんが、役に立ったと思われる場合は、ポイントを発行してください)。
 

 
  まず、わたしは哲学の専門家ではないので、自分の理解する処を述べるだけです。またライプニッツの「モナドロジー」については、本を読んでいて、分からなくなり、中断した記憶がありますので、よく分かっていない可能性が高いです。
 
  モナド Monade というのは、ギリシア語の monas(単数属格 monados, 従って語幹は、monad-)から派生したもので、monas は monos の特別形で、「単一実体」のような意味でプラトンも使っている言葉です(日本語訳で、「単子」と言います)。
 
  しかし、ラ...続きを読む

Q科学は自然に遠く及ばず

私が座右の銘にしている故福岡正信氏の言葉です。
皆さんのご感想はいかがでしょうか。
因みに、皮肉った意味はなく、率直な質問です。

Aベストアンサー

科学は自然を説明しようとするものです。
ただ、現状では自然を見極めるほど進歩しておらず
一面的なものにならざるを得ないということなんでしょうね。

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Aベストアンサー

>これは左辺の右の()が3回までしか微分できない
>3回までしか適用できない
そんなことないです。任意のnに適用できます。
1 をxで微分すると、0 ですし、
0 をxで微分すると、0 ですね。
これも含めてちゃんと合ってます。

Q「今日の我をもて、昨日の我と戦う事を惜しまず」という清末の改革者、梁啓超の言葉が引用されていましたが、

先日、産経新聞に、「氷点」とか言う中国の週刊誌が発行停止になった事についての、中国の知識人達の抗議の声明文が載っていました。その中に、

「今日の我をもて、昨日の我と戦う事を惜しまず」という清末の改革者、梁啓超の言葉が引用されていましたが、これは、どういう意味なのでしょうか?

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中国には、「朝に自分の過ちを聞けば、夕に改める。物事を改めるのが素早いこと。」を意味する『朝聞夕改』ということわざがあるようですが、それに似たような意味ではないでしょうか。

ウィキペデイァで検索してみましたが、革新的なジャーナリストで、政治家も経験した人のようです。
人は今現在持っている思考形態から脱却して新しい視点で物事を見る事が難しいものですが、その惰性的生き方を厭った言葉でしょう。
『今日、真実と思えるものを見つけたら、昨日までの自分の考え方に固執して惰性的生き方に安住しようとする安易な自分自身と戦う苦労を惜しまない。』
といったような意味ではないかと思いました。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%81%E5%95%93%E8%B6%85


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