カルマ思想ってありますよね。あれはどういうものなんでしょうか?
それらの文をそれとして読んだ事がないので何ともいえませんが、はじめカルマはどの様に発生するのですか?業は業を生むといいますが、はじめどの様にしてカルマは現れたのですか?

A 回答 (1件)

釈迦(ゴータマ_シッタールタ)が始めた仏教の根本思想が因果論であり


その根本がカルマ思想なのです。
この世のすべての出来事には原因と結果があると説く因果論の
根本であるカルマ思想ではカルマ(業)には3種類あります。
身口意(しんくい)の業です。
身(しん)とは自分自身の行動が業として魂の通帳に貯金されていくと思って下さい。
口(く)の業とは自分や他人に言った言葉が業として魂の通帳に貯金されていくと思って下さい。
意(い)の業とは心の中で思ったことが業として魂の通帳に貯金されていくと思って下さい。
業が結果として貯金が引き出されるきっかけのことは
縁(えん)といいます。
縁が現世で現れるか来世で現れるかはお釈迦さまでも分からないと思います。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます!
すごく参考になります!

お礼日時:2001/12/11 11:02

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Q「表現の自由」と「思想の自由」の共存は不可能?

わが国には「表現の自由」と「思想の自由」と言うものが存在します。


その中で例えば、この思想は反社会的で危険だ。禁止する。と言う事があった場合、これは「思想の自由」に反する事と受け止められる時もあります。

しかし、その思想を拒否する思想もあり、それも思想の自由です。結局は、どちらの思想を支持するかの問題で、「禁止する思想」の支持が多ければ、その思想は禁止されます。


これと同じで、表現も言えるでしょうか?


例えば、破廉恥なCMが流された場合、はしたないと思って批判が集まって、そういう類の放送を法律で禁止された。

これは、「表現の自由」に反します。



「思想の自由」では、思想を否定する思想と言うものが存在し、「思想の自由」と言う憲法を保ちながら、思想に制限をかける事は可能ですが、表現を否定する気持ちは、表現ではなく思想の分野で、表現を否定する表現と言うものは存在しないように思います。


つまり、この例で言えば、「思想の自由」を尊重するならば放送は禁止ですし、「表現の自由」を尊重するならば継続と言う事になります。

前置きが長くなってしまいましたが、二つ質問があります。


・「思想」を否定する「思想」と言うものが存在し、それもまた「思想の自由」ですが、「表現の自由」を否定する表現と言うものは存在するでしょうか?


・「思想の自由」と「表現の自由」は同じ憲法に定めるのは矛盾しないか?


答えだけでなく理由も教えてください。
よろしくお願い致します。

わが国には「表現の自由」と「思想の自由」と言うものが存在します。


その中で例えば、この思想は反社会的で危険だ。禁止する。と言う事があった場合、これは「思想の自由」に反する事と受け止められる時もあります。

しかし、その思想を拒否する思想もあり、それも思想の自由です。結局は、どちらの思想を支持するかの問題で、「禁止する思想」の支持が多ければ、その思想は禁止されます。


これと同じで、表現も言えるでしょうか?


例えば、破廉恥なCMが流された場合、はしたないと思って批判が集まって...続きを読む

Aベストアンサー

"「思想の自由」なんて法律、無意味ですね"
   ↑
御指摘の通り、あまり意味はない、という人も
います。
しかし、社会主義のように思想を押しつけたり
する場合もあり得る訳です。
又、日本では、沈黙の自由や謝罪広告の強制が、
これとの関係で問題となったことがあります。

”アルカイダを否定する思想も、民主化を否定する思想も「思想の自由」だと
思うので法律矛盾はしないと思う。結局は、「思想の自由」と「思想の自由」
との戦いなのだと思います。”
   ↑
誤解というか、思想の自由と表現の自由を混同している
ように思えます。
思想の自由とは、両親の自由と一緒になって「内心の自由」を
保障したものです。
思想良心を外部に発表する自由が表現の自由であり、学問的体系の
形をとる場合は学問の自由になる訳です。

”表現を拒否するというのは思想であって、「その表現は嫌だ」と言う
「思想の自由」を遂行している。と言う事です。
その「思想」をもって他人に要求する行為そのものは「表現」ではありません”
   ↑
根底に思想があって、それが外に出ると表現になる訳です。
質問者さんの意見を理解することが出来ましたが、それは
一般に説明されている内容とは異なるようです。

"「思想の自由」なんて法律、無意味ですね"
   ↑
御指摘の通り、あまり意味はない、という人も
います。
しかし、社会主義のように思想を押しつけたり
する場合もあり得る訳です。
又、日本では、沈黙の自由や謝罪広告の強制が、
これとの関係で問題となったことがあります。

”アルカイダを否定する思想も、民主化を否定する思想も「思想の自由」だと
思うので法律矛盾はしないと思う。結局は、「思想の自由」と「思想の自由」
との戦いなのだと思います。”
   ↑
誤解というか、思想の自由と表現の自由を...続きを読む

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む

Q思想の自由について

思想の自由について

思想の自由とは
「憲法が保障する基本的人権の一。人がどのような思想をもっていても、
それを理由に社会的不利益を受けることのない自由。」
とあります。辞書からの引用です。

ここで言う社会的不利益とはどのようなものでしょうか?
教えてください。

また、もしも社会的不利益を受けた場合、もちろん違憲となるでしょうが、
違憲だからなんなのでしょうか?
憲法に違反した人間を訴えればお金を取ったり、刑務所に収容させたりできるのですか?

Aベストアンサー

社会的不利益を与えたのが国か一般私人かで話は少し異なります。

1.国の場合
国が特定の思想を持っている人に社会的不利益を与える方法としては、iこれを弾圧する法律を国会が制定する、iiこれを弾圧する行政行為を行政庁がする、iiiこれを弾圧する裁判を裁判所がする、という3つの場合が考えられます。
裁判所は違憲審査権を持っていますから、裁判所によって、i法令、ii行政行為が違憲無効となります。また国家賠償の対象となる場合もあるでしょう。iiiの場合は審査をする裁判所が違憲なことをしていますから、上級裁判所があれば上訴するか、国民審査などによってどうにかします。

2.一般私人の場合
こちらが質問者様が主に疑問になっておられるところだと思います。
一般私人には憲法が直接適用されることはないというのが今の主流の考え方で、最高裁判所もこの立場にたっています。ですから、違憲だからといって、先に述べた国のように、直接何かが無効にされたりするわけではありません。
ですが、民法などの私人の行為を規律する法律を介して、憲法の保障する思想の自由の趣旨が私人にも及ぼされるのです。ですから、結局は憲法が適用されるのと似たようなことですね。
具体的には、思想を弾圧するような契約は民法90条違反として無効になる可能性があり、思想を弾圧するような行為は民法709条に基づいて損害賠償の対象となる可能性があります。

社会的不利益を与えたのが国か一般私人かで話は少し異なります。

1.国の場合
国が特定の思想を持っている人に社会的不利益を与える方法としては、iこれを弾圧する法律を国会が制定する、iiこれを弾圧する行政行為を行政庁がする、iiiこれを弾圧する裁判を裁判所がする、という3つの場合が考えられます。
裁判所は違憲審査権を持っていますから、裁判所によって、i法令、ii行政行為が違憲無効となります。また国家賠償の対象となる場合もあるでしょう。iiiの場合は審査をする裁判所が違憲なことをしていますか...続きを読む

Q東洋思想と西洋思想の違い

東洋思想と西洋思想の違いはなんだと思いますか。東洋思想はヨーガ、ヒンドゥー教、仏教、道教、儒教など
が根本だと思います。一方西洋思想はキリスト教、ユダヤ教が根本だと思っています。
東洋思想は仏教の空の思想に代表されるように
「一元論的」、「相対的」だと思います。
一方西洋哲学は一神教の思想に代表されるように
「二元論的」、「絶対的」といえるのではないかと
思います。
世界に二つ対照的な文化の流れがあるのはなぜでしょうか。それでは

Aベストアンサー

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そうすると、必然的に、それを抑圧しようとする動きも出て来ますので、「悪いことをすると警察に掴まるよ!」的な脅し、警告の意味もかねて、宗教的に「地獄に落ちるぞ」とか絶対的な神を置いたのではないかと思います。


つまり、絶対的な存在という【脅し効果】によって、人々の行動を抑制、統制しようという歴史、民族的な背景があったのではないかと推測します。




これに対して農耕民族は、穀物が生育するに適した、比較的温暖な気候の中で育っているということですから、肉食文化とは違う性質を持っているんだと思います。

欧米人とアジア人の、体格をみても一目瞭然ですよね。
あれはつまり食文化の違いです。


そんな風土、環境の中ですから、インドのヨガ(歴史5000年以上とも言われています)、中国の気功(3000年以上?)のような内省的なものが生まれたんだと思います。
だから、これらは欧米人から見たら「東洋の神秘」と言われるのではないでしょうか?
彼らには理解不可能な価値観だったのかも知れません。


そんな中で誕生したのが仏教なんだと思います。

「アレが在って、コレが在る」(縁起説)
例えば、「光」が在るから、「眼」が在るんです。
だって、光の届かない深海の生物には、眼が無いんです。

と、いうことは、この世のもの全てが相互依存的な条件で成り立っているということですから、おのおのに「本質」というものが無いということになります。
これが「空の思想」です。(「空」とは「欠けている」という意味です)

また、相互依存的な条件で生じているんですから、
逆説的に相互依存的な条件で滅しもするんです。
生まれるという性質を持つものは、同時に死ぬという性質も持っているんです。(諸行無常)


本当の仏教は宗教では無いんです。
論理的、合理的な真理・真実を述べているだけです。

アジア人がこういう論理的、合理的な知識を受容できるだけの気候風土に恵まれていたのかも知れません。


まるで憶測と偏見に満ちた回答ですが、遠からずだと思います^^

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そう...続きを読む

Q政治思想>>自由主義

1.自由主義(Liberalism)、新自由主義(New-Liberalism)、新(復興)自由主義(Neo-Liberalism)について、歴史的、経済的、政治的...どの方面からのアプローチでも結構ですので相違点等を教えて下さい。

2.上記の他に、「自由主義」と名の付く政治思想があれば教えて下さい。

Aベストアンサー

自由主義は、政治権力を抑制して、人々の自由を確保しようとするものです。政治的自由主義の場合は人々の自由意志に、経済的自由主義は自由な経済活動を市場原理による調節にまかせていくもので、この両者は普通は一体としてとらえられることが多いです。
絶対王政の専制政治と重商主義経済政策に反対し、立憲政治と資本主義経済を実現する、市民(ブルジョア)革命を担う思想の体系です。政治的自由主義の代表的理論家としてはジョン・ロック、経済的自由主義の代表的理論家としてはアダム・スミスがあげられるのが普通です。

ニュー・リベラリズムは、19世紀末から20世紀初めに影響力をもった思想と政策の体系です。経済が自由競争段階から独占段階に移行したことと参政権の拡大にともなって、イギリスの自由党がとなえたもので、党首ロイドジョージの名とともに語られることが多いです。労働者や貧困層の生活を保障するための社会政策の充実をはかるもので、後の福祉国家成立の基盤形成をなしました。思想的にはベンサムやミル父子などの功利主義の延長線上に位置づけられ、市場原理だけでは失業や貧困が解決できず、それは人々の自由を阻害する、ということから、古典的自由主義を修正するニュー・リベラリズムと証したのです。また、ニュー・リベラリズムは帝国主義的膨張による富裕化を前提にしており、その富を労働者や貧困層にも分配するものでした。その後イギリスでは、より徹底した福祉国家政策を追求する社会民主主義の労働党にとってかわられますが、第2次大戦後のイギリス福祉国家の骨格のプランは、策定の中心となった自由党員ベヴァリッジの名前をとって呼ばれるのが普通です。1930年代のアメリカのニュー・ディール政策もニューリベラリズムの政策と位置づけられます。アメリカでは、福祉重視の政治的傾向を「リベラル」といいますが、これはニュー・リベラリズムの意味と言っていいでしょう。
古典的自由主義とネオ・リベラリズムが国家機能の抑制を説くのに対し、ニュー・リベラリズムは国家機能の拡大を促す役割を果たしたのが特徴です。

ネオ・リベラリズムは、2度のオイル・ショックを契機に、先進国の高度経済成長が終焉したのにともなって影響力を強めた思想と政策の体系です。福祉国家政策による財政規模や国家機能の拡大、税負担の増大を批判し、できるだけ市場経済にまかせていく、という内容です。代表的理論家としてはハイエクとM・フリードマンがあげられます。
イギリスのサッチャリズム、アメリカのレーガノミクスがその実例としてあげられ、日本でも1980年代の中曽根行革や、90年代以降の「構造改革」は、ネオ・リベラリズム政策だとされます。グローバリゼーションの基調は、ネオ・リベラリズムを基礎に進んできています。先進国は、不況克服策やグロバリゼーションの圧力への対応として大なり小なりネオ・リベラリズム政策を導入していますが、労働運動や社会運動の力が強いフランスやドイツなどでは、かなり不徹底なものであることを余儀なくされています。
ネオ・リベラリズムは競争の拡大・強化や、競争の促進要因としての格差の拡大を容認することが特徴で、競争の勝者により多くの分配の与えることを主張し、累進税率や社会政策による所得再分配を非難します。
ネオ・リベラリズムは、「結果の平等」から「機会の平等」へと主張しますが、所得格差が教育格差につながる現状や、技術が複雑で大規模なしかけを必要とするようになっていることから、手持ち資本が大きければ大きいほど競争には有利で、弱者保護を弱める政策ともあいまって、富める者をより富ませ、貧しいものをより貧しくさせる、という格差を拡大する方向をとることには、批判も多いです。

自由主義は、政治権力を抑制して、人々の自由を確保しようとするものです。政治的自由主義の場合は人々の自由意志に、経済的自由主義は自由な経済活動を市場原理による調節にまかせていくもので、この両者は普通は一体としてとらえられることが多いです。
絶対王政の専制政治と重商主義経済政策に反対し、立憲政治と資本主義経済を実現する、市民(ブルジョア)革命を担う思想の体系です。政治的自由主義の代表的理論家としてはジョン・ロック、経済的自由主義の代表的理論家としてはアダム・スミスがあげられる...続きを読む

Q老荘思想とはどんな思想ですか

老荘思想とはどんな思想ですか

バカでもわかるようにやわらかくお教えください。
例え話なんかも助かります。

Aベストアンサー

老荘思想とは、老子や荘子という人物によって創始された思想です。老子と荘子は別に知り合いでも何でもありませんが、考え方がほぼ同じなので両者の思想をひとまとめにして老荘思想と呼ばれています。蛇足ですが、荘子とされる人物は複数(少なくとも3人)おり、老子も含めそれぞれ生まれた時代が異なります。

孔子の儒教が「人はこう生きねばならぬ」「物事はこうでなくてはならぬ」というガチガチに固められた道徳体系であるのに対し、老荘思想は「物事の善し悪しなんて考え方次第なんだから、気楽にあるがままでいいんだよ」という自由奔放さが特徴です。

自然を崇拝し、無私無我を理想とし、自然にあるがままにいるのを善しとします。
世の中に絶対的なものや、絶対的な価値観など存在せず、すべては相対的であると考えます。

たとえば・・・
・長生きすることは良いことだとされていますが、長生きするということはそれだけたくさんつらい思いや恥ずかしい思いをすることでもあるので、必ずしも良いというわけではない。
・ある人が60歳で死んでしまったとする。60年という寿命は春に生まれ秋に死んでしまう虫に比べればとても長いが、800年生きた仙人から比べればとても短い。その仙人の寿命だって、1万年生きる亀に比べればとても短い。長い短いなんて何と比べるかによって変わるもので、長い短いを決める絶対的な尺度なんかない。
・美人は多くの人に好かれるので良いとされる。でも、美人は悪党にも好かれてしまうし、妬みを買うこともある。神様への生贄にされたり暴君へ献上されたりすることもある。美人であるということが良いこととは限らない。
・大きいけど脆いヒョウタンがあった。大きいからたくさん水が入るが、脆いのでたくさん水を入れると自重で割れてしまう。なので水を入れるためのヒョウタンなのに使い物にならないと捨てられた。でも、そんなヒョウタンでもたくさん集めてつなげて水に浮かせば筏の材料になる。役に立つ立たない、有用か無用かは使い方次第だ。
・仁や義は美徳とされているけど、ヤクザも仁義を大事にしている。戦争になれば仁や義を名分に虐殺が行われたりする。世の中の悪行の多くが仁義を名分に行われていることを考えると、仁や義も絶対的に良いものというわけではない。
・あるところに染物を生業にしている一族がいた。一族は染めた布を冷たい川の水に晒しているので、アカギレやシモヤケの薬を愛用していた。一族の一人は領主である武将に献上し、武将はその薬を大量生産して兵に配った。おかげで武将の軍勢は冬の寒さにも耐えて敵を圧倒し、勝利することができた。薬を献上したものは褒美をもらって豊かになったが、ほかの一族はそれまでどおりの生活を続けた。同じ薬でも使い方次第で成功することもできる。
・知識人は知識をたくさんため込むけど、その知識の多さゆえに常識にとらわれて何もできなくなってしまう。知識は大事だけど知識に閉じこもるのではなく、知識を超えなければ意味はない。
・本には知識がたくさん詰め込んである。でも何かをするコツとか経験とか、文字にできないものこそ本当に大事なのであって、どれだけ文章を読んでも言外の知を読み取れなければ結局何も学べない。だが、知識人は本をたくさん読んで知識をたくさんもって、何もできないのに知った風な気分になって尊大な態度をとる。読書人の読書知らず・・・

老荘思想とは、老子や荘子という人物によって創始された思想です。老子と荘子は別に知り合いでも何でもありませんが、考え方がほぼ同じなので両者の思想をひとまとめにして老荘思想と呼ばれています。蛇足ですが、荘子とされる人物は複数(少なくとも3人)おり、老子も含めそれぞれ生まれた時代が異なります。

孔子の儒教が「人はこう生きねばならぬ」「物事はこうでなくてはならぬ」というガチガチに固められた道徳体系であるのに対し、老荘思想は「物事の善し悪しなんて考え方次第なんだから、気楽にあるがまま...続きを読む

Q板垣退助は「自由民権は大切である」という思想をもって自由民権運動を起こしたのですか?

板垣退助は自由民権運動で有名です。
自由民権運動といえば、日本史教育では「日本の民主主義発展のさきがけとなった」といった好意的評価をされてる印象があります。

しかし、板垣自身は明治維新直後は政府の要職についていて、下野したきっかけは征韓論政変です。
下野翌年に「民撰議院設立建白書」を出したことで有名な愛国公党のメンバーも、同じく征韓論政変で下野した人たち(後藤象二郎、江藤新平、副島種臣)が多いみたいです。
征韓論政変自体は、政策の衝突、もしくは派閥争いでしかなくて、自由民権というテーマとは関係がないですよね。

ということは、征韓論政変による下野直後にはじまった「自由民権運動」というのは、
板垣達にとって単なる政治的な地位を得るために政府を攻撃する手段でしかなかった、ということはないのでしょうか。

それとも板垣は元から「民衆に自由と参政権を保障するべきだ」という思想の持ち主で、
もし征韓論政変がなかったとしたら、明治政府の中枢という立場からそのような整備を進めていこうと考えていたのでしょうか。

権利を求める運動なのだから「政治的地位を得るための攻撃」で当たり前で、
そのことにより自由民権運動の評価が下がる、というものではないと思いますが
運動と板垣本人の思想との繋がりが気になったので質問しました。

板垣退助は自由民権運動で有名です。
自由民権運動といえば、日本史教育では「日本の民主主義発展のさきがけとなった」といった好意的評価をされてる印象があります。

しかし、板垣自身は明治維新直後は政府の要職についていて、下野したきっかけは征韓論政変です。
下野翌年に「民撰議院設立建白書」を出したことで有名な愛国公党のメンバーも、同じく征韓論政変で下野した人たち(後藤象二郎、江藤新平、副島種臣)が多いみたいです。
征韓論政変自体は、政策の衝突、もしくは派閥争いでしかなくて、自由...続きを読む

Aベストアンサー

板垣退助は自由民権運動の象徴みたいに思われていますが、
同じく指導的な立場の民権家で、
自由党の機関紙「自由新聞」で先鋭な理論を展開した馬場辰猪からは、
厳しく批判されています。
明治十四年十月に自由党が誕生。翌十五年、改進党の結成。
このころまでは自由民権運動は上げ潮でした。ところがです。
自由党の結成からわずか半年ほどのちに、
党首の板垣が「ヨーロッパに行く」と言い出した。
結成されたばかりで、党が政治問題に忙殺されているこの時期にです。
一年ちかい一般的な視察と観光に終始したその遊の費用はどこから?
政府からでした。
藩閥政府は自由民権運動に弾圧と懐柔をくりかえしたのですが、
板垣の外遊もそうした懐柔策の一環だったのです。
ヨーロッパ滞在中にすでに自由民権運動から隠退する意向の板垣は、
帰朝歓迎会の席上で、突然、
自由党は解散したほうがよいという趣旨の演説をしました。
結成から三年、自由党は解党しました。

萩原延壽「馬場辰猪」を参考にしました。

Qソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違い

ソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違いが
いまいちはっきり分かりません。
レポートの参考にしたいので教えてください。

Aベストアンサー

 あ、ほっといてごめんなさい。考えて見れば、何か発言がないと返事の書きようもないんですね。
 えー、この質問の10こくらい前の方に、12月28日付けの「ソフィスト」関連質問があります。もうごらんになりました?
 それを見て、何かまだ疑問がありましたら、この回答へのコメントという形でお尋ねください。

Q思想や表現の自由は国をバラバラにする?

漠然としてあった慣わし、良識、
明文化されてないが共通認識として皆が持っていたものが崩れていくと、面白い争いが起きるんだなあと、最近関心を持っています。

親を蔑ろにする、子供生むより自分の人生、子供はそもそもリスクで損で迷惑なもの、保育園反対、ベビーカー邪魔、公共の場に連れてくんな、高齢者早く死ね、ブサイクは遺伝子残すな、過疎地域は税金の無駄だから潰せ、未成年者でも極刑OK、能無しは死ねばいい、シングルマザーは自己責任でしょ、etc

これらの意見は人道的な価値観からは外れているが、
それらの思想や表現もまた自由で、本音で、それらの思想が幅を利かすようになってきて、良識的な思想との対立が目立ってきて、
なんかバラバラになっていってるなあと感じています

政府としては良識側の立場に立ってまとめていきたいものの、これといった有効手段もない状態。
「お前らもっと道徳観を持て、人の心を取り戻せ」と叱咤激励したり、
「心が貧しい、さもしい奴らだ」と蔑んだりしても、
何の訴救力もなく、事態は何も変わらず、ただただ苦々しい思いをしながら追い詰められていくばかり。

こういう状態って、打開策のようなものはあるのでしょうか?

もし仮に「道徳観を教え込む」とか「普遍的な良識感を叩き込む」とかをやると、それは洗脳というか思想の押し付けになってしまうのでしょうかね?

漠然としてあった慣わし、良識、
明文化されてないが共通認識として皆が持っていたものが崩れていくと、面白い争いが起きるんだなあと、最近関心を持っています。

親を蔑ろにする、子供生むより自分の人生、子供はそもそもリスクで損で迷惑なもの、保育園反対、ベビーカー邪魔、公共の場に連れてくんな、高齢者早く死ね、ブサイクは遺伝子残すな、過疎地域は税金の無駄だから潰せ、未成年者でも極刑OK、能無しは死ねばいい、シングルマザーは自己責任でしょ、etc

これらの意見は人道的な価値観からは外れて...続きを読む

Aベストアンサー

こういう状態って、打開策のようなものはあるのでしょうか?
   ↑
学校では道徳は教えられない、と言われています。
道徳は、子供の頃から親や社会が身体で覚えさせないと
身につきません。

中国や韓国の道徳教育は日本などよりはるかに盛んですが
結果は御存じの通りです。

だから世界各国では宗教を利用してきたのです。

新渡戸稲造の武士道にあります。

「御国では、宗教教育をしていないと聞きましたが本当
 ですか?」
「本当です」
「オオ! それでどうやって子供達に道徳を教えることが
 できるのでしょう?」

英国などでは、小学生のときからキリスト教に基づく
宗教教育をやっていますが、それはこうした理由がある
からなのです。


もし仮に「道徳観を教え込む」とか「普遍的な良識感を叩き込む」とかをやると、それは洗脳というか思想の押し付けになってしまうのでしょうかね?
  ↑
はい、洗脳であり押しつけです。
そうでないと社会は、北斗の拳の世界になってしまいます。

そこまで行かなくても、秩序が乱れて困るのは
結局、国民です。

ある程度の洗脳や押しつけは、文明社会では
必要なのです。

こういう状態って、打開策のようなものはあるのでしょうか?
   ↑
学校では道徳は教えられない、と言われています。
道徳は、子供の頃から親や社会が身体で覚えさせないと
身につきません。

中国や韓国の道徳教育は日本などよりはるかに盛んですが
結果は御存じの通りです。

だから世界各国では宗教を利用してきたのです。

新渡戸稲造の武士道にあります。

「御国では、宗教教育をしていないと聞きましたが本当
 ですか?」
「本当です」
「オオ! それでどうやって子供達に道徳を教えることが
 できる...続きを読む

Q大乗仏教の中観思想と唯識思想

 大乗仏教の学派である中観学派と瑜伽唯識学派、それぞれの思想について簡単に教えてください。
 短くまとめて、人に説明できるようにしたいのですが、量が多く、難解でまとめることができません。
 どちらか片方でもありがたいです。
 辞書的ではなく、わかりやすくお願いします。

Aベストアンサー

>仏教の思想を知ることにより、これからの人生をより豊かに生きていただくことが目的です。
と、そもそものご質問である、
>中観学派と瑜伽唯識学派、それぞれの思想について
から、「仏教の思想の中で、特に中観学派と瑜伽唯識学派の教えによって人生をより豊かに生きていただくこと」
と受け取ってよろしいでしょうか?
人生の豊かさについてなら、在家向けにはむしろ「少欲知足」について解説するのが一番いいのです。
即ち、「現在あるもの、現在与えられた物、現在の能力で手にすることができるもの」 で満足することです。

まづ、中観論は早い話が、「両極端を捨てよ」という教えですので、
「様々な負の情念で悩み苦しんでいる自分を客観的に見つめるように心掛け」
「何でもほどほどに」とか、「思いつめない」とか、言えばいいでしょう。

唯識を用いるなら、迷いの状態である九識は定義だけさらっと説明し、九識が「転成」したところの「五智」を「深秘」な説でなく「浅略」に、つまり現実的に即して説明してはどうでしょう。
妙観察智:物事を分析する智慧。文章を理解する能力、数学の能力など。進んで人の心を理解するとか。
平等性智:浅薄な好悪善悪の判断で物事を分別する「差別」(しゃべつ)の心(我執の四煩悩を交えて解説する)を克服した謂わゆる善平等の心。
大円鏡智:過ぎ去ってしまったことにとらわれない心。過ぎた事はとり戻せないのですので、反省はしても何時までもくよくよするのは止めましょう。
法界体性智:自分のポジションを的確に把握して、
成所作智:自分が為すべき事を為す智慧。

これらを骨にして、sabazusi21さんの知見と言葉で「少欲知足」に持っていくように説明してあげるといいでしょう。
60歳以上の方には社会現象や、仕事、家庭のことに即して、
中高生なら、悩み事は大抵学業・友人・性・恋愛、そして殊に最近は家庭の悩みでしょう。
sabazusi21さん自身が中高生の頃を思い出して中高生の立場になってみた上で応用を利かしてみてください。
少人数なら(大人でも)ダイアログによってそのグループがどういうことに興味を持ってるか聞き出し、
その辺から手がかりにすればよいです。大人数では一般的な社会事象で、中高生でも知ってそうなことで
説明してあげればよいでしょう。ここらあたりのポイントは「人を見て法を説け」ですね。

>仏教の思想を知ることにより、これからの人生をより豊かに生きていただくことが目的です。
と、そもそものご質問である、
>中観学派と瑜伽唯識学派、それぞれの思想について
から、「仏教の思想の中で、特に中観学派と瑜伽唯識学派の教えによって人生をより豊かに生きていただくこと」
と受け取ってよろしいでしょうか?
人生の豊かさについてなら、在家向けにはむしろ「少欲知足」について解説するのが一番いいのです。
即ち、「現在あるもの、現在与えられた物、現在の能力で手にすることができるもの...続きを読む


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