映画「陰陽師」の中で、早良親王が死の間際に遺したという恨みの漢詩が出てきますが、あの詩は実際にあったのでしょうか?

また、映画の中でその詩を道尊(真田広之)が呪文のように唱えていますが、最後の「我天子を怨むこと絶ゆる期無し」の部分しか分かりません。。。
その前に「よし我が骨を埋めよ○○に…」(ちょっと違うかも)といった文章を言っているのですが、何と言っているか分からなくて・・・。
この詩の全文と、解釈(最後の一文ぐらいは分かりますが、全体の解釈)が分かれば、教えてください。

#この映画が気に入って何度か観に行ったのですが、何度聞いても分からなくてすっきりしないのです・・・。

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A 回答 (1件)

 辞世の句は、早良親王の遺恨と道尊の野心を結びつけるものが欲しいとの監督の要請で、演出部の方によってつくられたものとのことです。



 好收共我骨江潭 我怨天子無絶期
 この文章、ガイドブックをみるともっと前にいろいろ書いてあるみたいなのですが、きちんと読み取れた分がこの部分でしたので、好~は、わが骨を江(大河)の淵(潭)に収めよという内容ではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
なるほど、創作だったのですね!
どうりで検索エンジンなどで探しても(映画の話題以外では)見つからないと思った・・・。
画面を見る限り、少なくとも4~5行ぐらいありそうなので、どこかに書いてないかな、と思って色々探したのですが分からなくて。
でも、とりあえず映画の創作ということが分かって一つ疑問が解決しました。
ありがとうございました!

お礼日時:2001/12/15 00:52

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Qお寺で住職に注意されたのですが

4年ほど前、京都の紅葉で有名なお寺に行った時の事。
お茶を飲みながら庭の紅葉を十分に堪能して帰ろうとした時、どういう流れかは忘れましたが真言の話を同行者とすることになりました。
(おそらく住職の話に出たか、寺の掛け軸にあったか)
で、軽い気持ちで「昔、猿飛佐助のアニメがあって、主人公のサスケが『オン キリキリバサラ ウンハッタ』と唱えて色々な術を使っていたよ」
という話をしました。
また「孔雀王という漫画で『アビラ ウンケン ソワカ』なんても言ってたな」とも。

すると遠くでそれを聞いていたご住職がとんできて
「そういう言葉をみだりに発してはいけない」
という話を15分ほどされました。

そのお寺は紅葉のライトアップなどをしていて、観光地のお金儲けという様相が強かったので、そういう寺の住職が説教するとはよほど重大なあやまちを犯したのかと怖くなってしまいました。

それらの言葉はどんな意味があるのでしょうか。

Aベストアンサー

真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。

で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。
間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。


だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。
天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民の不幸を」なんて間違えてしまったら、その通りになってしまう という感じ?



表は観光地化していても、仕事上みんなの幸せを願う呪文を毎日お仕事として唱えてはいるんじゃないかと。



日本人は映画を観て「サノ〇ビッチとか」「アス〇ール」「ファ〇クユー」とかみだりに言いますが、それをもしアメリカ人に言ったら、ただじゃすまされない事態になってしまいます。
そういった禁句を、日本人がみだりに唱えているのを見て、アメリカ人は複雑な気持ちなんじゃないかと。
知らないからみだりに言えるわけで、時があっていたら、床に叩きのめされてしまうでしょう。

これが言葉の力の恐ろしいところ。


良い呪文であっても、厳かな言葉をみだりに使うってのは、価値を認めていないってことになり、、、、
例えば古代バビロニアあたりでは、神の名をみだりに唱えてはならなかったので、エルとかエールって神を代名詞で呼んでいたんですね。
意味は「我が主」。

ユダヤ人もそれにならって、エルと表記していたのですが、大贖罪をするときは大祭司は神を呼び出すために、神の真名を唱えていたらしいです。
7年に一度後継者に神の本当の名前を教えていたのだそうです。

一般人や他の聖職者にどうして教えなかったのかというと、その言葉をみだりに使われないためと、敵に名前を知られると、神が呪術で呪われてしまうから。



日本も昔<諱>というものがあったそうです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B1

<これはある人物の本名はその人物の霊的な人格と強く結びついたものであり、その名を口にするとその霊的人格を支配することができると考えられたためである。>

遠山の金さんは、遠山金四郎景元が本名で、景元が諱。つまり景元が本人の本質を表した文字なので、親とか上司しか知らなかったってわけです。
敵に知られると、呪術で支配されてしまうと信じられていた。


ってことで、この文化の人たちが信じていることを部外者の人がみだりに使うって、よくないんじゃないかと。
例えば、日本人は子供をみて「かわいいなぁ」と左手でなでたりしても問題ないですが、インドでそれやったら、親は烈火のごとく起こる。
文化の違いで、あっちではとんでもないことになるわけです。

真言は、正しい時に正しく発音すれば言葉が実体化すると信じられているものです。

で、発音した言葉は正しくは無いのですが、言葉の意味を知らないものがむやみにマントラの類の音を発音するのはよくないと言いたったんじゃないか と。
間違えて発音しちゃって、それが時が合致していたら、その間違えた発音のことが現実化すると信じられているからじゃないかと。


だから、天皇は公の場で、ゆっくり文字を読み上げるんです。
天皇が発する言葉は神が発する言葉とし、「国民の幸福を」のはずが、「国民...続きを読む


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