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ヨーロッパ中世における修道院の社会的経済意義について調べたいと思います。
なにか意見があったらお願いします。

A 回答 (2件)

 


  簡単に述べます。

  1)社会的意義ということでは:
 
  文化的に見る時、修道院は、学問や知識の追求が、信仰や教義などの制約を受けつつも、比較的自由に行え、修道士になることは、修道院が教皇直属の制度であったので、地域の世俗領主や地方宗教権威者=司教等の干渉なしに、修道院独自のルールで「自由に生きること」を公的に許された場であるとも言えるのです。西欧近世の学問は、中世修道院が集積し、そこで練られた思想や概念や、知識の体系を前提にしていたとも言えるでしょう。修道院は知的文化・学問の保存場所であり、学問が深く専門的に研究される場であり、論理学や科学や数学や技術は、修道院によって展開したとも言えます。
 
  また修道院は、次の経済的意義で述べますが、人間の生き方の独特な形態を実現し、モデルを西欧社会に示したとも言えます。中世における軍隊は、傭兵が多く、質がよくなく、統制も取れていなかったのに対し、修道院の人々は整然とした上下位階と平等性のある、いわば近代的ゲゼルシャフトの原型共同体を築いていたのであり、この修道院の共同体のありようをモデルに、近代社会の共同体のありようが構想されたとも言えます。
 
  2)経済的意義ということでは:
 
  修道院は西欧では7世紀か8世紀頃から始まりますが、元々は「宗教的な生活=キリスト教信徒としての生活を徹底的にしようという人たちの集まりでした。そのような集団・組織を造るためには、管区司教の同意だけでは足りず、教皇庁、教皇自身の認可が必要とされました。そこで修道院は、自立する規則を持ち、その規則によって、活動の指針や生活の原理を決める、契約共同体のモデルを造ったので、近代企業の契約共同体は、修道院共同体をモデルにしたとも言えます。
 
  中世における修道院の生産活動の社会的影響や意味はおいておくとしても、重要な点が一つあります。中世修道院は、ある時期、改革運動のなかで、「祈れ、労働せよ」ということをスローガンとします。これは、「祈りつつ、労働もする」という意味にも読めますが、「祈りが即ち労働で、労働は即ち祈りだ」という意味にも解釈でき、実際そのような意味を持っていました。修道院は、貴族や王侯が卑しいこと、避けるべきことと見做した「労働」を、「神への祈り」と同じものと捉えたのです。古典ギリシアにおいて、高度な思想や倫理があったにも拘わらず、奴隷制が存続し、プラトーンなどは奴隷制擁護の主張もしています。これは、ギリシアの思想家が多く、富裕市民階層出身で、労働を否定的に捉えていたためです。それに対し修道院は、労働の意味を積極的に捉えたということが近代になって大きな意味を持って来るのです。「勤勉であることは、キリスト者としての証である」であり、「労働は祈りであり、信仰告白である」ということで、これが、近代資本主義、近代プロテスタンティズムの成立と密接な関係を持つことは明らかです。このような意味で、中世においても修道院は、生産や技術革新の場として経済的意味を持ち、また、その「労働讃美」の考え方と、組織的生産・組織的祈りと活動のモデルは、近代経済の依拠する原理の起源でもあったということです。
 
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西洋中世史に造詣の深い方でしたら出すぎた真似になるかもしれません。



もし興味があってというレベルであれば、とっつきやすさを考えると
「薔薇の名前」を読むことをおすすめいたします。文章中に含まれる語句を
調べるだけでもイメージはつかみやすいかな と思われます。

専門的に調べるのであれば、あまりに方法論がありますので、
今回の目的などがもう少しわかるといいのですが・・
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