『ボヘミアン・ラプソディ』はなぜこれほど人々を魅了するのか

大奥を見ていて、自害に見せかけて殺してもらおうとした染子さんが、白い布で足を縛っていました。あれは血が出ないようにですか?それとも内蔵とかいろんなものがでないようにですか?それとも何かの礼儀なんでしょうか?

A 回答 (3件)

 女性の場合、戦などにおいても同様の自決方法をとったようですが、これらは敵(男)に辱めを受けるくらいならその前に死を選択するということですが、正座の状態で膝を腰紐などで縛るのは「死した後も己をさらけ出すことを拒む」ための武家社会の女性としての作法です。

ちなみに戊辰戦争で自決した会津藩の城内に政府軍が入った際には女性達のこうした姿のままの遺体が多く発見されたそうです。明治の夜明けとともに少しずつこのような自決の作法は失われていったのでしょう。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
武家の女性というのは、本人が戦っていなくとも戦国時代からずっと闘っていたのですね。
時代劇では美化されていたり、一見あこがれますが、やはり自害は悲しいことですね…。

お礼日時:2005/12/27 14:46

痛みで暴れることがないようにではないでしょうか。

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この回答へのお礼

ありがとうございます。
映像などでは綺麗に描かれがちですが、健康な人間が死ぬのですがら苦痛も大きいでしょうね。

お礼日時:2005/12/27 14:36

こんにちは。


あれは、死ぬ間際に苦しむなどして、着物の裾が乱れるのを防ぐためのものです(名称は何ていったか忘れましたが)。
武家の女性の「たしなみ」の1つでしょう。現代のミニスカートの女子高生とは正反対ですね。
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この回答へのお礼

死んでもたしなみですか…。考えさせられるものがありますね。
生理的な事情ばかり考えていたのがはずかしく思えます…。
足を出す出さないよりも、相手に不快感を与えない身だしなみの心が重要だと思いますが。
子が親にとは限りませんが、もしもの時のためにそれを子供に教える大人の気持ちを考えると、何とも言えません。
ありがとうございました

お礼日時:2005/12/27 14:33

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昔の時代、日本人の女性はどのように自殺しますか。
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つまらない質問、本当に申し訳御座いません。(><)

Aベストアンサー

大抵は喉か胸を短刀で突いて自殺しますが、切腹した女性で有名なのは8代将軍足利義政の側室「今参の局」と言われておりますが、確実な話ではなく「彼女ならやりそうだ」という程度ではっきりはしません。
壇ノ浦で安徳天皇を抱いて入水自殺した「二位の局」のような投身自殺も多く、これは伝説ですが、織田信長の正妻「帰蝶」は夫とともに本能寺で焼身自殺したと言うのもあります。
明智光秀の娘で細川家に嫁いだ「ガラシャ(玉)」は宗教上の理由で自殺できず、家臣に命じて自分を殺させたのでこれも一種の自殺。
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江戸期に入ると裾が乱れないように縛って喉や胸を突くのが武家の女の嗜みですが、後期には男も「扇子腹」といって、扇子で腹を切るまねをしてすかさず介錯人が首を切って留めをさすと言う「優しい切腹」になりましたので、女性も刃物での自殺は少なくなったと考えます。

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昔、心中をするとき、着物がはだけないように心中しばりというものをしたのと聞いていますが、どのような縛り方だったのでしょうか?教えて下さい。

Aベストアンサー

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そういう紐類で、二本の脚をそろえた膝の下をしっかり縛り、苦痛のあまり開脚してしまわないようにしたのです。
それが、自害の作法でした。
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よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

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あの江戸城でさえ、刃物沙汰は何度も起こって
います。

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Aベストアンサー

>介錯人が首を切り落とすまでにかかる時間って、どのくらいなのでしょうか?

他にも回答がありますが、「一瞬」の出来事でした。
介錯人との事ですから、切腹時の介錯ですよね?
切腹は「神聖」なものですから、介錯人も「選ばれた人材」なんです。
決して、名誉職ではありません。
一度の太刀で一瞬に首を(皮一枚残して)落さないと、介錯人だけでなく所属する一族・上司も「不名誉」扱いされるのです。
※太平の世になると、皮一枚を残す技術が難しくなったのでギロチンの様に首を落します。
ですから、一の太刀で失敗して二の太刀・三の太刀と増えるに従って「武士としての面目まる潰れ」となり笑いもの。
当初は、介錯に失敗すると「介錯人も処刑」だったのですね。

>人参を切る用に一瞬じゃ切れないですよね?

嫌々、ニンジンを切るように一瞬です。
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芯になっている青竹を切る瞬間は、人間を切る瞬間と似ているのだそうです。^^;
質問者さまも、何かで見た事があるのでは?

余談ですが・・・。
犯罪者の死刑は、江戸時代には6種が存在しました。
「下手人」「斬首」「獄門」「磔」「火あぶり」「鋸ひき」
下手人は、(現在では容疑者の意味ですが)「首切りの後に、遺族に遺体・関係者を返還する処刑」です。
斬首は、首切り後に遺体を遺族・関係者に返還しないで「遺体を、お試し切り」などに用います。
※解体新書にも、役に立っています。
ここで、有名な介錯人「首切り山田浅右衛門(将軍家御試御用)」が明治14年まで襲名存在しました。
明治14年7月24目に、最後の首切りを行っています。
現在は、断絶しています。

>介錯人が首を切り落とすまでにかかる時間って、どのくらいなのでしょうか?

他にも回答がありますが、「一瞬」の出来事でした。
介錯人との事ですから、切腹時の介錯ですよね?
切腹は「神聖」なものですから、介錯人も「選ばれた人材」なんです。
決して、名誉職ではありません。
一度の太刀で一瞬に首を(皮一枚残して)落さないと、介錯人だけでなく所属する一族・上司も「不名誉」扱いされるのです。
※太平の世になると、皮一枚を残す技術が難しくなったのでギロチンの様に首を落します。
ですから、一の太...続きを読む


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