愛とか愛情とかって、いったいどういうものなのでしょう。さっぱりわかりません、検討もつきません。



 

 

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A 回答 (10件)

 日本語で愛というと、道徳的な愛から性交渉まで色々な意味を含むので、まずそれを意識して考える必要があるかと思います。



 例えばクリスマスに愛といったら、欧米では宗教的な愛のことですが、日本ではデートや性交渉の事ですよね。

 また自分の家族さえ良ければ、他人がどうなっても良いという日本的な意味での家族愛はエゴとも言えます。

 恐らくそう云った、性やエゴとは違う“愛”について、仰っているのでしょうが...ぶっちゃけ自然状態の人間は持ち合わせていないと思います。

 教育等によって後天的に知るものだと思いますので、日本においては社会に愛は存在しないと思います。

 じゃあ愛って何かって事に答えないと回答になっていないのですが...ここから先は各個人の価値観の根幹に関わる問題ですので、お答えすることに躊躇してしまいますが...

 私個人の意見では、何の利害関係も無い他人の事も思いやれるかということです。例えば自分の子供と同じように、発展途上国の子供を心配できるかとか...

 そのような感覚分かりますか?多分お分かり頂けないかと思います。でもそれが愛です。

 
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愛とは・・・無償の愛と言う言葉があるが、愛とは、太陽の様に全方位的なただ与え続ける愛もあれば、人間の場合は、一人の人間を自立させるのに導く厳しい愛もある様に思う・・・人間がもっとも誕生してから自立するまで他の動物と比べても年数がとっても掛かってしまう!


これは、何を意味するかと言えば、子供の成長を通じて親も親としての成長を色々と経験しなければならない・・・
要は、合わせ鏡であって、一方的な親から子供への愛ではなく双方向の愛を育みなさいと言う要素が人間は最も多く神様から求められているのであって、それは、何かと言えば・・・神様と同じ様な経験なり体験を積む・積みなさいと言う神様と言う親からの愛を人間・子供に課せられているのではないかなと思います。
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おのが子を恵む心を法(のり)とせば学ばずとても道に到らん・・ 二宮尊徳(1785~1856)の歌



世界のうち法則とすべきものは、
天地の道と、親子の道と、夫婦の道と、農業の道の4つで、
みな相共に苦情なく悦喜の情のみである。

天は生成の徳を下し、地はこれを受けて発生し、
親は子を育てて損益を忘れて成長を楽しみ、子は育てられて父母を慕う。
夫婦は相互に楽しんで子孫が相続する。
農夫は働いて植物の繁栄を楽しみ、草木は喜んで繁茂する。

この、「みな相共に苦情なく悦喜の情のみである」が愛情ではないでしょうか。
愛の無い夫婦・親子などもありますね。残念ですが。
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難しいね!



何でかっていうと、

1.目には見えない。形で表現しにくい。
  形にならないものは万人に理解できない・理解されことが多いです。
  唯物論者の方は、ここで壁にぶつかるでしょう。

2.ありそうで「ない」
  擬似的な愛はけっこうあると思うんですけどね。男女の恋愛とか。
  でもそれが本当の「愛」かといえば、どうも違うような気がする。
  全てがそうではないでしょうけれど、性欲(男性に多いな)と一時の
  熱情(こっちは女性に多そうだ)に動かされていることもけっこう
  ありますし。


私も「これが愛だ」と言葉で説明できませんが、愛に近い内容について
は紹介できそうです。
「仁」とか「慈悲」といったものは、本当の愛に近いような気がします。
「仁」については儒教で、「慈悲」については仏教で説かれています。
詳しくは知りませんが、イスラム教でも慈悲についての教えがあるようです。

また、ずばり「愛」を説いているのはキリスト教です。それも自分を
犠牲にして他人を愛する「愛」です。
これは難しい。利己的な人間ばかりが生きている世の中で、このような
「愛」を見つけるのは非常に困難です。普通に世間で生きている人が
このような自己犠牲的な「愛」を知らないのは、ある意味当然かもしれない。


私も、正直言ってよくわかりません。自分ではこれ以上説明できません。
しかし「仁」とか「慈悲」とかいう内容を調べていくうちに、少しは本当の
「愛」ってこんなものなのかなーと漠然と感じることはありました。
だからtsauraさんもいろいろ学ぶ中で「愛」を感じてほしいと願っています。
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                  へっ、基本やね、。
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よくぞ聞いてくださった(^^;


愛とは、私の尊敬する人の受け売りですが「関心と安定と秩序」です。
変わらずにそばにいて、見つづけていること。
相手をコントロールしようとすることは、一見愛に似ていますが
それをいくら与えられても心はおなかをすかせたままなのでわかります。

愛は、どれほどそばにいるか、どれほど関心を持ち続けるかによって、
いろいろな度合いで与えることができるものですね。

私はいろんな人から少しずつ愛を受けていたのに、
いちばん欲しい相手から愛を受けられないことで、自分は誰にも愛されて
いない、そういう価値がないんだ、なんて思っていた時期がありました。

上に紹介した言葉に出会って、そういえば、私が一番してほしいことは
そのように愛してもらうことだった…と感じたんです。
それから世の中を見回してみると、みんなが少しずつ、できる範囲で
わたしを愛してくれていたんだ。と気が付き、さらに、そのような愛なら
私もひとに与えることができる、と感じました。
それからは、心たのしく暮らしていますよ。
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直球ですか。


球威に押されて平凡なセンターフライの回答ですけど。

僕は学生時代野球をやってまして、自分でも恐いくらい熱血でしたね。

それは子供の頃見たスポ根マンガの影響でして、ここでは勝って大金や名誉を得たという話はほとんどなく、ライバルがいる事により自分を高めていこうとする話が主でした。

僕も子供の頃から、愛とか優しさとかいう言葉にウソを感じてしまう人間です。
逆に相手に負けまいという気持ちに人の誠実さを感じます。

男女間も同じで、お互いライバル関係で相手に人間として負けまいとする気持ちが本当の愛情ではないでしょうか。
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僕も、うすらぼんやりとしか、わかりません。


しかし、30年生きてきて
ある程度の見当は、ついてきたように思います。

愛情も、愛も、本当のそれは
相手に依存していない
自分だけの思いなのでしょう。
程度こそあれ、自己満足以外の何物でもない。

しかし、尊い。

相手の出方により、ころころ変わるような
あやふやな物ではなく
臨機応変な、力強い物なのだろうと想像します。

そう考えると、何となく納得できるような気も。

まあ、勘違いかも知れませんが。
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自分がそれに遭遇したときに、無条件で分かります。

定義は人それぞれ、その時々それぞれで違ったり変わったりしてきます。でも、手にした瞬間、確信します。

多分、何百、何千の形容方法はあるでしょうが・・・・それらで言い尽くせない「何か」を確実に感じ取れます。
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昨日何かの番組で誰か歌ってました。



「愛、それは捧げるもの」と。

とても明確な答えだと思いました。

以上。
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