インドの船について教えてほしいことがあります。
仏教が広がり始めた2世紀頃、インドではお坊さんが遠くに布教活動に赴くときに船で海沿いに進んだそうです。
このころの船とはどんなモノだったのでしょうか。
まさか蒸気船ではありませんよねぇ。

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A 回答 (2件)

船の詳細は分かりませんが、まあ帆船でしょう。


蒸気機関が発明されたのは産業革命以降です。

あと、greenmanさんが書いているエピソードはジョークの類ですよね?
インドでは結婚は親族が選んだ相手とお見合い結婚するのが慣例ですし(特に村なんかでは)、同郷、同族、同カースト、同宗教間で結婚するのが普通です。このうち一つでも異なると結婚するのは相当難しいです。
なので、どこの馬の骨かも分からないヨソモンと村の娘がポッと結婚するとは考えられないのです。しかも相手はただのトラック運転手ですし。インドで運転手の地位は低いです
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まあ、関係ないけどこんな実話があります。



ずいぶん前にインドマドラスと言う、チェックのシャツが日本で流行った時、発注した商品が いくら待っても日本に届かないので 困った担当者は直接インドに行って確かめることにしました。
工場からは荷物は何ヶ月も前に一山越えてトラックで港に向かったのですが荷物が着いてないのです。
担当者は車を借りて同じルートを追いかけた結果、トラックが途中で谷底に落ちて運転手は助けられた村の娘と結婚していたのです。これはまさにインドなのです。今でもインドから日本に船で荷物を送る場合は、一ヶ月以上かかる場合もあります。意外と2世紀も21世紀もインドってあまり変わってないかもね。
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Q鎌倉仏教の布教地?

親鸞や日蓮、道元などが鎌倉仏教を起こしましたが、それぞれの主な布教地がどうなっていたか、ちょっと忘れてしまったのですが、それを知りたいです。というのは作家藤本義一氏が大阪には現在でも門徒が多く、浄土真宗の平等思想と反権力思想が大阪人の平等意識・権威嫌いの土壌になったと書いていたので、それなら東京人を初め、日本人一般の権威主義は他の宗派が広がったせいなのかな?という疑問が起りました。しかし、禅は個人主義に最も近いと思うし、その曹洞禅が広がっている北海道なのに、北海道人はかなりの権威主義~長い物に巻かれろ根性だし、どうも単純には結論を出せません。取り敢えずどこの地域にどの宗派の仏教が布教定着したのか、確か学校時代には布教地図なんかも見た気がするのですが、御存知の方教えて下さい。そして、今現在でもその布教分布は変わっていないのか、そんなのも知りたいので宜しくお願いします。

Aベストアンサー

 曹洞宗の僧侶です。一応専門家の欄にチェックを入れましたが、すべての宗派について詳しくはありません。極めて大雑把な説明しか出来ません。

 まず「鎌倉仏教」もしくは「鎌倉新仏教」という言葉が誤解を生みやすいと思います。法然、栄西、日蓮、道元、親鸞、一遍といった僧侶を宗祖とする仏教教団のことを、通常そのように呼んででいます。しかし、教団と言うものがいつ成立したかという点については、それぞれの宗派によって異なります。また、それぞれの教団がいつ成立したかと言う点についても、それぞれの教団史研究者の中でもおそらく学説が分かれていると思いますす。少なくとも鎌倉時代に現在のような教団になったと言う「鎌倉仏教」の宗派は全く
ないと思います。

 現在の仏教系各宗派の寺院数や信者数は、最新の文化庁刊「宗教年鑑」で調べてみて下さい。
「宗教年鑑」を参考に宗派別に集計した表が載っているサイトがあったので、参考にはなると思います。分類方法にはちょっと問題があるとは思いますが。
http://members2.jcom.home.ne.jp/ar-higuchi/ojin19.html

 各宗派ごとの寺院の地域ごとの具体的な分布状況については各宗派の寺院名簿等を取り寄せるか、若干古いいデータとは思いますが『全国寺院名鑑』という本(大きな図書館には置いてあると思います。)を見て調べるしかないと思います。

 浄土真宗に関して言えば、現在の浄土真宗本願寺派と真宗大谷派は江戸時代初頭徳川幕府によって分離させられたものであり、親鸞在世当時の寺院数は決して多いものではなかったと思います。室町時代に蓮如(れんにょ、(1415年 - 1499年)に教団を拡大したと言われております。しかし、戦国期に一向一揆で大名と争った地域の場合、為政者によってかなり寺院が取り潰された場合も多いようです。地域的には関東北陸関西中国に多いと思います。

 曹洞宗の場合、永平寺を開いた道元の頃は弟子の数も少なく、寺院の数もごくわずかでした。総持寺の開山である瑩山とその弟子峨山韶碩(がさん じょうせき)の時代に多くの弟子を輩出し全国に寺院が出来たのであるが、今日の寺院数には程遠い数でした。曹洞宗が1万以上の寺院数になるのは江戸時代以降です。
曹洞宗が多い地域としては東北関東新潟東海地方です。

 北海道に関しては、松前地方の寺院を除いては大部分明治以降の創建です。浄土真宗と曹洞宗が多いと思います。

 ご質問にある「布教地図」のようなものは残念ながら私は見たことがありません。そういうものが作成可能になるのは、寺社奉行を置き、寺院諸法度を定め、宗派別の寺院本末帳を作成するようになった江戸時代以降だと思います。

 曹洞宗の僧侶です。一応専門家の欄にチェックを入れましたが、すべての宗派について詳しくはありません。極めて大雑把な説明しか出来ません。

 まず「鎌倉仏教」もしくは「鎌倉新仏教」という言葉が誤解を生みやすいと思います。法然、栄西、日蓮、道元、親鸞、一遍といった僧侶を宗祖とする仏教教団のことを、通常そのように呼んででいます。しかし、教団と言うものがいつ成立したかという点については、それぞれの宗派によって異なります。また、それぞれの教団がいつ成立したかと言う点についても、それ...続きを読む

Qインドで仏教が廃れてしまったのはどうしてでしょうか?

インドでは仏教というのは廃れてしまったいるようです。
歴史上いつごろから廃れてしまったのでしょうか?
また廃れるようになった理由は何でしょうか?
諸外国に仏教は広がったので、逆輸入ということはなかったのでしょうか。
現在のヒンズー教徒が仏教を受け入れないのはどうしてでしょう。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

●インドで仏教が廃れた理由と時代
ご存知と思いますが、仏教はバラモン教のウパニシャド哲学を土台に、紀元前5世紀頃に、ジャイナ教と共に生まれたものです。
バラモン教は身分制度・いわゆるカースト制そのものであす。僧侶以下の身分や民衆の大部分を占めるアウトカーストの者にとっては大変な差別社会であり、これを否定して打ち壊してくれる宗教や思想として大々的に受け入れられました。
しかし、輪廻転生と多神教が基本のインドでは中庸という考え方は受けが悪かった上、カースト制の恩恵を受けていた権力者の巻き返しによって弾圧が5世紀頃に始まりました。(他のアジアの国に仏教を広げたのはこの時インドから脱出した仏教徒です)
そして13世紀初め教団根拠地であったビクラマシラー寺院というのがイスラム勢力に破壊されて結局インドでは消えてしまったのです。

●ヒンドゥー教
仏教やジャイナ教の流行で力を失いかけていた時代、カースト制の最上位にあったバラモン(僧侶)はバラモン教を中心にインド全域の宗教を取り入れて民衆化させました。これがヒンドゥー教です。現在のインドの8割近い人がこの信者です。
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●現在の仏教
弾圧で逃げ出さずインドに残った仏教徒はカーストの最下層「不可触民」スードラに強制的に入れられました。
その中から後にアンベードカルという不可触民解放の運動家が、結局カースト制がある限り差別はなくならないと考え、カースト制を否定するインドの思想を調べて仏教を復活させました。
ただ、それで改宗したのはヒンドゥー教でも疎外されてきたアンベードカルと同じ不可触民のカーストの人だけです。
その最下層民も、制度的に階級が存在しないイスラム教勢力がインドに侵攻しはじめると、そちらに支配されて流れてしまったため、仏教はあまり広がらなかったのでした。

●インドで仏教が廃れた理由と時代
ご存知と思いますが、仏教はバラモン教のウパニシャド哲学を土台に、紀元前5世紀頃に、ジャイナ教と共に生まれたものです。
バラモン教は身分制度・いわゆるカースト制そのものであす。僧侶以下の身分や民衆の大部分を占めるアウトカーストの者にとっては大変な差別社会であり、これを否定して打ち壊してくれる宗教や思想として大々的に受け入れられました。
しかし、輪廻転生と多神教が基本のインドでは中庸という考え方は受けが悪かった上、カースト制の恩恵を受けていた権...続きを読む

Q南伝仏教と北伝仏教

南伝仏教と北伝仏教をそれぞれ小乗仏教(小さい乗り物)、大乗仏教(大きい乗り物)というのは知っているのですが、なぜ小さい乗り物、大きい乗り物なのかがよくわかりません。

誰か知っている方がいれば教えてください。

Aベストアンサー

こんばんは。。

 URLにも触れてあると思いますが、小乗という言い回しは、大乗側からの蔑称で、最近はあまり用いられなくなりました。「上座部」という名称がよく見られます。

http://www.miyagawa.com/syuha/osie/b.html

http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/mahayana.html

 出家主義を採り、仏教を「仏(=お釈迦さま)の教え」と捉えていた上座部仏教に対して、出家を軽視したわけではないものの、在家での仏教実践を広く認め、仏教の「仏の教え」という面だけではなく、「誰もが仏になるための教え」という面を全面に打ち出して強調したのが、大乗仏教と言えると思います。

 また、上座部仏教は、出家して修行してもお釈迦さまと同格の「悟り」は得られず、その一歩手前の境地までしか得られないと考えていましたが、大乗仏教は誰もがお釈迦さまと同格の「悟り」を得られる可能性を有すると考えたという違いも大きいと思います。
 大乗仏教は、出家であれ、在家であれ「仏教の修行者」(=菩薩)としての自覚を持ち、自らを律し他者を生かす菩薩としての実践行を行うことを広く勧め、「悟りを開いた人の理想像」として「如来」を、「修行者の理想像」として「菩薩」を、さまざまな形で説き、やがて数多くの如来・菩薩が想定され、信仰を集めるようになっていきます。
 また大乗仏教は、仏教を単なる「お釈迦さまの教え」としてではなく、普遍的な「真理」と位置付け、その「法」(=教理)はお釈迦さまが悟ろうが悟るまいが、既に、そして常に有り続けていたもので、これからの有り続けると捉えています。
 上座部仏教にもそういう傾向はありますが、大乗仏教ではこの点を強調し、前提としていると言えるでしょう。


 仏教では古来から「悟り」に至ることを「向こう岸に渡る(彼岸に到る)」というイメージで表現することが多かったので、この岸(此岸)から向こう側(彼岸)へ渡る渡し舟を「乗り物」とし、大乗側は、自分達はみんなを彼岸へ渡す大きな舟だが、従来の仏教は出家修行者一人だけが渡る小さな舟だ、として「小乗」と呼んだわけです。

 荒っぽい説明になりましたが、ご参考になればよいのですが、では。

こんばんは。。

 URLにも触れてあると思いますが、小乗という言い回しは、大乗側からの蔑称で、最近はあまり用いられなくなりました。「上座部」という名称がよく見られます。

http://www.miyagawa.com/syuha/osie/b.html

http://www.tcat.ne.jp/~eden/Hst/dic/mahayana.html

 出家主義を採り、仏教を「仏(=お釈迦さま)の教え」と捉えていた上座部仏教に対して、出家を軽視したわけではないものの、在家での仏教実践を広く認め、仏教の「仏の教え」という面だけではなく、「誰もが仏になるための...続きを読む

Q20世紀の中国への移民 20世紀には、海外から中国へ移民する人もたくさ

20世紀の中国への移民 20世紀には、海外から中国へ移民する人もたくさんいたと思います。
日本人や韓国人は、中国のどこへ移民したのですか?
日本人は、満州への移民が有名と思いますが、満州以外にも移民したのですか?
また韓国人も中国へ移民したりしたのですか?

Aベストアンサー

戦前に焦点を当てた質問と受け止めて回答します。
中国国籍の中国人になる、と言う意味の移民は殆どいないでしょう。ですが、租界と呼ばれる治外法権地域に居住する日本人の居留民なら大勢いました。また、この時期の韓国は日本の施政権下に置かれていましたので、日本人の一部、と言う事になります。
日本人居留民の多くは、上海や天津など都市部で、現地の中国人を相手に、雑貨商などの零細な商業を営んでいたようですが、欧米人の貿易商のように金持ちではなかった為、政情不安になったり、内乱が発生しても、母国日本に引き上げる事は容易ではありませんでした。故に、これ等居留民を保護するために軍隊が出動するケースが頻発し、しばしば火種になったのです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%9F%E7%95%8C

Q蒸気機関車と蒸気船

18世紀、イギリスで産業革命がおこり、
蒸気機関が発明されました。

蒸気機関を用いた交通手段、運搬方法として
蒸気船と蒸気機関車があるようですが、

このふたつの違いはなんでしょうか。

単に運河と道路の両方を使ったほうが効率がいいから
船と車がそれぞれある、ということでしょうか。

機能面でどちらのほうが優れていた、とか
長い間使われたのはどちらか、など、

なにか差がありましたら、教えてください。

Aベストアンサー

>どちらのほうがより多くの資源を運べたのか、

これはもう段違いで船です。蒸気船にしなくても船っつうのはいちばんコストが安いんです。海上輸送のコストは陸上輸送の1%で済むという話もあります。例えば中東の原油を日本に運ぶ時、船ならあのバカでかいタンカーを使えますが、もし陸上を鉄道やトラックで運んできたらガソリンが「超高級品」になってしまうでしょ。

>どちらかのほうが速かったのか、

速度は鉄道のほうが早いですね。

>どちらかのほうが使用率は高かったのか、

これは一概にいえないので単純比較は無理です。船の利点は前述した低コストで大量輸送が可能なことです。一方、鉄道輸送の利点は早くかつ鉄道線があればどこにでも輸送できることです。船で長野県に物資は運べませんからね。
ただ、古今東西どこでも大都市は海運か河川運送あるいはその両方が利用できるところで発達しますから、船のほうが何かと便利であったのではないかと思います。

ちなみに、蒸気機関が発明されたとき、最初に作られたものは炭鉱から出る水をかき出すためのエンジンでした。それまで鉱山から出る水は人力でかき出すしかなかったのですよ。それがやがて船につけられて風頼みの航海であった船の歴史に革命を起こすのです。ただ、蒸気機関というのは大きなものは作りやすいけど小型化するのが難しかったので、蒸気自動車というのは普及せず、鉄道となったのです。

>どちらのほうがより多くの資源を運べたのか、

これはもう段違いで船です。蒸気船にしなくても船っつうのはいちばんコストが安いんです。海上輸送のコストは陸上輸送の1%で済むという話もあります。例えば中東の原油を日本に運ぶ時、船ならあのバカでかいタンカーを使えますが、もし陸上を鉄道やトラックで運んできたらガソリンが「超高級品」になってしまうでしょ。

>どちらかのほうが速かったのか、

速度は鉄道のほうが早いですね。

>どちらかのほうが使用率は高かったのか、

これは一概にいえないので...続きを読む


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