痔になりやすい生活習慣とは?

過去は国立大学と私立大学の学費に3倍以上の開きがあり、一部の金持ち以外は、頑張って国立大学に行くよう努力したみたいです。早慶もいまみたいな知名度などはなかったと言う人もいるんですが、それならなぜOBの実力が東大についで凄いんでしょうか?

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A 回答 (7件)

早慶はボンボンが多いからな~。


金のあるいいとこの御子息が行く大学の代表格が早慶だよな。
日本に限らず上流階級は閉鎖的だから,金持ちやいいとこの御子息が出世する。結果,早慶卒が出世しているように見える。そうやって意思決定機関を閉鎖的にしておいて,自分達に都合の良い制度にしていく。
いわゆる二世を除外して考えれば,早慶が人材を多く輩出しているとは言えないだろう。
あと,特に慶応は学閥が強いから,実力以上に得している面もあるな。
会社での出世って結局そういうことだから。
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早稲田や慶應には付属の学校があり、(特に慶應には付属の小学校まであるので)オーナー企業の社長さんのご子息が大勢います。

そういった方も一応は将来企業の社長さんになるので、確かにOBが活躍しているのにも感じられますね。

例えば、2007年に食品の消費期限偽装事件で有名になった企業に、不二家と老舗和菓子屋赤福があります。不二家、赤福ともに社長さんは慶應大学卒ですが、どちらもお父さんの後を継いだだけであって、本人の実力や慶應大学卒という学歴が評価されたわけではありません。

ただ、時価総額が日本でも指折りとなるような一流企業においては、一族が代々社長をするような企業と違って、早慶卒の方はあまり活躍しているとはいえないようです。時価総額上位企業の社長さんの経歴を調べてみていいただければ分かると思います。
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No. 4 の訂正。


約60年前→約50年前。
約60年前だと、終戦直後で学制改正以前ですね。
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昔っていつごろかによりますが、約60年前も早慶はかなりの難関でした。

ただし、早稲田だと政経、法、文、理工(それぞれ第一)、慶応だと経済ですが。他の多くの学部でも(旧帝大や一橋、東工大を除く)国立大より難関だったでしょう。
その頃、東大に平均5名合格する高校で、東大を狙うのは学年10位以上、一橋だと20位以上、早稲田政経で30位以上といった感じでした(狙うレベルで、合格できるとは限りません)。
戦争前だと、6大学野球の早慶戦があったので知名度は抜群でした(現在の巨人阪神戦くらいの人気でした)が、授業料を払えば入れるとの評判はあったようです。ただし、大学の他に専門部(現在の短大相当)もあったので、この評判が大学か専門部かはわかりません。
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官尊民卑の雰囲気の中では「たいしたことなかった」と言えるでしょう。


けれど早稲田・慶應は相応の力(学力・財力)がないと入れませんよ。
MARCHと呼ばれる学校の中では、「野球部・○○」と書いて合格した、なんていう伝説もあるくらい。少なくとも1950年代までは上智にしても軽く見られていた(軟派大学)そうです。
東京教育大が「消滅」したのも大きいでしょうね。
戦前は官立大学卒と私立大学卒では同じ職種でも給料が違ったそうで、官立=優秀という図式になっていたそうです。
地方の実情にスケールダウン(高校の例)すると解りやすいんですが...。
なかでも熊本ってところは、「中央指向」が強くて、地元の公立高に行かず、熊本市内の私立高指向が顕著です。野球をはじめスポーツで有名な九州学院、中小企業の師弟が多く通います(初等部はないけれど中学校はあります)。
これをスケールアップして考えると...。「慶應閥」「早稲田閥」を使って、人脈を生かす、という発想では。
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「金持ちで優秀な人材を集めた」からでしょう。



昔の国立大と私立大の学費の差は昔は3倍どころではなく10倍ありました。

でも慶應は昔から別格でした。

「一部の金持ち」といっても、人口を考えれば一部といっても相当な数になります。

1960年代に日本の人口は1億人突破しましたが0.1%(1000人に1人)が金持ちだったとしても金持ちは10万人いたわけです。
その当時の早稲田の定員は5805人、慶應は2680人です。
(参考:東大2193人、京大1665人、阪大950人、名大930人、東工大465人、一橋440人)

貧乏で優秀な人は国立大を目指すしかなかったのは事実ですが、
早慶レベルは金さえあれば入れたわけではなく、「金持ちで優秀」でないと入れなかったのでしょう。

またOBの実績にしても昔は今よりはるかに階級社会でしたから、政界にしろ財界にしろ金持ちが世襲しながら支配してきた側面もあります。

慶應なんかは当時早稲田の半分以下の定員しかいなかったにもかかわらず社長数、役員数の「数」で早稲田に勝っています。
読売ウイークリーの社長や国会議員の出身高校でも慶應の附属高校がぶっちぎりで1位だったり、
3代目社長の4人に1人が慶應卒などや慶應卒の国会議員の6割近くが二世三世議員だったりしますが
慶應はお金持ちで優秀な人を集めるのが上手い大学といえます。

慶大の世帯年収は早大のワンランク上
http://www.geocities.jp/plus10101/keiosetainenns …


出世できる大学ランキング
http://www.geocities.jp/gakureking/dai051015.html


国会議員の出身校(解散前)
http://www.geocities.jp/gakureking/kg.html

  2世3世 全体 2世率
慶應 39  69  57%
東大 27 152  18%
早大 20  94  21%

慶應ジャーナル 「三代目社長の4人に1人が慶應卒」
http://www.keio-j.com/tanntei/4family.html
http://www.geocities.jp/gakureking/keio-fuzoku.h …

Qなぜ、三代目社長に慶應の卒業生が多いのでしょう?

 いくつかのケースが考えられると思うのですが、親が慶應を出ていないから、息子には苦労をさせたくないというケースがありますね。
これは下から来た人が多い。幼稚舎からとったり高校からとったりも含めれば相当な数になる。創業者は苦労しているから中高一貫で楽をさせたいと考えるケースです。

 もう一つは、親が慶應を出ていて気に入ってるから息子も通わせたいと。私たちの世代でも今でも誰々の社長就任祝いだの何だのと
集まってくるんですけど、学生時代お互い何やっていたかというと実は思い出せない。でも、みんなバラバラかというとそうでもなくて、
グループでつるんで遊んだり、本を読みあったりしていて仲間意識を感じながら楽しんでいた。そういう経験から自分の子供にも同じ体験をさせたいというのがあると思います。

 最後は、そういうのに関係なくて偏差値が良い、いわゆる世間的に一流大学だったという理由です。
自分の後継者にも一流大学に出て欲しいという時に、大学ならどこでも良いという中、たまたま慶應だったというケースですね。


慶應自体が富裕層のコミュニティーとして機能している側面はありますか?

 その役割は大きいでしょうね。今日本の50億100億持っているような富裕層は邦銀ではなくスイス銀行に預けたりしています。
それは、家のローンを抱えているようなサラリーマン銀行員では、自家用ジェット持ってるような顧客の気持ちは分かりません。
だからJPモルガンなどでは、担当者は頭取以上に何億もする年収を貰って、そのコミュニティに入り、別荘を買いヨットを買い
同じ生活水準をして、同じレベルの金銭感覚だから分かる顧客の悩みに応えます。そして、何十億も資産を持つ顧客を引っ張って多額の収益を上げています。

 慶應もそれと同じことで、ファミリー企業の子息が、同じように家を継ぐべきものの悩みを、同じ世界の住人として相談し会える
友人を作る場として機能している側面はあると思います。

さらに昔にさかのぼって明治・大正の時代でも慶應は別格でした。

明治・大正時代の学歴
http://www.geocities.jp/gakureking/mei-tai-gakur …

一部抜粋

~明治時代~

(『学歴の社会史』天野郁夫著)

帝国大学を筆頭に官立の東京高等商業学校(現在の一橋)、高等工業学校(現在の東工大)、それに私学の早稲田、慶應といった序列がすでに形成されており、就職に有利な大学としての地位を築いていたのだ。

帝国大学-官立専門学校-早慶-五大私学(明治・中央・日大・法政・専修)-その他専門学校-実業学校・各種学校という序列が、明確に意識され、記述されているのである。

私学でも当時から慶應が圧倒的な優位性を持っていたことである。三井物産は慶應だけは帝大や高等商業学校(一橋)と並んで無試験で採用していたという。
他の私大出身者が財閥系企業になかなか入れなかったことがわかる。
当時、他の私立大学出身者の大多数は、ワンランク下の企業か中位の企業くらいにしか入れなかった。

慶應は現在でも三井系に強く、その伝統は堅持されている。三井の中核である三井銀行に福沢諭吉の甥である中上川彦次郎が招かれたことから三井銀行は慶應義塾出身者を積極的に採用し、後に彼らは会社の重職を担うことになった。

~大正時代~

『大学と人物 各大学卒業生月旦』(大正3年出版 )

 「 いやしくも第一流と称せられる大会社大銀行の重役連は大抵慶応と赤門(東大)出を以って占めて居る
  今日処御気の毒なのは早稲田や明治の商科出身者ないしは、神戸長崎山口辺りの高商連でマー平社員と云う処に働いて居る。」

大正時代になると、すでに学校暦で出世するかどうかが分かれていた。
さすがに役員になれるのは私学では慶應だけだった。
これに対して、一橋は中堅幹部クラスで現状より評価が低い
早稲田や地方の学校出身者などは、なかなか出世もおぼつかない状況にあったようだ。

帝国大学を頂点とする出身大学の序列化、それによる就職先の決定と出世の可能性という学歴社会は、明治時代に確立し、大正時代に入って日本全体を覆っていくようになる。

この時代、地方の地主階級など富裕層の子弟が東京の大学を目指して大量にやってくるようになる。
就学人口が増加するのにともない、当然ながら明治のころ以上に受験競争に拍車がかかった。
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首都圏の国立大学でトップは東大ですが、それに次ぐハイレベルな国立大学が東京近辺にないからじゃないんでしょうか。

あと、早慶のOBが、会社の重要な役職につく場合が多かったから必然的に実力や知名度が高くなったとも言えるのではないかと思います。
早慶も、昔は今ほど知名度がなかったといいますが、それでも知名度は高い大学であった事は確かです。ただ司法試験の合格率が昔は、国立では東大、私立では中央大学が圧倒的に多かったそうで、その当時は早慶より、中央大学の方が有名だったという話は聞いた事がありますが、時の流れとともに中央の合格者も減り、早稲田や慶応出身の合格者が増加したというのも一つの要因かもしれません。

確かに昔は私立の学費が高かったようで、金持ちじゃないと私立に行けなかったので、敷居が高く、なかなか優秀な人材が集まらなかったため、当時はさほど有名な大学ではなかった、とも言えるかもしれません。
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Q早稲田は昔はバカだった?

早稲田大学卒業の年配(おおむね60代以上)の方は、よく大学の話になると
「いやあ、私なんか早稲田ですから。
 田舎者でも入れるような二流大学でしたから・・・」
と謙遜します。
早稲田卒業なら立派に自慢できる経歴だと思うのですが、どうして早稲田卒を謙遜・卑下するのでしょうか?

1 本当に、昔はバカしか入れない大学だったから。
2 本当は東大京大に行きたかった。同級生もみんな東大京大なので、早稲田は恥ずかしい、とおもっているから。
3 年配の人は謙譲の美徳を常としているので、単に謙遜しているだけ。
4 早稲田は早稲田でも実は夜間部卒だった。
5 本当は早稲田大学ではなく、バカ田大学の卒業生。
6 そのほか。

もし、昔はホントにバカだったとしたら、いつごろから偏差値の高い学生が集まるようになったのでしょうか?

早稲田関係者の方、ご回答お願いします。

Aベストアンサー

昭和41年に早稲田大学に入学しました。
昭和41年は、早稲田の学費値上げのストライキで授業が開始できず、入学式が5月にずれ込みました。

当時はまだ日本は貧しかったので
普通レベルの国立大学>早稲田大学
でありました。
埼玉大学に合格した同級生は
埼玉大学>早稲田大学
と言っておりました。

確かに二つのことは言えました。
1.国立大学に入学すると親に経済的負担をかけない。つまり孝行息子であると。
2.早稲田しか受けない学生は三科目を必死にやれば入れる。しかし、国立は科目が多いから必死に三科目やっても入れない。つまり国立大学の学生は付け焼刃ではなく本物の優等生だ。

私も素直に上記を認め
普通レベルの国立大学>早稲田大学
だと思っておりました。

ところが日本が高度成長で豊かになってから評価が変わりました。
「私立でもいいよ」と言ってくれる親が増えました。

考えてみれば、お金があるなら埼玉大学に入るより、早稲田のほうが楽しそうです。四年間の学生生活をエンジョイできそうだし、卒業生も多い。で、今では
早稲田>普通レベルの国立大学
となっているようです。

昭和41年に早稲田大学に入学しました。
昭和41年は、早稲田の学費値上げのストライキで授業が開始できず、入学式が5月にずれ込みました。

当時はまだ日本は貧しかったので
普通レベルの国立大学>早稲田大学
でありました。
埼玉大学に合格した同級生は
埼玉大学>早稲田大学
と言っておりました。

確かに二つのことは言えました。
1.国立大学に入学すると親に経済的負担をかけない。つまり孝行息子であると。
2.早稲田しか受けない学生は三科目を必死にやれば入れる。しかし、国立は科目が多いから必死に三...続きを読む

Q1950年代から1990年中期までの早稲田大学と慶應義塾大学の印象は?

1950年代から1990年中期までの早稲田大学と慶應義塾大学の印象は?

終戦後の1950年から1999年までの早稲田大学と慶應義塾大学について,
皆様はそれぞれどういう印象がありますか?

早稲田でしたら「個性の集まり」「吉永小百合の母校」
「今ほどの高レベルではなかった」「野球とラグビーと駅伝」など,
慶応義塾でしたら「坊っちゃん学校」「経済学部が著名」など
いろいろ各校で印象があるでしょうが, 聞かせてください!

後慶應義塾大学についてはIII部(通信教育)の法学部政治学科で
どのような教育が現在なされているかも分かる人がいたら教えてください!

Aベストアンサー

現在は文学部が就職に不利というイメージから低い評価を受けていますが、当時は早大文、慶大文は評価が高く数々の著名人を輩出していました。慶應商学部、早稲田法、商も当然にして人気がありました。どうしても慶應にという人は妥協して法学部に入りました。どうしても早稲田という人は、教育、第二部(夜間)の文・法・商・政経(その後の社学)という選択ですね。森喜朗もサッカーの川淵氏も二部出身者です。
当時の慶應法は中央法や早稲田法に比較すると無名に近い存在でしたが、入試に数学が必須だったので、中央や早稲田の法学部生に比べてより国立大学に近い文系科目、理系科目にバランスのとれた学力を持っていたのでしょう。
中央は法学部のほかに商学部、特に会計学科は名門です。当時もかなりの難関でした。公認会計士に3年生4年生が合格するのが珍しくない大学なんてそうそうありませんから。

Q昔と今の大学受験の難易度

この質問までの経緯を説明しますと

<高校で>
担任「今は少子化で、選ばなきゃ誰でも大学に入れるからねー。お前らは幸せっちゃ幸せだよねー。俺らのときは、ベビーブームって言って、倍率とか大変な数字だったから、きつかったんだけどね・・・今より受験は難しかったよ。」

<予備校で>
英語講師「長文も昔と比べるとすごいレベルが上がったんだよね。昔の早慶の英語も今みたら、楽に感じるよ。そんだけ求められてるものが増えたんだろうね。」

数学講師「医学部の数学なんかも、昔はもう少し易しかった。理工系のが、全然難しかった。全体的に難化してる。」


どっちもなにか違和感あるんですけど、実際はどうなんでしょうか。
科目ごとの評価でも構いませんので、お聞かせください。

Aベストアンサー

僕もNO2さんに賛成ですね。
単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが悪いのをその学生の責任にするようなものです。英語なら理解できたかもしれないし、適切な語学サポートがあれば優秀だったのかもしれない。数学受験で入ってないのに、それも分かっておらず「数学の能力が低い」と言ってプンプン怒ってる。そういう先生は少なくないですね。

事実、東大入学レベルは上位0.8%ぐらいなんですけど、ハーバードは上位5%程度で入れます。
でも後者の方が圧倒的にレベルは高いですよね。
日本は多様な人材を採ってそこから育てて行こうって言う欧米型にシフトしてる印象を受けます。
プロ野球のスカウトと同じですね。
4番バッターばっかり採っても勝てないんですよ。
それで使えなかったら可哀相だけどこぼれていくだけだし。
いまの大学入試ってそういう感じですよ。


個人的に、試験自体は「受験地獄」と言われた80年代の第二次ベビーブームから90年代前半が最難関だったと思います。特に都市圏の私立は難関で日当駒船なんかでも浪人生があふれてました。
医学部も難関だったのですが、一気に難関化したのはバブル崩壊以後の1990年代中盤からですね。
今の医学部は医療費抑制が話題になる中で医師ブームも落ち着いたし、医学部定員はその時期の200%になろうとしてますから最難関の時期に比較すれば簡単にはなってます。まだまだムズかしいですけど90年代後半の医学部ってギャグみたいにムズかったですから。
薬学部などは90年代に乱立した為に易化がとても進んでますけどね。
バブル崩壊後はあらゆる業界が不況でリストラも進まなかった為に大手企業が0採用などを行いました。結果悲惨なものになりましたし、特に割を食ったのは事務や営業の担い手の文系職でした。
よって国立理系、公務員、医師などが手堅いと言うことで一気に難化しましたね。
親に聞いたら当時の公務員なんか「滑り止め」「コネばっかり」だったそうですから、今の時代とだいぶ違いますよ。


そういう「流れ」みたいなものはあると思いますよ。
日本ではマイナーですけどIIT(インド)や北京大(中国)は1000人に1人の秀才しか受からないと聞きます。じゃあ東大と比べてどっちが上か?って言うとランキング上は圧倒的に東大なんです。
人口が違うんですから国によって難易度が違うのは当たり前のことです。


今の大学の試験自体は易化してると思います。
一方で過去の人の映像インタビューを見てみるととてもレベルが低いですし、プレゼン能力は無いなと思います。
バブルだけでなく6,70年代も面接はほとんど「がんばります」で受かった時代だったと思われます。
英会話能力やネット関連の能力も相当低かったでしょう。求められてないし、機材も無かったですから。
1970年の大阪万博のガイドの英語を聞いてると相当酷いですからね。
でも当時は日本で最高峰の才媛で英語の得意な女子大生ばっかりだったと聞きます。
あれぐらい喋れる奴はいまの大学生では腐るほどいますからね。
要するに試験自体は易化してるけど、若い世代が特別あほなわけではないだろうと言うのが僕の意見です。
もし試験内容がプレゼンと英会話、ワードエクセルなどのIT系であれば、現代の若者の圧勝ですよ。

こういうのは気にしないでいいと思います。
また時代そのものより個人の努力や優秀性が大事だと思いますよ。
日本が文明開化する前後で英語やオランダ語を取得したのは漢文(中国語)素読を幼少期に行っていた武士の若者たちでした。
「生まれた時代が悪かった」なんて言わずに一生懸命に英語を勉強してたようですし、以後の世代の庶民なんかよりずっと立派な英語を使いました。
だから優秀な奴も無能な奴もどの世代も一定存在するんだと思います。

僕もNO2さんに賛成ですね。
単純に大学がどんどん定員を増加し続けてるので入学が簡単になるのは当たり前です。

と言うか大学側のスタンスが「優秀層を採る」から「育てる」方にシフトしてる部分が大きいです。
大学の入試科はそれで採ってるのに、その考え方が大学全体に一体化無く、昔のスタンスで講義を進めようとする教授が多いのが問題ではないかと思います。組織の問題ですね。
要するに育てる能力が低い=無能だと言う事ですけれど。
例えば外国人学生はどんどん増えてますが、日本語で授業をしてスコアが...続きを読む

Q戦前の大学の難易度

概ね昭和初期の日本の大学の、

東京帝国大学
陸軍大学校
海軍大学校

では最も難関だったのはどれでしょうか?

Aベストアンサー

軍人の学校というものは、時代によってかなり人気が上下します。

その昭和の初期は大不況の最中ですから、経済的に厳しい人にあっては、東大以上の値打ちのあるところとなります。
逆に、東大を始め、帝国大学に進学する学生は、大げさに言えば、生まれついた時からそういうコースを選べれる人生だったのです。

今は、農業高校からでも東大でも受験できます。しかし、戦前の学制はもっと若い年齢のうちに振り分けられているのです。
旧制中学から旧制高校にいくこと、これが帝大に行く絶対条件でした。旧制高校に入学できれば、ほぼ(どこでもいいなら)帝国大学には進学できました。さすがに東大は少々難しかったにせよ、そういうものだったのです。ですから、大学受験での受験地獄はありませんでした。むしろ一番の関門が、高校受験でした。
そして、同じく、中学卒業時に海軍兵学校や陸軍士官学校の受験資格がありました。どこの中学からでも相当な秀才が行ってます。東京帝大も十分射程距離の学生です。

それと、学力だけでない難易度もあります。体格や体力もですが、特に海兵においては、海外に出る機会が多く、欧米先進国の士官に見劣りしないようにという考えが働いたようで、男前が多かったですよ。
男ぶりに自信がないから陸軍にするという人もいるくらいでしたからね。

ということで、海軍兵学校というのは、当時の女学生から絶大な人気がありましたよ。

それでも、東大の法学部は当時の高等文官試験の合格率が高く(高文は単なる公務員試験ではなく色々と特典もありますから)別格だったでしょう。
それが崩れたのは、第2次世界大戦の最中、大学生も徴兵免除がなくなった頃からでしょう。このときは文科は免除なし、理科は免除でした。それで、徴兵逃れに医者になるものが増えたんですよ。帝国大学でなくてもいいと、地方の医科大学の進学者が増えました。(戦前は国民保険制度がないので、かならずしも医者が儲かるとは限らない)

軍人の学校というものは、時代によってかなり人気が上下します。

その昭和の初期は大不況の最中ですから、経済的に厳しい人にあっては、東大以上の値打ちのあるところとなります。
逆に、東大を始め、帝国大学に進学する学生は、大げさに言えば、生まれついた時からそういうコースを選べれる人生だったのです。

今は、農業高校からでも東大でも受験できます。しかし、戦前の学制はもっと若い年齢のうちに振り分けられているのです。
旧制中学から旧制高校にいくこと、これが帝大に行く絶対条件でした。旧制高校...続きを読む

Qひとむかし前の大学受験は?

1960~1980頃の大学受験がどんな感じだったのか知りたいのですが
当時のことを書いてあるサイトや書籍をおしえてください。

Aベストアンサー

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者が二流(マイナー)というイメージがあり受験生や家族もそういった色眼がねで捉えていて、特にへんぴな地方国立大に行くより華やかな都市部の私立大へ行く傾向は当時からあったようです。

入試偏差値は当時も今も大きく変わりはないかと。今も昔もいい大学は入試の難易度が高いのも変りません。
東大・京大、をはじめ旧帝大、一橋、東工大、東京医科歯科、全国の国公立医学部・歯学部、をトップとし(偏差値:60以上)、私立では関東の早・慶、立教、明治、中央。関西では同志社、関学、といった特に伝統的名門校が上位で、理系単科大では東京医科、日本医科、順天堂医学部、東京理科、芝浦工大、東京歯科。女子大は津田塾、東京女子、日本女子、など。(偏差値:概ね、文系60以上、理系55以上)

60年代末期~70年代初頭にかけては大学紛争がピーク。
東大医学部の学生がインターン制度に抗議。これに端を発し、またたく間に全国の大学に広がりましたね。東大に限らず以前より他大学医学部でも登録制度に対する問題はあったようで、また、多くの国公立・私立でも学費値上げ等に対する反対や抗議はあったようで、ここにきて一気に紛争に発展。
確か東大はその年の入試を中止したと思います。それほどに国を揺るがす出来事だったのです。

あと、国立大は一期校と二期校があり前者が一流(メジャー)、後者...続きを読む

Q3、40年前の私立大学入試

3、40年前は、私立大学は今ほど人気がなく、早慶でも、そこまで難易度は高くはなかったという話を聞いたのですが、これは事実でしょうか?

Aベストアンサー

本当です。30年前か、40年前かというので、話は違ってくると思います。

当時は、頭がよくて、なおかつ裕福な人だけ大学に進学する傾向がありましたから、競争率自体は、低かったと思われます。

県立のトップ高校でも、進学せずに就職したり、結婚する人が結構いましたから。

また、早慶だけでなく、願書さえ出せば合格する大学もあったそうです。(青山学院大学とか日本大学など)。

今から45年位前の話です。


親がそうそうたる大学を出ていても、子供はそれに及ばずというケースも多々ありますよね。
そういうのも、時代背景とか関連があるのかもしれないです。

でも当時は、国立大学の人気が高く、旧帝大なんか今よりはるかに難しかったものと思われます。

Q慶応、早稲田等は本当に難関?昔は滑り止めだったが?

私は、50年前京大の経済を滑ったが、工学部の半分、薬学、農学、文学、教育なら十分受かっていた。結局、国立2期校に合格し、商社に就職した。その頃は、慶応、早稲田等は滑り止めで、同志社、関学などは、あまり勉強をしてない人が行った大学だったが、今は様変わりし、それぞれ難関私立大学などと言われているが、本当なのか?私の商社時代の同僚でも、難関私大出の諸君は、全般的に、教養のない、体力勝負の人間が多かった。本当に変わったのか?今の日本の現状を見ると、いわゆる難関私大出の人々が政界や財界や、マスコミ界の一線で活躍しだしてから、この国がだめになったような気がする。反論があればお聞かせください。

Aベストアンサー

私は1946年生まれですので、あなたより1学年下で、1965年に京大に進学した人間です。

九州出身ですが、地方の高校生にとって当時でも慶應・早稲田・同志社等は、決して滑り止めに受ける私学だとは見なされてはいなかったと思います。少なくとも難関校の部類でした。
まぁ、最近はMARCHだとか日東駒専という大学の分類があるようですが、当時ではこれらこそ滑り止めの大学だという感覚だったのではないでしょうか。

1969年に某社に入社し、同期生には慶應・早稲田・同志社出身者も多くいましたが、彼らは決して“教養のない、体力勝負の人間”だったとは思いません。
最近の私学の評価については、当時とは様変わりしていて何とも言えませんが・・・。

質問者様の認識は、偏見に満ちているように思います。
わずか4年ばかりの大学の学歴などには大した意味はないと思う者です。
社会人となってからの実践的な努力と研鑽の積み重ねの結果こそが、その人の本当の価値を示すものだと思います。

Q昔の慶應法学部について

自分は今慶応の法学部政治学科に通ってます。
先日、某掲示板で数十年前の慶應法学部に関して非常にネガティブな書き込みを多く見つけました。
曰く、

「昔の慶應法はマーチ以下の評価」
「昔の慶應法は慶應の特殊学級」
「慶應法、特に政治は年配層からイメージが悪く、社会で差別待遇を受ける」
「慶應法なんて受験すること自体が恥で、周りには黙ってた」


などなど、見ていてとても落ち込むような書き込みが大量にありました。しかも書き込んでる人の中には40代の早稲田OBを名乗る方がいました。どうも本物らしいです。

そこで質問なのですが

(1)慶應法学部卒、特に政治卒は社会で経済卒や早稲田卒から本当に馬鹿にされる存在なのですか?

(2)昔(特に70年代から80年代初めにかけて)慶應法学部が人気無かった、慶応の中で極端に偏差値が低かったのは何故でしょうか?

(3)昔は本当に慶應法学部を蹴って明治や立教に行く人が多かったのでしょうか?

当時を知る方、慶應OB、早稲田OBの方の声を聞かせていただけますか?(もちろんそれ以外の方も大歓迎です)

自分は今慶応の法学部政治学科に通ってます。
先日、某掲示板で数十年前の慶應法学部に関して非常にネガティブな書き込みを多く見つけました。
曰く、

「昔の慶應法はマーチ以下の評価」
「昔の慶應法は慶應の特殊学級」
「慶應法、特に政治は年配層からイメージが悪く、社会で差別待遇を受ける」
「慶應法なんて受験すること自体が恥で、周りには黙ってた」


などなど、見ていてとても落ち込むような書き込みが大量にありました。しかも書き込んでる人の中には40代の早稲田OBを名乗る方がいました...続きを読む

Aベストアンサー

こんにちは。
私は,法律学科の方ですが,1976年に入学し,1980年に卒業したものですから,ちょうどご質問者様の対象の時代ですね。

確かに,当時の慶應の法学部は早稲田の法学部に比べ,偏差値的には若干の差があり,また,司法試験合格者の数も,倍以上の違いがありました。
ただ前者については,前の方々もご指摘のように,「数学」があり,それが受験者に敬遠される要因であったと思います。
また,後者についても,早稲田や中央に比べ,それほどギリギリ司法試験を目指す学生がいなかったせいでしょう。
私は,都内の私立高校の出身ですが,周囲を見ても,偏差値に差があったにもかかわらず,早稲田慶應の両方を受かれば,慶應のほうに進む人間が多かったような気がします。
また,明治や中央に受かっても,慶應を蹴ってそれらに行く学生はおりませんでした。
やはり,良いにせよ悪いにせよ実社会での「ブランド力」を重視していたようですねえ。当時は。

ただ,法学部内で,政治学科の人間を軽んじる風潮があったのは確かです。
これは,附属高校から法律学科に進む人間には司法試験を目指す「出来のいい」人間が多かったせいかもしれません。

こんにちは。
私は,法律学科の方ですが,1976年に入学し,1980年に卒業したものですから,ちょうどご質問者様の対象の時代ですね。

確かに,当時の慶應の法学部は早稲田の法学部に比べ,偏差値的には若干の差があり,また,司法試験合格者の数も,倍以上の違いがありました。
ただ前者については,前の方々もご指摘のように,「数学」があり,それが受験者に敬遠される要因であったと思います。
また,後者についても,早稲田や中央に比べ,それほどギリギリ司法試験を目指す学生がいなかったせい...続きを読む

Q旧東京教育大学(現筑波大学)の格式・レベルって「客観的に見て」どうだっ

旧東京教育大学(現筑波大学)の格式・レベルって「客観的に見て」どうだったのですか?

予備校講師や本を書いている著者でたまに見かけるこの大学の人を
見ていると、コンプレックスとプライドの融合体のような人物が多くて、
たいていは早慶をちょっと見下している感じがします。

あたかも一橋大学や東京工業大学と同格と言わんばかりです。

ただ、今となっては知名度が皆無に等しく、いったい北海道大学教育学部や
九州大学教育学部といった旧帝大系教育学研究系部と比較して入学の学力的
にはどうだったのか、
知っている年配の方、あるいは、その道に詳しい方、教えてください。

偏見や嫉妬なしの、ありのままの格式・レベルが知りたいです。

Aベストアンサー

NO2です。

大学初任給 (誤り)11000円---------->(正)110000円とゼロが一つ足りません
訂正しておきます。

Q東大や早慶でても大企業に就職するのは上位二割程度

って本当ですか?東大でても中小企業に就職したりするって本当ですか?逆にマーチとかで大企業に就職したりするというのも聞いたんですが本当なんでしょうか?何か質問ばっかりですいません。東大や早慶でたら人生安泰だとばかり思っていたので信じられなくて・・・・

Aベストアンサー

一応、その辺の大学を出てます。
本当です。
が、多分あなたのイメージと違いますので説明します。

まず東大などの上位帝大は就職への評価がそこまで高くない。
大体、3,4割は研究者、弁護士、会計士、上級公務員などを目指します。
1年で受からない人も多くその場合は浪人や留年をします。こいつらを
女子の場合はリアルに親がカネ持ちな場合があって、フツーに就職もせずにブラブラしてます。
形式上、親の会社に入ったり、院生になったり、海外留学しますが、実際はほとんど何もしてません。
僕も驚きましたけどこういう人はけっこう多くいます。
早慶も同様です。
「絶対に就職」と思ってる人はそうそう多くないです。上位大学でも色んな人がいます。

次いで
1と関連するんですが、今って価値観は変わって来てる。
大企業や大金に対する嫌悪感の方が強い。正直、欧米の方がそうなってますね。
凄く優秀な人が国際公務員を蹴って小さい会社を立ち上げたり、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B6%E3%83%BC%E3%83%8F%E3%82%A6%E3%82%B9
そこにゴールドマンサックス1年で辞めて蹴って入る人がいたり(わずか数人の会社ですよ)そういう感じです。
甘い部分もあるんですけど、NGOや中小などを最初から志望する優秀な人もけっこういます。


最後ですが、環境の変化が起こった、と言うこと。
前提として
1、大企業に入ること自体は難しくない。
大企業とは「300名以上」ですからここに入るの自体、偏差値60以上の大学生からすると、別に難しくない。東証一部上場企業も2000社もあるし、そんなに難しくない(その上、財務省やサントリーやゴールドマンサックスなど上位企業は上場してません)

2、上司は高卒
ギャグみたいな話ですが、いまの公務員人気はこの20年で起こったことで、それ以前はまるで人気がなかった。だから地方の市役所は京大なんかの帝大卒も多いですが4,50代なんかの上の世代は人気が無かったので4,50代はふつうに高卒です。いや本当に。どの企業もそういう部分ありますよ。

3、国力の低下
やっぱり1960-1990のわずか30年間だけど、日本国自体が右肩上がりだったし、人口比で見ても
大学生はエリートだったんだと思うんですよね。優秀だけども高卒や短大卒でって人も多かったし、彼らはその現実を受け入れるしかなかった。でも今は人口比で見ても、日本のエリートと呼ぶには届かなくなってると思います。供給量は拡大したのに、需要が減ってる。
そりゃあぶれる奴は出ますよ。

4、企業サイドの姿勢の変化
上記1,2,3を踏まえ企業はシビアになってる。
正直、海外営業なんて腐るほどいたし、売れるもんだから大量に営業を採った。営業もふつうにしてたら売れた。でも今は売れないわけで、システムを組み替えることと、あと根性系も残ってる。
で、理系(念のため行っておくと僕はド文系)、や専門職(医師や、弁護士や海外経験)の需要が高い。
JALのCAは契約社員で、三菱商事の一般職は派遣で、と労働者側から見ればキツイ、最悪な、株主や企業からすると利益を確保できる最高のシステムになってる。
こういう厳しい状況だから、過去の形式上新卒ののシュウカツはなくなって、欧米並みに難しくなってる。
欧米の場合は、あくまで専門性が重要で、「大学でどれぐらい勉強したかを発表する場」なんだから軸はカンタンなんだけど、日本はその辺が曖昧だから、じぶんの立ち位置に苦しむことが多い。

有名大を出てる=専門性があるわけじゃないってのは企業もわかってるし、その辺のギャップ(自己評価が高すぎる)と落ちる。
アマゾンでネット注文して3日で届く自体に、1つ1つの作業がのろい奴は落ちる(サービスを享受する時は安さやスピードを求めてるのに、自分がやる側になったらやりません、できません、っておかしいでしょ)。

東大早慶は、ある程度は受かりやすい。少なくとも書類とか、1次とかは受かりやすいと思う。
でも2次以降はふつうに落ちるし、「おれ○大だからさあ」みたいな奴は落ちる(こういう奴ってあんまり優秀じゃないことが多いし、そもそもキモい新人とわざわざ仕事しなきゃならんのだよ)。
あと中小やngoに「私は利益優先型に疑問があってこういう所に来ました」みたいなかわいこちゃんも落ちる。中小でも利益を必死になって生み出してるし、ngoでも鬼のような姿勢と行動力で寄付や政府系援助をぶんどってなんとかかんとかで運営してることが多い。

つまり『有利な面もあるが、それは”山本くん家は高校から歩いて5分”ぐらいのメリットであり、あまり深く捉えすぎると大やけどする。先輩の進路などを見てれば、ある程度自分のことは推測できるし、限られた環境でできることを楽しみながら1つずつ行う、それしかない』です。

あとは優先順位が違う気がする。
僕はバイト先で中小大の奴がバイトや恋愛やファッションに頑張ってるなあ、と感じたけど、
学内では海外留学やインターン、サークルを頑張ってる人が多かった。
メンタリティが違う部分があると思うし、大企業は後者のメンタリティを持ってる傾向にあるから後者が有効になりやすい気がする。

一応、その辺の大学を出てます。
本当です。
が、多分あなたのイメージと違いますので説明します。

まず東大などの上位帝大は就職への評価がそこまで高くない。
大体、3,4割は研究者、弁護士、会計士、上級公務員などを目指します。
1年で受からない人も多くその場合は浪人や留年をします。こいつらを
女子の場合はリアルに親がカネ持ちな場合があって、フツーに就職もせずにブラブラしてます。
形式上、親の会社に入ったり、院生になったり、海外留学しますが、実際はほとんど何もしてません。
僕も驚きまし...続きを読む


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