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最近アメリカの歴史について学んでおり、疑問に遭遇しました。

17世紀前半、イギリス人が新大陸(アメリカ)での植民地建設に乗り出しましたよね?
それの宗教的要因は、『宗教的自由を求めて』だということは分かっているのですが、経済的な理由がどうもわかりません。
彼らを駆り立てた経済的要因とはなんだったのでしょうか??

教科書を読んでもよく分からなくて・・・(´+ω+`)
歴史に詳しい方、よろしくお願いします。

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A 回答 (4件)

そもそもイギリスという国は、牧羊業は盛んでしたが、農業には適さない国です。


それに対してアメリカ植民地は、黒人奴隷を酷使してタバコなどの商品作物を大量に生産できる場所だったのです。やや時代は遅れますが、なかでも綿花の栽培はイギリスにとって非常に大きな意味を持ちました。なぜならイギリスの産業革命は綿花を原材料とする木綿工業の分野から始まったからです。
綿花というと、イギリスはインドから手に入れていたと思っている人が多いですが、実は当初はアメリカからの輸入が大部分でした。
ところがアメリカ独立戦争の勃発により、イギリスはアメリカから綿花を輸入できなくなりました。そこでイギリスはインドのデカン高原に目を向け、その地のマラータ族を撃破したのです。ここからイギリス木綿製品の原材料である綿花は、インドからもたらされることになったのです。
アメリカ独立戦争の勃発とマラータ戦争の勃発がともに1775年なのは、そのような背景があったからなのです。
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この回答へのお礼

アメリカの作物に適した土地が目的だったんですね。。。
色々勉強になりました。
回答ありがとうございました☆☆

お礼日時:2006/01/06 15:53

質問は、イギリスから北アメリカへの移民に関するものだと理解して回答します。



例えば、最初のイギリス植民地であるヴァージニアは、元々はロンドン会社(ま、東インド会社みたいなもの)が、南米に於けるスペインのように、鉱業や貿易での利益を求めて植民したものが、辛うじてタバコ等の農業で生き残れた事から始まりました。
ピルグリム・ファーザーズで有名なプリマス植民地はは、イングランドのピューリタンが、宗教上の自由を求めて移民したものです。(アメリカに渡る前に一旦オランダに移住していますが、カトリック国のスペインとオランダとの戦争の恐れがあった事などから、再度移住しています。)
ペンシルバニアは、元々は毛皮貿易を目的にした基地のようなものでしたが、大きくなったのにはクェーカー教徒の力がありました。
そんな訳で、一概には言えないのですが、経済的には、鉱業・農業や貿易などでの利益を求めてという事になると思います。(但し、教科書なんかでは、経済的な理由はあまり触れられない事が多いと思いますが。)

尚、19世紀には、羊の飼育の大規模経営化で土地を奪われたスコットランド人や、ポテト飢饉で新しい土地を求めたアイルランド人の大量移民がありましたが、17世紀は、イギリス本土で食い詰めて、新大陸に大量に人が移った、という事はとりたててありません。

また、国王の側には「うまく行けば、税金などで上前を跳ねられる」という狙いはありました。
そういう意味では、それ程戦略的な考えがあって植民政策をした訳でもなく、それもあって比較的独立性の強い植民地になりました。
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この回答へのお礼

そうなんです!!教科書にはあんまり説明がなくて・・・。
でもここで分かりやすい回答をいただいてスッキリしました☆☆
回答ありがとうございました゜・:,。゜・:,。★゜・:,。゜・:,。☆

お礼日時:2006/01/06 15:51

当時は一次産業(農業等)が主役ですから、土地が富を生む時代です。


イギリスは日本と同じ島国ですから、富を生む土地の資産に限りがありました。富国のためには、植民地政策で自国が統治する国土を増やさなければならなかったということだと思います。
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この回答へのお礼

アメリカの国土が欲しかったんですね!
回答ありがとうございました☆☆

お礼日時:2006/01/06 15:48

イギリス人が紅茶を好むのは良く知っていると思います。



始めはインドと対等な貿易をしていましたが、
気が付くと膨大な貿易赤字を生む事になっていました。

インドにイギリスの紙幣が流失を始めたのです。
このままでは10年近くでイギリス経済は崩壊(破綻)してしまうのは明白であり、
いち早く手を講じなければなりませんでした。

イギリスは、インドを支配し、自国の会社をインドに設立する事によって、自国の通貨を流失するのを防ぐ手段に討って出ます。

また、インドで算出するアヘンを中国に輸出する事で利益を上げようとします。
清王朝は、アヘンを焼き捨て、輸入を禁止しますが、

イギリスは、アヘン輸入を再開させる為の戦争を仕掛け勝利し、
アヘンの輸入を制限しない事や、
香港、マカオを租借地とします。

この時、イギリスが、中国本土の領土割譲をしなかった理由は、
貿易拠点さえ持てれば良く、利益の期待出来ない東への進出はあまり考えてはいなかったのが理由です。

ここまでの原因のすべてが貿易赤字と利益です。

アメリカ上陸についてですが、
スペイン、ポルトガルと、南米に次々進出して行きます。
進出の目的は金です。
国庫をうるおすのが目的です。

イギリスは北米に進出します。
単純に、金が目的でしたが、思うように算出されませんでした。
金の算出に代わる利益を得る為、
重税、関税、収入印紙の強要と過酷な悪税を課していました。

その結果、暴動(独立運動)が起きたのです。

すべてイギリスの利益が原因です。
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この回答へのお礼

イギリスの利益だったんですか!
シンプルだけど大きな理由ですね。
回答ありがとうございました☆☆

お礼日時:2006/01/06 15:47

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