源氏物語54帖を閲覧可能なサイト
および
英語で閲覧可能なサイト
を教えて下さいませ!
宜しく、お願い申し上げます。

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A 回答 (2件)

1・和本の印影としては、京都大学付属図書館所蔵貴重書の中で見ることができます。

ただし、花宴、葵の2帖が欠けています。
 http://ddb.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp/exibit/gen …

2・活字になっているものとしては、多分、文部科学省国文学研究資料館の資料にあるだろうと思います。というのは、閲覧するには、先方の定める資格がある人が、登録の上見ることができ、(私には資格がありませんので、目録すら見られません) 全巻ではありませんが、岩波日本古典文学大系のデータベース化とありますから、入っているだろうと想像します。貴方が,その資格に該当しているとよいのですが。
 http://base3.nijl.ac.jp/Rcgi-bin/hon_home.cgi

3.古典総合研究所 The tale of genji 検索にて、SEIDENSTICKER訳英文を読むことができます。ただし、語句の検索を目的に作られていますから、少々読みづらいですが、次のテクニックによってください。検索窓2つのうち、始めのには、帖名を入れ、次の窓には、検索語を入れずにプランクのまま検索キーを押すと、その帖の全文が出ます。
 http://www.genji.co.jp/cgi-bin/esearchj.cgi

他にもあるでしょうが、知っている範囲でお知らせします。
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この回答へのお礼

ご回答誠に有難うございました。ご親切、忝いかぎりでございます。

お礼日時:2001/12/21 00:01

 本文は、「渋谷栄一研究室」


http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/)(定家本)、
や、「Japanese Text Initiative」
http://etext.virginia.edu/japanese/genji/origina …) にあります。

前者には、ローマ字版・現代語訳・訳注・翻刻資料などもあります。

 また、No.1の方が紹介されている

http://www.genji.co.jp/

ではデータベースで本文テキスト語彙検索が出来ます。(たとえば「夢」という語はどの巻のどこ(何頁何行目)に出てくるか。)
 大島本「源氏物語大成」・角川文庫「全訳源氏物語」(与謝野晶子訳)・SEIDENSTICKER 「The Tale of Genji」・小学館 新編日本古典文学全集 「源氏物語」・岩波書店 新日本古典文学大系 「源氏物語」・武蔵野書院 尾州家河内本 「源氏物語」で可能なようです。

参考URL:http://etext.virginia.edu/japanese/genji/origina …
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この回答へのお礼

ご回答誠に有難うございました。ご親切誠に忝いかぎりでございます。

お礼日時:2001/12/21 00:03

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Q源氏物語!

源氏物語高校のときに少し読みました。
ま光源氏がいろいろな女性とお付き合いする恋物語だったような気がしますが。
皆さんは源氏物語読んでどう思いましたか?お友達とどのような会話しましたか?
あと、源氏物語の名場面、源氏物語から学べることを教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

今日は。文学に関しては作家たちの精神病理(パトグラフィー)を調べながら日英文学をつまみ読みしている暇人です。

私はアーサー・ウェイリーが英語に翻訳したものを、さらに日本語に翻訳したものを読みました。今まで長編小説など根気が続かず読まなかったのですが、現代語翻訳本とは言え、一気に(とは言ってもかなり日数はかかりましたが)読めました。

私も最初は光源氏が主役で、様々な女性に手を出し、あちこちで問題を引き起こすわがままイケメン皇子の1人だと思いました。しかしある時、紫式部の生きていた時代、紫式部の生い立ち、さらに対抗馬として清少納言とう存在、当時の時代を牛耳っていた藤原道長の存在などに関する書籍も平行して読み始めました。

すると最初の考え方が少しずつ変わってきました。主役は本当に光源氏なのか?後半は「夕霧」終盤は「薫」と「匂宮」の話し、そして「浮舟」の入水自殺未遂。そして「薫」が「浮舟」と「匂宮」を『疑い』ながら物語が終わってしまう。なんと切ない終わり方なんでしょう。

すこし前に戻って、光源氏の死もわずかに言及されたまま、「夕霧」「薫」の話しに移っていった点。言い尽くせない人間の心理の微妙な動き。すべてに魅了されてしまいました。そして本当の主役は光源氏・薫の周りにいる「女性たち」ではなかったかと思うようになりました。当時の女性たちは、少しでも地位・権力のある男性に身を委ね、自分たちの人生を託すしか生きていくすべのない生き方しか出来なかったのではないかと思うようになりました。そしてたとえそのような幸運に巡り会えたとしても、そののち宮中などでの他の女性たち(貴族は一夫多妻制度)とのつきあい。そしてすぐに出家してしまう女性・男性たち。

生き霊・死霊となって、光源氏にはとりつかず源氏の周りの女性たちに取り憑く「六条御息所」の心理。原文ではなく様々な評論的書籍を読むにつれて、調べ尽くしても尽くしようのないほどの深さを感じました。なぜ源氏物語がこれほどもで世界中でも読まれ、文学作品としてこれほどまで高く評価されるのかが片鱗ですがやっと分かったような気がします。その他の登場人物に関しても言い尽くせないほどの独自性があります。

現在は、なかなか他の小説を読む気にはなれず、源氏物語の古典原文(現代語訳付き)とE・サイデンステッカー氏とアーサー・ウェイリー氏の英訳本を比較しながら読んでいます。(かなり時間がかかるでしょう。)

最初に申し上げました源氏物語に関連した書籍の名前を挙げます。
・精神科医が読んだ「源氏物語の心の世界」---紫式部からの現代へのメッセージ
・「紫式部の欲望」
・「紫式部日記」(参考)
・「源氏物語の端役たち」
・「平安の祈り」源氏物語にみる人生観・死生観
・「源氏物語」英訳についての研究(参考)
・「アーサー・ウェイリー」源氏物語の翻訳者(参考)

今日は。文学に関しては作家たちの精神病理(パトグラフィー)を調べながら日英文学をつまみ読みしている暇人です。

私はアーサー・ウェイリーが英語に翻訳したものを、さらに日本語に翻訳したものを読みました。今まで長編小説など根気が続かず読まなかったのですが、現代語翻訳本とは言え、一気に(とは言ってもかなり日数はかかりましたが)読めました。

私も最初は光源氏が主役で、様々な女性に手を出し、あちこちで問題を引き起こすわがままイケメン皇子の1人だと思いました。しかしある時、紫式部の生き...続きを読む

Q源氏物語・宇治十帖

「浮舟」の段で浮舟が身投げをして死んだこととなって薫と匂宮の嘆きのシーンから一転「蜻蛉」の段に入るといきなり薫が昔あこがれていた女一の宮をのぞき見してドキドキして女二の宮に氷を当てさせたりと、まるで緊迫感のないシーンが延々出てきますよね?
恋人が死んだのに何やってんだとこのシーン自体いらないんじゃないかとイライラしてしまうのですが、もしかしてこれは浮舟を失った薫の喪失感とかを表してるんでしょうか?
それにしても薫って、大君の時といい、浮舟の時といい、煮え切らない人ですよね・・・

Aベストアンサー

匂宮が実は光源氏の息子であり、お父さんの華やかさを受け継いでいるのに比べて、薫大将は源氏の息子として育てられていても、不義の子であり、そのあたりの心のひだを思いやると、薫大将のうじうじした様子がまた、そこはかとなく奥ゆかしく感じられるはずなのです。仰るとおり、ひとつか二つテンポが外れていますね。

何もかもに恵まれた光源氏と対照的な、影の部分の多いお人柄なのでしょう。そこを楽しんであげてください。

Q平家物語と源氏物語の違いは

平家物語と源氏物語の違いはなんですか?

源氏物語はだいたいわかるのですが
平家物語はおもしろいんですか

古典むずかしくって
ねむくなるけど
がんばってよんでみようかなあと
思ってます

Aベストアンサー

全然違いますよ。時代も平家物語の方が全然後ですし。
源氏物語は光源氏という人間が主人公の「物語(小説)」です。時代は平安まっただなかですよね。
一方平家物語は鎌倉幕府ができる少し前の源氏と平氏の戦いについて書いてある「軍記」です。
つまり源氏物語はフィクションですが平家物語はノンフィクションです。おもしろさは人それぞれでしょう。

原文で読むなら平家物語は文体も漢文に似ているので漢文の雰囲気が好きな人は平家物語も好きだと思います。私は源氏の方が文体も話も好きですが。

長くなりましたが「全然違う」ということです。

Q源氏物語と平家物語比較

こんばんは。社会人になって古典に目覚めだしたものです。
私は恥ずかしいことに、中学校くらいまで、源氏物語は源平の戦い、
の源側を書き綴ったものと思い込んでいました。作品を知ったら、
拍子抜けしました。一方は小説、一方は軍記、、。

ところで、上記二大作品について中国人にどちらが日本では評価されているか、と聞かれました。私と同じように考えていたそうです。読者層では前者のような気がしますが、
それぞれのジャンルが異なるので、単純比較できません。

そこで、人格形成、という点ではどちらがより影響の度合いが高いか、という観点で比較してみたらどうかと思いました、ちょっと強引な基準設定ですが、、そう仮定すると、「平家」を選んでしまいます。

私もほとんど読んでいませんが、、「平家」に惹かれています。
平家琵琶の演奏を聴くとなおさら没頭しそうです。

Aベストアンサー

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだけで謙虚な気持ちになるということもありますが、何よりもまず頻出する「死の語り」が平家を推す最大の理由です。

「常々、彼(司馬遷)は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起らないのだという一種の確信のようなものを有っていた。これは長い間史実を扱っている中(うち)に自然に養われた考えであった。同じ逆境にしても、慷慨の士には激しい痛烈な苦しみが、軟弱の徒には緩慢なじめじめした醜い苦しみが、という風にである。」(中島敦『李陵』)

これと同じことは「死」についても言えると思います。(ちょっと断っておきますが、ここでいう「死」とは、間近に迫まる避けられない死を意識したときの人間の態度や身の処し方のことです。ぽっくり死ぬとか苦しんで死ぬとかいう死に方の意味ではありません)
よく「死に様(ざま)にはその人の生き様が容赦なく現れる」などと言いますよね。確かにガンの闘病記や終末期医療に携わる人たちの本から、死を間近にひかえた患者さんたちのありようを窺うと、なるほどと実感される言葉なのですが、平家を読んでいてもやはり同様の印象を受けることができます。

もちろん平家は史書ではなく叙事詩に分類される古典ですから、「作者」が(死を記録するのではなく)死に様を描くことによって人物を色付けているとも言えるでしょう。また作者が此岸や彼岸にうるさい中世の人間であってみれば、そう考えるほうが自然だとも言えそうです。
しかしそれならばなおのこと、侍や悪僧の死に際にみられる人間模様がこの古典の読みどころとして際立ってくるのではないかと思います。
言うまでもなく、作者は死に様にその人物像を集約しようと努めるはず、だからです。

「人間は刻々に死につつあるので、別に、死という特定のものがあるわけではない。刻々の死を終える時があるだけだ。従って、刻々の死を意義あらしめるためには、刻々の生を、最善を尽くして生きねばならない。それを全うした者にのみ、よき“終わり”がめぐまれる」(新潮45・編『生きるための死に方』・野口晴哉という整体の先生の言葉)

もともと生き様が反映されやすい死に様、そして作者(小林秀雄風に言えば「個人を越えた名手」)が健筆にいっそう力を込めたであろう死に際、それが頻出する古典が平家物語である、というのがお題目を念頭に置いた上での私の見方です。
この観点から結論を述べますと、様々な死のあり方(文学的に気取れば「運命のうねり」とでも言いましょうか)を通して、その対極でもあり背中合わせでもある自己の生き様に目を向ける習慣を獲得することが、おしゃるところの「人格形成」に通じるといえば通じるのかなあと考えます。
そのようなわけで平家かなと。


ちなみに私が真っ先に思い浮かべる死に際は「先帝御入水」における平知盛の次の振舞いです。

さる程に、源氏の兵(つわもの)ども、平家の船に乗り移りければ、水手楫取(すゐしゆかんどり・=船頭水夫)ども、或いは射殺され、或いは斬り殺されて、船を直すに及ばず、船底に皆倒れ臥しにけり。新中納言知盛の卿、小船に乗つて、急ぎ御所の御船へ参らせ給ひて、「世の中は今はかうと覚え候。見苦しきものどもをば、皆海へ入れて、船の掃除召され候へ」とて、掃いたり、拭(のご)うたり、塵拾ひ、艫舳(ともへ)に走り廻つて、手づから掃除し給ひけり。女房たち、「やや、中納言殿、軍(いくさ)の様はいかにやいかに」と問ひ給へば、「ただ今、珍しき東男をこそ、御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからと笑はれければ、「何でふただ今の戯(たはぶれ)ぞや」とて、声々に喚(おめ)き叫び給ひけり。【角川文庫版より】

文字通り修羅場なわけですが、このぎりぎりの場面での船内清掃とは妙な行動ではあります。しかし一方で、遺体の清めや死装束・死化粧の施し、あるいはまた、末期ガンを告知された人がするであろう身辺整理、そういったことを想起させる行動ではないでしょうか。
清めた船が「御所の御船」ですから、そんな寓意が込められているのかもしれませんね。
ともかくも、死を、一族の滅亡を目の前にした男が、修羅場でとっさにみせた「死に支度」に武将としての品格を感じさせ、印象的です。

この場面、頼山陽の『日本外史』では漢文らしい簡潔さでこう記されています。

義経、乗輿の在る所を知り、軍を合せて疾(と)く攻む。知盛及ち帝船に赴く。諸嬪迎へて状を問ふ。知盛大に笑つて答へて曰く、「卿(けい)ら当(まさ)に東国男児を睹(み)るべきのみ」と。一船皆哭す。知盛手づから船中を掃除し、尽く汚穢物を棄つ。時子及ち帝を抱(いだ)き、相ひ約するに帯(おび)を以てし、剣璽(けんじ)を挟(さしはさ)み、出でて船首に立つ。帝時に八歳、時子に問うて曰く、「安(いづ)くに之(ゆ)くか」と。時子曰く、「虜(りよ)、矢を御船に集む。故に将(まさ)に他に徙(うつ)らんとするなり」と。遂に与(とも)に倶(とも)に海に投じて死す。【岩波文庫版より】

逆に饒舌な『源平盛衰記』ではこん感じです。

さる程に源氏の兵共、いとど力を得て平家の船に漕ぎ寄せ漕ぎ寄せ、乱れ乗る。遠きをば射、近きをば斬る。竪横散々に攻む。水手(かこ)・かんどり、櫓を捨て、梶を捨て、船を直すに及ばず、射伏せられ、切り伏せられ、船底に倒れ、水の底に入る。中納言は、女院・二殿などの乗り給へる御船に参られたりければ、女房達、「こはいかになり侍りぬるぞ」と宣ひければ、「今はともかくも申すに詞足らず。かねて思ひ儲けし事なり。めずらしき東男共をこそ御覧ぜんずらめ」とて打笑ひ給ふ。手(てづか)ら自ら船の掃除して、見苦しき者共海に取入れ、「ここ拭(のご)へ。かしこ払へ」など宣ふ。「さほどの事になり侍るなるに、閑(のどか)なる戯言かな」とて、女房達声々をめき叫び給ふ。【新人物往来社】

ついでにハーンの『耳なし芳一』から。

More than seven hundred years ago, at Dan-no-ura, in the Straits of Shimonoseki, was fought the last battle of the long contest between the Heike, or Taira clan, and the Genji, or Minamoto clan. There the Heike perished utterly, with their women and children, and their infant emperor likewise―now remembered as Antoku Tenno.

何か長いんですけど、三人しか回答してなのでご勘弁を。

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだ...続きを読む

Q源氏物語を読みたいのだ

突然ですが、偶然源氏物語を紹介したサイトに行き着き
そこでとても読んでみたい欲求に駆られました。

ただ、想像するに源氏物語を扱っている出版社は数多くあると思います。出版社によって原文の訳し方も違うのではないでしょうか。

そこで質問なのですが、源氏物語を読むならどこの出版社のものがお勧めでしょうか?

教えて下さい。お願いします。

Aベストアンサー

#2さんのおっしゃるコミック「あさきゆめみし」は入門用としては最適、というのは定評があります。まずこれでおおまかな流れを知っておこうということでしょうね。
>源氏物語を読むならどこの出版社のものがお勧めでしょうか?
というのは現代語訳を求めてらっしゃっるのだと思いますが、最初にもっとも忠実な訳として評判をとったのは谷崎潤一郎訳です。ただ、少々無味乾燥なので、その点与謝野晶子訳はなんか華やかでいいかんじ、という評判がありました。ただし訳文の忠実さは「?」がつく、という評価です。
その次に出たものでは、円地文子訳が忠実かつ美しい文章で、定評があります。
寂聴さんのものも同様かな?まあこの最後の二つあたりが現在だったら定番でしょう。
あと、一種翻案もので、原文に忠実とは全く言えないが、「原作に忠実」ではあるような気がするのが橋本治「窯変源氏物語」でしょうか。これは訳本ではありませんが。

Q栄花物語と源氏物語の万葉集について

栄花物語 月の宴には、
昔、高野の女帝の御代、天平勝宝五年には、左大臣橘卿、諸卿大夫等集りて、万葉集を撰ばせたまふ
と孝謙天皇の勅撰とありますが、

源氏物語 梅枝には、
嵯峨の帝の古万葉集を選び書かせたまへる四巻
と嵯峨天皇が撰んだとも読めるようにあります。

このほぼ同時期に書かれた二つの物語の相違はどう解釈されているのでしょうかお教え下さい。

Aベストアンサー

>栄花物語と源氏物語の万葉集について

「栄花物語」の記述については一昔前は妄説の類いとして無視されていたのですが、近年「万葉集」19巻の成立に関して橘諸兄(左大臣橘卿)以下が大伴家持に命じて、19巻のもとになる資料を提出させたのではないかとの説が出ており、再評価されているのが現状です。なお、「万葉集」の詞書に年が書かれている和歌の中の最後の歌は、天平勝宝五年(752)の7年後の天平宝字3年(759)の因幡国庁での大伴家持の歌ということも関連します。
「源氏物語」のほうは、嵯峨天皇が古万葉集から抄出(書き抜き)させ、4巻にまとめたものと考えられています。もともと万葉集の原型の巻数については15巻説から数十巻説まであり、現在の20巻になるまでに紆余曲折があったと考えられ、また、一度に完成したのではないとの説が有力ですが、4巻は少なすぎ、後代の勅撰集が20巻というのも万葉集に倣ったとされていますから、「源氏物語」の文を万葉集の成立を記述したものとは考えられていません。

以上、参考程度に。

Q源氏物語に興味のある方ぜひお願いします!

私は今月高校を卒業するので、それを記念して友達と京都旅行をする予定なのですが、友達は「新撰組」私は「源氏物語」が大好きで、その縁の地をまわりたいと考えています。
ツアーの自由時間にまわる程度なのであまり時間もないのですが、源氏物語ファンの方で京都にある源氏物語の縁の地で、オススメがあれば教えてくださいませんか??
あまり考える時間がなくて困っています。よろしくお願いします☆

Aベストアンサー

 こんばんは。私も大学時代、サークルで源氏物語絵巻を研究していたので、源氏物語の舞台を回ったことがあります♪

 やっぱり源氏物語に宇治は欠かせないですね。
 源氏物語ミュージアムもありますし、宇治上神社、宇治川等、見所満載です。
 平等院もあるので、お友達も楽しめると思います。

 あとは、嵐山がおすすめです。
 嵐山の竹林内にある野々宮神社は、斎宮が俗世とのかかわりを絶つ時に訪れたところです。
 まわりには、祇王寺、滝口寺、天竜寺等の良い観光スポットもありますし、京都観光のゴールデンコースなので、お友達にも楽しめると思います。
 あと、足を伸ばせるようなら、仁和寺もどうぞ。朱雀帝が隠居したところです。確か建物も当時の寝殿造りのものだったはずです。こんな空間で源氏物語の登場人物達は生活していたんだなって想像すると楽しいですよ。

 あとは、上賀茂とかも舞台になっているはずですが、ちょっと遠いし、まわりに他の観光地が少ないので、ちょっとおすすめはしにくいかな?と思います。

 とりとめなくてすいません。旅行楽しんできてください。

 こんばんは。私も大学時代、サークルで源氏物語絵巻を研究していたので、源氏物語の舞台を回ったことがあります♪

 やっぱり源氏物語に宇治は欠かせないですね。
 源氏物語ミュージアムもありますし、宇治上神社、宇治川等、見所満載です。
 平等院もあるので、お友達も楽しめると思います。

 あとは、嵐山がおすすめです。
 嵐山の竹林内にある野々宮神社は、斎宮が俗世とのかかわりを絶つ時に訪れたところです。
 まわりには、祇王寺、滝口寺、天竜寺等の良い観光スポットもありますし、京都観...続きを読む

Q源氏物語五十四帖

名刺のデザインに「源氏香之図」の図柄を印字しようと考えています。
そこで、「源氏物語五十四帖」のうち、縁起の良い、あるいは名刺に使用するのにふさわしいと思われるものを教えて頂きたいのですが。

源氏物語をはじめ、国文学についてはまったくの素人です。
どなたかご教授願いませんでしょうか。
よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

源氏物語と「縁起が良い」という言葉が、あまり結びつかないと感じる、源氏物語好きのオバサンです。

ご質問者さまは男性でしょうか、女性でしょうか。

男性でしたら、『澪標(みおつくし)』や『紅梅』はいかがかと思います。
『澪標』は、源氏の君が明石から政権復帰をする場面ですから。
『紅梅』は、あまり知られていない巻(四十三巻)かもしれませんが、亡くなった柏木(かしわぎ)の弟で、「紅梅大納言(こうばい・だいなごん)」と呼ばれる人やその家族のことが書かれている巻です(「大納言」はその当時の地位)。
「紅梅大納言」は、本分冒頭で「童よりらうらうじう はなやかなる心ばへものしたまひし人にて なりのぼりたまふ年月に添へて まいていと世にあるかひあり あらまほしうもてなし 御おぼえいとやむごとなかりける」と紹介されています。
要約しますと「子供の時から才気煥発で、陽気な性質の人だが、出世するにつれて羽振りがよく、理想的な暮らしぶりで、帝の信望も厚い」という意味です。
結構褒め言葉が並べられている人だと思いませんか?
なお「紅梅大納言」は、「玉鬘(たまかづら)」と結婚した「髭黒(ひげぐろ)」が、前妻(「紫の上」の異母姉)との間に儲けた「真木柱(まきばしら)」と結婚しています(いずれも前の配偶者との死別後の再婚なんですけれどね)。

あと秋生まれならば『紅葉賀(もみじのが)』とか…。
ただし、この巻では、「源氏の君」と「桐壷帝の藤壷女御」(『紅葉賀』の巻当時。「藤壷女御」と称される人間は、『源氏物語』の中に複数登場しますので「桐壷帝の藤壷女御」としました)との間の不倫の子(後の「冷泉帝」)が誕生したり、「源典侍(げんのてんじ)」という老女とのラブコメがあったりするので、内容的にはどうかと思うのですが…。

女性ですと、なお難しいんですよね。
源氏物語に登場する女性って、「最初から最後まで幸せいっぱい」って人が少ないので。
お正月生まれだったり、子年生まれだったりするのでしたら『初音(はつね)』、絵画がご趣味ならば『絵合(えあわせ)』、春生まれならば『胡蝶(こちょう)』というようなイメージはできるんですけれどね。

あと、「源氏香」という「香道」に関連づけて…ということですからいっそのこと「お香」が登場する『梅枝(うめがえ)』もいいかもしれません。
『梅枝』には、「源氏の君」と「明石の御方」の間の娘「明石の姫君」の東宮入内(皇太子との結婚)を控えて、お香を準備する場面がありますので。

幼馴染と結婚されていたり、長い恋愛期間を経て結婚されているのでしたら、「夕霧」(「源氏の君」の息子)と「雲居雁(くもいのかり)」(かつての「頭中将」の娘)との結婚になぞらえて『藤裏葉(ふじのうらば)』とか。

源氏物語と「縁起が良い」という言葉が、あまり結びつかないと感じる、源氏物語好きのオバサンです。

ご質問者さまは男性でしょうか、女性でしょうか。

男性でしたら、『澪標(みおつくし)』や『紅梅』はいかがかと思います。
『澪標』は、源氏の君が明石から政権復帰をする場面ですから。
『紅梅』は、あまり知られていない巻(四十三巻)かもしれませんが、亡くなった柏木(かしわぎ)の弟で、「紅梅大納言(こうばい・だいなごん)」と呼ばれる人やその家族のことが書かれている巻です(「大納言」は...続きを読む

Q源氏物語のきわどい描写というのはあるのか?

高校時代は古典が嫌いでしかた有りませんでした。源氏物語も学びましたが、面白くありませんでした。今、源氏1000年記念でいわれているのを聞けば、なんと源氏物語はダブル不倫の物語であるということではありませんか!。高校の時にこっそりとでもそういうエピソードを教えていただいていたら勉強にも熱が入ったかもしれません。(笑い)
 ところで 源氏物語にはそういう点のきわどい場面や具体的な描写はあるのでしょうか? あるのならば具体的にはここに書くのがまずければ 章と 何段落目かでも教えていただきたく存じます。

Aベストアンサー

無いです(笑。

国文学者の大野晋先生と作家兼評論家の丸谷才一センセが源氏物語について論じ合った「光る源氏の物語」という無茶苦茶面白い本がありますが、その中で二人の老碩学が真剣に論じ合っていたタームの一つが、

 この場面、やってる?

です(大笑い。

 やってます。
 いや、これはこの場面の前にやってますね。
 これはねぇ、レイプなんでよ。

実際のところ、これが読み取れないと源氏物語という作品を正確に解釈できないわけで、お二人が真剣に論じ合うのは妥当なんです。

しかし、ご質問の趣旨に則して言えば、この二人ほど古典文学の造詣深く読解力に恵まれた人間でも把握するのに苦労するくらいあいまいな描写しかないんです。

でも面白いですよ。やはり大傑作です。
きっかけはどうあれ興味をもたれたのなら是非お読みください。

Q源氏物語について

源氏物語で六条御息所は、夕顔、葵上、紫上、(女三宮)を生霊や死霊になって呪い殺そうとしましたが、なぜこの3人(4人)だったのですか?この3人にあってほかの3人にない共通点とは何ですか?特別に愛されていたという理由ではなさそうです。なぜ明石君など六条院にいた人全員が、呪われなかったのですか?

Aベストアンサー

特に詳しいわけではないんですが。。。わかる範囲でお答えします。

まず、夕顔と葵上、そして紫の上と三宮を分けて考えてみてください。
なぜかというと、夕顔と葵上を呪い殺した際、六条御息所は生きていましたが、後者のふたりの時は既に他界しています。
つまり、六条御息所・夕顔・葵上が源氏の君と付き合っていたとき(葵上は正室ですが)は同時期になります。
このとき、紫の上は彼女になりうる年齢になっていませんし、三宮はまだ生まれていないはずです。
つまり、このふたりは成仏できない、既に他界してしまった六条御息所に呪われます。

まず、夕顔のケース。
源氏の君と夕顔と付き合っていたとき、源氏の君と六条御息所の関係は雲行きが怪しくなってきていた頃ですよね。
源氏の君と正室の葵上との関係も上手くいっていないはずなのに、自分のところには来ないで夕顔とばかり会う源氏の君。
それに嫉妬をして夕顔を呪い殺してしまったわけです。

次に葵上。
源氏の君は六条御息所と上手くいっていたころ、葵上との関係が上手く気付けないことを六条御息所に愚痴っていましたよね。
それなのに、源氏の君と葵上との間に子供が出来て、それを知った六条御息所は「葵上と上手くいっていないって言っていたのに!嘘つき!」と思っちゃうわけです。
そしてご存知だと思いますが、葵祭のときに葵上と場所の取り合いがあって、プライドをずたぼろにされちゃいますよね。
六条御息所から見れば、葵上は”源氏の君の正室”を振りかざし、しかも子宝にも恵まれて・・・なんで彼女ばっかり!?と呪ってしまうわけです。

こういう風にみると、このふたりは六条御息所に恨まれる“理由”がありますね。
そして何より付き合っていたタイミングが同じ!

では、なぜ他の六条院に住んでいた源氏の君の彼女はなぜ呪い殺される対象にならなかったか?
うーん・・・特別に大事にされているひとに、六条御息所は恨みを持つ傾向があるんじゃないでしょうか。
この時はご存知の通り、男性は、正妻を含めて何人でも彼女を作ってOKっていう時代ですからね。
自分だけ愛して欲しいと思いながらも、沢山彼女がいるということは当時常識ですし、それをある程度六条御息所はうけとめていたのではないでしょうか。

でも、その数多くいる彼女たちの中で、ひとりだけ抜きん出て自分以外のひとが愛される!っていうことは許せないのでは。

花散里や末摘花はポジション&キャラ的にそういう恨みの対象にならないですよね。
性格は良い人たちだとはいえ、彼女たちは一番手ではないですよね。
空蝉は一度きりだったようだし、六条院で生活が始まった時には出家していますし。
そして明石の君は源氏の君の女性の中で、他の女性とは違うように思いますね。
身分の低さが原因だったんでしょうが、自ら他の彼女たちより一歩後ろに下がっている感じ。
そして源氏の君のがのめりこみかけた秋好中宮は帝のところ、玉鬘も髭黒のところに嫁ぎますし。

でも紫の上は三宮にNo.1のポジションを譲ったにせよ、源氏の君の中ではダントツトップですよね。

でも三宮のケースはちょっと違うように思います。
彼女は不義の子を産みますよね。
ザマーミロ!っていうのは言葉が悪いと思いますが、源氏の君への六条御息所からの「恋に破れる辛さを思い知れ~」っていう呪いの様に感じます。

結局のところ、六条御息所のプライドの高さが大きく影響してるように思いますね。

源氏物語は”物語”ですから、ひとそれぞれ感じるところはあると思います。
とりあえずわたしが思っていることは以上です。
お助けになれれば幸いです。

特に詳しいわけではないんですが。。。わかる範囲でお答えします。

まず、夕顔と葵上、そして紫の上と三宮を分けて考えてみてください。
なぜかというと、夕顔と葵上を呪い殺した際、六条御息所は生きていましたが、後者のふたりの時は既に他界しています。
つまり、六条御息所・夕顔・葵上が源氏の君と付き合っていたとき(葵上は正室ですが)は同時期になります。
このとき、紫の上は彼女になりうる年齢になっていませんし、三宮はまだ生まれていないはずです。
つまり、このふたりは成仏できない、既に...続きを読む


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