日本が太平洋戦争のときに東南アジアに戦域を拡大したのはなぜでしょうか。石油の確保のためでしょうか。対中国援助ルートを遮断するためでしょうか。いろんなことが書かれているのでよく分からないのですが。よろしくお願します。

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A 回答 (1件)

第一の理由


継戦能力維持の為の資源を確保する。
昔から日本は、資源が無い国でした。この資源を確保するのが目的です。

第二の理由
アメリカの反抗を止める目的で、米豪連絡線の切断を図った。
フィジーやニューギニアに進行した目的はこれです。(フィジーは計画のみ)

第三の理由
米豪連絡線が、切断できなかった為援蒋ルートを切断しようとした。
日中戦争を有利にするのが目的です。

以上です。
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この回答へのお礼

yo-kan-62さんお返事していただいてどうもありがとうございます。なるほど、複数の要因が重なって東南アジアに侵攻したんですね。ひとつの理由にこだわりすぎていたような気がします。おかげさまで、疑問がさっぱりと晴れました。どうもありがとうございました!!

お礼日時:2001/12/22 06:49

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Q関西でホタルの乱舞が鑑賞できる場所

友人と今週末(6/20)にホタルを見に行くことになりました。
そこで質問なのですが、関西圏にどこかホタルの“乱舞”が見られる場所ありませんでしょうか?
出来れば人口羽化させたホタルを街中で見る感じではなくて、自然のホタルの乱舞が見れるところが理想です。少しくらい交通の便が悪くてもホタルのためならガンバります。
時期が若干遅いかもですが、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

>丹生川は371沿いを走っていればわかりますかね??

それっぽい川がでてきたら、
車を止め、ライトを消して
5分くらい暗闇に目をこらしてみると

・・・・

いるところにはけっこう乱舞しています。

そういうのを数回繰り返していると、
けっこう大量に飛び交っているところに遭遇できます。

Q太平洋戦争はやはり自衛戦争だった

太平洋戦争はやはり自衛戦争だったと最近確信するようになりました。


あらかじめお断りしておきますが、僕は歴史に関してはド素人です。初めは学校で習った通り日本は悪の帝国で侵略戦争を仕でかしたと普通に思ってました。


しかし、元はと言えば、アメリカが国際連盟設立時に人種差別を目論んだり、その後排日移民法を制定して日本に敵意を剥き出しにしたり、更に経済封鎖をしたりして日本を追い詰めていった事を考えると、完全にアメリカが仕掛けた戦争だったとしか思えなくなりました。


マッカーサーも戦後、米議会で「あれは日本の自衛戦争だった」と証言したくらいですから、議論の余地はないと思います。僕のこの結論に間違いはありませんか?

Aベストアンサー

まず、個別の事例(人種差別や排日政策や敗戦やどちらから始めたか、避けられなかったのか)を否定しても、大東亜戦争が自衛戦争であったことの否定にはなりません。
(それらと全く関係がない自衛戦争であったという可能性もありえます。)

この問題では、↓のような意見がよくでますが、それらは今回の質問とは関係のない事だと思います。

避けられなかったか?という意見については、何故か同様にアメリカにも言っている意見を聞いたことがありません。(そういう意見の方は、相手がどのような横暴であっても、日本だけは可能な限り誠実に対応するのが当たり前だと思っているようです)

「勝てば官軍」とか嘯いている人は、国際法に無知であり戦争に言及する資格がないと思います。

自分と違うアメリカの行為への評価を「陰謀論」として、それを否定してみせることで対日政策自体を正当化する意見もよく見られますが、陰謀以前に中立国としての義務を逸脱している事を語った意見はないようです。
(事実にあからさまな嘘を混ぜることで、全てを嘘だと誤認させるのは詐欺師の常套手段です)


>僕のこの結論に間違いはありませんか?

質問者の「結論」と質問の焦点が「大東亜戦争は自衛の為の戦争だった」ということだとしたら、総論としてはそうだと思います。

しかし、「大東亜戦争は自衛の為の戦争だった」というのは、「日本は無罪である」と言うのと同じであるので、証明は不可能に近いと思います。(ヒント:悪魔の証明)
そもそも、「大東亜戦争は自衛の為の戦争だった」という主張自体が、連合国の「侵略戦争だった」という主張への反論です。

なので、自衛戦争であることの証明ではなく、(不可能ですし)侵略戦争であることを否定すればOKです。
そして、本来は「侵略戦争である」と主張する側がその証拠を出す義務があるのですが、この質問は立場が逆になっているので、よくある主張(他国の領内に行って戦闘をした=侵略である)について説明します。

私の考えは、
【当時は、日本軍の行為を侵略と断定できる国際法の条文はありません】
ということです。

この場合、侵略の定義(=どのような行為か)が問題になります。
私は、時代と人の数だけある正義感とやらでそれを考えたり、全てを知っている(と思っている)現代人の立場から、過去の暗中模索で苦悩していた当事者の行為を評価して愚かと嗤って、ごりっぱな人間 を気取る趣味はありません。

当時の国際法では侵略の定義は明確ではありませんでした。

侵略戦争が国際法で違法とされたのは、WW1後のパリ条約によるものですが、
その条約では加盟国の様々な事情で、侵略か否かの決定が

【当事国の裁量権に任せる】

となっており、これでは当事国が 「私は侵略をしました」 と言わない限り侵略にはなりません。

しかし、それでも侵略が違法となった以上、正当な戦争の条件である「自衛権」も問題になりましたが、
当時のアメリカは、↓のように言っています。

【この条約は自衛権を制限するものではなく、その内容と範囲は各国が判定できる】
【当事国が決定するものであり、その自衛の範囲は海外への軍隊の配備まで含む】

↑は、他国に軍隊を出して戦闘を行っても、侵略の十分条件にはならないということで、
侵略の定義など存在しないのと同じであり、事実上ザル法です。



当時の北東アジアの情勢ですが、
よく勘違いしている方がいますが、↓のような状態で当時の満州の領有権は確立していません。

日清戦争で日本は遼東半島を獲得しましたが、その後三国干渉によって返還させられています。
その後、ロシアは義和団事件に乗じて満州を占領したため、日露戦争がおこります。

日本は日露戦争の勝利により、ロシアから満州鉄道を譲り受け、旅順、大連の租借権を得ました。
同時に、これらの防衛や現地邦人保護のため、満州へ軍隊を置く権利も得ています。
(当時の満州は、清国の政策に拠って住人のいない空白地帯で、更にモンゴルの領有権は中国ソ連も主張しており、日本は国防上の理由から満州を放置できませんでした。)

↑のように日本は、南満州の特殊権益は国際的に認められていました。
アメリカも1917年の「石井・ランシング協定」により、これを認めています。

満州鉄道に関しては、行き違いからアメリカが経営に参加できず、それが反日の一因となっていることは事実ですが、その後の反日政策(中国への支援や資源の禁輸)自体は、後述するように戦争行為であり、それに対抗した日本の行為は自衛であると思います。

一方で、当時の中国は清が滅亡し複数の政権(馬賊や地方軍閥など)が争っている内乱状態で、彼等にはまともな行政・司法・警察等の能力は無く、国際条約の知識や理解も薄く、それらの遵守は期待できませんでした。(実際何度も一方的に破棄されています。)
当時の中国領には多くの国が投資しており、在中外国人(日本人も含む)も多かった為に、日本政府は彼等の保護を中国に要請してもいました。

中国の軍閥政権は大陸の日本領内にも侵入して、破壊活動やテロなどの挑発を行っており、現場の緊張は極限状態に達していました。
当然治安も悪く、テロも多発しており、日本人の大尉が中国兵に惨殺される事件も起きています。
これらの結果、現地の部隊が暴発し、独断行動による戦闘が発生してしまい、それが満州事変に発展します。

これを侵略とするなら、その原因となった中国軍の行為も侵略であるはずです。

満州の領土化は、以上のように国防上の為のものでありましたが、
同時に南満州鉄道を守る為でもありました。
満州事変以前の国境線のまま中国と接した場合、テロや破壊活動を阻止できませんでした。

その後、満州国は日本が治安を維持した為に各地から人口が流入し繁栄した為に、再びそれを狙った中国によるテロ活動が起りました。
日本軍は前回と同様、領土内で対応していましたが、そうすると彼らは中国内に逃げて、その後また侵入して同じ事を繰り返しました。
日本は中国奥地にある彼等の本拠地(南京、重慶)を叩かなければ、根本的な解決にならないと判断し、中国領内に攻めていきました。
これが日中戦争に発展します。

アメリカは、中国の市場を日本から奪う為に、日中戦争では国民党(蒋介石)を支援しました。
【義勇軍】という名目で兵士も派遣し、大陸で日本と戦闘もしています。

国際法では、この時点でアメリカは中立ではなく、日本と戦争状態にあると見做されます。
ということは、真珠湾以前から日米は戦争状態であり、(宣戦布告もなく)先に仕掛けたのはアメリカということになります。

「日中戦争」について日本が「戦争」としなかったという意見もあるようですが、どちらかが宣戦布告さえすれば「戦争」にはなります。
中国が宣戦布告しなかった理由ですが、
アメリカには「中立法」というものがあり、「戦争」になった場合アメリカの中国支援はこれに違反している事になるからです。
(「戦争」になったのは真珠湾攻撃の後(1941年12月9日)に中国から宣戦布告をしたからです)

中立法:戦争状態や重大な内乱状態にある外国に対して武器・弾薬類を輸出することを禁止するアメリカの法律。


その後のABCD包囲網とハルノートが日本に開戦を決意させました。

この経済制裁についても、東京裁判で日本の弁護についたローガン弁護人が↓のように言っています。

【自衛権は経済封鎖にまで及ぶ。一国の生存に必要な物資を奪う行為は、国民の士気・福祉の破壊を目的としている分、武力による殺人以上に激烈な 戦争行為 といえる。】


以上から、人種差別や排日政策などとは関係なく、
日中戦争の原因が中国のテロ(侵略)であり、
大東亜戦争の原因が日中戦争への、アメリカやその他の連合国の介入に対するものである以上、日本の戦争は侵略目的のものではないと思います。


日本がアジア諸国を植民地にしようとしたという意見もありますが、そう言っている人が根拠を出したのを見たことがありません。
そのアジア諸国ですが、「アレは侵略ではない」という認識から連合国が認めた賠償請求権を放棄してくれています。(しかし、日本はそれに対しても「準賠償」という名目で経済援助をしています)

【日本が支払った戦争賠償金】(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=euNuLLDSWTI

戦中に開かれた「大東亜会議」では、アジア諸国の独立を認めています。(動画も参照)
(日本は占領後のフィリピンを「フィリピン共和国」として独立させています)

http://www.youtube.com/watch?v=LgmCsWEq_bk

まず、個別の事例(人種差別や排日政策や敗戦やどちらから始めたか、避けられなかったのか)を否定しても、大東亜戦争が自衛戦争であったことの否定にはなりません。
(それらと全く関係がない自衛戦争であったという可能性もありえます。)

この問題では、↓のような意見がよくでますが、それらは今回の質問とは関係のない事だと思います。

避けられなかったか?という意見については、何故か同様にアメリカにも言っている意見を聞いたことがありません。(そういう意見の方は、相手がどのような横暴であっても...続きを読む

Q疑問が多い長野県辰野町のホタル保護条例: ゲンジボタル天然記念物生息地にもたらされた他地域ゲンジをめぐって

ホタルを無許可で捕獲した場合に罰金を科すという,新たなホタル保護条例が,本年(2009)12月15日に長野県辰野町議会で可決された。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10014434741000.html

現保護条例
http://www.town.tatsuno.nagano.jp/sc/syoukou/original/matsuri/hogo.htm
もそうだが,問いたい点は二つある。

*1

町民、滞在者、旅行者及び町内で事業活動を行うすべての者(第1条)が,町内全域において(第5条),ホタル採集禁止となっている。

しかし,観光客が見に来る松尾峡のゲンジを始め,この町にしか生息しない希少なホタルというのは存在しない。にもかかわらず,町に入ったとたん全面採集禁止(正確には,新条例では,町長の許可無く採集禁止)だという。

天然記念物生息地「松尾峡」以外でも,町のどこでも,子供の昆虫採集用のホタル採集すら自由にできない条例となっている。
http://www.news.janjan.jp/area/0912/0912174479/1.php

しかし,この町内で,少なくとも昭和40年代以前には自由にホタルを採る子供たち(私も含め)を見かけた。それでも,ホタル採集の結果,ホタルが年々減ってきた,ということを見聞きしたことはない。それなのに,今は一律採集禁止だ,というのである。

皆さんは,どう思われるだろうか?

*2

条例では,「採るな」とは言うが,「他から持って来て放流するな」とは言わない。

しかし,ここ辰野町では,他地域ホタルは地元ホタルに対し脅威となっている。

しかし,それを防ぐような条例になっていないのである。特に辰野を含むフォッサマグナ地域のホタルは,いわゆる西日本型や東日本型ホタルに比べ分布域が狭い。そのため,この地域には,他県の業者や愛好家から容易にタイプの異なるゲンジが入ってきやすい。

町内で採れないからと,他地域で採ってきて,飼育できない,あるいは死ぬとかわいそうだからと逃がしてしまったら,あらたな移入ホタル問題が生じることとなる。また,町内全域で手軽に増やそうとすれば,採集禁止の町内ホタルではなく,他地域ホタルを入れなければならないという皮肉な結果を生む。

「ホタル保護」と銘打って厳しい条例を作成するならば,ホタル研究者の意見を取り入れた学術的考慮がなされた条例を作るべきではないか。

ホタルを無許可で捕獲した場合に罰金を科すという,新たなホタル保護条例が,本年(2009)12月15日に長野県辰野町議会で可決された。
http://www3.nhk.or.jp/news/k10014434741000.html

現保護条例
http://www.town.tatsuno.nagano.jp/sc/syoukou/original/matsuri/hogo.htm
もそうだが,問いたい点は二つある。

*1

町民、滞在者、旅行者及び町内で事業活動を行うすべての者(第1条)が,町内全域において(第5条),ホタル採集禁止となっている。

しかし,観光客が見に来る松尾峡のゲンジを始め...続きを読む

Aベストアンサー

ANO2です。
「辰野町環境基本条例」のチェックを怠ったため的外れな回答をしてしまい、大変失礼しました。

仰る通り大元の「環境基本条例の理念」に基づき制定されたホタル保護条例としてはおおざっぱすぎると言うか、目的がずれていますね。
財政難の折、町として観光の目玉にしたい気持ちもよくわかりますが、本末転倒なことをしているように思います。

条例がなくとも、ホタルで町おこしを狙っているところは少なくないので、「地元産」を強調する地域が現れたら、「(偽装)ほたるの里」の観光資源としての価値はなくなってしまいますね。(ニュースのネタにはちょうどよいかもしれませんが)
地元マスメディアなどにも積極的に発信し、町民に「自分たちの持っている観光資源の価値がどこにあるのか」ということをよく理解してもらうのが一番だと思います。

質問者様には不本意かもしれませんが、学術的な意見は「小難しいことは判らん」と聞いてもらえないと思います。
が、お金がらみの話になれば、もっと聴いてくれるはずです。
観光資源の生かし方、他地域との競合において生き残りに必要な辰野町のセールスポイント、「本家」ホタル保護条例制定自治体としてあるべき姿勢、それらに投入する税金のあり方、あるいは必要な工事などなど、住民や納税者、観光で生活されている方々には無視できない話しと思います。

既にやってしまったムダ若しくは害悪な工事に関しては大変な批判が出るので、行政が間違いを認めることは簡単ではありませんが、行政の失敗を素直に認め、反省、修正していくことは評価してよいと思います。人のすることですから100%の成功率なんてあり得ません。町長の勇気と町議会の建設的な議論が望まれます。
「反省して方向転換し、本気で行きます」なんて話しは今の時代だからこそ言えると思うんですけどね。これも時機を逸してしまえば徐々に言いづらくなってしまうし。
ムダな工事に関与した土建業者も、「環境に配慮した工事」に参入して挽回する機会が得られます。町で設計した通りに工事しただけなので、税金の無駄使いの矛先とすべきではありません。
・・・・まあ、いろいろ批判はあると思いますが、モノは言い様なのです。

町外のNPOがしゃしゃり出て保護を叫べば、町は逆に意固地になってしまい、手遅れになるかもしれません。
なので、地道に町や議会、住民の意識改革をし、「町の断固たる意思として松尾峡のホタルを保護する」方向にもって行くべきだと思います。
それを踏まえて町内NPOや町内外のボランティアを育成します。
根気のいる話しですが、こればかりは性急にやって成功するものではありません。
町内メディアに活動が取り上げられたら最初のゴールを通過したと思って良いでしょう。
地方メディアは地元経済や政界に繋がってますから、なかなか難しいですよ。

怖いのは全国紙やタブロイド紙、週刊誌などに『創られた「ほたるの里」』なんて見出しが出ることです。
長年かけて育成したホタル観光も瞬殺されてしまうでしょう。
ちなみに、私はプロフィールに書いていませんが、山口県の出身です。
ど田舎なことが幸いし、下関以外にも県内各地でホタルの幼虫保護、育成、放流活動が行われています。
私は大手メディアへ情報提供する様なまねは誓ってやりません。
しかし、インターネットの片隅とはいえ、このサイトは比較的大手メディアの目に留まりやすいところと言えます。
他所のホタル観光関係者も目にされるかも知れません。
今回限りの話しではなく、検索結果の上位として永く人目につく可能性もあります。
時間との戦いでもあります。

ANO2です。
「辰野町環境基本条例」のチェックを怠ったため的外れな回答をしてしまい、大変失礼しました。

仰る通り大元の「環境基本条例の理念」に基づき制定されたホタル保護条例としてはおおざっぱすぎると言うか、目的がずれていますね。
財政難の折、町として観光の目玉にしたい気持ちもよくわかりますが、本末転倒なことをしているように思います。

条例がなくとも、ホタルで町おこしを狙っているところは少なくないので、「地元産」を強調する地域が現れたら、「(偽装)ほたるの里」の観光資源とし...続きを読む

Qアメリカの太平洋戦争は侵略戦争ですか?それとも?

理由の如何に関わらずとにかく先制的に武力による攻撃を受け
それに応戦する形で始まった日米開戦ですが、これは
アメリカにとっては正当な自衛戦争なのでしょうか?

「侵略の定義」からいけば、日本国の領土内において爆撃等を
加えているので侵略だと思うのです。
しかし、自衛の考え方からいけば、自国の領土内で先に
攻撃を受けたので、自衛だと思いますが・・・
学者達の通説というかそういう見解があれば是非教えて下さい。

あと、原爆投下は明らかにハーグ陸戦法規違反だと思いますが、
それについても、専門家の見解等があればどなたか教えて下さいませ。
何卒、ヨロシクお願い致します。

Aベストアンサー

> 複数あるのは知ってますが、詳しくは知りません。
> ですが、細菌兵器や原爆などの恐ろしい兵器を
> 使用するのは違反だったような・・・・
> あと、一般の市民を無差別に爆殺するのも・・・?
> 貴殿が違反していると思われるもの全てをどうか列挙して下さいませ。
> 御願いいたします。

 そういう、事実に基づかない空論は私の嫌う所です。
 最低でも、条項を示してください。
 読んだことが無いなら、例えば下記をどうぞ。ウィキペディアでもいいですが。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/teikoku-denmo/no_frame/history/kaisetsu/other/hague_rikusen.html

> 援軍であって、戦争は、もう始まっているのだと思うのですが・・・?
> すなわち、日中戦争です。ですので日米開戦では決してないと思われますが・・??

 支離滅裂にしか見えないのですが、推敲していますか?
 援軍を出すということは、アメリカ軍は国民党軍の同盟軍だということすね。
 ということは、援軍を出した瞬間に、戦闘をしていなくても日米開戦です。

 世の中の論理はそうだから、ルーズベルトは日本に先端を開かせてドイツと交戦できる状態にしたのです。結論として、あなたの考え方は間違っています。


> けど、私としては、国際社会全体として正当性があるかどうか
> が重要だと思うのですが・・・・・
> その国際社会の代表が国連ではないかと・・・・・・
> たよりないにしても・・・・一つの基準を示しているのかなと。

 あなたが思うのは自由ですが、国際社会はそんなものに縛られたりはしません。
 また、国際社会の代表を国連だという勘違いした幻想を抱いているのも、日本人だけです。

> 複数あるのは知ってますが、詳しくは知りません。
> ですが、細菌兵器や原爆などの恐ろしい兵器を
> 使用するのは違反だったような・・・・
> あと、一般の市民を無差別に爆殺するのも・・・?
> 貴殿が違反していると思われるもの全てをどうか列挙して下さいませ。
> 御願いいたします。

 そういう、事実に基づかない空論は私の嫌う所です。
 最低でも、条項を示してください。
 読んだことが無いなら、例えば下記をどうぞ。ウィキペディアでもいいですが。

http://www004.upp.so-net.ne.jp/t...続きを読む

Qホタルは酒、酢、砂糖水を好みますか。

ホタルは酒、酢、砂糖水を好みますか。

今年のホタルの来訪数は例年の2割くらいでした。

減少の原因が天候不順でしたら仕方ありませんが、

スズメバチの捕獲器を女王蜂の段階で捕獲したく、梅雨前から設置したため、

ホタルの成虫が迷い込むこともありますか。

Aベストアンサー

ご質問者さんの環境に新しく家が建つとか街灯が設置されるとかしまして照明が増えたのでなければ天候が原因と思います。ご存じのように照明で蛍の光がよく見えない環境では、ホタルは光る目的が達成出来ませんからそのような環境では逃げてしまいます。今年は春が寒かったりと天候が不順でホタルの数は少なかったようですから天候が原因ではないかと思います。また、スズメバチのトラップにホタルが掛かっているかどうかは見れば判るのではないかと思いますが…

Q太平洋戦争中、戦争後、日本中飢餓状態だったそうです。

太平洋戦争中、戦争後、日本中飢餓状態だったそうです。
ふと、当時奈良の鹿は大丈夫だったんでしょうか?飢えた人々によって食べられた事はなかったんでしょうか?犬でさえ食べられたらしいのに?

Aベストアンサー

当然食料になっていましたよ。敗戦濃厚となって日本の神々の権威も地に落ちていましたから、春日大社より胃袋ですよ。現在は1200頭近くいますが、敗戦当時は79頭まで減っていたそうです。もっとも春日山とか奈良公園周辺の山へ逃げたものも多数いたと思いますが。鹿を殺すと重罪になったのは江戸時代の話です。
http://www.kasuga-hotel.co.jp/event/shika/shika.htm

参考URL:http://www.kasuga-hotel.co.jp/event/shika/shika.htm

Q琥珀・・・?ホタル・・・?

こんばんは!
今回はメダカの色(?)種類(?)について質問がありまして…。
よく、「琥珀透明鱗」とか、「ホタルメダカ」など目にするのですが、「琥珀」と「ホタル」がよくわかりません・・・。
琥珀、と書かれていても、「まったく違う色」に見えてしまうものもいますし、どのような色合いのことを「琥珀」というのでしょうか?
また、ホタルとはどのような個体をさすのでしょうか?
光とホタルは違うのでしょうか?
どれか一つでもいいので、お答えいただけると嬉しいです!
回答よろしくお願いします<(_ _)>

Aベストアンサー

 琥珀メダカはカラーメダカの黄色の個体であり、ウィスキーの色に近く、一部が赤が強い個体を言います。透明燐は虹色色素で薄く、光沢がある鱗を持つ個体を指します。

 ホタルとヒカリは産出された業者さんに依って呼び方が変わりますし、扱いは両方共同じです。背中に光沢があり、光る事からヒカリ、ホタルと呼んでいます。これを改良して体色と同じ光沢を持たせたのが幹之メダカであり、生産者が娘さんの名前を付けた事で有名になったメダカです。

 カラーメダカの楊貴妃は絶世の美女の楊貴妃、紫色のメダカの式部は紫式部、茶色のメダカの利休は千利休の茶道具から命名されています。

Q大東亜戦争(太平洋戦争)での日本兵の戦い方について

大東亜戦争(太平洋戦争)での日本兵の戦い方について
戦争映画が好きで、よく第二次世界大戦のものを見ます。
最近wowwowでThe pacific(太平洋戦線)やband of brothers(ヨーロッパ戦線)等、第二次世界大戦のドラマや映画が放送されています。
それで、日本兵の描写について少し気になるのですが・・・
日本兵が大声を上げ、九九式短小銃を構えて私を撃ってくださいといわんばかりに敵めがけて突進していくのですが、アメリカ兵に射撃されてしまいます。
うまく説明できないのですが、戦時中本当に日本兵はこのような戦い方をしていたのでしょうか?
万歳突撃等が有名ですが、あまりにも自殺行為な気がしてなりません。
アメリカ海兵隊のような感じではないですよね
銃撃シーンもありましたが、部隊が全滅後にに上記のような感じです(万歳突撃でしょうか)
お国を守ってくれた英霊についてよく知りたいと思い質問しました。
わかりにくい質問かと思いますが、当時の日本兵の戦い方、戦術、環境などを教えていただければ、と思っています。
そこら辺詳しくお願いします!

Aベストアンサー

現代人の目から見ると狂気の沙汰としか思えないバンザイ突撃ですが、当時の日本軍が置かれた状況から考える必要があります。当時の日本軍は、中国で国民党軍と共産党軍と戦争していたわけですが、これらの相手というのが「突撃すればなんとかなった」相手だったのです。
機動力を重視した共産党軍には重火器はほとんどありませんでしたし、国民党軍も然り。さらに共産党軍は毛戦略により日本軍との正面決戦は避けていたので、日本軍が突撃するとなんだかんだいっても結局相手が共産党軍であれ国民党軍であれ、撤退してくれたのです。だから、知らず知らずのうちに日本軍の中で「突撃すりゃなんとかなる」というノウハウが積み上がってしまったのです。

それが甘い考えだったと思い知ることになったのがノモンハン事変を始めとするソ連軍との国境紛争でした。一般的に、ノモンハンの敗戦は「現場部隊がフヌケだった」ということで総括されてしまったといわれていますが、実は日本軍とてバカじゃないのでちゃんとそれはそれで調査はしました。しかし、その結論というのが絶望的なものだったのです。
どういうことかというと、ソ連軍は日本軍より大砲の性能が優れていて、弾薬量も格段に多かったのです。しかし、これはどうしようもない問題でした。なぜかというと、製鉄技術がソ連に比べて劣る日本では、ソ連軍に対抗しうる性能の大砲はどう頑張っても作れませんでした。さらに、弾薬についても当時の日本ではそんなに湯水の如く使えるほどの大量生産をすることはできなかったのです。なにしろ当時の弾薬の生産といったら関西の町工場でちまちま作っていたのです。ご存知のように、大量生産するためには大規模工場が必要で、それによってコスト圧縮効果が発生するわけです。ソ連やアメリカのような重工業の大規模工場なんてものが当時の日本では作れなかったのです。
だから、それを認めると「もう国として日本はソ連に対抗できない」という絶望的な結論に至ってしまうので、「現場が悪い」と責任を押し付けてしまったのです。

緒戦の勝利による驕りもあり、日本軍は米軍に対しても自信満々で突撃戦術をかましましたが、諸兵連合効果の戦術を得意とする米軍によって叩きのめされてしまいます。どうも米軍相手に突撃じゃ歯が立たないと分かって、The Pacificで再評価されることになったペリュリュー島戦から持久戦術に切り替えることとなります。The Pacificでも原作として使われているユージン・スレッジ氏の回顧録を読むと、ベテランの海兵隊員がペリュリューで「日本軍がバンザイ突撃をしてこない」と戸惑っている姿が描かれています。

この持久戦術は大変に効果的で、ペリュリューのノウハウを積極的に取り入れた硫黄島戦で米軍が大変な犠牲を強いられたことはご存知のとおりです。
しかし、日本人つーのは大変にストレスに弱い民族でございまして、この「押されてもじーと我慢して粘り強く戦う」つーのはなかなか耐えられないんですね。いいや、日本人は粘り強いだろと思うかもしれませんが、日本人てのは自分たちで思っているほど粘り強くありません。てか、逆境にはとても弱いんですね。なぜかっていうと、サッカーで日本代表が相手チームに押されると見てる方がもう耐えられなくなりますよね。大概「負けてもいいからもっと積極的に攻めないとダメだ」と批判されます。これが南米のチームなんかだと相手に攻めさせて、それでいてカウンターの機会を粘り強く待っています。そういうことができない。
だから、沖縄戦では持久戦術を主張する八原参謀に対し長中将が「こんなグダグダやってないで一発突撃でパーッといけ!」と主張して司令部は内部崩壊します。

また、捕虜についてですが、日本兵は捕虜になってはいけないと教えられていたので、基本的に捕虜も取りませんでした。また、味方の兵士を救出しようとする米兵にも容赦なく銃撃を浴びせました。また死体のフリをして近づいた米兵に襲い掛かることもよくやったようです。それを米兵は分かっていたのである意味当然なのですが「相手が捕虜を取らないんだから、こっちも捕虜を取る必要はない」と負傷している日本兵も情け容赦なく殺しました。ユージン・スレッジ氏の回顧録にはそういった「むき出しの獣性と敵意」が戦場に満ちていたことが書かれています。太平洋戦線で日本兵の捕虜が極端に少ないのは、「生きて虜囚の辱めを受けず」という思想が根本にはあったのですが、そういった事情も影響していたようです。

現代人の目から見ると狂気の沙汰としか思えないバンザイ突撃ですが、当時の日本軍が置かれた状況から考える必要があります。当時の日本軍は、中国で国民党軍と共産党軍と戦争していたわけですが、これらの相手というのが「突撃すればなんとかなった」相手だったのです。
機動力を重視した共産党軍には重火器はほとんどありませんでしたし、国民党軍も然り。さらに共産党軍は毛戦略により日本軍との正面決戦は避けていたので、日本軍が突撃するとなんだかんだいっても結局相手が共産党軍であれ国民党軍であれ、撤退...続きを読む

Qホタルイカの生食について

ホタルイカの生食について

三日程前にホタルイカの刺身を食べました
その後、二日前から激しい腹痛がおき、嘔吐下痢発熱の
食中毒状態になり、今朝内科に行き点滴を三本打ち、
抗生物質を処方されました。

下痢や腹痛はある程度落ち着いてきたのですが、ホタルイカ
について色々調べていたところ、寄生虫による被害があるとのこと

食中毒ということで内科にかかっている状態ですが、ホタルイカの
話をして別の治療を受けるべきでしょうか?

Aベストアンサー

去年のゴールデンウイークに、うちの主人も同じ様な症状でのたうち回ってました。

休日と言う事で、診療はしてくれるが検査をして貰えなかったので、ハッキリと理由は分かりませんが
医師は、痛みが下に下がって来ているなら、盲腸の可能性があるし、腸閉そくの可能性もあるとか言っていたと思います。
私が「ホタルイカの生食いのせいでは?」と聞くと「その可能性もありますね。」と言われました。
胃潰瘍などで良く処方される、ガスターでも効き目なしで、もう一度病院に行き、痛み止めの点滴を打って貰ってからは、かなり楽になったと言っていましたが、対処療法で治療はして貰いませんでした。

丸々、休みを胃痛と共に過ごし、休み明けには、何とか仕事に行けるまで回復しましたが、もし同じ物でしたら、凄い痛みだと思います。

>食中毒ということで内科にかかっている状態ですが、ホタルイカの
話をして別の治療を受けるべきでしょうか?
伝えておく事は大事ですが、治療してくれるかは別です。

このまま治まると良いですね。
お大事に・・・

Q太平洋戦争後、戦争責任をとらされて処刑された将校の数は?

太平洋戦争終了後、東南アジアなどで
戦争責任をとらされて処刑された将校が多数いたそうです。
その数はどれくらいのものだったのでしょうか?
数千人単位と聞いたのですが、東京裁判のA級戦犯の数に比べるとあまりに多すぎるので疑問に思いました。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

A級戦犯が逮捕約200名、起訴28名、うち有罪25名(死刑7名)に対して、
BC級戦犯が逮捕・起訴約5600~5700名、うち有罪不明(死刑約1000名)と言われています。

BC級戦犯については、地域によっては日本軍の占領に対する報復的な逮捕や起訴がありました。
アメリカの影響を大きく受けているフィリピンではこのようなでっち上げ有罪が多かったとも聞いています。
逆にオランダ領インドネシアでは、オランダに対する反感から、オランダのでっち上げに対して、嘘の証言を拒否するインドネシアの住民達が多く居たとも聞いています。


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