よく、「シュールな○○」みたいな使い方しますよね、けどこのシュールってどんな意味ですか?辞書で調べても、
1、シュールモラトリアムの略
2、接頭語で超の意味
しか書いていません、
だれか、教えてください m(._.)m ペコッ

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A 回答 (3件)

これは、シュールレアリズム(超現実主義)と呼ばれる


思想からでた言葉であると考えています。

 フロイトという心理学者がいますが、彼の業績のひと
つは人の意識というものに対して、無意識という分野にスポットを当てたことでした。 

 夢は誰でも見るものですが、意識して見ることはできま
せん。人間の理性を離れたこのような夢にも人間理解の積極的な意味がある、あるいはこのような無意識の世界から既存の価値観(偏見や思い込み)を超えた新しい価値観を見出していこうというのがシュールレアリスト(超現実主義者)達の主張でした。

転じて、
「自分の頭(理性や常識)では理解できないもの」を
「シュールな○○」と呼ぶようになったと推測します。

特に芸術史上で、このシュールレアリズムは猛威を振る
いました。
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フランス語の「sur:シュール(pre)~の上に」から来ていて前置詞、接頭語として使い、我々に馴染みがあるのは



「surrealisme:シュールレアリスム・超現実主義」などが有名です。

日本語で【シュールな】というときは、人間の場合は「越えている奴」、模様などは「未来を暗示するデザイン」など、

時と場合で使い分けていまます。
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フランス語でsur、辞書でご覧になったとおり、「超~」「~以上」などの意味をもつ接頭辞です。


シュールモラトリアムより、日本ではシュールレアリスムsurrealismeの略として使われることが多いのではないでしょうか。
surrealismeは文字どおり超現実主義という意味で、芸術運動の名前です。
ダリやマグリットのような、ありえない幻想風景をリアルな筆致で描く絵画に代表される一派ですね。
これが日本では誤って略され、シュールといえば不条理な(芸術)表現を指すようになってしまいました。
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Qモダニズムとは

最近、現代美術に興味を持ち、いろいろと本を読んでいる素人なのですが、「モダニズム(絵画)」という言葉がよく理解できなくて困っています。具体的にどの時代のどのような絵をモダニズムと呼ぶのでしょうか。わかりやすく説明していただきたいのですが。

Aベストアンサー

No.2です。 言葉はさておき、
心情としては現代芸術は皆ポストモダニズムを目指しているのじゃないでしょうか。
今あるしがらみからの脱却が前衛と呼ばれる所以でもあります。
ですから、いつ・どこからがポスト・・かと線引きや区分けは出来ないのではないでしょうか?
しかし、他の分野ではともかく、美術・デザインの分野ではあまりポストモダニズム(ポストモダン)という言葉は、
使われていない感じがいたします。
建築分野に至っては、1970年代から出始め、80年代後半には「すでにポストモダニズムは終わった」
とさえ言われてしまっています。
その一時期ポストモダニズム(ポストモダン)といわれたものを、分かりやすく目で見えるものでたとえると、
丹下健三の設計した東京都庁舎・フジテレビ本社等に見られる、あの「ちょっと変わった・・」様式があります。
何となく機能的ではあるにしろ遊びと無駄を加味したデコレーションに気付かれると思います。
バブルの崩壊と共に、この言葉も消えた感じがいたします。
このように現代芸術は、取りつ置きつしながらモダニズムの中で、絶えずポスト・・を作り出しているのではないでしょうか。
ですから、モダニズムが絶えず否定されている感じがするのではないかと思います。
現代美術を語る上では、すでにご存知かとは思いますが↓を参考になされるのが良いと思います。

参考URL:http://www.dnp.co.jp/artscape/reference/artwords/movement.html

No.2です。 言葉はさておき、
心情としては現代芸術は皆ポストモダニズムを目指しているのじゃないでしょうか。
今あるしがらみからの脱却が前衛と呼ばれる所以でもあります。
ですから、いつ・どこからがポスト・・かと線引きや区分けは出来ないのではないでしょうか?
しかし、他の分野ではともかく、美術・デザインの分野ではあまりポストモダニズム(ポストモダン)という言葉は、
使われていない感じがいたします。
建築分野に至っては、1970年代から出始め、80年代後半には「すでにポストモダ...続きを読む

Q漢文訓読の調べ方、調べる辞書など

漢文で白文や、返り点だけあって送りがながふっていない文を書き下し文にするとき、漢文特有の訓読の仕方が分からなくて苦労するときがあります。
例えば、どのように訓読みするのか、音読み+サ変にするのかなど。
このように、漢文独特の訓読を漢字から調べる場合、どうやって調べたらいいのでしょうか。やはり、漢和辞典と古語辞典を当たるしかないのでしょうか。

例えば最近で困ったのは
此木以 不材 得 終 其天年
   二  一 レ 二   一

の 「 得 終 」
     レ

のところです。

Aベストアンサー

 此ノ木ハ材タラザルヲ以ッテ其ノ天年ヲ終フルヲ得タリ。
=此ノ木ハ以ッテ材タラズ、其ノ天年ヲ終フルコトヲ得。

 荘子の文章ですね。少し大きい漢和辞典ならば、古訓としてたくさんの読みが載っていますが、本当に古い読みなので理解しがたいものも多いです。今私が愛用している学研の「漢和大辞典」には{終}の古訓が、ヲハリ、ヲフ、ツヒニ、キハマル、シヌ、トモシ、ヲハルなどと載っています。
 が、これで全部ではなく読者によってさらにさまざまに読まれます。訓読はすでに半分以上解釈ですので、人によってかなり変わるのです。試しに荘子の訓読をいくつか持ってきて読み比べて見るとよいでしょう。

 恐らく、読みどころか、返り点や一、二点の付け方さえ違うでしょう。はっきり言ってこれらは目安に過ぎず、{終}だったら、これが動詞と認識できればよく、英語の finish と同じ扱いをすればよく、ここで英和辞典を引くのと何の変わりもありません。言い訳が思い浮かばなくて、古訓を見たりするのはそれはそれで好いのですが、必ずしも適当なものが見つかるとは限りません。ましてや、荘子なんて、有名な奇文ですので、いくつ読みがあったっておかしくないと思います。(^^;

 此ノ木ハ材タラザルヲ以ッテ其ノ天年ヲ終フルヲ得タリ。
=此ノ木ハ以ッテ材タラズ、其ノ天年ヲ終フルコトヲ得。

 荘子の文章ですね。少し大きい漢和辞典ならば、古訓としてたくさんの読みが載っていますが、本当に古い読みなので理解しがたいものも多いです。今私が愛用している学研の「漢和大辞典」には{終}の古訓が、ヲハリ、ヲフ、ツヒニ、キハマル、シヌ、トモシ、ヲハルなどと載っています。
 が、これで全部ではなく読者によってさらにさまざまに読まれます。訓読はすでに半分以上解釈ですので...続きを読む

Q鼻ブレスとは?

近頃、吹奏楽指導で、鼻から息を吸う「鼻ブレス」がよいという話を伺いました。
アンブッシュアが安定するということや、肺の底まで息が入るということは理解できます。
しかしながら、鼻からだけで十分なブレスが取れるものでしょうか。かえって力んだ余裕のないブレスになってしまう気がします。
楽器を持ったばかりの中高生に対して、この指導方法を用いることが有効なのか、あるいは害となるのか、ご存知の方、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

こんにちは。トロンボーン経験者(アマチュア)です。

質問者さんがご懸念されていることは,腹式呼吸法についての問題であって,実際には鼻ブレスとは無関係だと思います。

ブレスの時間に余裕があれば鼻からでも十分に吸えますし,私はむしろリラックスしやすい呼吸法だと思います。正しく理解してトレーニングすれば,腹式呼吸の習得には非常に有効だと思います。

ただし,逆の言い方をすると,アンブッシュアを安定させやすい,深く呼吸しやすい,といったメリットについても,実際には,鼻から吸うと「そうなりやすい」,というだけのことであって,鼻から「吸わねばならない」という事ではないと思います。鼻から吸うかどうかとは,本来ならば関係のない話です。

鼻ブレスというのはあくまでも「メソッド(手段)」ですので,そうする目的を理解しなければ,有効に活用する事はできません。
腹式呼吸やアンブッシュアについての本質をきちんと理解をしてもらうのがまずは大事だと思います。

その上で,各自が自分の適した方法を選べばよいのではないでしょうか。


<補足>
私が吹いているトロンボーンの場合,現実に鼻で吸っていてはとうてい間に合わない,という局面もけっこう多いです。そんな時まで鼻ブレスを要求したりすると,十分吸えなくてしっかりした音が出せなかったり,無理して吸おうとして,変に力んでしまったりするかもしれません。

こんにちは。トロンボーン経験者(アマチュア)です。

質問者さんがご懸念されていることは,腹式呼吸法についての問題であって,実際には鼻ブレスとは無関係だと思います。

ブレスの時間に余裕があれば鼻からでも十分に吸えますし,私はむしろリラックスしやすい呼吸法だと思います。正しく理解してトレーニングすれば,腹式呼吸の習得には非常に有効だと思います。

ただし,逆の言い方をすると,アンブッシュアを安定させやすい,深く呼吸しやすい,といったメリットについても,実際には,鼻から吸う...続きを読む

Qシュールの意味を教えて下さい。

シュールの意味を教えて下さい。辞書で調べるとシュールリアリズムの略で超現実的と書いてありましたが、「あの人はシュールだ」というと現実的な人という意味になるのですか?いまいちぴんときません。

Aベストアンサー

単に「超」の使い方の問題なだけではないですか?。

一般に「超かっこいい」というと「すごくかっこいい」という意味になりますが、「超人」というと、「すごく人間(?)」という意味ではなく「人を超えた存在=既に人ではない。=神」的な意味になりますよね。そっちと同じ使い方という事で納得を。

そもそも「シュールレアリズム」という言葉は要は、「現実的ではない」と言いたいわけです。そういう状態を表すのにいろんな言葉があります。
「現実からはなれている」と表現しても
「現実に満たない」と表現しても
「現実にあらず」と表現しても、或いは
「現実の裏」などと表現しても、どれも
「現実的ではない」という意味では同じですが、この「シュールレアリズム」の場合は「現実的な表現より、さらに上を行き、既に現実的ではないという状態である」という表現を選択したわけです。それで
「現実を超えている(既に現実ではない)=超現実的=シュールレアリズム」という事ですね。
混乱の原因は「超」の解釈ですね。

Qみんなに好かれるマスコットキャラクターとは?

今度イメージキャラクターを作成することになったのですが、「みんなに人気があるキャラクターの定義」みたいなものが書いてあるサイト、もしくは本などどなたか知りませんか?
私自身、大学で演劇や映像関係を専攻しておりまして、表現の講義で若干かじった事はあるのですが,
。ちなみに私が習ったものはこんな感じです。

1丸みのあるキャラクターは誰からでも好かれやすい。(キ○ィちゃん・アン○ンマン・ミッ○ーマ○スなど)
 全体的にまるを使ったパーツが多いキャラクターなどですね。まるみのあるものは攻撃性を感じないから、誰にでも受け入れやすくて、好かれるという内容でした。

この他に、何か詳しいことを知っている方はいらっしゃいませんか?
また、実際にキャラクター制作や選考、グッズの開発などにかかわっていらっしゃる方のお話も伺ってみたいです。宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんにちわ。
専門でもなんでもないのですが、
自分も似たようなことを考えたことがあるので
そのときに出した結論。
丸みのある体系は定番ですよね。
現在は赤ちゃん体系がマストだと思います。
それも頭より等身が小さいような極端なもの。
そして、目が小さく極端に離れていること。
hardplayer さんの言うとおり、攻撃性の反対
むしろアホっぽいとすらいえるのが安心感に繋がってるのだと思います。


たとえば、ヤフオクで検索した編みぐるみなんかは
本当に手足がちょびっとしてるんですよね。
これはチワワブームなどにも現れていると思います。
http://search.auctions.yahoo.co.jp/search?sb=desc&desc=%a4%a2%a4%df%a4%b0%a4%eb%a4%df&auccat=0&acc=jp&apg=2&f=0x62&s1=bids&o1=a&alocale=0jp&mode=1

キャラクターの行動そのものに意義があるもの。
リラックスしているクマがやたれているぱんだ、お茶を飲んでいる犬など
銃を構えていたり、するのではなく”和み”系の行動をとっている。
リラックマ
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=&c2coff=1&q=%E3%83%AA%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%9E
たれぱんだ
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=&c2coff=1&q=%E3%81%9F%E3%82%8C%E3%81%B1%E3%82%93%E3%81%A0

あと最近ブームなのかな?と思うのが
さらに上の条件にたれみみ、プラス猫口ω←こんなの。ですね
人気アニメ「ふたりはプリキュア」のメップルミップルと
現在人気のシナモロールは明らかに同じ系統だと思います。
http://images.google.co.jp/images?q=%E3%83%A1%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB&hl=ja&lr=&c2coff=1&sa=N&tab=wi
http://images.google.co.jp/images?hl=ja&lr=&c2coff=1&q=%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%AB
シナモロール
http://images.google.co.jp/images?q=%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%A2%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AB&hl=ja

そして個人的にこれらのセオリーをうまく使ってるなーと思うのが
少年ジャンプで連載している家庭教師ヒットマンという漫画のマスコットキャラ。
ランボは牛の赤ちゃんなんですが行動か小さい男の子みたいに我侭でお馬鹿でかわいいんです。
母性本能くすぐられます。
イーピンはこのラーメンマンのようなデカイ顔+極端な胴の短さ(編みぐるみ系)ですね。
そしてこの体系で拳法の達人なのです。

ランボ
http://images.google.co.jp/images?q=%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%9C%E3%81%95%E3%82%93&hl=ja&lr=&c2coff=1&sa=N&tab=wi
イーピン
http://images.google.co.jp/images?q=%E3%82%A4%E3%83%BC%E3%83%94%E3%83%B3&hl=ja&lr=&c2coff=1&sa=N&tab=wi

以上のことから
(1)極端な赤んぼ体系+離れ目は基本
(2)キャラデザそのものの可愛さ+行動を関連付けさせる。
(行動原理は”和み”ものから母性本能喚起系に移ると予想)
(3)これからは”可愛い”より”あほ””ヌケ感”が来るのでは・・?
というのが自分の予想です。

以上から、自分が住目してるのは2ちゃんねるAAのギコ猫
Д←この下がり口がポイントで。可愛いだけではないシュールさが
出てると思います。
http://images.search.yahoo.co.jp/bin/search?p=%a5%ae%a5%b3

長文失礼しました
何かの参考になれば幸いです。

こんにちわ。
専門でもなんでもないのですが、
自分も似たようなことを考えたことがあるので
そのときに出した結論。
丸みのある体系は定番ですよね。
現在は赤ちゃん体系がマストだと思います。
それも頭より等身が小さいような極端なもの。
そして、目が小さく極端に離れていること。
hardplayer さんの言うとおり、攻撃性の反対
むしろアホっぽいとすらいえるのが安心感に繋がってるのだと思います。


たとえば、ヤフオクで検索した編みぐるみなんかは
本当に手足がちょびっとしてるんですよね。...続きを読む

Q「○○になった」「○○になっていた」「○○になってきた」等のニュアンスの差

問題が山積みで頭が  痛かった。
                痛くなった。
                痛くなっていた。
                痛くなってきた。
                痛くなってきていた。

5つの表現のニュアンスの違いを知りたいのですが。

Aベストアンサー

痛かった。 (過去に、そうなった)
痛くなった。 (結果として、そうなった。)
痛くなっていた。 (知らないうちに、そういう状況になっていた。)
痛くなってきた。 (次第にそうなった。)
痛くなってきていた。 (過去に、次第にそうなった。)

このようなニュアンスと受け止めました。
あくまでも、私の見解です。
ご参考程度に。

Q10代特有の虚無観や無気力とは何か?

 一体、原因は何でしょうか?

Aベストアンサー

No,1さんに賛成です。

いま、流行してる女子学生の書く、自信なさげな文字を見て、「自信がない」んだな。と思います。
(一昔前の丸文字のように膨らんだ主張のある文字ではなく、ゆがんだようなひょろりとした文字。レストランのメニューの黒板などにも書いてあったりします。)
さらに、昔はなかった、
*「1050円ちょうどお預かりします。」
  →「・・ちょうどいただきます。」
*「こちらでよろしかったですか。」
  →「こちらでよろしいですか。」
*「こちらに記入していただいてもよろしいですか。」
  →「こちらにご記入ください。」
等、言葉をはっきりと言い切らなくなった状態と重なり(無意識も含め)、ますます自分に自信がないんだな。と思います。

話し言葉も、「もしもし。」→「もすもす。」
「パソコン」→「パスコン」(両方電車などでよく耳にします。)
とこれまたはっきりせず、活舌が悪い。
 親にみんなと違うことを「叱られて」ばかりいたのでしょうかね。
そろそろ、身内も「ほめあう(認め合う)」文化になって欲しいと思います。

No,1さんに賛成です。

いま、流行してる女子学生の書く、自信なさげな文字を見て、「自信がない」んだな。と思います。
(一昔前の丸文字のように膨らんだ主張のある文字ではなく、ゆがんだようなひょろりとした文字。レストランのメニューの黒板などにも書いてあったりします。)
さらに、昔はなかった、
*「1050円ちょうどお預かりします。」
  →「・・ちょうどいただきます。」
*「こちらでよろしかったですか。」
  →「こちらでよろしいですか。」
*「こちらに記入していただいてもよろ...続きを読む

Q略曼荼羅とはなんのことですか?検索しても曼荼羅はでてくるのですが、略曼

略曼荼羅とはなんのことですか?検索しても曼荼羅はでてくるのですが、略曼荼羅はでてきません。どうかおしえてください。

Aベストアンサー

http://www.syscolor.com/original_mandala_hyousou2.html

曼荼羅を大まかに表現したもののようです。

Qネルヴァル 火の娘たち 超個人用語で語られる文学とは。。

ジェラール・ド・ネルヴァルの「火の娘たち」を読みました。気が触れそうなくらい疲れました。
ネルヴァルの超個人的な追憶と 物語がこんがらがってるみたいだし、訳注を見ていくと、女神の名前とか 花の名前とか 他の言葉にも個人的な暗示みたいなものが綿密に含まれていて、オカルト風な所もあるあるし(勝手な判断かもしれませんが)漠然と読むのが精一杯で、ぐったりです。
狂気と幻想の詩人とよばれるネルヴァルのようですが、フェチな情熱がないと読み込めるものでないとう気がしました、私の頭が弱いんでしょうか?揺さぶられるものはありましたが、そこまで入り込む情熱は今のところありません。
これってほとんど変人の戯言とギリギリのところではある。。(本音
作家と向き合うこと自体 体力消耗するものですが 相手がここまで私的な世界に入り込んでて手が届くんでしょうか?こういう火薬の投げ込みみたいな文学っていかがなものでしょうか。
若干大げさになりましたがクライシスです。自由なご意見お願いします。

Aベストアンサー

さて、こんにちは。
『火の娘たち』読み直してみました。以前はたぶん十代のときに読んだのだと思うんですが、いま読み返してみて、全然ちがう印象を受けた。とってもおもしろく読めました。

もちろんのちの象徴主義運動がネルヴァルに範を求めた、というのはよくわかります。
けれども、そんなふうに文学史的に読まなくても、これは十分楽しめます。「象徴」とか「メタファー」とか、はたまた「狂気」だとか「夢」だとかというまえに、まず、この作品に「何が書いてあるか」をきちんと理解していきましょう。

最初の「アンジェリーク」これを読んでわたしは森鴎外の『渋江抽斎』や『伊沢蘭軒』とピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』を思いだしました。

つまり、この作品にはひとつの大きな筋がある。それは作中で「ジェラール・ド・ネルヴァル」と呼ばれる「私」という語り手が、バスチーユを脱獄した僧侶ビュッコワ師の物語を探し求める話です。
この「原稿発見」というのは18世紀の小説のひとつのパターンとしてあります。鴎外がネルヴァルを読んでいたかどうかはよくわかりませんが、『渋江抽斎』や『伊沢蘭軒』にしてもこのネルヴァルにしても、そういう「原稿発見」の物語のパターンを踏襲しています。

抽斎や蘭軒の足跡をたどる鴎外が、「わたくし」としてしばしば作品に登場するように、「私」も登場する。
鴎外の「わたくし」が、あくまで抽斎や蘭軒を書くという目的を持った黒子に徹しているのとはちがって、まるで『競売ナンバー…』でエディパ・マースが謎の闇郵便組織「トライステロ」を求めてさまよい歩くように、「私」も「ビュッコワ師」の物語を求めてさまよいます。

読者であるわたしたちは通常、この「謎を求めてさまよう」物語を読むとき、あたかも穴をずんずんと掘っていって、途中の大きな石や木の根っこなどの障害を取り除き、とうとう最後に「真実」を掘り当てる、という物語を頭の中に思い描きながら読み進みます。たいていの「謎」の物語は、そういう構造を持っているからです。

ところが『競売ナンバー…』にしても、「アンジェリーク」にしても、決して深まらない。鴎外はたえず抽斎や蘭軒を手元に引き寄せ、抽斎や蘭軒の物語を書き継いでいきますが、この「アンジェリーク」ではビュッコワ師の物語は一向に進まず、同じ地平をごろごろと横滑りしていくだけです。何か出来事が起こっても、理解が「深まる」のではなく、出来事はたんに物語を横滑りさせることしかしない。そこで、読者はとまどうわけです。

そうしてポストモダンの作家ピンチョンは、出来事のネットワークの中心にはひとつの意味がある、という伝統的な世界観をこうしてひっくり返してみせるわけですが、ネルヴァルは、「ビュッコワ師の物語は私の『幻視者たち』と題する本(ヴィクトル・ルクー社、パリ)でお読みいただきたい」とずらしてみせる。もちろんポストモダン的意図があったわけではないにせよ、期せずしてポストモダンの小説と同じ構造になってしまったわけです。バスチーユを脱獄したビュッコワ師はどうなったんだ、という読者の期待は、最後まで宙づりにされたままです。

さて、この作品にはもうひとつの物語が織りこまれている。それが、同じビュッコワ家の一因であるアンジェリック・ド・ロンブヴァルの物語です。

「私」はビュッコワ師の足跡を追いながら、同時に、この駆け落ち貴族の娘であるアンジェリックの生涯をたどっていく。わたしはこれで18世紀の戦争というのは、戦場に相当多数の兵士や将校の奥さんや恋人がついていっていた、というのを初めて知ったのですが(ああ、昔読んでいたはずなのに……)、タイトルが「アンジェリック」であることを見ると、彼女の物語がメインストーリーといってもよいのかもしれません。ともかく、この彼女の物語は脱線をはさみ、ビュッコワの追跡とからみながらも、ひとつのまとまった物語として語られます。
ところがこのふたつの物語がどう関連づけられるのか、一向に明らかではない。

さらにここには芝居とか詩とかルソーの墓を訪れる話とか、どう関連していくのかよくわからない印象的なエピソードも、どっさり挿入されています。
いくつもの色鮮やかな物語が相互に関連づけられないまま展開されているために、わたしたちは取捨選択に迷うのです。

だからこれはそういうものとして、楽しめば良いのではないか、と思います。

つぎの「シルヴィ」、この作品は作品集『火の娘たち』のなかでもっともネルヴァルらしい作品といえるのかもしれません。

これはひとりの女優オーレリーを愛している劇作家の物語です。
この劇作家は女優のことを思いながら夢に入っていく。その夢を通じて子供時代の記憶がよみがえっていく。自分が過ごしたヴァロワで知り合ったシルヴィとアドリエンヌというふたりの少女。その夢によって、自分のオーレリーに対する思慕の情は、アドリエンヌから来ていることに気がつくのです。

そこで主人公は、まずシルヴィとの再会を求めて、自分が育った田舎へ戻っていく。
そこでシルヴィにはすでに恋人がいることを知る。その恋人というのは、自分の乳兄弟(乳母の子供)、つまり、自分の分身とも言える存在だった。

またパリに戻った主人公は、戯曲の執筆を通じて、オーレリーに手紙を書く。女優の側もそれに応えてくれたかに思いますが、記憶のなかのアドリエンヌのことを話したとたん、自分が求められていたわけではなかったと知った女優は、自分には別に恋人がいる、と主人公を退けるのです。

やがてオーレリーと共に地方巡業に出かけた主人公は、シルヴィに女優を見せ、アドリエンヌに似ているだろう? と確認を求めます。そこでシルヴィからアドリエンヌの消息を聞く。

これがこの作品のおおまかな筋です。

この作品の特異な点は、人と人の境目が極めて曖昧だということです。
「私」という語り手と、シルヴィの恋人は「乳兄弟」という意味で重ね合わされている。と同時に、シルヴィの恋人と女優の恋人も、主人公を拒否する理由であるという意味で、重なり合っている。さらに、シルヴィとアドリエンヌと女優の境界もきわめて曖昧です。

つまり、夢の中で出てくる登場人物というのは、最初はいまの友人のAさんが、いつのまにか小さい頃の友だちだったBちゃんにスライドしていたり、さらにそれがいつのまにかまた元に戻っていたりしますよね。それが作品のなかで人物が二重写し、三重写しにされている。そう思ってみてみたら、パリが現実の世界で、ロワジーの村が幻想の世界なのか。
確かにそうも思えます。語り手自身が、夢に見たことなのか、と考えたりもしています。
ところがパリへ戻って、それまでの逡巡をかなぐりすてたようにオーレリーに手紙を書いて思いを打ちあけたのも、ほんとうにこれは現実なんでしょうか。

-----
「そこで私はすべてを物語った。宵闇にほの見えて、のちに夢に入り、彼女の中に実現した愛の源を語った。彼女はまじめに耳を傾けていたが、やがて言った。「あなたはあたくしを愛していらっしゃるのではないのだわ。『女優は修道女その人なのです』とあたくしに言わせたいのね。あなたが捜していらっしゃるのはお芝居よ、それだけ、そして、その結末はあなたには見えないの。さあ、もうあなたのおっしゃることは信じませんわ。」
-----

これもよく見ると、なんとも不思議な言葉です。
もしかしたら、「邯鄲の夢」ではありませんが、冒頭で眠りに入った語り手の夢のなかの言葉なのかも知れません。

そうして最後、シルヴィがアドリエンヌの消息を告げたのちに、ヴァロワの民謡と伝説を紹介した不思議なページが続きます。
これも、「アンジェリック」と同じように、あまりひとつの筋書きに関連づけしないほうがいいように思います。


これはあくまでもわたしの読み方なんですが、わたしの場合、このような錯綜した物語を読むときは、基本的にメモをとりながら読み進んでいきます(鴎外の『伊沢蘭軒』などであれば系図を作りながら読んでいきます)。そうやって、筋を追っていく。
わたしはたぶんあまり頭が良くないので、論旨の通ったものしか理解できないんです。だから、複雑なものが出てきたら、とにかく整理しながら進んでいく。整理しないと理解できない(笑)。

読者というのは、作品を読みながら、自分でもうひとつの物語を作っていくものです。
だから、わたしの作った物語は、たいていいくつかの要素に整然とまとめられてしまっていて(笑)、原作と似ても似つかぬものに変型してしまっている。だから、こういう読み方を幻想的な作品に適応させていいかどうかよくわからないんですが。

ともかく、ネルヴァルの作品は一方で非常に明晰な断片を持っていますから、こうやって読んでいけば、かならずいくつかの断片の筋なら追うことができます。それを全体に撚り合わせることはかならずしもひつようではないのではないかと思います。
まずはいくつかの物語を追うこと。
幻想の要素、夢の要素を味わうのはそこから先でも良いのではないでしょうか。

『火の娘たち』しか読んでないんですが、ほかの収録作品に関して、もうちょっと聞きたいことがあれば(こんな読みしかできませんが)補足要求ください。

さて、こんにちは。
『火の娘たち』読み直してみました。以前はたぶん十代のときに読んだのだと思うんですが、いま読み返してみて、全然ちがう印象を受けた。とってもおもしろく読めました。

もちろんのちの象徴主義運動がネルヴァルに範を求めた、というのはよくわかります。
けれども、そんなふうに文学史的に読まなくても、これは十分楽しめます。「象徴」とか「メタファー」とか、はたまた「狂気」だとか「夢」だとかというまえに、まず、この作品に「何が書いてあるか」をきちんと理解していきましょう...続きを読む

Qフリーターはモラトリアム人間?

倫理の質問になると思うのですが、フリーターはモラトリアム人間ですか?
モラトリアムについて、私の知っている知識は、教科書にのっている

 モラトリアム:一人前の大人として自立するために必要な、
        高度で専門的な知識や技能の習得のための
        社会的に容認された準備期間。
 モラトリアム人間:社会人となることを嫌悪したり、拒否したりする青年。

という定義です。
読んでなんとなくわかったつもりだったんですが、
先生がモラトリアム人間の例として「フリーター」をあげました。

私はフリーターはモラトリアム人間だとは思いません。
フリーターってどういう人のことを言うのかよくわからないのですが、
フリーターは一人前の大人として自立しているとはいわないのですか?
なぜフリーターはモラトリアム人間なのですか?
また、違うのならモラトリアム人間とはどういう人のことをさすのでしょうか?
学生は、モラトリアム人間ですか?
質問多くてすいません。教えてください。

Aベストアンサー

何でもそうですが、100%そうだと分類しきれるものでは、ありません。
いずれの質問も、「モラトリアム人間もいるし、そうでない人もいる」。決め付ける意味は、ない。その個人、個人で、人は評価すべきと思う。
また、どんな人が評価するかでも変わってくる。同じ会社に定年まで勤めた人の多くからは、フリーターは評価が低いでしょう。でも、なんらかの形で働いている、という見方をすれば、頑張っているんですよ。


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