爵位についてですが、いまいちわからないので質問します。爵位には五爵ありますよね、貴族の中で・・・これらの違いがよくわからないのでどなたか教えてください。それと、貴族はどのような人々のことを言うのか、お金持ちの人?よくわかりません。
また貴族と華族は何がちがうのでしょうか?
お願いします!!

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教員 年収」に関するQ&A: 大学教員の年収

A 回答 (4件)

華族のランク分けですが、明治17年の華族令の叙爵内規に依れば


公爵11家--臣籍になった皇族、摂家(公家)、徳川将軍家
侯爵24家--清華家(公家)、徳川御三家、15万石以上の大名
伯爵76家--堂上家(大納言)、徳川御三卿、5万石以上の大名
子爵327家--堂上家(大納言より下の)、5万石以下の大名
男爵74家--御三家の付け家老、大名・公家の分家・寺社門跡

というのが大雑把な分け方になります。
その後、勲功華族といって維新の功労者、日清日露戦争の軍人、財閥当主や学者などが加わり、これらは大半が男爵になりますが、最終的には913家(酒巻芳雄氏に依れば、再受爵2人を含めて1,016人)が華族になり、終戦を迎えます。
このランク分けですが、大雑把と書いたのはお手盛りがあり、三条家は清華ですから、本来は侯爵ですが公爵に、岩倉家は子爵のはずが公爵、官軍側の島津・毛利家も公爵となり、その後は維新の立役者の大久保・木戸家も侯爵、伊藤博文・井上馨・松方正義・山形有朋なども伯爵になっていきます。
華族の資産ですが、例として賊軍故に華族に成れなかった、1万石大名の林家(請西藩)を見ますと、旧家臣たちの受爵運動に対して、年収500円(明治22年の物価水準で教員の初任給が5円)を得られる資産を確保することを条件に爵位(男爵)を認められています。
戦争による勲功華族を除けば、大名華族はこの程度の資産を持っていたようです。
先に書いた福沢諭吉は、爵位の代わりに5万円(明治33年の教員の初任給11円)を貰っており、勲功華族は財閥当主を除き、明治期を通じ、伯爵35,000円、子爵20,000円、男爵10,000円が公債として天皇から貰って、それを華族としての体面を保つ資金にしてました。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。少し難しいでしたが、とても役にたちました。

お礼日時:2006/01/17 13:45

日本の華族ですが、明治2年7月17日に、公卿・諸侯という称号が廃止され「華族」という称号に統一されました。


これは維新の立役者である岩倉具視(羽林家)が三条実美(清華家)に比べても家格が低く、武家も領国の大小により身分差があるので、一旦身分や格式を平準化してしまう意図があり、それ以下の家老から平武士までは士族として、これも平準化しました。
つまり旧来の身分制度を壊す意図があったようです。
その後、明治17年7月7日に華族令が交付され、国家に多大な功績のあるものを「新華族」として、爵位を授けるようになりました。
これにより伊藤博文や黒田清隆、松方正義などの維新の功労者は伯爵となり、旧幕臣の勝海舟も伯爵となっています。
これら新華族と下級公家出身の華族は資産の少ないものもおり、明治45年には年金が受けられるようになり、爵位を受けたときに家門永続資金が貰える様になりました。
華族の特権は、貴族院の議員になれること、公・侯爵は30歳になると終身(歳費無し)、それ以下は同じ爵位間で互選(任期は7年)、皇族との婚姻(新華族は不可)、学習院大学への入学、帝大・学習院の奨学金、家範の法的裏付けなど。
義務としては婚姻は宮内大臣の許可を必要とする、男子は兵役の義務など。
不行跡があれば爵位を返上しなければならず、北小路俊岳男爵(詐欺罪)、桑原孝長子爵(無理心中で殺人罪)、土方久敬伯爵(治安維持法違反)などが爵位を返上している。
また有名な所では、徳川御三卿の清水家が金銭問題で爵位を返上してるが、子孫の徳川好敏がパイロットとして活躍し、男爵を受けた例もあります。
有名人としては、喜劇の古川ロッパ(男爵)、女優の久我美子(侯爵)、オリンピック乗馬の西竹一(男爵)、作家の武者小路実篤(子爵)など。
エピソードは、板垣退助伯爵は爵位を受ける気がなかったが、天皇の命により伯爵となり、死後板垣家は爵位を返上、それを見た福沢諭吉は、断りきれなくなる前に先手を打って、予め爵位を断り、功績をお金で換算して貰い、それを基に慶応大学を作ったとか。

この回答への補足

ありがとうございます。かなり詳しくありがとうございました。しかしちょっと補足なのですが、伯爵とか公爵などの爵位には、どれが一番権利が強いなどはあるのでしょうか?いまいち、伯爵はこういう人がなる、公爵はこういう人がなる、などよくわからないのですが、どれぞれの爵位の違いを教えてください。お手数ですが、よろしくお願いします。

補足日時:2006/01/13 11:01
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華族と言うのは戦前の日本で爵位をもつ人とその家族のことで、旧堂上公家、大名、大名に順ずる大身の武士の一部、及び国家に功労があり爵位を与えられた人の家族です。


この華族と言うのは江戸時代以前は堂上公家で摂家に次ぐ価格である清華の別称でしたが、明治以後は日本の貴族のことを言うようになりました。
貴族と言うのは日本の華族を含めて君主の藩屏としての特権階級のことで、たいていは国家に功労があったりして君主(皇帝や国王)から貴族としての地位を与えられたり認められたりして特権をもっていた人です。
華族やヨーロッパでは爵位は上位から公爵、候爵、伯爵、子爵、男爵の5階級と言うのが一般的ですが、ヨーロッパでも古い時代はまた違いますし、ヨーロッパ以外の貴族はまったく異なった制度になっています。
ヨーロッパには今でも貴族はいますが、いまは称号は持っていても特権はないということも多いです。

この回答への補足

ありがとうございます。貴族は君主つまり王だったり、政治を支配している人?が与えた称号だったのですよね?今の貴族というのは、金持ちというイメージなのですが、回答者さんの回答を見る限り偉い人や金持ちではないのでしょうか?また、貴族という称号を与えられた際には何が変わるのでしょうか?生活において・・教えてください、お願いします。

補足日時:2006/01/11 19:46
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貴族ってのは「ある国において何かしらの特権階級にいる人」の総称で、


その中でも「日本で明治から昭和の初頭まで存在していた」貴族が「華族」です。

爵位は国によって種類も階級も違います。
参考URLに詳しい説明が掲載されてますので、ご一読なられてみてはいかがでしょうか?

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%88%B5%E4%BD%8D
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Q知り合いに元華族の人いますか?

どのカテにしようか迷ったのですが、やはり多くの人の回答を欲しいことと、調査による資料というより、実際に知ってる人に現状を教えて欲しいことでこのカテにしました

皆さんのまわりで、元華族の家柄の方はいらっしゃいませんか?

新憲法発足時に華族(爵位を持った人)は889人だったそうです。
華族制度存続時にも経済的に窮乏し、爵位を返上する家庭もあったそうですし、また戦後は没落華族なんて言葉もあったと聞きました

しかしもちろん多くの華族家では、その潜在的資産や人脈をもって一般庶民とは異なる環境であった家も多いと思います

有名なところでは細川元首相や県知事のような家もありますね。

皆さんのご存知の、元華族の末裔の方はどのようにしていますか?

細川さんや政治家のように公的立場の方なら、出来れば今の稼業や経済状態、元はどこのどのような家系の方かもお教えください(差しさわり無い範囲で)

私人と見られる方なら、もちろん個人のプライバシーに関わらない範囲でお願いします

もちろんご本人が子孫って方のお話も大歓迎です

Aベストアンサー

知り合い、と言えるかな?
大学の先生にもと華族の方がいました。
正確にいうと「もと華族のお嬢様と結婚なさった」方ですが、日本史の先生をなさっていました。
華族生まれの奥様は京都で、家宝を守ったり礼法を教えたりして暮らしておられたと思います。

あと、有名かもしれませんが、女優の久我美子さんって旧華族ですよね。デビューするとき「家名を汚す」と大反対されたそうです。

今気がつきましたが、華族の方のことはなんとなく敬語で書いてしまいますね(笑

Qフランス貴族の「ド」と爵位

フランス貴族は「○△・ド・◆×」(適当ですみません)といった名称(というのでしょうか)になると思うのですが、実際、この「ド」とはどういった人たちにつけられるものなのでしょうか。
またそれは爵位などと関係しているのでしょうか。
そして「ド」の前後(上記でいう「○△」「◆×」にあたる部分)はどういった意味合いなのでしょうか。
名前と苗字かと思ったのですがどうやら違うようなことを耳にいたしましたので・・・

質問ばかりで申し訳無いのですが、一つでも構いませんので、お暇なときにご回答頂ければと思います。

Aベストアンサー

ド(de)はフランス語の前置詞/冠詞です。
ごくごく普通の単語で、英語のofに相当します。
全く特別なものではないので、
どういうった人につくか、ではなくて
どういったことが名前に表現されているかに依存します。

貴族の爵位を表すという用法は、
前置詞の起源・原因・手段・様態などを表す意味のときで、
duc de DD/duke of DD、つまりDD公爵となります。
フランス語の場合 de の後にh や母音がくると、
それが縮まるので、duc de AAや duc de HAU なら
duc d'AA や duc d'HAU となります。
つまりドと単独ではなく、ダ、デなど次の母音と重なってきます。
ジャンヌ・ダルクのd'Arc が有名でしょうね。

さてドがつく場合には爵位以外にも前置詞の限定の意味でつく場合があります。
つまり同姓の人がいた場合、地名などをつけて、どこどこのと限定するわけです。
日本の姓でも、住んでいた地名が姓となって例が多数ありますが、
これもそれと同じで、次第にド・なんとかのところが姓として
使われるようになります。
そういう場合、ドと次を合わせて丸ごとで姓となります。
さらにかつては貴族だった人がその後そののまま姓として用いている場合もあり、
はっきりいうと、ドがついているから貴族だとは全くいえません。
C. A. De Gaulle ドゴールなんかはドをもう単独では考えず
ゴールさんとはいわないわけです。

しかしなかには何個もdeがつく長い名前があります。
その場合、たいていは複数の爵位や、母方父方両方の姓を名乗っているなどです。
ま、簡単に考えれば、de 以後が姓で、前が名ということはいえるのですが、
貴族云々は名前だけではわからないのところで、
騎士クラスからドをつけていたので、非常に多くの人間がつけたり、
過去つけていたりするので、特にドは貴重でもなんでもなく
やっぱりだたの前置詞と考えるのが妥当です。
ま、名前に前置詞がつくのが奇異に思うかもしれませんが、
タイラノマサカドとか、日本でも昔はついていたんですよ。

ド(de)はフランス語の前置詞/冠詞です。
ごくごく普通の単語で、英語のofに相当します。
全く特別なものではないので、
どういうった人につくか、ではなくて
どういったことが名前に表現されているかに依存します。

貴族の爵位を表すという用法は、
前置詞の起源・原因・手段・様態などを表す意味のときで、
duc de DD/duke of DD、つまりDD公爵となります。
フランス語の場合 de の後にh や母音がくると、
それが縮まるので、duc de AAや duc de HAU なら
duc d'AA や duc d'HAU となります。
...続きを読む

Q華族令について

華族令について

ズバリなのですがなぜ華族令で持って軍人を〔華族〕にしたのでしょうか。
有力な政治家を華族にしたのはこの人たちを貴族院の議員にして政府の意見を反映させようとしたのでしょうけれど・・・
ご存知の方が居たら教えてください

Aベストアンサー

華族は、旧公家・旧将軍家・旧大名家・旧大藩家臣家・神職・僧侶などの伝統華族と、明治維新以降軍事・政治・経済・科学などで功績を立てて取立てられた新華族があります。華族創設の第一の目的は、皇室の藩屏として、皇室を支える事でした。新人物往来社の歴史読本「華族近代日本の新名家」(1993年1月号)に華族1000家の全一覧が掲載されています。貴族院の事も解説されています。同じ出版社の「明治大正昭和 華族事件録」(千田稔)も、華族が起こした色々な事件が解説されていて、面白い本です。

Q貴族・華族について

イギリス・日本の貴族・華族について、それぞれどのような特権があったのでしょうか?
公侯伯子男(准男爵・ナイト爵)という序列があるそうなのですが、序列の違いによって何か特権などにも違いはあったのでしょうか?
英国の准男爵は上院に議席がなくて、ナイトは一代限りだったというのは存じています。

宜しくお願い致します。

Aベストアンサー

日本の華族については公爵と候爵は無条件で貴族院の議席が与えられました。伯爵以下は同じ爵位の中からの互選でした。
その他の特権といえば学習院にはいりやすかったことでしょうか。

イギリスの貴族については確か世襲貴族なら全員が上院に議席をもっていたと思います。(ただし、実際に出席する人は少ない。)
昔なら領地をもらえたり、所得税や相続税の免除もあったようですがいまはないようで、爵位の違いによって特権に違いがあるとはあまり聞きません。
ただ、イギリスの貴族制度は複雑で同じ公爵でもイングランド公爵、スコットランド公爵、グレイトブリテン公爵、アイルランド公爵、連合王国公爵の区別があり、叙爵時期と関係なくこの順序で序列がつきます。
また、ひとりの貴族が公爵位をいくつももっていたりするひとや、公爵・候爵・伯爵・子爵・男爵のいくつもの爵位を持っていることもあり複雑です。

Q華族と

戦前、華族が事業の失敗などで破産する事はあったのでしょうか?
そういった場合、爵位は剥奪されたりしたのでしょうか?

華族が犯罪を犯し、有罪が確定した場合は爵位の剥奪などはあったのでしょうか?


今でも旧華族同士、霞会館などで親交があるみたいですが、旧華族の方は英国貴族の様に働かなくても資産が潤沢で、趣味で仕事をしているような方が多いのでしょうか。

Aベストアンサー

破産しなくても華族の体面が保てない場合は自ら爵位を返上したというたくさんあります。(公家出身の興福寺の院家が還俗して男爵位をもらった南都貴族と呼ばれる華族にはもともと財産が無かったために体面が保てず爵位を返上したという何件かの例があります。また清水徳川家も確か爵位を返上しています。)
また、もともと公家や大名だった家では、爵位は家の伝統に与えられているので犯罪を犯した場合でも後継者に爵位を譲って隠居してしまえば家の爵位は残るという例もありますが、明治維新その他の功績で爵位をもらったいわゆる新華族の場合は爵位を剥奪されたという例もあります。
華族といってももとも資産が潤沢ではなかったという例も多いですし、戦後のいろいろなことから没落した家もたくさんあります。ただ一部の大名家はうまく資産を残していまも裕福という場合もありますが。

Qヨーロッパの貴族の爵位を大名にたとえるとどのくらい

最近、DVDでオペラを見たんですが、伯爵が劇の中の日本語字幕の中で「お殿様」とよばれていました。公爵とか伯爵、男爵、子爵などの爵位は、大ざっぱに言えば日本の大名とか旗本に換算するとどのくらい地位なのでしょうか? もちろん米食ではないヨーロッパでどのくらいの石高かなんてナンセンスですけど、イメージを御教えください。たとえば公爵なら、日本だと御三家か加賀藩クラスだ、というような感じです。

Aベストアンサー

ヨーロッパの貴族精度は、日本と異なり、領地ごとに与えられます。
国によって異なりますが基本的には、上級貴族に属するものとして、大公爵、公爵、大侯爵、侯爵、伯爵、辺境伯爵、宮中伯爵、城伯爵などがあります。
下級貴族として、伯爵、(準伯爵)、子爵、男爵、帝国騎士があります。
伯爵は、上級貴族に属する伯爵と下級貴族に属する伯爵があります。
準伯爵は、上級貴族の伯爵並の領土を持っている子爵を便宜上準伯爵と呼ぶ事があります。
帝国騎士は、神聖ローマ帝国のみに存在します。

基本的に大公爵は、国王に準じた地位に有る者を呼びます。
日本には存在しないと思います。
公爵は、国王の一族が叙勲されて領地を与えられた場合に与えられる爵位です。日本で言いますと徳川御三家に相当すると思ってください。
大候爵は、大きな領土を持つ他部族を併合した場合に与えられる称号で、日本で言いますと豊臣政権下の五大老のようなものとお考えください。
侯爵は、大候爵より小さな他部族の族長に与えられる爵位で、日本の外様大名と思ってください。
伯爵は、国王の部下が叙勲された場合に与えられる爵位で、日本の譜代大名と旗本の中間だと思ってください。
辺境伯は、国家の辺境に派遣されて領地を持った伯爵で、与えられた領地内で、国王並の権限を与えられた場合に与えられる爵位で、辺境が開発されて辺境ではなくなると、その権限が伯爵を完全に上回り、侯爵なみの権限となります。
宮中伯は、皇帝の身の回りの世話をして与えられた爵位です。
城伯は、皇帝の持ち城の城代を代々勤める人で、日本では大阪城代とか京都所司代などに相当します。

下級貴族の伯爵は、上級貴族の部下が叙勲された者(日本では陪臣)や国王から叙勲されてもその地位の低い者(御家人)などに相当します。
子爵は、日本の代官が世襲化したも、男爵は地方の豪族程度とお考えください。

一代限りの貴族「○○卿」というものもあり上級貴族並の扱いになります。

また、大貴族というものが有りますが、これは国王より特権を与えられた上級貴族です。
スペインに「オリバーレス公伯爵」と呼ばれる人がいました。
この人は、本来「オリバーレス伯爵」でしたが、スペインの宰相として功績を認められ、大貴族となり、さらに公爵領を与えられました。
通常公爵のほうが各が上なので、公爵を名乗るのですが、伯爵で大貴族と認められているため、公伯爵と呼ばれました。

爵位間には、基本的に上下間はありません。公爵が伯爵に命令するような事は通常ありませんが、貴族間で主従関係にある場合は別です。

また、はじめに述べましたが、これらの爵位は領地に与えられるもので、領地を併合したり買収した場合は、それらの称号を併せ持つ事になります。
伯爵でも、公爵領を併合した場合は、公爵の爵位も持つ事になります。

ヨーロッパの貴族精度は、日本と異なり、領地ごとに与えられます。
国によって異なりますが基本的には、上級貴族に属するものとして、大公爵、公爵、大侯爵、侯爵、伯爵、辺境伯爵、宮中伯爵、城伯爵などがあります。
下級貴族として、伯爵、(準伯爵)、子爵、男爵、帝国騎士があります。
伯爵は、上級貴族に属する伯爵と下級貴族に属する伯爵があります。
準伯爵は、上級貴族の伯爵並の領土を持っている子爵を便宜上準伯爵と呼ぶ事があります。
帝国騎士は、神聖ローマ帝国のみに存在します。

基本的に...続きを読む

Q華族の生活について、お勧め本を紹介してください

私はマカオ人で、今は日本語を勉強しているが
ゲームの関係で日本の華族に興味を持ち始めたです
明治と大正時代の華族の生活をもっと詳しく知りたいです
その時代の華族の女性や子供の生活を詳しく書かれた本を読みたいです。


アマゾンでちょっと調べましたが、華族関係の本はたくさんありすぎて
どれがいいかさっぱりわかりません。

私は華族についてはただ基本的な概念しか持っていませんので
できれば、初心者でもわかりやすい本を紹介していただけたいです

Aベストアンサー

現代の日本人の大半も、華族のことはほとんど知らないと思いますよ。

アマゾンをご覧になったのでしたら、その中でわかりやすそう、読みやすそうな本を選ぶと
この2冊でしょうか。
女性や子供の生活についてでしたら、2冊目の本の方が詳しいのではないかと思います。

「明治・大正・昭和 華族のすべてがわかる本」 新人物往来社
「華族令嬢たちの大正・昭和」 華族史料研究会

ゲームの関係? どんなゲームなのか謎です。

Qヨーロッパの貴族の爵位について

ヨーロッパの中世から近世の貴族の爵位はどのような基準で与えられるのでしょうか?
位の高さの順位は、公爵>侯爵>伯爵>子爵>男爵 だとサイトなどで調べるとなっていますが、
王家の子が男爵になったりする例もあるみたいです。
公爵はどのような官職にあるとなる、などという決まりなのでしょうか・・・?
生半可な理解しかないので、ずれた質問だと思いますが、ご親切にお答えいただけますと嬉しいです。

Aベストアンサー

爵位の中でも公爵・侯爵・伯爵と子爵・男爵には違いがあります. つまり, 公爵・侯爵・伯爵の爵位は本来土地についていて, たとえば「○○伯爵領を治めているから○○伯爵」という形になります. 一方子爵・男爵は家についているので, 「○○子爵が納める領地 (がもしあれば)」は「○○子爵領」と呼ばれます. 爵位と領地との関係が逆になることに注意. とはいえドイツ以外では絶対王政の進展とともに土地を失い, その結果現在ではほとんど土地とは無関係になっています.

で, 伯爵以上であればほかにも子爵なり男爵なりの爵位も持っていることが多いです. その場合, 当主は本来の爵位を名乗り, 継嗣は「2番目の爵位」を儀礼称号として名乗ります.

「王家の子」といっても, 現在の国王からの距離によっていろいろな爵位になります. 爵位が法的に生きているイギリスの例だと, ウェセックス伯爵エドワードの長男ジェームズ (つまり女王エリザベスII世の孫) がセヴァーン子爵に叙爵されています. 一般的には「国王の息子は公爵」であることが多いんだけどたまに (ウェセックス伯爵のように) 例外もあります.

爵位の中でも公爵・侯爵・伯爵と子爵・男爵には違いがあります. つまり, 公爵・侯爵・伯爵の爵位は本来土地についていて, たとえば「○○伯爵領を治めているから○○伯爵」という形になります. 一方子爵・男爵は家についているので, 「○○子爵が納める領地 (がもしあれば)」は「○○子爵領」と呼ばれます. 爵位と領地との関係が逆になることに注意. とはいえドイツ以外では絶対王政の進展とともに土地を失い, その結果現在ではほとんど土地とは無関係になっています.

で, 伯爵以上であればほかにも子爵なり男爵なりの爵...続きを読む

Q華族の娘との結婚で平民の男性が華族となるのは可能?

明治初期~中期において、平民の男性が華族の娘との結婚で華族となること(爵位相続等)は可能ですか?
普通の結婚だと無理そうだとは分かったのですが、一人娘の婿養子に入るとか何か方法はあったのでしょうか?
調べたのですがどうしても分かりません。
ご存知の方、よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

華族は原則として男系相続ですから娘と結婚しても家族にはなれませんが、婿養子になれば可能でした。
ただ、家族の家の当主は婿養子でも原則として華族出身者がふつうでしたから、まったくの平民から(もともと華族の家系だが分家して平民になったような場合は別です。)華族になるのはかなり難しい道でした。

Qイギリス貴族の爵位継承について

このカテゴリでは毎度似たような質問ばかりしてしまい申し訳ありません。
またもや疑問に思うことがあり、確認のため質問させていただきます。
どなたか詳しい方、よろしくお願いします。

イギリスの爵位継承はLetters patentに記された通りに継承するものと理解しております。

また、LPには通常 "heirs male of his body"=(爵位継承者は)初代の直系男子のみと書かれているかと思います。

そのため娘しかいない場合はspecial remainderを付与して娘の代だけ娘が継ぎ、
次代からはその直系男子で繋いでいくようにするか、あるいは(おそらくそういったspecial remainderが
出なかった?)娘が近親者や遠い血縁の者を婿に迎え、その男性に家と爵位を継いでもらう…
というような話を見たことがあるのですが後者の場合、確かに血縁とはいえLPの条件に合致しない
人間が継承できるものなのでしょうか?
別のspecial remainderが出ているという(男子ならば遠縁でも継承できる、といった)解釈であっておりますでしょうか。

また、ちょっと調べた所、跡継ぎの長男がいれば長男はheir apparent(法廷推定相続人)、
長男がいなければ弟か甥が跡継ぎとなってheir presumptive(推定相続人)と呼ばれる…と
いうのを見たのですが弟や甥というのは傍系ですよね。
つまり普通ならLPの条件に合わないと思うのですが、これも同じこと(特殊規定が存在する)でしょうか。

つまり確認したいのは「特殊な規定がない場合、爵位保持者に嫡男がいない限りその爵位は消滅する」
「爵位保持者の嫡男以外が(それが娘だろうが、弟だろうが、遠い血縁だろうが)
爵位を継ぐことができるというのはすなわち初代が授爵された際に
特別な規定が設けられている、あるいは改めて付与され授爵された位であるはず」
という二点の解釈に間違いがないかです。

どうぞよろしくお願いします。

このカテゴリでは毎度似たような質問ばかりしてしまい申し訳ありません。
またもや疑問に思うことがあり、確認のため質問させていただきます。
どなたか詳しい方、よろしくお願いします。

イギリスの爵位継承はLetters patentに記された通りに継承するものと理解しております。

また、LPには通常 "heirs male of his body"=(爵位継承者は)初代の直系男子のみと書かれているかと思います。

そのため娘しかいない場合はspecial remainderを付与して娘の代だけ娘が継ぎ、
次代からはその直系男子で繋...続きを読む

Aベストアンサー

詳しくないですが, ちと調べた限り heirs male of his body は「最初に爵位を受けた人の直系男子」であればよく, 「現在の爵位保持者」とは関係ないのではないかと.

つまり, 爵位を創設した A の子供を B, B の子供を C 及び D としましょう. この場合 A→B→C と爵位を受け継いでいきますが, C に子供がいなかった場合「A の直系男子」である D が受け継げるんじゃないかなぁ. そう解釈しないと, 「直系男子」でない者が爵位を継承したときに「代数を増やす」ことはないはずです.

逆にいうと, たとえ直系で爵位を受け継いだとしても「爵位継承条件の違う Letters Patent を受けた」場合には, そこで改めて「初代」という数え方をしないとおかしいはずです.


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