今心理学の勉強をしていて「弁証法的唯物論」(マルクスやレーニン、ヘーゲルの名前が出てきました)等の言葉が出てきます。
意味がわからないので、広辞苑で「弁証法的」「唯物論」「弁証法的唯物論」と調べてみたんですが、
読んでるだけではまったくわかりませんでした。
自分のメモには「批判的にうのみにせず考える」と書いてあるんですがこういう意味なんでしょうか。
それぞれの意味を簡単にわかりやすく教えてほしいです。

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A 回答 (2件)

 


  弁証法的唯物論は、マルクス主義の世界観で、マルクスが唱えたものですが、色々な複合的な成立事情があります。(もっと詳しい説明を書いたのですが、たいへん長いものになったので、簡単なものにします)
 
  まず、唯物論は、物質一元論のことで、古代哲学では、エピクロス派がそうで、ルークレティウスなどは、物質一元論の世界観を説きました。しかし、これらは、古代の唯物論で、「物質」とは何かの意味把握が現代・近代とは異なっています。
 
  近代的な唯物論は、スピノーザの宇宙観に似ています。スピノーザは世界を構成する一元論的実体として神=自然を考えました。この神=自然は、「必然法則」を持って展開しており、また変容しています。運動しているとも言えます。弁証法的唯物論の物質は、必然法則を持って運動している実体で、また、法則には、「物質の階層」があって、適用範囲が異なり、これが弁証法と連関しています。
 
  他方、弁証法の方は、これも古代からある「思索の方法」で、その祖は、ソークラテースにあるとも言われ、またソピステースがそうだとも言われます。dialectic と英語で言いますが、これはギリシア語の tekhne dialektike(テクネー・ディアレクティケー)から来ており、この言葉は、「議論の技術」の意味です。ソークラテースの弁証法は、「観念弁証法」と言われますが、これは、まず、問題を出し(テーゼ)、それに対する相手の答え(アンティテーゼ)を聞き、その上で、最初のテーゼも、答えあるいは反論としてのアンティテーゼも両方含め前提として、しかし、新しい展望の答え(ジンテーゼ=総合テーゼ)を得るというものです。これは概念あるいは命題の弁証法なので、「観念弁証法」と呼ばれるのです。
 
  精神の弁証法、あるいは観念の弁証法の大成者はヘーゲルで、ヘーゲルは、弁証法を、概念や命題や議論の弁証法だけではなく、歴史の展開の過程について、弁証法が成立することを論じました。
 
  ヘーゲルの歴史の展開の「自由の増大」とは、動物にせよ人間にせよ、認識の増大で、知識の増大であり、それは、「精神の認識能力」の展開・拡大であるということになります。ヘーゲルの歴史の展開の極限には、宇宙が自己についての完全な知識を得ることが見込まれ、つまり、宇宙とは精神であり、精神が、自己を完全に認識して行く過程が、歴史の過程だという考えになります。
 
  マルクスは、ヘーゲルの思想が、逆立ちしていると批判し、精神が弁証法的に展開しているというのは、実は、物質についての人間あるいは生物の知識の増大が弁証法的に起こっているのであり、またそれは単に「認識の弁証法」ではなく、実は、物質の世界そのものが展開しているのであり、この展開の一部が、人間の認識の進展であって、実際、人間の認識の展開の前提には、どのような社会に人間が生きているかがあり、どんなに優れた人間でも、そもそも前提になる生まれた社会が、未開段階であれば、未開段階の観念でしか、思考はできず、他方、文明段階の社会なら、思考は、未開社会の人とは質が違って来るのであり、人の思考は社会の段階で決まるのだとしました。
 
  マルクスの考えでは、技術や生産様式が社会を決定し、社会のありようが、社会成員の認識や知識や思想や文化などを決める。知識や思想や文化が展開すると、技術も展開し、従来の生産様式の社会とは矛盾する観念の勢力(アンティテーゼ)が現れ、これによって、生産様式や社会が変革されて展開する(ジンテーゼ)、このようにして、社会は展開して行く。これが社会発展の弁証法です。
 
  この社会の発展の弁証法を物質の世界にも拡張し、物質の世界の弁証法的運動が、物質のシステムの階層の弁証法的上昇をもたらし、より単純な法則の階層の物質世界から、弁証法的に、より複雑な法則が支配する物質の階層ができる。人間の社会の展開も、この物質の弁証法的展開の一部であるとする考え、世界観が弁証法的唯物論です。
 
  なお、わたしは観念弁証法の方に近いので、以上の弁証法的唯物論の見方は、違っていると言われるかも知れません。
 
  とりあえず、「弁証法」とは、ものを多面的に見る、捉えるということです。ある方向から見ると、円に見えるものは、必ずしも球ではないのです。別の方向から見ると、長方形に見える場合、これは、実は「円筒」だということになります。最初見た時、円(テーゼ)だと見えたものが、別の方角から見えると、長方形(アンティテーゼ)で、では、これは何なのか、二つのテーゼを総合して考えると、円筒(ジンテーゼ=総合テーゼ)だということになります。このジンテーゼは、テーゼを否定しながらも、テーゼも元に、その否定によって、より高い認識、より正確な認識に到達するので、テーゼを「棄てる」が、しかし、それは単に棄てるのではなく、上に「揚げた」形で棄てるので、ジンテーゼの導出を、揚棄(ようき)とも言います。普通、揚棄は、止揚と言われますが、どちらも、ドイツ語の Aufheben の訳で、これは「拾い上げる」というような意味です。ものごとを、一面的に見るのではなく、別の面からも見て、二つの認識を総合することです。特定の認識や考えに拘らず、ものごとを柔軟に多面的に見て、より正確な、豊かな認識を得るという方法ですが、これだけだと概念・思考・認識の弁証法です。弁証法的唯物論は、世界は物質から成っているという世界観で、かつ、物質や社会は、弁証法的に展開しているという考えです。
 
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この回答へのお礼

詳しい回答どうもありがとうございます!
おかげでより意味がわかったと思います(*^.^*)
(特に最後のところがわかりやすい例えだったので)
これでレポートがより書けるようになります!
本当に助かりました。長い回答お疲れさまでしたm(._.)m

お礼日時:2001/12/25 01:27

唯物論 人類の進化はある種の猿の二本足歩行に始まり、手を自由に使えることになったことから道具(簡単な斧のようなもの)を使えるようになった。

それによって脳に刺激を与え、益々人類として進化し今日の文明を築くに至った。アダムとイブも、神も人類の進化にはなんら関係していない。すなわち、すべての物事を科学的に捕らえていく見方が唯物論です。(社会、科学すべてについて)

弁証法 そのような考え方だと思いました。

その辺の古典で代表されるのは、ヘーゲル、マルクス、エンゲルスだと思います。レーニンあたりは純粋でない面があるのでエンゲルスの著作を読むことをお奨めいたします。
 もちろん今でも売っていますよ。
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この回答へのお礼

回答どうもありがとうございます!!
すごく助かります!これでレポートが少し書きやすくなりますo(^o^)o時間がちょっとないのでエンゲルスの本は暇になったら見てみようと思います。

お礼日時:2001/12/24 03:41

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Qマルクスは?

当方、経済学は全くの素人です
馬鹿なことを聞くやつだ。 と思われるかもしれませんが、

最近「 マルクス・レーニン主義が、第一次マルクス修正主義だとすると今後、第二次マルクス修正主義が起こる否か 」がどうしても気になるのです

特にアメリカや日本では「直接選挙(革命)をやっているから、ロシア革命のような形態ではおこらない」と思うのですが

どう考えたら良いものか、どなたかお教え願えないものでしょうか?

Aベストアンサー

#2ですが、追加です。

FHirokoさんはイデオロギーとしてのマルキシズムの可能性ではなく、
政治運用面でのマクキシズムの可能性について言及しているのでしょうか?
私は前者だと思って回答してしまいました。失礼しました。

政治運用面では、プロレタリアート独裁ではなく、ゆるやかな連立による
左派政権ができる可能性は充分あると思います。現実にヨーロッパがそうです。

ただし、それはマルクスによる革命とはちがうし、すでにマルキシズムではなく
社会民主主義です。富める者ではなく、富まない者への政策は、
左派政権が担うとも考えられます。しかしながら、そうすると予算配分、さまざまな規制が
生じることによる自由競争原理の崩壊、経済の失速といったデメリットも考えられます。
おそらくはそのバランスでしょう。

アメリカについては貿易面だけではなく、GDPの全体像を眺めなければ即断はできません。
が、FHirokoが指摘する面はあると思います。

お答えの結論ですが、マルキシズムを加味した左派政権の可能性はある、ということです。
ただし、それをマルキシズムと呼ぶかどうかは、また別のお話しでしょう。

#2ですが、追加です。

FHirokoさんはイデオロギーとしてのマルキシズムの可能性ではなく、
政治運用面でのマクキシズムの可能性について言及しているのでしょうか?
私は前者だと思って回答してしまいました。失礼しました。

政治運用面では、プロレタリアート独裁ではなく、ゆるやかな連立による
左派政権ができる可能性は充分あると思います。現実にヨーロッパがそうです。

ただし、それはマルクスによる革命とはちがうし、すでにマルキシズムではなく
社会民主主義です。富める者ではなく、富まな...続きを読む

Q弁証論的認知行動療法とは?

境界例に効果的だという弁証論的認知行動療法とはどのような治療方法なのでしょうか?認知行動療法はすでに理論も多少知っているのですが哲学用語の「弁証論的」という理論とどう結びついているのか知りたいです。

またこれについての詳しいサイトや実際この療法を扱っている診療所等も参考にしたいので、ご紹介いただけたら幸いです。

Aベストアンサー

よくは知りませんが、「弁証論」というのは、対話・議論などによって矛盾を浮き彫りにすることによってひとつの真理に近づくことを目指す手法だろうと思われます。

「認知行動療法」自体も、幼時の人間関係などに起因する精神分析的要因をあまり重視せず、クライアントとの対話(あるいはクライアントへの働きかけ)を重視しているのが特徴と思われるので、それ自体が「弁証論的」と言えるような気がします。
つまり、「弁証論的」は「認知行動療法」という手法の説明として付加されている語句で、両者に特に違いはないのではないでしょうか。
それとも、あえてこの言葉を冠することによって一般的な認知行動療法との違いを意図する用語なのかどうか、素人ゆえ確信は持てませんが・・・。
 

Qマルクスの宗教批判について

ドイツのマルクスが、宗教を「民衆を腐敗させる悪だ」として批判したそうですが、これは本当でしょうか?(ロシアのレーニンも同じ考えを持っていたと聞いたのですが)
もし本当であれば、それは正論なのですか?

Aベストアンサー

マルクスには詳しくないので,そのようなことを言ったかどうかは知りませんが,
はっきりと言えるのは,正論ではないということです。
私は,キリスト教のプロテスタントに属していますが,正しいと思っていますし,
みなさんもご存じのイエス・キリストを信じています。まだクリスチャンではない
ので,心からというわけにはいきませんが,信じれば救われると思っています。
寂しいときなどに聖書のみことばを読むと涙が出てきます。
それに,私達が信じている神には,不可能なことはありません。
段々混乱してきたので,最後に聖書のみことばをいくつか書いておきます。
別に布教活動ではないので,読む読まないは,自由です。気が向いたらどうぞ。
☆主はあなたを見放さず,あなたを見捨てない。申命記31:6
☆子どものように神の国を受け入れる者でなければ,決してそこに,はいることは できません。マルコ10:15
☆わたしは,世の光です。わたしに従う者は,決してやみの中を歩むことがなく,
 いのちの光を持つのです。ヨハネ8:12
☆神は真実な方ですから,あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせ るようなことはなさいません。1コリント10:13
☆すべて,疲れた人,重荷を負っている人は,わたしのところに来なさい。わたし があなたがたを休ませてあげます。
あぁ,やっぱり聖書は勉強しとくべきだった……と思い知らされる今日この頃です。

マルクスには詳しくないので,そのようなことを言ったかどうかは知りませんが,
はっきりと言えるのは,正論ではないということです。
私は,キリスト教のプロテスタントに属していますが,正しいと思っていますし,
みなさんもご存じのイエス・キリストを信じています。まだクリスチャンではない
ので,心からというわけにはいきませんが,信じれば救われると思っています。
寂しいときなどに聖書のみことばを読むと涙が出てきます。
それに,私達が信じている神には,不可能なことはありません。
段々混...続きを読む

Q現実逃避の進化論的起源

なんだか、病的な性質の進化論的起源というのも妙に聞こえるかもしれませんが、
私の理解では、心の性質の多くには、ちゃんとした進化論的意義がある。そして、それがアレルギーのように行き過ぎたのが精神病のような状態。

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現実逃避には、生存や繁殖にどのようなメリットがあるせいで、そのような欲望が進化したのでしょうか?

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

私もよくそんなことを考えます。ほとんど耐えられないような性格のひとを見て、どうしてこんな性格が進化の過程で生き残ってきたのだろうか、絶滅してくれたらどんなに住みやすい地球になっていただろうか、とか。
さて、現実逃避について考えてみると、
1.ある性格がある状況になったとき、その現実にまっすぐに直面すると心が大きく傷ついてしまう場合に一時的に現実から逃避することで個体維持が可能になる、ということでしょうか。恐ろしい体験が思い出せなくなる、という機構と似ているかもしれない。
別に現実から逃避していない私達にしても、「俺が悪いんじゃない、あいつが(社会が)悪いんだ」と責任転嫁していることに後から気づくことがあります。その時点ではそう思いこむことが私にとって必要だったのかもしれない。
つまり「ある性格」の人にとっては現実から逃避しなかった人の方が先に滅んだ、ということ。
2.ところで進化を考える場合個体でなく集団で考えるべきですよね。上記のような性格の人を含む集団の方が含まない集団より何らかの理由で生存に有利だったということ。「何らかの理由」がよくわからないので回答になっていませんが。
3.生存に有利でないのに生き残っている場合。
ますます推測になりますが、いくつかありえますよね。まず遺伝子的に生存に有利な性格とセットになっている可能性。次に定向進化のような場合。これは絶滅に向かいます(間違った方向に行くことを止められない)。次に急激な適応放散のように生存に不利な遺伝子が淘汰される暇がない場合。最後に進化の機構が働かなくなっている場合。人間の場合はこの地球上で圧倒的な地位を占めているし、「人道的」な理由で淘汰が許されなくなっている、という理由。

私もよくそんなことを考えます。ほとんど耐えられないような性格のひとを見て、どうしてこんな性格が進化の過程で生き残ってきたのだろうか、絶滅してくれたらどんなに住みやすい地球になっていただろうか、とか。
さて、現実逃避について考えてみると、
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Qソ連型社会主義国とマルクス型社会主義国の違い

《 ソ連型社会主義国とマルクス型社会主義国の違い 》

★ ソ連型社会主義国~最初の布石を置いたレーニンに誤りはなかったが、無様で最低のザル碁で終わった。

労働者階級の前衛、共産党の指導の元に革命、
社会主義国建設、政権防衛と称して、武力に依拠、自分たちが倒されないような法体系を整備。
中国、北朝鮮、キューバ、ベトナム、すべてそう。

☆ マルクス型社会主義国~まだ物質化されていない。

戦いの場は、選挙。社会主義目指す党が政権与党となる、単独無理、連立政権。反対党いるわけだから、失政なら政権交代。
ジグザグは避けられない。
資本主義経済のつぼを押さえ込む。なんらかの国有化は避けられない、現社会主義国の逆をやるということ。

自分なりに考えてみたのですがどうでしょうか。

Aベストアンサー

☆ マルクス型社会主義国~まだ物質化されていない。

戦いの場は、選挙。社会主義目指す党が政権与党となる、単独無理、連立政権。反対党いるわけだから、失政なら政権交代。
ジグザグは避けられない。
資本主義経済のつぼを押さえ込む。なんらかの国有化は避けられない、現社会主義国の逆をやるということ

既にあったじゃんそんな社会主義国家

選挙で連立政権与党となる
資本主義経済ではあるが、国家による監視体制
公共事業は47%を人件費とせねばならない
それを実現した政党はNSDAPって言うんだけど

Q信念と信仰の関係の集合論的表記について

題の通りなんですが、
非常に主観的な言葉である2つの言葉、信念と信仰で、
信念が信仰に含まれる、あるいは信仰は信念に含まれる、あるいは両者は一致する、あるいは部分的に一致する、あるいは全く違うものであるなどを思いつくのですが、

これら2つの関係を、いわゆる集合の記号⊃や、=、≠、など、あるいは、いわゆるべん図などで表すことは、ありでしょうか?、あるいはそういう表記はそもそもどこかおかしいでしょうか?ありえないでしょうか?

Aベストアンサー

2つの言葉の何を表すために数学記号を使うのかによります。恐らくですが、言葉の意味の関連性でしょうか?
言葉の使い方アンケート結果のまとめですか?
(数学記号で表現することの意図が理解できませんが)

意味での一般的な関連性であれば、
シソーラスを調べればいいでしょう。
下記HPで、シソーラス(類語)検索サイト
「信仰」で調べてみてください。
http://www.gengokk.co.jp/new.htm
また、「参考資料:シソーラスとは」には具体的図示例がありますから参考に。

参考になれば幸いです。

Qレーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

レーニンは、日露戦争をどのように見ましたか?

1905年に日露戦争はロシア帝国の敗北により終結しました。
これ以降、ロシア帝国は弱体化に拍車がかかり、ロシア革命の遠因に
なったとされています。
さて、革命の父と言えばレーニンですが、レーニンはこの日露戦争を
どのように評価しているのでしょうか?
日露戦争に対して、レーニンはどんなコメントをしていますか?

Aベストアンサー

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったことに対して、無邪気に喜ぶというものではありませんでした。同時に反政府的思想を持っていたにもかかわらず、敗北という現実の前に止めようのないナショナリズムが湧いてきた、トルストイのような複雑な感情も持ち合わせてはいませんでした。

 レーニンは日露戦争開戦直後からこの戦争の本質と推移、そして戦後の変革を冷静に見つめ、これをいかに自己の思想闘争に活かし、なおかつ利用しようかということを分析し研究していたといってもよいでしょう。

 日露戦争は当時のヨーロッパやアメリカのインテリゲンチャと同じく、弱小国対強大国の戦いといった単純な見方ではなく、帝国主義的的植民地主義者たちの闘争であって、アメリカやヨーロッパ諸国の反動的ブルジョアジーたちの間に将来起こりうるであろう、新しい形の戦争の初期段階的なものであるとみなしていました。

 日露戦争開戦直後の小規模な戦闘でロシア軍が敗北を続けたとき、ロシア社会主義民主労働党中央委員会での労働者への呼びかけの中の一節です。
「戦争が始まった。日本人はすでにロシア軍に一連の敗北をもたらし、いまやツァー政府はこれらの敗北復讐を果たすために全力を注いでいる」とし、これらの結果がロシア人労働者、農民たちに新たな苦難を招き、人民やその家族に大きな惨禍をもたらし、さらなる税の過大なる負担を強いるであろう、と続けています。

 そしてレーニンはそこにツァー政府の将来的な破滅と崩壊を予想し、革命の実現という現実的な姿を見たのです。

 レーニンは前述したように戦争中、各戦闘の経過と結果について詳細に分析・研究を行っています。そしてその結果の原因の主なものに必ずツァー政府における官僚や軍人の腐敗性と、農民大衆の無教養や無気力などを挙げて、「露日戦争の仮借ない教訓によって、惰眠をむさぼるだけの広範な農民大衆を目覚めさせる」と結んで、巧妙にアジテートしています。

 さらにレーニンは機に乗じて日本をたくみに利用しており、あるときは帝国主義者、あるときは進歩的勢力と呼び、自身のイデオローグに効果的に組み込んでいる点でもしたたかな人物でした。

 日露戦争に関してのコメントしての集大成というなら、「新しい大戦争、専制制度に立ち向かう人民の戦い、自由を求めるプロレタリアートの戦争が近づいていることを意味していることに、この戦争の全世界的・歴史的意味がある」というのが、最もふさわしいかもしれません。

レーニンは日露戦争が開戦した直後からその戦争期間中はもちろん、終戦後に亘り多くの論文や演説を残しています。その量は相当なものでほとんどはレーニン全集に納められてはいますが、まともに研究するなら独立した一冊の本が出来るほどです。

 ということでレーニンの詳細なコメントを含めた回答は不可能ですので、ざくっとした回答でお茶を濁らさせてもらいます。

 レーニンの日露戦争観は当時の日本を取り巻く諸国の知識人とはかなり違ったもので、中国や朝鮮のように小国が列強大国を見事に打ち破ったこ...続きを読む

Q心理学の観察法で自然的参加観察と実践的参加観察とはなんですか?具体例挙

心理学の観察法で自然的参加観察と実践的参加観察とはなんですか?具体例挙げてもらって方法、手続きなど詳しくじゃなくていいんで教えてください。最近心理学に興味を抱いたばかりでわかりません。

Aベストアンサー

フィールドワークは元々、文化人類学の領域で盛んな方法論です。

自然的観察(natural observation)と似た意味合いで参与観察(participant observation)というものもありますが、厳密にいえば違いのですが(^_^;) 実際的にはキッチリと境界を引いて区別できるものでもありません。どちらも「現地の人(対象人)と自然に生活を共にして観察する」という方法です。

これに対して実験的観察(←実践的参加観察とはこれのことかな?)があり、またこれに似た意味で非参与観察というものがあります。非参与観察は参与観察に相対するものです。名前からある程度は察することができるでしょうが、これは「観察対象の個人、あるいは集団(コミュニティ)に参加せずに"高みの見物"をすること」です。実験的観察というと、もう少し硬いイメージで、あらかじめ観察者が特定の環境を用意して、その中で観察対象がどのように行動するかを観察することになります。

例をあげてみると、

例1 ある学級の生徒たちの行動を観察するために、、、

(a)生徒たちと一緒に勉強や運動をして観察する
(b)教室やグラウンドの端で生徒たちを淡々と観察する

例2 修行僧の行動を観察するために、、、

(a)実際に修行を共に行いながら観察する
(b)修行には参加しないで、遠くから見守る(観察する)

と、こんなとこです。

最初にも述べたように、「じゃあ、どっからどこまでなら参加しているといえるの?」といわれると非常に微妙なところなので、完全に両者を区別するのは困難なのです。

フィールドワークは元々、文化人類学の領域で盛んな方法論です。

自然的観察(natural observation)と似た意味合いで参与観察(participant observation)というものもありますが、厳密にいえば違いのですが(^_^;) 実際的にはキッチリと境界を引いて区別できるものでもありません。どちらも「現地の人(対象人)と自然に生活を共にして観察する」という方法です。

これに対して実験的観察(←実践的参加観察とはこれのことかな?)があり、またこれに似た意味で非参与観察というものがあります。非参与観察は参...続きを読む

Qマルクス経済学

マルクス経済学は資本主義なのですか?共産主義なのですか?
「資本論」という本がマルクスの代表著書だったと思いますが、
これは資本「主義」とは関係ないのですか?
マルクス経済学は現在、中国や北朝鮮で採用されているのですか?
日本共産党のマルクス経済学に対するスタンスはどうですか?

どなたか教えてください。

Aベストアンサー

マルクスが資本の動態分析をおこない、その結果を示したのが『資本論』です。これが経済学者マルクスの功績。
マルクスは哲学者でもあり、唯物弁証法という考え方を提唱しました。
またマルクスは社会主義者でもあり、前記の唯物弁証法に従って、資本主義は必然的に社会主義に移行し、それが高度に発達すれば共産主義に移行すると説きました。

この3種類のマルクスを混同するとわけがわからなくなります。経済学者としては一流、哲学者としては二流、社会主義者としては三流、などと言われますね。

『資本論』は資本の動き方を解明した論文ですから、マルクス経済学は「採用」するとかしないとかいうものではありません。資本主義社会において資本はどのように動くのかということを研究する、社会科学の一分野です。

ソ連など社会主義圏では「マルクス経済学に基づく経済政策」を採用したと言っていましたが、計画経済などをそう呼んだだけという側面が強いと思います。実際、社会主義国家の存在により、マルクスの経済学は政治的なバイアスを強く受けることになりました。これを批判して、「マルクス主義経済学」と「マルクス経済学」をはっきり分ける考え方もあります(科学とイデオロギーの分離)。

日本共産党はかつて「講座派」と呼ばれる立場でマルクス主義経済学に関与しました。社会党が「労農派」です。この両者の争いから距離を置く形で、イデオロギーを持ち込まない「マルクス経済学」を研究した宇野弘蔵のラインが、今の日本のマルクス経済学研究の主流になっていると言えるでしょう(共産党は異論があるかもしれませんが)。

なお日本では俗に「マルキスト」という言い方がよくされますが、正しくは「マルキシスト/マルクシスト」ですね。Marx+istですから。

マルクスが資本の動態分析をおこない、その結果を示したのが『資本論』です。これが経済学者マルクスの功績。
マルクスは哲学者でもあり、唯物弁証法という考え方を提唱しました。
またマルクスは社会主義者でもあり、前記の唯物弁証法に従って、資本主義は必然的に社会主義に移行し、それが高度に発達すれば共産主義に移行すると説きました。

この3種類のマルクスを混同するとわけがわからなくなります。経済学者としては一流、哲学者としては二流、社会主義者としては三流、などと言われますね。

『資...続きを読む

Qマルクス

って何やったの?

Aベストアンサー

こんばんは。

ここは「心理学」カテゴリなので、
カテゴリ違いです。

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 マルクスの歴史的業績をききたいなら「歴史」カテ、
 マルクスの思想について詳しく質問したいなら「哲学」カテ、

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