肉体はどうしょうもなく存在してしまうのに精神は何故こんなに存在して無い物なのだろう・・・と、いつも考えていますが答えらしい答えが出ません。
精神とは何なのか、肉体とは何なのか、
肉体の死=精神の死 と単純にイコール化して良いものなのか。お知恵を貸していただけると嬉しいです。

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A 回答 (44件中1~10件)

はーい、阿呆な精神科医がお答えします。



まず
精神とは
心・魂・脳のまあ所謂三位一体です。
わかるかなあ
ちょっと難しいかな

簡単に言うと、
悩めば自律神経失調症になる=脳の使い過ぎ
頭痛=悩み過ぎか、頭の使い過ぎ、か勉強のしすぎ、嫌いな勉強のね
全身又は間接や、肉体の痛み=神経からくる神経症の一種
知らない人はよく整形外科に行っちゃうんだけどね

肉体とは
そのままです。
体。
手、足、顔、お尻、胸・・etc
やがては朽ちていくものです。
単なる塵にすぎない

最後に
肉体の死=精神の死
これ違います。

体が死ねば、精神も死にます。過労死がいい例でしょ?
精神が死ねば肉体は死ぬのか?
死にません。
現に、植物人間っていう言葉があります。

数学で言うと→ = ←
が成立して初めてその論が正しいと言えるのです。

シンプルです。

精神医学はすごくおもしろいですよ。
興味があったら是非、図書館にでも行って
読んでみてください。
おもしろいよー、ハマります。


精神科医より
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頑張ってるな。



僕も二十代の頃は、精神がちゃんと存在していて肉体の死後も精神は残るという現象は感覚的にイメージができなかったですね。
しかし四十近くなった今は何となくですがイメージができるようになっています。

それは感性が鋭くなった訳ではなく、人生に対して自分の理想が少しだけ確立したからではないかな。
肉体の死後も、ある程度の期間は精神が残って「自分の人生はこういうものだったんだな」という答えが欲しい気持ちが、肉体と精神が切り離れるイメージを自分で創ったんだと思います。

哲学はマラソンと同じ。
最初に飛ばさず、持久力で何かを掴めばいいのではないだろうか。
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この回答へのお礼

自分もtiger-ryujiさんのように良い年の重ね方をしたいと文章を拝見して感じました。有難う御座いました

お礼日時:2002/01/21 21:19

●魂の存在を確信するということは そう確かに感じるということで


 繰り返しますが 科学的には宇宙の真理のようなものでしょう。
 道端の石にも「その石」だけの存在理由(根拠)があるのだ。
 という感覚ですよ。
●魂とは言い換えれば 「確かな根拠」です。
 何とは記述できなくとも それを感じることはできるのです。
 道端の石は何かを記述できなくとも ひろって持てば「ある」と
 感じるでしょう。それとおなじことです。
●自信は 誰と話しても誰の話を聞いても 自分の論理以上に自分を
 納得させれる論理が 自分以外に無いから「自信」をもって
 アドバイスさせていただいてます。わたしのアドバイスはオリジナルです。
 うけうりはしません。(同じこと言うひとはいるかもしれませんが
 わたしは知りません。)
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この回答へのお礼

有難う御座いました
・・・・しかしchihokoさん、「知らない」事は自慢になりませんよ?

お礼日時:2002/01/19 04:07

はじめまして。

キリスト教の立場から解答させていただきます。
初めに精神についてです。
旧約聖書の創世記に創造主なる神が「人をご自身のかたちに創造された」という記述があります。この「かたち」とは肉体的類似ではありません。聖書の神は霊的存在であり人間のような肉体はそなえておられません。「かたち」とは精神的類似性のことです。もう少し細かくすれば理性、良心、意志です。また「かたち」とは道徳的類似性です。これらによって人間は創造主なる神と「交わる」ことができるのです。この「かたち」が一般的に「精神」と言われているものです。(残念ながら、これらの類似性は人間の堕落による罪のため損なわれてしまいました。ですから人間は罪の赦しなくして創造主なる神と交わりが持てません。また罪ある者なので自分自身の中でも自己矛盾があるのです。正しいことを知りながら、悪いことをしてしまうというような自己矛盾です)

次に「肉体の死=精神の死」に関してです。
キリスト教ではそれらは別々のものです。人間だれでも肉体的には死にますが、精神(霊とか魂)は永遠に存在すると教えています。少し専門的になりますが次のことを付け加えさせていただきます。
「霊的な死」:人間が創造主なる神との関係において断絶状態にあるという意味です。人間は堕落した罪人なので聖なる神と交わりが持てないのです。聖書の神は愛の神ですが、同時に正義と聖なる神だからです。
「復活」:キリストを信じる者はだれでもどんな罪でも赦していただけます(これがキリストの十字架の死の大きな意義であり、神の愛の現われです)。それゆえキリストを信じる者はこの世において不完全ながらも創造主なる神とキリストとの交わりを楽しんでいます。また死んでも復活し完全な肉体と罪のない完全な精神(霊、魂)が与えられます。これが「救いの完成」であり神とともに永遠に生きるのです。

多少わかりづらいところがあるかと思いますが以上とさせていただきます。

この回答への補足

自分の脳味噌は出来が悪いので
記憶違いを起こしている可能性有りすぎて
どうかな・・・と、思うのですが
自分の記憶が確かだったら、キリスト教では人間は生まれながらに汚れており、産まれ落ちた時洗礼を受け、産まれながらに背負っている罪を購う為に今を生きる。生まれながらの罪は献身的に神に使える事、キリスト教を信じる事で購われる・・・・だった様な気がするのですが・・・転生復活する事で罪の無い完全な精神が与えられるのでしょうか?・・・それと、キリスト教の言うところの完全な精神とはどういうことなのでしょうか?自分は自分の精神すら掴めていから皆さんにお聞きしなければなら無いほど無知なんでそれはもう「精神」しかも「完全」と言う言葉に
胸躍らずには居られません!是非無知な自分に完全な精神の定義をレクチャー願いたいです!!
今からどんなお答えを頂けるのかワクワクしています!是非宜しくお願いします。


・・・・ちなみに
自分は神の救済が欲しいのでは無いです。
ましてや誰かの言葉の代弁者のプロフェッショナルが欲しい訳でもありません。ですが、完全な精神には物凄く興味があります
よろしくお願いいたします。

補足日時:2002/01/18 00:38
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この回答へのお礼

みなさんへ。

プロバイダの調子が悪く、かなり高い確率でネットから隔離されてます。いつもメールを受け直ぐにでも飛んできたいのに、特にここは重いので臍を噛む思いをしています。お返事遅くてすいません。いつもこんなつたない質問にお答え頂いて本当に有難う御座います。これからはこんな事が少なくなる様祈るばかりです・・・答えてくださっている方々に沢山の感謝を。感謝しても全然しきれませんけれど・・・

お礼日時:2002/01/18 01:28

●また わたしです。



 たとえばSEXのエクスタシーは体験しなければわかりません。
 エクスタシーにもいろいろありまして その究極(自分なりに)とは
 背徳にあります。つまり種の拡大のために用意された本能としての快楽なのです。
 規範やモラルや種を超えてでもDNAを残そうと用意された快楽です。
 このように言葉で説明しても体験していなければわからないでしょう?

●魂を確信する時も 実は体験が必要なんです。
 次にわたしなりのその方法を書いておきますので お暇なときに試してみてね。

1:一週間禁欲(SEX・オナニーはOK)寝る食べるもOK
  ほどほどの禁欲でいいですよ。
2:森のなかできもちのいいところを見つける。
  気持ちのいいところは だいたい多くの生き物がたわむれています。
3:禁欲のあと気持ちのいい場所↑で一時間ただボーッと過ごす。
4:↑のあとで つぎの曲を聴いてください。
  ※モーツアルトのクラリネット協奏曲第二番アダージョ (クラシック好きなら)
  ※バッハのアヴェマリア(フィリッパジョルダーノ) (クラシック嫌いなら)

 是非お試しあれ! 5月ころがいちばんキキます。
 一度魂を捉えることができると その後はいつでもどこでも想起できるよに
 なります。道端の石ころにさえも・・・。

この回答への補足

魂を「確信」するとはまた達観していらっしゃいますね
chihokoさんのおっしゃる所の魂を確信するとは、人工的に脳内麻薬を分泌させ精神的にハイになることを指すのでしょうか?
それと、一体chihokoさんはご自分の意見のどの辺りに自信をお持ちなのか是非知りたいです。

補足日時:2002/01/18 01:29
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この回答へのお礼

有難う御座いました

お礼日時:2002/01/18 01:11

魂の存在について、No.38のchihokoさんのご意見は一見ムチャクチャな論理の


ように見えますが、実は同じような主張をした方が何千年も前にいました。

ギリシャ哲学の祖であるソクラテスです。

彼は個人的な体験と、深い思索の結果、霊魂の存在と永遠性について確信を
抱きます。しかし現代でもそうですが、彼のこのような主張は万人に理解さ
れる内容ではありませんでした。たいていの人はソクラテスの名前は知って
いますが、彼のこういう思想についてはあまり知られていません。

しかし、彼は自分の思想を行動で表現しました。
それが端的に現れたのが彼の死です。

ソクラテスは無実の罪で告訴されます。そして裁判の結果、死罪となりますが、
彼なりの理由により、冤罪と死から逃れようとはしませんでした。

ソクラテスには多くの支援者があり、死罪から逃れる方法は幾らでもあったの
ですが、そういう(彼にとって不正と思われる)手段は取りませんでした。
霊魂の永遠性を確信する彼は、慌てず騒がず、見事な態度で死を迎え、居並ぶ
多くの人たちを驚愕させました。


しかし彼は霊魂の存在と永遠性を説いたのですが、なぜ霊魂が永遠なのかにつ
いては明確な教えを示せませんでした。

なぜでしょうか。因果の法則により、霊魂が永遠性を持つ結果が成り立つには
その原因がなければならず、つまり全てを超越した主体的存在、The CREATOR
の存在が必要であるからです。
ソクラテスは、そこまでの説明を残すことができませんでした。


一方、肉体については有限であり、死んだら土に還るというのが、古今東西の
さまざまな宗教・哲学的な結論ではないかと思います。
キリスト教では「あなたはちりだから、ちりにかえる」(創世記だったか?)
とありますし、仏教では「形あるものはいつかは滅びる」と無常の教えを
説いています。

確かに肉体を構成する元素は、死んで土に還っても別の形の物質として残ります
が、肉体そのものが永遠に残るわけではないでしょう。


#参考書籍 「ソクラテス最後の13日」 森本哲郎/PHP研究所
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この回答へのお礼

有難う御座いました、ソクラテスのお話とても参考になりました。

お礼日時:2002/01/18 01:17

●肉体と精神が永遠であることの説明をしましょう。


 人間の肉体とは人間というもののハードウエアです。
 精神とは人間というもののソフトウエアです。
●宇宙物理学の最新の宇宙観は
 真空→ビッグバン→ギャラクシー→真空 です。
 あのブラックホールも拡散して真空になるのです。
 ミームはハードウエアを持たない電磁波のようなもので
 宇宙を漂いつつ存続するだろうと推測されています。つまり
 人間のなれのはては電磁波ミームであろうと・・・。
 しかしそれすら拡散して→真空 です。
 そしてこのような宇宙は無数に存在するであろう
 というのが最新の学者の宇宙観なのです。
●ま ↑それはそれでいいのですが
 ここからは わたしの持論です。
 魂とは なんでしょう?
 わたしは 魂を存在の根拠である。と考えているのです。
 つまり それがほかの何者でもないそれであるための根拠です。
 言い換えれば 魂とは 時間と空間の限定と宇宙の真理(法則)であるわけです。
 でも魂とイコールではない。だから魂という言葉がひつようなのです。
●わかりますか?
 わたしたちは 真空となんら変わらないのです。
 真空にも魂が あります。 もちろんわたしたちにも。
 なんにでも魂は存在するのです。
 肉体にも精神にも 魂は存在するのです。
●魂に逆らう肉体は病気になり 逆らう精神は障害を起こします。
 自らの意思によっても また 意思によらざる場合でも同じです。
●肉体と精神が永遠だと言えるのは魂が不滅のものだからです。
 なーんだ じゃ やっぱ 肉体と精神は 滅びるんじゃん!
 と 思うかもしれません。
 そう言うあなたは 修行がたりません!
 肉体と精神なんて 極論すればどうでもいいんです。そのていどのもんです。
 だからこそ解き放たれているんです。魂の名の下に自由なんです。限りなく。
●わたしは 十分に永遠の境地を満喫して生きております。
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この回答へのお礼

有難うございました、とても参考になりました。

お礼日時:2002/01/09 00:44

>精神=自我なわけですね?


なるほど、そう出来ます。そこまで思えるなら、もう何が疑問なのですか?あなたは、三つの主体にある、間の二つを取っています。それはすごい理解と思います。自我とは関係性そのものです。普通に考えると、関係性ほど主体性の欠けるものと考えがちですが、違うのです。主体は何にでも宿ります。関係性であり、だからこそ同時に無であるのです。主体とは無の事で、それはすべてのことです。
僕のしゃべりはふらふらしてますが、こけてはいないと思います。
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この回答へのお礼

有難う御座いましたとても参考になりました。

>>>すいませ~ん 今までに無い切り口の物凄い意見がある!って方や、精神肯定派(←特に)などの意見まだまだ募集中。まだまだあるよって方は書き込みよろしくおねがいします。

お返事遅くなってすいませんでした

お礼日時:2001/12/29 00:25

●肉体も精神も永遠であると感じています。


 肉体も精神も 真空 とさほど変わらないものだと感じます。
 肉体は輪廻転生し 精神は受け継がれて 遠く未来には
 どちらも 真空へと 帰るのです。 すばらしいじゃないですか!
 こんなにもはっきりしていることなのに
 なんでそうなやむんでしょう?
 時間とは許しです・・・。
 許された限りのなかで 肉体と精神という命を 開放しようじゃありませんか。
 まわりを観てください さまざまな命が解き放たれていますよ。
 けなげにも 限りある時間に許されて・・・。
 肉体も精神も永遠です 真空が永遠であるように。

この回答への補足

では、肉体と精神が永遠であることの定義を教えていただきたい。是非。

今までにいらっしゃらなかった精神肯定派の方でちょっと自分浮かれています。

補足日時:2001/12/29 00:11
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この回答へのお礼

すいません昨日サーバーがおかしくってネットに繋げられませんでした。
今からお返事させて頂きます、ご迷惑おかけしました。

お礼日時:2001/12/27 13:58

>頭脳が死ねば精神も死ぬと言うこと


が脳の働きが止まって肉体が生きている状態をお考えでしたらさっきの説明では不足ではないかと、書き加えます。

呼吸や脈や消化器など生命維持のための神経も脳にあります。したがって、脳が死ねば肉体も死にます。

植物人間といわれる人を数日みたことがあります。
肉の塊が呼吸して食事排泄寝返りを人の手で行っていました。
病室がかわって担当の看護婦さんがかわったら表情がかわりました。生き物としての反応があるといえます。
大脳の活動はどうやら停止しています。しかし、その大脳は腐ってはいませんでした。外見に異常が無いので再び動かないともかぎりません。回復してから記憶をたどってもおそらく何も覚えていないと思える状態でした。これは精神部分が休止しているが、死んではいないと考えていいのではないでしょうか。この人の場合脳も生きていると言えます。
つまり、肉体が生きていることと脳がいきていることとはほぼ同じことと考えています。

この回答への補足

cotikuさんは生物反応は精神とお考えですか?

補足日時:2001/12/29 00:08
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Qうだつが上がらない

うだつ「の」上がらないと言いますが辞書にはうだつが上がらないと書いてあります。うだつ「の」上がらないでは間違いですか?
それからうだつが上がらないとは出世しないという意味で見た感じさえないという意味は含まれないんでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<うだつ「の」上がらないでは間違いですか?>

間違いとは言えません。

1.通常は「が」が使用されるのが慣用的です。

2.一方、格助詞「の」にも「主格」の用法があります。

3.主格の「の」は本来準体用法をつくる助詞として、述部が名詞にかかったり、その名詞が省略される語法で使われていました。
例:
「白き鳥の端と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食う」

ここでは「白き鳥の」の「の」が主格の格助詞で、主語として
「端と脚と赤き」
「しぎの大きさなる」
という2つの述部にかかっています。

そして、それぞれ「赤き」「大きさなる」という連体形止めになり、ここでは「(白き)鳥」という名詞が省略されているのです。この「主格の『の』+連体形+名詞の省略」の形を準体用法といいます。

4.現代語でも、この主格の「の」が用いられる場合は、「準体用法」の名残として、名詞を補うことが多く、省略されていても「名詞」が暗示されています。
例:
「頭の良い人」=「頭が良い、人」
「都合のいい時間」=「都合がいい、時間」

これらの「の」は主格の格助詞で「が」と同じ働きをします。しかし、通常は「人」「時間」などの名詞と共に使われる用法なのです。それが準体用法の名残と説明する理由です。

5.従って、「うだつの上がらない」という表現も間違いではありませんが、述部で言いきる叙述用法はなく、上記のように「準体用法」の名残を受けて、通常は名詞にかかるように限定用法として用いられるのが正しい用法です。
例:
「彼はうだつが上がらない」(O:叙述用法)
「彼はうだつの上がらない」(X:叙述用法)
「彼はうだつの上がらない人だ」(O:限定用法)


ご質問2:
<うだつが上がらないとは~見た感じさえないという意味は含まれないんでしょうか?>

含まれません。

1.「見た感じ冴えない」という印象は、「うだつが上がらない」の副次的な印象で、必然的な「=」の関係はありません。

2.つまり、
「うだつが上がらなくても見た感じは立派」
「うだつは上がる(出世している)のに見た感じは冴えない」
という例外も十分ありうるからです。

3.「うだつが上がらない」を使って「見た感じ冴えない」という意味と同義にするには、婉曲を表す語「そう」などを使って「うだつが上がらなさそう」などとすればいいでしょう。

4.ちなみにご存知だと思いますが、「うだつ」とは、徳島県の脇町で発祥した「隣家との境にある小屋根付きの火よけ壁」のことをいい、この建造にかなりの費用がかかったため、それが立つことは経済状態がよく商売繁盛を意味し、そこから「出世する」という意味で使われるようになったものです。

5.従って、「うだつが上がる」とは、文字通り「うだつを立てることができた」ことを意味しますから、「出世する」という直接的な事実としての言葉が使われるのです。「出世しそう」という予想・雰囲気ではありません。


以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<うだつ「の」上がらないでは間違いですか?>

間違いとは言えません。

1.通常は「が」が使用されるのが慣用的です。

2.一方、格助詞「の」にも「主格」の用法があります。

3.主格の「の」は本来準体用法をつくる助詞として、述部が名詞にかかったり、その名詞が省略される語法で使われていました。
例:
「白き鳥の端と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食う」

ここでは「白き鳥の」の「の」が主格の格助詞で、主語として
「端と脚と赤...続きを読む

Q存在が目的、存在が価値、存在が意味であり、存在が正義、存在を求めることが愛 分かる人?

存在が目的、存在が価値、存在が意味であり、存在が正義、存在を求めることが愛

この意味が分かる人居ますか?腕に覚える人は見抜いて下さい。

端的に書き表してください。

Aベストアンサー

私が何に悩んでいたかが分かりました。

この「存在性理論」は、「空間」というものがすでに
あるものということだけでなく、「存在」というもの
もすでにあるものという前提での理論であると思いま
した。

それならば、例えば「人間」という存在に「物質」面
と「精神」面が備わっているということや、子供が生
まれることも、進化してゆくことも、この理論で説明
できそうです。
唯物論と唯心論をまとめる、新しい理論であるとおっ
しゃることも分からないではないです。

しかし、私が悩んだのは、№12で申し上げた、宇宙の
元初の状態から「存在」が生じるということについて
は、この理論では説明できないだろうということでし
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その部分は「真理」ということで「未知」ということ
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尤もこれが分かったら、えらいことですが‥‥

Q時給が上がらないのは、先輩が仕事を教えてくれないから

アルバイトの職場に勤めています。日に四時間勤務のパートなのですが、午前中、午後、夜間とシフトを組み、十人の女性が勤めています。(五十代中心、家庭の奥さんばかり)私は夜間の時間帯を主にしていますが、午後の時間のある女性(Sさんといいます)の陰口をよく耳にします。
最近、契約更新になったばかりなのですが、更新時に、評価で時給が少しづつ上がります。評価は三段階で、一段階十円づつで、一番よい評価でも、三十円です。
契約書の前に打診がありますが、それによると、今回、私は十円だけ上がりました。つまり、普通の評価なのだと思います。私としては、夕方から夜にかけて、一番忙しい時間帯に働いて、十円しか上がらないのは、少し残念なのですが、Sさんの噂を耳にしました。
「今回時給が上がらなかったんだって。時給が上がらないのは先輩の○さんが仕事を引き継いでくれたり、教えてくれないからだって言っていたって。」
同僚の一人が、陰で教えてくれました。
今はこういうご時勢です。パートの時給もなかなか上がらないでしょう。私は、Sさんに気にすることなんかないんだよ、不況なんだから、人件費も厳しいのだから、仕事があること自体、感謝しなければ、と言ってあげたくなりました。またこういう陰口を言う、同僚も世知辛いなと感じました。
パート同士も、そう凄い技術や能力の差があるわけではないので、先輩も獲得した仕事をなかなか渡さないのはわかりますが、時給が上がらないのは、先輩が仕事を教えないからという言い訳は通ると思いますか。
私とSさんは、入職して十ヶ月程度の差しかありません。Sさんのほうが先輩です。

アルバイトの職場に勤めています。日に四時間勤務のパートなのですが、午前中、午後、夜間とシフトを組み、十人の女性が勤めています。(五十代中心、家庭の奥さんばかり)私は夜間の時間帯を主にしていますが、午後の時間のある女性(Sさんといいます)の陰口をよく耳にします。
最近、契約更新になったばかりなのですが、更新時に、評価で時給が少しづつ上がります。評価は三段階で、一段階十円づつで、一番よい評価でも、三十円です。
契約書の前に打診がありますが、それによると、今回、私は十円だけ上が...続きを読む

Aベストアンサー

>時給が上がらないのは、先輩が仕事を教えないからという言い訳は通ると思いますか。

どんな世界でも、それはありえません。
「盗んででも覚える」のは基本の基本。

ウチの会社だったら、「先輩が仕事を教えないから」って言ったら
あと2年は給料が上がらないです。

こんな時代だからこそ、努力が収入になるのですよ。

Q時間イコール存在

哲学される皆さんへ。関心がありますでしょうか。思索する上での大前提?となるのではないかと思うので、提案(思いつき?)してみます。

この世界の現象は‘時間’というものがあるから。‘時間’がなかったら‘現象’しない。現象は時間の継続が生み出すもの。一瞬という概念も時間のある世界。時間がないということは真の無。何もない世界は論じられません。
哲学する対象は時間のある‘有’の世界。
我々は時間と共に、あるいは時間に依って、存在する(表現が適切かどうか不安ですが)。
とりあえずは思いついたことを述べてみました。
深みのある思索など出来る頭脳ではないので、分かりやすい意見など、聞かせていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 No.9です。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 吾々人間が誕生する以前であってもいいのです。
 地球に生物が誕生する以前であってもいいのです。宇宙の存在と時間の関係のことです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 宇宙の存在は 時空間とともにあります。それだけです。
 その以前は 分かりません。
 ★ 時間がないということは真の無。
 ☆ ということでもなく 宇宙の始まってからの《有か無か》を超えています。《有無や時空間》は 宇宙の始まりと共にあるのですから。
 前回(No.9)は
 ★ 我々は時間と共に、あるいは時間に依って、存在する(表現が適切かどうか不安ですが)。
 ☆ の部分に対して 回答を寄せました。

Q一般事務の賞与が上がらないというのは本当ですか?

タイトルの通りなのですが、一般事務は賞与が上がらないのですか?
できる業務内容が増えてもですか?
業務範囲が広がり 会社に貢献しているのに、どこの会社でも賞与が上がらないのですか?
もちろん不景気だから一時的に上がらなくなるっていうならわかるのですが・・・
どこの会社でも100%、一般事務の給与は上がらないのですか?

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。
某企業で一般事務をしていました。
賞与は会社の業績によって決まる場合がほとんどですが、
「すべての会社で100%一般事務は賞与が上がらない」
ということはあり得ません。
なぜなら、私の賞与は順調に上がっていましたから。
もちろん。この不景気に突入する前は他企業に勤める
友人の賞与も上がっていました。

しかし、会社によって人事考課のあり方も業績の指標も異なりますし、
おっしゃっているように、こういう時期ですから、
残念ながら「年次が進めば上がる」とも言えません。

Q精神的病気と肉体的病気

精神的病気は自らの意思で避けることができるが、

肉体的病気は避けることができない。

そう思いますか?

Aベストアンサー

精神的病気は自らの意思で避けることはできるが
今の社会の中では一般的にそういった教育がなされてないので
自分に対して無知であり、精神的な発達が未熟である。

ゆえに社会全体として考えたときに、学びが無く意思だけで避けることは無理がある。


肉体的病気の多くは精神的なものに由来するので、未熟さを克服できれば
その多くは避けることができる。

しかし、化学物質や放射線や強い電磁波などの物理的なものの影響での病気は避けられない。
それを避けるためには、回避策や対策を施行できる信頼できる社会を作り出すことが必要だが
それに至るには、やはり人間の多くが精神的に成熟した社会が必要となる。


人間が個々に自分の未熟さに気がついて、それを協力して改善しようとする社会を作り出さないと
病気は避けることができない。

そのことを人類として気がつくには、まだまだ機が熟していないかもしれない。
ここ数十年ではっきりしてくる現象だと思えるので、その激動を眼にすると思います。

人間としての存在が大きく変わる時期でしょうから、かなりの痛みが伴ったとしても
その変化を見届けるのは、今生きている私たちの責任だと思います。

社会的変化が終われば、人類はもっと発展するでしょうね。
それが楽しみでもあります。

そこまで見届けるほど、長生きしたいですね。

精神的病気は自らの意思で避けることはできるが
今の社会の中では一般的にそういった教育がなされてないので
自分に対して無知であり、精神的な発達が未熟である。

ゆえに社会全体として考えたときに、学びが無く意思だけで避けることは無理がある。


肉体的病気の多くは精神的なものに由来するので、未熟さを克服できれば
その多くは避けることができる。

しかし、化学物質や放射線や強い電磁波などの物理的なものの影響での病気は避けられない。
それを避けるためには、回避策や対策を施行できる信頼できる社...続きを読む

Q日本が好景気になるには不動産の地価が上がらないと好景気にはならないのでは?物価が上がって好景気と

日本が好景気になるには不動産の地価が上がらないと好景気にはならないのでは?

物価が上がって好景気とか円安で好景気とかなり得ない。

好景気になるには不動産の土地の価格が上がらないといけないがもう日本が戦後のように少子化で地価が上がることはないと思う。

よって日本に再度の好景気というのは起こらないと思います。

どれだけトヨタ自動車が好業績を収めても日本が好景気にはならない。

不動産の土地の価格が上がって好景気になった。

好景気になるには不動産の土地の価格が上がらないと起こりえない。

土地の価格が上がらないで好景気になるってあり得ますか?

Aベストアンサー

地価が上がれば好景気になるということではなくて、好景気になれば波及効果として地価が上がるということでは?
好景気はお金の循環が盛んになって、その余剰部分が不動産投機に走って、結果的に需要と供給の関係で値上がりするんだと思います。
そもそも、土地の値段が上がるためには、それを買う需要が増えなければいけません。そしてその需要を増やすためには、その原資となるお金巡りがよくなければいけません。

Q肉体|精神|社会関係これらの改質方法は

現状|希望|蓋然性
呼気|吐息|呼吸
えら|ぶい|なち
演繹|機能|発想
ずばりひっくり返った湯呑みと茶
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Aベストアンサー

補足ありがとうございます。

えらぶいなち→楽譜のくだりがよく理解できなかったので、ぼくはピアノ習ってますがヘタクソなので、まわりの音楽のプロフェッショナルに聞いてみます。自分なりの答えを導いてから、次どう対応するか、の答えを書きます。48時間以内にはがんばる。

ちなみに、この時点では、
ひっくり返った湯呑みと茶、現場の次は、
じゅうたんにしみがつかないようによく拭いて、もういちど正しい手順でお茶を淹れる
というのが、答えだと思います。
 
 
 

Q今の若いニートの子供たちが、いくら努力しても社会的地位や給与が、上がらない現実を知る時、日本社会の安

今の若いニートの子供たちが、いくら努力しても社会的地位や給与が、上がらない現実を知る時、日本社会の安定や平穏が、保てるのでしょうか?

Aベストアンサー

まず、努力しても社会的地位や給与が上がらないからニートになるのではなくて、ニートになってしまったが故に自ら努力する機会を放棄して、結果的に社会的地位や給与を得ることが出来ないんだと思います。
彼らが目指すべきは、社会的地位や給与ではなくて、ニートから脱却するための努力です。
スタートラインにも立っていないので、立つことの努力をすべきです。

Q肉体が死ねば全てが無になると思っている唯物主義者

地球人類には、人間は肉体のみの存在で、肉体が死ねば全てが無になると思っている唯物主義者が多い事も、地球が、刑務所レベルの不良惑星であるという事を間接的に示す証拠の一つですよね。

Aベストアンサー

肉体のない方々と対話できる人々(霊媒など)は実際に存在しますから、そういう対話と直接でくわえば、わかるでしょう。でもそのような対話に居合わせる機会がない人々もいますから、「肉体が死ねば全てが無」と誤信しているひともいるのは、しかたがないことなのです。

なお、脳科学は物質が精神状況に影響することは示しておりますが、逆に精神状況が脳内物質に影響することも示されており、心が脳内物質に完全に依存するということは証明されておりません。そもそも意思決定を決めるプログラムも発見されていないし、今後も発見されないでしょう。

以上を総合すると、どうも唯物主義は、事実や経験に不足する方々が抱く空想的な願望であることになりそうですね。もっとも真摯で有用でありうるのは、物理的に記述される範囲の現象を調べるための手続き上の唯物主義です。これは、物質科学ですが、これは文字通りの唯物主義(すべては物質)を示せるものではなく、あくまで物理的に記述される範囲の現象に限って追求しようとする約束事なのです。

ただし、唯物論者が多いことで、決して、地球が不良惑星であることにはなりません。地球は、経験やバックグランドの違う色々な人々が交流して向上する大切な場なのです。

肉体のない方々と対話できる人々(霊媒など)は実際に存在しますから、そういう対話と直接でくわえば、わかるでしょう。でもそのような対話に居合わせる機会がない人々もいますから、「肉体が死ねば全てが無」と誤信しているひともいるのは、しかたがないことなのです。

なお、脳科学は物質が精神状況に影響することは示しておりますが、逆に精神状況が脳内物質に影響することも示されており、心が脳内物質に完全に依存するということは証明されておりません。そもそも意思決定を決めるプログラムも発見されていな...続きを読む


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