肉体はどうしょうもなく存在してしまうのに精神は何故こんなに存在して無い物なのだろう・・・と、いつも考えていますが答えらしい答えが出ません。
精神とは何なのか、肉体とは何なのか、
肉体の死=精神の死 と単純にイコール化して良いものなのか。お知恵を貸していただけると嬉しいです。

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A 回答 (44件中41~44件)

 この宇宙の森羅万象は、すべて、色法(姿、形として捉えられる面)と心法(形として捉えられない内面)との二面から成り立っており、しかも、この色心の二法が、それぞれ異なっておりながらも、同時に、切り離せない一体不可分の関係になっていることを「色心不二」といいます。


 たとえば、人間でいいますと、精神面の働きは心法、肉体の活動(身体の動き、音声等)は色法で、心法の働きがあって色法の活動があり、また、色法の活動を通じて心法を知ることができる、すなわち色心不二なのであります。
 この色心不二の理は、じつに唯物論、唯心論の二大哲学を止揚する、仏法の極理に他なりません。
 かくのごとく、色心は不二である故に、私達が信心をしていく際にも、色法と心法のすべてを用いて修行していくことが本来の在り方であり、また、その果報としては、物心両面にわたって不安や行きづまりのない、真の幸福を獲得することができるのであります。
 如何でしょうか?

この回答への補足

いえ、そういうことがお聞きしたいわけではなく、幸せが欲しいわけでもありませんし今現時点で不幸だと言うわけでもありません。 ただ、「精神は存在してしまうものなのになんと言う希薄さか!」と言った所に答えを見出したいのです。もし宜しければ適切なアドバイスよろしくおねがいいたします。

・・・森羅万象は一念三千かな・・・とも思いますが・・・・・どうでしょう?

補足日時:2001/12/24 21:03
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この回答へのお礼

とても勉強になりました ありがとうございました。

お礼日時:2001/12/24 20:54

僕はこう考えます。


肉体はすぐに、病気になったり、怪我したりして、崩れる。一時としておなじ状態がない!自分の気持ちはすぐに気が変わり、かわいい人がいたら目で追って、あの人が好きになったり、この人が好きになったりする(自分がない)。またそんな自分のミエや、意固地をまもるために、見たくないものを黙ってみようとしない。それを見るとすぐ難癖つけて、それを、それと違うものとして認識し、目殺(もくさつ)?する。(見て殺すって言う意味です)
 しかし、僕は間違いない存在を見つけました。それは、二度とおんなじ姿をとどめない(原型のない)肉体存在や、流れる世界、また、すぐ気が変わり、他者との関係の中でうろうろし、出たり消えたりする信用できない自分の精神存在とは、違います。そのような、確かでない存在は、存在しているとはいえません。
 しかし、僕の意思で、僕でなくあろうとすることはできない。つまり、僕は僕を僕たらしめている僕の本質を、自分の中に見ました。それは見ようとして見れるものでもなく、その本質は、本質であるがゆえに僕より大きく、小さくて不安定な肉体の目や、精神の目でははるかにおさまりきらない。しかし、その、あらゆる存在よりも、存在しているというものに「気付く」のです。見えているのとは違います。考えている僕でもありません。それは、コギト(自我)ではありません。
 「僕を僕たらしめているのは、『僕ではない』のです。」
そうしてやっと、僕や、その精神世界や肉体や世界が、実感できます。それが本来、無いものである事が分かります。
 
 世界はあなたよりも小さいために、あなたは世界を見ることが出来ます。世界の本質はあなたであるからです。(独我論における結論)しかし、あなたの本質、あなたをあなたたらしめているものは、本質であるから、あなたより大きいのです(独我論を超えた所)。
 そうなので、あなたはあなたの本質が見えません。他人(世界の目)が、あなたを理解できないように、あなたは、あなたの本質を理解できません。世界と、あなたとの関係は、あなたと、あなたの本質との関係のようです。
 あなたが死ぬと、世界は消えますよね?無です。あなたが、世界を世界たらしめているからです。あなたは、あなた以外の世界では生きられないし、存在することも出来ません。なぜなら、他人の目で世界を見ることはかなわないという、世界的事実があるからです。しかし、世界で死ぬのは世界的なあなただけです。あなたの死は、世界の死であるが、世界の死は、あなたの死ではありません。あなたは世界の本質で、世界よりも大きいからです。あなたの肉体(脳みそ)の死は、世界の死です。つまり、あなたが死んでも、あなたの本質は死にません。と言う事は、あなたも死にません。なぜなら、あなたの本質は、あなたをあなたたらしめている確存在だからです。おかしなことをゆっているゾ?と思いますか?
 哲学の限界(独我論)を超えるとこういう思考になります。世界主的な自分意識がなくなるのです。自分は自分の本質においてあるのであり、そして、世界で生きるのです。生きる者は死にますし、そこで生成、現れた者は消滅します(世界を見たとおりです)
 しかし、ある者は無くなりません。なぜなら、あるからです。「無」というものがないのです。無が無い。ないが無い。「ないものはないのだ」(byバカボンのパパ)冗談)
 つまり、「あり」です。
自分の本質を、世界に所以すると、自分が死ぬと死にます。無です。あなたの本質は、そこに認められず、世界が死ぬと同時に死にます。他者(世界)はいなくてもあなたはいるということに気がつかなければなりません。そうしてやっと他者(世界)を如実に感じることが出来ます。なぜなら、感じる主体の自分というものを確立しているからです。自分の確立は、社会どころか、他者(世界)との相対関係においてもなされません。じつに、あなたの本質においてなされるのです。
 
 あなたは、世界にあるのでなく、あなたの本質においてあるのであり、また、あなたの本質は、あなたにおいて、世界で生きるのです。あなたという場所は、そのような場所です。そうして、マジに、世界で生きることになります。

この回答への補足

精神と肉体の定義は解りましたが、どうも精神とは何なのかが良く解りません、精神が手で掴めれば、こんなに不安になったりはしないだろうにな~、と常々 はい。

自分世界の終わりが世界の終わりなのは解りますが、これは宗教的な意味合いが強くなってしまうかもしれませんが、魂は存在するのかとかそう言った感じの答えが欲しいです、魂が存在してもしなくても良いのですが、自分自身の答えを出すのに重要な鍵になるような気がしてなりません。もしよろしければ教えてください、お願いします。

補足日時:2001/12/24 18:40
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この回答へのお礼

真剣なお答え嬉しいです。有難うございました

お礼日時:2001/12/24 18:38

こんにちは。



肉体は目に見えるものですが、精神は目に見えるものではないです。

精神をつよくするために、自分がなにをかんがえ、
何を答えとしてみちびき、その結果どう思ったのか、などと
いろんな角度から一度考えてみるといいと思います。

一度文字にして、ノートなどに書いてみるといいとおもいます。
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この回答へのお礼

有難うございました~^v^こんなつたない文章にお答えいただいて・・・もう、すいません 嬉しいです。

お礼日時:2001/12/24 18:21

その前に、「精神が存在する」とはどういう事、状態でしょうか?

この回答への補足

えと、それが解らないので、ご質問してみたのですが・・・t_nさんはどうおもわれますか?

補足日時:2001/12/24 18:21
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Qうだつが上がらない

うだつ「の」上がらないと言いますが辞書にはうだつが上がらないと書いてあります。うだつ「の」上がらないでは間違いですか?
それからうだつが上がらないとは出世しないという意味で見た感じさえないという意味は含まれないんでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<うだつ「の」上がらないでは間違いですか?>

間違いとは言えません。

1.通常は「が」が使用されるのが慣用的です。

2.一方、格助詞「の」にも「主格」の用法があります。

3.主格の「の」は本来準体用法をつくる助詞として、述部が名詞にかかったり、その名詞が省略される語法で使われていました。
例:
「白き鳥の端と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食う」

ここでは「白き鳥の」の「の」が主格の格助詞で、主語として
「端と脚と赤き」
「しぎの大きさなる」
という2つの述部にかかっています。

そして、それぞれ「赤き」「大きさなる」という連体形止めになり、ここでは「(白き)鳥」という名詞が省略されているのです。この「主格の『の』+連体形+名詞の省略」の形を準体用法といいます。

4.現代語でも、この主格の「の」が用いられる場合は、「準体用法」の名残として、名詞を補うことが多く、省略されていても「名詞」が暗示されています。
例:
「頭の良い人」=「頭が良い、人」
「都合のいい時間」=「都合がいい、時間」

これらの「の」は主格の格助詞で「が」と同じ働きをします。しかし、通常は「人」「時間」などの名詞と共に使われる用法なのです。それが準体用法の名残と説明する理由です。

5.従って、「うだつの上がらない」という表現も間違いではありませんが、述部で言いきる叙述用法はなく、上記のように「準体用法」の名残を受けて、通常は名詞にかかるように限定用法として用いられるのが正しい用法です。
例:
「彼はうだつが上がらない」(O:叙述用法)
「彼はうだつの上がらない」(X:叙述用法)
「彼はうだつの上がらない人だ」(O:限定用法)


ご質問2:
<うだつが上がらないとは~見た感じさえないという意味は含まれないんでしょうか?>

含まれません。

1.「見た感じ冴えない」という印象は、「うだつが上がらない」の副次的な印象で、必然的な「=」の関係はありません。

2.つまり、
「うだつが上がらなくても見た感じは立派」
「うだつは上がる(出世している)のに見た感じは冴えない」
という例外も十分ありうるからです。

3.「うだつが上がらない」を使って「見た感じ冴えない」という意味と同義にするには、婉曲を表す語「そう」などを使って「うだつが上がらなさそう」などとすればいいでしょう。

4.ちなみにご存知だと思いますが、「うだつ」とは、徳島県の脇町で発祥した「隣家との境にある小屋根付きの火よけ壁」のことをいい、この建造にかなりの費用がかかったため、それが立つことは経済状態がよく商売繁盛を意味し、そこから「出世する」という意味で使われるようになったものです。

5.従って、「うだつが上がる」とは、文字通り「うだつを立てることができた」ことを意味しますから、「出世する」という直接的な事実としての言葉が使われるのです。「出世しそう」という予想・雰囲気ではありません。


以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<うだつ「の」上がらないでは間違いですか?>

間違いとは言えません。

1.通常は「が」が使用されるのが慣用的です。

2.一方、格助詞「の」にも「主格」の用法があります。

3.主格の「の」は本来準体用法をつくる助詞として、述部が名詞にかかったり、その名詞が省略される語法で使われていました。
例:
「白き鳥の端と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食う」

ここでは「白き鳥の」の「の」が主格の格助詞で、主語として
「端と脚と赤...続きを読む

Q存在が目的、存在が価値、存在が意味であり、存在が正義、存在を求めることが愛 分かる人?

存在が目的、存在が価値、存在が意味であり、存在が正義、存在を求めることが愛

この意味が分かる人居ますか?腕に覚える人は見抜いて下さい。

端的に書き表してください。

Aベストアンサー

私が何に悩んでいたかが分かりました。

この「存在性理論」は、「空間」というものがすでに
あるものということだけでなく、「存在」というもの
もすでにあるものという前提での理論であると思いま
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それならば、例えば「人間」という存在に「物質」面
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まれることも、進化してゆくことも、この理論で説明
できそうです。
唯物論と唯心論をまとめる、新しい理論であるとおっ
しゃることも分からないではないです。

しかし、私が悩んだのは、№12で申し上げた、宇宙の
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は、この理論では説明できないだろうということでし
た。
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Q時給が上がらないのは、先輩が仕事を教えてくれないから

アルバイトの職場に勤めています。日に四時間勤務のパートなのですが、午前中、午後、夜間とシフトを組み、十人の女性が勤めています。(五十代中心、家庭の奥さんばかり)私は夜間の時間帯を主にしていますが、午後の時間のある女性(Sさんといいます)の陰口をよく耳にします。
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パート同士も、そう凄い技術や能力の差があるわけではないので、先輩も獲得した仕事をなかなか渡さないのはわかりますが、時給が上がらないのは、先輩が仕事を教えないからという言い訳は通ると思いますか。
私とSさんは、入職して十ヶ月程度の差しかありません。Sさんのほうが先輩です。

アルバイトの職場に勤めています。日に四時間勤務のパートなのですが、午前中、午後、夜間とシフトを組み、十人の女性が勤めています。(五十代中心、家庭の奥さんばかり)私は夜間の時間帯を主にしていますが、午後の時間のある女性(Sさんといいます)の陰口をよく耳にします。
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Aベストアンサー

>時給が上がらないのは、先輩が仕事を教えないからという言い訳は通ると思いますか。

どんな世界でも、それはありえません。
「盗んででも覚える」のは基本の基本。

ウチの会社だったら、「先輩が仕事を教えないから」って言ったら
あと2年は給料が上がらないです。

こんな時代だからこそ、努力が収入になるのですよ。

Q時間イコール存在

哲学される皆さんへ。関心がありますでしょうか。思索する上での大前提?となるのではないかと思うので、提案(思いつき?)してみます。

この世界の現象は‘時間’というものがあるから。‘時間’がなかったら‘現象’しない。現象は時間の継続が生み出すもの。一瞬という概念も時間のある世界。時間がないということは真の無。何もない世界は論じられません。
哲学する対象は時間のある‘有’の世界。
我々は時間と共に、あるいは時間に依って、存在する(表現が適切かどうか不安ですが)。
とりあえずは思いついたことを述べてみました。
深みのある思索など出来る頭脳ではないので、分かりやすい意見など、聞かせていただけると嬉しいです。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

 No.9です。

 ★ ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 吾々人間が誕生する以前であってもいいのです。
 地球に生物が誕生する以前であってもいいのです。宇宙の存在と時間の関係のことです。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 ☆ 宇宙の存在は 時空間とともにあります。それだけです。
 その以前は 分かりません。
 ★ 時間がないということは真の無。
 ☆ ということでもなく 宇宙の始まってからの《有か無か》を超えています。《有無や時空間》は 宇宙の始まりと共にあるのですから。
 前回(No.9)は
 ★ 我々は時間と共に、あるいは時間に依って、存在する(表現が適切かどうか不安ですが)。
 ☆ の部分に対して 回答を寄せました。

Q一般事務の賞与が上がらないというのは本当ですか?

タイトルの通りなのですが、一般事務は賞与が上がらないのですか?
できる業務内容が増えてもですか?
業務範囲が広がり 会社に貢献しているのに、どこの会社でも賞与が上がらないのですか?
もちろん不景気だから一時的に上がらなくなるっていうならわかるのですが・・・
どこの会社でも100%、一般事務の給与は上がらないのですか?

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。
某企業で一般事務をしていました。
賞与は会社の業績によって決まる場合がほとんどですが、
「すべての会社で100%一般事務は賞与が上がらない」
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なぜなら、私の賞与は順調に上がっていましたから。
もちろん。この不景気に突入する前は他企業に勤める
友人の賞与も上がっていました。

しかし、会社によって人事考課のあり方も業績の指標も異なりますし、
おっしゃっているように、こういう時期ですから、
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Q精神的病気と肉体的病気

精神的病気は自らの意思で避けることができるが、

肉体的病気は避けることができない。

そう思いますか?

Aベストアンサー

精神的病気は自らの意思で避けることはできるが
今の社会の中では一般的にそういった教育がなされてないので
自分に対して無知であり、精神的な発達が未熟である。

ゆえに社会全体として考えたときに、学びが無く意思だけで避けることは無理がある。


肉体的病気の多くは精神的なものに由来するので、未熟さを克服できれば
その多くは避けることができる。

しかし、化学物質や放射線や強い電磁波などの物理的なものの影響での病気は避けられない。
それを避けるためには、回避策や対策を施行できる信頼できる社会を作り出すことが必要だが
それに至るには、やはり人間の多くが精神的に成熟した社会が必要となる。


人間が個々に自分の未熟さに気がついて、それを協力して改善しようとする社会を作り出さないと
病気は避けることができない。

そのことを人類として気がつくには、まだまだ機が熟していないかもしれない。
ここ数十年ではっきりしてくる現象だと思えるので、その激動を眼にすると思います。

人間としての存在が大きく変わる時期でしょうから、かなりの痛みが伴ったとしても
その変化を見届けるのは、今生きている私たちの責任だと思います。

社会的変化が終われば、人類はもっと発展するでしょうね。
それが楽しみでもあります。

そこまで見届けるほど、長生きしたいですね。

精神的病気は自らの意思で避けることはできるが
今の社会の中では一般的にそういった教育がなされてないので
自分に対して無知であり、精神的な発達が未熟である。

ゆえに社会全体として考えたときに、学びが無く意思だけで避けることは無理がある。


肉体的病気の多くは精神的なものに由来するので、未熟さを克服できれば
その多くは避けることができる。

しかし、化学物質や放射線や強い電磁波などの物理的なものの影響での病気は避けられない。
それを避けるためには、回避策や対策を施行できる信頼できる社...続きを読む

Q日本が好景気になるには不動産の地価が上がらないと好景気にはならないのでは?物価が上がって好景気と

日本が好景気になるには不動産の地価が上がらないと好景気にはならないのでは?

物価が上がって好景気とか円安で好景気とかなり得ない。

好景気になるには不動産の土地の価格が上がらないといけないがもう日本が戦後のように少子化で地価が上がることはないと思う。

よって日本に再度の好景気というのは起こらないと思います。

どれだけトヨタ自動車が好業績を収めても日本が好景気にはならない。

不動産の土地の価格が上がって好景気になった。

好景気になるには不動産の土地の価格が上がらないと起こりえない。

土地の価格が上がらないで好景気になるってあり得ますか?

Aベストアンサー

地価が上がれば好景気になるということではなくて、好景気になれば波及効果として地価が上がるということでは?
好景気はお金の循環が盛んになって、その余剰部分が不動産投機に走って、結果的に需要と供給の関係で値上がりするんだと思います。
そもそも、土地の値段が上がるためには、それを買う需要が増えなければいけません。そしてその需要を増やすためには、その原資となるお金巡りがよくなければいけません。

Q肉体|精神|社会関係これらの改質方法は

現状|希望|蓋然性
呼気|吐息|呼吸
えら|ぶい|なち
演繹|機能|発想
ずばりひっくり返った湯呑みと茶
現場の次は何

Aベストアンサー

補足ありがとうございます。

えらぶいなち→楽譜のくだりがよく理解できなかったので、ぼくはピアノ習ってますがヘタクソなので、まわりの音楽のプロフェッショナルに聞いてみます。自分なりの答えを導いてから、次どう対応するか、の答えを書きます。48時間以内にはがんばる。

ちなみに、この時点では、
ひっくり返った湯呑みと茶、現場の次は、
じゅうたんにしみがつかないようによく拭いて、もういちど正しい手順でお茶を淹れる
というのが、答えだと思います。
 
 
 

Q今の若いニートの子供たちが、いくら努力しても社会的地位や給与が、上がらない現実を知る時、日本社会の安

今の若いニートの子供たちが、いくら努力しても社会的地位や給与が、上がらない現実を知る時、日本社会の安定や平穏が、保てるのでしょうか?

Aベストアンサー

まず、努力しても社会的地位や給与が上がらないからニートになるのではなくて、ニートになってしまったが故に自ら努力する機会を放棄して、結果的に社会的地位や給与を得ることが出来ないんだと思います。
彼らが目指すべきは、社会的地位や給与ではなくて、ニートから脱却するための努力です。
スタートラインにも立っていないので、立つことの努力をすべきです。

Q肉体が死ねば全てが無になると思っている唯物主義者

地球人類には、人間は肉体のみの存在で、肉体が死ねば全てが無になると思っている唯物主義者が多い事も、地球が、刑務所レベルの不良惑星であるという事を間接的に示す証拠の一つですよね。

Aベストアンサー

肉体のない方々と対話できる人々(霊媒など)は実際に存在しますから、そういう対話と直接でくわえば、わかるでしょう。でもそのような対話に居合わせる機会がない人々もいますから、「肉体が死ねば全てが無」と誤信しているひともいるのは、しかたがないことなのです。

なお、脳科学は物質が精神状況に影響することは示しておりますが、逆に精神状況が脳内物質に影響することも示されており、心が脳内物質に完全に依存するということは証明されておりません。そもそも意思決定を決めるプログラムも発見されていないし、今後も発見されないでしょう。

以上を総合すると、どうも唯物主義は、事実や経験に不足する方々が抱く空想的な願望であることになりそうですね。もっとも真摯で有用でありうるのは、物理的に記述される範囲の現象を調べるための手続き上の唯物主義です。これは、物質科学ですが、これは文字通りの唯物主義(すべては物質)を示せるものではなく、あくまで物理的に記述される範囲の現象に限って追求しようとする約束事なのです。

ただし、唯物論者が多いことで、決して、地球が不良惑星であることにはなりません。地球は、経験やバックグランドの違う色々な人々が交流して向上する大切な場なのです。

肉体のない方々と対話できる人々(霊媒など)は実際に存在しますから、そういう対話と直接でくわえば、わかるでしょう。でもそのような対話に居合わせる機会がない人々もいますから、「肉体が死ねば全てが無」と誤信しているひともいるのは、しかたがないことなのです。

なお、脳科学は物質が精神状況に影響することは示しておりますが、逆に精神状況が脳内物質に影響することも示されており、心が脳内物質に完全に依存するということは証明されておりません。そもそも意思決定を決めるプログラムも発見されていな...続きを読む


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