末摘花に縁のある場所、特にお寺などを調べています。
実在の人物ではないのですが、何かあれば教えてください。お願いします。

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A 回答 (2件)

私は京都で源氏物語にゆかりのある場所を、回ったことがあります。


でも、末摘花限定というわけではなかったので。

京都の「宇治市源氏物語ミュージアム」はいかがでしょうか?

ミュージアムの周りにはいろいろな石碑があったので、末摘花の歌の石碑もあるかもしれないです。
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未摘花は源氏物語には珍しい、純粋な、そして、非常に不器用で、不細工なキャラクターですネ。

鼻が長くて赤かったので『すえつむはな』と呼ばれたところの描写や、贈った赤い着物をネタに光源氏がふざけるところなど、喜劇風なのに悲しい場面ですネ。
未摘花の巻の後、4年後の設定である蓬生の巻に未摘花は登場しますが、基本的に常陸宮から受け継いだと思われるボロ屋敷がメインですネ。
最終的には二条の院の東に住処を得るはずですので、二条が一つの縁の場所ですか。
それから、朱雀院や六条院が出てくるシーンもありますので、御所からこれらの場所も縁ですネ。
ちなみに、未摘花は今で言うベニバナのことで、古来、口紅として用いられました。薬用には管状花をコウカと呼び、鎮痛や婦人病に用いられています。
参考になるかどうか‥
以上kawakawaでした
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Q鼻筋と目頭の間の少し上くらいにぽこっとほくろがあります。 私はその場所にほくろがありコンプレックスで

鼻筋と目頭の間の少し上くらいにぽこっとほくろがあります。

私はその場所にほくろがありコンプレックスです。平らなほくろではなく膨らんでいて親にはそんな気にしなくてもいいと言われています。
あと鼻と口の間(なんて言う場所なんでしょう)の左下寄りに平らなほくろがあります。

その場所にほくろがある女の人はどのような印象ですか?

Aベストアンサー

面疔(メンチョウ)ではないの

Q「願はくは花の下にて春死なむ・・・」の「花」は何の花?

願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ

という歌にとても心惹かれるものがあります。
たしか西行法師の作であったと記憶しております。

この歌に出てくる「花」とは何の花なのでしょうか?
今まで何となく桜だと思っていましたが、桜が日本人にとって最も代表的な花となったのは、もっと後の時代ではないでしょうか。西行法師の時代は「花」と言えば梅だったのではないかと思います。

そこで、月齢と旧暦の日付を調べてみたところ、今年は旧暦の2月の満月の日は新暦4月7日(旧暦2月17日、月齢15.36)でした。
となると、「花」はやはり桜なのでしょうか?

もう一つ、質問です。
「花は桜木、人は武士」という言葉が示すように、潔く散る桜を人の死と結びつける思想は、江戸時代の出てきたものと思っていました。しかし、この歌の「花」が桜であるとすれば、西行法師の時代に、すでに、桜を人の死と結びつける思想の源流があったと考えてよいでしょうか?

Aベストアンサー

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

奈良時代に中国から梅が入ってきた梅は、当時の貴族文化の中では主流になったのですが、外来文化の象徴でもあった梅に対し、古来から生活とともにあり、また民間信仰の対象でもあった桜は、平安時代が進むに連れて、ふたたび主流になっていったようです。
そうして947年には宮中の庭の正面に植えられていた「右近の橘左近の梅」の梅が桜に植え替えられたことなどにもあきらかなように、平安後期以降は、花といえば桜をさすようになります。

ご質問の西行の歌は、1190年のものですから、時期的にも桜であることに間違いはありません。

桜は古来から日本の民間信仰と深く結びついていました。
古事記や日本書紀にも登場する木花咲耶姫(このはなさくやひめ)、この神は春の女神で豊穣をもたらすとされたのですが、桜の木はこの神の依り代とされました。

桜の開花に農作業が始まる時期を知り、その年の開花に作柄を占った。
こうして桜は農作業と深く結びつきつつ、信仰の対象でもあったのです。
桜の大木の下は一種の聖域となり、豊穣を祈るためのさまざまな儀礼や宴が、年中行事となっていき、今日に至るまで続いています。

一方で、桜に対する見方も時代によって少しずつ変わります。
平安末期には無常観とも結びついていき、さらに時代が下れば、能や歌舞伎での異世界や狂気にも通じていく。
質問者さんが上げられている、仮名手本忠臣蔵の詞は確かに江戸時代のものですが、桜はそれよりはるかに古来から、人々の生活に結びついており、それゆえに、さまざまに解釈されてきた歴史があります。

ここらへんの見方の推移は『ねじ曲げられた桜 ― 美意識と軍国主義 ―』(大貫美恵子 岩波書店)に詳しいので、もし興味がおありでしたら、ご一読ください。

ただ、西行のこの歌は、やはり西行個人の信仰と無関係にとらえることはできないでしょう。

>その如月の望月のころ

とは、釈尊が涅槃に入った(亡くなられた)とされる二月十五日のことです。

「これは死に臨んでの作ではない。死を目前にして西行がこう歌ったのではない。…しかしおそらく六十歳代の半ばごろ、死もいつかはやって来る、もうそれほど遠くはないかもしれぬと思うにいたった老西行が、おのれの死をこういう言葉で表現し、こういう情景の中に見つめ、希求していたことは間違いなく読みとりうるのである」(『西行』高橋英夫 岩波新書)

この本は、西行の生涯だけでなく、さまざまな西行伝説や、西行と芭蕉の関わりなどにもふれられていて、大変おもしろかったです。

以上、なんらかの参考になれば幸いです。

まず、古文で「花」と出てきたら、奈良時代の一時期を除いて、桜のことと考えてよいと思います。

万葉集でいう「はな」が何を指しているかは、詠まれた数の多さから梅である説、あるいは、当時はまだ貴族社会の一部にしかひろまっていなかったため、桜であるという説など諸説あります。

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ほくろを取ろうと思ってるのですが、美容外科と皮膚科どっちがいいですかね?
場所はひなの付け根、目頭の下らへんで、大きさはタテ7ミリ、ヨコ5ミリくらいです!

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顔の目立つ場所だし、美容外科の方がいいかも。
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皮膚科で相談を。
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在原行平について。
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しかし、百人一首のアニメを見たら
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どちらが本当なのかわかりません>_<
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Aベストアンサー

業平ではなく行平というのが渋いですね。


>在原行平さんの奥さんが不明

この時代、女性の名前はほとんど残っていません。
名前がかろうじて残るのは、天皇の娘とか后くらいです。

紫式部も清少納言も名前ではありません。
紫式部の場合、父親が藤原為時で、官職が式部大丞であったため、当初は藤式部という女房名で呼ばれたが、おそらくは死後に「紫式部」の名で呼ばれるようになったものです。母親は藤原為信の娘というだけで、やはり名前は分かりません。

『蜻蛉日記』の作者は藤原道綱母で、『更級日記』の作者は菅原孝標の次女で、菅原孝標女と呼ばれています。
「○○の母」だの「○○の女(娘)」ばかりです。

有名な弟の業平も妻は紀有常の娘だというだけで、名前は不明です。

在原行平も妻の名前はもちろん、母親の名前も分かりません。
行平の場合、誰の娘かさえ分かりません。


アニメなら、ストーリーが作りにくいので適当に名前をつけただけでしょう。
また当時は男が女のもとに通う「通い婚」が普通で、しかも一夫多妻が当然です。
現代の感覚で捉えるべきではありません。

Qほくろの場所を弄っていたら皮がむけてしまい、1.2日後にかさぶたらしきものができました。触らないよう

ほくろの場所を弄っていたら皮がむけてしまい、1.2日後にかさぶたらしきものができました。触らないようにしていたのですが、一週間後くらいに寝てるうちにベッドに擦れてかわかりませんが取れてしまいました。もともと黒だったほくろが色が薄くなっていたのですが、これはガンだったりしますか?

Aベストアンサー

直接見ないと分かりません。その部分が盛り上がっているとか色がまだらならリスクが高いと思われますが、提示の状況だけでは全くわかりませんので、皮膚科で見てもらったほうが良いです。

Q【しづごころなく 花の散るらん】の花って???

不勉強ですみません。

紀貫之の「しづごころなく 花の散るらん」の花って
桜ですか?梅ですか?

「花」をさすときに「桜」か「梅」か
その分岐点なども教えていただけると嬉しいです。

庭の白梅が散っていくのを見て、この歌を思い出したのですが
はて、桜だったのかな。。。ととっても疑問になりまして。

よろしくお願いします!!

Aベストアンサー

みなさま書かれているとおりです。手元の古語辞典(詳解古語・明治書院)を見てみました。「はな」について次のように書かれています。
”「花」といえば「桜」を指すのが常識となっているが、「花=桜」が定着するのは、中古の中期、拾遺集(1006年頃成立)以降とされている。
「久方の光のどけき春の日にしづ心なく花(=桜の花)の散るらん」(古今・春下)
「春やとき花(=梅の花)やおそきと聞き分かむ鶯だにもなかずもあるかな」(古今・春上)”
 古今集が成立したのは905年頃、まだ梅の花のことも「花」ということがあった時期ですね。それでも定型化は進んでいたはずで、「香り」あるいは「鶯(うぐいす)」というのがなければ桜でしょう。

Qホクロ除去。ほくろの場所。

高3、男。
ホクロ除去を考えているものです。
口と鼻の間に二つあるのですが・・・なかなかのコンプレックスなので、
いち早くどこかへいって欲しいと考えています。

しかし、場所が場所だけに、失敗は許されません。
他の質問や、他のホームページを見ては回ったものの、ピンポイントの体験談は得られず、
今それを欲しています。

口―鼻間(或いは顔)のホクロを除去された方、その経験、
除去後の方法、結果、経過、再発等々、術後どの位の期間ケアが必要で、術までどのようなプロセスを経るのか、
また、なにぶん除去希望のほくろの場所が近いので、同時にできるのか、日にちをどれくらいをあけるべきなのか。
保護者の同意書はどういうものなのか。
矢継ぎ早で厚かましくててすいません。
上記一つだけでもお教えいただけたら是非。

一応、まずほかの場所のほくろを取って様子を見ようとおもってます。

その他、経験者様でなくても、なにか情報をいただけたら僥倖です。
情報の重複も大歓迎です。

ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 親類の女性が除去しました。まゆげの付近の2カ所。結構大きく(直径7ミリぐらい)、また突起していましたが、非常にきれいにとれ、驚きました。医者がうまかったのかもしれません。彼女も「もっと早く取れば良かった。」と言っていました。

 保険がきいたので、3割負担ですみました。1万円ちょっとぐらいだったと思います。美容形成ではなく、普通の総合病院の外科。

 2週間ぐらいバンドエイドを貼っていたと思います。

 私の場合、たまたま身近に成功例があるので、電車などで大きなほくろ/できものがある人を見ると、「除去手術をすればいいのに」と思ってしまいます。

 
 

Qこれは実在する歌でしょうか。

以前、平安時代を舞台にした小説(古典のパロディ)の中に、
「奇しの恋は禁色の、深きすみれの色なりき(以下略)」
という歌(長歌?)がありました。
これは、小説の作者のオリジナルでしょうか?それとも、実在する歌でしょうか?
もし実在するのなら、出典を知りたいので、ご存知のかたお願いします。

Aベストアンサー

え~、「ざ・ちぇんじ」ですね。
氷室冴子先生のオリジナルだそうです。

すみません、その情報ソースは忘れました^^;

Qこのほくろは危険でしょうか?

今までほくろがなかった場所に半年~1年程前にほくろができました。
最初は2ミリほどだったのが、今では4ミリになってます。ほくろは膨らんできています。色はこげ茶で、色ムラはありません。
詳しい方、教えていただけますでしょうか?

Aベストアンサー

今日だけで三件同じ様な質問がありましたが、春で発見しやすくなってきたからでしょうかね。

膨らんできている・・・周りはどうでしょうか?
他の情報から加齢によるものだと思えますが、心配なら外科か皮膚科で切除しましょう。

万が一メラノサイト由来の悪性だと、発見から死亡まで数ヶ月です。

専門医でなくても、医師なら一目で判別できますし、どうせなら其処で切除してしまえば以後心配しなくて済みます。
悪性が普通の黒子からなるのか、元々悪性なのかは意見が分かれているところですから。

Q袖擦り合うも他生の縁とよく似たくだり

「袖擦り合うも他生の縁」という諺がありますが,
それによく似た内容で、
”川の上流の水を飲む人と下流の水を飲む人は
何かの縁がある”という文章が
書かれてある文学名(たぶん古文?)を
ご存知の方、教えていただけませんか?

Aベストアンサー

 成句としては「一樹の陰、一河の流れも、他生の縁」でしょうか。

 出典は、説法明眼論(円通述)という仏典の「或は一国に生まれ、或は一郡に住み・・・一樹の下に宿り、一河の流れを汲み・・・同畳同坐、同牀一臥、軽重異るあるも、親疎別あるも、皆是れ先世の結縁なり」です。

 日本文学の古い用例で有名なのは、平家物語(巻十)のいわゆる「千手前」の段における「一樹の陰に宿りあひ、同じ流れをむすぶも、みな是先世のちぎり」という部分でしょうか。源平盛衰記にも同様の場面があります。そして、この話をもとにした謡曲の「千手」にも、同旨の謡いがあります。

 平家物語には、他にも巻一の「祗王」にもでてきますし、源平盛衰記でも、他に数ヶ所の場面で引用されます。
 謡曲では、いわば決り文句になっていて、「千手」のほかにも、「大江山」「箙」「錦木」「合甫」「紅葉狩」「山姥」などと多用されます。

 その他にも、「御伽草子(浦嶋太郎)」、「義経記」、「玉三(玉藻前旭袂三段目)」など、他にも色々あります。


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