井上靖の小説「氷壁」がNHKでドラマ化されています。興味があって原作を読んでいますが、登山家の死が登山具のザイルが切れたことによって引き起こされたということになっています。ドラマでは登山具の会社で作られたカラビナが原因のようになっています。私の母が、小説が書かれた当時にはザイルが切れるということが話題となったようなことを言っていましたが、昭和32年当時には、実際まだザイルについての研究が進んでいなかったのでしょうか。また井上靖は登山についてのそのような知識があったのでしょうか。カテゴリがここでいいかわからないのですが・・。

A 回答 (4件)

いわゆるナイロンザイル事件です。


検索エンジンで「ナイロンザイル」を検索してください。

当時麻のザイルからナイロンザイルに変わったころの話しです。製造元および製造元の息のかかった大学教授まで、縦方向の引っ張りには強いナイロンザイルも横方向の鋭角にはたやすく切れることをみとめなかったどころか、事件後の実験データも捏造していました。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。当時の事件やドラマの設定がわかりとても感激しました。井上靖も偉大な作家だとわかり、他の作品も読みたくなりました!

お礼日時:2006/02/02 21:53

no.2


「山岳」ではなく「岳人」でした。
訂正します。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。新聞記者を経験した井上靖ならではの作品ということもわかり、この事件を現代にアレンジしたNHKのドラマにも感心しました!良かったです!

お礼日時:2006/02/02 21:56

no.1


補足
ナイロンザイルについて、公開実験が行われ、
公開実験は鋭角90度に対して、2Rの削りをいれ60キログラムのものを落としてナイロンザイルは切れないというものでした。
しかし、2Rの削りをいれなければ、60キログラムのものが1メートルも落下すれば簡単に切断されるのです。
公開実験にうそがあったことは、昭和43,4ごろの雑誌「山と渓谷」「山岳」にでていたように記憶しています。
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Q初心者の北岳登山について。

一人で北岳に登ろうと思っています。
登山経験は富士山に一人で登った経験があるだけです。やはり、北岳のほうが体力技術的に考えると、一人というのは危険でしょうか?

日程は8月25、26日を考えているのですが、その頃には高山植物のシーズンは終わっていますか?
また、広河原出発で北岳肩の小屋で一泊しようと考えています。時期的に混雑するんですかね?
肩の小屋の詳しい情報が分かれば、教えてくださると助かります。

体力についてですが、週2回ほど5キロのジョギングを行っている程度です。富士登山の時はそれほど疲れることなく登頂できました。

Aベストアンサー

今月7日に登頂してきました。私も一人での登山です。
62歳ですがガイドブックに記載のコースタイムより少な目の時間でした。
広河原に宿泊なら5:30前に出発すれば正午前に山頂に着くことでしょう。(広河原山荘の朝食は5:00から)そうする事で展望が期待出来るし、午後に多い雷雨も回避可能の確率が高いでしょう。
私は間ノ岳も登頂したので北岳山荘に宿泊しましたが、どちらの小屋からも東に大きな富士山とご来光が綺麗でした。(肩の小屋は同室者の情報)ちなみに山荘は2食で7900円でした。毎年100円ずつ値上げしているみたいです。
当日は定員未満で布団1つに一人でした。耳栓は必需品ですよ。
高山植物の多いのは山荘から八本歯のコルに行くコースに8種類の開花を確認出来ました。季節的に期待しないほうが賢明でしょう。
富士山で疲労も感じず、ジョギングで鍛えていれば体力に心配無用ですよ。
但し、天候と気温により又前夜の睡眠時間によって影響があります。
早い時間に出発し早く到着する計画を心掛けましょう。

Q剣岳登山は本当に難しいものなのでしょうか?

剣岳登山は本当に難しいものなのでしょうか?

剣岳点の記を昨日、テレビ映画で見ました。
私は約10年前に厳冬期(12月下旬)に仲間と剣岳登山をしたことがあります。丁度本格的登山を夏から始め、初めての雪山でした。
映画に出てくる長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。お天気に恵まれ、雪崩もなく、雪庇も踏み外すこともありませんでした。

ルートは扇沢 黒部ダム 内蔵助平 真砂沢 長治郎谷 剣岳頂上 早月小屋 早月尾根 馬場島
でテントは真砂沢、早月小屋の横の2泊3日でした。
映画の当時の剣岳登山はあんなに困難を極めていたのでしょうか?行者も登っていたと映画で出てましたし。ただ単に天候に恵まれなかっただけなんじゃないでしょうか?

また、このルートは見た目は迫力あるのですが登りの長治郎と頂上までの最後の岩場も難なく上れました。不安を感じたのは頂上直下の岩場だけ位でした。

よく剣岳を登るのは大変だとか初心者にとっては危険だと山をよく知っている人から聞きます。剣岳登山は厳冬期の方が登りやすいのでしょうか?そのときのメンバーは大学登山の経験豊富な方々ばかりで
私だけが初心者でした。夏は登山をしたことがありません。

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剣岳登山は本当に難しいものなのでしょうか?

剣岳点の記を昨日、テレビ映画で見ました。
私は約10年前に厳冬期(12月下旬)に仲間と剣岳登山をしたことがあります。丁度本格的登山を夏から始め、初めての雪山でした。
映画に出てくる長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。お天気に恵まれ、雪崩もなく、雪庇も踏み外すこともありませんでした。

ルートは扇沢 黒部ダム 内蔵助平 真砂沢 長治郎谷 剣岳頂上 早月小屋 早月尾根 馬場島
でテントは真砂沢、早月小屋の横の2泊3日でした。
映画の当...続きを読む

Aベストアンサー

>長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。
ルートがなかったんです。
そのルートは、先人が「登りやすい路はどこにあるのか」を経験を重ねて見つけ出し、整備しているものです(整備というと木道や階段などを想像しがちですが、北アルプスにおいてはそれと限りません。)
もちろん、扇沢までも路などはありませんから、そこまで行くのさえ苦労したはずです。
(というか、当時は黒部ダムはありませんから富山側から立山経由で行くしかなかったはずです)

装備も、非常に簡素であったでしょうし、食料も重かったのではないかと思います。
携帯用コンロなんてものはありませんし、ゴアテックスの雨具もないです。
現代の登山は、用具もノウハウも当時とは比較にならないほど進化しています。
結果、体力にしても根性にしても、今と比較できないほど登山は危険に満ちていたはずです。

あなたが登った厳冬期ですが…あなたはゴアテックス&羽毛の最新ウェアを着ないで、フリーズドライの食品を利用せず、携帯用コンロを利用しないで、LEDの懐中電灯もなく、ナイロンのテントを布の重いテント(ナイロンテントの3~5倍近い体積と重さになるはずです)を背負って!というのを想像できますか?あ、シュラフもシュラフカバーも使わないでくださいね。

>そのときのメンバーは大学登山の経験豊富な方々ばかりで私だけが初心者でした。
経験豊富な先輩方がいたから、しかも初心者が一人だったから登れたのです。
その、経験豊富なメンバーも「経験を積み重ねて」「ノウハウを得ている」から登れたわけで、地図を作るための人は目的が違いますし、登山の専門家でもないです。当然、当時はアルピニズムのノウハウなんかも日本では殆ど無いに等しかったのです。

もっと低い山でも、遭難事件は起きています。
ツアーでは当然経験豊富なガイドが付いているにもかかわらずです。初心者が多ければ、経験豊富なガイドがいても…昨年は8人が北海道でなくなっているのじゃなかったでしたっけ?

あなたの場合、恵まれた環境で登山ができただけで、決して、それが当然だとは考えるべきではないです。

>長治郎谷ルートで全く難なく成功しました。
ルートがなかったんです。
そのルートは、先人が「登りやすい路はどこにあるのか」を経験を重ねて見つけ出し、整備しているものです(整備というと木道や階段などを想像しがちですが、北アルプスにおいてはそれと限りません。)
もちろん、扇沢までも路などはありませんから、そこまで行くのさえ苦労したはずです。
(というか、当時は黒部ダムはありませんから富山側から立山経由で行くしかなかったはずです)

装備も、非常に簡素であったでしょうし、食料も重かっ...続きを読む


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