言葉の意味や概念の本質に関して、ソフィストとソクラテスの考え方の違いは?

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A 回答 (2件)

ソフィストはいろんな世界を見てきて旅をして、「こりゃいろんな考え方の人が居るから、物事は一つには決められないな」と考えました。

これが相対主義です。
それに対してソクラテスは、「いやそんなことはない、きちんと順を追って考えれば、誰にでも同じことを納得させられるはずだし、そういうものが真理に当たるはずだ」と考えました。この点で他のソフィストより一歩ぬきんでていたのです。
言葉の意味としては
ソフィスト…説得をする方法(しばしば扇動的)
ソクラテス…全員に説得ができる方法、そしてそれよりも、人に左右されず真理を導き出せる方法
概念の本質に関しては
ソフィスト…人間がたくさん居て考え方が違うから無い。
ソクラテス…皆が納得できる考えが、そして誰からも左右されない考えが本質に当たる。
と言うところではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
とても参考になりました。

お礼日時:2006/02/01 16:40

ソフィストというのはたくさんいたのでその質問は無意味だ。

だいたいソークラテースだってソフィストだよ。
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この回答へのお礼

参考になりました。ありがとうございました。

お礼日時:2006/02/02 13:07

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Qソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違い

ソクラテスの思想とソフィストの思想の基本的な違いが
いまいちはっきり分かりません。
レポートの参考にしたいので教えてください。

Aベストアンサー

 あ、ほっといてごめんなさい。考えて見れば、何か発言がないと返事の書きようもないんですね。
 えー、この質問の10こくらい前の方に、12月28日付けの「ソフィスト」関連質問があります。もうごらんになりました?
 それを見て、何かまだ疑問がありましたら、この回答へのコメントという形でお尋ねください。

Qソクラテスとソフィストの対話?について

ソクラテスは、ソフィストの意見に対して矛盾を指摘する、ということをしていたのですか?それは具体的にどのような会話なのかを知りたいです。

愛とは何か?とか正義とは何か?と聞いて、矛盾を指摘することってできるのですか?

Aベストアンサー

『メノン』なら岩波文庫にもなっているし、一番アクセスしやすいのではないでしょうか。

ここではメノンというソフィストが「徳なんてものが、ほんとに教えられるものなのだろうか」と問いかけてくるんです。

そこでソクラテスが「教えられるかどうかより先に、まず確かめておくことがある」といって、「そもそも君は徳とは何だと思うのだ」と聞き返します。

そこでメノンは「そんなことは簡単だ、男の徳というのは、国家の仕事をなすこと、女の徳というのは、家のことを切り盛りすること」と答えるんですね。つまりそういうのがソフィストの弁論術で、本質概念を問われているのに、自分の知っている「徳」の実例をあげていく、というやり方にすりかえるのです。

それをソクラテスはミツバチの例をあげて指摘します。わたしはミツバチの本質を聞いているのに、、君はあれもミツバチ、これもミツバチ、と知っているかぎりを列挙しているにすぎないではないか。ミツバチとは何かと問われたら、蜜を集めるハチのことである、と答えるのが本当ではないか。徳とは何か、と問われたら、そのように挙げられた種類のものすべてを通して、一貫して変わらない徳の本質を知りたいのだ。だからわたしは徳とは何であるかを探求するのだ、というのです。

すると、こんどはメノンがこう聞き返します。
「あなたは徳がわかっていないのなら、まだわかってもいないようなものをどうやって探求するというのか。たとえ答えが出たとしても、その答えが正しいとどうやってわかるというのか」と追求するのです。

すると、おもしろいことにソクラテスはこの問いに、まったくちがった話を始めるんです。
(ソクラテスの問答は、いつもこんなふうに、途中で神話だとか、ある巫女さんから聞いたんだが、とかという話が入ってきます)

ソクラテスはかつて、ある神官から「魂は神の下にあって、不死である」という話を聞いた、と言い出す。不死の魂は、ときに人の体に入って生命をもたらすけれど、その人が死ぬとまた神の下に帰って行って、今度はまた別の肉体に入るのだ、と。

だとすれば、魂は、ありとあらゆるいっさいのものを魂は見てきている、ということになる。だから徳についても、わたしたちの魂は神々の国にあったときに知っているのだ。いまわたしたちが新しいことを知って、わかったと納得できるのは、昔知ったことを思い出すからなのだ、と言う。

メノンは、それがほんとうかどうか証明してみてくれ、とソクラテスに言います。
そこでソクラテスはまだ数学も幾何学も知らない子供に、対話を通して幾何学を教えてゆくのです。子供は教わりながら、いろいろな定理を理解しはじめ、納得していく。そうしてソクラテスは、この子がいま知ったことは、この子の魂が昔覚えていたことを想い起こすのだ、というふうに説明していくのです。

ソクラテスがどんなふうに問答をしていったか、雰囲気だけでも伝わったら、と思います。実際に読んで、自分の目で納得してみてください。

『メノン』なら岩波文庫にもなっているし、一番アクセスしやすいのではないでしょうか。

ここではメノンというソフィストが「徳なんてものが、ほんとに教えられるものなのだろうか」と問いかけてくるんです。

そこでソクラテスが「教えられるかどうかより先に、まず確かめておくことがある」といって、「そもそも君は徳とは何だと思うのだ」と聞き返します。

そこでメノンは「そんなことは簡単だ、男の徳というのは、国家の仕事をなすこと、女の徳というのは、家のことを切り盛りすること」と答えるんですね。...続きを読む

Qソフィスト

ソフィストの思想史的意義と問題点についてよくわからないので説明お願いします。

Aベストアンサー

補足します。
ソフィストの思想史的意義について述べる前に、ソクラテスの思想について。
ソクラテスは、まずいわゆるソフィストたちの不可知論に対して、確かに知らないことは知らないとした。(「無知の知」)ただし、こうして知らないとしたことによって、実は知っていることもあるとした。つまり、知らない知らないだけしか言わないソフィストに対して、道徳的に正しいようなことは衆人一致するはずだとした。(これ自体、本当は古代ギリシアの習俗を抜けていない気がしますが。)ともあれ、不可知論で何も知ることができないという思考法(減点法)から、知らないことも多いけれど知ることのできるものをあげていこうとする思考法(加点法)に転換したことが、何よりも大きいと考えます。この流れは、アリストテレスの自然学への展開を経て、カントの純粋理性批判までつづき、現代まで連なる西洋的科学思想を形成していると同時に、道徳の先生プラトンの流れを汲む神学(キリスト教)の発展を促した、正に西洋というものを形成している根幹であるといえるでしょう。
というわけで、ソフィストの思想史的意義と問題点は、知らない知らないしか言わなかったことによって、いいのか悪いのかは置いといて、現代社会を形作るいわゆる西洋思想を作ってしまうことになった点です。
個人的には、現代科学を含み西洋思想自体、嘘を嘘で塗り固めた嘘っぱちの重ね塗りのような気がしますが、果たしてソフィストの考え方のままだったら、現代の生産的な活動は皆無だったかもしれません。そう考えると、このソフィストからソクラテスへの流れは、人間の歴史の進展する大きな転換点だったのではないでしょうか、と私は考えます。

補足します。
ソフィストの思想史的意義について述べる前に、ソクラテスの思想について。
ソクラテスは、まずいわゆるソフィストたちの不可知論に対して、確かに知らないことは知らないとした。(「無知の知」)ただし、こうして知らないとしたことによって、実は知っていることもあるとした。つまり、知らない知らないだけしか言わないソフィストに対して、道徳的に正しいようなことは衆人一致するはずだとした。(これ自体、本当は古代ギリシアの習俗を抜けていない気がしますが。)ともあれ、不可知論で何も...続きを読む

Qソクラテスの無知の知は矛盾していませんか?

ソクラテスの無知の知についてです。
高校の倫理でソクラテスのことを学び、
その中でソクラテスの思想に「無知の知」というものがありました。

ソクラテスは、
「あなたは自分の無知を知らないが、私は自分の無知を知っている(=無知の知)」
と習いました。

しかしここで思うのが、
ソクラテスは自分が無知であると言うことを知っていると言いましたが、
これを同じく返されたらどうなるのでしょうか?

ソクラテスは無知について知っているとは言えないのではないでしょうか?
ソクラテスに対して、
「あなたは実は無知であることを知らない」
と返した場合無知の知は無くなってしまうのでないでしょうか?

Aベストアンサー

有名な『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」ですね。


おそらく、本来の意味とは少し異なった意味を教えられたのではないのかと思います。

無知の知はソクラテスの哲学を表す重要な言葉で一文節を取り出して、そこだけで解釈すると誤解が生じてしまうので『弁明』の全体を見て解釈するのが大事だと思います。

お粗末ですが、軽く無知の知に至るまでを説明しますね。


ソクラテスは神からある言葉を授かります。その言葉とは
「ソクラテスより知者はいない」
というものです。

ソクラテスは考えます。
俺が一番賢いわけがない。


ソクラテスは、この神の言葉は間違いであることを証明しようと試み、自分より知者であると思われる、評判高い人々を訪れるわけです。その人達の職業は詩人であったり大工であったり様々です。


ソクラテスは彼らが自分よりも知者であることを期待して訪ねたのですが、話をしてみるとどうも勝手がちがいました。


といのも、彼らは確かに専門的な知識はソクラテスよりも優れていました。しかしそれに奢って
「徳であったり、本当に善いものに関する知識」
を持っていないにも関わらず知ったかぶりをして話をしていたのです。


その一方で自分は、徳とか善きものについて知らないということを自覚している。
その点で彼らよりも自分は賢い。
ソクラテスはそう考えました。


ここでソクラテスに初めて「無知の知」が自覚されます。


「無知の知」は「不知の知」とも表記されていて、私は後者の方がしっくりきます。

といのも、
「知っているものが何も無い」
という状態ではなく
「知らない(不知)ということを知っている」


と解釈しているからです。

ですから、質問者さんが問うように
「ソクラテス、あなたは無知(不知)を知らない」
と言われれば、きっとソクラテスは
「いや知っている、自分は善とか徳については何も知らないことを知って(自覚して)いるよ」
と答えると思います。


付け加えるなら
「ぜひ教えてくれないか、君も知らないならば一緒に探求しようではないか」
とも言いそうです(笑)



気になるようでしたらぜひ『ソクラテスの弁明』を実際に読んでみてください。文量は多くないので気軽に読むことができると思いますよ。


長文失礼しましたm(__)m

有名な『ソクラテスの弁明』に出てくる「無知の知」ですね。


おそらく、本来の意味とは少し異なった意味を教えられたのではないのかと思います。

無知の知はソクラテスの哲学を表す重要な言葉で一文節を取り出して、そこだけで解釈すると誤解が生じてしまうので『弁明』の全体を見て解釈するのが大事だと思います。

お粗末ですが、軽く無知の知に至るまでを説明しますね。


ソクラテスは神からある言葉を授かります。その言葉とは
「ソクラテスより知者はいない」
というものです。

ソクラテ...続きを読む

Qソクラテスの『善く生きる』

ソクラテスの『善く生きる』という言葉の意味をできるだけ簡潔にまとめたいのですが、どのようにしたらよいでしょうか。私は専門が理学系なので哲学は未履修です。高校の倫理の教科書を借りて読んでみてはいるのですが、いまいち内容に合点がいきません。

Aベストアンサー

ソクラテスの『善く生きる』ですか。
ソクラテスやプラトンが用いる「善く」という意味がわからないと答えようがないですね。
かれらの意味する「善く」というのは単なる道徳や慣例・知識ではないのですね。神の目から見て「正しいこと」を「善く」といっているのですね。
ソクラテスの時代も現代も同じですよ。殆どの慣例や知識が神の目から見て「正しいこと」ではないので、『善く生きる』ということは「ラクダが針の穴を通るほど」難しいことですね。
とはいえ、回答としては「あなたの良心に従い生きること」が『善く生きる』に一番近いと思いますよ。
知識や道徳ではなく「良心」というのがみそですね。
とはいえ何か例がいりますかね。例えば、葬式の後の塩なんかは慣例ですが、だれが始めたのかも不明、効果も不明、単なる迷信ですが多くの人が信じて実行していますね。正しくないのでこんなのまねても『善く生きる』にはならないということですね。多くの知識や道徳・慣例などもあなたの良心に従い見直しながら生きるということですね。

Qプラトンとソクラテスの違い

上記の二人が師弟関係だったことは周知の事実ですぅが、
彼らの思想の同じ点と、違う点をおしえていただきたいです。

Aベストアンサー

質問者さん、すこしは自分で調べようよ。
ソクラテス、プラトンでググろうよ。

初心者向けのいいサイトを紹介するので、
これを読んで、自分で考えましょう。

ソクラテス
http://www.geocities.jp/studia_patristica/philosophia7.htm

プラトン
http://www.geocities.jp/studia_patristica/philosophia8.htm

Qミスドのバイトはどうですか?

大学も決まり、バイトをしようかなと思います。
そこでミスド(自分でドーナツをとってレジに持っていくタイプの店)がいいかなぁと思っています。
でもやはりドーナツの名前や値段はもちろん覚えなきゃいけないんですよね?!
大変なところ、いいところを教えてくださると嬉しいです。

Aベストアンサー

そのタイプのミスドのお店でバイトしていました。
ドーナツの種類と値段は、大丈夫、すぐに覚えます。
またレジも種類別になっていて、ドーナツの絵が出ていて、そこをタッチしたら値段が出るのでラクチンですよ。慣れれば本当に使いやすい!!です。
休憩時間には好きなドーナツを好きなだけ食べられるし(マフィンとかパイは駄目なんですけどね)、勿論ドリンクも飲み放題、飲茶も半額で食べられます。
食べることに関しては本当に楽しい!
仕事も楽しいですし、販売だけじゃなくてドーナツの仕上げ(フィニッシャーといいますが)をすると、もっと楽しいです!
ファンシーってみたことありますか?
自分の好きなようにドーナツを飾って陳列できるんです。
それが売れたときの喜びって、すごいですよ!
ただ、休日昼間はめが回るくらいに忙しいです。特に飲茶が出ると本当に地獄・・・でも忙しい分、時間が経つのも早いし!本当に楽しいバイトでしたよ!
私としては超お勧めです。

Q二度目のカラーは一度目から何日空けるべきですか?

髪を明るくしたばかりなのですが、とある事情で髪の色を落ちつかさなければならなくなってしまったのです。そこで教えてもらいたいのですが、美容院でヘアカラーした後に、今度は市販のヘアカラーで染め直すときどのくらいの期間を空ければよいのでしょうか?自分で見た感じでは髪を結構傷んでいるのですが・・・

Aベストアンサー

こんばんはー。
一応のめやすは「1か月」が一般的だと思います。昔自分で染めてた時についてた説明書にそう書いてあったはず・・・。

でも、市販のカラーだとどうせぼろぼろになるし、「自分で見た感じ」もどうせ傷んでるのなら、今さら気にしなくていいんじゃないかなぁ(^_^.)てゆうかどっちみち1か月も待てませんよね?

それより気になったのは、「落ちつかさなければならなくなってしまった」ってつまり黒く染めなおすってことですか???自分で???

実は私、面接対策でブリーチ髪(白に近い金髪)を市販ので黒に戻したことあるんですが、黒っていうよりクロミドリ色になってヤバかったです。まだらにコケが生えたような状態(ーー;)モノによると思いますが、同じ寮で黒くした人の4人中4人がコケ状態になったので要注意です。

結局美容院でしなおすはめになったのですが、黒くするのは結構むずかしいらしいです。健闘を祈ります!

Q形而上学とは

現在、国語の授業で
「広告の形而上学」という形而上学をテーマにした論文を扱っています。
文章の雰囲気は分かるのですが形而上学
というテーマそのものがよく分からないので
どうも、しっくりこないでいます。

「形而上学」というものをくだいて説明して
頂きたいのですが。。。

中学3年の私にも分かるくらいのレベルで説明して頂けたら嬉しいです。(教科書は高校1年生のものですが)

宜しくお願いします。

Aベストアンサー

すごい教材を使用されていますね。大学受験レベルなんじゃ。。。
もしかしてその文章の出典は『ヴェニスの商人の資本論』(岩井克人)でしょうか?

No,1の方の説明が正しいと思うのですが、もっともっと噛み砕いてみると。。。

まず「形而下学」は形あるもの、目に見えるものと解釈してください。それに対する「形而上学」は形のないもの、目には見えないものということになりますね。人間の視点や物理的なもの(形而下学)に対する神の視点や精神的なものが「形而上学」と考えることができると思います。



あと、ソシュールの言語論も把握すると、理解が深まると思います。

人間の頭の中で考えることって、区切りがつけられず【無限】に広がっていきますよね。世界や宇宙だって、区切りがつけられず【無限】に広がっていく存在です。人間は他人に対して、そういうものを表現して、考えをわかってもらい、指し示しているものを共有しようとします。

その「表現」の際に使われるのが「ことば」ですよね。ことばで考えを説明し、ことばで指し示しているものが何かをわかってもらおうとします。

けれども、ことばは【有限】の音の組み合わせですよね。「椅子」ということばがあれば、「い」という発音と「す」という発音の組み合わせです(厳密には違いますが)。発音できるものは【有限】というのは、五十音表を見てもわかると思います。

ここで矛盾にお気づきでしょう。我々は、無限の世界を有限の言葉でしか説明できないのです。

そうすると、ことばはある一つの意味を指すのでは使い切れません。ことばに複数の意味や広がりのある意味をもたせないと、無限の世界を表現できなくなってしまうのです。ことばに対してモノが一対一の対応関係をもつことはないのです。

たとえば「犬」ということばを聞いて、あなたと僕とが思い浮かべる「イヌ」は別のものでしょう。それは、「犬」という言葉が意味するものが広い範囲のものをカバーしているからです。

じゃあその範囲ってどこまでって考えると、それはあいまいなイメージでしかないのです。範囲を確定しようとすると、「狼」でもなく「豚」でもなく「猫」でもなく「馬」でもなく…と、延々と「犬ではないもの」を消去していくことしかできません。

ことば一つ一つの意味にはこういう広がりがあるわけです。すると、ことば一つ一つには意味はなく、他のことばとの違い、つまり、【差異】によってしか意味をなさないということがわかると思います。これを裏返せば、「差異が意味をつくる」ということになります。



ソシュールの話が長くなりましたが、重要なのは最後の段落です。「差異が意味をつくる」という結論が出ていますが、「広告の形而上学」でも同じようなことが言われてないでしょうか。

広告は「形がない」ものです。「形のない」商品、つまり形而上的な商品です。それが商品として成り立つのはなぜなんだろうと考えると、他の広告があって、その広告と違いがあるから商品として成り立つわけですね。広告同士の差異が広告の価値を決めて、商品として売れるわけです。たくさんのあふれる広告の中では「差異が意味(価値)をつくっている」わけですね。



おわかりいただけたでしょうか。長くなりすみません。。。

すごい教材を使用されていますね。大学受験レベルなんじゃ。。。
もしかしてその文章の出典は『ヴェニスの商人の資本論』(岩井克人)でしょうか?

No,1の方の説明が正しいと思うのですが、もっともっと噛み砕いてみると。。。

まず「形而下学」は形あるもの、目に見えるものと解釈してください。それに対する「形而上学」は形のないもの、目には見えないものということになりますね。人間の視点や物理的なもの(形而下学)に対する神の視点や精神的なものが「形而上学」と考えることができると思います。
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Q最大多数の最大幸福とは?

ベンサムの有名な言葉に「最大多数の最大幸福」がありますが具体的にはどういう意味でしょうか?

私は大学入試のセンター試験で倫理を選択していた時にこの言葉を知りました。
この言葉が意味するところは少数の人が不幸になろうとも、
その行いで大半の人が幸福になるのであればそれが社会的
に一番いいと言っているのでしょうか?
しかしこの意味だとあまり「教育的」でないので教科書には載りにくいような…。

本当のところどういった意味なのでしょうか?

Aベストアンサー

ベンサムは、人と人の間には利害の衝突があり、全ての人が幸福になることはありえないので、少数の犠牲があってもできるだけ多数の人が幸福になることが全体の幸福であると考えました。つまり、理想論としてではなく、現実問題としての幸福論を唱えたわけです。
しかし後に、少数者が多数者に抑圧される危険性や、少数者の犠牲者が被る不幸が大きい場合は全体の幸福が減少してしまうことに気付き、晩年になって定義をこのように変えました。

「その社会の成員の最大幸福。すなわち、出来ることならば彼ら全員の最大幸福。また、多数者のより大きな幸福のために少数者の幸福の一部を犠牲にすることが不可避であり、彼ら全員に等しい幸福を分け与えることが物理的に不可能な場合は、彼らのうちの最大多数の最大幸福。」

つまり、まず理想を掲げ、それが無理なら従来の「最大多数の最大幸福」がベターだよ、とすることで、より完全な定義にしたのです。

・・・という内容が、参考URLに書かれてありますので、詳しくはそちらをどうぞ。

参考URL:http://tcc.umin.ac.jp/~kodama/bentham/bentham12oct96.html

ベンサムは、人と人の間には利害の衝突があり、全ての人が幸福になることはありえないので、少数の犠牲があってもできるだけ多数の人が幸福になることが全体の幸福であると考えました。つまり、理想論としてではなく、現実問題としての幸福論を唱えたわけです。
しかし後に、少数者が多数者に抑圧される危険性や、少数者の犠牲者が被る不幸が大きい場合は全体の幸福が減少してしまうことに気付き、晩年になって定義をこのように変えました。

「その社会の成員の最大幸福。すなわち、出来ることならば彼ら全員...続きを読む


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