ぼくが今までつきあった彼女は考え方の違いから別れてしまうことが多いです。男と女は肉体的に違うのは分かるのですが、精神的な部分でも大きく違うように思えて仕方ありません。
 決定的な精神面の違いを、教えて下さい。ヨロシクお願いします。

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A 回答 (8件)

 No.4の方の回答と重複するかもしれませんが、社会学の「ジェンダー論」という観点から一言(哲学的観点から検討するにはやや無理があると思いましたので)。


 あなたが女性として生まれ育てられたらどのような人間になったか想像できますか。逆も然りで、あなたが女性の場合、男性として生まれ育てられていたらどのような男性になっていたか。
 こう想像して、描かれた女性像、男性像は、あなたの女性観、男性観に近いものと思われませんか?
 ところが、想像するのと、実際に、体験するのとでは、大きなギャップがあるように思うのです。このギャップこそが、それぞれの性が相手に期待するものと違い、大きな溝があるように感じるものではないでしょうか。
 そこが、あなたが感じている、精神的な違いかしら。
 ところで、ジェンダー論的に言えば、両親が、女として、男として、立派に育つよう期待し、育てますが、その両親も、一世代前の親が養育してきている訳です。そのとき、そのときの社会の風潮、価値観を反映しながら。
 ちなみに、女社会、男社会というくくりをすると、現代では、女社会の方が進歩的だと思いますが、斜めにみれば、保護されていたものがはずされ影響を受けやすい傾向があるとも言えそうです。
 
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私が常々感じていることはやはり「ジェンダー」による影響です。



女性は自分の人生のゆくえを、自分の裁量で決めて行動していくための
知識や考え方、その価値、その楽しさや苦労について、知らされることが
少なく、また、知ろうとすることを歓迎されていない雰囲気があります。

そのかわりに、家庭という限定された世界の中を切り盛りする技量に
ついて知り、上達することは大変歓迎されています。
それ以外には、異性を誘惑したり喜ばせたりすることで金品を得て
生活するという方向もあり、これは歓迎されるとまでは言いませんが
容認されています。でもこれも「男性社会」の中で消費される存在。

「ひとりで世間を渡る、自分で自分の人生設計をする」ことに対しては、
女性は抵抗を持つように、恐れをいだくように、関心を持たないように、と
教育機関や家庭から教えられて育つとわたしは感じています。

こういう傾向は、減ってきたとはいえ、今でも確実に存在します。

そういうわけで、その教育に従った考えで自分の幸せを追求すると、
パートナーの安定収入を望んだり、
パートナーの固定や独占を望んだり、
人生の重要な選択を放棄してその代償に安定した生活を求めたり、
することが多いのではないか、とわたしは思います。

ところで。そのように育てられていない、もしくは、
そういう教育を受けていても今の世の中、自分でやっていけそうだと
感じている女性もそれなりにいます。
あなたはもしかしたら、そういう人に会いたいのかもしれない。
そういう人はそういう人が快適な環境にいるはずです。
女性が一生続けられるような仕事についていたり、
そのための学習ができるところにいたり。
そういうところを探してみれば、出会えるかもしれませんよ。
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No.2の方と同じく、



「話を聞かない男、地図が読めない女 ―男脳・女脳が謎を解く―」

を一読してみることをオススメします。

この本を読んで、それでも納得できないことがあったらコメントをください。
私はこの本を読んで、「目からウロコ」が落ちました。
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あ~、僕もびりびり感じます。

男のセンス、女のセンス。
ありますよね。女の人は哲学に傾倒する場合が「少ない」ですよね。でも、男同士にしても、自分と似たような思考を持つ者というのは、とてもとても少ないと思います。
結局、男と女は相性が良いってことですよね。
有名な宗教始祖に女性はいませんし、著名な作曲家もいません。しかし、それは社会認知の問題であり、そういう歴史事実は何の証拠にもなりません。ソクラテスがデルフォイの神殿に訪ねましたが、応じたのは女性の預言者です。
天の父ですが、地なる母です。

>決定的な精神面の違いを、教えて下さい。
男の脳ミソは大きく、女の神経は太いと言います。
女は敏感で、男はよく知りえます。
両方持つ者が、最も人間らしいのではないでしょうか?
大脳の体積や、脳幹の太さを論じて、精神作用の違いは明白になるかもしれませんが、男と女にとっては、そのようなことは関係ないですよね。
僕の感想としては、肉体以外で性差をつけるなら、男は客体的で、女は主体的です。男は虚無におぼれやすく、女は私欲に支配されやすい。でも、人間らしい人間は、主体的でもあり、客体的でもある。また、そのどちらでもありません(笑。
虚無におぼれることなく、私欲に支配される事もない。
生きることでは、女性と男性を両方得る事が、良いのでは?と思います。
 恋愛に考えの違いは関係ないと思います。なぜなら、恋愛は、お互いの存在をかけたものであるからです。

哲学は男性に向いているでしょうし、言葉も男性の方がよくわかります。でも、女の人の目はよく見える目です。人間には両方あります。
だから、人間は本来的には両性類ってことかな?(笑
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まず理解していただきたいのは、専門家でない限り、哲学的な性差の差異は論じられないということです。

この点は、社会学の方がはるかに発達しています。
論じられるとすれば社会学や教育学、心理学のアプローチからになりますので、ご了承下さい。

進化生物学的には若干の違いがあるということです。
しかし、私は性差の本質は実は社会学・教育学的に還元されると考えています。
いわゆる「ジェンダー」(性の意味付けにおける差異)ですね。
つまり、「男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしく」と、学校教育や家庭教育の場で作られていくのです。
男子がおままごととか、女子がサッカーとかやりませんものね。
教室では男子は「くん」づけ、女子は「さん」づけになります。
家でも、家事は女の仕事ですよね。それを見て子どもは育つわけです。
結果として思い込みがどうなるかは言うまでもありません。
行き着く先は、性別役割分業です。男は仕事、女は家事というわけです。
分業のせいで世間にいることが重荷になるので、過労自殺者や引きこもりは、男性のほうが圧倒的に多いわけですね。
ついでに、職場でお茶くみは一般職女性の仕事でした。今はどうなのでしょう。

ついでに言えば、「母性本能」などという言葉もウソ。母性は本能ではなく、作られるものです。高校の家庭科の教科書にもそう書いてありました。
ここまで男女の差が否定できるのですから、別に哲学云々の問題ではないでしょう。
精神面は、教育で何とでもなるものですよ。教育とは、本来そういうものではありませんか?
ですから、tarohiさんがどうして「考え方の違いから別れてしまう」と思うのか、その根拠をはっきりしてもらわなければ、何とも言いようがないのです。

現在は女性のほうが発達が早いので、失礼ですが、もしかしたらtarohiさんの考え方のほうが女性のそれよりも未熟である、という結論だって導き出せるのです。女性のほうが自立心が強いのですよ。

もしそれをはっきり否定したければ、どういうことで別れてしまうのか、補足をいただけないでしょうか。可能な限りでお答えします。

以下はアドバイス。
納得がいかなければ、各地の社会教育施設で「女性センター」というところがありますから、そこで男女論に関する本を調べてみて下さい。東京なら足立区と世田谷区が充実しています。
図書館での分類は、「367」番になります。367で始まる数字の本を探してみて下さい。

ちなみに私は男性ですが、女性的なメンタリティを多分に兼ね備えています。
トランスジェンダーとか、トランスセクシュアリティと言って、ジェンダーやセクシュアリティが性と同一性を欠くこともあるのです。
教育現場では触れられないマイノリティのことについてもあえて一言。
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Sweetbeansさんが、「話を聞かない男、地図が読めない女」を紹介されたので、私は「ベスト・パートナーになるために」をオススメします。


「ベスト・パートナーになるために
―男と女が知っておくべき「分かち愛」のルール 男は火星から、女は金星からやってきた」
ジョン グレイ (著), John Gray (原著), 大島 渚 (翻訳)
ISBN: 4837971768

参考URL:http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4837971 …
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こんばんは、tarohiさん。


この本などいかがでしょうか?
「話を聞かない男、地図が読めない女 
  ―男脳・女脳が謎を解く―」
 著者:アラン・ピーズ/バーバラ・ピーズ
 訳者:村松邦彦   主婦の友社
 ISBN4-07-226514-4

結構話題になった本で私も読みましたが、この本を読んでからは今まで「どうして?」と思っていた主人の言動にも納得がいくようになりました。
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 一番的特徴は、目先にとらわれ易いということでしょう。


 女性は、感情的に成りやすく、身体(あそこ)で考えるとかも申します。
 仏法では、一切の川のまがれるがごとく、女人の心はまがれりとか、女人は地獄の使いなり、能く仏の種子を断ずるとか、諸経に悪口されておるようです。
 それから、女性の特性として、「水」のように物を育む、きれいにする、一ヶ所にとどまらずとかいいます。
 あとは執念深い、嫉妬深いということで、浮気、他の女性が近付くことを嫌がります。
 如何ですか?
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Qうだつが上がらない

うだつ「の」上がらないと言いますが辞書にはうだつが上がらないと書いてあります。うだつ「の」上がらないでは間違いですか?
それからうだつが上がらないとは出世しないという意味で見た感じさえないという意味は含まれないんでしょうか?

Aベストアンサー

はじめまして。

ご質問1:
<うだつ「の」上がらないでは間違いですか?>

間違いとは言えません。

1.通常は「が」が使用されるのが慣用的です。

2.一方、格助詞「の」にも「主格」の用法があります。

3.主格の「の」は本来準体用法をつくる助詞として、述部が名詞にかかったり、その名詞が省略される語法で使われていました。
例:
「白き鳥の端と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食う」

ここでは「白き鳥の」の「の」が主格の格助詞で、主語として
「端と脚と赤き」
「しぎの大きさなる」
という2つの述部にかかっています。

そして、それぞれ「赤き」「大きさなる」という連体形止めになり、ここでは「(白き)鳥」という名詞が省略されているのです。この「主格の『の』+連体形+名詞の省略」の形を準体用法といいます。

4.現代語でも、この主格の「の」が用いられる場合は、「準体用法」の名残として、名詞を補うことが多く、省略されていても「名詞」が暗示されています。
例:
「頭の良い人」=「頭が良い、人」
「都合のいい時間」=「都合がいい、時間」

これらの「の」は主格の格助詞で「が」と同じ働きをします。しかし、通常は「人」「時間」などの名詞と共に使われる用法なのです。それが準体用法の名残と説明する理由です。

5.従って、「うだつの上がらない」という表現も間違いではありませんが、述部で言いきる叙述用法はなく、上記のように「準体用法」の名残を受けて、通常は名詞にかかるように限定用法として用いられるのが正しい用法です。
例:
「彼はうだつが上がらない」(O:叙述用法)
「彼はうだつの上がらない」(X:叙述用法)
「彼はうだつの上がらない人だ」(O:限定用法)


ご質問2:
<うだつが上がらないとは~見た感じさえないという意味は含まれないんでしょうか?>

含まれません。

1.「見た感じ冴えない」という印象は、「うだつが上がらない」の副次的な印象で、必然的な「=」の関係はありません。

2.つまり、
「うだつが上がらなくても見た感じは立派」
「うだつは上がる(出世している)のに見た感じは冴えない」
という例外も十分ありうるからです。

3.「うだつが上がらない」を使って「見た感じ冴えない」という意味と同義にするには、婉曲を表す語「そう」などを使って「うだつが上がらなさそう」などとすればいいでしょう。

4.ちなみにご存知だと思いますが、「うだつ」とは、徳島県の脇町で発祥した「隣家との境にある小屋根付きの火よけ壁」のことをいい、この建造にかなりの費用がかかったため、それが立つことは経済状態がよく商売繁盛を意味し、そこから「出世する」という意味で使われるようになったものです。

5.従って、「うだつが上がる」とは、文字通り「うだつを立てることができた」ことを意味しますから、「出世する」という直接的な事実としての言葉が使われるのです。「出世しそう」という予想・雰囲気ではありません。


以上ご参考までに。

はじめまして。

ご質問1:
<うだつ「の」上がらないでは間違いですか?>

間違いとは言えません。

1.通常は「が」が使用されるのが慣用的です。

2.一方、格助詞「の」にも「主格」の用法があります。

3.主格の「の」は本来準体用法をつくる助詞として、述部が名詞にかかったり、その名詞が省略される語法で使われていました。
例:
「白き鳥の端と脚と赤き、しぎの大きさなる、水の上に遊びつつ魚を食う」

ここでは「白き鳥の」の「の」が主格の格助詞で、主語として
「端と脚と赤...続きを読む

Q不倫の疑問です! 女が独身、相手の男が妻子持ちのパターンです。 そもそも妻子がいるのに、他の女と付き

不倫の疑問です!
女が独身、相手の男が妻子持ちのパターンです。
そもそも妻子がいるのに、他の女と付き合うような男を人として尊敬し、好きになるもしくは愛することができるのでしょうか。
それとも、妻子持ちの男と不倫するような女も、もともとそういうモラルが低いのでしょうか。

Aベストアンサー

ケースバイケースで、人を好きになる場合もあります。
ですが、そこにモラルの低下や「理性」が働かない人が増えています。
隣の芝生は青く見える・・・ですね。
他人の物だから良く見えるが、いざ自分の物になれば興味が無くなる人も多いです。
それは、自分の元から逃げないという変な自信がある様で、「釣った魚には餌をやらない」ですね。

Q精神を強くするための方法

もうすぐ社会人になります
社会に出れば辛いことがたくさんあると思います
その辛いことに立ち向かえるだけの精神力が欲しいのです
どんなことをすれば精神を強くできるでしょうか?

とりあえず<精神を鍛えるにはまずは肉体から>
と聞きましたので、筋トレや走り込みをしています

他に何か精神を強くする上で役に立つものはあるでしょうか?
例えば瞑想をするといいと聞きましたが本当なのでしょうか
具体的にどのように瞑想するのかもわかりません
どうか精神の鍛え方を伝授してください


できるかぎり他人に頼ることはしたくないので
自分ひとりでできることを知りたいです
どうかお願いいたします

Aベストアンサー

つらいことや苦しいこと=嫌なものとと捕らえず

その状況をぜひ楽しんで乗り越えてください

今、目の前に起こっている事はその人が乗り越えられる
ものしか訪れませんから

大切なのは自分の身の回りに起こる事象で幸・不幸が決まるのではなく
その起こったことに対するその人の心のあり方で
それがものすごいチャンスにもなります

瞑想や筋トレはそれを支え向上させる上での
素晴らしい行動ですから、まずはその行動の軸となる心をどんな時でも
プラスに捕らえるように考えられる習慣が大切ですね

ピンチはチャンス!
これは人生をよりよく生きている人みなさんの
共通の考え方ですよ

辛いことがたくさんあればあるほど
それに感謝して、どうしたら乗り越えられるか必死に
トライしてみてください
前向きな人にはきっと同じポジティブな仲間が
自然と助けてくれますよ

またそういう時に出会った人が真の仲間であり
男女を問わず人生のパートナーになる人だと思います

※勝手な事を言って申し訳ないです

Q「男らしさ=病気」なんですかね? 第一、生物は雌や女から生まれ、男らしくない方が自然なら、男らしさな

「男らしさ=病気」なんですかね?

第一、生物は雌や女から生まれ、男らしくない方が自然なら、男らしさなんてただの病気または
「いつかは錆びる鎧兜」ではないですか?

更に。

「男
らしくなれ」=「弱くなれ」
と言う意味ではないでしょうか。

もう自分は悟りを開きました!!正直そう確信しています。

何故なら、結局、
黙々と学問や武芸や座禅などによる自己修養、そして精神修行などに勤しんでいるようなそんな男性達や高僧が、
精神的に強かったタメシが無いのでは!?

女々しい=女らしい=素直で感受性や柔軟性が豊かである為、ストレスにも強い
では?

今時、中学生でも分かるような事を、どうして大人は分からない?

いやマスコミは何故、幼稚でバレバレな捏造ばかりするんですか?まさか民間人に対する挑発をわざと遊びでやっている訳ではないですよね?

あっさりしていて男らしい人や、愚痴や不平不満を口に出ずに努力を続ける冷静で知的な人、硬派で勤勉で思慮深い男は、どれだけ精神的に脆く悲しい存在でしょうか?

所詮は。
文武両道で冷静で理知的、勤勉で思慮深く聡明=恋愛や結婚をすれば、『一生、利用されて損なので悲しい存在、奴隷 or 高性能ロボット 』また、
世の中の色々な事を知り過ぎて、生きる望みを無くしてしまうからそれが周囲・第三者から見て
「精神的に弱い人」と言う感じに映り、ふざけるな!!と言う話になる。

感情的で女々しい、浅はか、軟派、軽薄、チャラい=好き勝手やってて一生幸せ者、やがては了解され何も言われなくなる、嫌な事があっても、拘ったり深く追求するだけの能が足りていないのだから、そんな人が精神的に強いのは当然!!

ではないですか??

「男らしさ=病気」なんですかね?

第一、生物は雌や女から生まれ、男らしくない方が自然なら、男らしさなんてただの病気または
「いつかは錆びる鎧兜」ではないですか?

更に。

「男
らしくなれ」=「弱くなれ」
と言う意味ではないでしょうか。

もう自分は悟りを開きました!!正直そう確信しています。

何故なら、結局、
黙々と学問や武芸や座禅などによる自己修養、そして精神修行などに勤しんでいるようなそんな男性達や高僧が、
精神的に強かったタメシが無いのでは!?

女々しい=女らしい=素直で感...続きを読む

Aベストアンサー

>>そうです。「キラズ」と言うドラクエ攻略サイトでは、「ビジネス金本」と言うハンドルネームでしたので、どうか、名指しで叩きに来て下さいますか。

穏便に闘いたいという趣旨は理解できたが、お前のようなくそとは嫌だと思う。

Q精神安定剤で血圧がさがる?

精神安定剤のエチゾラム0.5mgを飲んでいます。
毎日血圧を計っていますが、精神安定剤を飲んだ日は
血圧が少し下がっていることがあります。
これは精神安定剤と関係あるのでしょうか?

Aベストアンサー

エチゾラムの【効能・効果】の欄に「心身症(高血圧症)」と書かれていますので、その作用が出ているのではないかと思います。

気になるようでしたら、主治医か、あるいは薬局の薬剤師さんに聞いて見られてはいかがでしょうか?

Q「自殺」を精神論で禁じようとする人が多い

「自殺」禁止の問題に関して、なぜこのサイトでは、精神論で確証のないことを誇大に訴える人が多いのでしょうか?

実は私は次のような考えを持っています。これは矛盾した考えでしょうか?

「社会秩序維持のため」

もし、自殺を肯定的容認できるものという認識が通用すると、それを介助する業界が必ず出てきます。そして、それらにかこつけた殺人事件が頻発するようになり、人々の生命の安全に問題が生じてくるでしょう。つまり、わるいことに利用するやつが必ず出てくるってことです(ATMという利器を振り込めさぎに使おうと考えるやからが跋扈するのと同じ)もろもろの分野で、現在の社会体制に大幅に障害となる事態が発生するからでしょう。これを為政者たちは予想しているからじゃないでしょうかね。

そのために下々に用意するお題目は

「もらった生命を軽視するやつは人でなし」です。

Aベストアンサー

>「社会秩序のため」<

なるほど、と思います。

私は 自殺をなんら悪いことと思っていません。 

でも その理由を詳しく語りたいとは思いません。

それは社会という存在も 愛しているからでしょう。

人間としてです。

ちなみに 私は自殺はできません。

肺炎で死にそうだった時、右の肺胞が全部つぶれ、左の肺胞もほんの少ししかなかった時の苦しさの世界をまだ記憶に残しています。

忍耐の限界を超えても 苦しみはつづきました。

その時に、私は後三日の命との宣告を医者が告げているのを聞きました。

その時の私は その苦しみ以上に死が怖かったです。

さて、 そのはるか後のこと、 今度は とある高台からの落下事故にあったことがあります。

最後の記憶は、畑だ逆さまに映っている景色。

その直後気を失いました。

頭の打たずに助かったのですが、 もしかしたら、何も感じずに死んでいたのかもしれません。

自殺者が最大の不幸というイメージが いいかげんなのは、 ここから言えます。

死を 簡単にイメージしてたら ちょっとしたわがままで死んでしまうかもしれません。ということです。

が、それはその人の意識や感性が ボケネていたということであり、人生を夢みたいに感じていたということでしょう。

苦しい苦しい自殺もあるでしょう。 また その末の苦楽を越えた自殺も。

両方とも、否定なんかする必要は無いと思っています。 否定なんかとても出来ない自殺もあると思います。

これも精神論なのでしょうけどね。

だれも だれのことをも悪く言う 資格なんて無いとおもいます。

自殺してしまった人に関しては もう助けることも出来ないのですしね。

でも生きてる人には、 まずは、そうしようとしていたらたぶんですが、

まずはひっぱたいてみると思います。

だって死んでしまうのですから、 なぐったっていいぐらいじゃないですか。  

そういう事態に直面した時には、感性の可能性を私は語りたいですね。

これこそ精神論かもしれませんけどね。

どんな人も 幸せになれる可能性はあるということを話したいですね。

なら、死ぬよりはいいということです。

ところが、死んだほうがいいほうがいいと思えるような苦しみもあるじゃないですか。  もちろんそれでもそれでもなお死にたくないと思う時もあるでしょうが、、  これは すべて自由にまかせるしかないと思いませんか?

とまでしか やはり書きたくないですね。

地球も社会も 愛したいですから。   

神だけしか、たぶんその人その人のその気持ちは解からないでしょうから、一番自殺を非難していない^^のは神なんでしょうけど、  このへん神を信じてる人が一番自殺を 悪いと言い張るのは   可笑しな現象ですね。

とまでしか やはり書きたくないですね。

でも秩序を維持するだけで、みんなが幸せになるのではない、というとことが私には問題で、   いまでは、それが故に自殺なんかとてもできないのですけどね。

とまでしか  n    ?! ……

でも、でも、  そうなれば、だれも自殺しないのですが 禁じる必要も(だから そ

?   …

>「社会秩序のため」<

なるほど、と思います。

私は 自殺をなんら悪いことと思っていません。 

でも その理由を詳しく語りたいとは思いません。

それは社会という存在も 愛しているからでしょう。

人間としてです。

ちなみに 私は自殺はできません。

肺炎で死にそうだった時、右の肺胞が全部つぶれ、左の肺胞もほんの少ししかなかった時の苦しさの世界をまだ記憶に残しています。

忍耐の限界を超えても 苦しみはつづきました。

その時に、私は後三日の命との宣告を医者が告げ...続きを読む

Q精神病は遺伝しますか?

私の父方の家系には精神病に掛かった人が非常に多くいます。祖父、伯母が精神分裂病、従兄弟がうつ病、叔母は自殺願望、そして私の姉も精神分裂病を発病しました。精神病と遺伝の関係を教えてください。
精神病は伝しないとの解説を読んだことがあるのですが、なんだか不安になります。
もし遺伝するなら私や父も予防が必要ですよね?
どのようなことに気を付ければいいのでしょうか?

Aベストアンサー

 
わたしは専門家でも何でもありませんので、こういう質問に回答してよいのかどうか分かりませんが、参考として聞いてください。

精神分裂症は、鬱病以上に複雑な精神の失調状態です。鬱病の遺伝性については、先に、別の回答で次のように書きました(参考URL):

>鬱病は、体質や気質と関係あることが知られていて、体質や気質は遺伝します。けれども、同じ体質や気質を受け継いだ兄弟姉妹のなかで、全員が病気になるということはなく、何かのきっかけで、ある人が発病することがあります。

>「鬱」の因子と「躁」の因子,その他、色々複雑な原因があって、鬱病になるようです。鬱病というのは、一つの病気というより、色々な病気や症状が重なっている状態だとも言えます。

精神分裂症の場合、遺伝的素因というのものも確かに幾らかあるようです。しかし、仮に遺伝的素因があっても、一つではないと考えられます。

人間の主体自我は、構築がたいへん難しく、バランスが難しいです。それは社会や文化や地域の人々や伝統や、家族との関係などで、構成されて行きます。自我がどのように自己構成するかは、社会の文化や、家族関係や幼少期の経験、成長経過などが大きく関係します。

脳の神経伝達回路(ドーパミン回路)が、何かの理由で、神経伝達に失調を来すとき、分裂症を発症する場合としない場合があります。この神経伝達回路の失調の可能性は、決定的ではありませんが、遺伝的に何か影響関係があります。しかし、この回路の失調は、何がバランスの取れた状態かよく分からないというような面もあります。

分裂症を発症した人の場合、この回路がかなりおかしくなっていることが多く、過剰な神経伝達を抑えるための薬物を投薬します(これが普通、精神分裂症に対し、医師が投薬する薬で、メイジャー・トランキライザー=強力精神安定薬と言います。ただしこれは症状がきつい場合で、弱い場合は、マイナー・トランキライザーを処方します)。しかし、こういう過剰な失調、伝達回路の狂いが,遺伝的に決まっているかというと、これはそうでないようです。

この神経回路の失調、伝達異常は、普通の人でも一時的には起こり、鬱病の人でも、神経症の人でも、躁病の人でも起こります。誰でも起こるのだと言えます(更に、メタンフェタミンやコカインなどの覚醒剤を使っていると、この回路が狂ってきて、強い擬似精神分裂症状になります。この場合は、覚醒剤の成分物質が、脳の回路を壊しているのです。覚醒剤を使うと、誰でもこういうことになります。ただし、覚醒剤中毒と分裂症の症状は、強い場合,似ていますが、「本質は、まったく別」です)。

遺伝的な要因としては、この回路の伝達異常が比較的、起こりやすいというのがあるようです。しかし、それだけではなく、人間関係に関する、交際のなめらかさを決めるような遺伝的要因が関係している可能性があります。この場合も、こういう遺伝的な失調は、誰でもあることです。

他にも遺伝的素因があるかも知れないですが、発症していないで、家族などに分裂症に罹患した人がいる場合、確かに、こういう遺伝的素因がある可能性が高いですが、それは普通の人より、少し敏感な程度だと思えます。

成長の途上で、家族や外部の人と、色々な人間的関係を持って、自我が構成されて行くのですが、この過程で、遺伝的素因が強く影響する場合があるということです。

仮に遺伝的素因など、まずないといえる人、家族や親族を何代にも渡って調べても、分裂症の人などいない普通の人でも、育ち方や,置かれた環境によって、発症することがあります。

普通の人でも、断眠4日とか3日とかすると、幻覚が出てきますし、おかしな妄想的な思考も出てきます。また、長期に仕事が忙しく不眠の上に、不合理で納得行かない仕事上の圧力を耐えていると、妄想が段段できてきて、神経症になり、分裂症にもなります。

どの程度かということと、もう一つ、精神的に失調しても、外から見ると判断がつかず、普通に見える場合、そういう神経症的分裂症的時期をやり過ごすと、発症に誰も気づかないし、本人も気づかないで、そのまま生活を続けて行くということになります。

遺伝的素因とは別に、成長の途中の自我構成の時期に、失調の「表現様式」の学習のようなものがあり、外から見て、この人はおかしい、というような失調を言動などで外に示す人は、日常生活で、おかしいということになることがあります。

遺伝的な影響も、確かにあるのですが、それよりも、もっと、生育環境や、自我の構成の仕方や、社会の文化や、属する集団の「正気」の考え方、それとどううまく付き合って距離を取るかの「技術」の問題、広い意味で人格のありようと、その人格が生活する場、家庭、社会、集団のありようが大きな問題になります。

一卵性双生児の場合、遺伝的素因は同じですが、その後の成長でも、両者を一緒に育てると、互いに心や行動の了解が容易であるので、自分と兄弟の自我の区別がはっきりしない形になることがあります。無論、大人になれば、互いに他者ですが、幼児期や子供の時に、同じような自我構成を作り出してしまうことが多いのです。

一卵性双生児を別々に育てたても、発症の相関があったように思いますが、逆にこのことは、遺伝的「決定」ではないという証拠にもなるのです。(分裂症は、「素因」が「生育過程での自我構成」に作用し、これにストレスなどが加わって発症するのです。「素因」は強弱の違いで、すべての人が自我を構成する限り、すべての人にあると考えられます)。

遺伝的素因は、二つや三つではなく、もっとたくさんあると思えます。しかし、この「素因」というのは、精神分裂症になる遺伝的「決定因子」ではなく、普通の人より、失調に陥り易く、それから抜け出しにくいとか、それを外部に表現し易いとか、外部環境の圧力に対抗しずらい自我とか、対人的に臆病になりやすいような要因ということです。

精神分裂症は、極端には、すべての人が、軽い状態で短い期間なら、みな、そういう状態になると考えるのが妥当だと思います。

遺伝的素因は、間接的には確かにあるが、それはかなりに影響するに低く、主に、人格形成に関係し、19世紀の西欧の場合はともかく、現代の日本の社会では、精神分裂症を発症する人は、発症前の生活や言動に、発症後のありようと連続した特徴があるということになります。

普通の人が、ある日、突然におかしくなるのではないと言えます。元々自我は、WIN・OSではありませんが、おかしいことがたくさんあり、おかしいままに、自分自身と他者と、社会と集団とのあいだで,何とかバランスを取って日々生きているのが人間です。

お姉さんが発症されたとのことですが、年齢が分かりませんので、また、わたしは専門家でも何でもありませんので、間違っているかも知れませんが、お姉さんの発症前の状態、他人との関係や、自分についてどう思っていたか、何か変なところはなかったか考えてみられることです。多分、そういう性格特徴の延長上に発症症状があると思います。

何とかバランスを保っていたのが、維持できなくなるのが発症で、突然おかしくなるのではないのです。

あなた自身については、自分の性格や人生について、これはこれで「わたし」なのだと思うことです。色々悩みやその他のことがあっても、別におかしくない、「わたしはわたし」だと思うことです。他人と違うというのは、自我はみなそうなので、仮にかなり違うとか言われても、そういうわたし、なのだということで、「どう違うかをよく知った上」で、そういう自分だと自己肯定することです。

ある程度「ユーモア」を持って、自分を客観的に、距離を置いて眺めてみることを心がけることです。ユーモアを持ってというのは、自分の欠点や心の悩みを、まあ、人生はこういうもの、と「心の余裕」を失わないことです。

他人との関係で、悩むことがあれば、「他人は他人、わたしはわたし」で、冷静になり、どうも悩みがきつい場合は、気晴らしなどをして、拘らないようにすることです。別に、分裂症の予防とかではなく、精神のバランスを保って、ストレスをうまく乗り越えるには、going my way の心で、余裕とユーモアで、ものごとを、自分自身を眺めるということです。

また、精神分裂症をあまり気になさらないことです。仮にそうなったところで、大したことではないのです。重症の場合は困りますが、それは現代では珍しいですし、重症でも、時間をかけて治療すれば、ほとんどの人は軽い状態になります

あなたのお父さんですが、これまで何も目だった問題がないのなら、大丈夫です。妄想症の発症の可能性はありますが、歳を取ると、大体、妄想をみな持つようになります。不安神経症などの神経症と一緒になった場合は、困りますが、これまで、色々な苦労があっても、社会生活を営んでこられたのなら、気になさることはありません。

「なったときは、なったとき」とは無責任ですが、これが、ものごとを、冷静に客観的にユーモアを持って眺める、受け取るということです。「くよくよしないのが長生きの秘訣」というのもありますが、同じようなことが言えます。
 
>No.332425 質問:うつ病に処方される薬の役割
>http://oshiete1.goo.ne.jp/kotaeru.php3?q=332425
 

 
わたしは専門家でも何でもありませんので、こういう質問に回答してよいのかどうか分かりませんが、参考として聞いてください。

精神分裂症は、鬱病以上に複雑な精神の失調状態です。鬱病の遺伝性については、先に、別の回答で次のように書きました(参考URL):

>鬱病は、体質や気質と関係あることが知られていて、体質や気質は遺伝します。けれども、同じ体質や気質を受け継いだ兄弟姉妹のなかで、全員が病気になるということはなく、何かのきっかけで、ある人が発病することがあります。

>「...続きを読む

Q男にとって女とは

男にとって女とはなんなんでしょうか。
人生の活力源でしょうか。
社会的な葛藤があるとか野心があるとか、そういう鬱屈した思いを、その肉体にぶつけたいから価値があるのでしょうか。あるいはもっと深く精神的に満たされるものがあるのでしょうか。どうも納得できる実感がないので、ご意見を伺いたい。

Aベストアンサー

短絡的に異性が恋愛の対象としてなら、で思うこと。

肉体的に異性を求めることは
すぐに満足に至るけれど、
又すぐに満たしたくなるものですね。
肉体というのは「今」に対してどう?
という刹那的な最善を望みます。

異性で精神的に満たすことは、難しいです。
過去から未来にかけて同時に満たされ、
喜怒哀楽が激しければ激しい程
良い経験をしたといい(笑)
幸福感、満足感は動かない(感じない)でいるより
心の守備範囲を広げることで
輝きも増してくるものだと思います。

女性が男性に出来ることは「男を立てる」ことと、
代理母になること。

恋愛における異性は、全く対等な存在というより
補完の関係という意味で対等だと思います。

まず、このことが思いつきました。

Q「○○精神」←何か良い言葉はないですか?

「○○精神」を集めているのですが、思い当たるような言葉がありましたら、教えて下さい!

チャレンジ精神
開拓者精神
ユーモアの精神・・・

Aベストアンサー

色々考えたのですが、ハングリー精神しか思い浮かびませんでした・・・(汗)

Qなぜ男と女がいるか?

出来れば目からウロコの落ちる回答を期待します!

Aベストアンサー

すごい質問だなぁ・・・。
もちろん子供を作るためだと思いますが。2つの個体の優性遺伝を狙う・・・。
でも何てゆーか、守るものがある人って強いって言うけど、相方とか配偶者とか、その後できる子供とかに発生する愛情ってやつが生物の繁栄を助けてきたんじゃないかなぁ・・・。
比べたら分かるけど守るものがあると頑張れるもの。


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