芭蕉の俳句で「故人の道程を知るのではなく、故人の思想を知ることが大切だ」というような意味の俳句があるとお聞きしたのですが、どんな俳句か教えて下さい。

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A 回答 (1件)

これは俳句ではなく、芭蕉の言葉です。

原文は「古人の跡を求めず、古人の求めたる所を求めよ」。出典は「許六離別の辞」。とりあえず手許にある「日本の古典 名言必携」(別冊国文学)で調べましたが、「許六離別の辞」全文は岩波日本古典文学大系の「芭蕉文集」に入っているのではないかと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございました。スッキリしました。
ある講演会で、この言葉がジョン・レノンミュージアムの展示方法のキーワードになっていたとお聞きして気になっていたんです。というのも、ジョンは生前、「博物館に飾られるようになったらおしまいだ」と言っていたそうで、そのジョンのミュージアムをどういう風に作るかという会議の中で出されたそうです。

お礼日時:2000/12/17 22:24

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このページが参考になります(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/toku/chiyojo/CK2011101202000171.html

意味は、「花盛りのこの春には、よい事がたくさんある」となります。
さらに丁寧な意味を知りたい場合、上のリンク先を参照してください。

その句をやさしい言葉にすると、
「良いことが目にあまるなあ この花の春には」という程度となります。

意味をとる際に混乱させる原因で、かつ、この歌のおもしろいところは、
「よき事」なのに「目にもあまる」という表現です。
良いことなのに、まるで悪いことのように目に余る……たくさんある……
そして、「目にもあまるや」という悪いイメージの言葉で、しかも、視覚を連想させる「目」という単語をだしたあとに、
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よき事の(→良いことなのに目に余るという表現→)目にもあまるや(→視覚・イメージの落差→)花の春
という形です。

・良いことなのに「目にもあまるや」と表現している
・「目にもあまるや」の悪イメージから「花の春」への良イメージの落差
の二点が、この句のおもしろいところであり、解釈の妨げになる点でもあります。

意味としては、「花盛りのこの春には、よい事がたくさんある」です。

このページが参考になります(中日新聞)
http://www.chunichi.co.jp/article/ishikawa/toku/chiyojo/CK2011101202000171.html

意味は、「花盛りのこの春には、よい事がたくさんある」となります。
さらに丁寧な意味を知りたい場合、上のリンク先を参照してください。

その句をやさしい言葉にすると、
「良いことが目にあまるなあ この花の春には」という程度となります。

意味をとる際に混乱させる原因で、かつ、この歌のおもしろいところは、
「よき事」なのに「目にもあまる」という表現です。
良いことな...続きを読む


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