困っています。教えてください。
以下の質問のうち、1つでもおわかりになりましたら
ぜひ教えてください。

1.太陽神や、太陽神の信仰について
  ご存知のことがあれば教えてください。

2.アマテラス像について教えてください。

以上です。お願いします。

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A 回答 (3件)

 


  太陽神信仰というと、世界中にあるのですが、知っている部分だと、古代エジプトの太陽神信仰が有名です。ラーもしくはレーという太陽を象徴とし、太陽そのものだと考えられた神への信仰が、古代エジプト(紀元前第三千年期)にあります。エジプト神王ファラオは、太陽神ラーの神話的息子とされました。ラーは、後に、勢力を持ち始めたアメン(またはアモン)神と習合し、アモン・ラー信仰という形になります。
 
  また、ラー以外にもエジプトには、太陽神が存在し、なかでも、アトン(アテン)神は、紀元前14世紀の神王アメンホテップ4世が、この神の名において、合理的一神教を提唱し、これをアテン革命または、王が、アモン信仰の勢力から距離を置くため、旧都メンフィスやテーベから遷都して、新しい首都をアマルナに置いたことより、アマルナ革命とも呼ばれます。神王は、アメンホテップという王名を捨て、みずから、アク・エン・アトン=アケナトン(アトンに愛される者)と名乗ります。古代においては、画期的な一神教の提唱であり、また、アテンは万民に恵みをもたらす平和の神であるとされました。歴史的に間接的に確認されていているところでは、イスラエルのヤハウェ一神教は、このアテン信仰に起源があり、影響されて成立したとされます。
 
  ギリシアでは、太陽神は、アポルローンと考えられることが多いのですが、これは少し違っています。アポルローンは複雑な性格を持つ神で、本来ギリシア人の神ではなかったとされます。(例えば、トロイ戦争において、アポルローンは、ギリシア方には味方せず、トロイエー方に味方します。これは、アポルローンが、元々ギリシア固有の神ではなかったからです)。アポルローンが太陽神とされるのは、その称号「ポイボス」から来ています。ポイボス・アポルローンと呼ぶのですが、この「ポイボス」は、「光輝く者」の意味があるようで、アポルローンとは別の神であった可能性が高いです。普通、太陽神という時は、フェーブスといいますが、これは、Phoibos のラテン語形の英語読みです。
 
  ギリシアで、太陽そのものは、ヘーリオスの神というものがそれに当たりますが、あまり有名ではありません。光明神アポルローンの方が太陽神として有名であり、それは、ポイボスの部分によるというのは、先に述べた通りです。
 
  太陽神または太陽神信仰は、植物神や植物神信仰と密接に関係しているのが普通です。これは、農業生産において、植物の生長や枯死、新しい芽吹きなどが非常に重要な意味を持ったからですが、狩猟文化や遊牧文化でも、太陽は重要な意味を占めます。何と云っても、生産や狩猟の成功には、太陽の存在が無視できなかったからです。
 
  秋に死に、春に甦る植物神は、また、秋分を過ぎると衰え、やがて死に向かい、そして冬至になると、再び「新しい生命」を得るとも考えられた、太陽とも同一視されたのです。太陽の光が弱くなれば、農業はできず、狩猟もできませんし、収穫もなく、獲物もありません。こういうことで、太陽神信仰は、植物神信仰と一つに絡み合いながら、地中海世界から、西欧、東欧、北欧と広くヨーロッパで成立していました(ヨーロッパだけでなく、先にあげたエジプトがそうですが、オリエントや中東、インド、東アジア、アフリカ、そして新大陸にも、太陽神信仰はあります。多すぎて記すことができません)。
 
  例えば、エジプトの太陽神ラーの系譜に、植物神オシリスや、その姉妹の太母神イシスの信仰があり、エジプトは、オシリス、イシスを、丁度、日本での伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)と似ていますが、死して甦った神として崇拝していました(つまり、キリストがそうであるように、復活の植物神がオシリスなのです)。オシリスが、典型的な植物神で、エジプトのミイラ信仰は、オシリスの死した遺体をイシスが集め、これを甦らせたことに起源があります。そして、オシリスとイシスの子が、エジプト神話では、ホルスになりますが、ここは、日本の古代神話と同様、何かの古代権力の移行の歴史が、反映されているのでしょう。ホルスは、エジプト神王ファラオの象徴で、ファラオは、イシス・オシリスを通じて、太陽神レーの子となります。
 
  キリスト教の神キリストは、地中海世界で、植物神のヴァリエーションとして受け止められました。例えば、オシリスがそうであり、アッティスとかヒュアキントスなども植物神で、また太陽とも密接に関係し、太陽神は、普通、大地の太母神と重なっており、デーメーテールなどは、植物神の母の機能を持っています。キリスト信仰は、地中海世界や西欧・北欧で、太陽神・植物神のヴァリエーションとして捉えられ、現地の植物神や太陽神とキリストが習合した例が多数あります。
 
  キリストは、冬になると死して、春になると甦る植物神として、また、太陽がその象徴である復活神として捉えられたように、仏教の釈迦牟尼は、最初、西欧の研究者が仏教を研究した際、実在の人物とは考えられず、「太陽神」の象徴だと考えられました。釈迦については、あまりに神話的伝承が多く、歴史的人物には思えなかったということです(これは、後に、釈迦牟尼の遺骨と記された、壷が発見されたことより、歴史的実在の人であることが確認されたものです。キリスト・イエズスが歴史的実在の人かどうか、実は現在でも確認できていおらず、それに対し、釈迦牟尼は、歴史的人物として確認されたということです)。
 
  太陽神崇拝は、北欧などにも残っており、巨石建造物というのは、イギリスのストーン・ヘンジを含めて、何かの意味で、太陽崇拝に関係があるとされます(例えば、春分などに、特定の石から或る方向を見ると太陽が昇ってくるように、石が配置されているなどです。エジプトのピラミッドも太陽神崇拝に関係した建造物で、これは新大陸のマヤのピラミッドなどもそうだとされており、アズテック人の神殿には、太陽の神殿や月の神殿があり、また、インカにも、太陽神信仰がありました。マチュピチュの遺跡などは、太陽崇拝の遺跡だとも言えます。太陽の処女がそこにはいたとされます)。
 
  天照大神については、色々な本やサイトなどに出ていると思います。伊邪那岐・伊邪那美の夫婦祖神から生まれた三貴子とされる、天照大神・建速須佐之男命・月読命の一人で、エジプト神話では、太陽神からオシリスとイシスが生まれますが、日本神話では、夫婦祖神から、太陽神、月の神、そして自然の暴威の神が」生まれるということになります。
 
  天照大神は、日本の皇祖神で、日本人の祖先神であり、天皇家の祖先神ともされますが、何故、伊勢の天照大神なのかということについて、これは、壬申の乱において、天武が、勝利を伊勢神宮に祈願して、伊勢の太陽神を、祖神として崇めるので、勝利を我がものにしたまえ、と祈った処から、天皇家の祖神、しいては日本の祖先神となったという説があります。
 
  実際、伊勢の斎宮の制度などは、天武のときから歴史的には始まっているとされます。それ以前にも斎宮がいたような記述が、記紀にはありますが、歴史的に確認されていないはずです。
 
  次のURLに簡単に太陽神としての天照大神のことが触れられています:
  http://www.ffortune.net/symbol/sinwa/sinwa/sin00 …
 
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この回答へのお礼

いろいろと詳しくご回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます!
早速参考URLに行ってみたいと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/11 10:58

太陽は恐らく原始時代から地球上のあらゆる民族から信仰の対象になっていたと思われます。

太陽は毎日、日の出と日没を繰り返し、動物が生きていくためにも植物が育つためにも雨(水)と共にもっとも大事なものです。従って各民族は太陽を生命のシンボルとして捉え、太陽信仰はいろいろな神話を生み出しています。日本人は元旦に初日の出にお祈りをする習慣が現代でも続いています。今は年に一回ですが、昔の人は毎朝、太陽に手を合わせて、家族の健康や豊作などを祈っていたのです。

太陽を父とする地域が多い中で日本やアメリカ・インディアンやマオリ族などは太陽を女性とみる伝統があります。天照大神(マテラスオオミカミ)は女神です。伊勢神宮の内宮に祭られ天皇家の祖神とされています。『日出づる国』(日いずる国)は日本の古い呼び方(自称)でした。現在でも日本の神話や歴史に詳しい外国人は気取って、日の出の国というような(各国語で)呼び方をする人々がいます。

日本人はほとんど意識していませんが、外国人から見れば、太陽の子、日本のシンボルが国旗の日の丸ということになります。

太陽神話は世界の民族にあるので、アメリカインディアン、メキシコのアステカ、マヤ、エジプト、ギリシャ、ケルト、ヒンドゥなどで調べたら面白い話があるでしょう。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
とても助かります。
是非参考にさせていただきたいと思います。

お礼日時:2002/01/10 23:19

太陽神は神の中でも最も古いものの一つじゃ無かったですかね。


古代エジプトの“ラー”が太陽神だったと思います。
詳しい資料が今手許に無いんでこんな回答しか出来ませんので、もっと詳しい方の回答を待ってみて下さい。
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
参考にさせていただきます。

お礼日時:2002/01/10 20:48

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1.太陽神や、太陽神の信仰について
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以上です。お願いします。

Aベストアンサー

 
  太陽神信仰というと、世界中にあるのですが、知っている部分だと、古代エジプトの太陽神信仰が有名です。ラーもしくはレーという太陽を象徴とし、太陽そのものだと考えられた神への信仰が、古代エジプト(紀元前第三千年期)にあります。エジプト神王ファラオは、太陽神ラーの神話的息子とされました。ラーは、後に、勢力を持ち始めたアメン(またはアモン)神と習合し、アモン・ラー信仰という形になります。
 
  また、ラー以外にもエジプトには、太陽神が存在し、なかでも、アトン(アテン)神は、紀元前14世紀の神王アメンホテップ4世が、この神の名において、合理的一神教を提唱し、これをアテン革命または、王が、アモン信仰の勢力から距離を置くため、旧都メンフィスやテーベから遷都して、新しい首都をアマルナに置いたことより、アマルナ革命とも呼ばれます。神王は、アメンホテップという王名を捨て、みずから、アク・エン・アトン=アケナトン(アトンに愛される者)と名乗ります。古代においては、画期的な一神教の提唱であり、また、アテンは万民に恵みをもたらす平和の神であるとされました。歴史的に間接的に確認されていているところでは、イスラエルのヤハウェ一神教は、このアテン信仰に起源があり、影響されて成立したとされます。
 
  ギリシアでは、太陽神は、アポルローンと考えられることが多いのですが、これは少し違っています。アポルローンは複雑な性格を持つ神で、本来ギリシア人の神ではなかったとされます。(例えば、トロイ戦争において、アポルローンは、ギリシア方には味方せず、トロイエー方に味方します。これは、アポルローンが、元々ギリシア固有の神ではなかったからです)。アポルローンが太陽神とされるのは、その称号「ポイボス」から来ています。ポイボス・アポルローンと呼ぶのですが、この「ポイボス」は、「光輝く者」の意味があるようで、アポルローンとは別の神であった可能性が高いです。普通、太陽神という時は、フェーブスといいますが、これは、Phoibos のラテン語形の英語読みです。
 
  ギリシアで、太陽そのものは、ヘーリオスの神というものがそれに当たりますが、あまり有名ではありません。光明神アポルローンの方が太陽神として有名であり、それは、ポイボスの部分によるというのは、先に述べた通りです。
 
  太陽神または太陽神信仰は、植物神や植物神信仰と密接に関係しているのが普通です。これは、農業生産において、植物の生長や枯死、新しい芽吹きなどが非常に重要な意味を持ったからですが、狩猟文化や遊牧文化でも、太陽は重要な意味を占めます。何と云っても、生産や狩猟の成功には、太陽の存在が無視できなかったからです。
 
  秋に死に、春に甦る植物神は、また、秋分を過ぎると衰え、やがて死に向かい、そして冬至になると、再び「新しい生命」を得るとも考えられた、太陽とも同一視されたのです。太陽の光が弱くなれば、農業はできず、狩猟もできませんし、収穫もなく、獲物もありません。こういうことで、太陽神信仰は、植物神信仰と一つに絡み合いながら、地中海世界から、西欧、東欧、北欧と広くヨーロッパで成立していました(ヨーロッパだけでなく、先にあげたエジプトがそうですが、オリエントや中東、インド、東アジア、アフリカ、そして新大陸にも、太陽神信仰はあります。多すぎて記すことができません)。
 
  例えば、エジプトの太陽神ラーの系譜に、植物神オシリスや、その姉妹の太母神イシスの信仰があり、エジプトは、オシリス、イシスを、丁度、日本での伊弉諾(いざなぎ)・伊弉冉(いざなみ)と似ていますが、死して甦った神として崇拝していました(つまり、キリストがそうであるように、復活の植物神がオシリスなのです)。オシリスが、典型的な植物神で、エジプトのミイラ信仰は、オシリスの死した遺体をイシスが集め、これを甦らせたことに起源があります。そして、オシリスとイシスの子が、エジプト神話では、ホルスになりますが、ここは、日本の古代神話と同様、何かの古代権力の移行の歴史が、反映されているのでしょう。ホルスは、エジプト神王ファラオの象徴で、ファラオは、イシス・オシリスを通じて、太陽神レーの子となります。
 
  キリスト教の神キリストは、地中海世界で、植物神のヴァリエーションとして受け止められました。例えば、オシリスがそうであり、アッティスとかヒュアキントスなども植物神で、また太陽とも密接に関係し、太陽神は、普通、大地の太母神と重なっており、デーメーテールなどは、植物神の母の機能を持っています。キリスト信仰は、地中海世界や西欧・北欧で、太陽神・植物神のヴァリエーションとして捉えられ、現地の植物神や太陽神とキリストが習合した例が多数あります。
 
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  太陽神崇拝は、北欧などにも残っており、巨石建造物というのは、イギリスのストーン・ヘンジを含めて、何かの意味で、太陽崇拝に関係があるとされます(例えば、春分などに、特定の石から或る方向を見ると太陽が昇ってくるように、石が配置されているなどです。エジプトのピラミッドも太陽神崇拝に関係した建造物で、これは新大陸のマヤのピラミッドなどもそうだとされており、アズテック人の神殿には、太陽の神殿や月の神殿があり、また、インカにも、太陽神信仰がありました。マチュピチュの遺跡などは、太陽崇拝の遺跡だとも言えます。太陽の処女がそこにはいたとされます)。
 
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  実際、伊勢の斎宮の制度などは、天武のときから歴史的には始まっているとされます。それ以前にも斎宮がいたような記述が、記紀にはありますが、歴史的に確認されていないはずです。
 
  次のURLに簡単に太陽神としての天照大神のことが触れられています:
  http://www.ffortune.net/symbol/sinwa/sinwa/sin001.htm
 

 
  太陽神信仰というと、世界中にあるのですが、知っている部分だと、古代エジプトの太陽神信仰が有名です。ラーもしくはレーという太陽を象徴とし、太陽そのものだと考えられた神への信仰が、古代エジプト(紀元前第三千年期)にあります。エジプト神王ファラオは、太陽神ラーの神話的息子とされました。ラーは、後に、勢力を持ち始めたアメン(またはアモン)神と習合し、アモン・ラー信仰という形になります。
 
  また、ラー以外にもエジプトには、太陽神が存在し、なかでも、アトン(アテン)神は...続きを読む

Q信仰と恋愛を主題としている小説・映画について、

先日アンドレ・ジッドの『狭き門』を読んで深く感動したのですが、この本のように信仰と恋愛を主題としている小説・映画でお薦めはありませんか。深く考えさせられるものであれば、古典でも現代でも何でも良いです。宜しくお願いします。

Aベストアンサー

・自叙伝でもあり小説にもなると思いますが、故人三浦綾子の「道ありき」を推薦します。
この小説は、電車の中で読んでいたのですが、思わず涙が止まらなくなり、震える位に
若い頃に感動しました。

Q天照大御神は太陽神?

1930年代日本がファシズムへのみちを進むなか、宗教弾圧も強くなってきました。
その一例として、PL教団の前身の「ひとのみち教団」の大弾圧を調べました。

「ひとのみち」は、天皇崇拝を強調し教育勅語を教典とする体制支持の新宗教ですが、天照大御神を太陽であると説いたのを天皇への不敬とみなされて弾圧されたとのことです。

取調べでは、「天照大御神は三種の神器を皇孫ニニギノミコトに渡した、天照大御神が太陽ならば太陽には手がないのにどうして神器を渡すことができるのか?」という質問で信者を問い詰めたとありました。

天照大御神が太陽神であって全能の神であることは、国家神道に反するとは思えませんし、不敬になるとも思えないのですが、なぜこれは咎められたのでしょうか。
もちろん単なる粗探しで、本当の理由は新宗教の台頭を規制したかったのでしょうが、それにしてもなぜ天照大御神を太陽神と言うことが理由になるのでしょうか。

日本書紀は少し読みましたが、そこには天照大御神が太陽神であったと書かれていた気がするのですが。

天照大御神は戦前は太陽神ではなかったのでしょうか?

御回答おねがいします

1930年代日本がファシズムへのみちを進むなか、宗教弾圧も強くなってきました。
その一例として、PL教団の前身の「ひとのみち教団」の大弾圧を調べました。

「ひとのみち」は、天皇崇拝を強調し教育勅語を教典とする体制支持の新宗教ですが、天照大御神を太陽であると説いたのを天皇への不敬とみなされて弾圧されたとのことです。

取調べでは、「天照大御神は三種の神器を皇孫ニニギノミコトに渡した、天照大御神が太陽ならば太陽には手がないのにどうして神器を渡すことができるのか?」という質問で信者を問い...続きを読む

Aベストアンサー

取調べでは、「天照大御神は・・・渡すことができるのか?」という質問で信者を問い詰めたとありました。
とありますが、これは取調官の単なる言いがかり揚げ足取りでしょう。
「ひとのみち教団」の大弾圧というのは、単に言葉遣いがどうのという問題とは異なります。
当時の歴史的、政治的な背景で生まれた弾圧です。
教義の内容がどうのこうとだけお考えになられると混乱や誤解が生じてしまいます。

当時は現在では想像できないかと思いますが、信仰も思想も国家の管理の元におくということが重要な課題で実施されていました。
宗教についてもやかましい規定があり、神道も国家神道、教派神道と厳密に区分されていました。

国家神道 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/国家神道


教派神道 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/教派神道

皇室に対しては不敬罪という法律もありました。

「ひとのみち教団」は御存知のとおり、弾圧された昭和12年に突然生まれたのではなくそれ以前からあって活動を広げていました。
弾圧も「ひとのみち教団」だけではなく、その2年前には大本教という教団も弾圧を受けています。
国家の統制を乱す集団は全て弾圧排除するということが行われていた時代だったとお考えください。
共産主義の排除も新興宗教の排除も同じレベルの事件です。

「ひとのみち教団」が天照大御神を信奉し、教育勅語を教義に掲げていたことを、国家機関以外の人間が無許可で思想を広げていると看做されただけです。
平たく言えば、勝手に国家政府の肩代わりをするなということです。
天照大御神云々も皇祖神という考え方がありましたから、民間人が勝手に皇室の皇祖についてとやかく口出しをするな、天皇を畏れぬ不敬の輩だということです。
教育勅語も天皇のお言葉とされていましたから、それを玩具にするとは何事か、という現在の感覚では不可解な論法です。
天照大御神の宗教上の性格や定義づけとは無関係な問題だとご理解ください。
現在は太陽神という言葉も簡単に使えますが、当時は相当慎重に取り扱う必要がありました。
記紀神話の神々は天皇の祖先とされる皇祖神が多数含まれていますので、余程慎重に言葉を選ぶ必要がありました。
芥川龍之介も記紀の時代の小説を書いて不敬罪に問われています。
ということで、最後のご質問「天照大御神は戦前は太陽神ではなかったのでしょうか?」につきましては、歴史的宗教的な範囲では現在と変わりません。
戦前は現在の考え方に皇祖神として天皇と結びつける考え方が加わっていました。
一般にはこの付け加えられた皇祖神としての性格が重要視されていました。

いずれにしましても、宗教や思想の弾圧の歴史を調べるには、その当時の価値観だけではなく政治的な思惑が絡んできますので非常にややこしいです。
その当時の社会情勢や政治情勢も併せて調べるようにされることをお勧めします。

取調べでは、「天照大御神は・・・渡すことができるのか?」という質問で信者を問い詰めたとありました。
とありますが、これは取調官の単なる言いがかり揚げ足取りでしょう。
「ひとのみち教団」の大弾圧というのは、単に言葉遣いがどうのという問題とは異なります。
当時の歴史的、政治的な背景で生まれた弾圧です。
教義の内容がどうのこうとだけお考えになられると混乱や誤解が生じてしまいます。

当時は現在では想像できないかと思いますが、信仰も思想も国家の管理の元におくということが重要な課題で実施...続きを読む

Qぜひ教えてください

おとした さいふ___あって、よかったですね。

1.が  2.に  3.を  4.の

どれがただしいですか?
私が2番目を使っていいでしょうと思ったのに、みんなが1番目しか使えないって言ってるが、2番なら、財布に遇った という使い方でだめなんですか?

ばかばかしい問題かもしれないけど、本人にとっては大事なトラブルなんで、ぜひ各位の先生たち教えていただけないでしょうか?

Aベストアンサー

「1.が」が正しいです。
「財布があった」の「あった」は「存在する=existence」という意味です。

「財布にあった」だと、「あった」は「出会う=meet」と「存在する=existence」のどちらかになります。
しかし日本語では普段、「会った=meet」は物に対して使いません。
ただし強い意味を持たせるために、わざと使う場合もあります。
それを「擬人法=personification」と言います。
例えば「素敵な財布に出会った=I met the great wallet」ならばOKです。
ですが・・「素敵な財布に会った」は不自然な言い方なのでNGです。
英語にすれば同じ意味なのに。日本語って難しいですね。

また、「(○○が)財布(の中に)あった=○○ was in the wallet」と言う事は可能です。
しかし、「(○○が)落とした財布にあって、良かったですね」だと少し変です。
普通は、財布を落としている人に"良かったですね"とは言いません。

Q中国に太陽神がいないのはなぜですか?

他の多くの文化と異なり、中国では太陽や月を神格化して崇拝することはない。その尤もな理由としては、月を陰、太陽を陽とみなす、中国の文化における道教と易経の強い影響力にあると思われる。詳しくは陰陽思想を参照されたい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AA%E9%99%BD%E7%A5%9E#.E4.B8.AD.E5.9B.BD.E3.81.AE.E7.A5.9E.E8.A9.B1
より引用

そこで陰陽思想のところを読んでみても「なぜ中国に太陽神がいないのか」よくわかりません。

道教には多くの神がいますが
http://ja.wikipedia.org/wiki/Category:%E9%81%93%E6%95%99%E3%81%AE%E7%A5%9E

北極星の神とか、南極老人星の神はいるのに、太陽神はいない理由についての考察をお聞かせいただければありがたいです。
また太陽神がいないということは月の神もいないのでしょうか。

Aベストアンサー

いますよ。
太陽はそのまま太陽星君(太陽公)、月は太陰星君もしくは嫦娥(ジョウガ)というのがいます。

太陽星君についてはなぜだかほとんど道教での伝承が残っていません。
が、陰陽思想が出る前の古代は太陽=王として崇めていた節が見られます。

古代は夏や商など大きな国はあっても完全な統一国家でもなかったですしね。。。

主に太陽を崇めていた農耕部族国家は狩猟部族国家に淘汰され、太陽星君の伝承は消えていったのでしょう。

もしくは炎帝に姿を変えさせられてしまったのかもしれません。
炎帝の「炎」は「火」ではなく「太陽」を現しているのかもしれません。
また炎帝は農耕神神皇の別名であります。

Qイギリス文学で見える女性像

日本とイギリスの女性論についてレポートを書くのですが、今のところ考えているのは
・18世紀辺りと現代のイギリス文学を読んで、昔と現代の歴史的背景と女性像についての比較
・現代のイギリス、日本の女性について比較
のどちらにするか悩んでる段階なのですが、どちらもジェンダーを扱ったテーマなので、それに関する資料を幾つか目を通して決めようかと思ってます
そこで

・18世紀頃と現代のイギリス文学で、当時の女性が描かれている作品(ジェーン・オースティンのエマ等)のお薦め作品
・日本文学で女性像が描かれている作品(「負け犬の遠吠え」等
・そのほか新書なので女性論が語られているもの
・回答者さんの意見

このうちのどれか是非教えて下さい
よろしくお願いいたします

Aベストアンサー

こんなのがありました。↓
http://www.happycampus.co.jp/pages/data/6/D5198.html

イギリス女性に関する小説はまだ読んだことがありませんが、最近私の下記質問で聞いたイギリス女性の実態につき是非確かめてみたく、是非近々読んでみたいと思います。

<私の関連質問>
日本の女性って挑発しすぎ?
http://oshiete1.goo.ne.jp/qa3087717.html?check_ok=1
(タイトルが少し過激ですが、私は男女のジェンダーに関しては極めて淡白な人間だと自負しています。)

QExcelを使って注文書入力後→一覧に増やしていきたいです。

Excelに注文書、全体一覧、納期順一覧、取引先順一覧のシートを作っています。

注文書を入力したら自動で一覧に転送され、どんどん蓄積していく方法ありますか?

現在は一覧の一段目に入力すると注文書にはデータが転送されるんですが、それを逆に注文書を入力したあと一覧に蓄積するようにしたいです。

そして、その全体一覧に転送したデータを納期順一覧に自動で並べて変えてあるページと、取引先一覧になるページを自動でできるようにしたいです。

初心者でもできる方法ありますか?ご教示お願いします。

Aベストアンサー

初心者とご自身で書いていらっしゃるので、あまりエクセルを使い慣れていないのかと思います。
今後使っていけばわかるかと思いますが、今のようにデータベースに入力してから個票を作成するのが一番効率がいいです。
逆にするのはやめた方がいいと思います。

Qオフィーリア像について

オフィーリア像とヨーロッパ文学史・芸術の関係性について、知りたいのですが、おすすめの本かなんかありませんか?オフィーリア像の変化とヨーロッパ文学・芸術の変化について、知りたいのです。本当に困っています。

Aベストアンサー

美術史を学んでいるものですが、えーと、オフィーリア像の変化ですか~。
美術に関する限り、当の「ハムレット」じゃ、脇役の脇役に過ぎない女性が、
19世紀後半に、英国のロマン主義者や象徴主義者によって、一気に
殆ど主役扱いで描かれた、ってことぐらいしかないと思いますけど。

そもそも、シャイクスピアの主題が美術に出てくるのは、19世紀の中葉
から20世紀始めぐらいの極めて限定された期間ですから、「変転」と
言われても、僅か60年ほどの歴史しかないかと。その中で、何か変転が
あったかなぁと考えても、図像はエヴァレット・ミレイ以来似たり寄ったりだし、
サロメのような、母に忠実な少女からファム・ファタルへ、みたいなドラスティック
な変化もないし・・

オフィーリアの主題自体によって、美術が何か深刻な問題にぶち当たった
ってこともないですね。だいたい、象徴主義者の感傷主義の中で捉えられてる
主題ですから、フェミニスティックな視点ならいざ知らず、「西洋美術史との
関係性」みたいな、巨視的に見ることが出来るほどの大きな問題ではないかと。

講談社「名画への旅」シリーズの20巻目(だったかな?)に「音楽をめざす絵画」
という巻がありまして、そこで美術におけるオフィーリアの概説がありますんで、
まず、それを読んでみたら如何でしょうか。オフィーリアの美術作品も比較的
網羅していたと思うんで、それをみて、ご自分で「変転」を探ってみるのも
よろしいかと。

ちなみに、オフィーリアの絵自体は、ネットでも見られるんですけど。
http://www.artcyclopedia.com/scripts/tsearch.pl?t=Ophelia&type=2

参考URL:http://www.artcyclopedia.com/scripts/tsearch.pl?t=Ophelia&type=2

美術史を学んでいるものですが、えーと、オフィーリア像の変化ですか~。
美術に関する限り、当の「ハムレット」じゃ、脇役の脇役に過ぎない女性が、
19世紀後半に、英国のロマン主義者や象徴主義者によって、一気に
殆ど主役扱いで描かれた、ってことぐらいしかないと思いますけど。

そもそも、シャイクスピアの主題が美術に出てくるのは、19世紀の中葉
から20世紀始めぐらいの極めて限定された期間ですから、「変転」と
言われても、僅か60年ほどの歴史しかないかと。その中で、何か変転が
あったかな...続きを読む

Q常に[一覧]表示にする方法について

デスクトップ上のフォルダをダブルクリック後、[表示]→[一覧]とクリックするとフォルダ内のファイルが一覧になって表示されます。一度[一覧]に設定後、デスクトップ上に新規フォルダを作成しそのフォルダにファイルをコピーしたところ、[一覧]に表示されず[並べて表示]になっていました。一度、[一覧]と設定した後も常に[一覧]の表示にする方法を教えてください。

Aベストアンサー

一つだけコツが必要です。
どこでもいいから「一覧」に。
続いて、ツール->フォルダーオプション->表示
->((全フォルダーをリセット))->全てのフォルダーに適用

です。(( ))内がポイント。

Q白人作家が描く黒人像

タイトル通り、黒人に対するイメージが表現されている白人作家の作品を探しています。(例えば主要な登場人物として黒人が描かれていたり、両者の対立が題材となっているようなもの)
ヘミングウェイ、マーク・トウェイン等がよく取り上げられますが、それ以外にもご存知の方がいらっしゃるのでは、と思い質問に至りました。
よろしくお願いします。。

Aベストアンサー

頭をひねってみました。
トニ・モリスン、お読みなら、新しいところを行きましょう。
というのもね、やはりアメリカの80年代~90年代にかけて、エスニック・マイノリティの文学研究というのは、大変進歩したんです。
それといっしょに(ここらへんは非常に微妙な領域で、粗っぽくイコールで結んじゃいけません)ポリカル・コレクトネスを求める運動も、昂揚していきます。
モリスンがやったみたいに、白人文学のなかに描かれた黒人像を読み解いていく、みたいな研究も出てくるのですが、一方で、差別摘発みたいな動きもでてくる。

たとえば邦訳されたものでいうと、バーバラ・キングソルヴァー『野菜畑のインディアン』(早川書房)、これは作者に差別的意図がまったくないのはあきらかなんですが、にもかかわらず、白人の女性が、見知らぬネイティヴ・アメリカンの女性から、片田舎のロードハウスで赤ん坊を育ててくれ、と渡される、その子は性的虐待を受けている、みたいな設定を糾弾されることになります(そうして、続編の『天国の豚』が書かれなければならなくなってしまう)。

ここらへんの動きをよくあらわしたものが、フィリップ・ロス『ヒューマン・ステイン』(上岡伸雄訳 集英社)、『白いカラス』というタイトルで映画化もされました。

白人が黒人を小説に登場させる場合も、従来のステロタイプ的な登場のさせかたでは絶対にやっていけなくなっている。その作家がどういう立場を取るか、鮮明にすることを求められてるんです。
もちろん、差別は良くない、差別的な人間は悪いんだ、みたいな、ごくごく良識的な作品もありますが、やっぱりそういうのは読んでつまらない。

そういうなかで、ちょっと古いですがトム・ウルフの『虚栄の篝火』(文藝春秋社)。
トム・ウルフぐらい偉くなると、こんなこと書いてもいいのかな、みたいな感じもしますが。
ここには黒人暴動の作られ方が出てきて、そのなかでの教会の役割みたいなものがよくわかって、個人的に大変おもしろかった。
単に白人-黒人の図式ではなく、オランダ系ワスプ、ユダヤ系、イタリア系、とさまざまなエスニシティが入り組んでいて、ほんと、一筋縄ではいかないアメリカの情況の一端が垣間見えます。ただ舞台が80年代なのがちょっと残念。これも映画になっていますが、やはり糾弾の対象になって、何度も何度も作り変えられた結果、冒頭の長廻ししか見るところのない映画になってしまってます。

手に入りにくいみたいですが、ラッセル・バンクス『大陸漂流』(黒原敏行訳 早川書房)
これはすごい(と意味のない太鼓判)。

あとはポール・オースター『ミスター・ヴァーティゴ』(柴田元幸訳 新潮社)
これも一筋縄ではいかない。ただ、基本はメルヘンとして読むべきなんだろうと思います。

黒人観がわかるかどうかは微妙なんだけど、わたしが個人的に好きなトマス・ピンチョンから『秘密のインテグレーション』(『スロー・ラーナー』所収 志村正雄訳 ちくま文庫)。
これはラストが忘れられない。

頭をひねって出てきたのがここらへんです。何らかの参考になれば。

頭をひねってみました。
トニ・モリスン、お読みなら、新しいところを行きましょう。
というのもね、やはりアメリカの80年代~90年代にかけて、エスニック・マイノリティの文学研究というのは、大変進歩したんです。
それといっしょに(ここらへんは非常に微妙な領域で、粗っぽくイコールで結んじゃいけません)ポリカル・コレクトネスを求める運動も、昂揚していきます。
モリスンがやったみたいに、白人文学のなかに描かれた黒人像を読み解いていく、みたいな研究も出てくるのですが、一方で、差別摘発みた...続きを読む


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