くだらない疑問かも知れませんが…。
たとえばバウムテストで木を描きますよね。その木の絵の評価はその木自体以外にも、木を描く位置が右によっているか左によっているかとかで外向的・内向的の判断がなされたりしますが、そこで少し疑問に思ったんです。

私は右利きですが、左利きの人が木の絵を描いたとき、どちらに木の絵がよることが多いのでしょうか…?
一般的には右寄りになると外向的とか言われますよね。右利きの場合は通常の精神的に健康な人は多少右寄りになるような気がしたのですが、左利きの場合はどうなのでしょう?

これ以外の描画法も含め、こうした利き腕の考慮がなされるような場合はあるのでしょうか?
身近に本当に左利きの人がいなくて、ちょっと知りたくなりました。
(専門家の方には本当にくだらない質問かも知れませんが、素人なので許してください!!)

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A 回答 (1件)

バウムテストの判断については分かりませんが・・・



左利きの場合、線を引きやすい方向が右利きと違うので、右利きの人とは逆の絵を描いてしまうと聞いたことがあります。
なんでも良いですが手近な絵を鏡に映して左右反転させてみてください。
何か違和感ありませんか?
左利きの人間は常にこの、違和感のある絵を描いてしまう傾向が強いそうです。
余談ですが、絵は本来右脳で描くものなので、右脳が発達している左利きの人間は絵が上達しやすい傾向があるそうです。
画家は左利きの比率が一般より高いという話もあります。
逆に小説家は左利きの比率が一般より落ちるそうです。言語関係は左脳なので、左利きには不向きなんですって。
まあ、あくまで傾向の話ですので、例外な方も多々おられるはずですけどね!
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます!
やっぱり左利きでは右利きの場合と少し描画の雰囲気(っていったらいいのか、ちょっと上手い言葉が浮かびませんが)が違ってくるんですかね。身近に純粋な左利きの人がいれば参考になるのですが、左利きの人って文字を書く時は右で書けるようにとか、多少矯正されてしまっている事が多くて。参考になりました。

お礼日時:2002/01/12 17:53

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Q木の絵を描く心理テストで漢字の木を描く人は、どんな人ですか?

『この紙に木の絵を描いてください。』って言われて木の絵を描く心理テストがありますよね!
そこで漢字の木を描いた人が身近にいるんですけど、そういう人は、どんな結果になるのか教えてください。

Aベストアンサー

バウムテストのことでしょうか。
その人がどういうつもりで書いたかによるでしょうね。
ウケ狙いで書いていたり、そもそも課題を理解できていない場合には、採点対象外です。

「漢字は絵だ」というのは国語的には一理ありますが、普通の人がまじめに課題に取り組んだら、まず漢字は書きません。
そもそも「木」という漢字だけでは「実のなる木を1本描いてください」という教示を満たしていませんので、杓子定規に考えるなら課題を達成できていないということになるでしょう。
積極的に実を描かなかったというのであれば、それはそれで採点対象になるかも知れませんが、細かいことは実際にテストの様子を見て判断するしかありません。
マニュアルが手元にないので少しあやふやですが、バウムテストがテストとして成り立っている以上、精神異常者も大部分はちゃんと絵を描くはずです。

さらに、バウムテストは日本人がつくったものではありませんので、そもそも漢字を書いた非検者のデータがあるとは思えません。
判定は過去のデータと比較して行うので、そういった蓄積がない場合には比較と判定が不可能です。
もしやるならば、漢字文化圏でのみ見られる症例として、大規模にサンプルデータを取り直す必要があるでしょう。

バウムテストのことでしょうか。
その人がどういうつもりで書いたかによるでしょうね。
ウケ狙いで書いていたり、そもそも課題を理解できていない場合には、採点対象外です。

「漢字は絵だ」というのは国語的には一理ありますが、普通の人がまじめに課題に取り組んだら、まず漢字は書きません。
そもそも「木」という漢字だけでは「実のなる木を1本描いてください」という教示を満たしていませんので、杓子定規に考えるなら課題を達成できていないということになるでしょう。
積極的に実を描かなかったとい...続きを読む

Q残酷な絵を描く子供

小5の男の子母です。
先日何気に子供の描いていた漫画を見たら,宿題を忘れたのび太をしかる先生を銃で撃ち殺し,警察を殺したりして最後はどらえもんと相討ちになって互いに死んでしまうという残酷な内容のものでした。
何か心に問題があるのでしょうか?
子供は今最難関中学の入学を志して,日に4時間ほど勉強しています。塾は週1日だけですが家庭学習がメインで遊ぶ時間も減っています。学業面では問題ありませんが社会性が少し未熟なようにも思えます。
中学入試は子供の意志ですがそれが後々問題になるような大きなプレッシャーになっているようなら受験を断念させてもとも思っています。
この時期によくあることなのでしょうかそれとも何か問題なことでしょうか?何かアドバイスをお願いします。

Aベストアンサー

臨床の場では、言語能力のまだ発達していない子供に対して「プレイセラピー」をします。自由に遊ばせる中で、どのように遊ぶか、対象(玩具、カウンセラーなど)との関わり方によって、分析家はその子供の無意識に表現している気持ちなどを読み取ります。

実際のケースですが、問題のある子供の場合、たとえば人形を確執の相手とみなし、ボールをぶつけることで葛藤や嫌悪感を表す、つまり「物」に気持ちを投影させることで内面の問題を具体的に表します。

箱庭療法というセラピーもそのひとつです。箱で作った風景の中に人形や動物などの模型を自由に表現していきます。「絵」も言語を介さない表現方法のひとつです。これらは本人も意識していない「無意識」を探る心理療法のひとつです。

私は学生であるだけで専門家ではないのですが、お子さんはちょっと今の現状にストレスを感じているのではないだろうかと思いました。
絵の状態から

「のび太」=自分、
「宿題を忘れることを叱る先生」=受験を期待する親、
「警察」=「権威」「脅威」の象徴、
「どらえもんと相討ちになって互いに死んでしまう」=未来からやってくる可能性(ドラえもん)と心中するしかない自分。

ということを連想しました。

さしでがましいのですが、一度お子様とひざを突き合わせて受験のことをお話されてはいかがでしょうか。
詳細はわからず勝手な想像で申し訳ないですが、本人が望んでいないことであれば、やはりプレッシャーとなっていて、セラピーの場ならずとも、日頃の遊びのひとつの「絵」という表現方法でその本音をこのようにご両親に訴えかけていると思われます。ましてや小学校5年生なら遊び盛りです。抵抗できない親の期待を背負って後々苦しむこととなるいわゆる「アダルトチルドレン」の背景のひとつにこのようなケースもあります(私自身も進学に関しては両親から過剰なプレッシャーをかけられて苦しんできましたので・・・)。

しかし、「絵」の残虐性そのものについてはそれが真性の残虐性に繋がるとも考えられません。今の環境を考えると、今自分が置かれている現状に対するひとつの気持ちの表れ、つまり一過性のものであると思います。

ご参考までに。

臨床の場では、言語能力のまだ発達していない子供に対して「プレイセラピー」をします。自由に遊ばせる中で、どのように遊ぶか、対象(玩具、カウンセラーなど)との関わり方によって、分析家はその子供の無意識に表現している気持ちなどを読み取ります。

実際のケースですが、問題のある子供の場合、たとえば人形を確執の相手とみなし、ボールをぶつけることで葛藤や嫌悪感を表す、つまり「物」に気持ちを投影させることで内面の問題を具体的に表します。

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Q外向性が人をいじめる理由

そのままなのですが、ふと思ったことなのですが別に外向性じゃなくてもいじめを引き起こすことは可能です、それなのにも関わらず外向性にいじめっこが多い理由を探りたいと思いこのような質問をさせていただきます。個人的省察では以下の通りです、意見でもなんでもよいので回答おねがいします。

<個人的省察>
________________
・外向性というのは基本的に外に放出するという意味合いをもっているので攻撃したいいじめたいという衝動に駆られられるといじめという形で外部へ放出してしまう。
・外向性が良いという世間的名見方が在るが故に調子に乗ってしまう。
例えば「明るい」「楽しい」「輪になって」「活発」「活動的」「勢いが在る」「気合がある」などが良いという考えをもっている先生が居た場合、なまけている人を殴ったという行為を起こして尋問されたとしても外向性の勢いに正当性を感じていじめっ子にたいしてどうしてよいか分からなくなってしまう。

Aベストアンサー

http://209.85.175.104/search?q=cache:nzGft1iK7xEJ:www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/06050816.htm+%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%95%E5%B9%B4%E3%80%80%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3&hl=ja&ct=clnk&cd=3

『「発達障害者支援法(平成16年法律第167号)」(以下、「法」という。)は平成16年12月10日に公布された。』

新しい法律なので、一般の人のこれに対する認知は低いと思います。



http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AE%E3%81%B3%E5%A4%AA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%82%A2%E3%83%B3%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A44-ADHD%E3%81%A8%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%AC%E3%83%BC%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%E2%80%95%E3%81%93%E3%81%AE%E8%AA%A4%E8%A7%A3%E5%A4%9A%E3%81%8D%E5%AD%90%E3%81%A9%E3%82%82%E3%81%9F%E3%81%A1%E3%82%92%E3%81%A9%E3%81%86%E6%95%91%E3%81%86%E3%81%8B-%E5%8F%B8%E9%A6%AC-%E7%90%86%E8%8B%B1%E5%AD%90/dp/4072376302


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E6%B1%8E%E6%80%A7%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3

知的遅延をともなわない。
大学教授とか研究家とか作家とか、そういった職業について名をはせている人の中にも、実はこの障害を持っているのではないかといわれています。

有名なのが発明家のエジソン。
退学になるほど元気な少年でした。 ジャイアンのパターン。

のび太のパターンだとアインシュタインでしょうか。



そのいじめる子が発達障害を持っているのかどうか、検査してみないとわかりません。
が、もし発達障害があれば、他者とのコミュニケーションにおいて多くの問題を抱えることになる。

<いじめっこ 性格が悪い ずるがしこい 融通が利かない 理解に乏しい こだわりが強く普通の人が流せるものを流せず、相手が自分の思う通りになるまで執拗に改善を要求する> 

それらがどうして引き起こってしまうのか。
発達障害のせいで、そうならざるを得ないのかもしれない。


「相手が悪いのだから改善させようとしているのに、どうして止めるのか」と本人はいじめているという意識がないので、しかっても理解できない。

叱られてやめることができたら、故意にイジメていたわけで、「そういう卑劣なことはやめろ」といわれたら、卑劣な行為をやったと自覚できるので、改善されるわけです。


発達障害の人は比喩的な表現や遠まわしの表現が苦手。
「馬鹿という人は悪い人です」と言われたら、馬鹿といった人はすごく悪い人だと思い、「馬鹿と言ったな、君は悪い人だ」と殴ったりできてしまう。

「牛乳をこぼしてくれてありがとう」と言われると、再度こぼしてしまう。

馬鹿と言った人を殴ったり、牛乳を何度もこぼしてしまうわけで、問題児ですよね。
でも、しかっても改善されない。
どうすればいいのか困り果てる。

障害によりできないことをやれと言っているわけで、大人の方が無理強いをしているわけです。

で、体罰などを加えて行動を矯正しようとしても、理解が難しいので改善されることは稀なので、間違えていると思うことをやっても叱らず、できたものを誉める。
何度も誉められたら、そっちの方をやるわけです。


>明るい」「楽しい」「輪になって」「活発」「活動的」「勢いが在る」「気合がある」などが良いという考えをもっている先生が居た場合、なまけている人を殴ったという行為を起こして尋問されたとしても外向性の勢いに正当性を感じていじめっ子にたいしてどうしてよいか分からなくなってしまう。

その先生がどれだけ発達障害に対して知識を持っているのかによると思います。
ジャイアンタイプの子供の暴力により、嫌な過去を持つことになった人が増えれば、決してよい環境じゃないわけです。
「怠けているから殴った、いいことをしたから誉めてもらえる」という理解だと、何度でも殴る。

確かに悪いことをしたら体罰を与えるという教育環境で育った子は、そういう価値観になりやすく、大人になっても他人に対して厳しいでしょうけど、それだけだと孤立してしまうということを成長の過程で学ぶはずなんですね。
多めに見ることにより集合体に集合し、共存できるということを習得していくので、大きなことじゃないと皆見てみぬふりをしてあげるわけです。

でも、発達障害 つまり 習得する能力が先天的に弱い場合、容赦をすることが難しい。

そこ殴る子が発達障害かどうかはわかりませんが、なまけているから殴るというのは問題行動です。
ですから、何かしら問題を抱えていると思うし、もしかしてそれが発達障害のせいかもしれないと思うんです。
(その子の環境がわからないので、どうして暴行を加えるのか原因を特定できませんが、、、)


で、先生が生徒に暴行を加えることは問題視されていますが、子供同士の暴力を未然に防ぐということも、先生たちに与えられた責務だと思うんですね。
ですので、「怠けた者を殴ったか 非常によろしい」という考えを持って、自分が子供を非暴力で指導する立場になるのに、指導せず子供もやらせているということで、その先生自身も怠けていることになります。


暴力の原因をつきとめないと。
相手のなまけが原因で、元気がいいから殴ったで見過ごしてしまわず、将来その子が社会に出たらどうなるかまで考え、指導していくべきだと思うんですね。

なんでもかんでも障害とくくるのは危険ですが、可能性がなきにしもあらず。
発見が遅れてその子も回りもダメージを受けなくていいはずなのに、ダメージを受けてしまっているってこともあります。

ですから、先生方で発達障害に関して勉強会を開いてみてはと思います。
外部から発達障害に関して知識を持っている専門家を招き、話をしてもらうとか、そういう子供の可能性があるとしたら、どういう指導をしていくべきなのか とか 知識をもらうだけでも、違ってくるかもしれません。

http://209.85.175.104/search?q=cache:nzGft1iK7xEJ:www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/06050816.htm+%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%95%E5%B9%B4%E3%80%80%E7%99%BA%E9%81%94%E9%9A%9C%E5%AE%B3&hl=ja&ct=clnk&cd=3

『「発達障害者支援法(平成16年法律第167号)」(以下、「法」という。)は平成16年12月10日に公布された。』

新しい法律なので、一般の人のこれに対する認知は低いと思います。



http://www.amazon.co.jp/%E3%81%AE%E3%81%B3%E5%A4%AA%E3%83%BB%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%...続きを読む

Q外向的なのか内向的なのか

私の友人で基本的には陽気で(嫌なことがあれば落ち込むこともありますが)社交的で交友関係も広く、気配りもできて初めてあった相手ともすぐに親しくなれる男がいます。
社交的でよく人と話すし外向的な人間なのかな、と思っていましたが、彼と親しくなるにつれてどちらかというと一人か気のあう少人数の友人といるのも好きで、内省的で他人の目や周囲の評判をあまり気にせず自分の道を突っ走っていくタイプであることがわかりました。そのことに気づいてその友人を観察してみると他人の都合で自分の予定を変えることはめったにないし(飲み会とかでも帰りたくなったらすぐ帰る)大人数の意見にフラフラ従ったりも絶対しないことが分かりました。ただ事前に要領よく根回しをして、自分の都合で人に迷惑をかけないように気を使っているので空気を読めないとか言われることがなかったようです。

この友人は外向型なのか内向型なのかどちらだと言えるでしょうか。

Aベストアンサー

専門的にどうかわかりませんが、
外向性と内向性は別々の特性と考えれば説明がつくかもしれません。
下図のように外向性の真反対に内向性があるのではなく
外向性←------------→内向性

このように別々のものと考えます。
外向性-------------→
内向性-------------→

2番目の図では、わかりやすい外向性の人は、外向性が高く、内向性が低くなります。内向性の人は内向性が高く外向性が低くなります。あなたの友人は外向性が高く、内向性も高いということで矛盾しないと思います。最初の図ではちょうど真ん中のあたりにくるかもしれませんが。


内向的な人でも対人スキルを高めれば外向性は高まるし、
外向的な人でも、例えばたくさん本を読んだり映画を観たりして、
自分の内面的なものについて考える機会が多ければ内向性は高まる
かもしれません。

Q内向性と外向性の詳しい定義

内向性、外向性って矛盾しない?
外向性と言っても脳で処理しているし
内向性と言っても脳で処理してる
じゃあ何が違うの?凄く葛藤が起こります。
外界に向かうか内界に向かう違いだとHPに書いてあります。
内界ってなんだ?と疑問に思いました。HPで調べてみると
想像、空想、記憶などだそうです。でも外界を思考している段階でも想像、空想、記憶が脳の中で働いていますよね?もし想像も空想も記憶もしないで外界へ向かっているのはちょっと変だと思うのです。
つまり外向性と内向性というのは同じもしくは無いのではないかと思うのですがどのように考えられます?
例えば外界の世界というのは外界のように見えて実は脳で処理してるわけだから内界じゃないか?と思うんです。
内界だとしてもその要素は外界の世界だけだと思うんですよ、簡単に言うと外界情報の要素を内界で使っているわけです。内界と言っても外界の情報を五感で感じ取りながら生きているわけですよね?だったらそれは内向性といえるのか?と考えているんです。つまり人間は永久に外界(内界)の世界で生きていてそれは内界(外界)の像で映るんじゃないかという考えです。どうでしょう?

内向性、外向性って矛盾しない?
外向性と言っても脳で処理しているし
内向性と言っても脳で処理してる
じゃあ何が違うの?凄く葛藤が起こります。
外界に向かうか内界に向かう違いだとHPに書いてあります。
内界ってなんだ?と疑問に思いました。HPで調べてみると
想像、空想、記憶などだそうです。でも外界を思考している段階でも想像、空想、記憶が脳の中で働いていますよね?もし想像も空想も記憶もしないで外界へ向かっているのはちょっと変だと思うのです。
つまり外向性と内向性というのは同じもし...続きを読む

Aベストアンサー

 質問者様のご意見は、斬新で興味深いアイディアだと思います。

 興味や関心が外側へ向かう性質を外向性、内側へ向かう性質を内向性とした場合、
純粋な言葉の解釈からすれば、それらは正反対の意味を持っているかもしれません。

 しかし質問者様がおっしゃるように、外側へ興味・関心を向ける場合でも、
その課程で「想像、空想、記憶」などを行うと思います。
 つまり思考が内界へと向かっているわけですので、外向性は内向性を含んでいることになるかもしれません。

 これは外向性を基準にして考えた結果ですが、内向性を基準にして考えても、同様のことが言えるかもしれません。

 たとえば思考が内界へと向かう場合でも、外界から何らかの情報を得てそれを行っていると思います。
 完璧に社会から孤立していれば、純粋に内界へ向かう思考というものがあるかもしれませんが、
それは現実的な状況ではないと思います。
 つまり内向性も、外向性を含んでいることになるかもしれません。

 ですから外向性と内向性は、表裏一体とまではいかなくても、切り離して考えることができないものだと思います。

 

 質問者様のご意見は、斬新で興味深いアイディアだと思います。

 興味や関心が外側へ向かう性質を外向性、内側へ向かう性質を内向性とした場合、
純粋な言葉の解釈からすれば、それらは正反対の意味を持っているかもしれません。

 しかし質問者様がおっしゃるように、外側へ興味・関心を向ける場合でも、
その課程で「想像、空想、記憶」などを行うと思います。
 つまり思考が内界へと向かっているわけですので、外向性は内向性を含んでいることになるかもしれません。

 これは外向性を基準にし...続きを読む


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