難民と紛争の関係について、少し疑問を抱いています。
紛争によって難民が流出している地域と、紛争が起きながら難民が流出していない地域もあるように思うのです。そのような地域はどこか知りたいのですが、探し方が分かりません。参考文献や参考URL、アドバイス等、よろしくお願いします。また、紛争がありながら、難民がでなかったり、でたりする理由等もよかったら、教えてください。

A 回答 (1件)

 難民が流出しているかどうかは、その国の地理的状況が主因だと思います。

もちろん、自然的なもの(国境が川、山などによって遮られている)、社会的なもの(周辺国がガードしている、自国政府が脱出を阻止している)に分けられます。

 短い時間で探したものは次のとおりです。

http://www.unhcr.or.jp/news/kosovo/ksv_ogt2.html
http://www.law.keio.ac.jp/~hagisemi/akira/semi.h …
http://www.econ.keio.ac.jp/staff/tets/kougi/pove …
http://www.unhcr.or.jp/
http://refugee.net/japanese/NanminHome.html
http://www.amnesty.or.jp/annual2000.html
http://square.umin.ac.jp/ihf/news/1997/1201.htm
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この回答へのお礼

お礼が遅れて申し訳ありませんでした。
HPが、とても参考になりました。どうも、ありがとうございました。

お礼日時:2001/01/26 16:36

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Q紛争の種類について

こんばんは。
今私は「紛争」について調べています。始めは「紛争」は戦争と似たようなものだとしか認識が無かったのですが、調べてみると経済紛争だったり、色々な種類の「紛争」が見つかりました。
大まかに分けて、どのような「紛争」があるのでしょうか??分かりにくい質問かもしれませんが、教えて下さい。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

紛争の種類とは難しいですね。大辞泉で「紛争」を引くと、「事がもつれて争うこと。もめごと。」とありますね。なので、質問者さんと私が何か揉めればこれも紛争です。とはいえ質問者さんが戦争に類似したものと捉えていたことから察するに、ここで知りたいのはいわゆる国際紛争と見ていいのかな。
国際紛争の中心である国家間紛争というのは国家管轄権同士の衝突なので、衝突している管轄権の中身によって紛争の種類は分類されます。経済権益を巡る争いであれば経済紛争、領土管轄権を巡る争いであれば領土紛争、環境保全が焦点になれば環境紛争といった具合に。また、これら紛争において当事国が紛争解決手段に武力を用いれば武力紛争になりますね。

以上は紛争主体を国家に限定したものですが、現実には民族・宗教団体といった非国家組織と国家との間にも自治・独立などを巡り紛争が起きていますね。また、国家間紛争でも冷戦期のようにイデオロギーを対立軸とした紛争となればイデオロギー紛争とも呼べますね。

以上を踏まえると、

1.主体・帰属(意識)による分類
国家間紛争、宗教紛争、民族紛争、イデオロギー紛争

2.権益内容による分類
経済紛争、法的紛争、領土紛争、資源紛争、環境紛争

3.解決手段による分類
法的紛争(当事者が裁判手続きによる解決を図る紛争、2.の法的紛争とは別)、政治的紛争、武力紛争

といった感じでしょうか。我ながら粗い分類法ですが、参考になれば幸いです。

紛争の種類とは難しいですね。大辞泉で「紛争」を引くと、「事がもつれて争うこと。もめごと。」とありますね。なので、質問者さんと私が何か揉めればこれも紛争です。とはいえ質問者さんが戦争に類似したものと捉えていたことから察するに、ここで知りたいのはいわゆる国際紛争と見ていいのかな。
国際紛争の中心である国家間紛争というのは国家管轄権同士の衝突なので、衝突している管轄権の中身によって紛争の種類は分類されます。経済権益を巡る争いであれば経済紛争、領土管轄権を巡る争いであれば領土紛争...続きを読む

Q引用、参考文献

雑誌への投稿等で、ネットからのホームページ等から引用や参考にした場合、その記載方法はどんな形にすればいいのでしょうか?

Aベストアンサー

『サイト名』,URL,引用・参考にした年月日

でいいんじゃないでしょうか。ネットの場合、いつの情報か?ということをちゃんと書くのが決まりだったと思います。

あと引用文は「」の中に入れます。

Q裁判以外の紛争処理手段

裁判以外の紛争処理手段
裁判以外の紛争処理手段
新聞にて、全国の労働委員会に持ち込まれた個別の労使紛争件数が過去最高を更新したという記事を見たのですが、
労働問題などは裁判ではなくて、労働委員会というところに持ち込まれ紛争処理を行う制度が整っているみたいですが、
その他にも裁判所を通さずに紛争処理を行う制度ってあるのでしょうか。
ご存知の方教えて下さい。

Aベストアンサー

・各種調停期間
  交通事故、労働紛争

・民事調停
  裁判所によらなで話し合いで解決

・国民相談センターなどの斡旋

・第三者機関の勧告
  広告関係ならジャロ

・政府機関による勧告
  公正取引委員会など


・海難審判
  海の裁判所

・弁護士会独自の懲戒処分
 

Q国連難民高等弁務官事務所は実際、難民問題解決に役立っているのでしょうか

国連難民高等弁務官事務所は実際、難民問題解決に役立っているのでしょうか?
上辺だけの偽善機関のように思えます。

Aベストアンサー

 No.1の回答の通りです。

 緒方貞子さんの在任中に、難民高等弁務官事務所は活発に活動を行い、予算は4倍になったそうです。

 イラク戦争では、難民非難・保護のために現地米軍指揮官と交渉し、作戦の一部を変更させたりもしていたようです。

 彼女が国連総会の場で退任演説を行った時は、各国代表が異例のスタンディングオベーションを行ったそうです。
 また、国連事務総長に立候補すれば、当選確実とも言われていました。

Q紛争処理機構へ後遺障害の申請をする場合についてお聞きします。

紛争処理機構への後遺障害申請について3点お聞きします。
(1)紛争処理機構というところに一度だけ後遺障害の申請をすることが出来ると聞いたのですが、紛争処理機構に申請する場合、時効はありますか?
(2)こちらに申請するには、自賠責の後遺障害申請や異議申し立てを終えてからではないと駄目なのでしょうか?途中で紛争処理機構に申請す
ることは出来ますか?
(3)紛争処理機構で認定が出た後、自賠責保険にもう一度異議申し立てをすることは出来ますか?紛争処理機構で認定が出た場合、自賠責保険への申し立ての続きをすることは出来ないのでしょうか?

紛争処理機構は自賠責保険とはまったく別の機関だと聞いたので、申請するにあたって疑問が出てきてしまい、こちらでご質問させていただきました。
 読みにくい文章で申し訳ありません。もし、ご存知の方がいらっしゃいましたら、よろしくお願いいたします。
 

Aベストアンサー

1.確かにできますが、「自賠責保険・共済紛争処理機構」呼んで字の如く紛争を解決する機構ですから最終手段の場所です。

2.自賠責の支払や後遺障害の認定において、不服が有り、異議申立をしても認められない場合に紛争処理の申請をするわけで、
・ 自賠責保険・共済に請求し、保険会社・共済組合から支払い(不払)の通知があった事案。
・ 任意保険・共済の対人賠償について自賠責保険・共済の判断(事前認定)に係る部分について提示がなされている事案。
これが紛争処理の対象です。

3.できません、上記に書いた通り最終の決定です。
以後の処理は訴訟以外にありません。

Q音楽を聴きながら自転車走行等について

少し前にiPod等で音楽を聴きながら自転車に乗っている人の規制を厳しくするみたいなのをニュースで見ましたが

実際に、そういうことをしていて、止めなさいって言われた方はいますか?


私はまだ、そういう経験はありません。
ですが、この先、それができなくなるようになったらどうしようと思っています。

というのも、私の精神的な問題なのですが
外出時に、周りの人のしゃべり声、車の走る音等の環境音?が普通に耳に入ってくるかと思いますが
その中、目的地に向かって、自転車で向かうと最初は我慢できるのですが
10分・20分・・・・となると吐き気に襲われます。

それをなくすために、
iPodで音量最大にして(それでも、多少の車の音等は聞こえますが)
自転車で走行しています。


なので、車道の端を走る場合は、後ろに気を遣いながら走ったり等
いろいろ心がけています。

これに携帯電話がプラスされると余計危ないですし、片手走行はフラッとなってしまうので
携帯を使う場合は、いったん止まって電話に出たり等しています。


一応、こういうことを1年半ほど続けていますが、
自転車のベルが聞こえなかったとか、クラクションが聞こえなかったとかで危ない目に遭ったことは
一度もありません。


ただ、少し気になったので質問します。
この先、iPodをしながら自転車走行してたら、かなりの割合で、
警察官から止めなさいと言われるまでになることはあり得るのでしょうか?

まあ私も、この先何年もiPodをしてないと気持ち悪くなるという症状が治まらない可能性も無いわけではないので、あれですが・・・

ご回答お願いします。(ちなみに18才です)

少し前にiPod等で音楽を聴きながら自転車に乗っている人の規制を厳しくするみたいなのをニュースで見ましたが

実際に、そういうことをしていて、止めなさいって言われた方はいますか?


私はまだ、そういう経験はありません。
ですが、この先、それができなくなるようになったらどうしようと思っています。

というのも、私の精神的な問題なのですが
外出時に、周りの人のしゃべり声、車の走る音等の環境音?が普通に耳に入ってくるかと思いますが
その中、目的地に向かって、自転車で向かうと最初は我慢できる...続きを読む

Aベストアンサー

数年以内に、道路交通法か、県条例で禁止されて、最悪、罰金になります
現在も道路交通法で規制はしていますが、罰金にするかどうかの状態で、よっぽど酷くなければ、≪何回も注意しても辞めない等≫罰金は無いと思います
車の場合には、違反金で、納付書を貰って銀行等で納付すればおしまいですが
自転車の場合には青切符と言う物がありませんので、いきなり罰金となると裁判所での罰金と言う形になります
まずは病気を治すために精神科、心療内科で治してください

Qボスニア紛争での日本の対応は?

タイトルの通りなのですが、ボスニア紛争中、日本がしたことは何ですか?
ボスニア紛争が勃発する数ヶ月前に生まれた私は、今まで紛争について知ることは全くありませんでした。最近になってヨーロッパでこんな紛争があったんだ、と知るようになり、興味を持ち始めました。
そこで質問なのですが、日本(政府)がボスニア紛争のためにしたことは何ですか?(日本は何かしましたか?)支援とかでしょうか。上手く言えなくて申し訳ないです…。
また、紛争が終わってから10年以上も経ってしまった現在ですが、今私たちにできることというのはあるのでしょうか。これから私たちが考えていかなければならないこと(紛争・戦争、平和についての課題)とは何なのですか?今現在、ボスニアがどういった状況で、何を望むのかも知りたいです。
上記の質問内容だけでなく、ボスニア紛争についての情報・雑学などでも結構です。いろいろ言ってしまってすみません。お願いします。

Aベストアンサー

ボスニア問題は、長い歴史を持った問題です。
その事を考えずに、手を出しますと、かえって問題をこじらせます。

今から1200年ほど前、ヨーロッパのキリスト教世界は、ローマカトリックと、正教会とに分裂しました。
その地に広く住んでいた南スラブ族の真ん中で、教会領の堺が設定されました。

北のクロアチア、スロベニアは、カトリック地域となり、南のセルビアは、正教地区となりました。
ボスニアは、東西両教会の中間地帯になり、両教会の争奪の地となりました。

ボスニアの地は、山間部が多く、また係争地でもあったため、どちらの教会も、決定的支配ができませんでした。

そんな場所に、正教会の地区で弾圧された異端ボゴミール派の人達や、ボゴミール派の影響を受けて生まれた南フランスやイタリアのカタリ派の人達が移り住むようになり、ボスニアにはボスニア独自の「ボスニア教会」が成立します。
1000年ほど前の話です。

クロアチアを支配したハンガリーと、セルビアは、ボスニアをめぐり争います。
ボスニア人も両国の支配に抵抗して戦い続けます。

500年ほど前に、バルカン半島にトルコが進出してきます。
セルビアは、トルコに滅ぼされ、ハンガリーは大半の地がトルコに奪われます。
この時、トルコのバルカン支配に協力したのが、ボスニア教会で、トルコ支配の後、イスラムへ改宗します。

そのため、ボスニアの地に、多数のイスラム教徒が存在することになります。

トルコの力が弱まると、ボスニアは、ハンガリーを併合したオーストリアと、トルコから独立したセルビア間の
争奪の地となります。

この抗争が、第一次世界大戦へとつながります。

第一次世界大戦後、南スラブ人の地は、ユーゴスラビアとして独立します。
(セルビア=クロアチア王国)

第2次大戦では、ドイツがクロアチアの分離独立をはかり、クロアチア人と結び、セルビア人を大虐殺したり追放したりして、その土地や財産を奪います。
この時にボスニア人も、ナチスに加担します。

セルビア人には、この時の記憶がはっきりと残ります。

第2次大戦がドイツの敗北で終結すると、ユーゴの地には、ナチスに抵抗したチトー大統領の政権が成立します。
チトー大統領自身は、クロアチア人でしたが、新生ユーゴすラビアは、セルビア色が強く出て、ボスニアやクロアチアをセルビア人が支配する形となりました。

チトー大統領の死後、セルビア色は、さらに強まり、ソ連崩壊を機に、スロベニアやクロアチアで、独立機運が高まります。

東ドイツを併合して、自信を強めるドイツは、第2次大戦中の友好国クロアチアの独立を承認します。
この事は、セルビア人に、第2次大戦中の被害を呼び覚まし、クロアチア独立阻止のために、ユーゴ軍の投入となります。

ドイツに引きずられる形で、NATO軍がクロアチアを支援し、戦闘の拡大阻止(実質はクロアチア支援)のために乗り出します。
この時、セルビア軍の虐殺(民族浄化)などが報じられましたが、同じ事をさらに大規模に推し進めたのが、クロアチアでした。

クロアチア領内で、セルビア人が多数派を占めていたクライン地方に、クロアチア軍が侵攻し、セルビア系住民の虐殺、土地や財産の搾取が、大々的に行われました。
ユーゴ軍は、そりを阻止しようとしますが、NATO軍に阻止され、クラインからセルビア人は一掃されます。

この事は、セルビア側に強い危機感を植え付けます。

クロアチアの次にボスニアの独立が問題になると、セルビア側の危機感は、さらに高まり、ボスニアの独立阻止に全力を投入します。

ボスニアでの最大勢力のムスリム人(人口の40%)は、ムスリム人主体の国家の成立を目指します。
それに対し、セルビア人(人口の32%)は、ボスニア独立阻止をかかげ抵抗します。
クロアチア人(人口の20%)は、ムスリム人優位の状況に反発し、3つ巴の内戦になってしまいます。

反ユーゴ・セルビアのドイツを主体とするNATO諸国は、ボスニア人とクロアチア人の対立・内戦は、非常に都合が悪いため、両者の調停を必死で行います。
その時利用されたのが、セルビア人の残虐行為でした。

残虐行為は、ムスリム人もクロアチア人も行っていましたが、西側メディアの力にはかなわず、セルビア人だけが悪者にされてしまいました。

ボスニアは、結局独立しますが、内部にセルビア人共和国を抱える事となります。

ボスニア問題の解決のためには、日本は不用意に介入しない事が必要だと思います。
ボスニアに関して、日本で流れた報道のほとんど全てが、欧米経由の偏向された情報でした。
まず、その偏向された情報を正し、真実を見る事が必要です。
そのうえで、セルビア人の世界各国に対する不信を拭い去る必要があります。
西欧からの支援が有るボスニア地区ばかりではなく、セルビア人地域へのインフラの支援などを積極的に行い、セルビア人の世界各国への不信感を拭い去る事が重要だと思っています。

ボスニア問題は、長い歴史を持った問題です。
その事を考えずに、手を出しますと、かえって問題をこじらせます。

今から1200年ほど前、ヨーロッパのキリスト教世界は、ローマカトリックと、正教会とに分裂しました。
その地に広く住んでいた南スラブ族の真ん中で、教会領の堺が設定されました。

北のクロアチア、スロベニアは、カトリック地域となり、南のセルビアは、正教地区となりました。
ボスニアは、東西両教会の中間地帯になり、両教会の争奪の地となりました。

ボスニアの地は、山間部が...続きを読む

Q日本は法治国家といわれながら、法の下の平等は建前だと思いますが、皆さん

日本は法治国家といわれながら、法の下の平等は建前だと思いますが、皆さんはどう思いますか。

国家権力側や国家権力側に都合の良い者は、はなっから捜査立件されなかったり、渋々立件されても非常に甘い判決になり、

反国家権力側や国家に不都合な者はでっち上げや無実や微罪で捜査立件され冤罪や非常に重い判決を下されたり、

私選弁護士制度、保釈金制度、罰金制度、執行猶予制度、時効制度、禁固制度などがあって、法の下の平等といえるのでしょうか。

Aベストアンサー

法の下の平等とは、日本国民に対しては、法が万人に等しく適用されることを言っており、法の内容に関して言っているのでありません。

そこを間違えることなく、悪法に対しては勇気を持って廃止・修正を訴えてゆかねばならない。

国民ひとりひとりが真剣に考えるべきは、そのような法律の中身を考える立法府の代表に、柔道が上手とか、野球解説で有名だ、などの知名度で人を送り込んでよいのか、ということです。

民主主義は、民主主義なりに、国民を欺く方法を持っているのです。

自民党、民社党など、この民主的に国民を欺く方法に長けた政党に対して比例代表に投票するのは、民主国家の国民として、自殺行為です。

Qボスニア紛争について

ボスニア紛争についてのサイトを紹介していただきたいです。紛争が起こったきっかけや紛争の主な指導者、特徴、被害を受けた方たちについてなど、できるだけ詳しく書かれているものがいいです。また、この紛争についてのご意見なども書かれているとなおよいです。回答者さんからのご意見などもありましたら、どんどんお願いします!

Aベストアンサー

「ボスニア紛争」でネット検索すればいろいろ情報がありますよ。
Googleで検索してトップに来たのがこれ。
解りやすいと思います。
http://www.fkkrilo.org/bih/bihwar.html

元々ユーゴスラヴィアは多民族国家で、複数の共和国から成る「連邦」でした。
チトー大統領がいたころはまとまっていたのですが、彼が死去してからまとまりがなくなってしまったようです。
紛争当時のユーゴスラヴィア大統領はミロシェビッチ氏。
ソ連をはじめとする社会主義国の解体など、当時の時代背景も影響があったようです。

後はいろいろご自分で調べてみてください。

http://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rls=GGLD,GGLD:2005-22,GGLD:ja&q=%E3%83%9C%E3%82%B9%E3%83%8B%E3%82%A2%E7%B4%9B%E4%BA%89


>回答者さんからのご意見

当時私は高校生で、セルビア共和国在住の男子と文通をしていました。
徴兵が終わったら首都ベオグラードの大学へ入るということだったんですが、戦争が勃発して音信不通になってしまいました。
それとテニス選手のゴラン・イワニセビッチ(イバニセビッチ)が好きだったんですが、彼はクロアチア人で、クロアチアの友人たちが戦争で亡くなったと読んだような記憶があります。内戦には心を痛めていたようです。
なので客観的・歴史的というより、「あーあ、戦争は嫌だ」という素朴な気持ちがあります。

「ボスニア紛争」でネット検索すればいろいろ情報がありますよ。
Googleで検索してトップに来たのがこれ。
解りやすいと思います。
http://www.fkkrilo.org/bih/bihwar.html

元々ユーゴスラヴィアは多民族国家で、複数の共和国から成る「連邦」でした。
チトー大統領がいたころはまとまっていたのですが、彼が死去してからまとまりがなくなってしまったようです。
紛争当時のユーゴスラヴィア大統領はミロシェビッチ氏。
ソ連をはじめとする社会主義国の解体など、当時の時代背景も影響があったようです...続きを読む

Qアフガニスタン難民について

今、学校のでアフガニスタン難民について色々調べているのですが、少し古い資料しかないので新しい情報を教えてくださると幸いです。
以下について調べています。
・今の難民の人数(大まかな人数でいいです)
・物資などの支援活動の現状
・難民の方の生活状況
など些細なことで結構ですのでよろしくお願いします。

Aベストアンサー

私は以下のサイトの団体の高校生の参加する
ボランティアグループに入会しているものですが、
(説明が長くてごめんなさい。)
この間も救援活動をしてきた看護婦さんが活動報告会をしたりと
かなり最近のことがのっていると思いますが、
よかったら参考にしてみて下さい。

参考URL:http://www.amda.or.jp/japan/region/Pakistan/200111a/index.html


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