心理学のカテゴリーから、こちらに飛んで来ました。よろしくおねがいします。 先の心理学で「他者の意識について」質問しましたところ、他者との関係において共通化された意識というものが、生まれたときから脳のどこかに刻み込まれているのではないかという疑問が生まれました。
 自己と他者は、まったく別の人格ですね。他者の気持ちは推測するしかありません。たとえ、コミュニケーションを完全に図っても、完全に理解することは不可能です。
 しかし、他者との関係が保たれているのは、なぜかというのが疑問の発端でした。人間は成長するにつれて、社会の規範を学び、学習し、コミュニケーション能力を身につける。その過程で、ホモサピエンスとしての、共通する意識というものが活躍していないだろうか。
 生物学、大脳生理学でしょうか。
 最初は真っ白なキャンバスに絵が描かれるというのではなく、人類普遍の意識というものが存在している。このような発見はありませんでしょうか。
 私は、コミュニケーションを図る能力というものだけが、他者との関係を保っているとすれば、いかにも危うい関係のように思うのです。その根底に、種の保存といった、本能と言わないまでも、共通する普遍の意識のようなものが、脳に刻み込まれているのではないかという仮説をたてました。いかがでしょうか。

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A 回答 (5件)

 


  簡単に述べます。人間の心が生まれた時は「白紙」というのは、tabula rasa の説で、英国のロックが主張したもので、啓蒙主義における教育も、こういう考えが基礎になっています。しかし、現代では、こういう「白紙」誕生の説は認められていません。
 
  経験学習という面から見ると、人間の胎児は、誕生した時点で、すでに色々な精神機能を持っています。生まれてすぐ、母親との非言語的コミュニーションを取ります。また、胎児段階でも、コミュニケーションを取ります。胎児段階でも胎児は学習し、経験を重ねているのだというのは事実ですが、そういった経験学習を省いても、人間の脳や身体の発達・発生は、経験学習なしに、ある高度の精神空間または意識の場を発生的に展開します。
 
  哲学的には、カントの主観の先験的構造(超越論的構造)の問題になるのですが、これは、意識乃至主観の構造が、経験で規定されるのではなく、根元的な認識は、主観の構造枠のなかに、経験要素を分類する、あるいは解釈し織り込むことで成立するという考えで、この考えの妥当性は、現在でも有効です。
 
  カントの主観の先験的構造形式というのは、難しいですが、認識やコミュニケーションを行う時、経験に先立って、ある人間としての共通構造、言ってみてば普遍構造があるというのは間違いありません。他者の意識の存在というのは、厳密には、この普遍構造から、「類推で、他者の意識と自己の意識が、同じ構造だ」と了解できるということと、「わたしの意識=主観」というものは、独我論的な孤立したものではなく、他者意識とのあいだで、中間領域あるいは、共有意識があるような構造を持っており、これを間主観というのですが、こういう構造からも、経験に先立つ「普遍構造」は考えられるのです。
 
  それは、こういう言い方が妥当かどうか分かりませんが、「意識の同型構造」があるということです。言葉の意味のニュアンス把握は、個人個人で違いますが、そのような周縁差異を無視すれば、林檎と apple は、同じものを人はイメージします。人の感情を何故了解できるのかと言えば、そのような感情が、自己のなかにも存在しているからです。
 
  共通構造=同型構造では、了解できないこともあるのであり、それは、個人の素質的差異や、経験による個性化、実存化の故とも言えます。数学的真理が、多くの人で共通することや、論理が、個人を超えて普遍的に成立するように思えるのは、カントの説明では、それが認識における先験的構造、認識の命題カテゴリーの存在だということになりますが、発生的には、脳の構造に、このような認識の機能が存在するのだということになります。
 
  発生的に準備され存在する同型構造でも、それが適切に展開しなかったり、適切なタイミングに現実経験と結びつかない場合、構造の具体的発現が行われなくなります。言語習得の限界というのは、こういう事態です。何かの理由で、言語乃至そういうシステムと無縁に、ある年齢を経過すると、12歳か、その前後の年齢で、非可逆性の構造凍結が起こります。つまり、限界年齢以前だと、学習は遅く、あまり上達しない場合があっても、一応言語を使うことができるようになります。しかし、限界年齢までに、言語体験がないと、以降は、猿に言語を教える実験がすべて失敗したように、失敗します。
 
  人間=ホモサピエンスの脳構造には、ある同型構造・普遍構造があるということは、言語の学習を見れば明らかでしょう。子どもの時に、何語を学ぶことも人はできます。日本人だから、子どもの頃から英語環境で育つと言語機能は発達しないということはありません。このことが意味するのは、普遍言語というか、構造的言語の機能構造が人間の脳には、共通同型構造としてあり、この基本構造の上に、諸言語の文法組織や、概念把握、シンタックスや意味了解構造が構成されるのだという事実を示しているのです。
 
  無意識心理学が明らかにしたものは、意識の構造に同型性があるだけではなく、無意識の構造には、もっと根元的な同型構造があるということです。
 
  他者との関係が維持できるのは、マルティン・ブーバーの概念だと、「我と汝」の根源構造が人間にはあるのだということになります。ブーバーは哲学的に語りますが、発達や発生の問題で考えれば、これは、「わたしと貴方」という「人間的関係」了解の構造が、基本的に、誰にでも備わっているのだと言うことになります。
 
  自閉症の子どもの場合、この「我と汝」の構造が欠落しているように見える場合があるのですが、自閉症の症状が、連続的な段階を持ち、そこからすると、普遍構造意識が欠落しているのではなく、その発動・発現の機構に障害があるので、同型構造が機能しないのだと考えた方が自然なのです。
 
  行動的にも、言語的にも、自覚意識的にも、対他意識的にも、同型構造が人間にはあります。それが、脳のどういう発生部位に基盤を持つのかは分かりませんが、人間の行動や、発達と発生の過程を見れば、それは明らかなのです。旧皮質・古皮質にも、それらの機能はあるようですが、人間の場合、大脳が成立して行く過程で、「構造として出現」するものでしょう。経験で得るものではないのです。経験は、適切な時期に、この構造を発現させるのに必要なのですし、発現させるために、人は、経験を得ようと自発的行動をします。
 
  人間としての高次意識の同型構造の基盤は、大脳にあり、旧皮質等とは、連絡を取り合って、調整し合っているということでしょう。
 
  コミュニケーションの経験によって、色々と学習して行くと言うとき、それは基盤にある普遍意識構造に、内容が充填されて行って、内容がより豊かに個性化して行くという意味です。そもそも、根元的に、他者の言語や感情や感覚が、個人の差異というギャップがあるにせよ、基本構造で、「了解できる」というのは、学習で、そうなったのではないのです。「何が了解できる」の「何が」の部分は、経験や学習で、豊かになって行きますが、しかし、根元的に「了解できる」という経験はどこから生まれるのかは、経験の内容ではなく、そういう普遍構造だということになるのです。
 
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この回答へのお礼

 そうなんです。私が疑問に思い、回答を期待していましたが、自分では言語化するのが困難なことを実にわかりやすくお答えいただきました。よく理解できました。ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/17 21:26

こんにちは。


 動物行動学的に考えると、動物にはそれぞれ生まれたときから他の個体とコミュニケーションをとる、基礎的な本能行動は備わっています。生まれながらにイヌならイヌの、ネコならネコのコミュニケーションの方法があり、それぞれの生物集団の中で社会を形成して生きていくのに役立っています。これが生まれながらだと言えるのは、例えば人間の家庭で生まれた子犬でも、イヌとしての行動をとることから分かるのではないかと思います。イヌもネコも(他のいろいろな動物たちも)各個人が自分勝手に生きているわけではなく、ある程度のコミュニティーを形成して生きていますよね。そして同種同士の争いによって命を落とすことは、例外はありますが一般的にはありません。欲望のままに行動するのでなく、ある程度のところでストップがかかり、集団が維持されるようになっています。
 そう考えると、人間も社会性を持った動物ですから、人間にもある程度生まれながらに人間社会のなかの一個人として生きていくために本能的な行動規範が備わっているのではないかと私は考えます。これを哲学や心理学において「意識」という言葉で表現するのかどうかはわたしはこういった分野は疎いので分かりません。しかし、生まれたときから厳然と脳に「本能」として刻み込まれていることは間違いないのではないかと思います。
 的はずれな回答でしたら失礼しました。
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この回答へのお礼

 アドバイスありがとうございます。大脳生理学と心理学のカテゴリーで質問させていただきましたが、漠然とした疑問が明確に問題となり、ここで、答えをいただいたように思います。ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/17 21:33

ちょっと失礼します。

No.1で回答されている「マーフィーの法則」ですが、cid-37さんが書いているのは、あのベストセラーになったArthur Blochによる「マーフィーの法則」(たとえば 失敗する可能性のあるものは、失敗する、というような)のことではなく、「ジョゼフ・マーフィーの法則」のことだと思います。
これは簡単にいえば「潜在意識の法則」です。こちらのマーフィーの法則は端的にいえば「良いことを考えればよいことが起き、悪いことを考えれば悪いことが起きる」というものです。なんだか例示までArthurの「マーフィー」に似ていて誤解されやすいですが、Arthurの「マーフィーの法則」は気の効いたジョーク、しかしこちらは人生の指針というべき法則です。

もちろんNo.1の回答はpopup2001さんの
>人類普遍の意識というものが存在している。このような発見はありませんでしょうか。
という疑問に答えるもので、マーフィー博士によれば「そういうものはある」ということです。
彼の著書の中ではそれを「潜在意識」と呼んでいますが、マーフィー博士は「それを神、絶対の存在、仏さま、宇宙の支配者、最高の知性、等何と呼ぼうとかまわないのです。大事なのはそういうものが存在しそれがすべての人々を動かしているということなのです。」と述べています。
中途半端な解説では単なるオカルトと理解されてしまいそうなので、詳しいことはマーフィー博士の著書や関連サイトをお読み下さい。
日本語で読めるマーフィー博士の著書リスト
http://www.sannopub.co.jp/kikan41.html

なんだかpopup2001さんがNo.1の回答を「ふざけた回答」と受けとられているようなので気になってしゃしゃり出てきました。もしNo.1の回答を「ジョゼフ・マーフィーの法則」のことと承知しているのであれば申し訳ありません。

なお「マーフィーの法則」で検索するとArthur Blochの「マーフィーの法則」ばかり引っかかってしまいますので、こちらの「マーフィーの法則」を検索するならば、「ジョゼフ・マーフィー」を検索語に含めて下さい。
ものがものだけにオカルトや、いい加減な自己啓発セミナーの権威づけ的に紹介されているものもあるかもしれませんので、とりあえず(私から見て)真面目に紹介していると思われるサイトを2つ挙げておきます。(参考URL)

参考URL:http://www.mars.dti.ne.jp/~toko/Dr/Dr.html,http: …
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この回答へのお礼

勘違いしていました。ご指摘ありがとうございます。cid-37さん失礼しました。ごめんなさい。ジョゼフ・マーフィーの法則は知りませんでした。

お礼日時:2002/01/17 21:29

とある心理学の先生にお聞きしたのですが…


生れたときより、親とまったくコミュニケーション(肌をふれあうこと)をとらず、食べ物だけ与えられて放っておかれた子供が、満5歳になっても生後半年程度の発育(身も心も!)しかできなかったという事例があると聞きました(信じられない話ですが!)。
ということは、人間というのは、ほんと「真っ白なキャンバス」から誕生するものなのでは?

「コミュニケーションを図る能力というものだけが、他者との関係を保っているとすれば、いかにも危うい」というのは寂しいですが、なんとなくそう思ってしまします。それは、この世界のバランスが危ういということでもあり、ヒトの頭に鎮座ましましている大脳が危ういものだということでもあります。(大脳のない昆虫や訳わかんない生き物のなんと本能の呪縛の強力なことか!)

と、いきなりただ一つの例だけをあげつらい、反論してスミマセン。私個人の憶測だけで、もの申しております。(おもしろい質問でしたので、つい…)

ついでに憶測しますと、「人類普遍の意識」は小脳より下、延髄や脊髄あたり(つまり下等生物でももっている部分)に埋まっているような気もしますが、大脳を持った時点でアウト!(押しつぶされた!:笑)というと、思考停止でしょうか?

まとまりのない文章、しかも長文になってすみません。以上で終わりにします。
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この回答へのお礼

 回答ありがとうございます。おもしろい質問と書いていただいているのを見て、つい、ニヤリとしてしまう、今日この頃です(ただ、当たり前と思われていることを疑う性癖を持っているだけですが)。ところで、真っ白なキャンパスについての反証についてですが、生まれたときにあらかじめ持っている共通の意識はやはりないのでしょうか。うーん。加えて、大脳性善説の立場をとっていた者としては、小脳より下の働きの重要性に気づかされ、またまた、うーんと考え込んでしまいました。どうバランスをとっているのだろう。興味は尽きません。ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/14 22:14

人類普遍の意識の存在の発見と言えば、ずばり



マーフィーの法則

です。

マーフィーの法則のサイトに行けば、それに類似したいくつもの説や著者が
いもづる式に見つかると思いますよ。
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この回答へのお礼

 回答ありがとうございます。失礼かもしれませんが、うけました。この法則は私も読んだことがあり、不思議に思っていましたが、生物学のカテゴリで回答をいただくとは。いいかげんにしてください!(笑)しかし、サイトを見てもこういう法則も大脳生理学的には証明できていないようですね。残念です。あ!と驚く回答ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/14 21:57

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Ichnologiy :生痕学
Neoichnology :(現生)生痕学
Paleoichnology :古生痕学
Lebensspuren :生痕
Trace Fossil :生痕化石

Ichnologyは、主に化石の研究によって発展してきた歴史を持ちます。
(特に米国で)資源(石油)探査の際、ボーリングコア(地面に深い穴を掘って採集した地下の岩石のサンプル)の堆積環境の推定の道具として、研究が進められました。海生無脊椎動物の生息痕が、主な研究対象となりました。
また、恐竜などの足跡や糞・卵などの化石から、それら古生物の生態を研究する材料とされました。
もちろん、古生物の生態を研究するためには、現生生物との比較は不可欠です。
このため、生痕を研究する古生物学者は、現生生物の生痕の研究も行ってきました。
生痕化石は、通常の動物と同様に、主に形態によって分類され、二名式命名法で命名されています。

一方、動物学者は、これとは別にフィールドワークの一部として、生痕を取り扱ってきたようです。

例えば、恐竜の足跡や糞の化石を研究することによって、単独行動かまたは群れを作って行動したのか、群れの規模はどのくらいか、恐竜の体格、歩行速度、姿勢、食性などがわかります。
ところが現生の動物では、これを捕らえ、飼育し、観察し、解剖することによって、ほとんどわかってしまうため、生痕のみを専門的に研究する必要が少なかったと思われます。

現在、生痕化石を研究している大学や博物館はありますが、Scooby-Dooさんが志向する野生動物の生痕について、専門的に研究している機関があるかどうか、残念ながら私は知りません。

参考書
(野生動物の足跡などについて)
日経サイエンス社刊、子安和弘著「フィールドガイド 足跡図鑑」
自由国民社刊、今泉 忠明著「新アニマルトラックハンドブック」
Houghton Mifflin Co.刊、Olaus J. Murie著 「Field Guide to Animal Tracks」(Peterson Field Guides)
The Lyons Press刊、Ellsworth Jaeger著 「Tracks and Trailcraft」
これらの著者が、現在どのような機関に属してどのような研究を行っているのか私は知りません。でも、調べてみると良いかもしれません。

(生痕化石について)
Scooby-Dooさんの参考にはならないと思いますが、啓蒙的な著書を紹介しておきます。
東海大学出版会刊、リチャード G. ブロムリー著「生痕化石 -生痕の生物学と化石の成因-」
John Wiley & Sons刊、Stephen K. Donovan編 「The Palaeobiology of Trace Fossils」

2番目に回答したものです。
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