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 占い師の細木数子さんが「日本は明治維新以降からすべてが腐りはじめた」とおっしゃってます。
 しかし、何が腐ってしまったんでしょうか?。
 むしろそれ以前の時代はもっと人の欲が前面に出て戦が絶えなかったし、越後屋なんてのもいたわけですよね。
 何がその頃の人間の文化は優れていたのでしょうか?。

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A 回答 (4件)

 明治時代の日本は、産業革命に端を発した西洋の近代文明に大きく遅れをとっていたため、飢えた子供が美味しい食べ物を貪るようにして、西洋文明の吸収に努めたのです。

その結果として、厚生や郵政・教育などその仕組みの恩恵を十二分に受けるというようなプラス面もありましたが、あまりにも急ぎすぎたために、政治や軍事形態など本来その拠ってきたるべき歴史・背景を十分に咀嚼しないで(噛み砕いて理解しないで)、消化不良のまま形だけを取り込んでしまった弊害も多々あります。
 それでも先人の努力の甲斐あって、中国のように諸外国に国土を蹂躙されることなく西洋の列強国に肩を並べる近代国家の一員となったのですが、如何せん、中国そしてロシアとの戦いに勝ったことから軍の独走が始まり、米国の石油禁輸という挑発にまんまとのせられて大東亜戦争(第二次世界大戦)へと突入してしまいました。
 そして明治以降の西洋文明化という物質主義が進む中、それまで辛うじて保ってきた日本人本来の高潔で豊かな精神性が、昭和20年の敗戦を端にして米国の強烈な物質主義の魅力の中に埋没してしまったのです。幸いにしてすべてを失ったわけではありませんが・・・。
 精神と物質が均衡してほどよいバランス状態にあるのが、国家として最も好ましい状態だと思いますが、明治以降はそのバランスを失い、物質文明の高度化と反比例して精神面の豊かさが失われてきました。極論すれば「物と金に目がくらんだため、心が失われてきた」といえるでしょう。
 しかし今からでも遅くありません。一人でも多くの人が心がければ、物と心のほどよいバランスを取り戻せると思います。
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細木氏は占い師であって歴史や文化の専門家ではありませんし,そもそも思いつきでものを言う人です。

ですからその発言を,歴史的事実としてどうかと考えるのは意味がありません。

「腐った」という表現は主観が入りすぎていて判断のしようがありませんが,日本の歴史・文化において明治維新は最大の出来事だ,とは言えると思います。維新を境に様々な点が大きく変わりましたから,人によっては「それ以後悪くなった」と言うこともあるでしょう(良くなったと思う人もまた,いるでしょう)。
文化の面では,旧来の文化の「破壊」といえるほどの変革がたくさんありました。
まず,それまではほとんど区別されていなかった仏教と神道が強制的に分離されました(これによって多くの寺・仏像が破壊されています)。一見正しいことのように見えますが,長年はぐくまれてきた民衆の信仰が政府によって全国的に失われたわけです。
また,それまで仏教行事を積極的に行っていた天皇家からも仏教は排除されましたし,天皇家のシステム自体もそれまでとは似ても似つかないものになりました(最大の変化は「天皇が途中で引退できなくなった」ということでしょう)。
とりあえず明治政府は古いものが嫌いだったので,それまでの文化が根こそぎひっくり返されたり,西洋化されてしまったりしたことは確かです。おかげで私たちが「古くから続く伝統」だと思っていることのかなりの部分が,明治以後にできたことだったりします。
ところで,越後屋さんは悪徳商人の代名詞のように言われていますが,あれは時代劇の中での話です(ちなみに越後屋は現在の「三越」の前身です)。
細木氏のことをふくめて,あまりテレビの情報をそのまま信じない方が良いと思いますよ。
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 明治初期、開国したばかりの日本を多くの「お雇い外国人」や旅行者たちが訪れています。

ご質問の件については、彼らの青い目に100年前の日本人がどう映ったかを知ることが大いに手がかりになると推察いたします。
 私の貧弱な筆力ではとうてい説明しきれませんが、おおむね結論は以下の二点になると思います。

 江戸文明は、産業革命を経ないで到達し得る最も完成された文明である。

 「日本の古いものは素晴らしい。しかし、時代が新しくなるにつれどんどん悪くなってきている。」(ラフカディオ・ハーンのことば)

 当時は当時で身分制度はありましたが、農民や町民は武士の奴隷というわけでなく実にいきいきとして豊かな生活をしていたようです。貧しいが貧困ではない社会。
くわえてマナーや文化が高度に確立されていたことが、外国人たちを大いに驚嘆させたそうです。
 ホリエモン的な考えかたが良いか悪いかわかりませんが、貴重な日本文化が西洋的な資本主義思想に毒されていったということを細木さんは言いたかったのかもしれません。

 私の浅薄な知識は、以下の書籍から得たものです。
もし興味がおありでしたら図書館などで探してお読みになることをお奨めいたします。

http://www.toshishuppan.co.jp/back05_10.html

http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31590 …

参考URL:http://www.toshishuppan.co.jp/back05_10.html, http://7andy.yahoo.co.jp/books/detail?accd=31590 …
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細木数子が言ったことの意味は、本人しかわかりませんので、ココでは誰も回答できないと思います。



明治政府で変わったのは、政府の職員が、世襲ではなく、試験で選抜される公務員となったことです。
この連中が国の特権を独り占めにする仕組みが今でも続いています。

そうした制度ができたのが明治政府ですが、本格的におかしくなったのは、アメリカの真似をしはじめた戦後から。官僚や公務員の汚職が極限に達したのが田中角栄以降となっています。

江戸時代は戦争は非常に少ない時期でした。
文化は優れていましたね。今よりもレベルは高かったでしょう。
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