つてづれと空ぞ見らるる思ふ人天くだり来むものならなくにーの訳が知りたいのです。私は、思う人が空から降りて来ないかしら?と毎日空を見上げてる。なんて、感覚的に思ったのですが、笑わないで下さいね (^^ゞ

A 回答 (2件)

ぼんやりと空を眺めてしまいます.思いを寄せる人が,空から舞い降りて来るものでもないのに.


という意味です.
降りてこないかしら?という解釈も夢見る乙女心という感じで可愛いですね.

本歌は酒井人真の
大空はこひしき人のかたみかは物思ふごとにながめらるらむ
です.

gooやgoogleでこの歌の検索をかけると,いろんな解説が見られます.
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この回答へのお礼

ありがとうございました。これは手帳にメモしておきます。私の宝物が出来た気持ちです。とても嬉しいです。

お礼日時:2002/01/14 12:21

気分としてはほぼそのとおりです。


そのまま訳すと
「所在無く空をつい見てしまうことだ。思う人が天から下ってくるわけでもないのに。」
となります。
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この回答へのお礼

ありがとう!ありがとう!とっても嬉しいです!最初は何も考えずにいたのですが、5回・10回とその和歌を読んでると見えてきた?というのか・・・。そしたら本当の意味を知りたくなったのです。今、感激してます。

お礼日時:2002/01/14 12:16

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それに彼は夏の避暑地を選び迷っている時だったので、この温泉村へ家族づれで来ようかと思った。そうすれば女はさいわい素人だから、細君にもいい遊び相手になってもらえて、退屈まぎれに踊の一つも習えるだろう。本気にそう考えていた。女に友情のようなものを感じたといっても、彼はその程度の浅瀬を渡っていたのだった。
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よろしくお願いします

Aベストアンサー

1.風景撮影をする時に、困ること

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特にフィルムの時代はそうでした。

2.風景撮影で知りたいこと

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Aベストアンサー

 成句としては「一樹の陰、一河の流れも、他生の縁」でしょうか。

 出典は、説法明眼論(円通述)という仏典の「或は一国に生まれ、或は一郡に住み・・・一樹の下に宿り、一河の流れを汲み・・・同畳同坐、同牀一臥、軽重異るあるも、親疎別あるも、皆是れ先世の結縁なり」です。

 日本文学の古い用例で有名なのは、平家物語(巻十)のいわゆる「千手前」の段における「一樹の陰に宿りあひ、同じ流れをむすぶも、みな是先世のちぎり」という部分でしょうか。源平盛衰記にも同様の場面があります。そして、この話をもとにした謡曲の「千手」にも、同旨の謡いがあります。

 平家物語には、他にも巻一の「祗王」にもでてきますし、源平盛衰記でも、他に数ヶ所の場面で引用されます。
 謡曲では、いわば決り文句になっていて、「千手」のほかにも、「大江山」「箙」「錦木」「合甫」「紅葉狩」「山姥」などと多用されます。

 その他にも、「御伽草子(浦嶋太郎)」、「義経記」、「玉三(玉藻前旭袂三段目)」など、他にも色々あります。

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 タイトルの通りですが、参考画像のような風景写真はブログに載せてもいいでしょうか?。本当に風景写真しか写っていない写真は(滝や山・・・など)は自分で撮影したのは載せてもいいと思いますが、このような画像はどうなのでしょうか?。一応自然を目的にしたつもりですが、人の小屋?が写っていますよね。このような場合は、この小屋の所有者に、「ブログに載せてもいいですか?」と聞いた方がいいですか?。でもこんなことをしていたら、本当に自然の風景写真のみが写った写真しか載せられないのでかなり限定されてしまいます。前にもブログのことで色々質問したのですが正直よくわかりません。回答よろしくお願いします。参考画像はあとで消します。

Aベストアンサー

別にかまわないよ

家とか写ってても大丈夫

Q浦島太郎の玉手箱のくだりはいけません

浦島太郎の物語とその歌は最高に素晴らしい。
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それは玉手箱の話である。
浦島太郎が助けた亀に連れられて竜宮城に行き、そこでひと時の極楽を楽しんだあと、故郷の村に帰ると自分の家は無くなっており、村人たちは見知らぬ人ばかりであった。
そして自分が故郷の村を離れて竜宮城に行った時から数百年の歳月が経過したことを知ったのであった。
ここまではなかなかよく出来た面白い話である。
しかし絶対に開けてはなりませんと言われた玉手箱を開けると中から白い煙が出てきて浦島太郎は一瞬のうちに白髪の老人になったというくだりはいただけません。
なぜならこの部分の話は時間が一度未来から過去へと逆戻りしたことを含んでおり、これは因果律に反することで絶対にあってはならないことだからです。
浦島太郎の物語は玉手箱のくだりでそのクオリティを大いに下げてしまったのではないかと思うのですが、皆さんも同感でしょうか。

Aベストアンサー

「鶴は千年、亀は万年」と云う長寿を寿ぐ言葉があります。
さて、浦島太郎の物語では白髪の老人の姿となった浦島太郎が鶴に乗って天上の世界に飛び立つと云う落ちを持つものもあるそうです。
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「鶴は千年、亀は万年」と云う言葉はこのような仙人道の背景を持った言葉です。このため、説話「浦島太郎の物語」と童話「浦島太郎」とでは、ちょっとだけ、落ちが違うのです。


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