イギリスによる香港租借は、1842年のアヘン戦争の後、香港島を割譲したのに始まりますが、ある本で「日清戦争の賠償金の一部をイギリスに借りるために、香港を貸した」とありました。
1898年の九龍半島の割譲を指すらしいのですが、その理由で香港を貸したという事実はあったのでしょうか?もしそうならば、イギリスからどれほどのお金を借りたのでしょうか?
どの資料にも載っていなくて困っています。よろしくおねがいします。

このQ&Aに関連する最新のQ&A

A 回答 (2件)

No1のosirukoです。

追加。
香港・マカオの簡単な関係史を発見したので眺めていたらありました。

「1898年に九竜半島の深せん(土へんに川)川以南及び付近の湾、島、海面をイギリスが99年間租借。(新海とよばれ、現在の香港の領域が確定)」(最新世界史図表、第一学習社)
…らしいです。でも簡単な関係史なのでこれ以上は解りません(^^;
(これがあるから1997年に香港返還になったわけね。恥)
No1で述べた1842年の香港割譲から何故1898年に租借扱いになったのかは不明です。
役にたってませんね、すいませんm(__)m
一応、その書いてあった本(香港を貸したのは日清戦争の賠償金云々)の参考文献を調べてみるのも手だと思いますよ。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

資料の本のうらに参考文献が載っていたので、週末にでも大きな本屋にでかけてみようと思います。
割譲と租借については、あまり意識せず使っていて、言われて「あっ」と気がついた次第です(^^;
正直なところ、今まで香港租借については、あまり興味がなかったのですが、これを機に調べてみたいと思います。ありがとうございました。

お礼日時:2002/01/17 20:58

割譲と租借の意味を混同されているようですね。


アヘン戦争後に締結された南京条約(1842年)にて
香港はイギリスに割譲(かつじょう、土地、物などの一部分をさいて他に譲り与えること)されました。
香港は租借(そしゃく、他国の領土の一部を借りること)ではありません。
南京条約の第三条にはこう明記されています。
「…清国皇帝陛下は英国女王陛下に香港を割譲し、英国女王陛下およびその後継者は永久にこれを占有し、英国女王陛下の適当と認める法律・規則をもってこれを統治する。」(東洋史料集成)
よって香港は貸しているわけではないので、お金を貰っているとは思えません。
    • good
    • 0

このQ&Aに関連する人気のQ&A

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q香港 中国 タイでのSIMカード

以前短い間ですが中国に駐在していて香港に年1、2回くらい今でも行きます、中国、タイ等でも使用できるSIMで有効期限が長い物
何が良いでしょうか?
以前中国では神州行で香港でpeoplesを使ってましたが期限切れてしまいました。
peoplesはタイで使用できたと思うんですが…その時点で期限切れで。

今如意中港通と全球通を考えてますがタイ等でも使用できますか?
全球通はシンセンで広告見てなんか世界で使えそうだったので…
通りすがりで詳しく見ては無いですが。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

香港のsmartone-vodafonのSIMカードはどうでしょうか?

中国国内に住んでいる人向けのSIMがあるようで、
それによると、香港→中国国内に電話する時は、香港内の通話料でOK、
海外でのローミングにも対応しているようです。

また、上記以外の普通のプリペイドSIMもあります。
こちらはネット上でチャージをする事が出来るので、
海外からでもチャージ出来、同番号の維持も簡単に出来ます。
もちろん海外ローミングも対応しています。

参考URL:http://www.smartone-vodafone.com/jsp/visitor/mobile_phone/tchinese/index.jsp

Q領土割譲・租借・基地貸与 ジブラルタル

英領ジブラルタルについて質問します。ジブラルタルは立地的にスペイン国内にある英領(英海軍の基地)ですが、英西間に何らかの基地協定(例えば日米安保のような)があるのでしょうか?

Aベストアンサー

・1713年
ユトレヒト条約で
ジブラルタルを、スペインからイギリスに譲渡
(現在のスペイン政府は、ジブラルタル地方に英軍の駐留基地設営・軍港使用を認めただけと主張してるが、
国際社会には認めれてない)

・1985年。ジブラルタルとスペインの物、乗り物、人の自由な往来を保証する協定を
英・スペインが締結、スペインは長年行っていた陸路の国境閉鎖を解除。
英軍基地労働者など、毎日、約一万人のスペイン人がジブラルタルに通勤してるため。

※ジブラルタルは立地的にスペイン国内にある英領(英海軍の基地)ですが

間違い ジブラルタルの英軍基地は
完全に英国自治領ジブラルタルだけで、スペイン領内にはないので、
基地協定はスペインとは結んでない。

もちろんイギリス国防省と英領ジブラルタル政府は、基地問題について
協議の上、取決めを結んでいるが

Q気象庁10日間天気について 5月30日に遠出する予定があり、絶対晴れて欲しいのですが、ネットに出てる

気象庁10日間天気について
5月30日に遠出する予定があり、絶対晴れて欲しいのですが、ネットに出てる10日間天気予報では雨80%になっています。
まだ1週間以上先ですが変わることはあるのでしょうか?
信頼度がイマイチ分からなくて…

Aベストアンサー

長期予報も、根拠無く予測している訳では無いが、予報と実際の気象が2~3日前後したり、全く外れることも無い訳では無い。
そもそもが、地球規模の気象変動の予測だから、”傾向として”程度の「参考情報」と捉え、対応策(若しくは、次善の策)を用意する資料としましょう。

なお、特定の日に、特定の気象状況が出現しやすいのは「特異日」。
自分の思い通りになって「得意になる日」ではないので、お間違いなく。

Qアヘン戦争で清朝がイギリスと徹底抗戦していたら

もしもアヘン戦争で清朝がイギリスと徹底抗戦していたら歴史は大きく変わっていませんか? いくらイギリスが蒸気船や強力な軍隊を持っていても、総力戦でなら中国側が勝てたような気がします。清朝が総力戦を避けたかったのは乾龍帝の時代に勢力を広げすぎ多くの軍事費を使いこんでしまった為、中国国内の反乱を抑制する為に力を温存して置きたかったのだと考えます。ですが、逆に考えた場合、勢力範囲を縮小すれば清朝の戦力を一つに集中してイギリスと戦えた訳ですよね?ウイグル、チベット、モンゴルなどの統治を放棄しただけでもかなりの戦力を集中できたと推測できます。極端な話し無理に中国全土を少数民族の女真族で統治しなくても、女真族の本拠地、満州さえ維持してたら後は各地に同盟国を乱立させる事もできたわけです。少なくともイギリスと徹底抗戦するのはさほど難しい事のようには考えられません。ここでイギリスに楔を打ち込んでおけてたら、後の日本の歴史も大きく好転していたのではないでしょうか?

Aベストアンサー

cherry77_ さん、こんにちわ。



たぶんそうすれば、ゲリラ戦のようなことになり、確かにイギリスに勝てるかもしれません。しかし、そのために今度は国内に内乱の種をまくことになるかも知れません。そうしたことから清朝が倒れることになるかも知れません。清朝は乾隆帝の時代を過ぎ、全盛期時代の輝きを失い始めていました。しかし、帝国の支配力は維持ていかなくてはなりません。回答者様は「ウイグル、チベット、モンゴルなどの統治を放棄しただけでもかなり戦力を集中できた」といいますが、ここで挙げた地名は紛れもなく清帝国の地方であり、領土なのです。時代が下るにつれて漢化したとはいえ、女真族は支配者です。少数民族である彼らが、国内多数を占める漢民族を支配しているのです。そう簡単に彼らを信用することは難しいことだったと思います。

Q香港からマカオへの観光で教えて下さい。

3月16~18日に香港に行きます。17日(土)に香港からマカオへ半日ツアーに参加予定です。午後をフリーできるものなので、マカオフェリーターミナルから、マカオタワー~ロードストーズ・ベーカリー~聖フランシスコザビエル教会~マカオフェリーターミナルと回りたいと思います。効率よく、初心者でも分かりやすい方法を教えて下さい。出来たら2時間半位は無理ですか?

Aベストアンサー

足を確保してなければ厳しいんじゃないでしょうか。土曜日の午後でしょ?そもそもタクシー捕まりませんよ。
コロアン島は閑散としているのでまだいいかもしれませんが、特にマカオ本島の観光地エリアでこの時間タクシーを捕まえるのは至難の業だと思っておいたほうがいいです。
空車のタクシーが流れてくるなんてことはほとんどありませんし、タクシー乗り場は基本的に長蛇の列。
とりあえずフェリーターミナルには常時タクシーが待機してますから、時間がないなら最初に乗りこんだタクシーをチャーターしてしまった方が良いと思います。
フェリーターミナルの1階にツーリストオフィスがあるので、そこで相談してもいいでしょう。

とにかく流しのタクシーあてにしてたらかなり焦る結果になりかねませんよ、ということだけは言っておきます。
一応近場に住んでいて、一時期は毎週末マカオに通っていましたので、これだけは助言できます。

Q太平洋戦争中に日本軍が中国人にアヘンを売って稼いでいた

こんにちは。ニコニコ動画で提督の決断の架空戦記を作って投稿している者です。
当時の日本軍が、PARを入力して、全てのステータスがMAXになり、快進撃をして日本が勝つ設定なのですが、
日本が勝った後、ヨーロッパではアメリカからの連合国への援助がなくなり、代わりに日本からドイツへの援助が始まった。その結果、ヨーロッパではドイツが勝ち、世界は日独伊の枢軸国が支配した。そして・・・終 という結末にするつもりでした。しかしですね。そのためのシナリオを作るために資料をインターネットであつめているうちに、どうしても都合の悪い情報が入ってきました。

以下の情報です。
NHKスペシャルより
昭和12年(1937年)に勃発した日中戦争―。広大な中国で、日本は最大100万もの兵力を投入し、8年に渡って戦争を続けた。武力による戦闘のみならず、物資の争奪戦、ひいては金融・通貨面でも激しい闘いを繰り広げた。
「戦争はどのようにして賄われたのかー」。最新の研究や資料の発掘によって、これまで全貌が明らかにされてこなかった中国戦線の「戦争経済」の様々な側面が浮かび上がっている。その一つとして注目されているのが、当時、金と同様の価値があるとされた阿片(アヘン)である。
19世紀以降、イギリスなど欧州列強は、中国やアジアの国々に阿片を蔓延させ、植民地経営を阿片によって行った。アヘンの国際的規制が強化される中、阿片に“遅れて”乗りだしていった日本。日本の戦争と阿片の関わりは、世界から孤立する大きな要因になっていたことが、国際連盟やアメリカ財務省などの資料によって明らかになってきた。
また、これまで決定的なものに欠けるとされてきた、陸軍関係の資料も次々に見つかっている。軍中央の下で、大量のアヘンを兵器購入に使っていた事実。関東軍の暴走を阿片が支えていた実態。元軍人たちの証言からも、日本軍が阿片と深く関わっていた知られざる実態が明らかになってきた。
番組では、日本と中国の戦争を、経済的側面からひもとき、知られざる戦争の実相に迫る。
出展http://www.nhk.or.jp/special/onair/080817.html

事実がこんなことでは、とても架空戦記など作れません。ちょっと判断がつかなくなりました。
実際にどの程度の規模であり、そして、現在は太平洋戦争終了まで動画を作ったのですが、それ以降、太平洋戦争終結後の世界を新たに作るほうがいいのか、よろしかったら、知識があり、判断の賢い方のアドバイスを賜りたいと思います。どうかよろしくお願い致します。

こんにちは。ニコニコ動画で提督の決断の架空戦記を作って投稿している者です。
当時の日本軍が、PARを入力して、全てのステータスがMAXになり、快進撃をして日本が勝つ設定なのですが、
日本が勝った後、ヨーロッパではアメリカからの連合国への援助がなくなり、代わりに日本からドイツへの援助が始まった。その結果、ヨーロッパではドイツが勝ち、世界は日独伊の枢軸国が支配した。そして・・・終 という結末にするつもりでした。しかしですね。そのためのシナリオを作るために資料をインターネットであつめ...続きを読む

Aベストアンサー

その番組は見逃してしまったのですが、
以前に本で「昭和通商」という企業があったというのをチラッと読んだことがあります。
陸軍が関与していたそうなので、ためしに「昭和通商 アヘン」でぐぐってみますと・・・・。
http://www.google.co.jp/search?client=firefox-a&rls=org.mozilla%3Aja%3Aofficial&channel=s&hl=ja&q=%E6%98%AD%E5%92%8C%E9%80%9A%E5%95%86%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%98%E3%83%B3&lr=&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2

ちなみに偽札作りもしてたんですね
杉工作って名前だけ見たことがあった気がします。
(すみません、この程度の知識です)
http://www.google.co.jp/search?client=firefox-a&rls=org.mozilla%3Aja%3Aofficial&channel=s&hl=ja&q=%E6%9D%89%E5%B7%A5%E4%BD%9C&lr=&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2

「事実がこんなことでは、とても架空戦記など作れません」というのは
なぜなんでしょう、麻薬で戦費捻出というのはありそうなことだと思います。
偽札は何だかなーという気もしますが。。
(それと違う話だがお金関係では軍票乱発というのもあり・・・)

枢軸国側が勝利する作品は複数あるらしいですが、
P.K.ディック『高い城の男』という小説を読んだことがあります。
軍事戦略でなくて、敗戦後の米国を描いたSF小説。
第二次大戦についてはこれからも新しい資料が出るでしょうから、自分の知っている時点で割り切って作るしかないのでは。
そもそも日本が勝つところからして架空なのですから。。。

その番組は見逃してしまったのですが、
以前に本で「昭和通商」という企業があったというのをチラッと読んだことがあります。
陸軍が関与していたそうなので、ためしに「昭和通商 アヘン」でぐぐってみますと・・・・。
http://www.google.co.jp/search?client=firefox-a&rls=org.mozilla%3Aja%3Aofficial&channel=s&hl=ja&q=%E6%98%AD%E5%92%8C%E9%80%9A%E5%95%86%E3%80%80%E3%82%A2%E3%83%98%E3%83%B3&lr=&btnG=Google+%E6%A4%9C%E7%B4%A2

ちなみに偽札作りもしてたんですね
杉工作って名前だけ見たこと...続きを読む

Q7月に海外旅行 台北or香港?

7月に海外旅行 台北or香港?

7月に女二人で旅行を計画しています。
値段も同じくらいで台北か香港かで迷っています。

・二人とも台北も香港も行ったことがない
・過去に二人で北京旅行したことがある
・ブランドショッピングには興味が無い
・観光と食事とマッサージに興味あり

ちなみに最初は私がマカオに行きたかったのですが、高くて断念しました。

台北か香港、どちらがおすすめですか?

Aベストアンサー

NO.1 Ex_birdです。

香港にもアジアっぽいところはあると思いますよ。
香港内でも行くエリアによって楽しめそうですね。

北京は行ったことがないのですが、NHKの旅番組
「世界地球街歩き」を見る限りでは北京のほうが
香港に近いイメージで、台湾はそれより少し’田舎の都会’
的な印象を受けました。

きれいな街は香港のほうがきれいと思います、
マカオも行けますしね。オススメ度は

1.マカオ
2.台湾
3.香港

台湾式シャンプーはこんな感じです。
http://mizunoyutaka.blog.so-net.ne.jp/blog/_images/blog/_eae/MizunoYutaka/8471453.jpg

台湾は占いもあるらしいですが、占いだったら
日本の方がいいかなと思ってあまり調べませんでした。

よく考えたら、質問者さんがどんな街に行きたいかが一番大事ですよね^^
楽しんできてください♪

Q日露戦争。ロシアは樺太南半分を日本に割譲

当時、南半分には何人くらい、どのような人種の人びとが住んでいたのでしょうか。
ロシア兵たちは、北半分に逃げたと思いますが、残った人たちの国籍は「日本」になるのでしょうか。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ポーツマス条約により明治38年日本に返還された南樺太は
明治39年の統計では、 人口12361人であった。
主に樺太アイヌ・ギリヤーク・オロチョン族等
北方諸民族である。彼らは、ロシア国籍から日本国籍に変わった。
 また樺太千島交換条約により、日本国籍を選び北海道に移住していた
北方諸民族も故郷に帰った。
 そのご内地本籍・朝鮮籍などの人々も、続々と移住し、
太平洋戦争のころには、約40万人が樺太で暮らしていた。

Q12/31の夜 香港のMTRについて

今年の年末に香港へ家族旅行を予定しています。

ホテルは九龍側の旺角に予約済ですが、ディナーを香港島側の中環のレストランを希望しています。
ですが、聞くところによると年末カウントダウンが予定されているため、夕方以降はMTRがかなり込み合うと聞きました。
両親と一緒の旅行なのでその込み具合が少し心配です。

12/31の21:30ぐらいに香港島→旺角へ年配の両親(60代)を連れてMTRでの移動は危険ですか?
家族は両親の他に、私たち夫婦です。
レストランの予約が埋まってきているようで焦っています。

もし年末の香港でのMTRを経験された方がいらっしゃいましたらアドバイスをお願いいたします。

Aベストアンサー

 フェリーを使うと最悪の事態になると思いますよ。尖沙咀一帯はカウントダウンの交通規制で車が通行できないので、タクシーはつかまらないでしょう。

 カウントダウン前のMTRは案外混雑していないと聞いています。
が、もし荃湾線(Tseun Wan Line)が混雑しているようであれば(レストランで聞けばわかると思います)、東涌線(Tung Chung Line)香港駅から奥運(Olymplic)駅まで行き(約30分)、そこからタクシーで旺角のホテルへ向かうのが良いでしょう。

 それよりも、レストランへはどういう方法で行かれるのですか?
昼間から香港島におられるのなら問題はありませんが、夕刻に旺角から中環へ移動されるのだとしたら、MTRはこの時間帯は大混雑です。尖沙咀一帯の交通規制は夕方から始まるので、タクシー、バスの利用も難しくなります。交通規制が始まる時間は、ホテルで聞くとわかります。

 中環のカウントダウンも大いに盛り上がります。街の中を歩くときには気を抜かないようにしてください。持ち物は、いっさい持たないことです。 

Q(+_+) 日清・日露戦争は、イギリスのかわりに戦った代理戦争?

 日清戦争と日露戦争は、イギリスのかわりに日本が戦った代理戦争、という説があるようですが、これは定説になってるんでしょうか?
 司馬遼太郎さんは明治時代のことにとてもくわしかったそうですが、そのへん、どう見ておられたんでしょうか?

Aベストアンサー

日清戦争についてはその様な事は全くありません。日露戦争については多少その側面があったと言えます。というのは当時イギリスは清国領土内に多大な権益を有していましたが義和団事件以後のロシアの満州不法占拠等の露骨な極東に対する侵略的行動により、それらの権益を脅かされていたからです。その為に光栄有る孤立政策を捨ててまで日英同盟を締結し日本の後ろ盾となったのです。しかしながら日本の戦争目的は朝鮮の安全、ひいては日本本土の安全を確保するというものでした。結果的にはイギリスの権益を守ったという事にもなりましたが、たとえ英国の権益が無くても日本はロシアに対し開戦せざる終えなかったと思われます。但しイギリスとの同盟の存在がが日本にとってこの戦争に踏み切る決断の際大きなウェートを占めた事、またバルチック艦隊の航海を陰に陽に妨害するなど戦局に有利に作用したことは間違い有りません。
司馬遼太郎氏は日清日露両戦争とも帝国主義時代の中で日本が独立国として生きようとしたぎりぎりの状況のなかでの戦争であると考えておられたと思います。代理戦争という捉え方はほとんどされていなかったように思われます。
小説ですが”坂の上の雲”(司馬遼太郎)を読まれたらいかがでしょう。
とのことです。(歴史に詳しい家族より。)

日清戦争についてはその様な事は全くありません。日露戦争については多少その側面があったと言えます。というのは当時イギリスは清国領土内に多大な権益を有していましたが義和団事件以後のロシアの満州不法占拠等の露骨な極東に対する侵略的行動により、それらの権益を脅かされていたからです。その為に光栄有る孤立政策を捨ててまで日英同盟を締結し日本の後ろ盾となったのです。しかしながら日本の戦争目的は朝鮮の安全、ひいては日本本土の安全を確保するというものでした。結果的にはイギリスの権益を守った...続きを読む


人気Q&Aランキング