いまサルトルについて学んでいます。
サルトルの生い立ちが彼の思想に大きな影響を与えたようですが、
彼の生い立ちのなかで彼の思想に影響を与えた部分を詳しく知りたいです。
おおざっぱには養父に育てられたこと、
母の実家で育てられたこと、
3才で目が不自由になったことは知っています。

A 回答 (1件)

>3才で目が不自由になったことは知っています。



この眇は、手術を受けて倒すことができたのを、
あえてそうしなかったようです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。参考にさせていただきます。

お礼日時:2000/12/22 19:14

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Q【哲学】ニーチェ→サルトル→?ニーチェ→サルトル→の次は誰ですか?ニーチェ→サルトル→の源流

【哲学】ニーチェ→サルトル→?

ニーチェ→サルトル→の次は誰ですか?

ニーチェ→サルトル→の源流を組むサルトルの次の哲学者の名前と○○主義を教えてください。


ニーチェ→サルトル→以外の源流を組む哲学もあるんですか?

Aベストアンサー

私は、西洋哲学の歴史的な流れを語るほどに、いろいろと著作を読んでゐるわけではありませんので、直接の回答はできません。OKWaveでは同じ質問にいくつかの回答がついてゐますから、そちらを御覧ください。

そもそも
ニーチェ→サルトル→?
といふ図式が出てくるのが不可解です。アホの私の頭では、ニーチェとサルトルは単純にはつながりません。ニーチェはキリスト教の腐敗を批判しましたが、聖書の世界を否定したとは思へません。強大な力の必要性を説きました。人間の世界ではどうしても神が必要になる、その神を追ひもとめてゐたのではないでせうか。宗教をふくめた人間そのものを肯定したのがニーチェです。当時のドイツの尊大な学者についてかう書いてゐます。
「学者はこうして自信をもって、その本能によって、宗教的な人間は、自分よりも価値が低い劣った人種だとみなすのである。」
(ニーチェ『善悪の彼岸』第3篇58 中山元訳 光文社文庫 140,141ページ)

先日別の質問にも回答いたしましたが、ネット情報ですませてゐたのでは、プラトン、アリストテレスなどの名前だけでありがたがつて、表面的に高尚な哲学だと信じこむだけです。私なら
プルタルコス→エラスムス→ニーチェ
です。哲学カテゴリのみなさんの見解もさまざまです。マキアベリやモンテーニュの名をお出しになる方もいらつしやいますし、タレスはアルケーだ、アウグスティヌスを崇めるのだ、マッハ以前の哲学はゴミだ、ウィトゲンシュタインの前で沈黙すべきだ、などなど諸説あります。ナナミさんも御自身でお決めになるのがいちばんよろしいかと存じます。

私は、西洋哲学の歴史的な流れを語るほどに、いろいろと著作を読んでゐるわけではありませんので、直接の回答はできません。OKWaveでは同じ質問にいくつかの回答がついてゐますから、そちらを御覧ください。

そもそも
ニーチェ→サルトル→?
といふ図式が出てくるのが不可解です。アホの私の頭では、ニーチェとサルトルは単純にはつながりません。ニーチェはキリスト教の腐敗を批判しましたが、聖書の世界を否定したとは思へません。強大な力の必要性を説きました。人間の世界ではどうしても神が必要になる、その...続きを読む

Q空腹が思想に与える影響

何かの本に、空腹が思想に与える影響、つまり、腹が減ってると哲学者も悲観的になる、みたいなことが書いていたあったと思うのですが、何という書かわかる方いらっしゃらないでしょうか。
それなりに有名な歴史上の哲学者だったと思います。

ラッセルが民主主義との関連でそんなことを書いているのは見つけたのですが、それではなかったと思います。

Aベストアンサー

それは、おそらく、孔子の衣食住足りて礼節を知るという、有名な格言?からきてると思います。原点をごらんになったらどうでしょう?

Q実存主義の理解を深めたい サルトル

こんばんは。
サルトルを読みたいのですが、哲学頭ではないので敷居が高く入り込めない状態です。今までサルトルで読んだのは「嘔吐」「水入らず」「実存主義とは何か」です。実存主義の理解を深めたいのですが、他に何から読むとよいでしょうか?なるべく、哲学用語だらけだったり、長すぎないものがよいのですが、わがままを言わず読みたいと思っています。初心者がおさえるべきサルトルの著作を勧めて頂けると幸いです。よろしくお願い致します

Aベストアンサー

サルトルの著作という事になると、
「嘔吐」「水入らず」「実存主義とは何か」は読んだのであれば、
次は戯曲を読んでみるのがよいと思います。
「蝿」「出口なし」「汚れた手」「悪魔と神」がさしあたりお勧めできます。
「悪魔と神」以外は新潮世界文学47「サルトル」の中に収録されています。
評論では岩波新書に収録されている「ユダヤ人」も読みやすいでしょう。

サルトルの実存主義は、彼自身の哲学理論から来ています。
実存主義とは何かは存在と無のある種の通俗化と取ることができます。
ですから、実存主義を深く理解しようとすると、サルトルの哲学的著作に
どこかでぶつからなければならないでしょう。
存在と無は哲学書の中ではかなり読みやすいほうだと私は思いますが、
それでも予備知識がない状態で読みこなすのはかなり困難です。
初期の哲学論文である自我の超越などは量的にも少なく、
論旨もわかりやすいのですが、やはり一定の哲学的予備知識
(以前の哲学理論をどうサルトルは受け止め、そしてどういう立場から
それを批判し、どう乗り越えようとしたのか)を知らないと辛いと思います。
ですので、哲学的分野に関しては、今回はサルトルの著作ではなく、
サルトル哲学の解説書としてよいと思うものを挙げます。

手に入れやすいものの中でまず挙げるとすれば、
「サルトル―失われた直接性をもとめて 」梅木 達郎著です。
NHK出版のシリーズ・哲学のエッセンスの一冊ですが、
存在と無の内容をコンパクトながら丁寧にまとめてあり、
まずお勧めできると思います。

清水書院人と思想シリーズの中の
「サルトル」村上 嘉隆著も、紙数の都合か若干駆け足ですが、
サルトルの著作を解説しながら生涯を伝記的に追っており、
読む価値はあると思います。

「同時代人サルトル」長谷川 宏著は、サルトルの解説もさることながら、
著者がサルトルをどう読み、どう時代と向き合ったかについても多く書かれています。
純粋な解説書とは言えませんが、全体を通して著者のサルトルに対する
共感があふれており、好著だと思います。講談社学芸文庫に収録されています。

「図解雑学 サルトル」永野 潤著はわかりやすいのですが、
簡潔にしすぎていて、内容的に物足りなさが残ります。
「90分でわかるサルトル」ポール ストラザーン著、
「サルトル」ドナルド・D. パルマー著も単純化しすぎに思います。

岩波新書の「サルトル―「人間」の思想の可能性」海老坂 武著と、
クセジュ文庫の「サルトル」アニー コーエン=ソラル著は、
サルトルが生きた時代状況と絡めての解説という趣が強く、
読む価値はじゅうぶんにあるのですが、
著作の詳細な解説という側面は薄くなっています。

古本屋へ行くこともいとわないのであれば、
「サルトル哲学序説」竹内 芳郎著がだんぜんお勧めです。
存在と無の解説として内容が充実しているのはもちろん、
叙述が生き生きとしかつ明快であり、
私が読んだ中ではこれを超える本はないと思います。
ぜひ入手してみてください。

以上、参考になれば幸いです。

サルトルの著作という事になると、
「嘔吐」「水入らず」「実存主義とは何か」は読んだのであれば、
次は戯曲を読んでみるのがよいと思います。
「蝿」「出口なし」「汚れた手」「悪魔と神」がさしあたりお勧めできます。
「悪魔と神」以外は新潮世界文学47「サルトル」の中に収録されています。
評論では岩波新書に収録されている「ユダヤ人」も読みやすいでしょう。

サルトルの実存主義は、彼自身の哲学理論から来ています。
実存主義とは何かは存在と無のある種の通俗化と取ることができます。
です...続きを読む

Q1966年にサルトルとフーコーが論争したことはポストモダン思想の歴史上

1966年にサルトルとフーコーが論争したことはポストモダン思想の歴史上重要なポイントだった、

みたいなことが本に書かれていたのですが、どういう内容の論争だったのでしょうか?

論争のことが書かれた本などはないですか?

Aベストアンサー

内容は知りません。
未見ですが、『ミシェル・フーコー思考集成 3 』
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480790231/
の「フーコー、サルトルに答える」が該当するのではないでしょうか。

目次を見ると、「プルースト宛書簡」なんかもあって、ずいぶんおもしろそうですね。読んでみよう。

参考URL:http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480790231/

Q【サルトルの実在主義】サルトルの実在主義ってどういうものですか? 簡単に分かりやすく説明してくださ

【サルトルの実在主義】サルトルの実在主義ってどういうものですか?

簡単に分かりやすく説明してください。

Aベストアンサー

椅子やテーブルとかの物は、最初に座るもの、物を置くものという役割が決まってから作られます。
それに対して人間は役割や性質が決まる前に「現実に存在」(実存)してから、自分の生きている意味を決めていくことになります。
これは人間には自由があるということと同時に、自分で決めていく責任があるというのが実存主義です。

Qサルトルの思想について教えてください

サルトルについてレポートを書くことになりました。
哲学は初心者で相談したところ間違った解釈でもかまわない。高度なものは望んでない、どう感じたのか知りたい。と言われました。
彼の生涯や著作(時間がないので読んではないのですが)を調べてみたのですが感じたことだけ書くとただの感想文になってしまい、レポートもあまり書いたことがないのでなかなか手につきません。

彼の思想について、何でもいいので教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

残念ですが、彼の著作を全く読んでいないのにアドバイスを
するのは結構難しいのです。
参考に、サルトルについて簡単にまとめた方のページ
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/8951/sartre1.html,http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0505/sin_k232.html 

2005年に岩波新書で出たサルトルの解説本(200ページぐらいですので最低限これぐらい読んでおけばただの感想文にはならないはずです)
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0505/sin_k232.html
を紹介しておきます。

参考ページにも書いてありますが、一時期日本の青年たちに大変
大きな影響を与えたいわゆる「実存主義」の哲学者ですが、
ハイデッガーとはちょっと違いますかね。

あとは、質問者さんのセンスしだいだと思います。
サルトルという哲学者の生きた時代がどのような時代だったか、
そしてマルクスやハイデッガーの後に生きる哲学者としての
彼の思想についてかければ内容はどんなものでも
レポートとしては問題ないと思いますよ。

残念ですが、彼の著作を全く読んでいないのにアドバイスを
するのは結構難しいのです。
参考に、サルトルについて簡単にまとめた方のページ
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Kouen/8951/sartre1.html,http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0505/sin_k232.html 

2005年に岩波新書で出たサルトルの解説本(200ページぐらいですので最低限これぐらい読んでおけばただの感想文にはならないはずです)
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0505/sin_k232.html
を紹介しておき...続きを読む

QJ.P.サルトルについて

サルトルについて、いま勉強してるのですが、独学な分、分かりづらい所が多々あります。優しくサルトルについて、教えていただけたら幸いです。
また、書籍やHPなども教えて、もらえると、なお嬉しいです。

Aベストアンサー

 
  ジャン・ポール・サルトルの何について勉強されているのかで話が違って来ます。まず、哲学者としては、「サルトルの実存主義」を唱えた人です。実存主義というのは、唱えた人ごとで随分内容が違うのです。「ハイデッガーの実存主義」「ヤスペルスの実存主義」では、互いに違いがあり過ぎます。
 
  基本的に実存主義は、「かけがえのないこの私の実存」というものを重視します。この場合の「実存」は、他の人と交換できない、「この私の現なる存在」で、例えば、私は女である、私は学生である、私は27歳である、わたしは北海道生まれである……などは、「私の実存の要素」ではあるが、それは私にとって「非本来的」である。(注:この「私」は、話の例で、わたしのことではありません。わたしは性別・年齢・職業など、公開していません)。
 
  非本来的というのは、そういう「女である」「学生である」「27歳である」「北海道生まれである」というような特性・性質は、そういう性質を他にも持っている人がいて、そういう部分は、他者と交換可能で、独自な唯一の「私の実存」の本来的要素ではないということです。西欧哲学で、こういう属性を「本質」とも云います。「私の実存が、私が何であるか=本質に先立つ」とは、こういう意味です。
 
  サルトルの場合、存在(etre)、無(neant)、即自(etre en-soi)、対自(etre pour-soi)、対他(etre pour-autrui)、また意識(conscience)、アンガージュマン(engagement)などの言葉が、その思想を理解するキーになります。わたしは、サルトルはよく知らないので、一般論になりますが。
 
  サルトルは、意識は対自、対他存在であって、常に対象を必要とするが故に、「無」であるとします。この場合、実質の存在としての実体がなく、機能として、対象を追求し求め、投企してゆく作用のなかに意識の存在はあり、それ故、意識は実体がなく、機能として「自由」であるが、「無」であるとなるのです。対象を求める作用は果てしなく、意識の自己実現というか、実存は充足されることがなく、意識であること、対自・対他存在であることは、完結のない無であり、「自由」は「呪い」であるとなります。
 
  即自存在(エートル・アンスワ)は、物質の存在などがそうで、何か対象に対して存在があるのではなく、意識ではないが故に、それ自身で充足しており、完成しているともされます。即自には、「自由の呪い」はないのです。
 
  即自こそ、存在であり、対自・対他は意識であって、意識は対象を求める過程・作用であって、存在として不完全で、無であるということになります。
 
  サルトルの小説に『嘔吐』というものがありますが、この「嘔吐」とは、意識は、常に対自(自己を意識し、自己を対象とする)であり対他(他者を意識し、他者を対象とする)であって、対象との関係にある「無」なのですが、「ものそれ自体」を考えていると、それは「即自」であり、そのような「存在のありよう」は、意識を超越しており、意識である「私」にとって、到底受容しがたく、生理的に反発を抱くことしかできないものであり、即自存在の「体験」は、まさに「嘔吐」を催させるものに他ならない、ということから、こういうタイトルが付いています。
 
  無である意識である「私」は、いかに自己の実存を充足できるか。サルトルは、対自・対他である意識は、社会的重要事項に「関与・参加(アンガージュマン)」することで、実存を実現できると考えました。社会参加を通じて、人は、ただの人一般から、独自な「その人の実存」へと到達できるというのです。サルトルは、このアンガージュマンの考えから、現代社会(サルトル当時の)では、参加するにたる価値ある社会運動は、マルクス主義しかないと主張し、マルクス主義に接近して行きます。
 
  思想家としては、一体何を主張しているのか、一貫性がないとも言えるのですが、それがサルトルの「実存主義」だということにもなります。
 
  サルトルの思想は、いまは人気がなく、それでも次のような本があるようです。(サルトルは、文学的実存主義のアルベール・カミュなどと対比されます。メルロー=ポンティとも当然親交がありますが、メルロー=ポンティの方が思想家として豊かであるような気がします)。
 
  >「サルトル―実存主義の根本思想」中公新書 124
  >矢内原 伊作 (著) 単行本 (1967/02/01) 中央公論新社
  >価格: ¥420
 
  >「ハイデガーとサルトルと詩人たち」NHKブックス
  >市倉 宏祐 (著) 単行本 (1997/10/01) 日本放送出版協会
  >価格: ¥1,120
 
  >「実存主義とは何か」
  >J‐P・サルトル (著), 伊吹 武彦 (翻訳) 単行本 (1996/02/01) 人文書院
  >価格: ¥1,900
 
  >「同時代人サルトル」講談社学術文庫
  >長谷川 宏 (著) 文庫 (2001/08/01) 講談社
  >価格: ¥1,100
 
  新書などで読んでみて、大体の輪郭を把握されることです。
  以下の『存在と無』はサルトルの主著ですが、わたしは読んだことはありませんし、随分本が高いです。この本で「存在」とか「無」と呼んでいるのが、先に述べた、即自や対自・対他です。
 
  >「存在と無〈上〉-現象学的存在論の試み」
  >J‐P サルトル (著), その他 単行本 (1999/05/01) 人文書院
  >価格: ¥7,600
 
  >「存在と無〈下〉-現象学的存在論の試み」
  >J‐P サルトル (著), その他 単行本 (1999/07/01) 人文書院
  >価格: ¥7,600
 

 
  ジャン・ポール・サルトルの何について勉強されているのかで話が違って来ます。まず、哲学者としては、「サルトルの実存主義」を唱えた人です。実存主義というのは、唱えた人ごとで随分内容が違うのです。「ハイデッガーの実存主義」「ヤスペルスの実存主義」では、互いに違いがあり過ぎます。
 
  基本的に実存主義は、「かけがえのないこの私の実存」というものを重視します。この場合の「実存」は、他の人と交換できない、「この私の現なる存在」で、例えば、私は女である、私は学生である、私は...続きを読む

Qニーチェ~ハイデガー~サルトルの思想的つながりは?

19世紀末にニイチェは、このプラトンのEssentia(本質存在)がExistentia(現実存在)に優位するという「プラトン主義」と「形而上学」をひっくり返し、西欧の2500年の「形而上学」の歴史に終止符を打ちました。

これを受け継いだのがハイデガーで、ハイデガーはデカルト以来の意識中心の、自我を出発点に取る近代哲学を放棄し、人間の事実存在(実存)に出発点にとる「実存哲学」を始めることになりますが、後期になるとサルトルの「実存主義」と区別するために、今度は人間を中心とする「実存哲学」から「転回」し、「存在」を中心とする「存在論」を展開しました。



という哲学の解説を読んで興味が湧きましたが、ところどころ分かりませんでした。

前半の、ニーチェが「プラトン主義」と「形而上学」をひっくり返した、とはどういうことでしょうか?

後半で、ハイデガーは自我を出発点に取る近代哲学を放棄し、人間の事実存在(実存)に出発点を取る「実存哲学」を始めた、とありますが、自我を出発点に取るのと実存に出発点を取るのとではどう違うのでしょうか?

サルトルと区別するために~とありますが、結局やってることがサルトルと似てきちゃった、ということですか?

ハイデガーは結局サルトルを超えるような仕事をしたんでしょうか?それともサルトルとは全然別の種類の分野に進んだ、ということですかね?

19世紀末にニイチェは、このプラトンのEssentia(本質存在)がExistentia(現実存在)に優位するという「プラトン主義」と「形而上学」をひっくり返し、西欧の2500年の「形而上学」の歴史に終止符を打ちました。

これを受け継いだのがハイデガーで、ハイデガーはデカルト以来の意識中心の、自我を出発点に取る近代哲学を放棄し、人間の事実存在(実存)に出発点にとる「実存哲学」を始めることになりますが、後期になるとサルトルの「実存主義」と区別するために、今度は人間を中心とする「実存哲学」から「転回」し...続きを読む

Aベストアンサー

 こんばんは。まず基本的な「データ」の誤りから修正していきます。
サルトルが『存在と無』を発表したのは1943年であり、ハイデガーが『存在と時間』を発表したのは1927年です。この部分で質問者の質問には基本的な誤解があります。
 齋藤信治や川原栄峰そして木田元、滝浦静雄等の説明によれば、ハイデガーはサルトルの著作を目にして烈火の如く怒ったとのエピソードも伝わっています。それは『存在と時間』のどこをどう読めば、あのような妙な焼き直しの文章になるのかとの理由があったとされています。
 ハイデガーは思索家であると同時に優れた哲学史家でもあり、それはニーチェの言葉を『ニーチェ-美と永劫回帰』『ニーチェ-ヨーロッパのあらゆる価値観の顚倒』に見られる、デカルト以前とデカルト以後の対比を通して見た「『存在』への問い」に表れています。
 サルトルが実存主義であるかとの問いには疑問視される見解もしばしばあり、必ずしも彼が実存主義者であるとはいいかねます。
 ご参考にすべきは、フッサールとハイデガーでありここにサルトルなどがつけいる余地は寸分などもありません。
 なお参考文献として、齋藤信治の『哲学初歩』あたりをお読みになることをお勧めします。

 こんばんは。まず基本的な「データ」の誤りから修正していきます。
サルトルが『存在と無』を発表したのは1943年であり、ハイデガーが『存在と時間』を発表したのは1927年です。この部分で質問者の質問には基本的な誤解があります。
 齋藤信治や川原栄峰そして木田元、滝浦静雄等の説明によれば、ハイデガーはサルトルの著作を目にして烈火の如く怒ったとのエピソードも伝わっています。それは『存在と時間』のどこをどう読めば、あのような妙な焼き直しの文章になるのかとの理由があったとされていま...続きを読む

Q黒のVANSスリッポンに合う服

黒のVANSスリッポンに合う服


黒スリッポンはどのような服に合わせた方がいいのでしょうか?


少し大きめの無地黒パーカー
白のロゴ入りTシャツ
紺のやや細めジーンズ
シャツはベルトに引っ掛けてベルトがパーカーの間から見えるように
少し腰パン気味
これにスリッポンはどうなんでしょうか?

Aベストアンサー

こんばんは!

ややボリュームのあるタイプの靴なので、お考えのコーディネート
+細めのジーンズよりは、9分丈くらいの少し短めのパンツを
合わせた方が、靴をより引き立たせてくれるはずですよ。

短め丈に抵抗がないなら、手始めにお手持ちのパンツの裾を少し
カット(補正)してもらうといいかもしれません。手軽だし安上がりです。

それか、少し大きめのパーカーに合わせてちょっとスケーター寄りの
ラフな感じとか。その場合パンツは太め~やや太めがおすすめです。

靴をしっかり強調させるか、ボトムと上手になじませてしまうか
そこがポイントになると思いますよ。

個人的な意見ですが、細め+腰パンにスリッポンだと
どうしても中途半端に見えてしまいます。

がんばってくださいね!

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む


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