2000年の10月とかにEUでの問題としてチョコレートに本物には印をつけるみたいなのがあったと思うのですがこのチョコレート戦争のことについて教えてください。

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A 回答 (1件)

この辺は参考になりますか.



チョコレート論争の始まりについて
http://tanakanews.com/971027choco.htm

チョコレート論争の解決について
http://www.jetro.go.jp/ove/sap/business/trade/33 …
    • good
    • 0
この回答へのお礼

ありがとうございました。参考になりました。じゃあ、まだこれは解決してないってことですよね?

お礼日時:2002/01/22 16:24

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Qカカオの配合率が多い方が?

こんにちは。


甘いもの大好きな女子高生です。


ダイエット中なのですが

朝は板チョコ3分の1は
食べていい

という私ルールなんです。


ダイエット中にチョコ!?
やめろ!

と思われるかもしれませんが
言わないで下さいm(_ _)m


そこでチョコについて調べましたが、カカオ70%以上が
良い(まし?)とのことで…


しかし板チョコだと

ミルクチョコレート
ブラックチョコレート

どちらがましですか?

いっぱいでなく
適量食べます。
今朝はギャバ4粒食べましたが。


中傷はやめて下さい。
皆様回答お願いします…!

Aベストアンサー

 ダイエット中とのことなのでカロリーの観点から言えば、純粋の脂(油)のカロリーがダントツ(1グラムあたり9kcal)で、それに次ぐのがナッツ類(1グラムあたり5.7kcal~7.6kcal)です。チョコレートなどの甘いものはカロリーが高いのですが、アーモンドチョコ、ピーナッツチョコ、カカオチョコのカロリーは最悪になります。概して美味しいものほどカロリーは高い、と思っておけばよろしい。
 私(ダイエットの食生活を6年近くも続けています)なら、カロリー表示を見てグラムあたりのカロリーがいちばん低いものを選びます。

Q個人墓が爆発的に拡大しているそうです。 昔は○○家の墓という一族で入るお墓から、戦争とか出稼ぎとかで

個人墓が爆発的に拡大しているそうです。

昔は○○家の墓という一族で入るお墓から、戦争とか出稼ぎとかで地元を離れて自分と子供のお墓として家族のお墓を一族の家系のお墓から独立して建てるように一族のお墓から家族のお墓になって家族のお墓にも入らずに家族の親が建てたお墓ではなくまた新たに自分のお墓を建てる高齢者が増えているそうです。

旦那の実家の家族が入っているお墓に一緒に入りたくないという女の人が個人墓を夫のお墓とは別に建てるのが多いそうで、旦那の実家の家族と一緒に入りたくないが自分の実家のお墓に入れてくれと言うのも言いづらいので自分の好きなようにデザインしたお墓に維持管理費を先払いで支払っていく人が多いらしい。

子供はお父さんの実家のお墓参りとお母さんの個人墓の2つに参りしてるけど、お父さんが一族の本家のお墓参りをしなくなったように、子供の子供はおじいちゃんのお墓参りを止めるのか、おばあちゃんの個人墓のお墓参りを止めるのか両方とも行かなくなるのかわからないらしい。

孫が東京でまた自分たちのお墓を作ったら、完全に本家のお墓とお父さんの実家のお墓とお母さんの個人墓のお参りには行かなくなると思われる。

お墓が負債というか無縁化していって墓地だと無縁墓は引っこ抜かれて墓石は供養されて山住みされて、印字面を削って再利用される。

骨壺はどうするのかは分からない。

お墓が分散化されて個人1人に一個のお墓の世界になってきているのは間違いない。

これって個人墓の時代のお墓の概念はいまと変わりそう。

創価学会はお墓を複数持ちましょうって言った責任は感じているのだろうか?

個人墓の普及で無縁墓が増加して墓石がゴミ化しているのだが。

個人墓が爆発的に拡大しているそうです。

昔は○○家の墓という一族で入るお墓から、戦争とか出稼ぎとかで地元を離れて自分と子供のお墓として家族のお墓を一族の家系のお墓から独立して建てるように一族のお墓から家族のお墓になって家族のお墓にも入らずに家族の親が建てたお墓ではなくまた新たに自分のお墓を建てる高齢者が増えているそうです。

旦那の実家の家族が入っているお墓に一緒に入りたくないという女の人が個人墓を夫のお墓とは別に建てるのが多いそうで、旦那の実家の家族と一緒に入りたくないが自...続きを読む

Aベストアンサー

うん、本当ですよね。

ゆえに、というか、当然の帰結なんだけど「樹木葬」とか「共同墓」を選択する人も多い。
埋葬に関しては、昔ならば「墓地」はあったけど、そこに樽詰めされた遺体を運んで、穴を掘って埋めるだけでしたからね。
だから墓石なんかも、主な役割は「目印」くらいだったんでしょうね。
それが肥大化し始めた。
墓石が巨大化し、お寺も墓地の「割り振り」を始めて、一族の墓としての役割を持たせるようになった。
それがさらに細分化していったのが昨今で、まるで建売住宅のようです。

個人墓の問題は、そう遠くないうちに転換を余儀なくされるでしょう。
高齢化と少子化は変わることはありませんので、無縁墓は爆発的に増え続け、寺も今までと同じ対応は出来なくなりますから、墓地そのものを減らす方向に傾くと思います。
もしくは、全く「別の場所」に共同墓や樹木墓を集めた「墓地公園」を建設し、読経なども省く方向での経営になると思います。

人間関係が希薄になってきたわけですから、当然、法要の回数などもミニマム化し、寺の存続が窮地に陥るのは目に見えています。
今は過渡期といったところです。

うん、本当ですよね。

ゆえに、というか、当然の帰結なんだけど「樹木葬」とか「共同墓」を選択する人も多い。
埋葬に関しては、昔ならば「墓地」はあったけど、そこに樽詰めされた遺体を運んで、穴を掘って埋めるだけでしたからね。
だから墓石なんかも、主な役割は「目印」くらいだったんでしょうね。
それが肥大化し始めた。
墓石が巨大化し、お寺も墓地の「割り振り」を始めて、一族の墓としての役割を持たせるようになった。
それがさらに細分化していったのが昨今で、まるで建売住宅のようです。

個人墓の...続きを読む

Qニキビが多いんです。

私はおでこ・頬にニキビがあります。
ニキビ用の洗顔で毎日2回洗顔しています。
早く治したかったので皮膚科に行って塗り薬をもらいました。
それも毎日2回塗っているのですが、なかなか治りません。
それどころか増えているような気がします。
チョコレートは好きで良く食べますが、
ニキビと直接は関係がないと聞いたことがあります。
どうすればニキビ治りますかね…?
今私は中学3年生のそういう時期でしょうがないんでしょうか...
でも、ニキビ治して綺麗な肌になりたいんです!!
回答&アドバイスお願いします。

Aベストアンサー

こんにちは。
元、エステティシャンです。

ニキビで悩んで通ってた方、多かったです。

しかし、みなさんお顔のお手入れのことは気にするのに、食べ物ってわりと無頓着なんです。

お手入れしても良くならない方で多いのは、やはり食べ物です。

ためしに、次の施術のときまでに、食べたものをノートに書いてきてもらったら食生活がすごく乱れていた・・・なんてめずらしくありません。

チョコレートもそうです。
全然よくならなかったお客様でチョコレートがやめられない・・・って方いました。
結局この方はチョコはやめられないので、施術でよくなる分で満足する・・・って方でしたが。

また、精神的にも安定してないと肌にでます。
美容界では、肌に大切なのは「お手入れ、食べ物、精神の安定」というのは常識です。

それと、maya114さんのお母様は思春期の時、にきびに悩んでいたようなこと、あったのでしょうか?
あったとしたら、遺伝的なこともあると思いますよ。
この要素もあてはまるなら、ニキビが治まるのも似た時期に治まるかもしれません。

また、他にできることは、寝具もキレイにしておくとか。
ピロケースやかけ布団の顔に当たる部分を常に清潔にしておく。これも結構きくと思います。

少しでもお役に立てればと思い、レスしました。
よくなるといいですね。

こんにちは。
元、エステティシャンです。

ニキビで悩んで通ってた方、多かったです。

しかし、みなさんお顔のお手入れのことは気にするのに、食べ物ってわりと無頓着なんです。

お手入れしても良くならない方で多いのは、やはり食べ物です。

ためしに、次の施術のときまでに、食べたものをノートに書いてきてもらったら食生活がすごく乱れていた・・・なんてめずらしくありません。

チョコレートもそうです。
全然よくならなかったお客様でチョコレートがやめられない・・・って方いました。
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Q自存自衛の戦争【太平洋戦争】

経済制裁もハルノートも、柳条溝以降の日本の中国侵略に対する欧米からの数々の警告を無視しつづけた結果だと思います。つまり封鎖されるべくして経済封鎖され、突きつけられるべくしてハルノートを突きつけられたのに、なぜ自存自衛だったといえるのでしょうか。

Aベストアンサー

thisaway さんの言わんとするところは正鵠を得ていると、私も思いますよ。
なぜなら、米国と戦争すれば、日本の自存自衛もあり得なかったからです。実際に1941年夏(真珠湾攻撃前)、日本の若手エリートを結集した「総力戦研究所」(内閣直属の機関)は、「日本必敗、(米国と)戦うべからず」という秘密報告書を出しています。日米の国力差を冷静に考えれば、当時の日本人にとっても明らかでした。
つまり、「自存自衛のため」と称して真珠湾攻撃に踏み切ったのは、自己矛盾にほかならないということです。「やってみなければ分からない」と言ってる場合ではありません。

従って、thisaway さんのおっしゃるように、ハルノートを突きつけられる前に、日本は対外政策を転換するべきでした。「歴史に if はない」とは言いますが、「欧米からの数々の警告を無視しつづけ」、事態がハルノート(日本にとって飲めない条件)に至った後では、遅かったのです。

「自衛戦争か、侵略戦争か」がクリティカルな(決定的な)意味を持つ理由は、第二次大戦当時、すでに(自衛戦争以外の)戦争は違法だったからです。
不戦条約(戦争放棄に関する条約。1928年パリで調印、日本も参加)により、戦争は非合法化されました。同条約と国際連盟規約(1919年締結)により、従来の戦争観(戦争は国家の権利、宣戦布告すれば戦争するのは自由)は制限を受けるようになりました(なお、同条約は期限の定めがなく、今日も効力を有しており、約60の国が当事国となっている)。
しかし、その後の歴史を見るまでもなく、この条約の実効性は疑わしいものでした。条約参加国の多くが自衛戦争の権利を留保したし、違反に対する制裁規定もなかったからです。いわば同条約は「ザル法」でしたが、それでも、それ以後戦争をする国は、周到に「自衛戦争」を自称するのが常でした。

つまり、「すべての戦争は当事国にとって自衛戦争」という、詭弁競争の状況になったのです。そういう経緯がありますから、「日中戦争も日米戦争も、日本にとって自衛戦争」と主張するような輩(やから)と、議論しても無駄でしょう。ややこしいことを言えば、侵略戦争の中にも自衛戦争の要素はありますし。
それよりも、次の冷徹な認識が重要です。
「米国と戦争すれば日本必敗。日本の自存自衛は図れない。つまり、米国相手の自衛戦争はあり得なかった。そこまで追い込まれる前に、対外政策を転換しなければならなかった」

ただし、この論理だけでは、日中戦争を自衛戦争と言い募る余地が残ってしまいます。もちろん私は、中国に対する侵略だったと思っていますが、いまだに反省しない連中と論争するまでもなく、「自存自衛を不可能にしていく自衛戦争は、自己矛盾。日中戦争も日米戦争もそうだった」と述べておきます。


【マッカーサーの上院証言について】
マッカーサー証言をコピペ(コピー&ペースト)しても、その意味が分かってない人がいるようです(No.1回答でしょうか)。どんな質問に対する証言だったのか、確認しておこうとは思わないんでしょうか? 長文ですが引用します。

対訳 マッカーサー証言(1951年5月3日、米上院軍事外交合同委員会)
http://www.chukai.ne.jp/~masago/macar.html
(ヒッケンルーパー上院議員)
5番目の質問です。赤色中国に関する海と空からの封鎖という貴官の提案は、太平洋において米国が日本に勝利を収めた際の戦略と同じではありませんか。
(マッカーサー将軍)
そうです。
太平洋では、米国は日本を迂回しました。そして閉じ込めたのです。
日本が抱える八千万人に近い膨大な人口は、四つの島に詰め込まれていたということをご理解いただく必要があります。そのおよそ半分は農業人口であり、残りの半分は工業に従事していました。潜在的に、日本における予備労働力は、量的にも質的にも、私が知る限りどこにも劣らぬ優れたものです。いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。
このように膨大な労働能力が存在するということは、彼らには、何か働くための対象が必要なことを意味しました。彼らは、工場を建設し、労働力を抱えていましたが、基本資材を保有していませんでした。日本には、蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。彼らには、綿が無く、羊毛が無く、石油製品が無く、スズが無く、ゴムが無く、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。
これらの供給が断たれた場合には、日本では、一千万人から一千二百万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。
Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです。
(引用終り)

長々とコピペしました。
マッカーサーがこの証言を行った1951年5月は、朝鮮戦争で「中国に原爆を落とせ」と主張し、トルーマンに解任された後のことです。
ヒッケンルーパー上院議員の質問と照らし合わせ、マッカーサーの代弁を勝手にしてみると、次のようになるでしょう。

「中共を封鎖しろ。太平洋戦争前に日本を経済封鎖したように。あの戦略は成功だった。封鎖された日本は、自らの security の必要に迫られ、戦争に打って出た。そこを我々が撃滅したのだ。(中国と日本は資源の有無など状況が異なるにせよ、)中共を封鎖せよ。奴らは(ジリ貧に陥るか、)勝てない戦争に打って出てくるだろう。(日本と同じ罠にはめろ)」

マッカーサーは、一見日本に同情しているようで、実は日本を見下しているんですよ。分かりきった話です。
鬼畜米英が合言葉だった日本人は、敗戦後、掌を返すように占領軍(進駐軍)に擦り寄り、おべっかを使いました。マッカーサー宛に、おびただしい日本語のファンレターが届いたそうです。
そのギブミーチョコレート根性が、いまだに抜けないんでしょうね。「あの元帥様が、自衛戦争と認めてくださった!」と、虫のいい解釈に浸っているわけですか?
麾下の将兵を幾千万と殺されつつ、容赦なき大戦を戦い抜いた闘将マッカーサーが、いくら御役御免になった後でも、「日本が行った戦争は侵略戦争ではなく自衛戦争」と認めるはずがありませんよ。そういう、まともな解釈力が働かないんでしょうか。

付け加えておくと、このマッカーサー証言を「発掘」して世に喧伝したのは、田中正明、渡部昇一、小堀桂一郎という、お決まりの怪紳士の面々です。
http://members.jcom.home.ne.jp/t-masami/zakki-02-7-12/hp-02-08-20.html
> この話は昭和47年発行の『日本無罪論』で田中正明先生が
> 言ってられたのですが、聞くと、原典と突き合せてないということで、
> 渡部昇一さんと話合って原典を突き止めることになり、ニューヨーク・
> タイムズに記事が出ていることが窺え、そこで現物を学生に
> 探してもらうと見付かりました。
> 東京裁判を開くための条例を制定した最高責任者マッカーサー自身が
>「侵略戦争でなく自衛戦争だった」と証言です。どんどん使って
> 宣伝しようと渡部さんと喜び合ったものです。

thisaway さんの言わんとするところは正鵠を得ていると、私も思いますよ。
なぜなら、米国と戦争すれば、日本の自存自衛もあり得なかったからです。実際に1941年夏(真珠湾攻撃前)、日本の若手エリートを結集した「総力戦研究所」(内閣直属の機関)は、「日本必敗、(米国と)戦うべからず」という秘密報告書を出しています。日米の国力差を冷静に考えれば、当時の日本人にとっても明らかでした。
つまり、「自存自衛のため」と称して真珠湾攻撃に踏み切ったのは、自己矛盾にほかならないということです。...続きを読む

Q好き嫌いが多い彼へのBDケーキについて。

つきあって4年の彼がもうすぐ誕生日で
今年も、毎年恒例の手作りケーキを作る予定です。
でも毎回BDもVDもクリスマスもケーキを作ってるので
いい加減ケーキのネタがありません(><)help!

チョコレートが大好きなのでチョコケーキにしようと
思ってますが、デコレーションが悩みの種。。。
彼は嫌いなものが多く、デコレーションにもってこいの
いちご類、バナナ、というかフルーツ系が好かないみたいで
サクランボは大丈夫みたいですが、、、
とっても困ってます。。

生クリームよりもザッハトルテみたいなのがお好みで
でもあたしは可愛くデコレーションしたいのです!

かといってデコペンだけ使うのもしょぼいし
どうにか下の写真のように色のあるかわいいデコを
作れないでしょうか。。。
http://yaplog.jp/kingyo8/archive/1118

かわいい!!!

アドバイスよろしくお願いします(><)

Aベストアンサー

こんにちは。パティシィエです。
彼氏様がザッハトルテがお好きなら
ザッハトルテにサイトにあった可愛い苺と生クリームを
飾ったらいかがでしょうか?

たしかにザッハトルテは、苺を飾りませんが
特別 ルールがあるわけでないので気にする必要がないと思います。
お菓子作りは、もっと自由であっていいと思うのです。

彼氏様が好きなケーキが一番 喜んでもらえる気がするのです。

で彼氏様が苺を好きでないのなら その苺の飾りだけを
ご質問者様が食べたらいかがですか?
少なくともザッハトルテと生クリームは、とても相性がいいです。

やがてくる誕生日が素敵な思い出の一日となるよう祈っていますね。
ジルより

Q日中戦争は侵略戦争か

日本は中国を侵略したと云います。ではそのメリットとは何でしょうか。石油があったわけでもない、戦艦や戦闘機を作る必要もない、陸軍省「5ヵ年計画」も対ソ連戦争を目的にしたものでした。それゆえ石原莞爾も永田鉄山も日中戦争には反対だった(そんな事してる場合じゃないと)。そこで日中戦争を侵略だという人にお聞ききしたい。日本は、誰が何のために中国を侵略したのでしょうか。果たしてその人物は、日中戦をどう着地させようと企んだのか、よろしく教えたまわれかし。

Aベストアンサー

 当時の日本は、外交を担当している内閣と軍は同格の存在(統帥権の独立)で、内閣の意向を無視し、日本にある軍参謀本部の指示も無視して、現地日本軍指揮官・参謀が戦線を拡大してしまったので、開戦時に着地点を考えて開始したとは思えません。現地日本軍には、中国政府と交渉する窓口がありませんから。
 圧倒的に勝ってしまえば、中国政府と日本政府の間で、日本に有利な戦争終結になるはず程度の思惑であったのでしょう。

 しかし、満州のように、中国政府から半独立の地域(張作霖の息子の張学良の支配地同然)とは異なり、日華事変による日本の進軍地域は、中国の中心部に近く、中国側が停戦できるような自然・社会的ラインが存在していませんから、現実を踏まえて具体的ラインを想定していたとは考えられません。

・具体的に・・・細かく長くなりますが・・・
 満州事変と支那事変(日華事変・日中戦争)は、ある点で性格を全く異にしています。

<日本の政権構造と満州事変・日華事変・太平洋戦争(=対米戦争)の詳細経緯>

 戦前の政治体制では、軍(皇軍=天皇の軍隊。陸軍=参謀本部、海軍=軍令部)と内閣(=行政府)は同格の存在として、天皇の下に並立しています。(統帥権の独立)
 明治・大正時代までは、枢密院が天皇の補佐として実質的に日本の政治・軍事を統括した国政の主導機関として機能していましたから、並立する軍・内閣を統合するシステムが存在・機能していました。

 ところが、昭和になると枢密院の権威の低下と(枢密院は事実上、その構成員の個人的力によって動いていました。明治時代の枢密院のメンバーは、明治維新の立役者であり、倒幕軍の指揮官を経て新政府の高官となった人が多く、軍・政両方に幅広い人脈を持ち、両者を統括する力を持っていました。)、天皇自身のリベラルな考え方(美濃部達吉の天皇機関説とほぼ同じ考えを持っており、御前会議では、ほとんど異議を唱えませんでした。例外は2・26事件と終戦の決断の二つといわれています。)の結果、軍と行政を統合した国際的視野を持った政治判断が失われてていきます。

 この、政治=外交と軍事を統合する視野を欠いたまま、満州事変・支那事変(日華事変・日中戦争)が起こっていきます。
 ですから、中国本土への介入が日本と言う国家にプラスかと言う国家としての戦略的判断なしに、支那事変が起こり継続されたと考えています。

・満州事変
 「石原莞爾」という特異な才能の元で、演出されました。

 上に述べたような政治状況の中で、政府・参謀本部ともに「満州では、張学良と極力事を構えない。」方針でした。(満州の軍閥、張学良の兵力は、満州に駐留している日本軍の10倍あるといわれていたからです。)
 ところが、満州派遣日本軍(=関東軍)の参謀であった石原莞爾・板垣征四郎が、この方針を無視して軍事行動を起こし、張学良軍を電撃作戦で圧倒、軍事作戦としては大成功をおさめ、満州を占領してしまったのです。
 この大戦果に、参謀本部・日本政府ともに関東軍の軍事行動を追認し、満州国建国に至ったのです。(ここまでは、石原莞爾の戦略通りの展開となりました。)

 その結果、石原は陸軍同期の中で最も早く大佐となり、陸軍内部で「軍参謀は中央の方針に反しても、作戦で戦果を挙げれば、出世する。」という認識が生まれることとなりました。

 石原莞爾は、満州を取って「日本・朝鮮・台湾・満州を日本の経済圏として開発することに専念すれば、アメリカに対抗できる。」との見方を持っており、そのための戦略として、満州を勢力下に置いた後は、他国との軍事衝突は外交力を総動員して回避し、軍事費を抑え経済開発に専念するというものでした。

 日本は、当時一等国と呼ばれたイギリス・アメリカ・フランスに比べて支配地域が遥かに小さいため、イギリスなどのように植民地を未開発のまま薄く搾取する政策を取るのでは、これらの国に対抗できませんでした。
 そのため、支配民族のレベル向上による独立運動激化のリスクを知りつつも、占領地を徹底的に開発して国力向上を目指しました。

 国際連盟では、リットン調査団の報告にもかかわらず、常任理事国である日本の行動を容認する意見も強く(第一次大戦後の国際的な厭戦気分が影響しています。当初、ドイツもこの傾向を利用して、英・仏と戦うことなく国土の拡大を行ないました。)、石原莞爾の思惑通り事態は進むかと思えました。
 ところが、国際連盟で討議している最中に、日本軍が満州から中国に侵攻を開始(熱河作戦)し、面子をつぶされた国際連盟の諸国の態度が一変します。 

<理由>
 第一次世界大戦後の世界平和の空気の中で、「中国に関する9カ国条約」1922年が結ばれ、(列強がヨーロッパの戦線に全力を傾けていた隙に日本が対華21カ条の要求をしたことが遠因)
 中国の門戸開放
 列強の中国に対する機会均等
 中国の国家としての主権尊重の原則
が確認されました。
 この条約に対する日本の違反に対して、『満州は中国ではない』という論理が、一応成立する余地があり、満州族の清朝皇帝溥儀を擁立しました。
 ところが、熱河作戦の地域は、山海関を越えていて満州ではありません。

・支那事変(日華事変・日中戦争)
 石原莞爾は、1937年の日中戦争開始時には参謀本部作戦部長となり、内蒙古での戦線拡大(熱河作戦以後)に作戦本部長として、中央の統制に服するよう現地にまで出かけていって現地軍指揮官の説得に勤めましたが、かえって現地参謀であった武藤章に「石原閣下が満州事変当時にされた行動を見習っている」と嘲笑される結果となりました。
 戦線が泥沼化することを予見して、石原は不拡大方針を唱え戦線の拡大を抑えようとしましたが、当時関東軍司令長官東條英機ら陸軍中枢と対立し、1937年9月には参謀本部から関東軍に左遷され、支那事変は継続していきます。

 日中戦争を開始した中国派遣軍参謀を評して、石原は「鵜の真似をする烏」と言ったらしのですが、過去の自分の行動が影響を与え、石原の戦略は崩壊することとなって行きます。

・満州事変の性格と支那事変の性格
 高校の日本史の資料・年表程度のものに目を通せば、その実態が分かります。

 満州事変(1931年)当時の日本陸軍の総兵力は45万程度で、「電撃戦での勝利」であったため、兵力・日本経済には大きな影響を与えていません。

 支那事変が、1937年7月に起こり、在留邦人保護と言う名目で継続され、1941年12月には、真珠湾攻撃を行い、アメリカとの戦いに入っていくのですが、それらの時点での主な統計数字を見れば実態が見えてきます。

 真珠湾攻撃をする直前の、日本本土・満州・中国大陸にある兵力は約190万(支那事変後に急激に増え、満州事変前の4倍になっています。参考:現在の日本=人口12000万の陸上自衛隊約16万、中国=人口13億の人民解放軍陸上兵力170万{誤差は大きいかもしれません}程度。)は、とんでもない数字なのです。
(陸軍兵力の急膨張で、士官学校出身の職業軍人は平時にはありえないような出世をどんどんしていったため、陸軍内部に日華事変の停止・撤退を望む声が盛り上がることはありませんでした。)
 対米、南方作戦のために、その後も更に兵員の数だけは増えていき、終戦時には、更に増え650万だったそうです。女性・子供・老人を除外した成年男子に対する軍人の割合を考えれば、国家経済が維持できるはずもありません。

 これだけの兵士を、生産を行わない「軍人」として動員したため、日本の戦前の各種工業生産力は1937年をピークに減少・横ばいを始めます。
 さらに、1938年には国家総動員法・1940年には食料の配給制が国内で始まります。

 アメリカとの戦いを始める以前に、中国との泥沼の戦争で、国力の大きな消耗が起き、顕著に国民生活を圧迫しているのです。

 政治が「軍」をコントロールしていれば、工業生産力を低下させてまで長期に戦いを続けることは考えられません。国益に明らかに反していて、無意味な消耗ですから。

 そして、中国側の焦土戦術(決戦をしないでどんどん内陸部に主力を後退させる戦略)によって、 中国側は「負けなければ勝ち」なのに対し、日本側は「勝たなければ負け」という、抗戦側の理論と侵攻側の理論のギャップで、戦闘を中止して撤退すれば『負け』という状況となっていました。
 
 『負け』ないためには、戦い続けるほかに方法はなく、アメリカから石油禁輸をされた日本(当時の日本産業の動力源は石炭。輸入石油の半分は軍が艦船・飛行機・車両の燃料として消費していました。)は、結局、中国からの撤退か、西太平洋の制海権を手に入れて、オランダ(既にドイツによって占領され、独立国家として機能していませんでした)の支配する領インドシナの石油を手に入れるかの選択となったのです。

付記:第二次世界大戦時の日本軍の人権問題について
 戦場では弱者に被害が続出します。特に補給能力が低かった日本軍の場合、アメリカ軍と日本軍が対峙した太平洋の島々では、弱者である日本兵に餓死・病死が続出しました。日本軍・中国軍と中国民間人が混在した中国戦線では、弱者である中国民間人に被害が続出しました。

 当時の日本は、外交を担当している内閣と軍は同格の存在(統帥権の独立)で、内閣の意向を無視し、日本にある軍参謀本部の指示も無視して、現地日本軍指揮官・参謀が戦線を拡大してしまったので、開戦時に着地点を考えて開始したとは思えません。現地日本軍には、中国政府と交渉する窓口がありませんから。
 圧倒的に勝ってしまえば、中国政府と日本政府の間で、日本に有利な戦争終結になるはず程度の思惑であったのでしょう。

 しかし、満州のように、中国政府から半独立の地域(張作霖の息子の張学良の...続きを読む

Q鉄欠乏性貧血と診断されました。美味しくて鉄分の多い食事を教えて下さい。

身体が怠いので、掛かりつけ内科に行って血液検査をしたところ、ヘモグロビンの値が11以上なくてはいけないのに、6.8しかなく、医師に「このままだったら心不全起こすよ」と言われて、1週間は朝、夕の2回1錠の鉄剤のフェロミアと胃薬のセルベックスを服用しています。

薬以外でも食事から鉄分を摂取しようと心がけているのですが、レバーが嫌いで、チーズも乳製品のアレルギーで食べられず。ほうれん草や海藻類を食べていますが、飽き性なので、毎日、同じオカズが続くと嫌になってしまいます。

飲み物も緑茶、コーヒー、紅茶、コーラなどカフェインやタンニンが多い飲み物は控えています。

今は、ほうじ茶を飲んでいます。

スナック菓子やチョコレート類も良くない聞き、食べていませんが、貧血を改善するには、我慢をするしかないのでしょうか?

血合いの多い魚、海藻類を食べ続けるしかないのでしょうか?

Aベストアンサー

医師のアドバイスですが、バランスの良い食事を摂っていたら、スナック類や炭酸ジュースは食べてもいいと言われました。(あまり沢山はいけませんが)鉄剤は水で服用する様に
言われました。後、肉類にも鉄分は多く含まれているそうです。

Q太平洋戦争はやはり自衛戦争だった

太平洋戦争はやはり自衛戦争だったと最近確信するようになりました。


あらかじめお断りしておきますが、僕は歴史に関してはド素人です。初めは学校で習った通り日本は悪の帝国で侵略戦争を仕でかしたと普通に思ってました。


しかし、元はと言えば、アメリカが国際連盟設立時に人種差別を目論んだり、その後排日移民法を制定して日本に敵意を剥き出しにしたり、更に経済封鎖をしたりして日本を追い詰めていった事を考えると、完全にアメリカが仕掛けた戦争だったとしか思えなくなりました。


マッカーサーも戦後、米議会で「あれは日本の自衛戦争だった」と証言したくらいですから、議論の余地はないと思います。僕のこの結論に間違いはありませんか?

Aベストアンサー

まず、個別の事例(人種差別や排日政策や敗戦やどちらから始めたか、避けられなかったのか)を否定しても、大東亜戦争が自衛戦争であったことの否定にはなりません。
(それらと全く関係がない自衛戦争であったという可能性もありえます。)

この問題では、↓のような意見がよくでますが、それらは今回の質問とは関係のない事だと思います。

避けられなかったか?という意見については、何故か同様にアメリカにも言っている意見を聞いたことがありません。(そういう意見の方は、相手がどのような横暴であっても、日本だけは可能な限り誠実に対応するのが当たり前だと思っているようです)

「勝てば官軍」とか嘯いている人は、国際法に無知であり戦争に言及する資格がないと思います。

自分と違うアメリカの行為への評価を「陰謀論」として、それを否定してみせることで対日政策自体を正当化する意見もよく見られますが、陰謀以前に中立国としての義務を逸脱している事を語った意見はないようです。
(事実にあからさまな嘘を混ぜることで、全てを嘘だと誤認させるのは詐欺師の常套手段です)


>僕のこの結論に間違いはありませんか?

質問者の「結論」と質問の焦点が「大東亜戦争は自衛の為の戦争だった」ということだとしたら、総論としてはそうだと思います。

しかし、「大東亜戦争は自衛の為の戦争だった」というのは、「日本は無罪である」と言うのと同じであるので、証明は不可能に近いと思います。(ヒント:悪魔の証明)
そもそも、「大東亜戦争は自衛の為の戦争だった」という主張自体が、連合国の「侵略戦争だった」という主張への反論です。

なので、自衛戦争であることの証明ではなく、(不可能ですし)侵略戦争であることを否定すればOKです。
そして、本来は「侵略戦争である」と主張する側がその証拠を出す義務があるのですが、この質問は立場が逆になっているので、よくある主張(他国の領内に行って戦闘をした=侵略である)について説明します。

私の考えは、
【当時は、日本軍の行為を侵略と断定できる国際法の条文はありません】
ということです。

この場合、侵略の定義(=どのような行為か)が問題になります。
私は、時代と人の数だけある正義感とやらでそれを考えたり、全てを知っている(と思っている)現代人の立場から、過去の暗中模索で苦悩していた当事者の行為を評価して愚かと嗤って、ごりっぱな人間 を気取る趣味はありません。

当時の国際法では侵略の定義は明確ではありませんでした。

侵略戦争が国際法で違法とされたのは、WW1後のパリ条約によるものですが、
その条約では加盟国の様々な事情で、侵略か否かの決定が

【当事国の裁量権に任せる】

となっており、これでは当事国が 「私は侵略をしました」 と言わない限り侵略にはなりません。

しかし、それでも侵略が違法となった以上、正当な戦争の条件である「自衛権」も問題になりましたが、
当時のアメリカは、↓のように言っています。

【この条約は自衛権を制限するものではなく、その内容と範囲は各国が判定できる】
【当事国が決定するものであり、その自衛の範囲は海外への軍隊の配備まで含む】

↑は、他国に軍隊を出して戦闘を行っても、侵略の十分条件にはならないということで、
侵略の定義など存在しないのと同じであり、事実上ザル法です。



当時の北東アジアの情勢ですが、
よく勘違いしている方がいますが、↓のような状態で当時の満州の領有権は確立していません。

日清戦争で日本は遼東半島を獲得しましたが、その後三国干渉によって返還させられています。
その後、ロシアは義和団事件に乗じて満州を占領したため、日露戦争がおこります。

日本は日露戦争の勝利により、ロシアから満州鉄道を譲り受け、旅順、大連の租借権を得ました。
同時に、これらの防衛や現地邦人保護のため、満州へ軍隊を置く権利も得ています。
(当時の満州は、清国の政策に拠って住人のいない空白地帯で、更にモンゴルの領有権は中国ソ連も主張しており、日本は国防上の理由から満州を放置できませんでした。)

↑のように日本は、南満州の特殊権益は国際的に認められていました。
アメリカも1917年の「石井・ランシング協定」により、これを認めています。

満州鉄道に関しては、行き違いからアメリカが経営に参加できず、それが反日の一因となっていることは事実ですが、その後の反日政策(中国への支援や資源の禁輸)自体は、後述するように戦争行為であり、それに対抗した日本の行為は自衛であると思います。

一方で、当時の中国は清が滅亡し複数の政権(馬賊や地方軍閥など)が争っている内乱状態で、彼等にはまともな行政・司法・警察等の能力は無く、国際条約の知識や理解も薄く、それらの遵守は期待できませんでした。(実際何度も一方的に破棄されています。)
当時の中国領には多くの国が投資しており、在中外国人(日本人も含む)も多かった為に、日本政府は彼等の保護を中国に要請してもいました。

中国の軍閥政権は大陸の日本領内にも侵入して、破壊活動やテロなどの挑発を行っており、現場の緊張は極限状態に達していました。
当然治安も悪く、テロも多発しており、日本人の大尉が中国兵に惨殺される事件も起きています。
これらの結果、現地の部隊が暴発し、独断行動による戦闘が発生してしまい、それが満州事変に発展します。

これを侵略とするなら、その原因となった中国軍の行為も侵略であるはずです。

満州の領土化は、以上のように国防上の為のものでありましたが、
同時に南満州鉄道を守る為でもありました。
満州事変以前の国境線のまま中国と接した場合、テロや破壊活動を阻止できませんでした。

その後、満州国は日本が治安を維持した為に各地から人口が流入し繁栄した為に、再びそれを狙った中国によるテロ活動が起りました。
日本軍は前回と同様、領土内で対応していましたが、そうすると彼らは中国内に逃げて、その後また侵入して同じ事を繰り返しました。
日本は中国奥地にある彼等の本拠地(南京、重慶)を叩かなければ、根本的な解決にならないと判断し、中国領内に攻めていきました。
これが日中戦争に発展します。

アメリカは、中国の市場を日本から奪う為に、日中戦争では国民党(蒋介石)を支援しました。
【義勇軍】という名目で兵士も派遣し、大陸で日本と戦闘もしています。

国際法では、この時点でアメリカは中立ではなく、日本と戦争状態にあると見做されます。
ということは、真珠湾以前から日米は戦争状態であり、(宣戦布告もなく)先に仕掛けたのはアメリカということになります。

「日中戦争」について日本が「戦争」としなかったという意見もあるようですが、どちらかが宣戦布告さえすれば「戦争」にはなります。
中国が宣戦布告しなかった理由ですが、
アメリカには「中立法」というものがあり、「戦争」になった場合アメリカの中国支援はこれに違反している事になるからです。
(「戦争」になったのは真珠湾攻撃の後(1941年12月9日)に中国から宣戦布告をしたからです)

中立法:戦争状態や重大な内乱状態にある外国に対して武器・弾薬類を輸出することを禁止するアメリカの法律。


その後のABCD包囲網とハルノートが日本に開戦を決意させました。

この経済制裁についても、東京裁判で日本の弁護についたローガン弁護人が↓のように言っています。

【自衛権は経済封鎖にまで及ぶ。一国の生存に必要な物資を奪う行為は、国民の士気・福祉の破壊を目的としている分、武力による殺人以上に激烈な 戦争行為 といえる。】


以上から、人種差別や排日政策などとは関係なく、
日中戦争の原因が中国のテロ(侵略)であり、
大東亜戦争の原因が日中戦争への、アメリカやその他の連合国の介入に対するものである以上、日本の戦争は侵略目的のものではないと思います。


日本がアジア諸国を植民地にしようとしたという意見もありますが、そう言っている人が根拠を出したのを見たことがありません。
そのアジア諸国ですが、「アレは侵略ではない」という認識から連合国が認めた賠償請求権を放棄してくれています。(しかし、日本はそれに対しても「準賠償」という名目で経済援助をしています)

【日本が支払った戦争賠償金】(動画)
http://www.youtube.com/watch?v=euNuLLDSWTI

戦中に開かれた「大東亜会議」では、アジア諸国の独立を認めています。(動画も参照)
(日本は占領後のフィリピンを「フィリピン共和国」として独立させています)

http://www.youtube.com/watch?v=LgmCsWEq_bk

まず、個別の事例(人種差別や排日政策や敗戦やどちらから始めたか、避けられなかったのか)を否定しても、大東亜戦争が自衛戦争であったことの否定にはなりません。
(それらと全く関係がない自衛戦争であったという可能性もありえます。)

この問題では、↓のような意見がよくでますが、それらは今回の質問とは関係のない事だと思います。

避けられなかったか?という意見については、何故か同様にアメリカにも言っている意見を聞いたことがありません。(そういう意見の方は、相手がどのような横暴であっても...続きを読む

Q民主党の国会議員には、なぜ、元在日朝鮮人が多いのか

衆議院だと、民主党の議員の3人に1人(分裂前)は、元在日朝鮮人です。
民主党の国会議員には、なぜ、元在日朝鮮人が多いんでしょうか?
考えられるのは、3年前の衆議院選挙のとき、民主党が、朝鮮総連や韓国政府から、巨額(数百億円だそうです)のワイロをもらい、その見返りとして、党公認の立候補者に、多くの元在日朝鮮人を立てた、ということです。
でなければ、こんな異常な議員構成には、なりません。
日本人にだって、政治家になりたい人は、たくさんいます。
日本人を差し置いて、朝鮮人を候補者に立てる理由としては、さしあたり、”金”しか考えられません。
また、民主党の政治家と、韓国の政治家の異常な親密ぶりは、裏取り引きがあることを推察させます。
この推論に、異論のある人は、いますか?

Aベストアンサー

「人種・民族」と「国籍」の違いが理解できない人や、
「民主党の国会議員には、なぜ、元【在日朝鮮人】が多いのか】
という質問に、
「日本人も【在日】だ」とか答えてしまう読解力のかわいそうな常連さんが湧いていますね。


>民主党の国会議員には、なぜ、元在日朝鮮人が多いんでしょうか?

回答:民主党は朝鮮人の為の政党でもあるからです。


>衆議院だと、民主党の議員の3人に1人(分裂前)は、元在日朝鮮人です。

そこまで多いかは疑問ですが、以下の理由で他の党よりは多いと思います。
(旧社会党より多いかは疑問ですが)


>日本人を差し置いて、朝鮮人を候補者に立てる理由としては、さしあたり、”金”しか考えられません。
>また、民主党の政治家と、韓国の政治家の異常な親密ぶりは、裏取り引きがあることを推察させます。

民主党は、在日韓国朝鮮人や、日教組などのサヨク組織から支援を受けています。

【マスコミが報道しない民主党の実態】
http://www.youtube.com/watch?v=sppB9R6dxMU


以前は民主党の党員には外国人でもなれました。(このような制度は民主党以外ありません)
そして、党員は党の代表選挙への投票権がありました。
(与党の場合、代表=首相 ということになります)
↑は国会で問題になり現在は廃止されていますが、↓の事から外国人の影響力が全くなくなったわけではないと思います。

【国会中継、西田議員が野田の民潭癒着を激しく糾弾】
http://www.youtube.com/watch?v=yAVJr_l0ss8&feature=player_embedded
【韓国マダンに集まる売国議員の皆さん】(白真勲・田嶋要・奥野総一郎・中後淳・加賀谷健)
http://www.youtube.com/watch?v=10T4W1AenJY
【売国奴・岡崎トミ子を追求!!】((韓国の反日デモに参加)
http://www.youtube.com/watch?v=J5Euglb42jg
【“売国的行為”土肥議員が民主会派復帰 竹島領有権放棄訴える共同宣言に署名】
http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20121017/plt1210171551007-n1.htm
(土肥氏は昨年2月27日、ソウルでの「3・1節」の関連行事に出席し、竹島について「日本政府は歴史教科書歪曲と独島(竹島の韓国名)の領有権主張によ り、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない」と記された共同宣言に署名したのだ。)

「竹島領有権主張問題 共同宣言文の骨子」
一、日本は恥ずかしい過去に対し、歴史の真相を糾明し、日本軍慰安婦、サハリン強制徴用被害者など、歴史の被害者に対する妥当な賠償措置を履行しなければならない。両国の善隣関係は、真実の謝罪と賠償が出発点となる。
一、日本は、平和憲法改正と軍国主義復活の試みを直ちに中断しなければならない。
一、日本政府は歴史教科書歪曲と独島(注、竹島の韓国名)の領有権主張により、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない。


他にも外国人参政権法案を何度も国会に出してきたり、
今の国会でも人権侵害救済法案を通そうとしています。(動画参照)
(そんな法案より、するべき仕事は山ほどあるはずです)

【人権侵害救済法案の廃案を訴える日本国民の会】
http://jinkenhouanhaianproject.web.fc2.com/index.html

https://www.youtube.com/watch?v=YEt5D1uxSv0

「人種・民族」と「国籍」の違いが理解できない人や、
「民主党の国会議員には、なぜ、元【在日朝鮮人】が多いのか】
という質問に、
「日本人も【在日】だ」とか答えてしまう読解力のかわいそうな常連さんが湧いていますね。


>民主党の国会議員には、なぜ、元在日朝鮮人が多いんでしょうか?

回答:民主党は朝鮮人の為の政党でもあるからです。


>衆議院だと、民主党の議員の3人に1人(分裂前)は、元在日朝鮮人です。

そこまで多いかは疑問ですが、以下の理由で他の党よりは多いと思います。
(旧社会党...続きを読む

Q戊辰戦争と西南戦争の違い

戊辰戦争と西南戦争の違い
って何でしたっけ‥??
どっちも 旧幕府vs新政府
でしたか‥?
西南戦争は西郷さんが指揮してて‥、
もうよく分かりません(; ;)

この2つの戦争って
どんな理由で起きたのですか?
しょうもない質問でスミマセン↓

Aベストアンサー

戊辰戦争

旧幕府を、薩長他勤皇諸藩の官軍(明治新政府)が妥当した戦い
薩摩藩士・西郷隆盛は、官軍東征大総督府下参謀として
官軍を指揮、幕府を降伏させた。

西南戦争

西郷は、陸軍大将・参議など歴任するも征韓論で破れ、
鹿児島に引退し、私立学校経営に余生を送った。
ところが明治10年、鹿児島の士族が反政府暴動を
起こし、西郷を擁立し東京をめざした。
しかし、近代兵器を駆使した徴兵制の帝国陸軍に、
西郷の指揮する旧武士団は壊滅、城山に切腹した。


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