羽衣伝説の問題点について教えてください。

A 回答 (1件)

 あまりにも漠然とし過ぎていて、みなさん回答に困っていらっしゃると思います。

もう少し、的を絞っていただけませんか?
 お願いします。
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Q北原白秋のついて。。。

大至急お願いします!!!

昼ながら幽かに光る蛍一つ孟秋の藪を出でて消えたり
の「昼ながら」はどこにかかるのか。
「蛍」が「昼ながら光る」のはなぜか。
「蛍」はどこにきえてしまったのか。
教えてください。

Aベストアンサー

次のように解釈します。

真昼なので蛍が出る時間帯ではないが、竹やぶの暗いところで光るものがある。それは蛍だった。眺めていると蛍は暗い藪から外へ飛んできて昼の陽の中に消えてしまった(飛んで行ってしまった)。

蛍は昼でも光っているが見えないのか、暗いところを夜と間違って光るのか生物学的な面は分かりません。

Q中3で出題された英語の問題です。本当に分からないので詳しい方教えてください。 「彼は長い耳をした犬を

中3で出題された英語の問題です。本当に分からないので詳しい方教えてください。
「彼は長い耳をした犬を飼っている。」を、関係代名詞を使わずに、前置詞を使う場合は、どう表すのでしょうか?

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He has a dog with long ears.

Q都市の守護神のついて

アテナはアテネの都市の神様ですよね。ギリシア都市国家にはそれぞれの都市の神がいたようですが、これはオリエントの先進文明(エジプトやメソポタミア)での都市の守護神という概念の影響があるのですか?隣保同盟などについても説明いただければ幸いです。

Aベストアンサー

 
  アテーネー(アテーナー)が、アテーナイ市の守護神であったことは事実ですが、ギリシア諸都市(ポリス)が、それぞれの都市の守護神を持っていたかと言うと、それはあまり聞いたことがありません。オリュンポスの十二神の秩序は、ホメーロスの辺りには大体原型があり、古典期には確立していましたが、ヅェウスが最高神であるとは言え、特にヅェウス信仰が顕著な都市があった訳ではないと思います。アテーナイと並ぶスパルタでは、都市の守護神が別個にいたかと言うと、浅学で聞いたことがありません。
 
  西アジア(オリエント)の古代文明の都市守護神は、都市の主神で、バビロンのマルドゥクなどは、これが最高神だったはずです。それぞれの都市の守護神が最高神で、最高神同士で力を競い合い、都市と都市の戦いで、或る都市が勝利すると、その都市の守護神が相手の都市の守護神をうち負かしたことになり、より高次の神・最高神だったという証明になったはずです。都市の戦いと興亡は、守護神の戦いと興亡と同じ意味で、もっとも強い都市の主神が、オリエントの最高神だったとも云えるでしょう。
 
  オリエントの場合、都市の守護神というのは、民族の神であった訳で、それは海の民ペリシテのバールや、ヘブライ人の神ヤハウェも、部族の守護神、主神であったと云えます。古代オリエントでの都市国家のあいだの戦争は、相互の主神のあいだの戦いでもあったと云えます。民族の主神はすべて、形や姿があり、像があったのですが、例外が、ヘブライのヤハウェで、この神は、像がなかったようです。彼らの神聖な神の像が、他民族に焼かれたので、それ以来、神の像がなくなったという話もありますが、真偽不明です。
 
  エジプトの神々は、イシス・オシリス・ホルスの系譜に纏められている他方、古くからある太陽神ラーや、新興のアメンなどが、勢力を持っていました。母なる神はイシスですが、他にハトホル女神なども平和と愛の神として崇拝されていました。エジプトは国家統合が古く、エジプト神王パラオの称号に「上下エジプトの王」とあるように、多数のナイル河畔とデルタ地域の都市がまず上下でそれぞれ統一され、その後、下エジプトが上エイプトを統一したのだったと思います。つまり、体系的なエジプト神話が古くから成立しており、他方、都市の守護神も色々に存在したということです。(というか、勢力のある神の中心神殿のある都市が、その神の都市となったようで、統一神王パラオを上に置く以上、神殿間の勢力争いはありましたが、オリエントの都市国家や、ギリシアの都市と違い、互いに戦争するというような状況ではなかったということです。エジプト統一前の紀元前3000年以上前なら、エジプト都市国家は戦争をしていたかも知れませんが、統一後、ヒクソスの侵略はあったものの、統一帝国内部での大きな内戦はなかったということです)。
 
  エジプトの神々は、頭が動物などで、身体が人間という奇怪な姿のものが多いですが、これは、幻覚薬草などの幻覚だという説と、信仰勢力の「トーテム生物」と人間の合成だという説と、こういう表現様式なのだという説など、色々あります。
 
  エジプトにもオリエントにも、守護神などと並んで、太母神・大地女神がいる訳で、エジプトでは、それはイシスやハトホルということになり、オリエント地域では、都市主神を越えて、広く、オリエントの太母神として、イシュタルなどの信仰があったことになります。
 
  アテーナイの守護神に戻ると、紀元前1500年か、それより古く、アテネーは、アテーナイのアクロポリスの守護神であったようで、かなり古くからの女神であったことになります。ギリシアへの印欧語族のギリシア人の南下は二度に渡り、最初は紀元前2000年頃から、アカイア人が先住民を押しのけて、この地に勢力を築き、これらの人々が、ミュケーナイ文明を立てました。アテーナイは最初の移住者と同じ祖先で、アカイア人は分化して、アテーナイや、アッテイカ地方で有力なイオーニア人が生まれます。トロイア戦争は、ミュケーナイ文明のギリシアのアカイア人と、小アジアのトロイエーのあいだの戦争で、紀元前1500年か、もう少し古い時代と考えられます。
 
  女神アテーネーは、アカイア人のギリシア南下以前に、先住民が信仰していた太母神・大地女神であったらしく、印欧語族のギリシア人固有の女神ではなかったことになります。それは、紀元前2000年頃には、ギリシア人の女神となっていたので、かなり広範囲な信仰を集めた、大女神であったことになります(ミュケーナイのアクロポリスにアテーネーの神殿があったことが知られ、また、トロイア戦争当時、アテーナイのアクロポリスに女神の有力な神殿があったことをホメーロスは歌っています)。アテーネーは、太母神であり、次にギリシア時代には、諸ポリス(ポリスは都市と訳されますが、元の意味は「城塞」です)の支配者のいる中心部アクロポリス(高台の城塞)の守護神であり、アテーナイに固有の守護神ではなかったことになります。
 
  アテーネーは、「支配者の守護女神」で、多数のポリスのアクロポリスにその神殿があり、ミュケーナイ時代より、戦いの女神であり、処女神であり、また、おそらく後に、技芸・芸術・技術の神という性格が、年代を追って付け加わったのだとも思えます。アクロポリスの女神であるアテーネーが処女神であれば、太母神のヴァリエーションとしてのデーメーテールやアルテミス、アプロディーテー、ヘーラーなどが、それぞれの役割を持つ、代表的女神として信仰を集めたとも云えます。偉大な母なる大地女神がデーメーテール、自然の処女神がアルテミス、誘惑する若い女としての女神がアプロディーテー、家庭の女主人・主婦としての女神がヘーラーということになり、これに対し、太母神で、洗練された文化・芸術・技術の処女神、支配者(戦い)の守護神がアテーネーということになります。
 
  アテーナイは、とりわけアテーネーを崇拝し、また女神の庇護を受けたポリスで、アテーナイの後の勢力伸長と共に、アテーネー女神の勢威もギリシア中に高まって行ったとされますが、女神は、ミュケーナイ時代より、諸都市のアクロポリスの守護神だったことを考えると、元々ギリシア人のあいだで有力な女神であったことになります。
 
  アテーネーの立場は、オリエントの都市・部族の守護神とは違っており、エジプトの諸都市の神殿勢力の掲げる守護神とも違っていることになります。何故なら、アテーネーは、ギリシア人共通の守護神で、ギリシアのポリス同士の争いで、どのポリスを守護する女神という訳でもないからです。無論、アテーナイは、その名前が女神から来ており、自都市の守護女神だという意識が強かったでしょうが、他のポリスもアテーネーを崇拝しており、これは、ギリシアは諸ポリスに分かれていても、自分たちを「ヘレーネス」と呼び、「バルバロイ」と区別したことからも明らかなように、ヘレーネス民族の一体感が強く、ヘレーネスの代表的な守護神がアテーネーであったということになります。
 
  アテーネーと梟の関係は、はっきりせず、梟が女神の聖鳥であることは間違いないのですが、何故そうなのか、複数の解釈・説があります。初期、ミュケーナイのアクロポリスで崇拝されていた時、女神は、梟の姿を取る、聖鳥神として表されていたのだという説があります。アテーネーに従う梟ではなく、アテーネーが、梟の姿の女神だったという説です。アテーネーに付く、「定型修飾辞」のなかの有名なものは、glaukoopis で、これは、「青緑の、灰色の、輝く眼の」という意味の「グラウコス glaukos」と、「眼」の意味の「opis」の合成語であるらしく、Glaukoopis Atheenee は、「青い眼のアテーネー」「輝く眼のアテーネー」の意味と理解されるが、これを、「梟の貌(眼)をしたアテーネー」と解釈しようとした例があり、女神が梟の貌を持っていたとすると、何かエジプトの頭部が鳥や動物で、身体が人間の合成形神のような印象になります。
 
  確認されていないのですが、説として、アテーネーを崇拝していた先住民の部族、または初期ミュケーナイ時代の部族が、部族のトーテム指標として「梟」を持っていたので、トーテム動物の梟と、守護女神が合成されたのだという説があります。
 
  「隣保同盟」は、元々、共通の神を崇拝し、共通の祭儀を持っていたポリスが友好関係を築いていたことから出発し、もっとも有名で有力な「隣保同盟」は、アッティカのイオーニアのデルポイを中心地=聖地とする、アポルローン崇拝の「隣保同盟」で、無論、デルポイが中心で、多数のイオーニア系ポリスが参加していたものです。しかし、アポルローンは、ホメーロスがうたうトロイア戦争の当時、つまり、紀元前1500年かそれ以前、イーリオンの都市守護神で、ギリシア方に敵対しており、明らかに小アジアの植物神であったと考えられます。デルポイ自体が、元々ガイアー(大地)の聖地であり、ガイアーの象徴としての大蛇ピュートーンが信仰されていたのを、アポルローンがピュートーンをうち破り、ピュートーの都市、すなわちデルポイを自己の本拠地としたと言う神話があります。
  
  明らかに、古い大地女神が支配していた神託の聖地を、外来のアポルローンが奪ったことになります。デルポイ=ピュートーは非常に古くから、全ギリシアが崇拝する特異な「神託の聖地」として知られ、主神がアポルローンに代わってからも、同じ習慣が続いたのです。このデルポイのアポルローン崇拝の「隣保同盟」はアッティカを中心とするイオーニアの隣保同盟で、やがて、イオーニア族共通の聖地デーロス島を中心とするデーロス同盟に発展し、アテーナイが盟主となり、全ギリシアの主導権をアテーナイが握ります(この後、紀元前12世紀頃の第二次南下ギリシア人であるドーリス人の都市スパルタが、全ギリシアの主導権をアテーナイから奪います)。
  
  なお、アテーネー女神は、ローマの同じような性質の女神ミネルウァと同一視され、ミネルウァの名で、梟も一緒になって、地中海世界に広まりますが、ミネルウァとは、どういう女神なのか、技術と職人の女神であったらしく、アテーネー女神に較べれば、大女神とは言い難い気がしますが、アテーネーの別名として有名になります。
  

 
  アテーネー(アテーナー)が、アテーナイ市の守護神であったことは事実ですが、ギリシア諸都市(ポリス)が、それぞれの都市の守護神を持っていたかと言うと、それはあまり聞いたことがありません。オリュンポスの十二神の秩序は、ホメーロスの辺りには大体原型があり、古典期には確立していましたが、ヅェウスが最高神であるとは言え、特にヅェウス信仰が顕著な都市があった訳ではないと思います。アテーナイと並ぶスパルタでは、都市の守護神が別個にいたかと言うと、浅学で聞いたことがありません。
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QDNA分析法ついて

科学技術の進歩によりDNAは様々な分野で研究が進んでいることと思われますが、考古学的な面からみたDNA分析法、例えば遺物などのDNA分析は今後どのような展開をみせていくのでしょうか?現在の研究段階などを含めて、できれば専門的な知識をお持ちの方がいらっしゃれば、意見をお聞かせ下さいm(__)m

Aベストアンサー

こんにちは。
 既にどの程度の知識をお持ちかわかりませんし、期待されているのがかなり高いレベルの回答のような気もしますが、次のような説明はいかがでしょう。

DNA関連技術の考古学的な応用としては、大きく分けて、「分類」と「個体再現」とに分けられます。

生物考古学(古生物学)の最大のテーマは、過去にどのような生物がいて、どのように進化したか、系統樹を書いて埋めてゆくことといっても過言ではないでしょう。
この点で、DNAが断片的にも残っていれば、その配列の類似性を分析し、分類をして系統樹を埋めてゆくことが可能であるとして期待されています。もちろん、このような類似性の分析は骨の形等からでも可能ですが、進化には、適応放散(近い仲間なのに、環境の変化で体つきが異なるように進化してしまう)や、収斂進化(比較的遠い仲間なのに、同じような環境で生きていると形態が似てしまう)があり、結果のあいまいさを生んでいます。一方、DNA配列では、このように、「偶然似てしまう」といったことが起きにくく、精度の高い系統樹(人間であれば、民族間の近縁さ)が描けるといわれています。

しかしながら、一方、今の技術の延長では、DNAから、正確な体つきや生活ぶりを推定することは困難です。その結果、映画「ジュラシックパーク」になったように、抽出されたDNAから個体を再現しようとする試みも現に行われています。
 もっとも、さすがに恐竜のいた1億年の単位になると、どのように保存されたものでもわずかな宇宙放射線等によるDNAの損傷の蓄積が相当に多いと思われるので、「数十万年前の氷漬けのマンモスからのマンモス(と現代の象の混血)の再現の試み」辺りが比較的現実的と言われています。
(なお、文字通りに石化した「化石」では、骨の組織がかなり細かく保存されていることもありますが、DNAは保存されていません。また、考古学とまではいかなくても、最近絶滅した動物については、残された剥製等を利用してクローン再生できないか試みている研究者もいます。一方、DNAを利用した分類も、現生の生物でさえも完全には完成されたとはいえず、精度を高めるための研究が進んでいます)

 また、DNAには、生活痕は残りませんので、生活状況(どのようなものを食べていたかとか、ケガの経歴や死因等)の研究は、やはり骨や化石の調査以外にないといえるでしょう。(マンモスを再現して、群れを作る性質があるかどうかを調べることはできるかも知れませんが、古代人をDNAから再現できても、彼が本能的に石器が作れるわけではないでしょうね)

お答えになっているでしょうか
お役に立てば幸いです。

こんにちは。
 既にどの程度の知識をお持ちかわかりませんし、期待されているのがかなり高いレベルの回答のような気もしますが、次のような説明はいかがでしょう。

DNA関連技術の考古学的な応用としては、大きく分けて、「分類」と「個体再現」とに分けられます。

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Q数値が信頼に足るものかどうか調査の余地がまだまだ残っている。 意味を教えてお願いします。

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わからない意味:数値が信頼に足るものかどうか調査の余地

Aベストアンサー

>>新入社員が入ってくると、急に先輩ぶった口のきき方をする人が多い。

新入社員:学校を卒業して、会社などへ就職(しゅうしょく)する人。
日本の場合は4月が多いです。

先輩:先にその集団に入った人のこと。先に会社へ就職した人。
先輩ぶった:「先輩ぶる」が元の形
ぶる、ぶった:えらそうに見せる。そのようにふるまう。

口のきき方:しゃべり方(かた)

先輩ぶった口のきき方:先輩で有るからえらいんだ、と言う様なしゃべりかた



新入社員が入ってくると、新入社員に対して、「自分は先輩なんだからえらいんだ」と言う様なしゃべり方をする人が多くなる。


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