痔になりやすい生活習慣とは?

第二次世界大戦もののDVDを観て思ったのですが、
潜水艦の役割は重要です。
攻撃にしろ、防御にしろ威力絶大と感じました。
とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。
日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

よろしくお願いします。

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A 回答 (16件中1~10件)

日本海軍は、甲標的艦を完成。

実戦に投入しました。
2人乗りの水中高速型の潜水艦の開発に成功していたのです。

この事実に米軍は驚愕しました。

時の水上機母艦は、甲標的艦母艦として即座に改装可能なように設計、建造されていました。

潜水艦に対し相当力を注ぎ込んでいたようです。

日本軍では潜水艦とは、
隠密行動を取り、単独で侵入し、敵艦船を攻撃する為の兵器でした。(特攻に近い思想)

艦隊戦では、艦隊の前で哨戒に当たらせ、
平時は、敵の基地付近の哨戒任務に付かせました。

一方、米軍の潜水艦は日本軍のそれよりはるかに劣ります。
酸素魚雷の開発もまだでした。

米軍は、
潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法で弱い輸送船団を襲う事に専念します。
彼らは、日本軍の海防艦が、殆ど使い物にならない木造船である事を知っていました。

日本軍は
駆逐艦を重雷装する事により重巡洋艦と匹敵する戦力としようとします。
重巡洋艦は、重雷装させ、戦艦と互角で戦える事を目標としました。

その結果、被弾に対しては極めて脆く火災、誘爆が多かったのです。

米軍は、無理な雷装や、無理な作戦より、
より効果的な運用方法を目指しました。

追い詰められ、
潜水艦に戦艦が沈められるようになると、
日本海軍も、もう終わりだな。
こう言う空気が流れます。

潜水艦に対する防御、発見方法、攻撃方法などが確定していないと言う、根本的な問題でした。

>とくに太平洋に飛び飛びにある島の防衛などは、潜水艦を配備していれば強化できたと思います。

潜水艦は、常に最前線に投入され、後方は無視されました。

>日本の潜水艦のことはあまり聞きませんが、
海軍は、どうして潜水艦の開発に力を注がなかったのでしょうか?
海を制したかったら潜水艦が不可欠ではないでしょうか?

上層部は、敵艦隊を攻撃する事しか頭にありませんでした。後方、補給よりも、最前線でした。
援護の無い、単独攻撃は、犠牲も大きかったようです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
組織的な運用が必要であったわけですね。

>潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法

これはいい作戦ですね。
三隻もいれば、相手より先に敵を発見できたと思われます。

お礼日時:2006/03/15 20:57

そもそも当時のものは潜水艦というより「可潜艦」というべき性能です。

今の潜水艦のように潜りっぱなしではなく、普段は普通の艦船のように水上航行していて、敵を発見したり、危険な地域に入ってから潜行、ディーゼルエンジンから電動モーターに切り替えます。(水上航行中にバッテリーに充電。大戦末期のドイツのシュノーケル装備艦によって、やっと浅い深度でならディーゼルが使えるようになった。)
また、音響誘導(ホーミング)魚雷もやはりドイツが大戦末期に実用化、しかし当時のものは、発射時にエンジンを止めていないとくるりと反転して自分に命中するようなレベルでした。当然、映画のように水中の潜水艦を魚雷攻撃することなど不可能。(映画ローレライなど、そのへんデタラメすぎ)実際、大戦中に潜水艦にとって沈められた潜水艦は浮上航行中のケースがほとんど、唯一シュノーケル航行中、水上に見える吸気管を狙って攻撃して撃沈したのが、史上唯一の「潜水艦による水中航行中の敵潜水艦撃沈戦果」です。(大戦後は潜水艦同士の実戦そのものがまだ無い)

第二次大戦当時での潜水艦のレベルはこんなものなので、最も有効な使い方は防御の弱い輸送船を狙う通商破壊であり、アメリカとドイツはこれに徹して(たまに軍艦も撃沈していますが)成功を収めました。日本のように(条約によって制限され)少ない戦艦を補助して敵主力艦を狙う、「敵戦艦を沢山沈めれば勝ち」という思想そのものに問題があったのです。どうも日本人は「戦闘」と大局的な視点での「戦争」の区別が付いてなかったようで。
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#3です。



>回天は知っていますが、特攻兵器として優秀だったのでしょうか?
それとも本来は特攻ではなかったのでしょうか。

回天は元々は魚雷です。
日本が誇った優秀な酸素魚雷を人が操縦できるようにしたのです。完全に特攻兵器として作られました。

実は戦果は良くわかっていません。遠距離から発進すると、目標が視認できずそのまま通り過ぎて行方不明になったのかも知れないし、成功しても双方とも沈んでしまうので。
ただし、いくつか読んだ本によると、目標と会敵できた時、撃沈率は100%に近かったとあり、一番恐れられた特攻だったようです。終戦直後アメリカが真っ先に日本に要求したのは、回天を積んだ母艦の場所と使用の禁止だったとありました。

しかし、回天を目標近くまで運ぶ際の母艦の被害もかなり大きかったと言われています。
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補足です。


甲標的艦は酸素魚雷を利用した特攻兵器で、窮余の策として生まれた兵器でした。 確かに高速でしたが、潜望鏡でしか目標を追跡出来ず、その航跡で発見されやすい兵器でした。

そもそも潜水艦は隠密行動出来る兵器として開発されたのですが、それを発見する技術や兵器が開発された時点で既に時代遅れの兵器でした。
レーダーを持たない日本潜水艦は浮上時でも低い司令塔上の監視員の目に頼るしかなくせいぜい2万mくらいの視界で、レーダー装備のアメリカ潜水艦がはるか遠方で目標を発見できたのとはことなります。

水中では低速で殆ど停止状態のようなものですから、ソナーで追跡されれば、標的射撃の的のようなものでした。
しかも電池の容量から定期的に浮上、ディーゼルエンジンで発電機を動かし充電しなければなりませんでした。

このような宿命といえる欠点は原子力潜水艦の出現により始めて解決したのです。

ドイツのUボートの群狼戦術はこの欠点を克服するものでした。
遠方に配置した哨戒用潜水艦は敵を発見しても攻撃する事なく、その規模、速度、進路を本部に打電します。
本部は想定される攻撃地点にUボートを集結待機させ、進入してくる護送船団に集中攻撃したのです。
早期発見、集中攻撃という原則を見事に実現するものでした。
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ちょっと補足・・・


>潜水艦を3隻一組とする狼狽戦法

えっと、これは群狼戦法ですね。狼狽ではないです・・・
ウルフパックともいう戦法で、最初はドイツが編み出して対英通商破壊戦で大戦果を挙げました

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/ウルフ・パック
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論議はマナー違反に引っかかりかねないのですが・・・



日本海軍の潜水艦の技術力は水準以下です。
まず起動音が非常にうるさく、よく見つかりました。
潜水艦で静寂性能は命ともいえる重要な要素ですが、それが日本海軍潜水艦は非常に悪かったのです。
有名かどうかは別としてこんな逸話があります。

大戦中日本軍はドイツと潜水艦による人員移動や技術交換を行っていました。インド洋やマダガスカル沖で接触することも多かったのですが、中にはドイツ本国まで行った船がありました。そこでドイツの技術員に言われたのは
「よくこんなうるさい船でここまでこられましたね」
といわれて、船に手直しをされたそうです。

また、日本海軍の潜水艦の潜水深度も低いです。究極のUボートといわれたドイツのXXI型が最大280M(安全深度は150M)で、一説には500Mまで可能とも言われます。アメリカが対日戦に大量投入したガトー級すら安全深度は90Mです(改良型は120M)。
かたや日本海軍のものは、前の2つよりも2周りも巨大であるにもかかわらず、安全深度は100M以下が普通。大戦中に改良を加えたものでようやく110Mです。
ガトーよりも深くもぐれるから~とは思わないでください。向こうは100隻以上を大量建造した量産艦ですし、排水量では日本海軍の潜水艦のほうが排水量は1000tも大きいです。

潜水艦はその運用方式自体に大いに問題があったことも事実ですが、その道具自体もよいものではなかったのも、また事実です。

なお、潜水艦の戦術についてですが、もし敵艦に見つかった場合は、底に着低するなり、爆雷の炸裂音にまぎれてうまく逃げてどこかに隠れるなり、とにかく深くにもぐって音を出さないように相手があきらめるまでずっとヒラメになっているしかないのです。なかにはわざわざ魚雷射出管から荷物やらを出して撃沈を装うといった戦術もあったようです。
その点から、うるさい日本潜水艦は致命的なのです。

戦術としての問題点は、大まかにいうとNo8さんの1つめです。潜水艦畑の人が上にほとんどいなかったのも大きいです。

なお、ワルターはともかくシュノーケルについてですが、日本軍は図面を入手しています(先の技術交換のおかげ)。ただし、図面から起こすことはできませんでした。こうした技術力の差はほかにもいろいろなところで露呈しています。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
100M程度しか潜れないのでは、海底に潜むことは無理ですね。
音が大きいのは致命的です。

お礼日時:2006/03/15 20:51

大東亜戦争で、日本海軍が潜水艦戦で惨敗したのは歴史的事実です。



このテーマについては、厚い本が一冊書けるほど様々な議論があります。一口に言えば、海軍上層部の潜水艦についての認識が大きく間違っていて、それに従った潜水艦長は皆沈められてしまった。中央の指導に疑問を持って独自の戦術を編み出した潜水艦長は辛うじて生き残った、といったことのようです。

日本海軍の青年士官として潜水艦戦を生き残り、戦後に海上自衛隊でずっと潜水艦畑を歩んだ方の著書があります。この本を読めば、質問者様の疑問に対する答はほとんど書いてあると思われます。

伊号艦長潜航記―衝撃のサブマリン・リポート 光人社NF文庫
荒木 浅吉 (著)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4769824 …
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
貴重な本ですね。
図書館にありました!

お礼日時:2006/03/15 20:47

No6です。

さらに一言。
基本的に、運用思想が艦隊決戦時の「槍の穂先」以上に進展していなかった点が、日本潜水艦隊の限界だったと思います。航空参謀は居ても潜水艦担当の参謀は存在しませんでした。従って、潜水艦隊の運用を水上部隊と切り離して考えられなかったのです。運用を誤ったのではなく、然るべき運用ドクトリンがそもそも無かったのです。道具は良かったのですがね。
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基本的に2つの問題点があったとおもいます。


第一に潜水艦の用兵術をあやまった。
これは攻撃目標を軍艦に固定しそれ以外の輸送船、商船を一切攻撃しなかった。  
制海権を失ってから孤島の隠密補給用におおくを転用せざるをえなかった。  この間に潜水艦の喪失が多数にのぼった。

第2に連合軍の対潜水艦戦技術や戦術に有効な対抗手段を講じられなかった。
当時の日本潜水艦の潜水深度は100m程度であり敵の攻撃に対抗できなかった。     暗号の解読、
レーダーやソナー、大型爆雷、アスロック、それに長時間の持続攻撃などで潜水艦の生存率は極めて低く、日本海軍では行方不明の状態で喪失するままになり、どうして撃沈されたかは不明のままで、有効な対抗手段が開発できなかった。

当時の潜水艦は24時間以上潜水を持続することは出来ず、浮上して換気や電池を充電する必要があり連合軍側はこれを待ち受けて攻撃する手段をとっていました。  
ドイツはワルターエンジンを開発、瞬間的に高速移動して爆雷攻撃を避ける技術や、シュノーケルで浮上の回数を減らし隠密性を保持したのですが日本海軍は全く盲の状態でした。

これらの理由で日本海軍は潜水艦の有効な利用は無理と考えるにいたったのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
潜航時間が24時間では、隠密行動とはいえませんね。

お礼日時:2006/03/15 20:43

それなりに強化していたと思います。


魚雷も優秀でした。
ただし、ドイツのUボートのような組織的な運用はできていなかったと思います。
ドイツはアメリカからイギリスに運ばれる軍民の輸送ルートを破壊するために、通信設備もあわせて整備され、運用されました。

アメリカは、太平洋に押し寄せるときには、上陸作戦のための大艦隊ですので、とても歯が立ちませんでした。
軽い警備の大輸送艦隊が連なってくるようなケースであれば、もっと活躍できたかもしれませんね。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
大艦隊の前では役に立たないわけですね。
日本の輸送船の多くは潜水艦に沈められたわけですが、
潜水艦同士の戦いであればどちらが有利でしたか?
ソナーなどの設備が優秀なアメリカが一方的に勝利したでしょうか?
対馬丸などの疎開船に潜水艦などの護衛がなかったのが残念です。

お礼日時:2006/03/15 20:40

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