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こんにちは。
以前、故杉浦日向子先生が、
「江戸時代には(白身魚が良しとされていたので)
マグロを食べるというのは恥ずかしいことでした。
トロは『こんなマズイ物、人間が食えるか』と、猫のエサにされていました」
とテレビでおっしゃっていました。
マグロが今の様にすごい魚の代表格になったのはいつ頃からでしょうか。
また何かきっかけがあったのでしょうか。

A 回答 (5件)

江戸では嫌われたようです。


鮪は江戸湾では捕れず、房総や三浦半島等から運ばれていました。運搬には2~3日要しますからその間の保存のためブツ切りにし、醤油に漬けて送っていたそうです。
そのため醤油がしみて塩辛く、脂っ濃い味となり淡白な味を好む江戸っ子には嫌われました。ただ値段は非常に安かったそうで、その安さが魅力で庶民はよく食べたそうです。醤油味が付いていますから、これにネギを入れて煮た「ねぎま」が一般的だったとか・・・
つまり安さが魅力で、美味くなかったので「ゲスなもの」とされ、人前で鮪を食べたとは言わなかったそうです。
逆に高級魚はイワシです。
「鉄火巻き」という寿司がありますが、鮪が安かったからこそできたものでしょう。
なぜ高級魚になったかというと、大正頃日本人の食生活で脂肪が足りないと言った人がいて、その解決策として誰も見向きもしなかった鮪の利用が考えられたそうです。
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 鮪はその物凄い運動量を維持するエネルギーの為 捕った後自らの体温で身焼けしてしまい色が変わり真っ黒になることから まぐろと名づけられたと言う説があるくらいだそうです。

現代の漁では如何に早く冷やすかが重要なカギになっていると聞いたことがあります。

 脂は酸化が早く色もすぐ変わり匂いも悪くなります処理能力の上達がかぎなんではないでしょうか。

 鮮度と言う点でおいては肉は良く絞めてから日がたった方が美味いなんて聞いたことは無いでしょうか?魚も同じです鯛や平目でも絞めた次の日死後硬直が解けたころの方が味はあがります牛や鮪のような大物では死後硬直の状態では硬くうまみも無いと思います。
 事実私が付いた親方の中には生鮪は旨みが出るまで客には出さない人もいました。

 江戸っ子は脂の強い物は敬遠され下種な食べ物だったのどと書いている料理評論家の本も多くありますが私はそうは思いません精進料理や懐石料理江戸庶民が親しんだ屋台などには油を通してから煮炊きする手法が多く存在します。(揚ゆば・筑前焚・おでん種・天ぷら・稲荷などなど)また鰯も塩鮭などの塩干物も脂の乗ったものを多く食べています。

 余談ですが鉄火巻きは読んで字のごとく賭場で飯も食わずに熱中している客に手を汚さず おかずとご飯の両方をいっぺんに片手で食べれるよう開発された日本版サンドイッチです。実に恐ろしきかなギャンブルの力


 
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江戸時代にはマグロは豊富に採れ、値段も安かったので、裕福な人が食べるものではありませんでした。

しかし同じ赤身魚であるカツオは、高級魚として食されていましたから、赤身・白身の差ではないと思います。

ただ昔の和食では、あっさりした味が好まれましたから、トロのような油気の多い食物は敬遠されたのです。しかしマグロの赤身は、縄文時代から日本人に食されています。

トロが高級品となったのは、戦後も昭和三十年代に入ってからです。洋食文化が普及し、こってりした味の食物に日本人の嗜好が移ったからと言われています。

http://www.watv.ne.jp/~a0284/sushi/maguro/mag2.htm
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江戸(天保)時代に近海で沢山捕れて、新鮮なマグロが出回るようになったことが理由らしい…



「マグロ物語」
“天保マグロ伝” “彩りあざやかマグロのにぎり”
http://www.tokyochuo.net/sightseeing/uogashi/200 …


トロ人気の火付け役は、昭和の学生たちだった!
http://www.kanetomo.com/mame/mame.htm
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トロが高級料理になったのは戦後のことです。


味覚音痴のアメリカ人が上手いと言ったのです。
そしたらアメリカナイズされた成金さんたちが上手いと言って食べるようになり、高級料理になったのです。

現在でも真の高級魚は鯛に平目と白身魚ですよ
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