機が熟して大地にふわりと落ちる実や葉のように、私たちも「機に応じて物事を悟る」という場面に幾度も遭遇します。同じことを言われているにも関わらず、ある時は得心し、ある時はサッパリ分からない。「差し出す方」と「受け取る方」とがそれぞれに「機」というものを持っていて、その「機」がピタリと呼応したときに、受け取る側からすれば「目からウロコが…」ということになるのでしょうね。

 振り返ってみれば私もこれまでの人生のいろんなシーンで「目からウロコ」体験をしてきたようです。あの、「憑き物の落ちるような」感覚…。極く早い時期で言えば(実際、目からウロコが落ちるのは年齢に関係ありませんからね)、蛙や蟻などの小さな生き物の命を奪って面白がっていた小学生の頃(何で少年たちはそうした小さな生き物をなぶり殺しにして喜んでるんでしょうね)、それまでの私の残酷な行為を知っていたはずの母が、庭先で蟻をいたぶっていた私にある日ふと一言。「m(私のこと)、蟻さんも一生懸命生きてるんだからね」・・・ 私は何だか金縛りにあったような気持ちになり、少し大袈裟に言えば、その時を境に「生命を有するもの」へのある種の共感が急激に湧き起こったのを、昨日のことのように思い起こします。何故母は最初から私の残酷な行為を咎めずに、暫く待ってから私を諭したのだろうと、少し不思議な気もするのですが、それはともかく、記憶に残る私の人生の初期における「目からウロコ」体験でした。

 それ以降も「目からウロコ」体験は多数してきています。このサイトでもその感激を幾度となく味わわせてもらっているような…(笑)。
 皆さんの「目からウロコが落ちた話」をお聞かせ願えませんでしょうか。いろんな意味で面白い話が聞けるのではないかと楽しみにしております。宜しくお願い致します。

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A 回答 (20件中1~10件)

とても素敵な質問なので、参加させて下さい。



私の家が自営業をやっていたころ、親子連れ(母・5歳女児・0歳児)が来店しました。私の親がその母親を接客していて、5歳くらいの女の子が一人になっていたのでおしゃべりをしたのです。
その子は溜息をついて言いました。「昔は良かった」と。
なんでそんなに幼い子が昔を良かったと思うのだろうと聞いてみると妹が生まれてから、前はなんでも周りがやってくれたのに今は自分でしなさいと言う。

と言ったのです。
小さい子は無邪気で悩みがないって思いこんでいたけどそんなことはなく、一人の人間として理不尽なことについて思いを馳せているんだなと知り、目から鱗だったのでした。
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この回答へのお礼

 momijinnさん、ご回答有難うございます。

 5歳児が溜め息交じりに「昔は良かった」ですか。こりゃ~大爆笑だなあ。女の子はおませさんが多いとは言ってもこれは思わず笑ってしまいますね~。でも私なら大爆笑だけで終わってしまうところを、「一人の人間として理不尽なことについて思いを馳せているんだなと知り、目から鱗だったのでした。」と思いを巡らせるmomijinnさんは本当にお優しい。ひょ、ひょっとしてその言葉を聞かれたときにもお笑いにならなかったんじゃ?・・・ なんか文面にそんな雰囲気が漂ってますが・・・ も、もしそうなら、私だけバカ笑いしてしまい、も、申し訳ありませんでした。m(_ _)m(汗)
 
 でも、考えてみるとmomijinnさんのおっしゃるとおりかもしれませんねえ。いくら幼児だからといっても、それなりに小さな胸を痛めているんですよね。大人になってしまった私たちがその事を忘れているだけで、私たちも5歳の時には5歳の時なりの悩み事、心配事があったのかもしれません。いえ、思わず笑ってしまいましたが、悪意はなかったのです。5歳の子が「昔は良かった」って溜め息交じりにつぶやく姿を想像するとどうしてもつい・・・ お赦しくださいませ。

お礼日時:2002/01/25 15:56

忙しくてすぐにお礼ができないことがどれほど歯がゆいことかは私もよ~くわかっていますので、心中お察しします。

そこでわざわざ嫌がらせに来ました。(←こら!)

本当は数か月前のあるご質問に投稿しようと思っていたんですけど、お礼をもらえないといやなのでこちらに。(^^;)

私は、中学まではほとんど勉強もしないし授業も聞いてないのに常に成績が良かったので、すご~くうぬぼれた傲慢なクソガキでした。

ところが、高校に進学すれば当然周りはみんな同じレベルなんだから、勉強しなければ成績は当然がた落ち。高1の1、2学期はビリから数えた方が早いぐらいでした。

それでも生意気なクソガキは、「やればできるんだからいいんだ。」と強がりをほざいていました。

そんなとき、姉が一言。

「『やればできる』は『できない』ってこと。」

何?! く、くそ~~~~! 

発憤した私は、高1の3学期から心を入れ替えて勉強するようになりました。そうするとみるみる成績も上昇し、それが面白くなって高2、高3でもやる気が持続し、何とか現役で大学に入ることができました。(その後のことには触れないことにします。^^;)

思えばあのときの姉の一言が、私の人生を変えた言葉・・・ じゃない、目からウロコの一言でした。(^^;)

(か、かなり苦しい~~~! ま、また居眠りされてしまう~~~~! コソコソ・・・)

この回答への補足

 Yoshi-Pさん、この補足欄をお借りします。恐れ入ります。m(_ _)m
 え~、ご回答者の皆様、大変為になる「目からウロコ物語」をお聞かせ頂き、本当に有難うございました。回答をお寄せ頂いた皆様には深く感謝申し上げます。
 
 さて恒例のポイントですが、この種の話に優劣などつけられようはずもなく、従って今回のポイントも私個人の独断でもって進呈させていただくことにします。

 え~、真面目にお話し下さっていたにも関わらず、デリカシーに欠けた私が思わず吹き出してしまい、ひょっとすると私の唾をふりかけてしまったかもしれないmomijinnさん。何と中学生にして「時間」の正体を見事に看破していた(私なんぞに誉められても少しも嬉しくはないでしょうが(汗汗))shibako74さんに、それぞれ進呈させて頂きます。
 皆様のご回答はそれぞれに心から納得のゆく、また深く考えさせられた「目からウロコ」物語でした。またいつかこのようなお話をお伺いできたらと存じます。

 それでは皆様お元気でお過ごし下さい。またお会いできる日を楽しみにしております。(^.^)/~~~

補足日時:2002/02/09 23:46
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この回答へのお礼

 >すぐにお礼ができないことがどれほど歯がゆいことかは私もよ~くわかっていますので~~

 「歯がゆい」というより私の場合、「とっても居心地が悪い」んですよ。だからお礼をしていない回答が少しでもあると「落ち着かない」んですよね~。でも、し、仕事が、や、山のように・・・(泣)。そこで甚だ見苦しいのですが、皆さんにお礼を書けないことの弁明をして・・・。だ、だのに「そこでわざわざ嫌がらせに来ました」だなんて、こ、心ないことを・・・うっ・・・(と泣き出す…(ぉぃ))。

>私は、中学まではほとんど勉強もしないし~~

 ああ、私と同じパターンですねえ。私の傲慢さは高校2年生まで続きました。その点、「高1の3学期から心を入れ替えて勉強するようになりました」というYoshi-Pさんは、エライ!!(ぉぃ)。現役で大学に合格したYoshi-Pさんとは対照的に、私は見事に浪人してしまいました(←アホ)。

>「『やればできる』は『できない』ってこと。」

 そんな「名言」(いや、これはホントに名言だと思います)を私に向かって言ってくれる人が誰もいなかったんですよ。み~んな口を揃えて「君はやればできるからなぁ」って・・・(ぉぃ)。そこで私は山の麓で昼寝を決め込んだり、伸びてくる鼻を得意げにハンカチで拭いてみたり(コラ)・・・。真剣に勉強に取り組んだのは浪人中ぐらいでしたかね(えー加減にせえっ!)。

 Yoshi-Pさんとお姉様はホントに仲がおよろしそうで、羨ましいですねえ。ま、尤も、Yoshi-Pさんの人生を変えた言葉を言った人がお姉様では、Yoshi-Pさんもお姉様には頭が上がらない?(笑)
 
 Yoshi-Pさん、ご回答有難うございました。お言葉に甘えて(?)、かなり遅れ気味のお礼となってしまいました。今後とも宜しくお願い致します。(・・・今回は居眠りをする場面がありませんでした。(ぉぃ))

お礼日時:2002/02/06 01:51

「♪か~な~しみ~に~出会うたび~♪」のmasatoshi-mさん、こんにちは(^ ^;)


チョ~お久しぶりです。直接では「比喩」以来2回目ですね。

この御質問、立てられた時からずっと回答したいと思っていたのですが、
なかなかそういう経験が思い浮かばず、悶々としておりましたが、
やっと一つ、思い出しましたので…

10年ほど前、年上の女性相手に恋愛相談をしていた時(詳しい会話の内容は覚えてませんが)、
その女性が、「愛は、与えるものよ」と言いました。
一瞬、何も返す言葉が見つかりませんでした。
その一言によって、それまで自己中心的(享受されること)に考えていた恋愛観が、一気に変わりました。
すなわち、どれだけ相手に与えてあげることができるか、が恋愛の基本だと思うようになりました。

さて、今、果たして私は与えているだろうか…?

お勘定だけだったりして……なはは・・・悲ぴー(*^_^*;)


※ お仕事、大変そうですね。私も今忙しく、今日も休日出勤で仕事の合間にこれを書いてます(えっ?「教えてgoo」の合間に仕事してるんだろうって? なんでわかるの?(*_*)) お礼はゆっくりで結構ですよ。もう一つの方、記録更新、楽しみにしてます。私も何か思いついたら伺います。できれば105番目の回答者として…(^_^)
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この回答へのお礼

 こんばんは、shino911さん。お久しぶりですね。ご回答有難うございます。お礼が遅れてしまい、済みませんでした。

 で、ですね。私、知らぬまに「中村さん」? いや~、私の眼は二重瞼でくりっとしてまして、彼のように垂れ眼じゃないんですよ(ぉぃ)。それにしても「♪か~な~しみ~に~出会うたび~♪」とやられると過ぎし日の青春時代が思い出されて、胸が締めつけられるようです。名曲でしたね、この曲は・・・。

>なかなかそういう経験が思い浮かばず、悶々としておりましたが、やっと一つ、思い出しましたので…

 義理堅い性格なんですね~、shino911さんって。質問者側からすれば「感謝感激」というところですが、そんな「悶々」とまでされなくても・・・。

>10年ほど前、年上の女性相手に恋愛相談をしていた時~

 う~む、10年ほど前に・・・するってえと、所謂あれですな、・・・「老いらくの恋」(コラ)。

>その女性が、「愛は、与えるものよ」と言いました。
一瞬、何も返す言葉が見つかりませんでした。

 ウ~ン、これまた「名言」ですねえ。「惜しみなく愛は奪ふ」と言った白樺派の作家もいたようですが、shino911さんはロシアの文豪、トルストイの思想にジンと来たわけですね。でもそれがお幾つぐらいのときのことか分かりませんが、「返す言葉が見つからなかった」とは、まさに「目からウロコ」体験ですよねえ。私も若い頃の恋愛では、このテーマについてはかなり苦しんだ口です。理想に現実が追いつかないんですよ。でも、それに較べるとshino911さんはすごい。

>どれだけ相手に与えてあげることができるか、が恋愛の基本だと思うようになりました

 これはからかうわけでも皮肉で言うのでもなく(日頃の言動のせいでこんな前置きをしなきゃならないなんて、トホホ)本当に素晴らしいことですよ。そう誰にでも言える言葉ではない。私は今でも有島武郎派かもしれません。いや、頭では分かっているのですが、どうしても現実が追いつかない時があって(泣)・・・。

>さて、今、果たして私は与えているだろうか…?

 大丈夫でしょう、ウロコの落ちた後のshino911さんなら・・・。

お礼日時:2002/02/05 02:51

中学生くらいの時に、「時間」について考えました。

植物が芽を出して、大きくなって枯れる、ということは時間が流れている証拠である。じゃあ時間が流れてない状態ってあるのか?いつも時間って流れてるのか?
で、お風呂につかりながら、なんか思いついたんですよ。地球がまだ作られてない時は、地球に時間がないのと同じだ!て。 なんか当たり前なんですが、形成されはじめて時間の意義というものができますよね?ガスが集まって地球が形成されはじめるまでの地球が形成されてない期間ってのは、たとえ時間が流れていたとしても、流れていないのと同等だ! わかってるのかわかってないのかわからないんですが、こう思いついた時は目からウロコが落ちた気分でした。10数年前の話ですが「悟った!」って思ったのをよく覚えてます。そういう発見?って最近なかなか無いですね。文献に頼ってしまって自分で見つけるカギをなくしかけている気がします。ううむ、もちょっと余裕を持って考える生活をこころがけようと思いました。
あ、そういえばこの間スポーツジムに行ったときに、とってもスタイルの良い女性がいて、更衣室から出る際に香水スプレーをシュって自分にかけてるのを見てはっとしました。ああ、自分もこのくらい自分を気にかけてあげなくちゃ、と思わされました。これはちょっと目からウロコとは違いますかね…

この回答への補足

 shibako74さん、お久しぶりです。じ、実はですね、あと5日ほど仕事に忙殺されそうな予感なんですよ(汗)。No.17のTosshie-Toshikoさんにはご諒解いただいているのですが、お礼は後日申し述べたいと存じます。実に私の食指をそそるテーマでお書きくださり、お礼を書くのにワクワクしております。今は時間がなくてゆっくり書けませんが、後日必ず・・・

補足日時:2002/02/02 12:16
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この回答へのお礼

 shibako74さん、ご回答有難うございます。仕事が立て込んでいてお礼が遅くなり、申し訳ありませんでした。

 「時間」-興味尽くせぬテーマですねえ。

>地球がまだ作られてない時は、地球に時間がないのと同じだ!て。 ~~ わかってるのかわかってないのかわからないんですが、こう思いついた時は目からウロコが落ちた気分でした。
 
 鋭い発見だったのではないでしょうか。しかもそれを中学生のときに・・・(@_@) すごいなあ、shibako74さん。
 この発見の正否を判断するなら、私は「正しい」と思います。ハイデカーが何と判断するかは分かりかねますが、少なくとも私にはshibako74さんの発見は正しいように思われるのです(「でも、今は考えが変わった」なんておっしゃらないでくださいね~(^_^;))。

 例えば私たちが生まれてくる以前に存在したであろう、地球に流れていた約50億年という時間。生命が誕生して流れた約30億年の時間。猿人が現れてから流れた約300万年の時間。
 これらの時間は確かに存在していたに違いない。しかしその気の遠くなるような時間が果たして私たちに意識されることがあっただろうか。「意識されないものは存在しない」というのは確かに一面の真実を表しています。もちろん厳密に言えば、我々は進化の過程を確かにこの肉体に封じ込め、進化の記憶を精神(心)に封じ込めています。地球上のすべてものはいきなりこういう形で存在し得るはずもない。

 ですが、飽くまで「現在意識」というものに限定して考えるとき、「意識されない時間」は「無いに等しい」ものだと私も考えます。私たちが眠っている時の時間を考えるなら、それは実感できますね。時間は確かに存在しているのだが、我々が通常意識している時間とは質の違う時間。無いにも等しい時間・・・。

 私も実は20歳の頃、「時間」について考えたことがあります。私の出した結論は《「永遠」(の時間)は「一瞬」(の時間)と同じだ》というものでした。これに思い至ったとき、shibako74さんではありませんが、「悟った!」と思わず興奮してしまいました。

 「永遠の中に一瞬があり、一瞬の中に永遠がある」この発見は衝撃的であると同時に、私を深く打ちのめしました。shibako74さん流に言えば「わかってるのかわかってないのかわからないんですが」ということになりますが、その後様々な過程を経て、それは私の深く確信するところとなりました(ただし、ハイデカーのお墨付きはもらっていない(汗)…)。もっと詳しく説明したいのですが、「教えて!goo」の管理者様から「ええいっ! 鬱陶しいっ!!」と言われかねませんので、それはまたどこかで(ぉぃ)。

お礼日時:2002/02/05 01:49

 masatoshi-mさん、こんにちは。


 やっと、この御質問に回答致します。
 ……実は、月曜日の朝に、日曜早朝に届けられていた“出だしの約30字集メール”で御質問の主を察して(笑)飛んできて、ブックマークに入れておりました。
 しかし……
 自分にとって一番の“目から鱗が落ちた”経験というのが、このような場で披瀝して皆様の素晴らしい体験と並べるのは何だか気恥ずかしいと申しますか、余りにもお馬鹿極まりない代物でした為、ずっと、横目で眺めていたのです。
 でもまあ、このような場で自分を飾る必要もないかと、週末に至ってようやく参上仕った次第でございます。

★★★★★

 もう8年以上も前になりましょうか。

 その頃私は、故郷広島をちょっと離れた隣県で、今の職とは似ても似つかぬゲーム開発などという仕事をしていたのですが、縁あって半年近く一緒に働いた女性Aさんと、非常に親しくなりました(勿論、今でも大切な友人です)。
 よんどころない事情からAさんがお辞めになった直後、やはり親しい同僚で、Aさんの以前からの友人であるHさんが、
 「これ、Aさんが描いた漫画も載ってるんだけど、読んでみる?」
 と、1冊の冊子を私に貸してくださいました。

 その冊子には、日本史上の一時代を駆け抜けた或る有名なグループの面々をモデルに描かれた、愛情溢れる滑稽漫画が満載されていました。
 もンのすンごい私好みの滑稽がてんこ盛りで、笑い転げながらあっという間に読み終えたのですが……
 何だか、悔しくなってきたのです。
 確かに面白いのに、今ひとつよくわからない。此処に登場する人物達の“背景”がわかれば、もっと面白いんだろうに、と。

 そう、当時の私は、そのグループに関する知識が殆ど皆無に等しい身でした。持っている知識といえば、せいぜい、グループの代表者とその周辺の何人かの名前、そして、そのグループが時代の趨勢に逆らった反動的な存在だった──という程度の、非常にお粗末なものだったのです。

 より楽しく読む為に、最低限、この冊子に出てくる人達のことぐらいは調べておこうか……
 そう考えた私は、機会を捉えては大きな書店へ赴き、そのグループに関する歴史資料本を探し、時間の許す範囲で、少しずつ、立ち読みし始めました。
 そして、彼らに関する漠然とした知識が積み重なり始めたところへ──
 ≪あれ≫が、現われたのです。
 
 土方歳三の肖像写真。

 調べてゆく中で手に取った『新選組写真集』という本に、その半身座像写真は収められていました。
 今でも、はっきりと覚えています。
 一瞥した瞬間、がんと頭を何かで殴られたような衝撃を覚え、脳裡が真っ白になりました。
 優に三十秒は、その場に立ち尽くしていたでしょうか。

 何という目をした人だろう。

 何と穏やかなまなざしの人なのだろう。これが、あの“新選組の鬼副長”だなんて。読みかじってきた数々の文献から漠然と抱きかけていた“土方歳三”のイメージを一旦粉々に打ち砕いて白紙に戻してしまうほど、その衝撃は凄まじいものでした。
 無論、今よくよく見れば、口許はきゅっと軽く引き結ばれ、決して穏やかなばかりではない、一本芯の通った表情なのですが、それでも、全体として気負ったところが少しも窺えない表情だなあ、という印象は、今でも変わりません。

 そしてもうひとつ、心底意外だったのが、洋装断髪だったこと。
 当時の私にはまだ、“新選組は時代の流れに背を向けていた組織”だというイメージがありました。ところが、その“反動組織”の指揮系統を一手に束ねていた筈の人間が、髷も落とし、時流の最先端を行っている証とも言える洋服を着こなして──そう、着て、ではなく、着こなして──ごく自然な姿勢で端座しているのです。他の幕末の人達の洋装写真にありがちな滑稽さもなく、まるで生まれた時から着慣れているかのように、しっくりと洋装が似合っている……これは本当に、驚きでした。

 もしかしたら、この人は、時流に逆行したどころか、ある面では恐ろしく進取の精神に富んだ人だったのではあるまいか……?

 あの時、あの写真──日野市の佐藤家に伝わる無修正版の半身座像写真(函館市立図書館所蔵の修正版写真に非ず)と出会わなかったら、通り一遍の歴史資料本をさっと眺めただけで、彼のことをわかったような気になって終わっていたかもしれません。あの写真が、私の目から“先入観”という鱗を叩き落とし、本気で彼と向き合うきっかけをくれたわけです。

 もっとも、私の目、鱗──これが貼り付いていると相手の真実の姿が見えない──が落ちると同時に、恋のフィルター──用心していないとアバタもエクボに見えがち──が貼り付いてしまった、よーな気も、するのですが(笑)。

★★★★★

 参考URLに当のお写真の載っているページを貼ろうかなと思って探してみたのですが(心臓に悪い作業だった……)、意外に、それ“だけ”を載せている、此処で引用するに適当なサイトが見付からなかったので、断念しました(苦笑)。
 修正版写真は、あんまり好きじゃないんだよなあ……不自然な気がして……。

 現在とてもお忙しそうな御様子ですのに、長々とお馬鹿な話でmasatoshi-mさんのお目を汚してしまい、申し訳ございませんでした。
 私如きのお馬鹿な回答へのコメントは連休明けになっても一向に構いませんので、お仕事を優先なさってくださいね。
 それでは、また何処かで。 (……No.186872で?)
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この回答へのお礼

 こんばんは、Tosshie-Toshikoさん。お礼が遅くなり、申し訳ありません。仕事は・・・まだしばらくかかりそうです(ぉぃ)。

>“出だしの約30字集メール”で御質問の主を察して(笑)飛んできて~~

 ウ~ン、ひょ、ひょっとして「俺は複雑な人間だなぁ」と思って(思い違いして?)いるのは、わ、私だけ?(汗)・・・。30字程度の文ごときで筆者が分かるなんて、や、やっぱり、私って「単細胞」?(汗汗)・・・ いや現実に私を知る人は「飾り気のない、それでいて深みのある方ですね」って言ってくれるんですが(「誰も知らないと思って、いい加減なこと言ってるでしょう?」って? い、いえ、ホ、ホントに・・・(汗汗汗))(←この汗は社内の暖房の効き過ぎで(汗)・・・)

>でもまあ、このような場で自分を飾る必要もないかと~~

 えっ!? ・・・ということは今まではいくらかでもご自分を飾っていらっしゃったと・・・。・・・そ、空耳(空目?(ぉぃ)ということで・・・。

 

 新選組副長、土方歳三と若き日の(失礼!)Tosshie-Toshikoさんとの出会いが実に生き生きと、豊かな心理描写をもって描き出されてますねえ。特に次のくだり・・・

>一瞥した瞬間、がんと頭を何かで殴られたような衝撃を覚え、脳裡が真っ白になりました。
 優に三十秒は、その場に立ち尽くしていたでしょうか。

 何という目をした人だろう。

何と穏やかなまなざしの人なのだろう。これが、あの“新選組の鬼副長”だなんて。読みかじってきた数々の文献から漠然と抱きかけていた“土方歳三”のイメージを一旦粉々に打ち砕いて白紙に戻してしまうほど、その衝撃は凄まじいものでした。
 
 いいですねえ、Tosshie-Toshikoさんの深い衝撃ぶりがよく伝わってきて、そのときのお姿が瞼の裏に浮かんでくるようです。
 
 このような《魂を揺さぶられる》「邂逅」を持てる人ってこの世の中にどのくらいいるのでしょう? その意味では本当にTosshie-Toshikoさんって、幸せな方だと思います。

 ときに、このときの写真って例の、土方歳三の写真として世間に流布しているヤツなのでしょうか?(下の方を読む限り、どうも違うような)・・・まぁ、それは取り敢えず置くとしても、私も実は最初に土方歳三の写真を見た時は、その意外な「優男」ぶりに驚いたものです。今手元にありませんので記憶で言うしかありませんが、一番驚いたのは彼の「眼」です。「これが新選組の鬼副長と恐れられた、あの男か」・・・と。あ、これはTosshie-Toshikoさんも書いていらっしゃいますね。でも、多くの人がその意外性に不意を衝かれたような思いになるのではないかと・・・。あまりにイメージが違い過ぎますからね。
 その後司馬遼太郎にしばらくはまり込んで(も、もう20年以上昔の話ですが・・・(^_^;))私の新選組のイメージもだいぶ変わりました。勿論Tosshie-Toshikoさんのような専門家から言わせれば司馬遼太郎の描く新選組像、土方歳三像もご不満かもしれませんが、一般人としては充分に楽しめるものでした。

>通り一遍の歴史資料本をさっと眺めただけで、彼のことをわかったような気になって終わっていたかもしれません。あの写真が、私の目から“先入観”という鱗を叩き落とし、本気で彼と向き合うきっかけをくれたわけです。

 まさにTosshie-Toshikoさんにとっては魂を根源から震撼させた、衝撃の一葉となったわけですねぇ。いや、それがよく伝わってくる、見事な文章です。

>恋のフィルター──用心していないとアバタもエクボに見えがち──が貼り付いてしまった、よーな気も、するのですが(笑)。

 「どれどれ、私が診察して差し上げましょう。はい、よーく歳三さんの写真を見て、息を大きく吸い込んでください。はい、息をとめて。はい、そのまま・・・ ガシャッ。はい、5分ほどお待ち下さいね~。・・・・・・はい、分かりましたよ。結果をご報告致します。「完璧な恋煩い」・・・でした。」

 え? 話にオチをつけろ? そ、それは、恋に「オチ」てる(さぶっ!)Tosshie-Toshikoさんの方でご自由におつけくださいませませ。(と、慌てふためいて、逃げ帰る)

 え、え~っと、また戻ってきました(汗)。
 いやー、実に「感動的な出会い」と「目からウロコ」の話を聞かせていただきました。有難うございました。「お目を汚してしまい」なんて滅相もない。それどころか、私の目の前を一陣の爽やかな風が舞ったような気さえ致しました。こういう「出会い」を持てる人というのは、やはりそう多くはないだろうと思います。そしてその「邂逅」を手にできた人はやはり幸せだろうと思います。と言うより、人はひょっとするとこの種の「巡り会い」を求めて生きているんじゃなかろうかという気さえ致します。
 「土方歳三」副長はTosshie-Toshikoさんのライフワークとなるのでしょうか。それともこれから先、再びTosshie-Toshikoさんの胸を恋い焦がせる魅力的な人物が現れてくるのでしょうか。ま、それはともかく、素晴らしい作品の完成を期待しております。(な、何とか作品を私の手元に送り届けてくださらないでしょうか?(汗)・・・) 

お礼日時:2002/02/05 01:12

3度目、すみません。


「右・左・右」のご回答ありがとうございます。くだらない疑問に真面目に応えて下さって嬉しかったです。もちろん長年の疑問が解決できたことも。

ここの雰囲気良いですね。
masatoshi-mさまのお人柄だと思いますが、文章が軽妙で楽しいのです。
(私の文章を誉めてくださったから言うわけではありませんよ(笑)。)
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この回答へのお礼

>「右・左・右」のご回答ありがとうございます。~~

 えーっと、それじゃあ私に20Pを出して、このご質問、締め切られてくださいね(おいおいっ!)。
 くだらなくなんてありませんよ、全然。momijinnさんの長年の疑問の解決にお役に立てて、こんなに嬉しいことはありません。

>masatoshi-mさまの~

 いや~、ずーっと気になっていたんですが、その「さま」というのはご勘弁ください。少し気恥ずかしいもので・・・。呼び掛けてくださる分には「さん」で充分かと・・・・。「ちゃん」ならもっと嬉しいのですが(ぉぃ)・・・。
 私には過分なるお褒めの言葉、有難うございます。momijinnさんもジョークを理解してくださる方でよかったです。私、これでも、相手の顔が見えない分、かなり気を遣って書いているのですが、時折暴走する癖がありまして・・・。でも悪気は一切ないのです。その悪気のないところをどう相手に伝えるかが一番の問題点でして・・・。悪意は全くなくても、ブラックユーモアを飛ばすときなど、まさに綱渡りの心境になります。そういう思いまでしてジョークを飛ばす必要があるのかと、最近、そのことについて悩み始めているのですが・・・。

お礼日時:2002/02/01 01:02

> む、「ギャグなし」とは淋しい・・・ しかもそんなに切り口上でおっしゃらなくても・・・



すみません。masatoshi-mさんworldを築き上げた質疑応答の場に、どのように入っていったらわからなかったもので・・・
ただ単に、ギャグが思い浮かばなかったとも言いますが・・・

参考URLも載せるのを忘れていました。これでは、ウロコがついたままで、気持ち悪い文章ですよね。失礼しました。改めて、、、

4.気象予報士の存在理由
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=87255
気象予報士の試験の一番最後の問題が、「この紙で照る照る坊主を作ってください」だそうです。(←回答・自信なし・ウソあり)

5.固定電話の通話料金の計算方法
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=131385

全然、気分を害するなんてこと、ないですよ。
masatoshi-mさんと、私の仲ではないですか?って、どんな仲か、知りませんが・・・
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この回答へのお礼

>すみません。masatoshi-mさんworldを築き上げた質疑応答の場に~

 えーっ!? そんなworldなんてどこにもないですよ。gunmanさんの思い込み思い込み。
 
 参考URL、有難うございました。今日の夜中にでも行って参ります。何だかとっても楽しみです(ワクワク♪)。

>全然、気分を害するなんてこと、ないですよ。

 あ~、ホッとしました。じゃあこれからはもっとボケをかましまくって・・・(ぉぃ)
 これからも宜しくお願い致します。

お礼日時:2002/01/29 17:13

こんにちは、masatoshi-mさん。


こんな例でいいのか分かりませんがー。

私は年末より左手の親指の付け根を痛めたため、その箇所を庇いながら、家事仕事をしておりました。
私の友人達は「右手(利き手)でなくってよかったね~」と慰めてくれたのですが。
実際、生活してみると右手がニ倍働くだけじゃ済まないんですね。
なるべく痛めた箇所を使わないように庇うと、体の他の部分が疲弊するのです。
肩が凝り、腰に来てと意外な辛さでした。
普段、補助役で目立たないと思いこんでいた「左手」の有り難さがひしひしと身に沁みました。
左の手を添えたり、それで押さえたりしなければ「紐を結ぶ」「蓋を開ける」「雑巾を絞る」などの動作が満足に出来ないのです。

ふっと、「世の中もこんなものかも」とぼんやり思いました。
目立たないと思われる一人の人が欠けても、きっと回っていかないんじゃないかって。目立つ華やかな「主役級」の人ばかりがいればいいのではないのですよね。
縁の下の力持ちが何人もいてきっとうまく世の中は回っているんじゃないかって。
当たり前だと言われてしまうかもしれませんがー。
(世の中の左手どころか盲腸?かもしれないgomuahiruからでした)
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この回答へのお礼

 こんばんは~、gomuahiruさん。いつもいつもご回答有難うございま~す。

 左手の腱鞘炎、去年からコメント欄を読んでずっと心配しておりましたが、再発したようで、さぞや痛いことでしょう。一日も早いご恢復をお祈りしております。そんなに痛むのに「がぉ」とユーモア交じりにその痛みを表現されるgomuahiruさんが私はとっても・・・(・・・の中はgomuahiruさんの方で補ってお読みください。なんせシャイな性格なもので・・・)

>なるべく痛めた箇所を使わないように庇うと~

 そ~なんですよ。私は腱鞘炎ではなく、俗に40肩、50肩と言われるヤツなのですが、肩をかばってると体の他の部位にも無理が押し寄せてきて・・・ (T^T) gomuahiruさんの言わんとされること、よっく理解できます。

>ふっと、「世の中もこんなものかも」とぼんやり思いました。~~

 あー、真面目な話、何だかしみじみしますね~。こういうことってある程度人生を生きてこないと分からないことですからねぇ。若い頃はみんな目立つところ、華やかなところ、主役級を、と願いますからねえ。まぁ、それはそれで生きる意欲や向上心に溢れていて、ある意味いい事ではあるのですが、そればかりに目が行き過ぎていて、「縁の下の力持ち」の役回りを軽んじたり蔑ろにしたりする嫌いも往々にしてありがちですからね。

 でも、人生にはそれぞれの、掛け替えのない「役回り」っていうものが、やっぱりあるんですよねえ。黙々と、そして淡々と自分の役回りに徹していらっしゃる方々を見るたび「平凡の中の非凡さ」というものに思いをいたします。世の中で脚光を浴びる人は本当に一握りです。しかしその一握りを支える多くの無名の、良識ある人々がいるんですよね。と言うより、そういう人々の延長上にしかヒーローたちは存在し得ないんです。さすがに50の声をすぐ向こうに聞くような年になると、そうした現実、事実を、何の気負いもなく、そして諦めや悲嘆もなく、受け入れることができるようになりますねえ。「分を弁える」「分際を知る」と言うのでしょうか。・・・
 
 ん? いかんいかん、gomuahiruさんに乗せられて、ついしみじみしてしまった。私はこれからの人間だった。これから世界に力強く羽ばたこうとしているんだった。お~、危ない危ない。

 で、「盲腸」? 何をおっしゃいますか、gomuahiruさん。gomuahiruさんのご家族、ご親族、ご友人、そしてここでの仲間・・・ぐらいがそう思っているだけであって、後世の人々の評価はきっと違ってきますって(ぉぃぉぃぉぃおいおいおいっ!!!)  みっ、見捨てないでっ、gomuahiruさん!!

お礼日時:2002/01/29 01:10

ギャグ無しです。


1.CH4
  高校時代、有機化学の勉強をしていた時、「Cは手が4本。Hは手が1本」という参考書を読み、握手(=安定)するためには、同じ本数が必要とわかり、こんなことをきっかけに、化学の点数が上がりました。

2.アメリカ人の女性は皆、きれい。
  カリフォルニアの映像のせいか、何故かアメリカ人の女性は、みんなモデルのようにきれいだと、信じていました。しかし、実際行ってみると、そうでもなく、(勝手に)がっかりしました。
  考えてみれば、日本人だって、色々いるし、TVの世界が全てじゃないと思うと、妙に納得しました。

3.心に残る言葉
http://www.okweb.ne.jp/kotaeru.php3?q=100490
  この文章を読んだ時は、心の中のモヤモヤがスカッとしました。このサイトにも通ずる所があると思いますが、教えてクンに対して、イライラしていてもしょうがなく思います。

4.気象予報士の存在理由
  このサイトで、理由がわかり、スカッとしました。
  気象予報士と言えども、言いたいことがいえるわけではなく、天気予報の裏側を知ったようで、納得しました。

5.固定電話の通話料金の計算方法
  これも、このサイトで納得したんですが、仕事でフト聞かれたんですが、それまで、いかに自分が電話料金について考えたことがなかったんだと、思いました。
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この回答へのお礼

 む、「ギャグなし」とは淋しい・・・ しかもそんなに切り口上でおっしゃらなくても・・・

1. あ~、化学はこれが「目からウロコ」になる人が多いですね~。gunmanさんも、ご多聞に漏れず・・・。え? 私? 私はどうして原子に手があるのか、それを哲学的に考え過ぎて、ますます訳が分からなくなってしまいました。

2.んー、ものすごい誤解。(^_^;) ついていけない。でも「金髪」(ブロンド)というだけでときめいてしまう日本人男性は多そうですよね。西洋への憧れかな?

3.これは名回答がよせられていたようですね~。特に「宮本武蔵」の言葉を引用されていた方(ぉぃ)。質問された方もすばらしい・・・(これでアイコ)「教えてクンに対して、イライラしていてもしょうがなく思います。」 そのとおりですね。

4.へえ、そうなんですか。私も今度探し出して閲覧してみよっと。でも「天気予報の裏側」って、まさか予報士たちが交代でゲタを放り投げたりしていた訳じゃないでしょうね? あと、「照る照る坊主」を作っていたりとか・・・ 

5.へえ、これも興味を惹くなあ。電話料金についてなど、私もほとんど考えたことがなかったですね。gunmanさんたら、参考URLぐらいご教示下さればいいのに・・・


 とまあ、ある種の気安さから、失礼を省みず、冗談めかしたコメントも含めながら、お礼を申し述べさせて頂きました。仕事が忙し過ぎて、ちょいと気分がハイになっておりまして、ご気分を害されましたらm(_ _)m・・・

 gunmanさん、ご回答有難うございました。また何かありましたら宜しくお願い致します。
 

お礼日時:2002/01/28 20:59

再びお邪魔します。


5歳女児の言葉に目から鱗のmomijinnです。
彼女の言葉を聞いて笑いませんでした。微笑ましいなとは思いましたけど結構真剣だったようみ見受けられたので。
そのときは「大変だね。」と一緒にしみじみしてしまいました。

あと、目から鱗ではないですが、子どもの頃から解決しない疑問を私はたくさん持っています。
例えば、横断歩道を渡るとき「右見て、左見て、もう一度右を見ましょう」ってありましたよね。そのあと左から車が来たらどうするのかな、とか。
きりがないんですよね。ようは私自身が子どもなのでしょう。

それはそうとmasatoshi-m様のコメント大変面白いです。
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この回答へのお礼

 あ、momijinnさん。2度目のご回答、有難うございます。

>彼女の言葉を聞いて笑いませんでした。

 あー、やっぱり・・・ 私だけ大爆笑してしまい、まことに失礼致しました。そうでしょうそうでしょう、文面からmomijinnさんが笑わなかったであろうことが伝わってきましたものね。あー、それなのに、私ったら、ひとり大笑いするなんて・・・ masatoshi-mのバカバカ!
 でもその5歳女児は私のようなデリカシーに欠けたオジサンに向かってつぶやかなくてホントに良かったと思います。momijinnさんのようなお優しい方に話したというのは、もう既にその子に人を見る目があったということでしょうね。

>例えば、横断歩道を渡るとき「右見て、左見て、もう一度右を見ましょう」ってありましたよね。~

 あー、これは面白い疑問ですねぇ。「子どもの頃から解決しない疑問を私はたくさん持っています」と書いていらっしゃいますが、ここでそれらの疑問を問うてみられたら、面白い、それこそ「目からウロコ」の回答が多数寄せられるかもしれませんよ。如何でしょ? 質問なさってみては・・・ 

 ちなみに「横断歩道」の件ですが、これは恐らく日本の交通事情に基づいた、合理的なものだと思いますよ。即ち日本は車は左側通行ですから、横断歩道を渡る際は必ず渡り始める右側から車が走ってきますよね。横断歩道を半分渡り終えたら今度は左側から車が走ってくる。そういう構造になっていますので、取り敢えず渡り始める時には右を見て、左も一応確認。その確認作業の隙に右から車が走ってきているかもしれない(車って速いですからね)。だからも一度右を確認して・・・ということではないかと愚考するのですが・・・  
 実際横断歩道を渡るときには無意識のうちにそれを実行しちゃってますね。車で十字路を横断するときにもやはりそういう確認の仕方をしてますね。
 
>それはそうとmasatoshi-m様のコメント大変面白いです。

 あ、そうですか。え~っと、これはお褒めの言葉と受け取らせていただきます。有難うございます。根がヒョウキンなもので、ついウケを狙った文章を書こうとしてしまいます(いつもいつもじゃないですよ。念の為(笑))。でも相手が見えない世界なので、書きながらも実はドキドキです。ひょっとして「失礼に感じる」方もいらっしゃるんじゃないかと・・・ 

 でも、お褒めいただいたから言う訳ではありませんが、momijinnさんのご文章も大変味わい深い、いい雰囲気を醸し出しています。何か、momijinnさんの優しいお人柄を反映するような、しっとりとした、慎み深さを感じさせる文章。やはり「文は人なり」と言った古人は正しいようです。

お礼日時:2002/01/27 23:21

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