文化人類学から見た(文化)と(自然)に何でもいいから教えて下さい!!お願いします(+_+)

A 回答 (2件)

 


  簡単に述べます。文化人類学は自然人類学と対になっていますね。自然人類学は、猿などの研究・フィールドワークをしたりしているのですが、元々、自然状態での人類のありようを展望しようという学問で、人類近縁の高等霊長類の生態なども射程に入っているのです。
 
  文化人類学は、文化という人類の所産位相から、人類のありようを研究する学問とも言えるでしょう。文化は、共同体を前提に、社会を前提にし、文化には、宗教や神話や生活の技術や、社会の構成や祭儀やライフサイクルや人生観、世界観や、芸術、文学などが含まれることになります。主に、文字前の社会について研究を指すようにも思えます(文字記録を持っていることも無論あります)。
 
  ここで、「文化」と「自然」という対比項を取り出すと、どういう風に見えるかというと、世界観としては、人間の社会も「自然の秩序」の一部であり、世界の主人は人間ではなかったということが自覚されていたということがあるでしょう。
 
  自然は、所与として、人間やその社会を規定していたとも言えます。自然の秩序のなかに人間の共同体はあり、その境界は明確なようで、実は、互いに入り組んでいたということがあるでしょう。人間の共同体のありよう、規範ルールが、自然世界の秩序をモデルに組み立てられたものでもあったとも言えます。例えば、トーテム秩序というのは、人間の社会集団の規定原理でもあるが、実は、自然における勢力分布の反映であったというようなことです。
 
  世界は、頂点に立つのは、人間やその霊ではなく、例えば、ライオンとか象とかが大いなる存在で、彼らが主人として自然に君臨し、人間はずっと下の方に位置しているというような世界観もあったのです。自然は、非合理的に、人間よりも偉大であり、社会は、此の自然の偶然のなかで存続しているに過ぎなかった。しかし、人間の側では、文化によって、この自然の非合理的な力を、了解し、秩序の構造に組み込もうとしたとも言えます。
 
  文化の形は、自然の秩序をモデルにしたのか、自然の把握概念が、文化の規定で決まっていたのか。この両方の相互作用があり、自然のなかの「定め・法則」と、文化のなかの「法・規範」が、丁度、拮抗しつつ、相互補完的な形を持っていたのだとも言えるでしょう。
 
  未開人の思惟とか世界観の了解のし難さという時、文明人から見て、未開人が、自然の定め・法則になかばその存在をあずけ、非合理的な厳然とした自然の秩序原則に従わざるを得なかったということの事態が、十分に了解できないためでしょう。自然の非合理的な支配原則という時、それは、未開人の呪術的・神話的な世界把握を意味したのであり、「自然死」はなく、「死」は誰かの呪いであるというような思考は、非合理的で、人間的な文化で秩序付けることのできない自然を、何とか、秩序化して把握しようとする時、導かれる態度であるとも言えるでしょう。
 
  文化人類学が扱う初期文化の社会においては、自然は、共同体を全体として呑み込み、その秩序のなかに含むものとして表象され、自然の圧倒的な力の前、社会や人々の心が呑み込まれることがないように、文化によって、神話秩序や呪術秩序を造り、自然をそのなかに閉じこめようとしたというのが、自然と文化の関係だということになるでしょう。しかし、このような文化の防衛は、簡単に崩れることがあり、そのため、非合理的な、つまり、人間の思惑を越えた自然のありようと勢力に対し、人間は呪術や神話、そして儀式を通じて、自然の支配者・精霊と交通したのでしょう。
 
  文化を人間の意識とすれば、自然は無意識で、人間の意識は、ふとしたことで、自然の無意識に呑み込まれる、自己を失う危険があったので、祭儀や儀式を通じ、自然の力を制御し、収めようとしたとも言えるでしょう。文明社会での把握における、文化と自然のありようとは、まるで異なった、両者の関係と、相互規定関係があったというべきです。
 
  文化人類がでの「未開社会」と呼ばれている世界での文化と自然の関係は、このようにもラフに言えるのであると思います。
 
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この回答へのお礼

凄い詳しく教えて頂き本当にありがとうございました!!凄い助かりました!!ためになり凄く嬉しく思います(TOT)何度も言いますが凄い嬉しかったデス(^0^)本当に本当にありがとうございました☆☆大学の講義でよく理解できなかった所も詳しく教えて下さって解りやすかったです!!

お礼日時:2002/01/24 14:08

ほんとに何でもいいんですネ?



では人類学者による「文化」の定義をどうぞ。

「文化または文明とは知識、信仰、芸術、法律、慣習、その他、社会の成員としての人間によって獲得された、あらゆる能力や慣習を含む複合的全体である」(E.タイラー)

「学習された思考・感覚・行動の様式」(A.R.ラドクリフ=ブラウン)

「一民族の生活様式の総体、個人がその集団から得る社会的遺産を意味する」 (C.クラックホーン)
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この回答へのお礼

簡潔に述べて頂き本当にありがとうございます!!さっそく参考にさせて頂きたいと思います☆最後にhayabusa200さんstarfloraさん こんな私の質問に答えて頂き本当にありがとうございました!!凄いたすかりました!!

お礼日時:2002/01/24 14:19

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Q文化人類学と民俗学の違い

「文化人類学」と「民俗学」の違いがわかりにくいです。概念ではなく、具体的な例を挙げて教えていただけないでしょうか。

1.「文化人類学的」研究という場合、「方法論」が文化人類学的という意味なのでしょうか。(「民俗学」の場合は歴史を見ていくんですよね?)

2.例えば子どものお遊戯を研究するとした場合、
「文化人類学」ではどういう方法が考えられますか?(「民俗学」ならお遊戯文化の変遷を見ていけばいいんですよね?)

3.文化人類学の対象は、外国、あるいは未開の地でなくてもいいんですよね。例えば東京の路上で歌うミュージシャンについて調べたいとするならば、どういう問いが立てられるでしょうか(一例でけっこうです)

混乱しています。1.2.3のいずれかでもけっこうですので、具体的な回答をお待ちしています。

Aベストアンサー

 まず重要な前提として、日本で「民俗学」と呼ばれているものが、世界で「民俗学」に該当するものとかなり違うということだと思います。日本のは柳田國男が始めたものですよね。それに対し、世界、特に西欧で発達したものは、これとかなり違っています。後者は人類学の中に含められることも多いです。

1.「文化人類学的とはどういうことか」という問題自体がよく学部や修士課程レベルのゼミの主題になっているようです。ghostbusterさんがおっしゃるように、文化人類学にはこの点で合意がありませんので確かなことは誰にも言えないでしょうが、それでも恐らくは誰も反論しないだろうこととして、以下の二つがあります。
 まず重要な方法論としてのフィールド・ワークです。民俗学で行われがちな長いスパンで一つの地域の短期滞在を繰り返すというものより、たった一度でも長期で現地人のことを丸々見ようとする傾向が強いように思います。また、フィールド・ワークを通して現地人が物事をどう見ているのかに迫ろうとする傾向も、近年は強くなりました。
 次に文化相対主義という考え方があります。どの文化が良いとか質が高いとかではなく、どの文化も等しく価値を持っているという考え方です。よって、伝統の研究や伝統がどうなっていくかに着目したがる民俗学とは違い、paymentさんがおっしゃるように「路上で歌うミュージシャン」だって対象となり、それも等しく研究する価値を持っていることとなるのです。

2. どういうものを「お遊戯」と考えるかは社会によりことなるので、一元化することは容易ではないと思います。
 ただ、ghostbusterさんがおっしゃるように、「お遊戯」の共通前提に迫るということは文化人類学で行えることだと思われます。例えば、「お遊戯」が単なる暇つぶしや楽しみではなく、社会的にどんな機能を持っているかを考えるとか、特定の「お遊戯」が実は社会風刺であるという研究もあるようなのでそれらを調べて理論化していくとか・・・。

3. 文化人類学の中に都市人類学という分野があります。実際にイギリスのミュージシャンを研究した「Hidden Musician」という本もあります。主に、都市の無数の人々が特定のバンドに加入することとなる道筋を、フィールドワークに基づいて明らかにした本です。
 他にも「路上で歌うミュージシャン」が作るサブ・カルチャーがどういう機能を果たしているかとか、特定のミュージシャンに集う聴衆が作り上げるサブ・コミュニティを扱うとか、出来ることは色々あると思いますよ。

 興味深い好奇心をお持ちですね。私でお役に立てたかは分かりませんが、私ならむしろ枠組み(学問分野)はどっちでもいいから自分の関心の世界にドップリと漬かりますね。近年ますます既存の枠組みは消えていく傾向にあり、どちらに接しても出来ないことはないようですし・・・。

 まず重要な前提として、日本で「民俗学」と呼ばれているものが、世界で「民俗学」に該当するものとかなり違うということだと思います。日本のは柳田國男が始めたものですよね。それに対し、世界、特に西欧で発達したものは、これとかなり違っています。後者は人類学の中に含められることも多いです。

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Q文化人類学を自分で学ぶ場合に参考になる本

現在、大学で文化人類学を専攻しています。 ですが、文化人類学が専門の教授が少ないこともあり、開設科目が少なく、現段階では社会学専攻の人と一緒にゼミもやっています。  
 もちろん近接する学問で、手法など共通する部分が多いことも分かっていますが、文化人類学を専攻できるコースがあると聞いて今の大学に入ったこともあり、不満があります。
 
そのため自分で勉強しようと考え、『文化人類学20の理論』 綾部恒雄 、『よくわかる文化人類学』 ミネルヴァ書房、『文化人類学を学ぶ人のために』 米山俊直 など入門書の範疇に含まれるであろう本はある程度読み、学説史的な流れ、各理論の特徴はあくまで大雑把で初心者レベルですが、なんとなくは理解した気になっています。 そのため、そろそろ『西太平洋の遠洋航海者』や『ヌアー族』、『悲しき熱帯』、『野生の思考』を読んでみようか? と思っているところです。

以上のような現状ですが、文化人類学を学ぶにあたってこれを読むといいというおすすめの本または勉強法などありましたら教えて頂けると幸いです。

Aベストアンサー

 ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』、クロード・レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』『悲しき熱帯』『構造人類学』は古典的な著作ですので 、一番最初に読むべき書物であって是非一読をお勧めします。
 そして文化人類学と一口にいっても間口はいささか広く、古くは柳田国男と折口信夫の成果(それぞれに著作集がある)もあれば宮田登や山口昌男の仕事もあります(山口には著作集があります)。
 柳田・折口・宮田の仕事はそれぞれ民俗学的な視点からの考察が中心ですが、それでも他の領域からの評価にも高いモノがあります。他にもマードックの家族論やらヴェーバーの『経済と社会』大塚久雄の『共同体の基礎理論』『有賀喜左衛門著作集』などは基本文献ともいえます。
 また近年では歴史学の世界でも社会学や文化人類学との接点を求めての行き来も盛んで、網野善彦氏と赤坂憲雄そしてアラン・コルバンの三者の仕事に基づいた『民俗学と歴史学 網野善彦、アラン・コルバンとの対話』もあります。他には中沢新一氏などの多領域との接点を積極的に求める研究者もいます
 「文化人類学」と一つの世界に限定して考えるのではなく、それが「どの様な領域と接しているのか」などを視野に入れませんと、単なるオタクや頑固な年寄りになってしまうかの危惧もあります(丸山眞男が表現するタコツボ型文化)。
 文化人類学や民俗学は戦後歴史学にも多大な影響を及ぼし、従来では宗教史の一部で扱われていた「アジールとしての閉鎖空間の意味」などを日本の中世社会が持つ史的特性の分析視角にまで止揚させているとの経緯もあります。
 民俗学系の学問領域を仕事とお考えであるならば、学問としてノ成立が他の領域に比べてまだ年浅いこともあり理論よりもむしろフィールドワークがしめるウェイトの方が大きいでしょう。でしたら東京近郊なら佐倉にある歴博と大阪にある民博をはじめ全国各地にある博物館や資料館を訪ね歩くことも必要です。その場合には先に示した方々とアポイントメントをお取りになってから出掛けた方が収穫も大きいでしょうね。

 ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』、クロード・レヴィ=ストロースの『親族の基本構造』『悲しき熱帯』『構造人類学』は古典的な著作ですので 、一番最初に読むべき書物であって是非一読をお勧めします。
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Q文化人類学の理論とは?

大学院で文化人類学を専攻する予定の学生です。研究計画書で研究の方法を示さなければならないのですが、これまでの専攻が言語学だったので、よく分からないのです。

フィールドワークで収集した情報を学術的なものへ仕上るために「理論の枠組み」が必要といわれますが、文化人類学の場合、どのような理論があるのでしょうか。

教えてください。

Aベストアンサー

あまり最初から既成の理論にとらわれると、人の論に沿って自分の集めたデータを並べるだけになっちゃいますよ。あくまでも参考程度にね。論文は自分から湧き出た「なぜ?」が大切です。そのなぜと自分なりに格闘することが王道だと思いますよ。

Q文化人類学について

文化人類学で、「通過儀礼」を習ったのですが、
よくわかりませんでした。先生は、黒板には絵しか描かなかったので、ノートを見てもわかりません。

通過儀礼が何のために行われているのか、わかる方いましたら
教えてください。
また、日本ではどのようなことが通過儀礼なのですか?

Aベストアンサー

 下記のサイトを参考にして見てください。

・『ウィキペディアフリー百科事典 通過儀礼』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%9A%E9%81%8E%E5%84%80%E7%A4%BC

Q文化人類学的アプローチについて

いつもお世話になっています。

修士課程1年の者です。
いきなりで申し訳ないのですが、「文化人類学的アプローチ」とは、どのような切り口で研究を展開していくものなのでしょうか!?

私の興味あるところは、医療の現場、特に看護職に関してです。
なぜ、医師に加えて、看護職がいるのか。なぜ、看護職には女性が多いのか。このような疑問には、文化人類学的なアプローチでよろしいのでしょうか?

浅学な身で申し訳ありませんが、どなたか詳しい方お願いします!!

Aベストアンサー

乱暴に言えば、「文化人類学的アプローチ」とは、
その場のコミュニティや文化様式に注目し、丁寧なフィールドワークに
よる問題発見と検証・比較を行なっていくスタイルのことですね。

看護職の存在、あるいは看護職に女性が多いのかを文化人類学的に
アプローチする場合、病院をひとつのコミュニティとしてとらえ、
医師と看護職のすみわけを、単なる職務上の分類にとどまらず、
非番の日から各人の言説まで追いかけていかなければいけません。
患者の語る「イシャ」と「カンゴシ」の違いは、
職業としてはイコールではないはずです。

看護職になぜ女性が多いのかを文化人類学的にアプローチする場合、
難しいですよ。そもそも「看護」という行為は何かまで考えないと
いけません。ナイチンゲールによる近代の看護士の社会的役割の
確立以前のところからです。
また、「看護職」とはどの時代のどの地域を指すのかも。

医療人類学の著書を実際にごらんになり、医療現場について考えるならまず病院に行ってみるなり、医師や看護婦と会話してみるのがいいですね。ご自身の研究されたいことが、より形になると思います。

乱暴に言えば、「文化人類学的アプローチ」とは、
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