「お昼の放送」の思い出

The Militia Act of July, 1862 authorized the President to make all necessary rules and regulation for states without adequate militia law.

「1862年7月17日制定の民兵法(act)は、国家の目的に資すれば、適当な民兵法(law)なしに大統領に『必要とするすべての規則と規制』を行う権限を認めていた。」と訳したのですが、文中のlawとactの違いの意を含んだ訳し方を教えてください。

A 回答 (4件)

初めのactは1862年制定された民兵法を指す固有名詞



後半のMilitia lawは一般的な意味の民兵法って意味ですね

簡単に言うと 車に例えると
ACTはトヨタ・ヴィッツやホンダ・ライフなどの固有名詞
Lawは車とか自動車と言う感じで全般的に意味ですね

意訳すると
「1862年7月17日制定の民兵法は、国家の目的であれば十分な法律が無くても大統領に『必要なすべての規則と規制』を行う権限を認めていた。」

紛らわしいので 全般的な意味の法律に置き換えた方が混同しにくいですね
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この回答へのお礼

ご教示有難うございました。車に例えた説明や意訳も非常に分かりやすく、ためになりました。重ねて御礼申し上げます。

お礼日時:2006/03/23 12:24

こんにちは。


GLOBALIZATIONさんの実力からして、lawとactの違いを理解するだけで足りるだろうと判断します。
「law」は、個々の法律ではなく、一般的な概念としての「法」というイメージです。逆に、制定された特定の法律は「act」。
「適切な民兵法」というのは、特定された具体的な法律を指すわけではありませんので、「law」となります。
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この回答へのお礼

皆様のご回答から、Actが特定の法律の名前、lawが一般的な概念としての「法」ということがよく分かりました。glifonglifonさん初め、皆様にあらためてお礼申し上げます。

お礼日時:2006/03/23 12:31

こんにちは。



同じ「法律」と言う意味で使った場合は、両者に深い意味の違いはないと思います。
それ以外にも、actには「何かの団体などによる決定を記した法的な書類」のような意味もあります。

ただし、ここでは、Actが大文字になっていることからも判るように、1862年7月に制定された「民兵法」という固有名詞に使われている「Act」であり、後に出てくるlawとの大きな違いだと思います。
Actはよく固有名詞に使われて、「The Dick Act(ディック法)」、「USA Patriot Act (米国愛国法)」などがあります。

後に出てくるlawはmilitiaに関して定められた「法律/決まり」であり、特定のものを指しているわけではありません。

「1862年7月に施行された民兵法は、適合する法律なしに州に対して必要とされる規則および規定を策定する権限を与えた。」

となり、最初のActは特定の法律の名前、後のlawは個々の法律や規定の意味で使われていると考えます。
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この回答へのお礼

早速のご回答、誠に有難うございました。おかげさまで疑問が氷解しました。

お礼日時:2006/03/23 12:28

Militia Act は、1862だけではないようですね。

米国で何度も(最近の対中東戦争でも)発布されているようです。

一般的に
law 法律
act 条例(決議)
と捉えていいかもしれません。
環境条例や遺産保護の条例なども、actがついていたりします。

あとprotocol 議定書
というのもあります。有名な京都議定書 Kyoto Protocol があります。
ただactも議定書と訳されたりするケースもあるようです。

法律と条例の関係は、法律>条例のようで、日本でいえば国ではなく各自治体が定めるものをさしたりしますが、アメリカの場合南北に分かれていた時代もあるので、連邦法とは別にactとして発布したのではないでしょうか。


つまり(その当時、合衆国憲法と呼んでいたのか連邦法と呼んでいたのかわかりませんが)、militia law 国家の民兵法にかかわらず、その条例を発布できていたことを述べた文なのだと思われます。
とくに、米国の南北戦争は1861年から1865年にかけておこっているので、この期間は北軍・南軍とも独自の条例を出していた可能性があります。

訳としては
「1862年7月制定の民兵条例は、国家民兵法に関係なく、米国のために必要なすべての命令と規制を行う権限を大統領に認めていた。」


余談ですが、この時期南部は抵抗し、The Confederate States of America(南部連邦アメリカ政府)という独立の政府を打ち立て、南部連邦法というものまでつくりあげています。

全米連邦国家(アメリカ全土)の憲法とは別に、独自に条例をさだめていた時期を描写した英文なのでしょう。
その文は、南軍か北軍のどちらかを描いた文だと思われます。
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この回答へのお礼

南北戦争時代のアメリカの歴史まで教えていただき有難うございました。非常に役に立ちました。

お礼日時:2006/03/23 12:26

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