空海と親鸞と日蓮の思想・主張を簡単にまとめると、どんな主張なんでしょうか。簡単にまとめられるものではないと思いますが、主としてどういう思想だったのでしょうか。そして、それらが人々に支持されたのは何故だったのでしょうか。わかる方いたらお願いします。

A 回答 (2件)

下のURLに日本の今までの仏教諸宗派について、中立的な観点から、まとめられていますので参考にしてください。



参考URL:http://www.echizenya.co.jp/mini/colum/syuha2.htm
    • good
    • 1
この回答へのお礼

回答ありがとうございました。かなり細かく書いてあり、わかりやすかったです。今回質問した以外の宗教のこともわかって楽しかったです。

お礼日時:2002/01/29 01:32

 日蓮大聖人の教えは、純粋にして潔白、世の中に広まっている様々な宗教の誤りを明らかにして、これを「人々を不幸にする邪宗教なり」と喝破したために、諸宗を擁護する国家権力から迫害を受け、布教が思うに任せませんでした。


 親鸞(浄土真宗)の教えは、
 「念仏を称えて死ねば極楽へ行けるのだから、いつ死んでも不安はない。いつでも死ねる明るい心(?)で生きることが大事である」
などと立て、自力を排し、阿弥陀の絶対他力による往生を強調しています。自らの機根の下劣であることを鑑み、それにふさわしい易しい教法・修行として念仏を選択したのです。
 空海(真言宗)の場合には、
 「大日如来にくらべれば、釈尊などは草履取りにも劣る」
等と誇り、一念三千・即身成仏の実義も大日経に説かれていると主張しています。鎮護国家を標榜し、国家泰平と玉体安穏の加持祈祷を宮中で行なうことを願い出て天皇にとり入り、着々と基礎を固めたのです。
 如何ですか?
    • good
    • 3
この回答へのお礼

素早い回答ありがとうございました。各宗教を簡単にまとめていただき、わかりやすかったです。

お礼日時:2002/01/29 01:25

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!

このQ&Aを見た人はこんなQ&Aも見ています

関連するカテゴリからQ&Aを探す

このQ&Aを見た人が検索しているワード

このQ&Aと関連する良く見られている質問

Q愚禿釋親鸞

[1] なぜ「愚禿」といふ名を選んだのですか。

[2] 「愚禿釋親鸞」は、「愚禿釋・親鸞」ですか、「愚禿・釋親鸞」ですか。
「ここに愚禿釋の親鸞、よろこばしきかな西蕃月氏の聖典、東夏日域の師釋、あひがたくしていまあふことをえたり、ききがたくしてすでにきくことをえたり。」
(親鸞『教行信証』金子大栄校訂 岩波文庫 24ページ 序)
と書いてあるので、「愚禿釋・親鸞」だとずつと思つてゐたのですが、ネット上では「愚禿・釋親鸞」もあるやうです。
http://ryoukakuji.net/04butuji/okamisori_index.html

Aベストアンサー

こないだはどうも。真宗のボーズと呼ばれているものです。

>>[1] なぜ「愚禿」といふ名を選んだのですか。
 この愚禿の「禿」の字ですが、今は髪の毛がない事ですが、ここでは禿は「かむろ・かぶろ」という事で、剃髪したあと伸びてきたから剃るでもなく、伸ばして髷を結うわけでもない、ぼさぼさ頭を指します。この「禿」という言葉の根拠を経典から調べますと、『涅槃経』(いわゆる大乗の『涅槃経』です)の中に、

戒を破り法を護らざる者を禿居士と名づく。
爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん。是の如き之人を名づけて禿人と為す。

とあり、禿とはいわば「偽物の坊さん」という意味で説かれます。また、日本仏教においても伝教大師最澄は「入山発願文」の中で、自身の事を

愚中の極愚、狂中の極狂、塵秃の有情、低下の最澄

と述べ、この文中から「愚」「禿」双方の文字を読み取ることができます。こういった、自己反省は浄土教の流れの中には強く受け継がれ、 恵心僧都源信は『往生要集』序に自身の事を「予がごとき頑魯のもの」と述べていますし、法然聖人も自身の事を「愚痴の法然房」と述べています。
 特に愚禿という言葉は、親鸞聖人を法然聖人のもとへ導いた兄弟子聖覚法印が『十六門記』の中で

愚禿。此篇を記するに身毛爲竪て雙眼に涙を浮ぶ。

とあって、自身の事を愚禿と呼び、法然聖人の事を思い起こしながらその時のことを書いている最中に涙が浮かんでいると記しています。この聖覚法印は『唯心鈔』の著者であり親鸞聖人に大きな影響を受けた人物としても知られます。
 また、親鸞聖人は『教行信証』化身土巻に

僧にあらず俗にあらず。このゆえに「禿」の字をもって姓とす。

として、愚禿とは「非僧非俗」の名乗りとしておられますが、この非僧非俗の語は『徒然草』に影響を与えたといわれる『一言芳談抄』の中で

賀古の教信は、西には垣もせず、極楽との間をあけあはせて、本尊をも安ぜず、聖教も持せず、僧にもあらず俗にもあらぬ形にて、つねに西に向かいて念仏して、其餘は忘れたるが如し

とあります。この書物は1297年から1350年ごろ成立と考えられますので、1263年に亡くなっている親鸞聖人が御生前『一言芳談抄』自体を見たとは考えられませんが、『一言芳談抄』の中に登場している教信沙弥に親鸞聖人はあこがれていたようです。それは、三代目覚如上人は『改邪抄』の中で親鸞聖人が「我は是加古教信沙弥の定なり(私は加古の教信沙弥みたいになりたい)」と常におっしゃっていたとあります。きっと、この『一言芳談抄』に収録されている言葉をどこかで目にしておられたと考えられます。
 このように親鸞聖人の「愚禿」という名乗りは数多くの方から影響を受けて成立したお考えであることが分かります。そして、この愚禿という言葉を流罪より亡くなる直前まで使い続けたの親鸞聖人のお考えの根幹に通底てしているのは、浄土教的な自分自身への反省であると考えます。親鸞聖人の師法然聖人は『往生大要抄』の中で

初めには我が身のほどを信じ 後には仏の願を信ずるなり

と御示しになり、お念仏の教えの始まりはまず自分自身の愚かさを知ることとしています。そして愚かさを知るからこそ、そんな愚かな自分を仏にしてやりたいという阿弥陀仏の本願のありがたさを本当の意味でいただけるとしています。この深い自己反省こそがお念仏の教えにおいては大変重要になります。
 しかしながら、親鸞聖人のひひ孫存覚上人は『六要鈔』の中で

「 愚禿」というは、「愚」はこれ憃なり。智に対し、賢に対す。聖人の徳は智なり、賢なり。実には愚憃にあらず。今「愚」というは、これ卑謙の詞なり。「禿」は称して姓と為す。

として、いわば謙遜の詞としておっしゃったとし、また『歎徳文』のなかでは親鸞聖人自らが末法の世に住まう凡夫の状態を示して阿弥陀仏がそんな凡夫を救いたいという心を示すために「愚禿」と名乗られたのだともしています。しかし、この存覚上人の説には私は賛同しかねます。
 私は愚禿の名乗りはそういった謙遜や教化のための言葉ではなく、やはり親鸞聖人自身の深い自己反省からなる語であると思います。この愚禿が表す非僧非俗と似た言葉に半僧半俗という言葉がありますが親鸞聖人はお使いになりません。そう考えるとき非僧非俗という言葉の中には、現実の自己への否定と、他者への肯定が内在しているように感じます。
 まず「僧」とはどのような人々を指すかといえば、「親鸞聖人御消息」の中において

聖道といふは、すでに仏に成りたまへる人の、われらがこころをすすめんがために、仏心宗・真 言宗・法華宗・華厳宗・三論宗等の大乗至極の教なり。仏心宗といふは、この世にひろまる禅宗これなり。また法相宗・成実宗・倶舎宗等の権教、小乗等の教なり。これみな聖道門なり。権教といふは、すなはちすでに仏に成りたまへる仏・菩薩の、かりにさまざまの形をあらはしてすすめたまふがゆゑに権といふなり。

と説いて、親鸞聖人は他宗の自力の修行者たちの事を否定していません。他宗の修行者たちは人々に仏教とはこれほど厳しいものであると教えてくださる仏たちであると考えておいでです。そして、心の底から人々のため修行に励む人たちを尊敬し、「僧」としていると考えられます。
 そして、「俗」に関しては直接あらわした言葉を見出すことはできませんが、親鸞聖人は『一念多念文意』の中で

「恒願一切臨終時 勝縁勝境悉現前」といふは、「恒」は、つねにといふ、「願」はねがふといふなり。いまつねにといふは、たえぬこころなり、をりにしたがうて、ときどきもねがへといふなり。いまつねにといふは、常の義にはあらず。

として、お念仏の教えにおいて「つね」という時は、「常」ではなく「恒」という意味で、「恒」とは俗事に追われながらも、朝晩のお勤めや法要等の何かのおりに思い出して、お念仏を称えて極楽往生をねがう事とされています。まさにこれは俗人の姿です。このように世俗にまみれながらもお念仏に励む姿を「俗」していると考えられます。
 しかし、自分に目を向けてみれば、人々のために修行に励む僧にもなりきれず、俗事に追われながらもお念仏を称え素朴に生活を送る人にもなりきれない。そんな僧にも俗にもなりきれない自分を非僧非俗とし、「愚禿」と称しておられると考えます。


>>[2] 「愚禿釋親鸞」は、「愚禿釋・親鸞」ですか、「愚禿・釋親鸞」ですか。
 これはですね、いろいろ分類の仕方もあると思いますが、細かく分けるとしたら「愚禿・釋・親鸞」となるかと思います。愚禿に関しては上述の通りです。
 では、「釋」はどのようなものかといえば、これは中国の訳経家釋道安に由来する釈号と呼ばれるものです。釋道安には多くの功績がありますが、この方は四世紀頃の人なのですがこの当時の僧侶は安とか支とか竺とか康という姓を名乗っている人が多いのですが、釋道安は「すべての僧侶はお釈迦様の弟子(釋子)なのであるから、釋を姓とすべきである」として自らも釋道安と名乗っています。これは、釋道安独自の見解ではなく、経典によるもので『増一阿含経』の中に

四河は海に入りて、本の名字なく、同一鹹味の海水となる。四姓亦如来所において出家学道せば本姓なく、沙門釋子と称すべし

とあって、当時のインドはカースト制という身分制度に区切られておりましたが、名前を聞くだけでその身分が分かってしまったようです。ですが、お釈迦様は『スッタニパータ』第三章の中で

650 生まれによって(バラモン)となるのではない。生まれによって(バラモンならざる者)となるのでもない。行為によって(バラモン)なのである。行為によって(バラモンならざる者)なのである。

とあって、人は生まれによってバラモン(ここでは聖者というぐらいにとらえてください。)になるのではなく、行いによってバラモンになるとおっしゃっているように、真理を求めるのに身分は関係ないという立場でした。ですので、出家者となったならば、身分制度の名前を捨てて、仏弟子(釋子)であると名乗りなさいとしたようです。しかし、この経典が中国に輸入された際、仏弟子という意味であった釋子という言葉が釋道安によって姓として解釈されできたのが釋号という事になります。
 親鸞聖人が「親鸞」と名乗る前のお名前に関しては「綽空」「善信」という名前であったことが知られますが、元久元年(1204年)親鸞聖人が法然聖人から『選択本願念仏集』の書写を許された際、その書写を終えて法然聖人に提出すると、法然聖人がの冒頭に

「南無阿弥陀仏 往生之業 念仏為本」と「釋綽空」

と直々に内題を書いてくださったと『教行信証』化身土巻の後序に記しておいでです。またここには、次の年法然聖人の真影(姿を描いたもの)を制作し法然聖人に提出するときに名前を善信と改めたとあります。また、そのことについて親鸞聖人の門下である性真上人の『親鸞聖人血脈文集』の中で、その真影に法然聖人が

若我成仏 十方衆生 称我名号 下至十声 若不生者 不取正覚 彼仏今現 在成仏 当知本誓 重願不虚 衆生称念 必得往生 南無阿弥陀仏 釈善信

と書いてくださったとありますので、綽空の時代も善信(こちらの名前は晩年も使っています)の時代も親鸞と御名乗りになっても釋号は変わらず使っておられます。
 上述のように、「釋」の字は釋号というもので、わたくし個人的には「愚禿・釋・親鸞」と分解した方がわかりやすいように思います。

急ごしらえの為、誤字脱字乱文ご容赦ください。
合掌 南無阿弥陀佛

こないだはどうも。真宗のボーズと呼ばれているものです。

>>[1] なぜ「愚禿」といふ名を選んだのですか。
 この愚禿の「禿」の字ですが、今は髪の毛がない事ですが、ここでは禿は「かむろ・かぶろ」という事で、剃髪したあと伸びてきたから剃るでもなく、伸ばして髷を結うわけでもない、ぼさぼさ頭を指します。この「禿」という言葉の根拠を経典から調べますと、『涅槃経』(いわゆる大乗の『涅槃経』です)の中に、

戒を破り法を護らざる者を禿居士と名づく。
爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家す...続きを読む

Q空海の思想は、梵我一如思想と一線を画していたのでしょうか

私は秋月龍珉氏の「誤解された仏教」を先日読了しました。
その中に
「空海の思想は釈迦の縁起、無我思想にまだ近かったが、以後の真言宗の思想家はみな梵我一如思想に接近してしまった。」
とありました。
空海自身の思想は、梵我一如思想から一線を画していたとは、どういうことでしょうか?私は空海思想がよくわらないので、どなたか教えていただけないでしょうか。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

このご質問に正確にお答えできるのは、仏教思想の専門の方がふさわしいように思います。
素人の私の感想になりますが・・・

mmkyさんが簡潔におっしゃられているように、空海という人物は桁外れの天才だったのでしょう。
最澄という学問肌の天才とはまた違って、実修を重んじ、実証さえ示す事のできた稀有の天才だったようです。

仏教思想の極至とも言われるその教えが、広く一般に受け入れられてこなかったのには、事相とも言われる実修面での複雑さが影響しているように思われます。
また、教相とも言われる教理面においても、あくまで実修を通してのみ確かな理解が可能のようにも思えます。
一般人が近ずけるのは、実証であるところの現世利益の面に限られてきてしまったように思えます。
学者からの目においても、遠巻きに論じられてきた感があります。
>空海の思想・・・云々・・・と言っても、果たしてそれが正鵠を射たものなのかどうか、疑問があります。
遠巻きの論評を参考にして、空海の思想の本質を探る事には無理があるのではないでしょうか(失礼ながら・・・)

少し大げさな表現かもしれませんが・・・
釈迦と空海は仏教史においての超弩級的な存在のようにも思えます。
空海の般若心経秘鍵に書かれていますが
釈迦が祇園精舎において、天人や菩薩に対して般若菩薩の印、真言、曼荼羅の法を説いたとあります。
これは釈迦が在世中に、既に密教の法を説いたという事にもなってしまいます。
この表現に対して仏教学者は一言も解釈をしていません。
解釈のしようが無いのでしょう、下手な解釈を下せば仏教思想の上で大変な事になってしまうからです。
空海が釈迦に等しい境地を得たことを現したもののようには思いますが
言い切ったところが凄いと思います。

この事一つをとってみても、空海の思想というものは
論評するのは自由だとしても、確かな解釈を下しずらいものだと思います。
しかし、その思想の本質の核そのものについては、一般人でも受け入れられる面があるようにも思えます。

加とは如来の大悲をいう
持とは衆生の信心をいう

空海の教えはこの言葉に尽きているとも言われます。
如来の大慈悲心を信じるという事ならば、我々一般人でも受け入れ易い教えになります。
加持というものを、ある方はこのように分かり易く言われたのを覚えています。
・・・真心で祈る・・・と
仏の大慈悲心を信じて、純粋な気持ちで祈るという事なのでしょう。

学ぶだけではなくて、祈る、というところに空海、お大師様の教えの本領があると思います。
そのあたりの事を念頭において学ばれる事をお勧めいたします。
ご参考になれば幸いです。

このご質問に正確にお答えできるのは、仏教思想の専門の方がふさわしいように思います。
素人の私の感想になりますが・・・

mmkyさんが簡潔におっしゃられているように、空海という人物は桁外れの天才だったのでしょう。
最澄という学問肌の天才とはまた違って、実修を重んじ、実証さえ示す事のできた稀有の天才だったようです。

仏教思想の極至とも言われるその教えが、広く一般に受け入れられてこなかったのには、事相とも言われる実修面での複雑さが影響しているように思われます。
また、教相とも言...続きを読む

Q法然と親鸞

法然と親鸞
法然は浄土での往生の方法として、出家や修行ではなく専修念仏のみでよいと説かれました。それを継いだのが親鸞だと思います。
今、法然の浄土宗より、親鸞の浄土真宗の方がよく広まっているのはなぜでしょうか?また、二派の考え方の大きな違いは何でしょうか?

Aベストアンサー

> 大乗仏教、小乗仏教。一つの説は、大乗は国家や、社会を救い、小乗は個人を救う。
> もう一つは、大乗は、出家者、在家者すべてを救い、小乗は、出家者だけを救う。


竹村牧男 『大乗仏教入門』

 十地の道程を進めば、やがて仏になるはずです。そして、そこに菩薩の究極の目標があるはずです。しかし、菩薩のなかには、仏となることを拒否する者もいます。あえて仏にはならずに、菩薩のままでいたいというのです。それは、いつまでも衆生とともにいて、そして衆生救済に励みたいからなのです。[...]

 一般に、仏になりえない者を「一闡提」といいます。大乗仏教では、本来、仏になりえない者はいないのですが、あまりにも煩悩が深重で善を修める能力のないものや、正しい教えと真理を誹謗する人などは、仏にはなりえない、一闡提と呼ばれるのだとあえていうのです。その一闡提のなかに、菩薩の一闡提もいるのです。それは、仏になる能力を欠くからではなくて、大悲によって自ら仏にならないからです。そうした菩薩の一闡提を、大悲闡提といいます。

 大悲闡提の菩薩は、自分から進んでわざわざ苦しみ悩む人のそばに赴きます、むしろ自ら願って苦悩の深い世界、悪趣に生まれようとするのです。十地を上ってさらに仏となるよりも、あえて人間界やさらには地獄界に往って生まれようとします。自ら求めて困難の多い、重苦ののしかかる世界に生まれ、働こうとするのです。こうした菩薩を、願生の菩薩といいます。 [...]
仏になったからといって衆生救済の活動ができなくなるはずはありません。しかし大乗仏教徒たちは、あえて涅槃に入らない菩薩、仏にならない菩薩という考え方を提示したのです。ここにともかく、自ら悪趣に生じてまで、一切衆生を救済するのだという菩薩の理想が示されています。『法華経』の法師品第十には、「大願を成就せるも、衆生を愍むが故に、この人間に生れたるなり。」「清浄の土を捨てて、衆を愍れむが故に、ここにうまれたるなり」ちにあります。この切なる願いに、菩薩道の本義があると考えられます。

 十地の菩薩道は、菩薩がいかに向上していくか、ということを描くだけが本意ではありません。むしろ、どのように一切衆生救済の主体となっていくかが主題であるともいえます。そして、その究極は、仏となることを自ら拒否し、あえて願って悪趣に生まれる菩薩となることにあります。ここに大乗仏教の核心があるのです。

> 大乗仏教、小乗仏教。一つの説は、大乗は国家や、社会を救い、小乗は個人を救う。
> もう一つは、大乗は、出家者、在家者すべてを救い、小乗は、出家者だけを救う。


竹村牧男 『大乗仏教入門』

 十地の道程を進めば、やがて仏になるはずです。そして、そこに菩薩の究極の目標があるはずです。しかし、菩薩のなかには、仏となることを拒否する者もいます。あえて仏にはならずに、菩薩のままでいたいというのです。それは、いつまでも衆生とともにいて、そして衆生救済に励みたいからなのです。[...]

 一般...続きを読む

Q法然・親鸞・道元・日蓮はお互いの面識は?

各聖人は生きた時代が重なってる様ですが、法然聖人と日蓮聖人は重なってませんが。  
  各聖人たちはお互いを知ってたのでしょうか?

  お互いの会った事は有るのでしょうか?


特に日蓮聖人は禅は魔界に入る  浄土宗真宗は無間地獄と言っていると認識いているのですが。

私自身凡人身では有りますが、確かに禅は難解で有りますが魔界転じて自覚が得られような気がするのですが、浄土系も取り様によっては現実逃避的に見えるのですがよくよく思案しますと立派な教えだと思うのですが。

聖人たち自覚の底は繋がっていると思うのですが、お互い面識が有り語り合えば解りあえた様な気がするのですが。

法然・親鸞両聖人は師弟関係の様ですから別ですが。

Aベストアンサー

>>法然・親鸞・道元・日蓮はお互いの面識は?
>>お互いの会った事は有るのでしょうか?
質問者ご自身がおっしゃるように法然上人と親鸞聖人は師弟関係にあったわけですから、面識はあったでしょう。道元禅師と日蓮聖人は、質問にある方とは面識はないと思います。

>>特に日蓮聖人は禅は魔界に入る  浄土宗真宗は無間地獄と言っていると認識いているのですが。
 「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」ってやつですね。この中でも、日蓮聖人は法然上人を中心とする日本浄土教に関しては非常に厳しい批判を加えていますね。
 こういった批判が行われたことは親鸞聖人の弟子(親鸞聖人は「弟子一人ももたず」といっていますけど)唯円が著わした『歎異抄』第二条の中にもうかがうことができます。

おのおの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽のみちを問ひきかんがためなり。

このように関東の念仏者は何かを不安に思い、親鸞聖人をたずねたわけですね。ひとつには浄土教の教えを曲解した同門のものたちへの不安という内的な要因と、もうひとつは浄土教外部からの批判というものがあったと考えられます。その外部からの批判としてあげられるのが日蓮聖人であったろうといわれます。しかし、当時親鸞聖人はマイナーな人だったはずですから、日蓮聖人も直接会って話してやろうということは思ってもみなかったと思いますよ。

>>聖人たち自覚の底は繋がっていると思うのですが、お互い面識が有り語り合えば解りあえた様な気がするのですが。
 これについては先にも述べている人がいらっしゃいますが、やはり末法の克服というのがその根底にあるでしょうね。「末法」とはわかりやすくいえば「修行できない、悟りを開けない時代」ということだと思っていただければいいと思います。
 法然上人や親鸞聖人は、末法という時代に住む自分の弱さや愚かさや醜さを徹底的に見つめ、悟ることができない私であるという自己反省から出発します。そして、悟りを開くためには阿弥陀仏の御本願を信じ「南無阿弥陀仏」と称えて、極楽というすばらしい環境で悟りを開くしかないと考えます。
 道元禅師はお釈迦様は誰もが悟れることを説かれている。また、お釈迦様ももとは凡夫であったはずだと考え、たとえ時代が末法であってもお釈迦様が悟られたときのように、座禅を組み座りぬくことこそ悟りへの近道と考えます。
 日蓮聖人は天台大師智ギの経典理解に基づき、「法華経」を最高の経典と考えます。この真実の法門たる『妙法蓮華経』にこそお釈迦様悟りのエッセンスが詰まっており、さらには「妙法蓮華経」の題目の中に集約されているといいます。そして、「南無妙法蓮華経」と唱え題目を受け取ることこそ、末法に凡夫の中に仏の世界が展開される唯一の方法と考えます。
(乱暴な説明ですが、ご容赦ください。)
 このように克服方法は違いますが、鎌倉新仏教と呼ばれる仏教の祖師たちの根底にあるのは「末法の克服」ということになります。
 まぁ、だからといって分かり合えたかどうかはわかりませんが、影響しあったかもしれませんね。例をあげれば、日蓮聖人が若いころには法然浄土教はもうメジャーな教えですから、必ず学んでいたでしょう。そうでなくては批判することはできませんしね。日蓮聖人は最終的には法然浄土教を批判する立場になられましたが、法然浄土教から多大な影響を受け「南無妙法蓮華経」の題目を生み出したと考えるのが一般的ですね。

 長々書き連ねましたが、まとまらぬ文章であることどうぞお許しください。文意を読み取っていただきたく存じます。
 合掌 南無阿弥陀佛

>>法然・親鸞・道元・日蓮はお互いの面識は?
>>お互いの会った事は有るのでしょうか?
質問者ご自身がおっしゃるように法然上人と親鸞聖人は師弟関係にあったわけですから、面識はあったでしょう。道元禅師と日蓮聖人は、質問にある方とは面識はないと思います。

>>特に日蓮聖人は禅は魔界に入る  浄土宗真宗は無間地獄と言っていると認識いているのですが。
 「念仏無間、禅天魔、真言亡国、律国賊」ってやつですね。この中でも、日蓮聖人は法然上人を中心とする日本浄土教に関しては非常に厳し...続きを読む

Q【宗教】親鸞は修行の末に人生はありのままで良いという悟りに行き着いたという。 親鸞は悟り後はありの

【宗教】親鸞は修行の末に人生はありのままで良いという悟りに行き着いたという。

親鸞は悟り後はありのままに自分のしたいように生きて亡くなった。

これって本当ですか?

親鸞は若い時は厳しい修行をして己を苛め上げていたが悟りを開いたあとの後世はのんびりきままに自分のやりたいことをやって宗教の呪縛から解放されて伸び伸びした生活をして死んだ。

Aベストアンサー

親鸞が悟りについて語ったとは思えませんが、ありのままの人生が悟りへの道だと言うのは、それが阿弥陀如来のはからいであれば、そのように考えていたとは思いますね。
親鸞の人生自体が阿弥陀如来のはからいでしょうから、何かから解放されたとか言う事は無いと思いますよ。(最初から阿弥陀如来のはからいがあったと言う事です)
親鸞は悟ったとは言わなかったんじゃないですか?(浄土教自体が、悟りを求めていないですからね)

Q西洋思想と東洋思想との比較思想について学ぶにはどうすればいいでしょうか

私は西洋哲学(主に分析哲学)や仏教哲学(インド・チベット中観思想、唯識思想、日本仏教思想、西田哲学)に興味を持っており、その両者を比較して研究することにも関心があります。
そこで次の2点について質問します。
1比較思想を行っている有名な学者さんはどのような方がいらっしゃるでしょうか?
2また比較思想の学科を置いている大学はどのようなところがあるでしょうか
何卒、ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を学ぶのであればカント哲学のあたりは当然勉強していますし、道教を研究するならばキリスト教の知識は必須です(そして道教とキリスト教は驚くほど似ていることがわかる)。
 日本では何故か西洋思想研究が人気で、東洋思想研究は閑古鳥状態なので良質な学者が少なく、世間で売っている東洋思想に関する書物の大半は嘘つきだと思ってください。故に私は東洋思想を主軸にして研究を進めてゆくことを勧めます。
 
 比較思想研究を試みている人は多く、仏教学者では中村元、三枝充悳の名が挙がりますが、やはり井筒俊彦の著作は必読です。

 比較思想といったら京都学派の名が挙がりますが、問題も多いです。ハイデガーを禅の用語を使って訳してますが(『時と有』・・・。
 研究は基本的に原典の読み込みから出発しますので、文献学をしっかりと学べる大学が宜しいと思われます(以外に文献を読めない人が多く、特に仏教関係の読みはデタラメで、まともに読めている人はほんの一握りしかいません)。
 

参考意見です。
 最初に注意しておきたいのは、安易に比較研究をしようとすると多くは薄っぺらな結果しか出てきません。これを行えるのは、実力のある学者か、天才だけです。
 とはいえ、普通の東洋思想の研究者は、西洋思想の中の自らの研究領域に似ている分野に関する知識は最低限もっています。現代は西洋人の研究者と交流することが多いので、東洋思想だけやって、西洋思想は知らないでは済まされない時代になっているからであり、なにより比較によってその思想が鮮明になるからです。
 例えば、唯識を...続きを読む

Q親鸞の「横に超える」とは?

親鸞について読んでいたら、「横超」という考え方を目にしました。

仏教で悟りを求めて、修行をして、戒律を守って自分を高めて
縦に超えて行くのはイメージとしてよくわかるのですが、
親鸞の横に超えるというのは、正直よくわかりませんでした。

どなたか親鸞に詳しい方の解説をお願いします。

Aベストアンサー

 どうも、真宗のボーズと呼ばれているものです。今報恩講シーズンで忙しいもんで、手短に書かせていただきます。
 この横超の語の説明として親鸞聖人の文章でわかりやすいのは『愚禿抄』の冒頭の文章かと思います。とりあえず引用しますと

聖道・浄土の教について、二教あり。
 一には大乗の教、二には小乗の教なり。

大乗教について、二教あり。
 一には頓教、二には漸教なり。

頓教について、また二教・二超あり。
二教とは、
 一には難行聖道の実教なり。いはゆる仏心・真言・法華・華厳等の教なり。
 二には易行浄土本願真実の教、『大無量寿経』等なり。
二超とは、
 一には「竪超」即身是仏・即身成仏等の証果なり。
 二には「横超」選択本願・真実報土・即得往生なり。

漸教について、また二教・二出あり。
二教とは、
 一には難行道聖道権教、法相等、歴劫修行の教なり。
 二には易行道浄土の要門、『無量寿仏観経』の意、定散・三福・九品の教なり。
二出とは、
 一には「竪出」聖道、歴劫修行の証なり。
 二には「横出」浄土、胎宮・辺地・懈慢の往生なり。

とあります。親鸞聖人は大乗仏教を「竪超」「横超」「竪出」「横出」で分類をしています。
 まず、竪横の違いですが、「竪」というのは、自力によって悟りを開くという考え方を表します。「横」とは極楽に往生して悟りを開くという事を表します。
 次に、超出の違いは、「超」は突然悟り、または悟りの世界が開かれるということです。「出」は徐々に悟りを開く、徐々に悟りの世界へ近づいていうことです。
 これを組み合わせますと上述のの四通りの悟り方があるという事になります。
 「竪超」は、何かのきっかけにハッと気が付いて突然悟りを開くこと。
 「竪出」は、長い時間をかけて段階を踏んで煩悩を消し去って、悟りに近づくということ。
 この二つを、自力の教えであるとしています。質問者のいう、

>>仏教で悟りを求めて、修行をして、戒律を守って自分を高めて
>>縦に超えて行くのはイメージとしてよくわかるのですが

というのは「竪出」のイメージかと思います。
 「横出」は、長い時間をかけて段階を踏んで煩悩を消し去って極楽浄土に近づくということ。
 このことを、他力の中の自力という書かれ方をしています。

 最後に本題の「横超」は順番に見てきたとおりの考えでいうと、煩悩にまみれているはずの人間に突然極楽往生というものがあたえられるという事になります。これは「正信偈」の中では、

煩悩を断ぜずして涅槃を得るなり

とあって、煩悩を持つものが突如として仏の悟りへと導かれると説かれている部分がそれでしょう。
 このことがどのようなプロセスによって起こるかについては、『教行信証』信巻において

横超とは、本願を憶念して自力の心を離る、これを横超他力と名づくるなり。これすなはち専のなかの専、頓のなかの頓、真のなかの真、乗のなかの一乗なり。これすなはち真宗なり。すでに真実行のなかに顕しをはんぬ。

と説かれ、横超はすべて真実の行つまり南無阿弥陀仏を称えることに集約をされているとしています。そして、親鸞聖人は私たちの称える南無阿弥陀仏を聞けといいます。

しかるに『経』(『無量寿経』の下巻「聞其名号信心歓喜乃至一念」の中)に「聞」といふは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞といふなり。「信心」といふは、すなはち本願力回向の信心なり。「歓喜」といふは、身心の悦予を形すの貌なり。「乃至」といふは、多少を摂するの言なり。「一念」といふは、信心二心なきがゆゑに一念といふ。これを一心と名づく。一心はすなはち清浄報土の真因なり。


私たちの称える南無阿弥陀仏は、そのまま阿弥陀仏が浄土に往生させようと働いてくださっている姿そのままであったと聞こえた時、それが信心であり、この信心が極楽往生の正因であるとしています。

 つまり横超とは、煩悩にまみれた凡夫が、南無阿弥陀仏と称える中で、自分で称えていたはずの南無阿弥陀仏が自分の声ではなく阿弥陀仏の声と聞こえたその瞬間(『教行信証』等では「信楽開発の時剋の極促」とあります)に、煩悩を持ったままで極楽往生の正因を得た姿を言うようです。


 あと、余談ですが法然聖人が菩提心を否定したという回答がございますが、これは正確ではありません。『選択本願念仏集』の中で法然聖人は、

「発菩提心」、その言一なりといへども、おのおのその宗に随ひてその義不同なり。 しかればすなはち「菩提心」の一句、広く諸経に亘り、あまねく顕密を該ねたり。意気博遠にして詮測沖邈なり。願はくはもろもろの行者、一を執して万を遮することなかれ。もろもろの往生を求むる人、おのおのすべからく自宗の菩提心を発すべし。

と、菩提心の言葉は同じでも宗派によって使われ方が違うとしています。また、『逆修説法』の中でも法然聖人は浄土宗の菩提心について

次に発菩提心とは諸宗の意不同なり、今浄土宗の菩提心とは先ず浄土に往生して、一切衆生を度し、一切の煩悩を断じ、一切の法門悟り、無上菩提を証せんと欲する心なり。

と説いて、浄土宗には浄土宗の菩提心の考え方があることを示しています。つまり、法然聖人が否定する菩提心は「自力の菩提心」であって、浄土に往生し悟りを開こうという「他力の菩提心」は否定していません。しかも、否定というのも「往生には必要がない」という事ですのでご注意を。

 また、法然聖人の菩提心の考え方が、上述した親鸞聖人の横超の菩提心の原型であると考えられます。

 ちょっと時間がなかったので、かなりかいつまんでしまいましたがこんなところです。誤字脱字乱文はご容赦ください。
 合掌 南無阿弥陀仏

 どうも、真宗のボーズと呼ばれているものです。今報恩講シーズンで忙しいもんで、手短に書かせていただきます。
 この横超の語の説明として親鸞聖人の文章でわかりやすいのは『愚禿抄』の冒頭の文章かと思います。とりあえず引用しますと

聖道・浄土の教について、二教あり。
 一には大乗の教、二には小乗の教なり。

大乗教について、二教あり。
 一には頓教、二には漸教なり。

頓教について、また二教・二超あり。
二教とは、
 一には難行聖道の実教なり。いはゆる仏心・真言・法華・華厳等の教な...続きを読む

Q思想としてのゴロツキやチンピラは、ふつうにまともな人たちに支持されてい

思想としてのゴロツキやチンピラは、ふつうにまともな人たちに支持されているのか。
または普通人の思考能力はゴロツキの跋扈を防げないほど脆弱なのか。
実を言うと普通人がまともかどうかも私は懐疑的です。
おかげでゴロツキは自分こそが常識を代表していると言わんばかりでした。

Aベストアンサー

 誰に対してゴロツキ と言っているのかはともかくとして、私が普段言っていることはどういったことでしょうか。

○組織が悪、多数は悪、法律で第三者が当事者を裁くことはできない、種の維持・存続が人間の目的ではない、「善悪」というものは本来ない。善と悪は一対のもの。幽霊や精霊は見る人にとっては在る。

 支持されるのが目的では常識とはかけ離れた、こんなことは言えません。

>おかげでゴロツキは自分こそが常識を代表していると言わんばかりでした。

 「幽霊なんてありゃしねー」これも、社会の常識です。

Q親鸞について

親鸞の歴史、親鸞がしてきた事であなたが一番すごいなとか、奇抜だなと思ったモノを一つとその理由をあげて貰えませんか?

一種のアンケートみたいなモノですので気軽にお書きください。

Aベストアンサー

女房、娶ったこと。(愚禿親鸞と悟られた・煩悩具足と悟られた)

Q東洋思想と西洋思想の違い

東洋思想と西洋思想の違いはなんだと思いますか。東洋思想はヨーガ、ヒンドゥー教、仏教、道教、儒教など
が根本だと思います。一方西洋思想はキリスト教、ユダヤ教が根本だと思っています。
東洋思想は仏教の空の思想に代表されるように
「一元論的」、「相対的」だと思います。
一方西洋哲学は一神教の思想に代表されるように
「二元論的」、「絶対的」といえるのではないかと
思います。
世界に二つ対照的な文化の流れがあるのはなぜでしょうか。それでは

Aベストアンサー

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そうすると、必然的に、それを抑圧しようとする動きも出て来ますので、「悪いことをすると警察に掴まるよ!」的な脅し、警告の意味もかねて、宗教的に「地獄に落ちるぞ」とか絶対的な神を置いたのではないかと思います。


つまり、絶対的な存在という【脅し効果】によって、人々の行動を抑制、統制しようという歴史、民族的な背景があったのではないかと推測します。




これに対して農耕民族は、穀物が生育するに適した、比較的温暖な気候の中で育っているということですから、肉食文化とは違う性質を持っているんだと思います。

欧米人とアジア人の、体格をみても一目瞭然ですよね。
あれはつまり食文化の違いです。


そんな風土、環境の中ですから、インドのヨガ(歴史5000年以上とも言われています)、中国の気功(3000年以上?)のような内省的なものが生まれたんだと思います。
だから、これらは欧米人から見たら「東洋の神秘」と言われるのではないでしょうか?
彼らには理解不可能な価値観だったのかも知れません。


そんな中で誕生したのが仏教なんだと思います。

「アレが在って、コレが在る」(縁起説)
例えば、「光」が在るから、「眼」が在るんです。
だって、光の届かない深海の生物には、眼が無いんです。

と、いうことは、この世のもの全てが相互依存的な条件で成り立っているということですから、おのおのに「本質」というものが無いということになります。
これが「空の思想」です。(「空」とは「欠けている」という意味です)

また、相互依存的な条件で生じているんですから、
逆説的に相互依存的な条件で滅しもするんです。
生まれるという性質を持つものは、同時に死ぬという性質も持っているんです。(諸行無常)


本当の仏教は宗教では無いんです。
論理的、合理的な真理・真実を述べているだけです。

アジア人がこういう論理的、合理的な知識を受容できるだけの気候風土に恵まれていたのかも知れません。


まるで憶測と偏見に満ちた回答ですが、遠からずだと思います^^

意外かも知れませんが、まず「腸の長さ」があると思います。


中東~欧米人の狩猟民族と、アジア系の農耕民族では腸の長さが違うんです。
さらに消化酵素にも差があります。

ちなみに肉食が主だと攻撃的、能動的、体臭がきつい、瞬発力にすぐれ持久力が無い・・・等の特徴があるんです。

もちろんアジア系も残忍なことをする人が沢山いますし、逆に、欧米人にも温厚な人がたくさんいると思いますが、やはり欧米人のほうが食文化的に感情的に走り、暴力に訴えることが多かったのだと思います。

そう...続きを読む


このQ&Aを見た人がよく見るQ&A

人気Q&Aランキング